三八上北、秋の陣
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写真:旅立つ前のボンネットバスを見つめる、所有者だった前田さんと、譲ってもらった海和さん
「三八上北(サンパチカミキタ)」
八戸に行くのなら、この言葉が聞ける天気予報を見なければ。そう考えて、サルベージの前の日に八戸に向かい、前泊することを決めました。
日本各地、県土の気象区分はだいたい東西南北。しかし、中には福島県のように「中通り」「浜通り」という聞き慣れない言葉を聞くこともあります。そして青森県では海峡や半島の名前でもある「津軽」や「下北」には驚きませんが、南部地方を表す「三八上北」と聞くと誰もが「え?なんてった?」と聞き返すことになります。
地元以外では決して聞くことのできないローカル天気予報。30年以上ぶりに「三八上北」の響きを堪能するのだ。
(写真は特記以外、2023年10月14日撮影)
秋の三八上北はまだ暖かい
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撮影:八戸市(2023.10.13)
こんな感じです。
「津軽」「下北」そして「三八上北」の順に並びます。
明日は晴れ。10月だというのに最高気温は25度の夏日になる予報。半袖でもよかったかも知れない。
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撮影:八戸市(2023.10.13)
地図にするとこんな感じ。
「三八上北」は岩手県と接するエリアです。
その意味するところは・・・もうちょっと下の方で書きます。
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撮影:八戸駅(2023.10.13)
泊まったホテルは運よく「バスビュー」の部屋。
窓から駅前広場を発着するバスが丸見えでした。
南部バスは日産ディーゼルばかりで、今や「岩手県北バス」なのだと実感させられました。
もっとも、日産ディーゼルのバスも、いずれは想い出になるときが来るのでしょう。
実は19年越しの譲渡交渉だった
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撮影:海和隆樹様(八戸市 2004.11.19)
さて、今回サルベージするボンネットバスは、かれこれ19年前に海和さんは発見していました。
「八戸にこんなバスさある」
この時、このボンネットバスは、八戸の陸奥市川駅近くに置かれていたそうです。
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撮影:海和隆樹様(八戸市 2004.11.19)
ボディプレートの写真から車体は呉羽自工製だと分かりました。
情報はこれだけ。当時呉羽ボディのボンネットバスなんて見たこともなかった私は、「シャーシはいすゞBX。青い線の下に赤い色が見えますね」くらいしかコメントできませんでした。
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撮影:海和隆樹様(五戸町 2022.11.23)
それから18年の間、海和さんは何回かボンネットバスの所有者様の元に足を運びますが、譲渡要請の答えはNO。
それが一転したのが2022年。ようやく了承を頂けたとの報告がありました。
諸般の事情から、場所も五戸町に移動していました。
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撮影:海和隆樹様(五戸町 2022.10.4)
この時の写真が、私の琴線に触れたのです。
色は青いけれど、この塗り分けは岩手県南バスと同じではないか。さらに塗装の下から見えた文字は、岩手県南バスの略称「I.K.B」の一部ではないか。
サルベージの朝が来た
2023年10月14日、8:30
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少し汗ばむくらいの朝でした。
八戸駅まで都南村民さんに迎えに来ていただき、一路、五戸町の現場へと向かいます。
9:00、現場到着
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その場所は、道路からちょっと奥まったところですが、入口からバスの姿を確認する事が出来ました。
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今回運搬に使うトラックはなぜか2台。
こちらは中から入口方向を見たところ。バックでそろそろと現場に入場します。
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守備配置はこれで完了。
「今日のサルベージさ簡単だべ」
と海和さんが言うように、サクッと載せて、サクッと運ぶ段取りです。
まずは下準備開始
9:20
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ボンネットバスの車内はこんな感じ。
タイヤ、座席のシート、なぜか畳。一応整然と積み込まれた状態です。
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「まずは大事なものから整理すべぇ」
外れていた折戸は、驚くほどのコンディションで残されていました。これを大事に運び出します。
次に車内に積み上げられていたタイヤ、畳などを人海戦術で運び出します。
「この畳、まだ使えるべ」
「おらの家の畳より、新しいっけよ」
前面を覆っていたシートを取り外します。
ボンネットが、前面窓が、屋根上の標識灯が、次々と姿を現します。
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御開帳!
姿を現したボンネットを前に、しばし歓談。
「いすゞのエンブレム、枠だけしか残ってねぇのさぁ」
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車内も必要なものだけを残して、だいぶ綺麗になりました。
緑色の2人掛けシートも多数残存・・・ただしこれはボンネットバスのものではないようです。
窓下のビニル帯に赤色の痕跡があるので、座席の色も赤だったはずです。
素性調査開始
10:00
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篠さんと小倉さんが前輪フェンダのところで何やら覗いています。
フレームに刻印されている車台番号の解読を試みているのでした。
車台番号
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小倉さんのペンライトを頼りに撮影してみると、BX95-404913と解読できます。
いすゞBX95は、終戦後に作られたディーゼルエンジンのボンネットバスで、1949〜56年の間に製造されています。
さらに車台番号の頭には52-という数字も見えます。これは年式を示す数字なので、1952年製。つまり昭和27年に造られたシャーシです。
シャーシ銘板
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続けて篠さんが運転席下部にいすゞ自動車の銘板発見。
ここにもBX95-404913のシリアルナンバーと昭和27年9月の年式を示す数字がありました。
方向幕銘板
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さらに海和さんが新たな発見。
側面窓のところに設置された方向幕巻取り器にも銘板がありました。「羽深式」とあり、東京の羽深商店の製品です。製造年は「昭和35年4月」と書かれています。つまり、行き先表示器は車両そのものより8年ほど後に製造されているわけです。
エンジン型式
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撮影:海和隆樹様
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撮影:海和隆樹様
次にエンジンを見てみるとDA120-346248のシリアル番号があります。
DA120というのは1956〜61年頃に作られていたディーゼルエンジンで、BX95の後継車であるBX300・500系列に使われていました。
「BX95のシャーシを使って、エンジンを換装している」というのが海和さんの見立てです。
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よく見ると、このボンネットの形状もグリルの数が減った1955年以降のスタイル。この特徴はエンジン年式の1956年以降と一致します。
ボディもそうで、大きな前面方向幕や側面のバス窓は、昭和30年代のスタイルです。
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撮影:海和隆樹様
車体下に潜り込んだ海和さんによると、後ろの方でフレームを継ぎ足した痕跡があるとのこと。
更に桂田さんは、運転席が前の方にあり、その分アクセルも深い位置にあるという特徴を発見。
想像するに、老朽化や輸送力増強の必要から、フレームのみを活用の上、エンジン、車体をすべて新造したのではないでしょうか。その時期が(側面方向幕の製造年である)1960年、つまり製造後8年目であったということではないでしょうか。
まだまだ積み込みは始まらない
10:10
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そんなことをしているうちに、さっきまでバスの隣りにのほほんと佇んでいた黄色い奴を、クレーンで持ち上げて積み込みを始めています。
諸岡MST-600というキャリアダンプだそうです。これも譲渡頂いたそうです。
さっき「これ珍しいんですか?」と聞いたら、「そうでもないよ」と言ってたくせに。
三八上北とは
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その隙に、「三八上北」のことをご説明しましょう。
「三八(サンパチ)」とは、三戸郡と八戸市を含む青森県南東部を指す地域名です。
「上北(かみきた)」は、その北部に接する十和田市や三沢市などを含む地域で、上北郡(六戸町、七戸町を含む)の地名から付けられました。
ちなみにこのエリアに多い「戸」のついた地名は、岩手県北部から青森県南部にかけてのいわゆる「南部地方」に多く見られます。
一戸から九戸までがありますが、四戸はありません。
ようやく動き始めた
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気が付くと、キャリアダンプの積み込みは終わっていましたが、ちょっと新たなトラブルが起きているようでした。
11:00
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そんなどさくさに紛れて、ボンネットバスのフロントを上げて、角度を変える作業が始まりました。
顎をドラム缶に載せていたボンネットバスは、右に90度回転させられます。
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ボンネットバスを積載する予定のセルフローダーも、ゆっくりと接近してきます。
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ボンネットバスを移動しやすくするため、前輪に空気を入れようと主張する伏見さん。
「こういうこともあろうかと」コンプレッサーを積んできていた小倉さん。
「ね? 小倉さんは北海道からこの時のために持ってきてくれたんです」と伏見さん。
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ピーとか音をさせて、「あれ? 空気サ入らない」と伏見さん。
「伏見さんは前面に出てきてもいつもこんな感じだわ・・・」と私の後ろで桂田さんが笑いをこらえていました。
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ショベルカーでボンネットバスのフロントを釣り上げながら、今度は左90度回転を試みます。
続けて、後輪にワイヤを結び替え、後ろを釣り上げて方向転換の続きです。
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いつもながらの重機の手さばきを見せる桂田さん。
積み込み開始
11:50
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いよいよ、セルフローダーへの積み込みが始まります。
ここからがチームプレイによるサルベージの真骨頂が見られるステージです。
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既にボンネットバスはベストポジションで準備万端。
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セルフローダーとボンネットバスをワイヤーでつなぎます。
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牽引開始。
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慎重に引き上げながら、順調に積載が進みます。
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「後輪が載ってないぞ〜」
「よ〜し、もう一発引っ張れ〜」
「はいOK!」
そんな簡単ではなかったかも知れませんが、最後の仕上げも無事完了です。
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積載完了!
12:30
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積載が完了し、メンバー全員で記念撮影です。
指を1本か2本のどちらか出すという3テイク目。
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こちらが所有者の前田さん。
50年近く所有していたボンネットバスとの別れは、
「さびしい」と一言。
これまで、好コンディションでこのバスを保管できたのは、前田さんのお陰です。
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前田さん「あと10年早く来てくれれば、もっといい状態だったんだよ」
海和さん「15年くらい前から、何回もお願いしに来てたんですよ」
前田さん「そうかい?」
海和さん「その度に、まだ駄目っておっしゃるから・・・」
前田さん「あっはっは〜」
一路、南へ
13:00
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住み慣れた五戸町を後に、旅立って行くボンネットバス。
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五戸町から八戸市方面に向かいます。
13:20
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八戸市内に入り、東北新幹線をオーバークロス。
このバスがこの地にやって来たころ、まだ東北新幹線なんて存在しませんでした。
13:30
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ボンネットバスを積んだトラックの列は、八戸自動車道に乗り、岩手県方面へと進みます。
当然、高速道路を見るのも走るのも初めてです。
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前から見るとこんな感じです。
14:50
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岩手山サービスエリアに到着。遅い昼ごはんとなります。
ランチが終わった御一行は、息抜きをしながら、積載状況の確認、トラックの点検を終え、運転手交代の後、さらに南へ向かいます。
秋の岩手山の偉容は、青空を背にシルエットとなって我々の前にそびえています。
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段々と日が傾いてきました。もうすぐ夕暮れです。滝沢中央インターを過ぎると、もうすぐ盛岡。
行く手の山は矢巾町と雫石町の境にある南昌山。“その頃”の私は、毎日窓からこの山を見て暮らしました。
ふるさと岩手県に帰ってきた
17:00
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撮影:KT100様(岩手県 2023.10.14)
燃料補給で立ち寄ったスタンドは、休日の一般ドライバーで賑わっていました。時ならぬ珍客に、ドライバーの皆さんは・・・見て見ぬふりです。
ん? ここは前沢、岩手県南バスのボンネットバスとしては、数十年ぶりの里帰りです。
18:50
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撮影:海和隆樹様(岩手県 2023.10.14)
終点に到着。多分ここは一関あたり。
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撮影:海和隆樹様(岩手県 2023.10.14)
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撮影:都南村民様(岩手県 2023.10.14)
ゆっくりとボンネットバスを降ろします。
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撮影:KT100様(岩手県 2023.10.14)
載せるときより降ろす時の方が大変。特にあたりが暗いので、照明を持ち寄っての作業です。
長旅、お疲れ様でした。
このボンネットバスの経歴
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最後になりましたが、このボンネットバスが、どうして青森県に長らく置かれていたのかを、知っている範囲でお話しします。
海和さんが聞き込んだところによると、岩手県南バス時代は釜石営業所で使われていたとのこと。
廃車になった後は、女性車掌の休憩所となっていたそうです。
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転機は「五戸まきば温泉」の送迎バスとして使用するため、改装を受けたこと。岩手県南バスの赤い部分をブルーに塗り替えます。
裾のブルーの上に書かれた「自家用」(右側面のため「用家自」)の文字。ブルーに上塗りされた時に書かれたもの。
このブルーの帯は、元の赤い帯に負けないくらい塗装の劣化がないことから、ちゃんとした自動車工場で塗装されたものだと思われます。
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車内に置かれた緑色の座席の裏に「まきば」の文字があることを、座布団の裏を見る癖のあるKT100さんが発見。
しかし、これはボンネットバスのものではなく、実際に五戸まきば温泉の送迎バスだった日産ディーゼルの中型バスのもののようです。
イメージ
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画像:生成AI
しかし、五戸まきば温泉に嫁ぐ話は破談となり、ボンネットバスはそのまま前田さんが預かることになります。(注1)
70年間も良好なコンディションを保つ事が出来たのは、そんな不運がきっかけだと言えるかもしれません。
私は途中離脱
16:50
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撮影:八戸駅(2023.10.14)
ところで、私は都南村民さんの送迎で途中離脱。盛岡から新幹線で帰途につきました。
しかし、連休でもないのに、往路も復路も東北新幹線は混雑していて、特に大宮〜仙台間は満席でした。
対仙台輸送のニーズを満たすために、「大宮〜仙台はやぶさ」とかを設定してもらえばいいのに、などと妄想しました。
写真はイメージです
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画像:生成AI
生成AIで「混雑する東北新幹線」を描いてもらったら、こんなのが出ました。
荷物棚の場所に吊革があり、人が乗っています。
まあ、3人掛けシートが満席だと、心理的にはこんな感じで正解です。
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