赤い蜘蛛

デジャヴがあった。今日の午後。
起き上がると私は背中に違和感を感じた。生来、背中に持病を患っていたので、いつもの痛みと思い、湿布を貼って様子を見ようとした。
しかし、いつまで経っても痛みが治まらないどころか、なかなか、だんだん痛くなってくるではないか。あまりにも痛いので、鏡で背中を見てみると真っ赤に腫れているのである。その腫れている部分が何かによく似ているので、何かと思い、思考を巡らせていると蜘蛛の形をしている。
赤い蜘蛛。珍しいものを患ったものだと思い、医師に見せに行こうかと思ったりもしたが、依然、医師というものは科学的思考に取りつかれた思考の持ち主なので面白いことなど云いもせぬと思い、一人、鏡に映った蜘蛛を眺め悦に浸っていたところ、急にパチンと音がして、背中がはじけた。
一瞬、激痛。
その後、眩い光がして私は目がくらんで気を失った。
たいして時間は経っていない気もするが、いかんせん気を失っていたのでわからない。
ただ声がして目覚めた。
その声は背中の方から聞こえてきた。慌てて鏡の前に行き、背中を見てみると、蜘蛛の形に切り取られた肌から赤い鬼の顔が覗いていた。
「おい、おのれは赤い蜘蛛を見なかったか。」
そう訪ねられて私は答えた。
「見たことには見たが、それはいったい何か。」
「それは私の召使いである。」
と、鬼言う。
なんのこっちゃさっぱりわからんので、鏡の前を離れ、蜘蛛を探した。
背中の方では何やら声が聞こえるが、無視した。
赤い蜘蛛は玄関のところから糸を垂らし、ぶら下がってこちらを見ていた。
私の背中から出てきただけのことはあって、4、50cmはある大きな蜘蛛だった。
その容貌は蜘蛛にしては美しく、まるで人間国宝が作り上げた浮世絵のようでもあった。
私は背中を蜘蛛の方に向け、鬼と蜘蛛を対面させた。
しかし、鬼はもうおらず、蜘蛛が糸を垂らし、上下していただけであった。
そうしていると、蜘蛛が私に話しかけてきた。
「私は蜘蛛の姿をしている女郎鬼でございます。おそらくその背中にいたのは私の前の旦那であります。あまりにしつこいので私は仙人の力を借り、蜘蛛に姿をやつし、逃げておりましたところ、現世に出てきてしまったようです。たまたま、あなたの背中が現世と鬼の世界の通じ穴となってしまったようです。しかし、見たところもう閉じております。私はこのように大きな蜘蛛ですので外に出ることもかないません。もし、外に出れば危険と判断され、とらえられることでしょう。もちろん抵抗することは出来ます。しかし、そんなことをすれば余計に人間は私をとらえようとやっきになることでしょう。どうでしょう、私をあなたの背中に置いてもらえませんか。そのうち、また穴が開き、私は国に帰れるかもしれません。」
おいおい、こんなばかでかい蜘蛛を背中に背負って生活を送れというのか。

ふざけるな...........そう思った瞬間、白い糸に包まれ、意識を失った。

赤い蜘蛛は笑っていた。

死への誘惑