佐倉義民伝 又五郎復活 2002.12.20

19日に歌舞伎座昼の部を見てきました。

「佐倉義民伝」のあらすじ
下総の国、佐倉ではここ数年凶作が続いているところへ、領主が堀田上野之介に変わって年貢が二割増になり、領民は苦しい生活を強いられている。名主の木内宗吾の舅は堀田家の江戸表に訴えたが捕らえられてしまったので、宗吾は江戸で舅を助けるために奔走、しかし農民たちの先導者として追われる身になった。

宗吾は「この上は将軍に直訴しよう」と決心するが、一目家族に会いたいと雪の降る夜に、家まであとわずかの印旛沼の渡しへやってくる。渡し守の甚兵衛は恩ある宗吾を小屋へ迎え入れ、国の惨状を話して聞かせる。お上が宗吾の戻ってくることを予想して、夕刻以後舟が鎖でつながれていることも。宗吾はあきらめて去ろうとするが、直訴の決心を察した甚兵衛は、お咎めを覚悟で舟を出してやる。

宗吾のうちでは女房おさんと乳飲み子をいれた四人の子供が、宗吾の帰りを待ちわびていた。そこへ帰ってきた宗吾を家族は喜んで迎える。だが幻の長吉というならず者が宗吾をゆすりにくる。あわてて隠れたおさんは夫の書いた「去り状」を見つける。直訴することによって、家族へ累が及ばないようにとの配慮から書かれた去り状だった。夫の覚悟を悟ったおさんは「奈落の底までも・・・」と泣いて懇願するので宗吾は去り状を破り捨てる。

真夜中過ぎ、江戸へと旅立つ宗吾を子供たちは縋り付いて離そうとしない。それを振り切って宗吾は江戸へと急ぐ。

時は過ぎ紅葉の美しい江戸の寛永寺。今日は四代将軍家綱が墓所に参詣するとあって警護が厳しい。宗吾は警護の目を潜り抜けて御霊所近くへたどり着く。しかし紅葉の一枝に願書を結び付けている時、ついに警護の侍に捕らえられてしまう。

そこへ「還御」の声、将軍家綱が現れる。宗吾は直訴の訴えをするが賢臣松平伊豆守は退けようとする。すると家綱が訴状を読み上げるように命じる。訴状を読んで佐倉の窮状を知った伊豆守は、直訴という天下のご法度を犯した宗吾を責め願書の包みは放り捨てるが、願書そのものは懐へとしまい温情をしめす。老中の計らいに感謝する宗吾だった。

甚兵衛役の又五郎が素晴らしい演技を見せてくれました。屏風の陰から起き上がるところ、役人に知られない様にあわてて焚き火を消すところ、宗吾に泣きながらすがりつくところ、自分はどうなっても宗吾を家族に会わせてやろうと舟をもやっている鎖を切り落とすところ、小さな体で精一杯棹を使って舟をこぐところなど、この物語のすべてを熟知した人だけが醸し出すことができる、本物の情があふれていたと思います。

私が最後に又五郎の芝居を見たのは一昨年、勘九郎の「髪結新三」で白子屋に結納をもってやってくる仲人役を演じた時でした。その時は声も弱々しくて、おまけに大して長くない台詞も覚えていない状態で、もう芝居には出ない方がいいんじゃないかと思ったくらいでした。それから今まで二年八ヶ月、又五郎を舞台で見ることはありませんでした。

それがどうです、この甚兵衛!見違えるように生き生きとした素晴らしい役者振りでした。又五郎自身が語ったところによると、「はじめは子役、立ち回り、それから宗吾の女房、伊豆守、家綱、最後に甚兵衛がきて、子供からじじいまで全部やった。やってないのは宗吾様くらい」ということです。子役で出たのは初代吉右衛門が宗吾を演じた時だとか。又五郎も今年で88歳、羽左衛門亡き後とうとう歌舞伎界の最長老になってしまいました。

最長老というと重々しいイメージですが、少なくとも今回の又五郎にはそんなイメージはありません。「印旛沼渡し小屋の場」は宗吾と甚兵衛、ほとんど二人きりのお芝居ですが、勘九郎の宗吾とがっぷり四つに組んで、勘九郎も真剣そのものでした。

勘九郎の宗吾は暖かくて穏やかな父親の感じが良く出ていました。この役はお父さんの勘三郎の持ち役でしたので、いろんな場面での表情が似ています。意識して似せているんじゃないかと思うくらいに。将軍家綱を演じた玉三郎、きりっとして品格がありとても良かったです。

その前の「紅葉狩」で更科姫を演じた玉三郎、絶世の美女というところ。それが顔中茶隈で舌を真っ赤に染めた鬼になるすさまじさ!しかし姿が良いので、鬼になっても映えます。一対の扇子を使った踊りは最初のうち全く危なげなくて見事でしたが、最後のほうでちょっとつっかえてしまったら、メタメタと扇子を落としそうになったので、やはりこれほどの名手でも動揺するんだなぁと、妙なところで感心してしまいました。維茂を猿之助が演じましたがすっきりした維茂でした。

「小栗栖の長兵衛」は先代の猿之助のあたり芸。今回右近が長兵衛を演じましたがなかなか愛嬌があって憎めない長兵衛です。笑也が巫女さんを演じ、まわりが大立ち回りしているのに枕屏風を立てて、そのかげで幣の代わりにハタキをふりまわして祝詞をあげていたのが笑えました。助五郎演じる長兵衛の父親の変わり身の早さには唖然。

少し気になった事ですが、長兵衛妹おいねの着物の桜色が、ちょっと派手すぎではないかと思いました。おいねの婿七之助の着物も「型」と言う字に似た小紋柄の青い着物でしたが、やはり色が浅すぎるような気がしました。夜の部「椿説弓張月」の簓江の着物も、模様は貝殻で良かったですが、色が華やかなローズで髪飾りも同じ色だったのが妙に現代的な感じでした。こういう色一つでお芝居全体の雰囲気が決まってしまうので、気をつけた方がいいのではないかと思います。

この日の大向う

昨日は数人の方がかけていらして、最後のころはしまった掛け声も聞こえていたようです。ところで「紅葉狩」で家橘が休み、田毎を歌女之丞が代わりました。玉三郎とのからみのところで、家橘の屋号「橘屋」と言う声が掛かり、舞台でも一瞬ギョッとしたように感じました。ちなみに歌女之丞の屋号は「成駒屋」。
かなりのベテランの大向うでも時には変更に気がつかずに間違えて掛けてしまう事があると聞きましたが、出来ることなら屋号だけは間違えないようにしてほしいものです。

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