Q 質問
「水子」ってなんですか。
A お答え
「水子」とは流産、死産などの子供を指す言葉ですが、今では中絶 の子供を指す言葉としても使われています。
Q 質問
中絶したが、どうしたらよいか悩んでます。
A お答え
老若男女を問わず人一人亡くなったらどうしますか。当然、お葬式をし、法事をし、日頃の供養に努めますね。水子さんも当然そうすべきでしょう。ただ、この世でのお付き合いがなかった水子さんは告別式は不要かもしれませんが、葬儀並びに日々の供養はすべきでしょう。
先祖供養と水子供養は区別されがちですが、本来は同じように考えるべきだと思います。普通のご先祖と水子さんを区別するのがおかしいのです。百才まで生きた人の命も、この世に生まれ出る事の出来なかった水子の命も、この世に命が授かったことに関しては全く変わりがないのです。
ただ、己の身勝手で中絶してしまった水子さんには懺悔の心を込め、ご供養すべきですので、この点は区別すべきかもしれません。
Q 質問
私には水子(流産、死産、中絶)の覚えは無いのに、水子の霊が貴方についていると言われ悩んでいる。
A お答え
自分に覚えがなければ、心ない言葉に惑わされる事無く毅然とした態度でいてほしいと思います。
ただ先祖の供養を忘れてはなりません。よく、我が家は新家で、先祖はないから・・・と言う人がありますが、先祖が無く、この世に存在する人はありません。
自分の直接の先祖に感謝の気持ちを捧げ、冥福を祈るのは当然ですが、先祖を幾代もさかのぼれば、ほとんどの人が、縁戚関係になる。
従って、全ての人々、すべての先祖に感謝の気持ちを捧げ、冥福を祈るべきである。すなわち、「先祖の供養を怠ることな・・・」との言葉の中には、人類愛、世界平和を祈る宗教の根本理念が含まれているのです。
ですから、貴方は、心ない言葉に惑わされ、訳の分からない水子の霊の供養をする必要は有りませんが、貴方の先祖をはじめ諸々の霊に感謝の誠を捧げ、供養することは忘れてはならないのです。
Q 質問
妊娠2〜3ヶ月で流産しましたが、人に「まだ赤ちゃんとしての形ができているわけでないので、何もしなくて良い」と言われそのままになっているが、それでよいのでしょうか。
A お答え
赤ちゃんの誕生の時は、はっきりしますが、命、生命の誕生はいつなのか、というとは大変難しい問題です。でも、卵子と精子が出会い細胞分裂が始まれば、これは新しい生命の活動に間違いないでしょう。さらに、この命と、百才まで生きられた人の命と、どこが違うのでしょうか。全く違いは無いのです。
人一人亡くなれば、お葬式をし法事をして日頃の供養していくのであれば、水子の霊も同じようにすべきでしょう。もっとも、この世でお付き合いがなかった水子さんに、告別式は不要かもしれません。しかし、葬儀は必要でしょう。
Q 質問
二人の子供も大きくなり、子供は2人で良いと思っていたところ、第3子を妊娠しました。家計のこと、高齢妊娠と言うことも考え、悩んだ末中絶しました。師匠寺のお尚さんに話すのも恥ずかしくそのままになっています。
A お答え
自分たちの身勝手で中絶してしまった子供のことは他人に話しにくいことであり、また、大きな声で言うべき事でもありません。だからといって、何もしないで、放っておくことは、なお困ったことです。懺悔の意味を含めて供養すべきです。
先祖の供養などは本来それぞれの家の師匠寺にお願いして行うのが本来ですが、上記(師匠寺のお尚さんに話すのも恥ずかしい)のようなことはよくあることです。また、若い人たちはそうしたお寺も知らない、どこへ行ったらよいのか分からない人たちが多いのです。そんな人たちのためにも、当寺では新聞広告などで「水子供養をしますよ」とよびかけているのです。
Q 質問
お寺に水子供養をお願いしたら、どのように供養をしてもらえるのですか。
A お答え
当寺では水子さんの供養を希望されると、全て永代供養として受け付けます。そして、毎月の命日と、24日(地蔵尊の日)にご供養をしています(月命日は朝の勤行の時、24日は午前10時より)。毎年9月24日は多くの僧侶を招き、年1度の大供養をし、50回忌に当たる年まで供養を続けることとしています。
水子供養は(先祖の供養も同じですが)気が付いた時に、気ままに「チョット供養して」ではなく、特別のことをする必要は無いけれど常日頃の供養が大切と考えます。

