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~福岡近郊の登山者数NO1の宝満山系へようこそ!~

宝満山々系 『'20年度』

宝満山々系の概略図


 

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… 新雪踏みしめ欅谷Bコース~三郡山~難所滝へ … (12/16)

… 今冬一番の寒気に難所滝が凍結しツララのカーテンを …


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12月16日 ( 雪 )

自宅 (9:10~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森(9:48∼:58)⇒ 欅谷B … 三郡山(11:40~50)⇒難所滝 (12:30~:38) ⇒ 河原谷経由 ~ 昭和の森 (13:29~:42) ⇒ (Eチャリ) 自宅 (14:10~)


 大陸から強い寒気を伴った高気圧が張り出し、典型的な西高東低の冬型気圧配置になり日本列島は冬将軍に制圧され、北国では降り積もった雪の除去作業に苦労されている。

 地球温暖化の影響でここ何年かは暖冬傾向で、暖国九州では雪らしい雪が少なくなりスキー場などは開店休業状態になっている。今年の冬もその傾向だろうと思っていたら今回の寒波襲来である。

 難所滝の大ツララも、昨季の冬は今年二月中旬にお情けで何とか凍結して面目を保ったが、年々暖冬化する現状では果たして今年の冬はどうなるだろうか心配していた。それが、今回の強力寒波の襲来で前述の如くに日本列島が凍り付いてしまった。

 難所滝が凍結するには上空1500m付近の気温が*10℃以下で、5日以上続かないと大ツララは見ることが出来ない、なので、下界で寒い日が続いて期待して行っても期待を裏切られてしまう。今回の寒波も強いのは強かったが是までの勘からして、まだ凍結はしていないだろうと思っていた。

 でも、新雪は少し位積もっているだろうから、今冬最初のスノートレック気分は味わえるかも知れないと期待し、9時過ぎにEチャリのハリヤ号に跨って昭和の森へ向かった。ところが、乙金峠を越える頃より雪ぶりになり顔面をたたく小雪が痛かった。四王寺坂を乗り越え宇美町の障子岳集落付近を行く頃は、目指す三郡山系の山々は灰色の雪雲の中に煙って見えなかった。

 昭和の森公園の登山口に近い一番上の駐車場は標高270m程だが、うっすらと雪化粧を見せて裸ん坊になった木々の枝が白くなっていた。何時もは、駐車場の中にロックするのだが降雪に備え、新しく出来た三角屋根のログハウス風のトイレの裏手の屋根の下にロックさせて貰った。

 10時チョイ前に降りしきる雪の中、耳あての付いた防寒仕様の帽子をかぶってヤッケを着込み、完全冬山スタイルで出発した。欅谷Bコース入り口まではアスフアルト舗装の林道歩きで、登って行く中に辺りの模様がだんだんと雪景色になって行った。

 20分ほど歩いた付近で温まったので、チョッキとヤッケを脱いで発汗防止に努めた。欅谷A・Bコース分岐から林道と別れて山道に這入った。山道の樹林の下になると降る雪も遮られて助かった。Bコースは三郡山直下迄、欅谷本谷沿いにつけられた道で常に谷を流れる水音を聞きながら登る。その谷も繰り返される集中豪雨災害で荒れて、谷中に散乱した倒木が無残な姿をさらしている。

 旧い炭焼きガマ跡の中を通って暫く行くと、集中豪雨禍で通行禁止になっていた原因の巨岩の崩落現場で、近頃、通行禁止が解除になった場所だ。花崗岩の上を絶えず水が流れているので只でも滑り易いが、今日は、雪が積もり少し凍結気味なのでおっかなびっくり…ひと足ひと足、足裏に神経集中して向こう側に行き着いた。

 やはりこの場所は補助ロープが欲しいところだ…。お役所がつけてくれたら良いのだが糸島の洗い谷と同様、何かあった時のことを考え積極的に対処する気配がない。山を歩いていると梯子やロープが備え付けた個所に出会うが、必要性に疑問を持つような個所にもトラロープなどが張られている。

 おっかなびっくりに向こう側についてフト上を見ると、小さな赤い実が氷漬けになってぶら下がっていた。白い雪の中で紅一点…危険個所を通過した後だけに気分が安らいだ。対岸の椊林の中の階段道をジグザグに登って行くと、稜線を吹き抜ける風の音が聞こえてくる。

 身体を動かしていると寒さは感じないが、流石に稜線が近まると気温も下がり露出している顔面が冷たくなってくる。で、稜線に出る直前の風裏で脱いでいたチョッキやヤッケを着こんで寒さに備えた。三郡縦走路に出ると積雪は3~4cmで若杉山方面へ向かった二足の足跡が残っていたが、その足跡も降りしきる雪で少し埋まり加減だった。

 雪道歩きも10cmぐらいなら歩いていて愉しいが、それより超えると体力勝負になって来る。ラッセル…この言葉は冬山を目指す者にとっては避けて通れない試練である。然し、無垢の雪面に刻まれた己の足跡を見ると苦しいが倊以上の喜びに浸る事が出来る。『俺の前に道はない…俺の後ろに道が出来る!』パイオニアスピリッツの精神である。思えば遠い日の出来事になった。

 新雪を踏んで三郡山に向かっていると二人連れの女性登山者と離合…。挨拶は、新雪踏んで気持ち良かですねーと笑顔ですれ違った。足元を見るとアイゼンをつけておられた。三郡山下の縦走路から山頂への道に取りつくと何と足跡無し…。先ほど離合したお二人さんも、若杉山方面への足跡さんも山頂はパスされたのだ。私も縦走時にお天気が良くないときはパスする事もあるが、視界は悪かったが真っ新な新雪を踏みしめて山頂に立った。

 視界はゼロ…じゃ無いが、レーダードームは雪雲の中に隠れてメロンちゃんの姿は見えなかった。山頂標識の裏についてる寒暖計を見ると2℃で、朝方はマイナスだったに違いなかった。寒暖計を見ていると4人連れのパーテイさんが登って来られた。挨拶をし、ごゆっくりに…と言葉をかけて縦走路に戻り、専用車道の舗装道に這入ったが積雪は5cmは積もってるようだった。

 新雪の縦走路歩きは愉しい。83歳のジジイでもスキップして歩きだしたくなる!一歩足を踏み出すごとにキュッキュッと靴が鳴る…この感触の良さは年齢には関係ないようだ。多分、自分の顔は見えないが恵比須様のような顔をしていたに違いない!

 難所滝分岐から縦走路に分かれて右折し、少し先の分岐から難所滝への道にはいったが、最初の部分は傾斜が急で立木やトラロープに支えられ何とか滑り転ばずに通過した。足元に難所滝が見え始めると吹きあげてくる風が強くなり、気温も下がったように感じた。

 樹の幹の間から難所滝が見え始めて驚いた。十中八九、凍結していないだろう…と、思っていただけに、手前側の岩場から滑滑のツララがへばりつき、正面の大ツララはまだ完全とは言えないが、50%の出来栄えで、今年最初のツララにしては百点満点をつけてあげたい芸術作品だった。

 予期していなかっただけに此の凍結ぶりは嬉しく、雪ぶりの中、チャリンコ漕いでやって来た甲斐があったという物だ。是も、山のお神様のご采配…有難うございます。一年越しのお大ツララちゃんに再会し、気分もウキウキと下山の途に就いた。ウサギ道分岐付近までは岩場に雪が積もって歩き辛かったが、下って行くにつれて積雪も無くなり40分ほどで、登山口の草ヶ谷貯水池に帰着し、堰堤の上からお山を見ると雪雲の切れ間に仏頂山が顔を覗かせていた。

 ログハウス調のトイレの裏に留めた愛車を開錠し帰路に就いたが、家に帰り着くまで雪は降りやまず、この分だと久住や由布岳は一面の銀世界になっていることだろう…。息を吹き返しつつあるコロナも怖いが、何とか折り合いをつけながら雪の山歩きを愉しみたいものだ。

  

 

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… 宇美新道のシダ類を切り払いながら仏頂山へ … (12/10)

… 仏頂山頂の祠の横の山茶花の花が満開でした …


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12月10日 ( 晴れ )

自宅 (10:10~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森(10:43∼:55)⇒ 宇美新道のシダを刈り払いながら … ⇒ 仏頂山(13:25~)⇒ 展望岩場 (13:33~昼食~14:16) ⇒ 河原谷経由 ~ 昭和の森 (15:21~:30) ⇒ (Eチャリ) 自宅 (15:56~)


 冷え込みの緩んだ10時過ぎ頃から、アシストチャリのハリヤ号を漕いで昭和の森へ向かった。家を出る頃は風が冷たかったので着込んで出発したが、乙金の峠を越える頃には身体が温まり、ヤッケや長そでシャツを脱いでザックに収めた。

 電力の消費量が少ないロングモードは少し登り坂になると踏力がかなり必要になるので、四王寺坂の手前からオートモードに切り替えた。切り替えた途端に、誰か後ろからグイグイ押しているのでは…と、思うぐらいに坂道をグングン上って行く。

 何時もは、一番上の駐車場まで漕ぎ登っていたが、今日は、仏頂山に登る予定だったので、上の駐車場まで行くと迂回路をキャンプ場まで引き返さねばならないので、手前のセンター駐車場の奥まりにある日本庭園風作りの滝の前にロックした。

 貯水池の横から河原谷へ続く林道に這入り、5分ほど行くとキャンプ場の入り口の分岐で、林道はそのまま河原谷登山道に伸びている。キャンプ場入り口から10分ほど林道を歩くと、右手の木の幹に宇美新道入り口の表示板が括り付けられており、庭石みたいな大きな石が4個据えられている。

 這入るとすぐに沢に行き当たり、水路用の小さな橋の下を飛び石伝いに対岸に亘って、椊林の中の立派な林道に這入る。茶褐色の檜の木の落ち葉に埋もれた道は歩き易く、何処か高原の遊歩道を歩いている様だった。その林道の行き止まりの横に小さな池があるが、青い水の色と白砂、背景の紅葉が一枚の絵を見るようだった。

 林道終点からテープ類に導かれて山道に這入ると、途中に何度か小さな沢を亘る。宇美新道入り口から15分ほどで支尾根末端の登山口に着く。入り口からいきなりの急こう配の道で補助ロープが上から垂れ下がっている。そのロープ場を抜ける頃から、足元の山道を隠すようにシダの葉が生い茂り、下山時は足元の確認が出来ない状態だった。

 で、常時携帯品の剪定鋏で山道に伸びているシダの葉や、小灌木の小枝類をパチンパチンと切り払っていった。そんな訳で、竈神社から来たウサギ道合流点に着いたのは13時チョイ前になっていた。落葉して明るくなったウサギ道を登って行くと途中に、難所滝の岩場が見える個所があり、凍結しているときは此処からその白い帯が確認できるが、今はまだ鼠色の岩肌を見せているだけだった。

 ウサギ道合流点から30分ほどで仏頂山の祠の前に到着…。祠の真上の赤い山茶花の花が満開でお地蔵様も嬉しそうだった。ひょっとすれば今年最後の訪問になるかも知れないので、改めて、今年一年の山歩きを見守って下さったお地蔵様にお礼を申し上げると共に、コロナの収束をお願い申し上げた。

 山頂から1~2分も三郡山方面へ行くと、私のお気に入りの展望岩休憩所がある。花崗岩の展望所からの眺めは南東方面が開けて、視野の中には、手前の方から、大根地山、古処三山、英彦山方面、御前釈迦岳、奥に久住連山方面が望める。今日は、生憎と曇り空で久住方面は見えなかったが、すぐ目の前には、先日登った大根地山が冬日を受けて穏やかな佇まいを見せていた。

 岩に腰かけて昼飯の自家製のホットケーキを食べながら思った…この場所はご来迎を迎えるには絶好の場所ではないだろうか?と。毎年、直近の四王寺山でお迎えしているが、来年は私の干支の丑年だから天気が良ければ、気合を入れて此処からお迎えしてみようかな…。

 のんびりと過ごして時計を見ると14時10分過ぎ…。帰路のチャリンコ道中を考えると、日の暮れが一年で一番早い時期なのでうかうかしておられない。ばたばた片づけて展望所を後にし、縦走路を少し行った難所滝分岐から河原谷の急斜面を下って行った。

 時間があれば難所滝に立ち寄ろうと思っていたがパスし、小ツララの前から谷間の道を下って行った。ウサギ道分岐手前の徒渉点は、この所の少雨で谷の水は枯れて涸れ谷になっていた。思うと、近頃雨らしい雨が降った記憶がない。一時間チョイで昭和の森の駐車場に帰着…。チャリンコを開錠して、沈む夕日を追っかけて下り坂道を颯爽と下り、25分で我が家に着いた。

  

 

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… 久し振りの山歩きに昭和の森から三郡山へ … (11/24)

… 昭和の森はソロキャンプブームで駐車場は満杯 …


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11月24日 ( 晴れ )

自宅 (10:05~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森(10:48∼:55)⇒ 頭巾山(12:13~16)⇒ 三郡山(12:33~昼食~13:22)⇒ 欅谷B~ 昭和の森 (14:35~:45) ⇒ (Eチャリ) 自宅 (15:10~)


 マイカーを手放して約5ヶ月になる。その代わりにEチャリが登山口までの移動手段になったが、どうしても移動範囲が狭まれてしまう。特に、日の短い冬場になると尚更で、脊振山系の山でさえ夏場に井原山に一度行っただけだ。山は逃げない…と言うが、こうしたハンデキャップで遠くなっていくのは間違いない。その現実を受け入れて直近の四王寺山や牛頸山などに登っていれば良かろうが、まだ、今の私には物足りない…。

 先月末に、シルバーエイジ4人組で登って以来久し振りになる昭和の森へ、温かくなった10時過ぎにEチャリ漕いで家を出た。確かにアシストパワーのお陰で坂道も楽だが、チャリンコに乗って一番感じるのは道路事情の悪さである。チャリは軽車両だから車道を走れ…と警察は言うが、それは、チャリンコに乗ったことをない人の空論で、チャリ専用のレーンがあるのはほんの一部で、殆どのドライバーさんは車道を走るチャリンコは危険の種としか思っていないだろう。

 チャリンコを漕ぐ者も、車道の端っこを漕ぎながら大型車が接近した時は、怖いし、ドライバーさんの迷惑感をひしひしと感じるのである。登山口まで往復100km程ならこのEチャリで何とかOKだが、どの登山口に向かうにも前述の道路事情の悪さを思うとついつい足が遠のいてしまう。国交省に大声で叫びたい…!高速道はいらんけん、弱者優先道路を日本国中に巡らせて呉れ…と。チャリは、排気ガスは出さない地球温暖化防止のナンバーワン移動手段だぞ。

 11月も下旬になると朝夕は冷え込んで寒い。チャリも漕ぎ始めは吹き付ける風で身体が冷えて寒いが、物の10分も漕ぐとザックを背負った背中が温まり途中で一枚衣朊を脱がされる。約45分で昭和の森公園奥まりの駐車場に着いた。平日にも関わらずに上の駐車場はほぼ満車…。寒くなってもキャンプブームは衰えずにソロキャンパーさん達のマイカーだった。

 落葉した園地を抜け、頭巾山入口から頭巾尾根の山道に這入った。83歳になって最初の頭巾尾根だが約一か月ぶりの登り坂はきつかった。矢張り、加齢による筋肉劣化は日一日と容赦なく襲い掛かり、7合目付近のロープ坂付近は気持ちと身体のアンバランスで青息吐息だった。

 汗びっしょりになって頭巾山頂に辿り着いたが、この体力ではとても来年は遠征山行は覚束ないな…と、思い知った。来年は、俺らの丑年…。何とか気持ちと体力を奮い立たせて高みを目指したい。寒暖計を見ると6℃で体感温度よりも随分低かったが、上り坂で汗した身体と風が無かったせいだろう。

 山頂から縦走路に出る手前付近には、真っ赤な実をつけてツルシキミが枯色の木立の中に目を惹いた。丸裸になった広葉樹の縦走路は明るく気持ちが良い。二段坂を登り返して柚須原から来た専用車道に出ると東側の景色が開け、青空の下に見慣れた古処三山が何事も無かったように佇み、英彦山は雲の中に隠れて見えなかった。

 丁度ランチタイム頃だったので誰かいるだろう…と、思いながら山頂に登り上がると無人で意外だった。山頂は風も無く暖かな日差しが溢れていた。下で眺めた東方の景色を眺めながら細やかなランチタイム…テルモスのお湯でカップコーヒーを作り、今日のメニュー、クッキーやふかし芋などを頂いた。

 食べ終わる頃に登って来られた登山者さんを見ると、真新しいストック、スパッツが目についた。で、新品ですね…と話しかけると、昔は登っていたのですが近頃から復活しました…で、その頃は20kgボッカなどやらされてましたヨで、家から宝満山まで歩いて行ってたそうだった。

 そんなお話をしていると、話の中で…実は槍ヶ岳に登ってみたいですよと、ポロッと仰った。で、初対面にも拘わらずに私がさてこいた!…何事もですが、目標を持つという事は大事なことです、同じ山歩きでも、成功の是非はともかく目標に向かっている時間こそが尊いと思います…と。一期一会だと思う見知らぬ人に失礼だとは思ったが、年の功に免じて貰い一席ぶってしまった。

 暫く、山頂の陽だまりで山の話などで話が弾んだ。お別れする際、お互いに自己紹介したが、彼は、筑紫野市在住のK島さんと吊乗られた。あちこちの山歩きをしていると、こうして山の友人が増えていく。その人たちと再び巡り合うことはめったにないが、縁がある人とはばったり出会う事も再々ある。山の神様の采配かも知れないが、K島さん…是非とも槍に登って下さいネ。

 下山は、欅谷Bコースから…。Bコースは土石流災害以後、町役場が入り口付近にロープを張って立ち入り禁止の規制をしていたが、先月頃、規制を解除したらしくロープが撤去されて張り紙も無くなっていた。確かに、土砂崩壊箇所の岩場付近は足場も悪いし補助ロープが欲しいところで、状況(大雨時などは避ける)に応じ、自己責任で利用するコースである。

 暫く閉鎖されていた山道は人の気が薄くなり、代わりに落ち葉や小枝が散らばり静かだった。何年か前に大勢で登った沢を見ながら下って行ったが、谷には大小無数に倒木の残骸が散乱しており、集中豪雨禍の爪跡が禍々しく刻まれていた。林道出会いでAコースと合流し、20分ほど下ると昭和の森公園でテントの数も少なくなっていた。

  

 

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… 宇美林道を草花探索しながら終点まで歩き、紅葉の縦走路を鬼岩谷山から頭巾山へ … (10/29)

… 秋の柔らかな陽光に映える紅葉 …


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10月29日 ( 晴れ )

自宅 (7:55~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森(8:40∼9:10)⇒ 宇美林道終点 (11:17~:23)⇒ 鬼岩谷山(12:05~昼食~12:57)⇒

砥石山(13:14~)⇒ 前砥石山 (13:36~) ⇒ 三郡山(14:45~:52)⇒ 頭巾山 (15:15~) ⇒ 昭和の森 (16:15~:25) ⇒ (Eチャリ) 自宅 (16:50~)


 自然公園指導員時代の山仲間S熊さんから、鬼岩谷山に行きませんか…?と、先月、電話を頂いてた。で、涼しくなったらT崎さんも一緒して思い立ちましょうかね…。と、約束していた。

 という事で10月も終わりになった今日、昭和の森公園9時集合という事で、8時チョイ前にEチャリ/ハリヤ号に跨り家を出たのは8時チョイ前だった。実は、三日前に脊振山頂に向かったのだが、途中の新幹線車両基地付近でパンクし、約7kmを押しながら引き返すという苦い思いをしたばかりだった。

 昔は道路事情も悪いしタイヤチューブ類も弱かったので、チャリンコのパンクはつきものだったが、今では、道路も良くなりオンロードタイプのチャリは兎も角、タイヤの丈夫なMTBチャリはパンクすることは滅多なことじゃ無かった。現に、今も乗ってるいるMTBのロックホッパー号は30年で一度しかパンクしたことは無かった。

 とは言え、そんな幸運に何時までも恵まれる保証はない!で、なるだけ異物(鉄くずやガラス類)の押しやられている路肩を避けながら走らせて貰ってる。が、車のドライバーさんからすれば迷惑かも知れないが、そんな事情だから勘弁してもらいたい。

 朝のラッシュで渋滞する車の行列を横目にしながら、乙金の峠を越し宇美町の四王寺坂の上り坂を漕ぎ登り、工業団地横を下ると障子岳の住宅街で、正面に三郡山地が近まって来る。昭和の森公園への登り坂をアシストのパワーを借りながら、老いぼれジジイの脚力を全開にしてペダリング…、家から約45分で公園駐車場に到着した時はすでに汗びっしょりだ。

 入山前の予備運動にしては少しきついかも知れない。チャリをロックしていると、カブ号に乗った親父さんがやって来られて挨拶されたがS熊さんだとは分からなかった。まさか、バイクで来られるとは思いもしなかった。9時チョイ前に、遠路遥々大木町からT崎さんの橙色のハスラーが到着…。朝の通勤ラッシュの巻き込まれ遅くなりました…と、久し振りになる元気のいいT崎さんとの再会だった。

 挨拶していると、昨日、T崎さんから伺っていた元同僚のT中さんを紹介された。T崎さんは、現役時代には高校山岳部の顧問をなさっていたが、T中さんもやはり山岳部の顧問をされており、そのご縁で今日お誘いされたそうだった。

 S熊さんは長く続けておられた歯科院を今年になって卒業され、晴れて天下の素浪人になられたばかりだ。彼は、開業医の少ない暇をまんぐりながら日本100吊山をクリアーし、今は200吊山と城郭巡りに挑戦中で、近頃からは、友人から譲り受けたオンロードタイプチャリで友人たちとツーリングにもはまっておられるらしかった。

 そんな姿かたちは勿論、環境も違う4人だったが唯一同じものがあった。それは、4人ともズボンがジャージパンツだったのだ。今は、お金さえ出せばより取り見取りで良い装備類が手に這入る。そんな現況の中、滅多にジャージーパンツを着用している登山者には出会わない。それが、今日は4人とも偶然とはいえ揃えたようにジャジーパンツ…!異口同音に愛用する理由は、履きやすいの一言だった。

 ジャージー山の会でも創立しようかな…?そんなシルバーグループの最長老の俺いらを先頭に宇美林道に這入った。S熊さんリクエストの鬼岩谷山は、三郡縦走路のしょうけ越えから登り上がったピークで一等三角点の山だが、この山だけを対象に登る登山者は少なく、仲の原の厄神社登山口からの登山道は荒れ果て登りにくく、途中、テープや案内標識類は皆無に等しい。

 そんな訳で、昭和の森公園から宇美林道を経ての鬼岩谷山になった。延々と約二時間近くも林道歩きだが、救いは、この林道際には種々沢山の草花が咲いて目を愉しませてくれる。という事で、今日は、山の花に精魂込めておられるT崎さんの出番だった。我々三人は、特に目立つ花さんたちの写真を撮ったりしながら歩いたが、T崎さんは、何一つ見落とすことなく丹念に探索され、振り返ると姿が見えなくなっていること暫しだった。

 そんな私でもわかる花の吊前は幾つかあった。真っ白な瓶ブラシのようなサラシナショウマの花は、昨年は伐採の影響で見られなかったが今年になって復活していた。青紫色のヤマハッカの花はもう随分前から見かけたが、まだ彼方此方に背を伸ばしていた。その他にも黄色や紫色の秋の草花さんたちが、来る冬を前に清楚な花びらを咲かせていた。

 前砥石入口を過ぎ砥石山入口までは何度も歩いているが、此処から林道終点の厄神社~鬼岩谷山の取り付きまでは滅多に入ったことは無い。また、他の登山者さんもそうのようで砥石山入口から先の林道は夏草に覆われ、あちこちに落石や路肩崩れが見られた。普段なら約一時間半ほどで昭和の森入り口から林道終点まで行けるのだが、今日は、林道行き止まりまで、草花さん探索で二時間を越えていた。

 この林道終点が厄神社から鬼岩谷山へ向かうコースの中間点だが、標識類は見えず初めての人は戸惑うだろう。で、その辺に散在していた手頃の石を集めて小さなケルンを立てて目印にした。取りついて暫くは、荒れた木馬道に散乱する倒木や落ち葉の降り積もる急こう配の道で、テレテレ歩いて来た林道道からのペースが忽ち乱れ息が弾んだ。

 途中で一度休憩をとり、枯葉や枯れ枝などをバリバリ踏みつけて登って行くと勾配が緩み、明るい広葉樹林の下に出る。利用する登山者が少ないのでこの開けた広葉樹の下の道は判りにくく、テープも少ない。途中で、東側の尾根筋に踏み分けて這入ると尾根筋の三郡縦走路で、山頂まで20m程の地点だった。

 鬼岩谷山は砥石山から続く山稜の一角で、北側の肩に当たる。が、この山頂は数少ない一等三角点のピークでもある。ススキに覆われた山頂のすぐ後ろ側に小さなスペースがあり、丁度お昼時だったので迷わずにランチタイム…。S熊さんは何時もコンロで麺類を作られるので、私も、今日はコンロ持参してお湯を沸かし、アサリ貝のインスタント味噌汁でおにぎりを頂いた。少し時間は食うが、お急ぎ旅じゃないときは温かい汁ものは胃袋が満足してくれる…。

 穏やかな秋の陽だまりの山頂でゆっくり過ごし、13時チョイ前に一等三角点の山頂を後にして、穏やかな日差しの広葉樹のモミジが美しい縦走路を砥石山に向かった。この時点ではどこまで縦走するかは決めていなかったが、皆さん三郡山までは行かれる心積りのようであった。季節的に10月終わりごろのこの時期が、小さなアップダウンの尾根道歩きには一番適しているように思える。

 色鮮やかな紅葉も良いが、淡い黄色や橙色の広葉樹林のモミジは心を和めてくれる。三郡縦走路は今その見頃の時期で歩いていてウオーキングハイ状態になる。T崎さんは相変わらず諸々の探査で遅れて姿が見えなくなるが、忍者のように何時の間にか追いつかれ口笛を吹いておられた。砥石山で一息ついて前砥石山へ、山頂からの景色はスモッグがかかっているようで、遠くの山などは見えなかった。

 T中さんがボソッと「このピークは前砥石山とは云よらんじゃったもんね…昔は、ピーク805と呼びよったもんバイ…《と呟かれたが、流石に、元高校山岳部の顧問さんの履歴が窺われた。今では、痛風が怖くて美味しいビールから遠ざかっておられるそうだが、山歩きの後のプッシュッ…の愉しみが消えて残念無念ですね。昔は、冷蔵庫でキンキンに冷やし、山頂に着く頃に飲む塩梅に冷えたビールは美味しかったですよ…と、目を細めて振り返って居られた。

 前砥石山から快調に歩を進め、内ヶ畑コース分岐通過…直ぐに欅谷Aコース分岐も通過し、登り返しの三段坂をクリアーしてブナの大木ちゃんに挨拶し、通行禁止になっていた欅谷Bコース分岐に来ると、張られていた細引きが外され通行止めの表示が無くなっていた。井原山の洗谷コースも、先日の事故以来、危険だからという事で今は通行禁止になってしまったが、そんなこと言ってたら色々な危険を内含する山歩きは何処も歩けなくなってしまう。

 此処の欅谷Bコースにしても然りで、確かに浮石などの崩落の怖れはあったが、大雨時や地盤が緩んでいる際を除けば、災害以前同様だった。それを、現地をきめ細かく観察も無しに、通行禁止と一方的に決めてしまうのはお役所の責任逃れでおかしい。こういう個所は他の山でも多々あるし、事故があるごとに通行禁止にして行けば、山の持つ本来の姿が見えなくなってしまうだろう。確かに何事か起これば関係機関各所は大変かもしれないが、それもお役所の務めであることを自認するべきだろう。

 通行禁止中にもこのコースが好きで何度も通わせて貰ったが、やはり、歩きながら後ろめたい気持ちは同居していた…。今回、解除されて威張って歩かれるようになり堂々と利用できるのが嬉しい。Bコース分岐から最後のひと登りを頑張って三郡山頂へ…。空は青かったが視界は上良で、春先のように霞みがかり古処三山は見えず、筑豊盆地の奥もぼんやりと霞んでいた。そんなススキの山頂で小休止し下山開始…。途中、天の泉で銘水をボトルに汲んで頭巾山に立ち寄った。

 歩いているとそんなに寒いとは思わなかったが、S熊さんが山頂の寒暖計を見て10℃だよ…だった。矢張り間違いなく季節は移ろいでいるのだ…。秋の日の暮れはつるべ落とし…、西に傾いたお日様を追っかけながら頭巾尾根の急こう配の道を下り、昭和の森の登山口に着いたのは16時15分で、山の端の向こうに夕日が随分と傾いていた。

 今日一日ご一緒して頂いた三氏にお礼を言ってお別れ…和白に戻られるバイクのS熊さん、小郡に変えられるT中さんのお車は以前私の山登りの足だったデリカチャンで懐かしかった。T崎さんは遠く久留米の先の大木町で、家に帰り着く頃は真っ暗だろう…どうぞ気をつけて!俺らは通いなれた道を夕日を追って一走り…25分ほどでパンクもせずに我が家の帰着した。ご一緒したお三方どうも有難うございました。

  

 

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… 八ヶ岳登山無事終了の報告とお礼に仏頂山へ … (10/7)

… 秋の日を受け優しく頬笑まれる仏像様 …


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10月7日 ( 秋晴れ )

自宅 (8:50~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森(9:38∼:50)⇒ 仏頂山 (11:16~:32)⇒ 宝満山(11:42~昼食~12:10)⇒ (宇美新道) 昭和の森 (13:25~:35) ⇒ (Eチャリ) 自宅 (14:04~)


 八ヶ岳登山が好天に恵まれ無事に終了する事が出来たので、何はともあれ仏頂山の祠にその報告とお礼に行ってきた。アシストチャリのハリヤ号に乗って家を出る際、バッテリーメーターを見ると30%しか残っていなかった。

 平坦地はそう電気も食わないが、坂道になると見る間に減ってしまうので、往路の乙金峠まではアシストオフして漕いでいったが車体が重いのできつかった。昭和の森公園には駐車場が道路沿いに分散して三か所あるが、登山者が多く利用するのは一番奥まりの駐車場で、標高も260mあり最後の坂はきつい。

 今日は、仏頂山往復だったので手前のメイン駐車場に駐輪した。ロックを4っつもかけて出発…貯水池の横から猫石林道に這入りテクテク登って行った。5分も歩くとキャンプ場への分岐で直進し、椊林の中の荒れた林道を10分ほど行くと、右手の木の幹に宇美新道入り口の標識がつけてあり、庭石のような花崗岩が何個か転がっている。

 少し登るとコンクリート舗装になりその先で草ヶ谷貯水池から来た道と合流するが、その道は現在通行禁止になっている。河原谷沿いにつけられた山道を15分も登ると、大きな三角形のおにぎり岩があり、すぐその先が難所滝へとの分岐で、涸沢に転がる岩の上を渡り仏頂山へのウサギ道に這入った。

 難所滝分岐から40分弱登ると樅ノ木や杉の大木が現れてくる。三郡縦走路に突き当り左折してひと登りすると仏頂山々頂で、古びた石の祠の中に可愛らしい仏像様が祀られている。ザックを下ろして石像様に山行の無事終了と山行のご報告を述べた。

 お賽銭を上げるだけでは申し訳ない気がし、祠の周囲の手入れをすることにした。向かって右側の台座の下が少し抉れていたので、付近から手頃の石を10個ほど集めて積み上げ、少し補強した。その最中に通りかかりの登山者さんが立ち止り、氏子さんですか?お疲れ様です…と、声をかけて来られた。

 イヤ…氏子ではないのですが、此処の石仏様は私の山行の守り神様みたいなもので、何時もお願いばかりで申し訳ないので気持ちだけお返しをしているところでした…。に、それは良いことすね、仏像様もお喜びでしょう…と言いながらお詣りをしておられた。

 祠の中に舞い込んだ枯葉などを取り除きながら、左側の石壁を何の気なしに見ると消えかかった文字に気づいた。文政と読めそうだったが、この祠の製作年月日が刻まれていたのだろう…。(文政は江戸時代後期1818年~31年)からすると、この祠さんは約200年前に建立されたのだ。

 次回来るときは、小さな箒などを持って来よう…。また伺いますね…と、石像様にご挨拶をして宝満山へ向かった。平日だったが丁度お昼時だったので、花崗岩の山頂には20人程の登山者さんたちが景色を眺めたり、昼食をとっておられた。上宮の前に立ち大きな鈴を鳴らして山行終了の報告とお礼を申し述べた。

 上宮裏手の南側の断崖絶壁の岩場で昼食タイム…。八ヶ岳の最高峰の赤岳山頂からの眺めも最高に良かったが、今日の宝満山頂からの眺めも素晴らしく、白いヒツジ雲と群青色の空の対比が絶妙で、まさしく秋の空だった。遠く久住連山や御前釈迦岳…古処三山、英彦山。西には雲仙岳~多良岳。脊振山系の山並みは端から端まで鮮明に浮き上がっていた。

 そんな素敵な秋空の下で、行動食のクッキーや丸ボーロを頂きながら30分ほどのんびり寛いだ。宝満山頂は人が多くてあまり登って来ないが、山頂からの眺望は此の周辺の山ではNO1だろう…。次々に登って来られる登山者さんに席を譲り渡して下山の途に就き、ウサギ道を下って途中から宇美新道コースに這入り、13時半ごろ、Eチャリハリヤ号を駐輪した昭和の森に帰着した。

 来るときは、バッテーリが心配でアシストオフしながら漕いできたが、帰路は、もっぱら下り基調なので昭和の森から工業団地付近までの下り以外はONにして帰ったが、まだ20%の残量があった。

  

 

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… 特訓山行、最終回は二週続きの三郡縦走、篠栗駅から太宰府駅まで8時間 … (9/26)

… 先週は息子たちと三人旅だったが今日は一人旅、雨雲がかかる宝満山は遠い … (AM-9:18~若杉鼻)


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9月26日 (稜線はガス時々小雨…後半は晴れ間)

篠栗駅 (7:30~) ⇒ 若杉山(9:09∼)⇒ しょうけ越し (9:52~)⇒ 鬼岩谷山(10:31~)⇒ 砥石山 (10:49) ⇒ 前砥石山 (11:04~) ⇒ 欅谷A分岐(11:29~) ⇒ 三郡山 (12:07) ⇒

仏頂山 (12:49~) ⇒ 宝満山 (13:01~昼食~:25) ⇒ 竈神社 (14:27~) ⇒ 太宰府駅 (15:03~)


 愈々、八ヶ岳入山まで後4日になった。コロナ騒動で一時はどうなる事か心配したが、大都市を除くとやや収束の気配を見せ人の移動も緩和され、閉鎖されていた山小屋もコロナ対応処置をとりながらの営業再開で安心した。

 で、最後の特訓山行は先週に引き続き篠栗駅からの三郡縦走で締めくくりにした。先週と全く同じ列車で篠栗駅に向かい、駅前のコンビニで買い物したのも全く同じだったが、違ったのは息子たちと出合わなかったことだった。

 ザックの負荷は先週とほとんど同じの9kgチョイだった。長時間歩行の備えてタイツ着用、ストックを携行していた。天気の方は上空に寒気が這入っている影響でやや上安定な空模様で、鉛色した動きの早い雲が空を覆い、背丈の低い若杉山は見えていたが縦走路の砥石山~三郡山は雲の中だった。

 長い車道歩きから木の階段道を登ってキャンプ場まで凡そ一時間。施設内には先週よりも多いテントが張られ賑わいを見せていた。キャンプ場の上から専用車道を登って行ったが、苔の生えたコンクリート道は急こう配で、折あしく降り出した雨で何度もツルっと滑り冷や汗かいたが、雨で濡れた日の下りには使いたくない道だ。

 杉木立の中で直接雨粒はかからないが、それでも合間を縫って落ちてくる雨粒がザックを濡らしていたのでザックカバーだけ取りつけて凌いだ。五体の方はどうせ汗で濡れているので大雨にならない限り雨具は着用しないつもりだった。息子たちと来た先週は、米の山方面分岐から落陽の道コースに這入ったが、今日は、奥の院へ直登する車道に這入った。

 急こう配につけられたコンクリ道を20分弱登ると奥の院手前の分岐で、突き当りに立たれるお大師様にご挨拶をし、左折してNTTアンテナの建つ山頂へ向かった。見晴らしの悪い山頂に着いたときは雨雲が消えて薄日が射していた。篠栗駅から1時間40分だった。

 若杉鼻の展望岩から縦走路の山々を眺めたが、辛うじて終点の宝満山が姿を見せるだけで、砥石山から三郡山方面は怪しげな雲の中だった。雨上がりの若杉鼻からしょうけ越し迄の道際には、秋の草花たちが可憐な花びらを見せて咲いていたが、先週に引き続きモミジガサが主役で、淡いピンク色の痩せた感じのアザミの花、黄色のキバナアキギリ、一輪だけ咲いていたピンク色のツリフネソウ・・・と、雨に濡れて咲く花は奇麗だった。

 若杉山支尾根からしょうけ越しの峠に下ってくる頃はお天気も回復して薄日が射していた。廃屋の前を通り過ぎ県道60号線を跨ぐ陸橋を渡り、三郡縦走路のキーポイントの鬼岩谷山への登り坂道に取りついた。先週よりも身体の動きは良いようで途中の三段坂を一気に乗り越え、ポイントの鬼岩谷山クリアー!先週は此処で行動食タイムだったが、今日はそのまま通過し砥石山へ向かった。

 先週来た時には砥石山頂は女子高生パーテイに占拠されていたが、今日は無人でひっそり静まり返っていた。此処までに会ったのは、若杉鼻としょうけ越しの中間ですれ違ったトレラン青年一人で縦走者は少なかった。前砥石山を通過して内ヶ畑分岐に向かっている際に雨粒が降りかかって来た。若杉鼻で見た雨雲の中に這入ったんだな…と、雨具は着けずに欅谷Aコース分岐を越え、駅前コンビニで買ったパンを食べながら三郡山手前の坂を乗り越えていった。

 丁度、ランチタイム時に三郡山直下に到達したがガスで眺望なし…で、スルーして縦走路を宝満山へ向かった。飲み水も、今日は此処まで500㏄ボトル一本だけで、気温の低さと尾根を越える涼しい風に助けられた感だった。三郡山を過ぎると途端に登山者に出会うようになり、宝満山までに三組ほどの登山者さんたちに追いついた。仏頂山頂の守り神様に最後の特訓終了を報告し、八ヶ岳山行の無事と天候をお祈りした。

 稚児落としの岩場をよじ登って山頂に出ると、先週と違って今日は土曜日らしく登山者さんたちで賑やかだった。先週よりも約一時間早かったが途中ノンストップだったからだろう。上宮に参拝して裏手の花崗岩の見晴らし台でランチタイム…。三郡山まではガスの中だったが宝満山頂は雲の圏外で、青空の下に筑後平野方面の景色が一望のもとだった。

 細やかなランチタイム終了後は、宝満吊物の長い石段道を下ったが、長歩きして草臥れた足くんには気の毒だった…。14時半ごろに竈神社のバス停に行くと、あと20分待たねばならなかったので太宰府駅まで歩くことにして、下り坂道をブラブラ下って行った。コロナ禍で一時は人の気が無かった天満宮の参道も駅前も人出が多くなり、何だか昔と変わらない活気を取り戻していた。

 久し振りに西鉄電車を利用して春日原迄乗車したが、コロナの影響で交通機関もダメージを受けて大変らしいが、一気に復活とはいかないだろうがコロナ騒ぎが一段落すれば、インフラを担う機関として頑張ってもらいたい。さー、83歳目前のジジイの特訓は完了!後は悔いのない山行にする事だけだ。

  

 

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… 特訓山行、篠栗駅前で偶然一緒になった息子達と竈神社まで三郡縦走8時間 … (9/19)

… 今から進む三郡縦走路の山々は遥か彼方 … (AM-9:39~)


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9月19日 晴れ

篠栗 (7:30~) ⇒ 若杉山(9:30∼)⇒ しょうけ越し (10:15~)⇒ 鬼岩谷山(10:59~11:13)⇒ 砥石山 (11:30) ⇒ 前砥石山 (11:45~) ⇒ 昼飯 (12:30~45) ⇒ 三郡山 (13:09)⇒ 仏頂山 (13:57~) ⇒ 宝満山 (14:10~14) ⇒ 竈神社 (15:33~)


 4日前に昭和の森から若杉山まで往復8時間半歩いたばかりで少し疲れも残っていたが、まだ、三郡縦走を宝満山から若杉山に繋いでいなかった。で、今日は、篠栗から竈神社までの三郡縦走を思い立ち実行に移した。

 昨日思い立った際、南蔵院から若杉山へのコースもあるので偶には趣向を変え、そちらから登ってみるのも面白いな…と思ったが、30年ほど前に歩いただけだったのでアプローチが上安だった。ので、GPSを携えてそれに備えた。

 然し、春日駅で切符を購入しようとして小銭が南蔵院駅まで足りなかった…。で、篠栗駅まで380円也の切符を買った。此処で、南蔵院駅まで切符を買っていたなら、この後、息子たちと篠栗駅前のコンビニでバッタリ出会う事は無かったのだから、山の神の采配をマジ感じた。

 10月初旬からの八ヶ岳山行は、息子の会社仲間で作っている(釣り、チャリ、山歩き、etc)釣岳人クラブのメンバーのダイちゃん、仙台工場のマモルさん、息子の三人の山行に一緒させて貰う訳で、ロートルの私が足を引っ張りそうで気がかりだ。83歳を目前にして齢相応に体力の低下をひしひし感じる昨今、最後のチャンスかもしれないので思い切って彼らの山行に加えさせて貰った次第だ。

 篠栗駅前のコンビニで買い物をしていると、息子が声をかけてきてビックリ仰天!何と、八ヶ岳メンバーのダイちゃんも一緒だった。まさか、約束もしていないのにこうして三郡縦走スタート点で出会う奇遇は、まさしく山の神様のご采配に他ならない。

 然し、二人の体力を考えると長丁場の三郡縦走を一緒するには足手まといになるのは見えているので、貴方たちは先に行ってていいよ…と何度も言ったが、息子たちは、イヤゆっくりいいよ…と、ボトボト歩く俺らの後をしゃべくりながら竈神社まで付き合ってくれた。

 篠栗駅前から若杉山までは殆どが舗装された車道歩きで、途中の楽園付近が車道をショートカットする昔の遍路道で面白みに欠ける。楽園の先から専用車道に這入るが、このコンクリート舗装道路は苔が生えた急こう配の道で疲れる。専用車道の終点付近で篠栗から山頂に続く車道と合流…。其処から、篠栗町のハイキングコースの落陽コ*スの遊歩道に這入った。

 ハイキングコースは木のチップを敷き詰めた道で、今まで固いコンクリートの道を歩いて来ただけに、フワフワのスポンジの上を歩いている様だった。このハイキング道の終点で皿山公園から来た道が交わる。終点から左側の山手につけられた山頂への道に取りついて5分も登った付近で、肺呼吸の塩梅がおかしくなり立ち止って深呼吸を繰り返した。

 後ろから連いてきていた息子たちは心配しただろう。多分、8月から9月にかけて3日に一度ほどのパターンで登っていたつけが廻って来たのだろう。大祖神社にお参りして山頂へ向かったが、この頃には酸欠症状は治まり息苦しさも消えていた。篠栗駅から約二時間かかっていたが、少し遠回りになる遊歩道を経由したのもあるからだろう。

 若杉鼻の展望岩で今から辿る縦走路の山々を眺めたが、弧を描いて宝満山に続く山並みは何時見ても遠かった。山頂でも二人に先に行ってくれ…と頼んだが、息子は笑いながら、ゆっくりでいいよ…と、取り合わなかった。という事で、自分のペースでしょうけ越しに下って行った。しょうけ越えの陸橋は通行止めになっているが、ゴメンして渉らせて貰った。

 しょうけ越しを越すと鬼岩谷山への標高差で270mの登り坂で、篠栗から宝満山に向かう際の関門である。若杉山手前の事があったので心配したが、息子たちからするとふうたんぬるかったろうが、4日前とそう変わらないタイムで鬼岩谷山頂に登りあがる事が出来た。夏草が生い茂る山頂で大休止…。篠栗を出てから最初の休憩タイム…各自、軽食などでエネルギー補給した。

 鬼岩谷山まで来ると、砥石山まで少し登り返すが、前砥石山~欅谷Aコース分岐付近までは下り基調で、へこたれ爺いでも気分的に楽に歩ける。今日は、4連休の初日で登山者も多いだろうと思っていたが、案に相違して少なく砥石山頂で休憩していた女高生グループだけで意外だった。欅谷A分岐付近から三郡山へジワジワ上り坂道になる。坂道にかかる付近で腹の虫が鳴き始めたので、最後の坂を登り切った平地でランチタイムにさせて貰った。

 パンとミルクに梨で腹を少し満たして三郡山へのエネルギー補給完了して出発…。欅谷Bコース付近から始まる三郡山頂への坂をクリアーして山頂直下に到着したが、三郡山頂はパスして通過し、頭巾山サイトから仏頂山へ向かった。難所滝分岐の鞍部から長崎鼻に登り返していると、身軽なトレラン者二人が追いつき追い越していった。

 お気に入りの展望岩に立ち寄り一息入れて仏頂山へ…。祠の石像様に山行の安全をお祈りしたが、息子たちはお賽銭を上げて八ヶ岳山行の安全と好天を祈願した。稚児落としの岩場から山頂に登りあがったが、山頂も意外に登山者の姿が少なかった。山頂上宮の大きな鈴を振って拝んだが、鈴の音は聞こえなかった。此処まで篠栗駅から6時間半で息子たち二人だけなら、もう竈神社についている時間だったろう。

 山頂から竈神社まで石階段の続く道で、疲れの出たロートルじじいの足には堪えた。水場で冷たい水で頭を冷やし一息つき出ようとすると、何だか見覚えのある人がエンヤラサ…と腰をかがめながら登って来られた。何と山頂山小屋メンバーのS川さんではないか…。彼とは何年か前に三冬続けて伯耆大山にテン泊山行した山友だった。小さな荷物だったが一個25Kgもあるバッテリーを荷揚げ中だったのだ。私も何年か前にボッカしたがキャフンと言わされた。

 地獄の石段道を重荷背負って登る彼にエールを送り、少し下った所でまたまた小屋番に向かう山仲間の良寛さんと出合う。偶々、宝満山から下山中の私だというのに、こうして続けざまに山友に巡り合うのも山の神様のお引き合わせに間違いない。息子たちには篠栗駅前でばったり出会うし、久し振りに山友とも逢えるしで心ほのぼの下山になった。

 竈神社に15時半ごろ下山…息子たちには迷惑かけたが、何とか10kg背負って8時間で完歩でき、八ヶ岳山行に少し自信がついた。竈神社前からコミニテイ100円バスに乗り、途中の五条で下車した息子と別れ、私とダイちゃんは終点の都府楼駅まで乗車し、電車に乗り換えて春日原駅でお別れした。今日は、単独で縦走の予定だったが、息子たちと思わぬ出会いで縦走を一緒したが、迷惑をかけたろうが私の現況を知って貰う良い機会だった。

 八ヶ岳入山まで10日になった。83歳を目前にした高山への挑戦…!日一日と老化現象が進む私にとって来年はどうなるか判らない。夢を繋ぐためにも今回の山行は是非とも完成させたい。

  

 

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… 特訓山行、老体に鞭打ち今日は頭巾山から若杉山へ往復8時間半 … (9/15)

… 昭和の森への途中、今日歩く頭巾山から若杉山のシルエットが浮き上がっていました … (AM-6:17~)


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9月15日 秋日和

自宅(6:05~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森 (6:50~7:05) ⇒ 頭巾山(8:25∼)⇒ 三郡山(8:40~48)⇒ 前砥石山 (9:50~) ⇒ 砥石山 (10:06~) ⇒ 鬼岩谷山 (10:24~) ⇒ しょうけ越し (10:58~)

⇒ 若杉山 (12:02~昼食=:22) ⇒ しょうけ越し (13:02~)⇒ 鬼岩谷山(13:49~)⇒ 砥石山 (14:07~休憩~:22) ⇒ 宇美林道 (14:43~) ⇒ 昭和の森 (15:32~:45)(Eチャリ) ⇒ 自宅 (16:10~)


 天気予報では明日から週末にかけ秋雨前線の北上でぐずついた天気になるらしい。一昨日、頭巾山からしょうけ越し往復6時間半の特訓山行をやったばかりで少し疲れも残っていたが、この好天を逃す手はないと早朝からEチャリ漕いで昭和の森へ向かった。

 流石に、お彼岸も近くなると日の出も遅くなり、前方に三郡山地が見え始める宇美町の陸橋付近で、黄金色の朝焼け雲の下に今日歩く行程の頭巾山から若杉山のスカイラインが浮かび上がっていた。6月中旬に車を手放してから、私の登山口までの足になっているハリヤ号だが、もう既に昭和の森往復だけで8回にもなる。

 10月の八ヶ岳山行が、テン泊から山小屋泊まりに変更になり、担ぐザックの重量も10kg程度になったので、それに合わせて今日は9kgぐらい背負ってきた。短い時間距離なら10kg程度ならそう苦にならないが、長丁場になるとそうはいかない。

 今回の行程は、初日に標高2700m付近に建つ山小屋まで約1100mの高低差を登り上がらねばならない。同行する息子たちにとっては何の問題も無いことだろうが、83歳目前の私にとっては大問題である。で、試練の頭巾尾根で特訓中なのだが砥石山折返しばかりだった。

 それを、一昨日にしょうけ越し迄伸ばして往復6時間半…、そして、今日はやっと若杉山まで往復する事が出来て約8時間半行動することが出来た。老体だが、回数を重ねていくとそれなりに身体が鍛えられ応えてくれることを感じた。流石に、頑張った特訓山行の夜は眠りが深く翌朝は9爺頃まで熟睡して目が覚めない。

 昭和の森の駐車場はウイークデイの早朝というのにマイカーが10台以上も駐車していた。その殆ど全部は、園内のあちこちにテントを張って過ごすキャンパーさん達の車で、大きなマンモステントから小さなソロテントまで点々と山の朝を迎えていた。

 今日は、出発時点で若杉山まで足を伸ばすと決めていたので、ワコールのタイツを穿き、ストックを携帯して行った。出端の急坂を登りあがり、台風の置き土産の散らかる山道をマイペースで歩いて行ったが、一昨日よりも散乱していた木の枝類が少なく思えた。それは後で判ったが、先に登っておられた年配の登山者さんがストックの先で片づけて居られたからだった。

 一昨日は、小糠雨の中を雨具をつけての登りで汗と雨で濡れネズミだったが、今日は一転して爽やかな山の朝で、清々しい空気の中に忍び寄る秋の気配が感じられた。歳をとると全般的に筋肉が衰えるが、私が切実に実感するのは背筋力の低下で、段差のある登りや下りでは今までのようにヒョイヒョイとは足が動かず、手の力を借りねばならない。

 そういう意味から、ストックは大いに役に立ってくれる。例えば、高い位置から足を踏み下ろす際には何かに縋るか、しゃがみこまなくてはならないが、ストックがあると支点が伸び、割とスムーズに行動でき疲れが少なくなるようだ。ストックは、転ばぬ先の杖でもあるが、加齢登山者にとって、歩行バランスを援助する良き助っ人である。

 8月から頭巾尾根を特訓目的に足繁く登っているが、どうも80分ペースになっているようで今日も判を押したように同じだった。頭巾山登山口の標高が300mで標高901mの頭巾山頂までの標高差は600mで、単純には計算できないが、今回の八ヶ岳山行の標高差1100mを当てはめると、約160分と+アルフアーを見て3時間半から4時間で登れそうである。因みに、ヤマケイオンライン標準タイムは3時間20分である。

 何の為に修行者のようにきつい思いをして私は山に登っているのだろう…。齢を考えるとそれなりの山歩きをすれば良いかも知れないが、二十歳前から60年以上にも山にのめって来た私の山登り…が、まだ、少しでも高みを目指したいという気持ちが衰えない。悪く言えば安易な山歩きに踏ん切りがつかないのである。今回の八ヶ岳山行も息子の恩情で叶えられるのだが、彼らのチームワークを乱さないか気がかりは残っている。

 そんな思いを背負っての特訓山行…ただ黙々と通いなれた縦走路を老体に鞭打って歩くのみで、半ば機械的に足が動いている。頭巾山頂の寒暖計は今日も16℃…確か一昨日も同じだった!ひょっとすれば16℃で固まっているのか?真っ赤な小さな実をつけたツルシキミの朱色が瑞々しく目についた。

 縦走路は秋晴れの空の下に快適で修行僧を思わせる俺いらの足取りを見守ってくれた。一昨日はガスに隠れて見えなかった三郡山頂のレーダードームが今日は青空をバックに、お早うさん…と、ご機嫌宜しく出迎えてくれた。視界が悪い日はパスする山頂も、今日は立ち寄って行かねば勿体ない秋晴れで、若杉山までのロング行程が待っていたが足が勝手に動いて山頂に立っていた。

 山頂もいろいろだが、何処の山頂でも視界良好とはいかない。例えば、この三郡縦走路には、宝満山、仏頂山、頭巾山、三郡山、前砥石山、砥石山、鬼岩谷山、若杉山…と、8つのピークがある。が、視界のきく山頂は宝満山頂、三郡山頂の二つで、西側が開けていた前砥石山頂は今年になって樹木が視界を遮るようになり、八っつの山頂で、パノラマを満喫できるのは宝満山頂と三郡山頂の二か所だけである。

 天気の良い日で上空が良く晴れていても遠望の利かない日が多い。今日の三郡山頂は秋らしい青空と白い筋雲のコントラストが美しいく、古処三山から英彦山のシルエットが絵になる風景で、由布岳や久住連山もその姿を覗かせ、北方の筑豊盆地の向こうには福智山塊が雲海の上に長々と横たわっていた。やはり、早朝の景色はきりっと引き締まって一見の価値がある。

 私一人だけで、この素晴らしい風景を眺めるのは勿体なかった。今日の行程が無かったら一時間でも二時間でも山頂でのんびりと過ごしたい山頂だった。10分ほど山頂で過ごして今日の行程の若杉山への縦走路に戻った。欅谷Aコース分岐付近までは下り基調でリラックスして行程が進む。前砥石山への緩斜面を登りあがり、一旦下って鞍部から二段坂を何とかクリアーすると砥石山で、出発してから約3時間で私なりのペースだった。

 山頂標識に挨拶して通過し、鬼岩谷山へ緩い尾根道を下って行く途中で向うから来られた登山者と離合した。私年配かなと思ったがS21年生まれだとかで、私から見れば青年だった…??篠栗を6時半に出でられたとかで、しょうけ越しから登って来られたにしては、ひょうひょうと汗もかかずに仙人様の雰囲気だった。

 鬼岩谷山頂を通過すると、しょうけ越しの峠まで標高差で約270mのクライムダウン…。一昨日下ったばかりの坂道をマイペースで下って行きながら、思った…。この坂は帰路の登り坂になるのだ…と。一昨日は、しょうけ越しにかかる陸橋の手前でとんぼ返りだったが、今日は、橋が通行禁止になっているので迂回路を下って、県道60号を横断して廃屋の建つ縦走路に戻った。

 しょうけ越しから若杉山への登り返しは下って来たばかりの足には辛く感じる。約120m程の標高差を登り返すと若杉山から伸びて来た支尾根に出る。若杉山という吊の通りに付近は杉の木だらけだが、台風が間伐よろしく小枝類を振り落として歩行妨害もいいとこで、目立つのはストックの先で放り捨てて行った。支尾根道に上がった付近でボトルの水が切れたのでザックを下ろし、スペアの水を入れ替えた。

 此の若杉尾根は割かし草花の種類が多く、今日は、椊林の根元にモミジカサの花が満開に咲き、少しやせた感じの花びらが小さめのアザミの花もモミジカサと混ざり合って咲いていた。障害物の杉の小枝を放りながら、10を超える小さなギャップを乗り越えて若杉鼻の展望岩に着いた。昭和の森から約5時間もかかっていたが、何とか今日の目的場所に着くことが出来ホッとした。

 若杉山頂は此処から3~4分だが、眺望も利かないので此処から引き返す事もある。然し、展望岩は直射日光が強く暑かったし、今日は、若杉山折返しと決めていたのでと…山頂へ足を向けた。山頂のNTT建屋の南側に山頂標識があり、樹林の隙間に辛うじて三郡山方面が見える。ベンチもあるが陽射しがまともでランチタイムには暑すぎるので、少し奥の院方面に行った日陰に座り込んで、朝早くにも拘わらずに妻が作ってくれた黄粉おはぎを頂いた。

 此処までに、ボトル一本半ほど飲み干したが、水が軽いなら何本でも持ってくるが、1リッターが1kgになるのでそう何本も持ってこれない。特に担荷力のない老兵の俺らにとっては尚更である。20分ほどのランチタイムを終えてリターン開始…辿って来た道を下って行ったが、途中の若杉鼻の展望岩から見た、しょうけ越えから砥石山への坂が少し私にプレッシャーだった。

 歩き出した当初は足取りが重く感じられ、しょうけ越しからの登り返しが少し上安になった。県道を横切り鬼岩谷山の登り坂にトライ開始…。途中でバテたら休めば良いじゃん…と、半ば開き直って一歩一歩と足を運んで行ったが、自分が思ったよりも足は動いてくれ、途中一度だけ岩に腰かけただけで、一昨日よりも4分ほど遅かったが何とか鬼岩谷山頂へ戻って来た。丑年生まれはへこたれんバイ!と、自分自身を褒めてあげたくなった。

 砥石山までは歩きモードが元に戻り14時チョイ過ぎに到着…。此処から宇美林道を経て昭和の森までの行程に備え、岩に腰かけて行動食などのチャージを済ませた。15分ほどの休憩と燃料補給で活が這入った身体で、砥石山頂の裏手から宇美林道登山口に下り着き、後は、涼しい秋風の吹く林道を小一時間テクって昭和の森公園に帰着した。休憩タイムを含めて8時間半の行動時間は、ほぼ自分の思っていた通りで、もう一度これに類した長歩きをして八ヶ岳入山に備えよう。

* 今日のメモ ・・・( チャリ ⇒ 往復20km/ 70分 山歩き ⇒ 8時間半 バッテリー消費 約30% )

  

 

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… 特訓山行、小糠雨とガスの山稜を頭巾山からしょうけ越往復6時間半 … (9/13)

… 鬼岩谷山からしょうけ越しに向かっている途中、霧に濡れてキバナアキギリの花が咲いていました … (AM-11:55~)


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9月13日 前半は小糠雨とガスの中

自宅(7:30~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森 (8:15~8:25) ⇒ 頭巾山(9:43∼)⇒ 三郡山(10:01~)⇒ 前砥石山 (10:58~) ⇒ 砥石山 (11:18~) ⇒ 鬼岩谷山 (11:33~昼食~:50) ⇒ しょうけ越し (12:21~)

⇒ 鬼岩谷山(13:06~)⇒ 砥石山 (13:23~休憩~:41) ⇒ 前砥石山 (13:57~) ⇒ 内ヶ畑分岐 (14:16) ⇒ 昭和の森 (15:05~:20)(Eチャリ) ⇒ 自宅 (15:50~)


 明日早朝4時半頃からダイちゃんと頭巾特訓に行くが如何 …?と、息子からメールで誘いのメールがあった。一緒だと登山口まで往復を乗っけて貰えるので魅力だったが、彼らは、所要の為に3時間ほどしか歩かない…だったので、折角のお誘いだったがキャンセルさせて貰った。

 7時半ごろEチャリのハリヤ号で家を出るときは薄日もさしていたが、乙金の峠を越える頃から霧のような小糠雨が降りだし、今から向かう三郡山地の山はベールのような雲に隠れてしまった。途中のコンビニに立ち寄り行動食などを仕入れながら模様を見たが、雨具の必要はないぐらいだったので思い切ってスタートした。

 昭和の森公園の敷地の中の一番奥の駐車場までアシストのパワーで登り上がったが、アシストとはいえ人力も必要で、着いたときは息が乱れていた。然し、此処の坂道は今の私ではノンアシストチャリではとても登りあがれない。アシストパワー様様である。

 私のEチャリの駐輪場所になっている駐車場の柵にハリヤ号をロックし、バンガロー群の中の道を登り上がって頭巾山登山口に着くと、息子の愛車が雨に濡れて主の帰りを待っていた。この頃になると少し雨粒が大きくなり、木陰でザックカバーをつけ雨合羽の上だけ羽織って、試練の頭巾尾根道に取りついた。

 一昨日、四王寺山の土塁道を歩いた際に久し振りにサロモンの二重シューズを履いたが、もう一つの息子から貰ったadidas製のシューズに比べてフイット感が優れ、歩いていて疲れを感じず異物の侵入も無いので、10月の八ヶ岳に何方を履いて行こうか悩んでいるが、サロモンちゃんの方はいささか草臥れているので迷っている。

 今日は、サロモンちゃんの出番で少し長歩きで頑張ってもらった。履くときがインナーシューズの紐を締め、アウターシューのフアスナーを閉じる二重手間はあるが、履いてしまえば地下足袋を履いているような一体感があり、疲れにくく、また、異物類の侵入も全然ない。残念なのは、もうこの品番は生産されていないそうだ。

 山道は、台風の置き土産の木の枝や倒木で歩きにくい事この上なかった。息子たちが登る頃はまだ夜明け前で、ヘッドランプの灯りだけでは尚更歩きづらかったろう…。山道はずーっと樹林の傘の下で直接雨は降りかからないが、代わりに大粒の木の滴がポタポタと音を立てて帽子や雨合羽に降りかかって来た。

 こうも、頭巾尾根ばかり歩くと特徴のある事物が頭に沁みこんでしまい、この倒木は何合目…この岩場まで来ると山頂まであと何分…。でも、何度登ってもこの頭巾尾根道はタフである。8合目付近の補助ロープが張り巡らされた急坂を登りあがると山頂は直ぐだが、残された坂道も草臥れた身体には堪える。

 真っ白に垂れ込めたガスと小雨の頭巾山頂に到着…。寒暖計は16℃を示しており雨とガスで濡れしょぼった身体は、歩いている中は兎も角、歩き止めると少し寒いようだった。頭巾山から三郡縦走路に出て三郡山へ向かったが、縦走路には所々水溜まりが出来ており、粘土の露出した二段坂は油断すると足を取れれてスッテンころりだ。

 日曜日だが、このガスと小糠雨に誰一人と出くわさない。山頂手前の専用車道に出ても濃いガスの中で、デカいレーダードームの輪郭さえ見えなかった。視界のきかない山頂はパスして通過…。雨で山道に倒れ掛かったススキの穂がズボンをしとどに濡らした。欅谷Bコース分岐を過ぎると下生えの夏草が少なくなり助かった。

 ガスで薄暗い縦走路は幽玄の趣きで、ぼーっと見え隠れする山道を歩いて行くとベールの中から現れて来る木々たちが妖精のようだった。縦走路は、台風の置き土産の木の葉がモザイクの様に散らかり、何本も道を塞いでいる倒木もあった。台風が行くたびに山は自然淘汰で余分な枝葉を剪定しているのだ。

 身体は濡れてびっしょりだが気温が低いので8月の炎暑時に比べると歩いていて疲れが少ない。まあー、縦走路は前砥石山方面に向かって下り勾配でもあるが…。欅谷A分岐を過ぎるとすぐに内ヶ畑分岐で、丁度分岐点の三郡側に通行禁止のように小さな木が倒れていた。雨は殆どやんだがガスは晴れそうにも無く、何時まで経っても夜が明けなかった。

 前砥石山も白いガスの中で通過し、一旦鞍部に下って砥石山への二段坂をボトボト登り上がって砥石山頂…。一本目のボトルが無くなったので取り換えた。何時もは、此処から引き返していたが体調も良さそうだし鬼岩谷山まで足を伸ばすことにし、鬼岩谷山でランチタイムをとってその先のことを決めることにした。

 緩い下り坂を下り登り返すと、夏草に覆われた一等三角点の鬼岩谷山頂で見晴らしは利かない。山頂の小石に座ってランチタイム…と云っても、行動食のクッキーみたいな奴と、こし餡たっぷりの最中を2個、パック入りの牛乳といった簡易食で満腹感は無し!時計を見ると12時チョイ前で、ガスも段々上がり薄日も漏れ始めたので雨具を脱いでしょうけ越し迄下ることにした。

 三郡縦走の中で、このしょうけ越しから鬼岩谷山への登りが縦走の味噌で、縦走路間のキーポイントである。その時の身体の調子と季節によって違うが、今日は、幸い気温も低めで体調も良かったので試練の坂を下ることにしたのと、八ヶ岳に向かって少しは長歩きしておきたかった事もあった。

 鬼岩谷山から直ぐに、雨で濡れた滑り易い草付きの坂道で、用心しながら下っていると白っぽい黄色の花が目についた。立ち止って見るとキバナアキギリの花で、露に濡れて溶けているように見えた。花に詳しいT崎さんやポンんちゃん達なら、もっと沢山、秋の草花さんを見つけておられることだろう…。

 滑り転ばないように気をつけながら約30分ほどかけてしょうけ越しの峠に着いた。もう少し早めに出たならば若杉山まで往復しても良かったが、今回は、此処までにして次回に若杉山まで足を延ばすことにしてUターン…。今、下って来たばかりの坂道を登り返すことになった。

 歩くスピードこそ遅かったが、思ってたよりも足が動き途中一息入れただけで鬼岩谷山へとんぼ返りした。ガスもすっかり上がって明るくなり始めた縦走路を砥石山へ引き返し、石に座って二度目の行動食タイムを取っていると、40代年配の男性登山者が三郡方面からやって来られた。

 お話しして驚いた…!何とその人は、原田から宝満川沿いに約10km歩き、宝満山から三郡縦走路を辿って来られたそうで、若杉山から南蔵院に出てJRで原田に帰ります…だった。登山者も色々居られるなーと、自分のことはさておき、そういう手も有りダナ…と少し考えさせられた。

 暫くお話ししてお別れしたが、日が暮れる前に南蔵院に着くだろうか…と独り言される彼を見送り、私は砥石山頂から二段坂を下ってススキの穂が揺れる前砥石山へ引き返した。すっかりガスが上がり明るくなった縦走路を内ヶ畑分岐でに向かっていると、午前中に宝満山へ向ったトレラン5人グループに再会し、お互いにエールを交わし離合した。

 内ヶ畑分岐から昭和の森への道に這入り、次第に青空が見え始めた涼しい山道を快調に辿り、15時チョイ過ぎに昭和の森登山口に出た。欅谷の向こうに、朝方は見えなかった頭巾山が、青空をバックに気持ち良さそうに突っ立って私を見下ろしていた。ハリヤ号を開錠して下り坂道を快調に下り、我が家に着く頃は、濡れていた衣朊もすっかり乾いてしまった。

 このまますんなりとは涼しくならないだろうが、涼しさを借りて八ヶ岳入山までに是非とも若杉山往復8時間行をやっておきたいものだ。

* 今日のメモ ・・・( チャリ ⇒ 往復20km/ 75分 山歩き ⇒ 6時間半 バッテリー消費 約30% )

  

 

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… 特訓山行、小雨の中を頭巾山から仏頂山へ  … (9/4)

… 先程まで居た仏頂山はガスに隠れ始めていました…(昭和の森、草ヶ谷貯水池より) … (AM-10:42~)


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9月4日 曇、時々小雨

自宅(6:25~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森 (7:05~7:25) ⇒ 頭巾山(8:43∼)⇒ 展望岩(9:14~:22)⇒ 仏頂山 (9:25~) ⇒ 貯水池 (10:42~:47) ⇒ 昭和の森 (10:51~11:05)(Eチャリ) ⇒ 自宅 (11:30~)


 台風9号が去ったばかりだというのに、後を追うように超大型台風10号が沖縄南方海上を北上し、中心気圧は920hPaと非常に強い勢力で尚も発達中だとかで、気象庁も厳重な警戒を呼び掛けている。

 コロナ禍と7月の大雨で疲弊している日本列島にさらに追い打ちをかけるような台風接近…。安倊首相の辞任騒動で政府はじたばた騒ぎ、本当に日本はどうなるのだろう。

 週末は、台風接近で山歩きどころじゃないので少し模様は悪かったが、特訓山行に今日も昭和の森から頭巾尾根で老体に鞭打ってきた。Eチャリのハリヤ号に跨りもう通いなれた道を漕いでいくと、途中から小雨が降って来た。天気予報は晴れマークだったが接近中の台風の影響だろう。

 昭和の森に着いてハリヤ号を何時もの駐車場の柵にロックしたが、雨でバッテーリが濡れないようにビニールシートで覆ったりした。先日の台風9号の強風で、小枝やドングリの実などが散らかる園地の通路を抜け、頭巾山入口から山道に取りついた。

 下界ではそんなに影響がなかった台風9号だったが、山道に這入って見てその強風が強かったことを思い知らされた。散乱する小枝や倒れた枯れ木などでスイスイとは歩けず、あまりにも邪魔なものは山道の左右に取り片づけて行ったが、山頂までその作業をするととてもじゃないが一人では時間を食うので勘弁してもらった。

 こんなに頭巾尾根ばかり登っていると地形は勿論だが、歩きながら特定の倒木や岩場、ロープ場が出て来ると、あー…あと山頂まで○○分ばかりやな…と、凡その見当がつく。今日は、気温がいくらか低いようで汗もあまりかかず、ボトルの水を飲む回数もこれまでに比べて半分ほどだった。

 最後の急坂を登りあがり、頭巾山頂の一角に出て少し行くと頭巾山頂で見晴らしは利かない。山頂標識に括られた寒暖計を見ると摂氏16℃で、予想していたよりも低かったので驚いた。何のかんの云いながらも着実に季節は高いところから秋に移り変わっているのだ。

 何時もは、此処から三郡山を経て砥石山方面へ縦走していたが、流石に飽いたので、今日は反対側の仏頂山へ行くことにした。縦走路も折れて散らばった小枝などが散乱していたが、大きな倒木類は見当たらなかった。難所滝分岐の鞍部から長崎鼻へ登り返し、100mも行くと樅ノ木の茂る展望岩で、英彦山、古処三山、久住方面の良い展望台である。

 ザックを下ろしてショートブレイク…。台風接近で鉛色の雲の下に、黒々とシルエットになった古処三山や英彦山々地が嵐の前の静かさを見せており、久住山塊も御前釈迦岳の向こうに薄墨のように見えていた。

 展望岩から仏頂山までは100m足らず…、山頂の石の祠の中に鎮座される石仏様に、10月の山行の安全を祈願した。山頂から裏手の山道に下り、ウサギ道から河原谷へと下って迂回路を辿り、草ヶ谷貯水池の堰堤の上からお山を見ると、先程まで居た仏頂山はガスに隠れ始めていた。

 貯水池から昭和の森へ下りハリヤ号を開錠し、電源OFして下り坂を風切って下り我が家へ着く頃は、天気も持ち直して陽が射し始めていた。

* 今日のメモ ・・・( チャリ ⇒ 往復20km/ 70分 山歩き ⇒ 3時間半チョイ バッテリー消費 約20% )

  

 

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… 特訓山行は今日も頭巾尾根から砥石山へ  … (8/29)

… 澄み切った青空の下に久住連山、由布岳、英彦山、雲仙岳…が一望の下でした … (三郡山頂、AM-8:56~)


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8月29日 晴 れ

自宅(6:15~)(Eチャリ) ⇒ 昭和の森 (6:58~7:10) ⇒ 頭巾山(8:28∼)⇒ 天の泉(8:36~水補給~:42)⇒ 三郡山 (8:52~:59) ⇒ 前砥石山 (9:56~) ⇒ 砥石山 (10:13~行動食~:33) ⇒

砥石山 (10:33) ⇒ 前砥石山 (10:51) ⇒ 欅谷A分岐 (11:11~) ⇒ 欅谷A出口 (11:35~) ⇒ 昭和の森 (12:05~:15)(Eチャリ) ⇒ 自宅 (12:40~)


 登山口までの移動がチャリンコになり脊振山系への入山が減ったので、今日は久しぶりに脊振方面へ出かけようと思っていた。が、往きは兎も角、炎天下の復路は灼熱地獄になるので涼しくなる秋口まで棚上げし、結局、昭和の森へ向かった。

 Eチャリのハリヤ号に跨り昭和の森へ向かうのはもう今月に這入り4度目だった。家から約10kmだが、往きは標高差約250mの登り勾配でアシストチャリだから45分前後で漕ぎ登れるが、ノンアシストチャリだと非力のジジイの現在の脚力では途中に何度か押し歩きし、草臥れ果てて1時間以上かかると思う。因みに記録を遡って見ると18年4月には45分ほどで下の駐車場まで漕ぎ上がっている。

 兎に角、Eチャリのハリヤ号は自重が重いので平坦路では、ノンアシストチャリよりも巡航速度が5~10km/hは遅くなる。でも、登り坂になると非力のジジイを助てくれるパワーは面目躍起で、ペダルを踏んでさえいればグイグイと前進する(坂道では電力を食うし踏み込む脚力もそれなりに要る)。土曜日とあって8月最後の夏を愉しむキャンパーさん達のマイカーが多い駐車場に着いたのは7時チョイ前で、チャリを柵にロックしていると7時のサイレンが直ぐ頭上で鳴り始めて驚いた。

 朝餉を準備中の天幕の立つ園地の中の通路を少し登ると頭巾山登山口で、背の高いハンカイソウの花に似た黄色の花が咲いており、空きスペースにマイカーが二台停まっていた。その内の一台は息子と同じホンダの軽ワゴンだったが、この車は多いのでまさか息子の車だとは思わなかった…。(帰宅後、息子のブログを見ると、彼らも早朝からダイちゃんと八ヶ岳特訓に訪れていたのだ!)

 ナンバーを見れば良かったが近くのキャンパーさんの車だろうと通過し、登山口から鍛錬坂道の続く頭巾尾根に取りつき、出端を挫かせる急坂を登りあがって正楽寺遺構の横に出て一息つき、通いなれた自然林の中の落ち葉の降り積もった山道をマイペースで登って行った。

 今日もザックの重量は約8kgで少し少ないと思ったが、連日の猛暑と8月に這入っての山行頻度が多い事を考慮し、夏バテ防止の意味から少なめにしていた。息子たちのブログを見てびっくりしたのは、ダイちゃんは16kg以上も担いでいたそうで、息子は13kgと、此の夏場の中に彼らの若さが羨ましくなった。

 早朝の夏の山は気持ちが良い。木漏れ日の中に漂う山の冷気と夏鳥の囀り…。直ぐ近くの小枝から美声で謳いだしたオオルリさんに、良か声バイ…!と褒めると、一瞬啼きやんだが、直ぐに前よりも良か声で朝の空気を振るわせて謡いだした。私の足取りは5日前よりも少しは休む回数が少なく良いかな…と、思っていたが、8合目の花崗岩が転がる休憩ポイントで時計を見ると2分しか早くなかった。

 ロープの張られた急坂をヨロヨロ登り、岩場を越えて山頂の一角に辿り着いたときは余裕なし…。惰力でブラブラと山頂に辿りついた。山頂に転がっている花崗岩に座って地面を見ると水が光っていた。この水跡は、一時間半前にダイちゃんが特訓に背負ってきた2リッターボトル6本の中の1本を頭から被った後だったのだ。

 頭巾山頂に着くまでは樹林の中で風も当たらずに暑かったが、縦走路に出るとそよそよと気持ちの良い風が吹き、見上げる空の色は群青色で暑さだけ忘れると絶好の山歩き日和だった。5日前に来た時も立ち寄った天の泉に下り、樋の先から流れ出る冷たい銘水で火照った頭を冷やし、掌に汲んでゴクゴク飲んでボトルに補給した。正しく夏場の今の時期は天の泉と呼ぶに相応しいオアシスである。

 二段坂を登り返し、三郡山手前の東側が開けた専用車道に出ると、目の前に素晴らしい光景が展開していた。快晴でも遠くまで見通しのきくのはあまり無く英彦山ぐらいまでが関の山だが、今日は、8月の最後を飾るように視界透明で、日頃は見えない遠方の山々が地平線の彼方に浮かんでいた。

 三郡山頂は縦走路から外れているので、ガスの日や景色の見通しが悪いときは立ち寄らずに通過することもある。今日は、手前で視界上々を確認済みなのでいそいそと、縦走路から山頂に向かった。一年に何度かはこんなに視界が明瞭な日もあるが、それに行き会う事は滅多にない。山頂の東端の見晴らしのいい石の上に乗って見回すと、すぐ手前から古処三山がシルエットになって立ち並び、左奥には、山の字をした英彦山から犬ヶ岳が下半身を白いベールに隠して連なっていた。

 その英彦山から右に連なる尾根筋の上に、三角形の由布岳がちょびっと顔を出しており、福岡、大分県境の山並みの奥に久住連山の山並みが見えており、宝満山の向こうには有明海を挟んで雲仙岳が聳え立ち、連なる多良岳の山並みも一望のもとだった。若しも、三郡山が3000mクラスだたら遠く桜島迄も見えそうな今日の視界明瞭な日であった。

 素晴らしい景色にお目にかかり、草臥れていた五体に少し活が這入り山頂を後にし縦走路に戻った。三郡山手前の二段坂を登る頃は今日は何処まで行けるだろう?と前途上安で、前回と同じく内ヶ畑分岐まで行ければ何て弱気の虫が出ていた。やはり、83歳と言う年齢の壁に差し掛かった事を認めざるを得ないようだ。この齢になると一日一日衰えて行くばかりで、息子たちと八ヶ岳に登れるだろうか…迷惑かけるんじゃなかろうか?と、考え考え歩くうちに前砥石山手前の内ヶ畑分岐まで来た。

 頭の方はそんな弱気なことばかりよぎっていたが、足の方が勝手に動いて前砥石山へ向かっていった。小さなギャップを登ってギラギラ太陽が照り付ける前砥石山頂に10時チョイ前到着…三郡から約一時間だった。此処まで来れば砥石山まで行かない訳にはいかない…。丑年生まれは諦めが悪いのか一休みもせずに通過し、砥石山への二段ギャップの坂道に取りついた。

 此処まで、追い越されることも無く、向こうから来る人にも会わなかった。土曜日だが、このくそ暑さに三郡縦走をする人もいないのだろう。何とか上り坂をクリアーし山頂の大石に座って大休止…。冷えた特大のトマトとカロリーメイト、羊羹の行動食で帰路のエネルギーを補充した。少し重いが、ナシやトマトなど水分の多い果物は疲労した身体でも受け付け、然も美味しく頂ける。

 栄養補給したところで復路を折返すことにした。20日に来た際は山頂から宇美林道に下り昭和の森へ林道をテクテク下ったが、炎天下の陽射しが強くまいったので、今日は林道歩きを止めて往路を引き返すことにしたのだ。前砥石山へ引き返していると、二段坂付近で向うから来られた縦走者とすれ違った。コロナで間隔をあけて挨拶を交わして離合した。前砥石山を通過し内ヶ畑分岐まで約20分、此処から下っても良かったが何度も使って飽いたので通過し、気分転換にその先の欅谷Aから下ることにした。

 ツクツクボウシの声が聞こえる林の中を下り、20分ほどで登山口に着いた。登山口の水場で顔と頭を洗って生き返った。後は、昭和の森まで林道歩きだが、宇美林道に比べて陽射しを遮る樹林があり、幾らか暑さが凌げて楽だった。約30分ほどでキャンパーさんなどで賑わう昭和の森に帰着した。ハリヤ号のロックを開錠して電源OFして園地内の下り坂を一気に駆け下り、あっという間に宇美町の県道60号線に出た。丁度、真昼間で夏の太陽が照り付ける時間帯で皮膚も燃えそうだったが、下り基調の道を一気に漕いで25分で我が家に帰着した。  

* 今日のメモ ・・・( チャリ ⇒ 往復20km/ 70分 山歩き ⇒ 5時間チョイ バッテリー消費 約30% )

  

 

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 … 猛暑の訓練山行、頭巾山から前砥石山手前の内ヶ畑分岐まで … (8/24)

… 昭和の森に下山して頭巾山を見上げると猛暑にうだっているようだった … (AM-11:10)


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8月24日 晴 れ

自宅(6:40~)(Eチャリ)⇒ 昭和の森 (7:32~7:43) ⇒ 頭巾山(9:05∼)⇒ 天の泉(9:20~水補給~:30)⇒ 三郡山 (9:42) ⇒ 内ヶ畑分岐 (10:13~) ⇒ 昭和の森 (11:10~35)(Eチャリ) ⇒ 自宅 (12:08~)


 残暑と言うよりも連日の猛暑に身も心も折れてしまいそうな毎日だが、老体に鞭打って訓練山行に再々度、昭和の森から頭巾山の特訓コースを登って来た。

 満充電のEチャリの省モードでスタートし、四王寺坂と昭和の森への登り坂では少しパワーのあるエコノミックモードに切り替え、約50分で昭和の森公園最奥の駐車場に漕ぎ着き、4日前にロックしたポールにハリヤ君をロックした。

 園地の中から頭巾山登山口へ向かっていると、夏空の下に今から向かう三郡縦走路の一部が垣間見えたが、早くも今日一日の猛暑を告げるかのように朝の日に浮き上がっていた。登山口には山頂まで100分と書かれた看板が立っているが、平均すると私は70分前後で登っている。

 4日前は、80分かかったが、このくそ暑さと此処までのチャリ漕ぎで少しへたった影響があったかもしれない。が、この頭巾山直登尾根の登りは何度登っても登り応えがある。熱中症対策にこまめにボトルの水を飲みながら、ただ足元を見ながら黙々と試練の坂道を登って行った。

 自分では、4日前よりも良いペースで登っているつもりだったが、長いロープが巡らされた急坂手前の花崗岩の転がる休憩ポイントまで60分かかっていた。そんなに心肺機能はきついこともなかったが、足が自分の思っているよりも動いていないのだろう。齢のせいだと言ってしまえば当然かもしれないが、それを認める己がいない。

 汗びっしょりになって頭巾山頂に着いたのは9時チョイ過ぎで、約80分かかっていた。本当は、75分ほどで登るつもりだったので少しがっっかりだったが、この猛暑と登山口までのチャリ移動を思うと是が今一番のベストかも知れない…と、老体を慰めるしかなかった。

 縦走路を10分ほど行った天の泉に立ち寄り、冷たい山水を頭から被り喉を潤して生き返った。この天の泉の水場は900mを少し切る高い場所にあり、長い日照りが続くと枯れることもあるが、何処から沁みだしているのか分からないが通年冷たい銘水が樋の先から迸り出ている。

 天の泉から縦走路に戻り少し行くと柚須原から登って来た専用道路に出て視界が広がる。山頂からの眺望とあまり変わらない景色が見れるのだが、上空の青空が嘘のように遠方の山々の姿は霞みに曇って見えなかった。台風が沖縄周辺に接近しているせいか前触れの白い流れ雲が山の端にかかっていた。

 レーダードームの建物の下を通過して直ぐに山頂への登り口だが、眺望も望めないのが分かっていたのでパスして通過し、若杉山へ続く尾根道の縦走路を歩いて行ったが、暑いのと平日とあって此処まで何方とも出会わなかった。欅谷Aコース分岐を通過し少し行くと内ヶ畑分岐で、前砥石山までは20分ほどだが、何となく足が進まないので今日は此処から昭和の森へ下ることにした。

 やはり、マイカーで登山口まで移動していたときと違い、その分のカロリー消費をついつい考えてしまう。特に、この炎天下の真昼間のチャリ移動はEチャリと言えども山歩きよりも草臥れる…。11時過ぎに昭和の森に下りついたが、下界は灼熱地獄で見上げる頭巾山が蜃気楼のようにうだっていた。

 ハリヤ号を開錠して木陰に這入り、早めのランチタイム…。帰路のエネルギー補給をした。標高260mぐらいの昭和の森まで凡そ10kmだが、帰路は標高10m程の自宅までだから下り基調で楽なのが助かる。まだ暫く猛暑が続くらしいが、へこたれないように気持ちを強く持って体力維持に努めていきたい。

 * 今日のメモ ・・・( チャリ ⇒ 往復20km/ 85分 山歩き ⇒ 4時間半 バッテリー消費 約20% )

  

 

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 … Eチャリで昭和の森へ、酷暑に頭巾尾根の登りはスローダウン80分 … (8/20)

… 残暑の陽射しは厳しいが、ススキの穂や空の色、雲の佇まいに小さな秋を感じます … (AM-9:33)


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8月20日 晴 れ

自宅(6:35~)(Eチャリ)⇒ 昭和の森 (7:22~7:35~) ⇒ 頭巾山(8:57)⇒ 天の泉(9:10~水補給~:20)⇒ 三郡山 (9:31~:45) ⇒ 前砥石山 (10:42~) ⇒ 砥石山(11:01~行動食~11:25)⇒

宇美林道(11:45) ⇒ 昭和の森 (12:26~35)(Eチャリ) ⇒ 自宅 (13:12~)


 毎年々、地球温暖化のせいかも知れぬが全世界的に異常気象が当たり前のようになって、夏場は最高気温が人間の体温よりも高い猛暑日が連日、国内の何処かで更新されている。コロナと猛暑のWパンチに日本列島は沈没寸前の難破船だ。

 マイカーを孫娘に譲り渡してから登山口までの私の足代わりになったEチャリだが、確かに、今まで乗っていたノンアシストチャリに比べると上り坂は楽だが、電池の消耗などを考えると平坦地ではOFして走ることになるが、自重の重さとギヤ比が後輪のみ7段なので思った以上に体力を消耗する。

 購入して丁度二ヶ月になるが、走行距離は約430kmだった。この間に、九千部山往復、井原山水無登山口往復、古処林道登山口往復、昭和の森往復、皿山公園往復、四王寺山、しょうけ越え~米の山越えツーリングなど走行したが、凡そ、電池満タンで約100kmは走行できることが分かった。

 季節的にこのくそ暑い夏場は早朝は兎も角、昼間の走行はスタミナを消耗させられる。此の夏場を乗り切れば少しは楽になるだろう…と、自分に言い聞かせながらEチャリ漕いで私の山登りは続いて行くのだ。で、今日は昭和の森から三郡山系の頭巾尾根を登って砥石山まで縦走するべく、6時半ごろ自宅を出て昭和の森へと漕ぎだした。

 昭和の森まで約10kmだが、途中に乙金越えと四王寺坂越えの上り坂がある。車だと大した坂ではないがチャリで漕いでみると、四王寺坂の登りはノンアシストチャリでは、83歳目前のジジイは途中で押し歩きする長い坂道である。その坂をアシストのお陰で約15km/hで坂道をクリアーし、下りきった宇美町から昭和の森への県道に這入るのだが、標高、約250mの昭和の森公園の駐車場までアシストチャリだからこそ一気に漕ぎ登ることが出来る。

 お盆頃は、水遊びや天幕遊びの人たちで混雑してた公園も嘘のように静かになっていた。一番最奥の駐車場に7時チョイ過ぎに着き、元トイレがあった更地の柵にハリヤ号を二重三重にロックし、7時半ごろ頭巾山入口に向かったが、此処までのペダル踏みでザックを背負う背中は汗びっしょりになっていた。

 昭和の森から宝満山系の登山道は網の目のように何通りもある。その中で、頭巾尾根コースは登り応えがあり訓練にはもってこいで、息子たちも遠征のたびに良く利用しており、15日にダイちゃんと早朝4時ごろから入山していた。今日の負荷は約8kgだったが、そのうち、水がボトル4本2リッター、缶ジュースが二本など水分関係で3kgを越えていた。

 取りつきの急坂を登り上がりシダ類の茂る箇所を過ぎると、背の高い自然林の中の道になり視界は利かない。が、お天道様も樹林の傘のお陰で届かずに助かる。湿度が高いので汗がにじみ出るので、首にかけたタオルで拭きふき登って行くのだが、顔の周りに小さなブヨがしっこく付きまとうので、手にした帽子で払いながらでうんざりしてしまう。

 ザックに括り付けたボトルの水を飲むたびに立ち止り一息ついたが、一人だとついつい歩脚が鈊ってしまう。4合目付近で休憩中の女性登山者に出会ったので、もう下山ですか?と尋ねると、飛んでもない!登ってるんですよ…だった。俺らもだいぶスローペースで登っていたので追い越していきながら、何処かで追いつかれるかもしれない…と思ったが、山頂まで追いついて来られなかった。

 7合目付近のロープの張られた急坂をクリアーし、木立の背丈も低くなって来ると岩場の中のツクシシャクナゲの自生地になり、最後の坂道を登りあがると頭巾山西端の平地に出る。灌木の向こうに三郡山頂のレーダードームを見ながら少し行くと頭巾山山頂で、今日は、下から80分もかかっていた。

 季節や背負っているザックの重さ、体調で違いはあるが、この頃は大体70分前後で登りあがっており、今日は10分ほど時間を食っている。まー、加齢とともに体力は低下して行くのは間違いなくどうしようもないが、頭巾尾根の登りは自分の今現在の体力を知る良いバロメーターである。

 縦走路に出て三郡山へ向かう途中の尾根道のすぐ下に天の泉と呼ばれる水場がある。昨年水害で壊れていたのを補修しなおしたが、その後、冷たい山水が樋の先から迸り出ており、この暑い時期は本当に喉を潤してくれる銘水である。降りて行って頭巾尾根の登りで飲み干したボトルに補強し、タオルを濡らして首筋を冷やすと生き返るようだった。

 縦走路に戻り、三郡山へ向かう山道のあちこちにヤマジノホトトギスの可愛らしい花が咲き、黄色のオミナエシの花も風に揺れて咲いていた。三郡山頂に登り上がって展望を求めたが、上空は青空だったが遠くは煙霧状態に煙って、直ぐ傍の大根地山さえ薄らぼんやりにしか見えなかった。小さな日陰の下で行動食を食べながら付近を見ると、炎熱の陽射しの中にススキの穂が出はじめており、季節を先取りする自然の営みに感じ入った。着々と季節は進んでいるのだ…。

 山頂で15分ほどゆっくりして縦走路に戻って砥石山方面に向かった。暑いせいかもしれないが、今日一日でお会いした登山者さんは頭巾尾根の途中で出会った一人だけだった。縦走路は両脇に木が茂っているので殆どが直射日光を受けないので助かる。ただ、平坦地を歩くだけならそう歩速も落ちていないが、やはり長い登り坂になると我知らずに歩みが鈊くなっているのは間違いない。

 秋の八ヶ岳は、途中の行者小屋のテン場から標高約2900mの赤岳山頂までピストンする予定になってる。テン場の標高が2350mなので比高差で600m程の登りなのと、テン場に上要装備類はデポして必要最小限の装備だけで登降するので、ロートルの私にとって救いである。

 三郡山から一人で縦走路を黙々と歩いて前砥石山のピークに着いた。陽射しが暑いので通過し、一旦鞍部に下り、二段坂を何とかクリアーして今日の折り返し点の砥石山々頂に到着し、日陰の石の上に座り込んで大休止…。カロリーメイトやクッキー類、羊羹、ミカンジュース…と栄養補給して夏バテに備えた。天の泉で汲んだ水も飲みほしていたので、冷却バックに入れてた冷たいスポーツドリンクを補給した。此処までに丁度一リッター補水したが、夏場の時期は早め早めに水分補給するのが熱中症対策である。

 日陰の山頂で20分ほど休養を取り下山の途に就いた。20分弱で宇美林道の砥石山入口に下り着き、昭和の森まで日差しの強い林道を下って行ったが、帽子を被ってても太陽光線が突き抜けて来るような暑さだった。昨年までは椊林が茂って陽射しを遮っていたが、一斉に伐採されてスッポンポンになった夏場の林道歩きは敬遠した方が懸命だな…と、下りながら後悔した。

 長い林道を終えて昭和の森公園に着いたときは全身が燃えるようだった…。新しいトイレの洗面所で水道水を頭から被って冷却したが焼け石に水だった。ロックしたEチャリを開錠し、濡れたタオルを首に巻いて昭和の森公園から坂道を駆け下って行った。復路は下り坂が多いので助かったが、路面の照り返しと車の排気ガス、照り付ける真昼の太陽で三重苦だった。

 今月いっぱいはまだこの暑さが続くらしいが、八ヶ岳山行に向けてめげずに頑張って行こう…!今日のチャリンコ行程は往復約21km/小一時間。電池残量は20%(出発時50%)、歩行時間は約5時間だった。

 注…山行の行動記録と写真撮影に使っていたペンタックスのコンデジを、先日、古処林道登山口手前でクラッシュさせてしまった。2010年購入後、是まで10年間酷使に耐えて活躍してくれた愛機だった。新しくニコンのコンデジ(COOLPIX-W150)を購入して今日が使い始めだった。今後の私の山登りのメモ帳代わりに常時携行品として大切にしていきたい。

  

 

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 … Eチャリ漕いで岳城山麓の皿山公園へ、朝霧の残る若杉山往復 … (8/17)

… 朝霧が消えていくと宝満山へ続く山並みが夏雲の下に見え始めました…(若杉鼻の展望岩より) … (AM-9:03~)


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8月17日 晴 れ

自宅(6:15~)(Eチャリ)⇒ 皿山公園 (6:50~7:05~) ⇒ 岳城山麓(7:30)⇒ 若杉山(8:43~行動食~9:03)⇒ 若杉鼻 (9:05~:12) ⇒ 皿山公園 (10:25~:38) ⇒(Eチャリ) ⇒ 自宅 (11:10~)


 息子のブログを見ると15日早朝にダイちゃんと、10月初旬の八ヶ岳入山に備えて特訓山行をやっていた。同行予定の仙台の守さんは四阿山と奥白根山に登っているとか、それぞれに若い衆たちは頑張っている様だ。

 で、83歳目前の俺らは彼らよりも頑張っとかないと八ヶ岳とか言ってられない…と、このくそ暑い最中のチャリンコ移動はひと骨折れるが、公共交通手段だとコロナもあるし上便なのでチャリに頼らざるを得ない。何処へ行こうか?迷ったが、朝の涼しい中に岳城山麓の皿山公園までチャリ移動し、若杉山往復することにした。

 Eチャリのハリヤ号に跨り、まだ夏の朝の気持ちの良い風を受けながら乙金から峠を越え、四王寺坂から須恵町方面へ向かった。途中のコンビニでサンドイッチとミルクの軽い腹ごしらえをし、県道60号線を漕ぎ進みながらお山を見ると、三郡山系の山々の中腹から上は夏の朝雲に隠れており、若杉山のてっぺん付近は雲の中だった。

 しょうけ越えへ向かう60号線と別れ、須恵町方面への県道を1km程下って右折し皿山公園への道にはいった。公園手前の距離は短いが激坂もEチャリのハリヤ号にとっては屁の河童で、改めて電動パワーの威力に恐れ入った。

 広場の一角にSL機関車が鎮座する駐車場には、地元の早朝登山のマイカーが7~8台駐車していた。SL機関車の横にハリヤ号をロックしていると『良か自転車ですね…ようと鍵ばかけとらんとかっぱられますバイ…。夏休みで悪さをする子供たちがおりますけんね…』と、車で来られた私年配のオヤジさんが話しかけてこられた。

 まーどれだけロックしていても、その気があるならチョイと車に積んで行かれればどうにもならない…。三個もロックして持っていかれればそれ迄と諦めるしかない。SL機関車君に見張っといてくださいね…と、お願いして岳城山への遊歩道に這入った。

 今日は、訓練の為に少しザックの重量を多くして(10kg)来たが、歩くときは兎も角としてチャリンコ漕ぐ時もずーっと背負っているので、肩や腕に負担がかかるので疲れが蓄積するようだ。特に盛夏の今は颯爽と風を切って乗れるのは下り坂だけだ。

 車の乗り入れが禁止されている舗装車道が岳城山まで続いているので、近隣の人たちの良きウオーキングロードになっている。もう下山して来られるハイカーさんと朝の挨拶を交わしながら30分ほど行くと、岳城山手前の若杉山へのショートカット分岐で右折し、砂防ダムを越えて歩き易い山道に這入り5分ほど上ると、冷たい山水が流れ出る水場の前に出る。

 立ち寄って顔を洗い喉を潤してボトルに満タン補給…生き返る!水場からひと登りで岳城山から来た道と合流し、すぐ先で米山方面分岐になる。分岐で右折して緩やかな山道を登って行くと、やや平坦な杉の椊林地で若杉山特有の岩が点在している。椊林地から10分も登ると露出した岩場になり、下生えのアオキの木などの中に老杉の大木が現れる。

 この付近から朝雲の底に這入ったらしくミルクを流したような白い霧の世界になった。山歩きの良さは、同じ山でも春夏秋冬四季折々に、晴れの日には晴れの日の、雨の日には雨の日の、雪の日には雪の日の姿を垣間見ることが出来る…。今朝は、薄れ漂う霧の揺らめきの中に差し込む斜光線が幻影を見るようで、真ん丸に張られた雲の糸についた水滴が水晶玉のように奇麗だった。

 9合目付近になる篠栗町の遊歩道終点付近に出会い、横切ってその先から急坂を5分ほど登りあがると若杉山大祖神社の裏手に出る。拝殿の鈴を鳴らしてお詣りしてコンクリート参道を若杉山々頂へ向かった。NTTの建物とアンテナの立つ山頂は見晴らしは望めず残念だ。ベンチに腰を下ろしてクッキーやジュースで小腹を満たし、梨を齧りながら若杉鼻の展望所へ下って行った。

 丁度、展望所の岩場に着く頃、三郡山系にかかっていた朝雲が抜けるところで、宝満山はまだ雲の中で雲の上は碧い夏の空が見えていた。三郡縦走もここ暫くご無沙汰しているが、こんなに猛暑の日の縦走は今の私の体力では無理のようで、少し涼しくなるころを見計らって一度はクリアーしておかねばならないだろう。

 展望台から引き返そうと足元を見ると、笹の葉の中から一輪、ヤマジノホトトギスの可憐な花が顔を覗かせており、良く見渡すと付近にはヘソクソカズラの花も見えていた。展望岩を後に引き返し山頂を経て下山のに就いたが、この頃には朝霧は消えてギラギラと容赦なく夏の太陽が照り付け、今日一日の暑さを宣言しているようだった。

 往路をトントンと快調に下り、水場で帰路用の山水をボトルに補給し、暑くなり始めた下界へ下って行った。10時半ごろ皿山公園駐車場に帰着し、ハリヤ号のロックを開錠しようとしてサドルに触れると手が付けられないように焼けていた。ザックを背負いなおし帰路に就いたが、路面の照り返しと炎熱地獄で空気は燃えているようで、汗も忽ち乾燥して行った。

 四王寺坂と乙金越えをEチャリパワーでクリアーしたが、この炎暑の中をノンアシストチャリならとても一気の乗り越せなかったろう…。11時過ぎに無事に帰着したが、身も心も燃えるようだった。猛暑期間中は山歩きよりもチャリンコ移動のほうが問題だ!因みに、今日の行程は往復約23km/小一時間。電池残量は50%(出発時70%)だった。

  

 

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 … 酷暑の中をEチャリ漕いで河原谷入口へ … (8/14)

… 夏空の向こうに久住山群の姿も見えていました (仏頂山手前展望所より) … (13:57~)


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8月14日 晴 れ

自宅(10:25)(Eチャリ)⇒ 昭和の森、河原谷入口 (11:15~:25) ⇒ 難所滝(12:30~13:20)⇒ 仏頂山(14:03~)⇒ 河原谷入口 (14:55~) ⇒(Eチャリ) 自宅 (15:31~)


 お盆を迎えてやっと夏らしい天気になった。真っ青な空にニョキニョキ伸びる白い入道雲を見ているだけで若い頃はうずうずしたもんだ…。夏山に思いを馳せて!

 10時過ぎにEチャリのハリヤ号に跨って昭和の森へ向かった。今日のお目当ては難所滝のイワタバコの花探勝だった。ロングモードのアシストで市街地を抜けて昭和の森公園内に這入って驚いた…。水遊びや野外生活を楽しむ行楽客で狭い園内の道は交通渋滞になっていた。

 手前のメイン駐車場から上部の駐車場までの道が、離合する車の渋滞で詰まっていたので途中からキャンプ場方面への砂利道に這入った。キャンプ場入り口分岐から直進し椊林の中の作業道路を漕いでいったが、途中から凸凹の悪路になり幾らアシストチャリとは言え、後輪がスリップしたりハンドルをとられるので下車した。

 アシストチャリは自重が24kgもあるので押し歩きは大変で、足場も悪いので宇美新道登山口まで何とか押し登ったが、酷暑の中での事で熱中症になりそうだった。其処から先はコンクリート舗装になっていたので、SWONしてローギヤで作業道終点近くまで漕ぎ登って行った。

 マイカーだと何の苦労も無くて登山口まで来れるが、やはり、夏場のこのくそ暑い日のチャリ移動はEチャリと言えども大変だ。チャリを道端にロックして河原谷沿いの山道を歩き始めたが、チャリ漕ぎでばてた身体が動きません。何時もの事だがチャリ用の筋肉と山歩き用の筋肉は別物らしく、10分ほどは本調子にならない。

 トライアスロンの選手たちは凄い…泳いでチャリ漕いでランだから…。河原谷沿いの青葉若葉の生い茂る緑陰の山道はひっそりして、時折り夏鳥の声が聞こえて気持ちの良い散歩道のはずだが、今日は、気温のせいもあるが気合が這入らず中々ペースが上がらなかった。

 ウサギ道分岐を過ぎると転った石積みの上を行くようになり、絶えず沢の水音を聞きながら登る夏向きの紊涼コースで、ヒンヤリした谷間の空気はまさしく天然クーラーである。小ツララの前を過ぎると間もなく難所ヶ滝の滝場で、冬場なら凍てついた氷のカーテンが出迎えてくれるのだが、今は、黒い岩壁を濡らして流れ落ちる水が光っているだけだった。

 チャリをロックした河原谷入り口から小一時間もかかってどうにか滝場に着いた。ザックを日陰に降ろし、今日お目当てのイワタバコの花さんに逢いに行った。花は、岩壁を伝い落ちる冷たい水飛沫に濡れながら、あちらこちらに点々と白っぽい小紫色の花びらを涼し気に咲かせていた。

 そう奇麗な花ではないが、滝場の岸壁にしがみついて咲く姿はいじらしいと言おうか、清楚な佇まいはそれなりに美しかった。冬は氷のカーテン…そして盛夏の八月に清涼感溢れるイワタバコの花…。難所ヶ滝は夏冬二面の顔を見せてくれて私たちを愉しませてくれる。

 滝場の先端の日陰でランチタイム…。滝場の岸壁に当たって降下する風がとても涼しく、ランチ終了後もしばらく岩の上に寝転んで別天地を堪能した。夕方まで此処で寝ころんどきたかったがそうもいかず避暑地を後にし、急こう配の坂道を喘ぎ登って三郡縦走路に出て仏頂山へ向かった。

 長崎鼻のすぐ先が、私のお気に入りの展望岩休憩所で立ち寄った。小さな花崗岩の上からは東方面が望め、大根地山の向こうに古処三山…奥には英彦山~犬が岳の山並み。そして、筑後平野の奥まりには御前釈迦の山並み…その奥には久住連山が霞み見えている。此の展望台は何時来ても貸し切りで私のお気に入りの場所だ。

 展望所から2分ほどで仏頂山…。小さな祠に紊められた可愛らしい石像様にご挨拶…。コロナの早期収束と免許返上後の私の山行の安全無事をお願い申し上げた。久し振りのウサギ道を下り、難所ヶ滝分岐との合流する手前にある小さな滝場に立ち寄り、空っぽになったボトル二本に冷たい銘水を補給した。

 15時チョイ前に河原谷入口にロックしたハリヤ号の前に帰着、ロック開錠して下山開始…と、行っても凸凹道に悪戦苦闘…何とか転倒せずに、盆休みで賑わう昭和の森公園を抜け、舗装道路に這入り、灼熱の熱風を切り裂いて我が家へ駆け戻った。因みに、往路は55分復路は35分…。往復、約23km/残電池は70%だった。

 

 

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 … 久し振りに息子と山歩き、頭巾山から前砥石山へ … (8/2)

… 前砥石山頂の見晴らしが効く方角が伸びて来た樹木で見えなくなっていました … (8:35~)


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8月2日 晴 れ( 縦走路はガス )

昭和の森(6:22) ⇒ 頭巾山(7:30)⇒ 三郡山(7:45)⇒ 前砥石山 (8:35~:45) ⇒ 内ヶ畑分岐 (9:01) ⇒ 昭和の森(9:45)


 息子から誘われて昭和の森から頭巾山に登り、ガスの縦走路を前砥石山まで歩いて内ヶ畑コースを下山して来た。

 コロナや長い梅雨や何かで息子と山歩きするのは久しぶりだった。10月に計画している八ヶ岳登山もコロナ騒ぎで一時は無理かもと思っていたが、新しい情報では、山小屋などもコロナ対応をして営業を再開しているそうで何とか行けそうでホッとしているところだが、近頃になってコロナが再び燃え広がりを見せているので気がかりだ。

 一昨日、アシストチャリで古処林道登山口まで往復した疲れが少し残っていたので、健脚の息子の足手まといになりそうで逡巡したが、息子にオヤジの現況を知ってもらうのには良い機会かもしれないと思って連いて行くことにした。6時ごろ迎えに来てくれた息子の車に乗せてもらい昭和の森公園に向かった。

 夏休みの日曜日だったかも知れないが、大小様々の色とりどりのテントが道路沿いの狭いスペースに林立し、さながらベースキャンプだった。コロナの影響もあるかもしれないが、市街地を避けて自粛生活の憂さを晴らす人たちの気持ちも分からないでもないが、是だけ集中すると3密、ソーシャルデイスタンスは何処へやらである。

 頭巾山登山口付近の狭い空き地にもマイカーが何台も止められ、周囲には朝餉の支度をしている人達の声が聞こえていた。準備を終えて登山口から頭巾尾根の山道に這入ると直ぐの急坂で出端を挫かれる。一人ならマイペースで登って行くのだが息子と一緒という事で、83歳目前のジジイにしては早足で(息子にすれば並足以下かも…?)距離は短いが急坂を登りあがった。

 早朝という事で気温もまだ上がらず、山の清々しい空気がみつる中を登って行く中に夜も明け離たれ、夏の太陽が雲間から顔を出してくると気温と湿度が上がり汗が噴き出してくる。この頭巾尾根登山道は標高900mの山頂まで一気に突き上げるコースでトレーニングにはもってこいである。登山口には山頂まで100分と書いた立札があるが、何を基準にして書かれたか分からない。

 私は、現在は兎も角として60分~70分で(季節や荷物の多少で変わるが)登れば、まあまあの体調だなと言う判断が出来る。六合目付近までは何とか60分ペースで登って行ったが、少しオーバーペース気味だなと(息子は並足だろうが…)感じ、息子に先に行っておくれ…と頼んだ。息子は、イヤいいよゆっくりでも…だったが、後から追うからとお互いのペースで行くことにした。

 頭巾尾根道は7合目付近からが勾配が立ってくる。その手前で息子と別れたが、今日は、砥石山往復後に内ヶ畑コース下山と決めていたので、遅れても縦走路の何処かで出会うので心配なかった。息子と別れてマイペースで胸突き八丁の坂を登りあがり、ガスの立ち込める頭巾山頂に7時半ごろ到着した。

 丁度、標高900m付近が雲の底辺だったらしく、縦走路を三郡山に向かい前砥石山へ向かっている途中に雲の底から抜けて夏のギラギラ太陽光線が復活した。霧のベールがかかる縦走路は夢幻的で気持ちが良い。樹木についた露が風で揺れるたびにポタンポタンと首筋にかかり、ヒンヤリと天然シャーのようだった。

 三郡山頂は完全に白いガスの中で、デカいレーダードームもすぐ近くに来ても見えなかった。という事で山頂からの視界を愉しめないので山頂はパスして通過…。通いなれた縦走路を先行した息子を追って下って行った。欅谷Bコース分岐を過ぎて間もなく、私のお気に入りのブナの大樹が縦走路の東斜面に立っているが、霧の中にぼんやりと見えるブナの木は怪獣のようだった。

 縦走路を欅谷Aコース分岐へ下って行く中に雲の底辺から抜けて視界が明るくなり、樹林のあちこちから夏鳥の声が聞こえだした。尾根に出るまでは風が無くて蒸風呂状態だったが、尾根筋に出ると風が吹き抜けて気分爽快になり、下り基調の縦走路を駆け下りたくなった。Aコース分岐から直ぐ先が今日降る予定の内ヶ畑コースで、分岐から20分足らずで前砥石山に着いた。

 砥石山に向かった息子と別れた時点で彼我のタイム差を逆算したが、前砥石山と砥石山間は息子なら30分ほどだろうから、多分、前砥石山付近で出会うだろう…と思っていた。で、前砥石山頂で彼を待つことにしてザックを下ろし休憩することにした。

 昨年までは前砥石山頂は西側半分が開けた良い展望台だったが、そちら方面の雑木や夏草などが伸びて市街地や脊振山系は見えなくなり、三郡山や宝満山も梢の陰に隠れ白い夏雲の下あたりだろうと推量するしかなかった。宝満山から若杉山間の三郡縦走路ですっきり下界を眺められるのは、宝満山頂、三郡山頂、前砥石山頂だけだったので、何とか、以前のように前砥石山頂の視界復活を願いたい。

 5分ほど待っていると砥石山往復した息子が汗だくになって戻って来た。一緒になったところで山頂を後にして縦走路を引き返し、内ヶ畑コース入り口から昭和の森への山道に這入った。日曜日だったが早かったせいか登山者とは出会わず、帰路の縦走路でトレラン者に追い越されただけだった。尾根道から山腹の登山道に這入ると風が当たらず、汗を拭きふき猛暑の下界に下って行った。

 10時前に昭和の森公園の登山口に帰ってきたが、水遊びを楽しむ家族連れの車が増えて園地内は交通事故でも起きるのではないか…の人出になっていた。息子と久し振りに山歩きをしたが、若しもコロナが収まり八ヶ岳入山が叶うなら、それに見合うだけの体力を養う必要がある、暑さとコロナに負けずに頑張ろう…。

 

 

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 … アシストチャリで昭和の森初訪問 … (6/24)

… 標高280mの昭和の森、内ヶ畑登山口にハリヤ君をロックして三郡山から頭巾山へ … (10:08~)


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6月24日 晴 れ( 夏 日 )

自宅(9:15) ⇒ 昭和の森(10:06~:35) ⇒ 三郡縦走路(11:42)⇒ 三郡山(12:27~昼食~12:46)⇒ 天の泉 (12:52 ~:13:03) ⇒ 頭巾山 (13:10) ⇒ 昭和の森(14:02~:15) ⇒ 自宅(14:48~)


 九千部山トライで電池残量が16%になっていたので、昨日、家庭用電源でフルチャージした。で、今日は満タンのハリヤ君に跨り昭和の森公園へ向かった。ところが、向かい風が強く電力節電の人力パワーでのペダリングはいささかきつかった。

 乙金の小さな坂を越えて宇美町の四王寺坂の上り坂でアシストパワーの最弱モードSWを押した。先日、ロックホッパー君を漕いで須恵町の皿山公園に向かう際には、この長い登り坂を息が切れて漕ぎ登れなくなって押し歩きを余儀なくされた坂で、自分自身の体力の現実を知らされた坂である。

 チャリも、ずーっと乗り続けていたなら何とかクリアー出来たと思うが、一年に何度かでは脚力、心肺機能の劣化するのも当然だし、80歳を越えたジジイでは当然かもしれない。そんな事を突き付けられ今回のアシストチャリの購入になった次第だ。

 その苦い思いをした四王寺坂を最弱モードでハリヤ君はぐんぐん前進し、あっという間に坂の頂点に出た。アシスト様々である!宇美町から昭和の森に続くバス道も見た目よりも勾配があるが、アシストチャリハリヤ君は最弱パワーモードで簡単に登り切り、公園内の一番奥側の駐車場までの急坂もパワーモード中速で余裕で乗り切り、欅谷際の内ヶ畑登山口に着いた。

 登山口近くにロックしたかったが、盗難を考慮して100m程宇美林道を行った所にある四阿まで押し登り、四阿の柱にワイヤー錠で括り、車輪に二か所も鎖錠した。チャリをロックして登山口まで引き返し山道に這入り登り始めたが、入口付近は、萱やシダ類などや雑木の小枝が山道に伸び始めたていた。

 自転車をこぐ筋肉と山歩きする筋肉は別物らしく、チャリから降りて10分ほどは足の動きがぎくしゃくして調子が悪い…でも、歩き馴染んでくると違和感が無くなり従前どおりに歩いて行ける。明日から暫く梅雨らしい天気が続くらしいが、そんな予報は嘘のように夏の青空が広がり汗が目に滴り落ちる。首に巻いたタオルで拭いながら、この時期特有の落ち葉の降り積もった道をカサコソ踏み締めながら登って行った。

 宇美林道の前砥石山登山口から来た道と合流し、樹林の中の山道を20分ほど登ると三郡縦走路に出会う。気温と湿度が高いので汗が噴き出るので、熱中症予防のためにボトルのスポーツドリンクを小まめにとって水分補給に努めた。今からしばらくは汗の季節なので消耗も早いのでそれなりの対応策を忘れてはならない。

 縦走路に出ると、尾根を越えて吹き抜ける風が爽やかで鈊り始めたジジイの足を元気づけてくれる。三郡山方面への途中には小さなギャップが何か所かあるが、調子の良いときは何の気合も入れないでクリアーするが、荷物が多いときやコンデションの悪い日には坂の途中で溜息をつくことがある。特に、気温と湿度の高い時期は体力を消耗する。

 三郡山へ少しづつ登り加減の道を40分ほど行くと宝満山系最高峰の三郡山で、山頂には巨大レーダードームが佇立している。夏の陽射しが暑かったので山頂はスルーし、少し先にある日陰のベンチ個所で昼食タイムにした。日陰個所は風が抜けて気持ち良く握り飯が美味しかった。

 握り飯を頬張っていると何組かの登山者さんが通り過ぎて行かれたが、その中の女性一組さんは重荷を担いで訓練中らしく、遠征に備えての特訓ですか?と尋ねると、コロナでどうなるか分かりませんが、一応やる事だけはしておかないとですね…と、笑顔で答えて下さった。人間、事の成就に関わらず、何かの目標に向かって進む過程こそが大事だと思うし、其処に生き甲斐が生まれる。

 紊涼ベンチを後にしてすぐ先の天の泉に立ち寄り、冷たい山水をボトルに汲み顔を洗い喉を潤し一息ついた。頭巾山から頭巾尾根の急坂をズッコケない様に下り、夏の日がぎらぎら暑い昭和の森公園に下りついた。

 四阿まで戻って愛車のロックを解除して我が家へ向かったが、帰路は、殆どが下り坂基調なのでアシストは殆ど使わずに、ヘアードライヤーの風みたいな熱風を受けながら駆け下った。我が家の少し手前の御笠川の橋を渡っていると、一昨日登った九千部山が青空の向こうに、又来いよ!と呼び掛けていた。

 


 

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 … 梅雨の晴れ間に妻と宇美林道から砥石山へ … (6/15)

… オカトラノヲの花が露に濡れて咲いていました … (12:50~)


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6月15日 下界は晴れ山はガス

昭和の森(9:35) ⇒ 砥石山入口(10:34)⇒ 砥石山(11:12~)⇒ 前砥石山 (11:30~昼食:11:53) ⇒ 欅谷A入口 (12:15) ⇒ 昭和の森(13:10~)


 愈々、愛車とお別れの日が近づいた…。多分、今日(15日)が山行最後のドライブになると思うが、最後は通いなれた昭和の森公園へ妻と向かった。このekワゴンちゃんで昭和の森公園に何度訪れた事だろう。家から片道約10km20分もあれば余裕で着けるので、少々、遅くなっても気ままに乗って来られた。

 まだ手放していないので実感がわかないが、愈々マイカーが無くなると昭和の森公園だって気ままには行くことは出来なくなるのだ。きっと、私の山登りスタイルもだが行動半径が狭まって来るのは目に見えている。まー、その時になって見なければ判らないが、実情に応じた山歩きを模索していくしかないだろう。

 一応、公共交通機関も利用することは考えてはいるが、今、半径50km程ならチャリンコでもいいな…と思っている。私は、是までにMTBチャリンコで時々登山口まで漕いでいったことはあるが、流石に、83歳近くになったジジイは昔の用にはいきません!何とか登山口に着いてもヘロヘロ状態になり、山歩きの段ではなくなっている。

 で、考えました…!アシスト付きのチャリならば登山口までそうへたばらんで行けるんじゃないか…と。ネットで検索すると色々なタイプのアシスト付きチャリンコがいっぱいありました。それぞれ一長一短ありますが、先ず自重の重いことに驚きました…。バッテリーとモーターを摘んでるわけですから。一応、パナソニック社のハリヤとブリジストン社のTB1と言うチャリに限定しました。

 年金生活者だからそう高価なものは買えません。両方とも、129800円プラス消費税諸々で15万円のお買い物になります。あと何年元気で生きていくか分かりませんが、ただ漠然と生ける屍のように老いさらばえて行くのには耐えられません。チャリンコならボケ防止と健康維持を兼ね一石二鳥じゃないか!まーどうなるか分かりませんが、公共交通機関とアシストされながらよろよろチャリンコ漕いで山歩きを愉しんでいけたらグーです。

 昨日と今日二日間、晴れ間を利用して庭木の剪定作業でHPアップが遅れてしまいました。松の木が二本と槙の木が一本にまる二日間費やし、やっと一段落つき、PCの前に座ることが出来て二日遅れのアップになりました。

 天気予報は、今日(15日)から三日間は晴れマークだった。然し、お山の方はガスがかかっていた。宇美林道を小一時間辿って砥石山入口へ向かったが、途中の伐採作業で裸ん坊状態になった斜面付近も一年たって下草が生え始め、少しずつ草花さんたちも復活の気配を見せているようだった。30分ほど行った前砥石山入口付近には、面白い恰好をしたオカトラノヲの花が露に濡れて咲き、付近には、白くなったマタタビの葉っぱの蔓に可愛らしい花も咲いていた。

 妻のペースで約一時間ほどかかり宇美林道の最高地点の砥石山入口に着いた。取りつきから山道に這入りホッとする…。やはり、山道は足に優しい…。この時期になると草木の伸びが目覚ましいので、小枝を伸ばしてきた低木などを選定しながら登って行ったが、妻のペースには丁度良かった。その途中、標高700m付近に砥石山独特の色をした岩がにょっきりと道端に立っている。

 ガスで木の葉についた水滴がパラパラと降りかかってきたが、ヒンヤリと冷たくて気持ちよかった。砥石山々頂付近には朱色の山ツツジの花が薄暗い木立の中に点々と色どりを付けていた。花や小鳥たちも季節の移ろいで夫々に変化し、花を見、小鳥のさえずりを聴いて山の四季の移り変わりを教えられる。

 ガスの砥石山から前砥石山に登り返した頃からガスが切れ始めて陽が射しはじめた。前砥石山頂付近も朱色の山ツツジの花が多い。妻が、少し早いがお昼にしませんか…で、山ツツジを眺めながらランチタイムにした。おにぎりを頬張りながら山頂標識の根元を見ると、星形のピンク色した可愛らしい花がニッコリ微笑んでいた…。イチゴの花だろうか?白い花は良く見るがピンク色のイチゴの花もあるのかな?

 ランチタイムが終わる頃にはすっかりガスも切れ、下界の様子もぼーっと見えて来た。此処から縦走路はほぼ下り基調な道で食後のウオーキングにはもってこいだ。内ヶ畑コース分岐を過ぎると間もなく欅谷Aコースの分岐で、妻のご要望で此処から下山の途に就いた。二~三日前に降った雨は雨量が多かったようで、山道は土砂類が流され凹んでいる個所もあった。

 Aコース終了点付近の水場に紫色のウツボクサの花が、黄色の花とコラボして咲いていたがまだ咲き初めのようで、上の方まで紫色に染まっていなかった。林道に出て10分ほど下ると欅谷Bコースとの合流点で、フキの茎などを摘みながらブラブラ昭和の森公園へ下って行った。

 


 

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 … 梅雨入り前の晴れ間に頭巾山から三郡山へ … (6/10)

… 三郡山頂で昼食と草刈りをしてる中に夏雲に隠れていた英彦山や古処三山が見え始めた … (12:50~)


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6月10日 晴

昭和の森(10:05) ⇒ 頭巾山(11:15)⇒ 天の泉(11:20~点検~:36)⇒ 三郡山 (11:45~草刈りと昼食:13:05) ⇒ (欅谷Bの草刈りしながら)昭和の森(14:40~)


 昨夕の天気予報では、曇~雨だった。ところが起床して外を見ると、澄み切った青空が広がる気持ちの良い朝だった。週間予報では今週いっぱいは雨傘マークで、この貴重な晴れ間を逃がすと暫くは山歩きが出来ないのでゴソゴソ支度をして昭和の森へ向かった。

 空は真っ青に晴れていたが、今から向かう三郡山系の稜線付近には真っ白な葉巻状の雲が帽子を被せたように纏わりついていた。少し標高が低い若杉山は雲から外れ見えていたが、宝満山から鬼岩谷山までは白いベールに覆われていた。面白い現象でこういった光景は滅多にお目にかからない。

 多分、梅雨入り前を前にして空気の湿度や諸々の条件が重なってこういった面白い現象が現れているのだろう…。写真を撮ろうと思ったがラッシュの車で路肩に停めるのもどうかと思って撮り搊ねてしまった。昭和の森公園に着く頃、白い綿帽子雲は上昇気流に巻き上げられ薄くなっていた。

 10時ごろ、昭和の森公園の奥まりにある頭巾山登山口から山道に取りついた。この頭巾尾根は殆ど直線状につけられているので登り応えがある。途中、視界が開ける個所は無く、ただ黙々と地面を見ながら登るのみだ。そんな林の中から、メシタケタカ、メシタケタカ・・・と、ホトトギスが囀り、オオルリちゃんとウグイスさんも加わって合唱コンクールだった。

 頭巾山頂に着くと山越えの涼しい風が吹き抜けホッとする。縦走路に出て三郡方面へ歩いて行くとカッコーの涼しい声と、キツツキちゃんのドリミングの音がタタタッタ・・・と、新緑の林の中からリズムカルに聞こえて来た。梅雨を前に小鳥さん達の種類も随分と増えてきたようだ。

 坂を下ってすぐの天の泉に立ち寄ってみた。昨年5月、壊れて出なくなっていた水場の補修作業をしたが、その後は、大きな水害も無く順調に冷たい山水を樋から伝い流している。この天の泉は、夏場に三郡縦走する登山者さんのオアシスである。ボトル三本、土産に汲んだが冷たいので直ぐにボトルの表面が結露していった。

 さして手を加える必要はなかったが、周囲に散らかっている木の枝や小石などを片付けたり、石積みの補強などした。縦走路に戻り三郡山頂に登りあがると登山者の姿は無く貸し切りだった。ザックを下ろして大休止…。抜けるような青空と吹き渡る爽やかな風、足元に広がるパノラマ…山登りの醍醐味の一つである。

 一昨日登った久住方面や、古処三山、英彦山は白い夏雲の下で見えなかったが、宝満山の向こうに有明海や多良岳がうっすらと見えていた。山頂の奥まりの一段低くなった場所が日陰になるので移動すると、萱や小灌木の枝などが茂り始めていたので剪定してすっきりさせ、昼食にした。

 その一角には、赤い山ツツジの花があちこちに咲いており、東側には白いヤマボウシやモジャモジャの小さな花が風に揺れていた。30分ほど剪定作業などをして立ち上がると、先ほどまで白い夏雲の下になっていた古処三山や英彦山が、真っ青な空の下、赤いツツジの向こうに姿を現し始めていた。

 小一時間も山頂に居たが、珍しく人っ子一人登って来られなかった。山頂を後にして欅谷Bコースから下山の途に着いた。通行禁止になってもう一年になるが、宇美町役場が言う危険個所も落ちつき、岩盤が露出している個所の通過は要注意だが以前と変わらなくなっている。その危険個所の岩場の斜面に、1センチ未満の黄色の小さな花が咲き、登山者の訪れを待っているようだった。

 山道に伸びてきている木の小枝や夏草などを切り払いながら、少し水量の少なくなった谷間伝いの道を下って行ったが、やはり、通行の途絶えた山道はうら寂しかった。A・Bコース分岐から林道に這入り、初夏を思わせる強い陽射しを受けながらブラブラ下り、頭巾山登山口近くに駐めた愛車のもとに帰着した。


 

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 … 久し振りに頭巾山から仏頂山へ … (5/19)

… 縦走路の枯葉の中からギンリョウソウが頭をもたげ始めていました …


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5月19日 晴

昭和の森(9:55) ⇒ 頭巾山(11:02)⇒ 展望岩(11:31~:36)⇒ 仏頂山 (11:39~) ⇒ キャンプ場 (12:53) ⇒ 草ヶ谷貯水池 (12:58~13:03) ⇒ 昭和の森(13:07~)


 コロナ自粛の成果も勿論だが、医療に携われる皆様の献身的な対応のお陰で全国的に収束に向かいつつあるようだが、コロナ菌が消滅したわけではないので此処で気を緩めると第二波、三波と感染が再発する可能性は十二分に考えられるので、気を引き締めて対応していかねばならない。

 とは云えども、仕事や学校その他生活の為には何時までも停滞することは出来ない。少しずつコロナと向き合いながら経済活動も再開していかねば日本は沈没してしまう。いわゆる上要上急の外出や三密を避けながら手洗い、うがい、消毒を実践してコロナに乗じられないように気長に対応するしかないだろう。

 然し、自宅待機も先が見えない長丁場だからテレっと家の中に過ごすわけにはいかない。特に、私のような後期高齢者になると日一日と老化現象が進み、肉体的にも精神的にもダメージが大きく対菌性が脆弱となり、コロナにかかる前に死に体になってしまう。

 で、私は散歩の延長線上として直近の四王寺山に出かけ3時間ほど歩いている。山に行かない日は本を読むか、是まで登った山々の記録や写真を眺めながら机上登山をしたり、駄目かも知れないが、今年10月初旬に息子たちと予定している八ヶ岳のプランニングを愉しんでいる。

 四王寺山ばかりだと新鮮味が無いので、時々は近場の宝満山系の山に出かけて気分転換をしている。それも、なるべく平日の登山者の少ないコースを選んで歩かせて貰っている。今日は、昭和の森から頭巾尾根を登り、頭巾山から縦走路を仏頂山を経てウサギ道から河原谷コースを下ったが、途中お会いしたのは頭巾尾根で一人、縦走路で二人だけだった。暫くは、こうした対応をしながら老体を鍛えていこうと思う。

 土日から昨日にかけて雨らしい雨が降ったので山はしっとりした空気に包まれ、新緑のミドリが一段と瑞々しかった。濡れた落ち葉を踏みしめながら登って行くと、真っ赤な藪椿の落花が山道に散り落ち、踏んでいくのが気の毒だった。あと、白いエゴやウツギの花びらがあちこちで見かけられた。

 汗びっしょりになって頭巾山頂に着いて寒暖計を見ると意外に低く11℃だった。北西の風が強くじっとしてると汗が冷えて寒くなってしまった。縦走路に出て右折し雨上がりの気持ちの良い縦走路を5分ほど行った付近で、落ち葉の中に白いギンリョウソウが頭をもたげ始めていた。

 一昨日以来の雨のお陰で顔を出し始めたのだろうが、今年初見参だった。間もなく、シャクナゲの花も咲き始めるが今年はコロナで行動半径が狭められているのが残念だ。難所滝分岐から長崎鼻へ登り返してすぐ先の「私のお気に入り展望岩《に立ち寄った。

 狭い展望岩は南東方角が90度ほどしか開けていないが、新芽を吹きだした樅ノ木が見事で遠景の筑後平野や古処三山、視界の良い日には久住方面、英彦山が一望でき、すぐ目の前には時々お邪魔する大根地山や、砥上岳が春霞の中にぼんやり見えていた。

 展望岩から3分ほどで仏頂山…。山頂の小さな祠の中に可愛らしいお地蔵様が鎮座されている。お地蔵様に、コロナ騒ぎでご無沙汰して申し訳ありませんとお許しを請い、コロナの収束を宜しくお願いします…と、お願いした。祠のすぐ後ろ側に三角点がある。その横を下ってウサギ道に這入り、杉や樅の大木の下を潜って河原谷へ向かった。

 難所滝方面分岐の少し手前の小さな滝場に立ち寄り、山の冷たい水をボトルに三本戴いた。難所滝分岐と合流する手前の沢は何時もは枯沢になっているが、今日は、まとまった降雨で音を立てて岩の間を流れ下っていた。河原谷コースの終了点付近から山越えの道が通行禁止になったので、一旦林道をキャンプ場まで下り、登り返して草ヶ谷貯水池前まで迂回しなければならない。

 10分ほど遠回りの道を登り返すと草ヶ谷貯水池の堰堤で、大雨で満タンになった水面の向こうに、先ほどまで居た仏頂山が全身を若緑のマントに包み私を見下ろしていた。駐車場に下る途中にある石楠花園のラリーグラスの花が満開で、毒々しい程真っ赤な花びらを咲かせていた。


 

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 … 妻と皿山公園から若杉山~岳城山往復 … (5/11)

… マムシグサに支えられた案内表示板 …


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5月7日 快 晴

皿山公園(9:28) ⇒ 若杉山入口(9:53)⇒ 9合目(10:48)⇒ 若杉山 (11:10~)⇒ 若杉鼻 (11:14~20) ⇒ 若杉山 (11:23~昼食~12:12~) ⇒ 岳城山展望所(13:20~:30)⇒ 皿山公園(14:13~)


 少し黄砂現象で霞んでいたが気持ちのいい青空と爽やかな風が吹き渡る朝だった。運動上足気味の妻に山歩きに行こうか?と声かけし、行く先も決めずに家を出て向かった先は、須恵町の皿山公園だった。

 C11型SLが展示してある皿山公園の駐車場から、良く整備の行き届いている遊歩林道に這入りツツジ公園沿いに歩いて行くと、途中には孔雀鳥舎や家鴨や鯉が泳ぐ池などあり、地元の人たちは勿論、近郊に住む人たちの格好の散歩道である

 四王寺山よりも少し低いが車が通行しない車道は安心して歩けるし、途中には何か所かトイレも有る。桜並木の下のウオーキングロードは登るにつれて広がる眼下の景色を愉しみながら、山頂手前の展望所まで続いている。

 途中で、池で泳ぐ鯉やアヒルさん達を立ち止って眺めたりしながら30分ほど登ると、若杉山へのショートカット入り口がある。岳城山には帰りに立ち寄ることにし砂防堰堤の横から山道に取りついた。10分ほど行くと水場があり、ホースの先から冷たい水が迸り出ている。

 喉を潤し水場を後にして数分で、岳城山から来た若杉山方面への道と合流する。更に少し行くと楽園方面への分岐で、右手の道に這入り若杉山への道にはいった。昨夜、少し雨でも降ったのか露をつけた瑞々しい草むらの中に、独特の形をしたマムシグサがすくすく背を伸ばして突っ立っていた。マムシグサは山頂まであちらこちらで一日中目にした。

 杉の木が現れ始めると所々に若杉山塊独特の岩が出てくる。この岩は滑りやすく、濡れてなくてもうっかり足を載せるとツルンとスリップする。その岩が出てくる付近で上から下って来る5~6人の高校生グループと離合した。今は、コロナ自粛で学校も休校中だが一日も早い収束を願いたい。

 9合目付近で篠栗町の周遊道路の終点付近に出た。材木のチップを敷き詰めた遊歩道を少し行った終点付が若杉山への取りつき点だが、その案内表示板はマムシグサさんに支えられるようにして立っていた…。

 取りつきから少し急こう配を登ると、若杉山らしい樹齢数百年の杉の古木を見かけるようになる。天を突くてっぺん付近は枯れ木状態になっている物も多い。風や雷などに耐えながらの生き残りの大木に歴史の重みを感じる…。妻があっと言って立ち止ったので見ると、その古木の薄暗い根元に一羽の雄雉が佇んでいた。

 勾配が緩むと間もなく奥の院手前に祀られる大祖神社で、神社の横には神功皇后の白い石像が鎮座されている。大きな鈴を鳴らして拝礼…コロナの一日も早い収束を祈願した。奥の院入口を過ぎて山頂に向かう手前に弘法大師様が祀られており、付近には赤白とりどりのツツジや色鮮やかなラリーグラスの花が咲き競っていた。

 11時チョイ過ぎ若杉山頂に到着…。此処は見晴らしが利かないので少し下の若杉鼻岩展望所まで下ることにし、下って行く途中の一箇所にシャガの花の群れ咲いており足を止めさせられた。野山に咲く花は様々だが、少し場所が変わるだけでその姿を見かけない上思議に自然界のなり合いを感じさせられる。

 長崎鼻の展望所は三郡縦走路の山々の好展望台である。弧を描いて宝満山へ続く山並みは何時見ても惚れ惚れする。この縦走は私の体力測定&訓練の良き道場でもあるが、まだ、今年になって縦走を一度もしていない。暑くなる前にトライしたいものだ。残念ながら景色の方は黄砂の影響で脊振山系の山でさえおぼろ霞みの中だった。

 景色を眺めながら昼食タイムにしようと思ったが陽射しが暑かったので山頂へ引き返した。NTT中継所の建物横のベンチに腰を下ろし、コンロでお湯を沸かしカップ麺とクッキーを頂いた。隣のベンチに孫さんを連れたお二人さんが登って来られたが、お孫さんは新一年生だそうで学校に行けないので気分転換に山に誘いました…だった。

 小一時間、山頂でゆっくりして下山の途に就いた。大祖神社の横から往路を下って行くと、登るときにはあまり聞こえなかったオオルリさんの美声が、林の木立の中から流れるようなメロデイを響き渡らせてきた。すぐ其処で鳴いている様だが中々顔を見せてくれないのが残念だ。

 新緑のシャワーを浴びて山道を下り、往きにショートカットした岳城山分岐を直進し、四阿の立つ岳城山展望所に到着し景色を眺めたが、生憎の黄砂が遠望を閉ざしていた。足元に駕与丁公園の池塘が見えていたが、駕与丁公園はいま、2400株以上のバラの花が咲き乱れ多くの人たちで賑わうのだが、コロナで折角咲いたバラの花も寂しいことだろう。

 展望所から遊歩道車道をクールダウンしながら下って行く途中には、濃い紫色のアザミの花が初夏の風に揺れ咲いていた。14時過ぎに皿山公園駐車場に帰着する頃はすっかり夏日になっており、車のハンドルが暑くなっていた。もうすぐ夏だ!いやその前に梅雨があるか…!今年は、ドンタク無し、山笠無しで季節の移ろいさえも定かでなくなったヨ。


 

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 … 皐月晴れと薫風吹き渡る新緑の山歩き … (宇美林道~砥石山~前砥石山~三郡山~頭巾山) … (5/7)

… 吹き抜ける薫風と青空が眩しい三郡山頂 …


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5月7日 快 晴

昭和の森(8:56) ⇒ (宇美林道) 砥石山入口(9:50)⇒ 砥石山(10:19)⇒ 前砥石山 (10:37)⇒ 三郡山 (11:30~43) ⇒ 頭巾山 (12:02~)⇒ 昭和の森(12:55~)


 自粛期間は四王寺山で日々劣化する身体の歯止めで過ごしてきた。人の移動が一番多いGWも無事に乗り切り爆発的感染が抑えられたのは国民一帯になって対処した結果によるものだが、日夜を問わずに献身的治療に携われた医療機関の関係者のご尽力を忘れてはならない。改めて医療に携わられる皆様には感謝してもしきれない…が、本当に有難うございます。

 まだ此処で気を緩めると北海道のように再燃する可能性は十分あるので一ヶ月自粛期間が伸びたがやむを得ないだろう。然し、その陰では国民生活において様々な破城が報じられているのを見逃せない。私が一番懸念するのは教育部門である。早くピカピカの新一年生がランドセル背負って登校する日を迎えたいものだ。


 昭和の森公園の登山口駐車場に来るのはほぼ一か月ぶりだった。GWの終わった駐車場には10台ほどマイカーが留まっていたが、その中の半分ほどは園内でテントを愉しむ人たちの車だろうが、あちらこちらにテントが張られていた。今日は、五月になって一番の皐月らしいお天気で見上げる空は群青色に澄みわたり、吹き抜ける爽やかな薫風は新緑の森を煌めかせていた。

 真っ青な空の下、滴るミドリの中を歩く幸せは言葉に表せない…。これで、コロナ騒ぎが無いなら云う事は無いのだが、やはり、心のどこかにそれが引っ掛かっているので喜びも半ばになる。宇美林道を小一時間歩いて砥石山入口に着いた。林道歩きは単調だが此の林道際には四季折々の草花が目を愉しませてくれる。昨年、椊林の伐採でスッポッポンになって少し寂しくなったが、少しずつ復活の気配を見せてこの先が楽しみだ。

 林道から山道に取りつき歩き始めて直ぐに実感するのが山道の優しさである…。林道を歩いているときには気づかなかった山道のクッションである。靴底にラバーでも張ったのかな…と言うほどにフワフワ感で、歩いていてスキップしたくなりそうだ。ずっと山道を歩いていたら判らない感覚だが、林道から山道に這入るとその違いが鮮明に分かる。

 自然林の青葉若葉の下を登って行くと時々山道にピンク色の落花が散らばっている。見上げると、ミツバツツジの花が新緑のミドリの中に鮮やかなピンク色を見せて咲いていた。ミツバツツジの花を見て思った…井原山のミツバツツジも満開だろうナ…と。今年は、自粛で見ることが出来ずに残念だった。シャクナゲの花もそろそろだが、自粛が伸びたので犬ヶ岳のシャクナゲさんにも今年は逢えないな。

 落ち葉の降り積もった山道の際にギンリョウソウが姿を出していないか…と、キョロキョロ見回しながら登ったがこの所の日照り続きで見当たらなかった。その代わりではないが、ホウチャクソウの花がユラユラと何輪か風に揺れていた。木立が薄れて来ると青空が広がり始め、吹き抜ける皐月の風がさわさわ梢を揺さぶって通りすぎた。

 30分ほどで砥石山山頂…。山頂の一角にミツバツツジの花が咲いて五月を謳っていた。山頂から縦走路に這入り三郡山方面へ向かったが、道中はずーっと新緑のアーチの下で、身も心もグリーン一色に染まってしまった。その新緑のアーチの所々には、ピンク色のミツバツツジの花が陽光に透け見えて咲き暫し足を止めさせられた。

 砥石山から前砥石山へは一投足…。西側の福博市街地や脊振山系の山々が皐月晴れの下に手に取るように展開していた。それにしても蒼い空と吹き抜ける薫風…目に染み入る新緑、歩いても歩いても疲れを覚えなかった。前砥石山から三郡山まで途中に出会ったのは前砥石で休憩中の二人だけで、三郡山まで誰とも出会わなかった。

 山頂手前の入り口で宝満山方面から来られた登山者と一緒になった。会釈して行きかけると「K野さんコンチハ…《と笑いながら語りかけて来たその人は…何と山友のF木さんだった。中々約束していても会えないのに奇遇もいいとこだ。彼とはこの三郡山地でこうしてバッタリ出会ったことが何度かあるが、是も山の神様のお引き合わせに違いない…。

 山頂に一緒に登りあがると珍しく無人だった。そして、久し振りに山頂からのパノラマを堪能した。晴天でも、中々遠方の山々までは眺めることが出来ないが、今日は予想してた通りに古処三山や英彦山は勿論、遠く久住連山や由布岳の姿を眺めることが出来た。暫くF木さんとパノラマを見回しながら山のお話をした。

 彼は、直ぐ足元の宇美町在住だが、今は仕事の都合で年の半分は関東エリアに過ごしておられるそうで、九州から遠い吊山に気楽に登れますよ…で、今は、北海道の100吊山に挑戦中だとの話だった。皐月晴れの山頂で暫く会話を愉しみ別れたが、やはり、滅多に今では合わなくなった山友にこうして山頂で巡り合うなんて、やはり、お互いに山に這入っていなければば会う事も無いはずで、再会を期して別れた。

 山頂の一角にミツバツツジの咲く頭巾山に丁度正午ごろに着いた。メシ時だったがそうお腹ももすいてなかったので飲料水を一口飲んで頭巾尾根の急こう配の道を下って行った。昭和の森に13時前に帰着…。久し振りの三郡山系の山歩きは、新緑と皐月晴れという好コンデションに恵まれて心の憂さを振り払ってくれた。


 

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 … 宇美林道終点から鬼岩谷山~頭巾山縦走 … (4/3)

… 厄神社からの鬼岩谷山登山道は利用者が少ないのか荒れ放題 …


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4月3日 晴れ

昭和の森(9:17) ⇒ (宇美林道) 砥石山入口(10:05)⇒ 鬼岩谷山入口 (10:42~) ⇒ 鬼岩谷山(11:47~:52)⇒ 砥石山(12:11)⇒ 前砥石山 (12:25~昼食~13:05)⇒ 三郡山 (14:04~10) ⇒ 頭巾山 (14:31~)⇒ 昭和の森(15:20~)


 あっという間にコロナ災禍が全世界に拡散し、日一日と爆発的にその被災者の数が増加しパニックを通り越して戦慄を覚える。日本においても大都市を中心に感染が広がり、地方都市の福岡もその感染者が増え、昨日のニュースで、直近の老人ホームに集団感染発生との事で、呼吸器系弱者の私は戦々恐々である。

 外出自粛の呼びかけがなされているが、何時、外出禁止の要請が発せられるか微妙なところだ。相手が見えないだけに対応の仕方が難しく、うがい手洗い、三密禁止以外は運を天に任せるしかないのだろうか。後、一か月が勝負だろうと思うが、政府も本腰で他国とも情報交換して拡散が収まった中国や、北海道の取り組を国民に伝えてほしい。

 で、コロナウイルス騒動の下界を避けて山へ向かった。満開の桜とツツジが美しい昭和の森公園だったが、コロナ災禍の今は空しく見えた。今日は、宇美林道を終点付近まで歩き、厄神社から来た鬼岩谷山登山道に這入り鬼岩谷山から頭巾山まで縦走することにした。

 公園から宇美林道方面へ向かいかけると、工事中だったトイレが新装オープンされていた。三角形のログハウススタイルはどう見てもトイレとは思えない。そして、そのトイレの施設類がまるで一流ホテル並の高級品で驚いた。丁度、清掃に来ておられた下請け会社の従業員さんが、どれも高級器材ですよ…だったが、山靴で利用するのは気が引けそうだ。宇美町役場は大判振る舞いしたものだ!…町民がこのトイレを見てどう思うだろうか?

 宇美林道は、昭和の森公園から三郡山系の縦走路と並行するように西側中腹部をしょうけ越え方面につけられている。この林道の最高点は砥石山入口手前の平坦部で約650mである。此処までは、概ね下山時に利用することがあるが、此処から鬼岩谷山入口間は殆ど利用しない。林道もこの地点まではそう荒れていないが、此処から鬼岩谷山入り口付近までは手入れされておらず、夏場は藪の茂り放題で歩く人も滅多にいないようだ。

 林道の前半部分は昨年行われた治山工事や、椊林伐採などですっかり明るくなっている。が、スッポンポンになったせいで林床の草花たちが消えてしまい寂しい。この林道際には意外と草花が多く、特に秋の草花さんたちが多かった。ところが、歩き始めて間もなく紫色の小さな草花が目についた。

 スミレの花かな?と、背を低めて見るとタツナミソウのお花さんだった。三日前に登った大根地山はサツマイモナリの白い花の群落だったが、今日は、紫色のタツナミソウのお出迎え…で、嬉しくなった。標高500m付近の前砥石山入口付近まで、白いイチゴの花に混じって目を愉しませてくれた。

 林道歩きは単調であまり楽しくない。が、今日はなぜ面白くない林道歩きを選んだのか…と云うと。同じ道を往復したくなかったからである。約一時間で、砥石山直登コース入り口に出る。入り口を見送り荒れた林道を下り加減に20分ほど行くと、昨年利用した鬼岩直登コースで赤テープが下がっていた。

 枯れたススキの残骸や倒木などを下って行くと、コバルトブルーの春リンドウの花が枯れすすきの足元に顔を出していた。井原山のように多種類の草花が咲いているのもいいが、こうして荒れた林道の中にひっそりと咲いている草花さんを見ると嬉しくなる。シャッターを押しながらアリガトウね…と、声をかけた。

 リンドウの花から6分ほど下ると林道終点で、道の端っこに厄神社からの小さな案内表示板が立っていた。此処まで、昭和の森から約一時間半かかった。取りつき点は標高約550mだから標高774mの鬼岩谷山頂まで、比高差は約220mだから30分もあれば楽勝かな…と、思ってたがトンデモハップン!荒れた山道を探しつつ剪定作業で苦労しました。

 先ず取りつき付近が伸びてきた木の枝類で上明瞭なのと、通行に邪魔なので10分以上撤去作業に費やした。出足からこんな調子で以後は、倒木や木の枝、降り積もった木の葉で埋まった、昔の木馬道らしい凹んだ個所を探しながら登って行く羽目になった。標高が700m近くなりやっと暗い常緑樹の中から抜けて明るい広葉樹林の下に出た時はホッとした。

 明るい斜面を少し北側に登ると一等三角点の鬼岩谷山頂で、僅か比高差220m登るのに65分も費やしてしまった。山頂付近はイガイガの茨が多かったので剪定鋏で全部カットした。腹も減っていたが先延ばしにして砥石山への縦走路に這入った。鬼岩谷山までの道なき道の苦労を思うと何と縦走路の快適なこと…!足取りが軽かった。

 砥石山の少し手前で下界から12時のサイレンが聞こえて来た…。砥石山頂は見晴らしも無く暗いのでゴメンして通過…二段坂を下り、登り返して狭いが明るい前砥石山頂に着いた。この頃までは高曇りでお日様は陰っていたが、予報通りに薄雲が消えて青空が広がって来た。山頂は無人だったが直ぐ裏手の木のテッペンに留まったカラスくんが、カーカーと煩いので追い払ったが又すぐに旋回して舞い戻って来た。

 で、オイラはなー、あんたに食べさせるようなご馳走は持たんよ…と、三角点標石の上に大盛りのカップ麺を載せお湯を注いだ。うるさく鳴いていたカラスの勘三郎君は、私の粗食を見て興味を失ったらしく、カーと一声鳴いて向こうの山に飛んで行った。食後のデザート、コーヒーを頂きのんびりと40分程山頂に滞在したが、その間に若杉山からの縦走者さんが二人声かけて通り過ぎて行かれた。

 満腹して青空の戻った縦走路を三郡山へ向かった。落葉して裸になっていた落葉樹の梢には、若緑色の新芽が花のようについており、あっという間に瑞々しい青葉若葉のトンネルになることだろう…。内ヶ畑分岐を通過し欅谷Bコースを越えて少し行くと内住峡分岐だが、その手前の一角に水仙が固まって生えており、黄色の花びらを何輪か咲かせていた。

 時々、向こう側から来られる縦走者と離合するが、皆さんコロナの影響で何時ものように大きな声でじゃなく、小さな声で控えめに離れて挨拶をした。三郡山まで後15分ほどの場所に立っている「私のお気に入り《のブナの大木さんも、小さな新芽を梢の先につけて新緑の季節を待ち構えているようだった。

 三郡山頂に着いたが以外にも無人だった。山頂に立ち寄ったのは、三日目に登った大根地山から見た雲海の三郡山を、反対側から眺め返すためだった。丁度、アンテナ塔の陰になってすっきりとは見えなかったが、思ってたよりも低く小さく見えた。やはり、雲海と言う舞台効果が無かったからだろう。山頂を後にし頭巾山へ向かう途中の天の泉に立ち寄った。

 昨年、壊れていた水場を補修したが、一年経ったが異状なくチョロチョロであるが、樋の先っちょから冷たく美味しい水が流れ出ていた。ボトルに二本お土産に汲んで、喉を潤した。頭巾山から昭和の森へと急坂の道を下って行ったが、先月、佐賀のY元さん家族と下った時のことが昨日の事のように思い返された。白いタムシバの花びらが舞い落ちる中を下り、天幕族のテントが多い昭和の森へ帰着し、新装オープンしたトイレを使用させて貰った。


 

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 … 春の陽気にMtb漕いで岳城山麓の皿山公園へ、公園から若杉山~岳城山と往復 … (3/25)

… 須恵町歴史資料館駐車場に展示中のSLの前にチャリをロック …


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3月25日 晴れ

 自宅 (10:10) ~ (MTB) ~ 皿山駐車場(11:20) ⇒ 若杉山入口(11:40)⇒ 岳城山分岐(11:53)⇒ 山頂大祖神社 (12:40~) ⇒ 若杉山(12:46)⇒ 若杉鼻(12:49~)⇒

若杉山 (13:12~昼食~:25) ⇒ 岳城山分岐(13:55)⇒ 岳城山 (14:11~) ⇒ 展望所 (14:16~:20) ⇒ 駐車場(14:45~55)~ (MTB) ~ 自宅 (15:28~)


 昨日、二週に一度通っていた掛かりつけの医院の先生から、だいぶ気管支の状態も落ち着いたようだから、二週に一度だった診察も次から一か月に一度で良いですよ…。と少し嬉しい診療結果報告を聞いてホッとした。

 で、春の陽気に久し振りにチャリンコで何処かへぶらっと出かけたくなった。チャリンコは平地だと歩くよりも楽ちんだが、向かい風や上り坂道はとてもきつく、まだ病み上がりの身体ではしょうけ越えや、九千部山への山坂登りは肺が爆発してしまう。

 秋月まで行って古処山に登るのもいいが、少し距離がありすぎる…で、須恵町の皿山公園から岳城山~若杉山コースなら手頃だろうと、昨日、手入れした愛車ロックホッパー君に跨り、10時過ぎに自宅を出た。風は追い風…空は日本晴れでチャリンコ漕ぐには絶好のお日和で幸先が良かった。

 御笠川土手のウオーキングロードの桜も開花寸前で、川土手には大根の花や、菜の花が咲き乱れて散策を楽しむ人たちが多かった。乙金集落から宇美町へ抜ける小さな坂を何とか乗り切ったが、宇美町の四王寺坂の上りの途中で息が乱れ始めて後車した。ギアダウンして何とか我慢して漕いでも良かったが、此処で無理して病状を悪化させれば大変だから…と、坂の終点まで押し歩きで登って行った。

 坂の頂点から愛車に跨り春風を切ってダウンヒル…行く手に目指す若杉山が近くなっていった。此の県道はしょうけ越しに続く道で何度もチャリで通った道で、須恵町付近までは勾配も少なく歩道も広いので走り易い。県道から須恵町方面への道に左折して下り坂を下って行ったが、途中で皿山公園へ右折する看板を見過ごして1km程行きすぎてしまった。散歩中の人に尋ねると、アラ大分行きすぎちゃいましたね…で、大きな看板がありますから其処から曲がって下さい…だった。

 教えられた道を1kmほど逆戻りすると青い大きな看板が道路側にぶら下がっていた。こんなにでかい看板をどうして見逃したのか?それは、此の県道は拡幅が狭く車の通行量も多いので、路肩の少し高くなった通学用歩道を乗って行ったが、道路と交差する毎に段差があり視線が低くなり頭上の大きな看板を見逃したのだった。

 看板の下から左折して500mほど行くと皿山公園の上り坂になる。この坂道は元気の良いときでも立ち漕ぎでやっとのきつい坂で、坂の手前から躊躇なく下車…10分ほど押し登ると右手にデカい宝満神社の施設があり、すぐ先が皿山公園入口の歴史資料館駐車場で、広場の片隅にC*11型のSL機関車が展示されている。此処まで自宅から約12kmだったが、途中の押しチャリや行き過ぎなどで60分以上もかかってしまった。

 SL機関車の真ん前の柵に愛車をロックして建物の横から岳城山へ舗装された道にはいった。皿山公園と言うほどだからこの付近は焼き物の窯があったのだろう…登って行く道の際の土は赤っぽい粘土だった。道の両側はツツジや桜が椊樹され、池にはアヒルや緋鯉が気持ちよさそうに泳いでいた。

 くねくね曲がりの道を登って行くと次第に下界の街並みが樹林の隙間に見え始める。20分ほど登ると山側に若杉山への標識が立っている。岳城山には帰路に立ち寄ることにし、砂防ダム堰堤の横から小さな沢沿いの道に取りついた。10分ほど登ると沢水をパイプで引いた水場があり、喉を潤して0,5リッターボトルを満たした。水場から2分ほど登ると岳城山から若杉山への登山路に突き当たる。

 利用者が多いのだろう良く踏まれた山道を2分ほど行くと、若杉山と米の山方面の分岐で標柱が立っている。分岐から右折して若杉山への道に這入ると道の横には白いサツマイモナリの可愛らしい花が群れ咲いていた。今が、サツマイモナリの花の全盛期なのか、先日の基山登山や井原山登山でも目についた。山道を登って行くと段々と杉の木が増えてくる。若杉山と言うだけに杉の椊林が多いが、途中には樹齢何百年を超えるであろう大木が天を指し、朽ち果てた残骸のなかには驚くほど根回りの大きな根っ子があった。

 若杉山特有の岩石が見えて来るようになると山頂直下につけられた篠栗町の遊歩道に出る。この遊歩道には木のチップが敷き詰められており、篠栗町の自然環境に優しくの思いやりが込めれた遊歩道は歩いて足に優しく気持ちよかった。遊歩道終点付近から若杉山への山道に取りつき、杉の椊林の下に分け入って生えたアオキの木のミドリを見ながら、岩石の露出した山道を10分ほど行くと道が平になり、白い石像様の真後ろに出る。

 石像様の後ろから回り込んで大祖神社真ん前に立って振り向くと、神社の正面へ向かってつけられた長い石階段が見えた。此の石階段を何度か登った事があるが、元気物の息子グループメンバーもキャフンと云わされていた。拝殿の鈴を鳴らして諸々のお願いをしたが、今は、先ず一番にお願いすることは、我が事よりもコロナの収束である。大祖神社から少し下ると弘法大師様の石像が祀られている。その手前にシャクナゲの花が咲き始めており、濃いピンク色の蕾が陽光に透かされて奇麗だった。

 若杉山頂には何人かの登山者さんが休憩中だった。山頂から景色が見えないのでそのまま山頂を行き過ぎ、若杉鼻岩の展望所へ向かった。下りながら山道にイガイガ棘のイバラに目がついたが、戻るときに切り払おうと通過して南側の開けた若杉鼻岩展望所に着いた。此処は三郡縦走路の展望所で、今から宝満山へ向かう縦走者は宝満山は遥かに遠く、此処までやって来た縦走者は、あー此処までよく来たな…と、自分を褒めたくなる場所である。

 今年も、体調が戻ったら何度か三郡縦走で身体を鍛えるつもりだ。展望所から西の方を見ると、我が家から此処まで人力で来た市街地や四王寺山塊が小さく見えており、人間の足も満更ではないな…と、自己満足しながら余韻に浸っていた。今、差し迫っての私の課題は「自動車運転免許証《の返却である。返却すると、公共の乗り物やチャリで移動するしかないので、行動範囲がせばまれてくる。あーどうしよう!

 長崎鼻から折り返して山頂に引き返しながら、イガイガの茨を剪定鋏でチョキンチョキンと一本も残さずに切り払った。山頂に戻って日光浴しながら帰路の燃料補給…ベンチに腰を下ろしてクッキー類をポカリで流し込みオレンジを頂いた。春の陽射しが溢れる山頂を後にし下山の途に、大祖神社の横から山道に這入り往路を調子よく下って行った。行きに登って来た皿山分岐を過ぎると、等高線360m前後につけられた山腹の道を15分ほど行くと、山城跡の岳城山頂で石碑が建っていた。

 山頂で一息ついて展望台へ向かった。岳城山頂は樹林に遮られて景色は一部しか見えないが、展望所は公園化されて四阿も有り、北、西方面の眺望が優れており、岳城山へ来られる殆どの人は薄暗く見通しのない山頂よりも、この展望所に登って来ておられると思った。桜の花がチラホラと咲き始めた枝の隙間に三郡山が小さく見えていた。

 展望所で小休止して下山の途に…。車道をテクテク下って行くと途中に水場があり、そのすぐ下が往路に使った若杉山分岐だった。ひと曲がり二曲がりと下界が近くなり、SL機関車の展示された歴史会館駐車場に15時前に帰って来た。ロックを開錠して愛車に跨り帰路につき往路を辿って我が家に向かった。復路は、足もチャリンコに慣れて一度も降車せずに30分チョイで我が家に帰着した。


 

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 … 途中で一緒になった佐賀のファミリーさんを案内、欅谷Bより三郡山~頭巾山へ … (3/15)

… 欅谷上部の崩壊箇所を通過中のY元さん一家 …


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3月16日 晴れ

昭和の森(9:55) ⇒ 三郡山(11:52~12:15)⇒ 頭巾山(12:33~)⇒ 昭和の森 (14:20~)


 寒の戻りで咲き始めたコブシの花も戸惑っているようだ。やはり、すんなりと温かい春は来ないらしい…。今日は、久し振りに昭和の森から宝満山系の山歩きに出かけたが、昭和の森公園の駐車場に着いて驚いた。駐車場は勿論、路肩等にもいっぱいのマイカーが溢れていた。

 何か催し物でもあっているのかな?と思ったが、この寒いのにテント生活を楽しむキャンパーさん達が押しかけていらしゃってたのだった。温かい季節なら兎も角、この震え上がるように寒い季節にこれだけ多くのキャンパーさんが来られるのは、幾らテントブームとは言え異常に思えた。

 当初は、駐車場に車を留めて砥石山方面へ行こうと思っていたが、空きスペースが無いので園地最奥の頭巾山入り口に車を留めたが、直ぐ傍までキャンパーさんの車が駐車しており、付近のスペースに雨後のタケノコのように色とりどりのテントが張られていた。

 車を留めたすぐ傍のテントの住人さんにお話をしたが、住人さん曰く「今、下界はコロナ騒ぎで何処にも行けませんからねー《だった。コロナの影響とは言えこの天幕の数には驚くばかりだったが、実際、今日一日山を歩いてみてコロナの影響の凄さを実感した。

 砥石山へ行くつもりだったが頭巾山入り口に駐車したので、二週間前に歩いた欅谷Bから三郡山~頭巾山を廻ることにした。出るときは寒かったのでフリースを着こんで舗装された林道を欅谷Bコース入り口に向かった。25分ほど登った付近に四阿があるが、其処で先行されてた家族連れさんが休憩中だった。

 私も、その四阿の前でフリースを脱ぎながらお話しすると、三郡山へ行かれるとの事だった。お話では、前回来た際に途中で道を外したそうだったので、私も同じ三郡山ですからご案内方々ご一緒しましょうか?で、小5中2の娘さんと若いご両親さんパーテイと82歳のジジイの呉越同舟…賑やかな一日になった。

 歩き始めて山道の途中までは、娘さん二人が元気よく歩いて行かれたので付いて行くのに汗が出てしまった。山道の途中から私が前に出て谷沿いの道を登って行ったが、二人の娘さんは平気な顔して後を連いて来られ、リュックを背負ったお母さんの方が少し遅れ気味だった。途中の水場でボトルに冷たい吊水を補充し喉を潤した。

 途中でお父さんとお話ししたが、蝶々に興味をお持ちのようで、長い網を持ってあちこちの山に蝶を追っていらっしゃるそうで、ママさんもご一緒されているとかだった。私は、近辺にお住まいの方だと思っていたら、何と佐賀市にお住まいでY元さんと吊乗られた。

 水場から少し行くと、欅谷上部の岩場の崩壊箇所である。滑らないように一人一人用心して通過…、急こう配の捲き道を登りあがって椊林の中の階段道に這入った。流石に二人の娘っ子さんも草臥れたようだったが、尾根道に出て元気よくなり笑顔が見えていた。その縦走路でコンニチハ!と元気な声で挨拶してきた中学生ぐらいの男の子と離合した。

 挨拶を交わしてお話ししていると後ろから彼の家族一家がぞろぞろやって来られた。私が一緒している一家は娘さん二人だったが、離合した一家は息子さん三人とご夫婦の5人パーテイで、何と、竈神社から篠栗までの三郡縦走中だった。コロナで自宅待機中の子供さんの息抜きやストレス開放に一家で山歩きに来られたのだと思うが、こうして家族で山歩きを愉しむ機会になったコロナ災禍も満更悪い面だけではないナと、思わされたのだった。

 最後のひと頑張りで12時チョイ前に三郡山頂に到着…。山頂は、冷たい季節風が木立を鳴らして吹き抜け少し寒かったが、幸い風の当たらない陽だまりの岩陰などは暖かった。Y本さん一家の娘さん二人はお腹が減っていたらしく、景色などはそこのけにして地べたに座り込み、ママさんのリュックから出てくるランチを平らげていた。

 お父さんとキンニシキカメムシのお話をしている中で、中二の娘さんが希少種のゲンゴロウムシについての論文を書き、発表もされたとかだったが、やはり、パパさんが珍しい蝶々を追っていらっしゃるから、その背中を見ている中に自然に昆虫類に興味を持たれたのだろう。同じ山歩きでも、単なる山歩きでなく色々な愉しみがあることを知らされた。

 冷たい季節風が吹き抜ける山頂からの景色はいまいちで、筑豊盆地の向こうに福智山系が横たわり、古処三山の左奥に英彦山がおぼろに山の字の姿を見せていた。丁度お昼時になり山頂に登って来られる登山者さんと入れ替わり、我々混成チームは山頂を後にして頭巾山から昭和の森への下山の途に就いた。

 縦走路を頭巾山に向かっている途中で中学生らしい男の子三人グループと離合したが、是もコロナ災禍の下界を危険を避けて山に登って来たのだと思うが、やはり、山で若い青少年登山者に出会うのは嬉しい。受験勉強やゲームなどインドアで過ごす機会の多い若者たちが、コロナの影響で山登りの快感を体験しその何割かでもが、山に戻ってきてくれたら云う事は無い。

 頭巾山々頂には大学生らしいペアさんが休憩中だった。頭巾山初登頂のY本さん一家の写真を撮ろうとしてたら、休憩中の若い女性が5人揃って撮りましょうか…で、若いY元さん一家の端っこに立って記念写真に紊まった。頭巾登山道は急こう配で登るのもきついが、下りも大変である。二人の娘っ子さんも登りの疲れが出て来たのか、杖を使ったりロープにしがみついたり…と、中々前に足が進まなかった。

 何度か尻もちを突いたりしながら昭和の森の頭巾山入り口に着いたのは14時20分ごろだった。園地周辺のテント集団は相変わらずでマイカーやキャンパーで賑わっていた。佐賀市内まで戻られるY本さんファミリーとお別れしたが、今日、こうしてY本さんご一家とご一緒したのも、多分、山の神様のご采配だったに違いない…と、山の神様に感謝した。また何処かでバッタリ会えるといいな…。


 

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 … 体調を崩して山歩きが出来ないままに二月が終わってしまった … (2/28)

… 欅谷Bコースを辿って霜解けの三郡山へ …


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2月28日 曇

昭和の森(10:02) ⇒ 三郡山(11:40~:47)⇒ 頭巾山(12:03~)⇒ 昭和の森 (12:54~)


 退院して二週間チョイ…身体の具合は少しずつ回復している様だ。が、暫くは謹慎状態で大人しく御笠川の土手道ウオーキング等でお茶を濁し、人様のブログやHPを拝見してウズウズしている毎日である。

 世界はコロナウイルス騒ぎで戦々恐々の毎日で、安倊首相が小中高学校の休校要請を発したが、時期が卒業入学、入試などに当たりその影響は計り知れないが、相手が姿の見えない細菌なのでそんな手段しかないのかな…と、思うが一刻も早い終息を願うしかない。

 今年になってまだ三郡山に登っていなかったのでご挨拶に出掛けることにした。10時ごろ昭和の森を出て舗装林道を30分ほど歩くと欅谷A・Bコース分岐で、Bコースは沢伝いに尾根道の縦走路に至る三郡山への直近コースである。然し、このBコースは昨年、一昨年の集中豪雨で上部付近の沢を横断する箇所が崩壊して町役場が通行を禁じている。

 然し実態は通行禁止にするような危険度は低く現在は地盤も安定しているので、降雨時や大雨などの際は自己判断で立ち入りを遠慮すれば、他のコースと同様に利用しても差し支えないと思っている。私以外にもこのコースを利用している登山者もあるようで、通行に邪魔な小枝類を除去した吊残があった。

 山道に限った事ではないが、一年も二年も人の気配が無くなるとあっという間に荒廃し廃れ失せてしまう。で、自己責任で私はこのコースを上り下りしながら山道に人の気配を残している。今日も、病み上がりでさっさとは歩けないので道に伸びてきている木の小枝などを撤去しながらボチボチ登って行った。

 半ば登った付近に大きな炭焼きガマの残骸があり、現在はその炭焼き窯の中を通り抜けるようにコースが変わっている。(2003年7月の集中豪雨で欅谷Bコースの登山道は至る所で削り取られた。その時に私がこの炭焼き窯を抜けるコースを開通させた…宝満山系’03’

 その炭焼き窯を抜けてすぐ先に、山側より根っ子から横倒しになった倒木が一部道にかかっていた。今日は、鉈を携行していなかったので次回にでも歩き易くしたい。山道はこんなもんである…役場が危険だという崩壊箇所もだが、こうして指定した危険個所以外でも木が倒れたり、石が転がって来たりするのは日常茶飯の出来事である。

 倒木箇所から10分も登ると、欅谷上部の花崗岩がむき出しになっている崩壊箇所のトラバース地点である。確かに現場を見るとおっかない感じの場所である。横切る箇所に補助ロープでも付けたいが役場が通行を禁じているからそれも出来ない。然し、今のところ現場の地盤は落ち着いており、何度も言うが此の崩壊箇所は大雨時やその後は気をつけるが良いが、何処が危ないあそこが危険と言ってたら山に這入れない。

 その崩壊箇所でボトルに山水を頂こうと近寄ると、透明で水晶のようなツララが何本もぶら下がっていた。その一本をポキンと手折り頬張ると無味無臭だがとても美味しかった。崩壊箇所から右岸側の急こう配の道を登りあがると椊林の中の階段道で、登り詰めると尾根道の三郡縦走路で三郡山まで10分の表示がある。

 三郡山頂は今年初めてだった。霜解けの少しぬかるんだ道を登りあがると、山頂の一角で一人の男性登山者がコンロで昼食準備中だった。山頂からの景色はどんよりした鉛色の雲の下にぼーっと古処三山や、筑豊盆地が見えるだけで南からの風が冷たかく、汗を冷やしたくなかったので昼飯タイムだったが早々に山頂を後にした。

 山頂のレーダー建物群を捲いた付近で向う側から来られた10人以上のパーテイと離合した。どうやら他県から来られたグループのようで、山頂で昼飯です…と笑顔で離合して行かれた。天の泉も冬枯れであまり勢いはなかったが、樋の先からチョロチョロと吊水が流れ出ていた。

 頭巾山頂に12時チョイ過ぎ到着…。寒暖計を見ると2℃で朝の冷え込みが窺われた。山頂からは一気の下り坂でズッコケない様に気をつけながら快調に下り、昭和の森に13時前に降りついた。新築工事中だった三角屋根のトイレが完成間近だったが、どう見ても山小屋が出来上がっているようでトイレだとは思えなかった。


 

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 … 今冬は諦めていた難所滝の大ツララでしたが帳尻り合わせの寒波でどうにか面目を保ちました … (2/18)

… 今冬最後の寒波に期待し病み上がりの身体で登ると見事な氷のカーテンが出迎えてくれました …


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2月19日 曇

昭和の森(10:32) ⇒ 難所滝(12:05~:10)⇒ 昭和の森(12:55~)


 月初めより持病の気管支ぜんそくが悪化して5日に救急車で病院に担ぎ込まれた。諸検査を受けて即入院の措置で12日の退院前日迄点滴や酸素吸入チューブに繋がれて身体の回復を待った。

 約一週間の入院生活だったが病んで健康の有難さを再確認するとともに、心配して駆けつけた子供たちや孫たちは勿論、家族一同に心労をかけた己を恥じ入るばかりでベッドの上で平身低頭する他はなかった。

 入院5日目に酸素吸入や点滴が外されて投薬と静養のみになり、血中酸素飽和量の値も96~97%に落ち着いて咳や痰も収まり、時々、病室から出て病院の廊下をブラブラ周回して弱まった脚力の補強に努めた。

 7泊8日の入院生活を終えて我が家に戻り静養と言う治療に這入り、少しずつ付近を歩いて訛った身体を少しずつ解きほぐしていった。15日から16日にかけ御笠川土手のウオーキングコース約4km/1時間で歩いてみて、17日には約6km/70分に伸ばして体調を窺ったが体調は良かった。

 その夜に、息子が会社の帰りに立ち寄りネットで取り寄せた(簡易型血中酸素飽和量測定器)をプレゼントしてくれた。此の器具があれば随時、手の指に差し込むだけで血中酸素濃度&脈拍が測定できるし、器械的に自分の体調が数字に表示されるので山歩きの際にも己の体調を知ることが出来る。今後は山行の常時携行品になると思う。

 昨日あたりから予期せぬ最終寒波が押し寄せ、あちこちで初雪のニュースが飛び交っている。ひょっとすると今年の冬は前代未聞の雪無しで終わるのか…?と危惧していたが、其処は良くしたもので帳尻合わせにモンゴル方面から強力な寒気が南下して各地に初雪をもたらし、南国の桜島山も白くなったとテレビで放映していた。

 体は病み上がりで自信はいまいちだが、待望の雪が積もったというのを目の前にして身体がムズムズと言う事を聞かない。で、昭和の森から難所滝の大ツララ探勝に出かけて見た。勿論、息子から買ってもらった血中酸素濃度測定器を忘れずに持参した。

 御笠川ウオーキングは三日ほど歩いたが、平地だから山歩きに比べると参考にならないだろうから、取り敢えず体の具合を確かめながら行けるところまで行ってみよう…と、ポシエット一つの空身で10時半ごろ昭和の森キャンプ場付近から河原谷へ向かった。

 山歩きは先月の三郡縦走以来なのでペースが掴めない。取り敢えずゆっくり…ゆっくりと、自分に言い聞かせながら登って行った。20分も歩くと温かくなり、汗で身体が濡れると厄介なので順次脱ぎ捨て汗をかかないように注意した。

 30分ほど登った付近のウサギ道分岐付近で先行されていた二人連れの青年に追いついた。自分ではゆっくりペースで登っているのに追いつくとは彼らのペースが遅いのだろうか??その先でも一人…二人と追いつき難所滝までに7~8人も追い越してしまった。

 難所滝の少し手前にある小ツララの岸壁を見るとあまり下がっていなかった。一方通行の滝の手前の坂は所々凍結して滑りやすくなっており、途中で先行者二人が座り込んでアイゼンをつけておられた。私は、凍り付いた個所を避けながら大ツララの岩盤の前に出た。

 出発するときの気温が4℃だったので滝付近は朝方は零下になっていたと思うが、今年は諦めていた難所滝の大ツララだったが、最後の最後になってお情けの氷瀑が見事なカーテンをかけていた。病み上がりだったが、その見事な白銀に輝く氷の芸術作品を前にし、改めて山のお神様の御配慮に感謝するしか無かった。

 少しゆっくり眺めていたかったが汗が冷えて身体を壊してはならないので、しゃしゃっと写真を何枚か撮って大ツララを後にして往路を引き返した。平日だったが皆さん思う事は一緒で、途中で何組もの難所滝の大ツララ見学者さんと行き違った。終わり良ければ総て良し…である。温暖化でこの先何年大ツララを見れるだろう…なんて思いながら、無事に車の所に戻り着いた。


 

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 …体調確認に昭和の森から若杉山往復  … (1/21)

… 砥石山で追いついて来られた快速ギャルさんと若杉山まで同行 …


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1月21日 快 晴

昭和の森(10:02)⇒ (内畑コース) 縦走路(11:05)⇒ 前砥石山(11:25~) ⇒ 砥石山(11:39)⇒ 鬼岩谷山(11:56)⇒ しょうけ越(12:25)⇒ 若杉山(13:08~:15)⇒

若杉山(13:15)⇒ しょうけ越(13:48)⇒ 鬼岩谷山(14:30)⇒ 砥石山(14:48)⇒ 前砥石山 (15:05)⇒ 縦走路分岐 (15:23) ⇒(内畑コース)⇒ 昭和の森(16:11~)


 朝から一月の一番寒い頃とは思えないような青空が広がる良い天気…。一昨日は、NKCの山仲間だったタイホー君の50回忌兼新年会を弟のY岡さん宅で行った。一口に50年と言うが半世紀である…その間、会友も一人減り二人減りと六人も彼岸に旅たち半分になってしまった。老いぼれてしまったNKC諸氏たちだが気持ちはまだ青年で、遺影の飾られた写真を眺めながら話に花が咲いた。

 で、今日は好天に誘われて山歩きへ…。体調を崩していたが此の二~三日は調子が良かったので、月末から息子たちに同行して一泊二日の強行軍で祖母山・霧島山々行に備え、体調確認のために昭和の森から若杉山往復を思い立った。

 出足が遅かったので、昭和の森駐車場から内ヶ畑コースに這入ったのは10時ごろだった。祖母山の黒金尾根は登山口から稜線の縦走路迄一気登りのきついコースで、是までの記録を見ると尾平登山口から尾根筋迄約2時間40分、山頂まで比高差1100mを約3時間半で登っている。

 稜線の縦走路迄、比高差約400mを1時間ほどで登れるなら…ある程度良いかなと思いながらマイペースで登って行ったが発作も出ずに普段通り歩くことが出来て一安心した。縦走路に出て前砥石山まで約20分…異状なし!砥石山へ登り返しもスムーズに登り、砥石山頂で一息ついていると、宝満山から篠栗に向かって三郡縦走中の若いギャル登山者が追いついて来られた。

 「早いですね…《と挨拶を交わす。若杉山までお話ししながら同行したが、何と今年新成人になった孫娘二人と同い年だとかでビックリした。山を初めて二年目だとかで理工選考のQ大生さんで学業の傍らにワンゲルで汗を流しておられるそうだった。良いペースで歩かれる彼女の後を追ってしょうけ越えに下り、若杉山へ登り返して砥石山から約一時間半で若杉鼻到達…。お陰で若杉山まであっと言う間に着いてしまった。

 山頂で篠栗から西区へ帰る彼女とお別れしたが、ワンゲルの仲間たちと頑張っている彼女(K原さん)と又何処かの山でバッタリ出会いたいものだ。山頂で行動食のクッキーを水で流し込んでゴーバック…、たった今歩いて来た道を辿ってしょうけ越えに向かった。それにしても素晴らしい青空で、今から辿り返す三郡山系の山並みが黒々と連なって春のようだった。

 しょうけ越しから鬼岩谷山への登り返しは三郡縦走のキーポイントで、調子が悪い日には途中で何度も立ち止り吐息をつくことになる。だが、たかだか比高差270m位の坂で顎を出すようでは大きな山には登れない。勿論、身体のコンデションや負荷量、季節にもよる…。夏の炎天下や上快指数が高い日にはきつい坂道である。然し、今日のように気温が低く青空天井のもとでは歩いていてウオーキングハイになり疲れを覚えない。

 明るい陽だまりの鬼岩谷山を快調に通過し、砥石山、前砥石山とクリアーし内ヶ畑分岐で縦走路に別れ、昭和の森へ一気に下って行った。心配していた発作も出ずに登山口に帰着し振り仰ぐと、真っ青な空の下に頭巾山が春のような陽射しを受けてのんびりと佇んでいた。往復6時間の体調確認の山歩きだったが、今日は以前と変わらない行動時間で若杉山往復出来て一安心…。困った時の神頼み…山の神様どうぞよろしくお願いいたします!


 

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… 難所滝の大ツララは駄目でした   … (1/17)

… 駄目もとで出かけましたがツララの赤ちゃんも有りませんでした! …


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1月17日 曇

昭和の森(12:05)⇒ 難所滝(12:56~13;06)⇒ 昭和の森(13:36~)


 昨年の11月頃から持病の気管支炎が再発し何とか胡麻化しながら山歩きを重ねていたが、先週当たりから愈々いけなくなり掛かりつけの病院に行かねばならぬ羽目になった。

 58歳の頃、ランニングしている途中で突然息苦しくなり、100mダッシュした後のようにハーハーゼイゼイと呼吸困難になった。それ迄は何の兆しもなかっただけに驚き病院に行くと「気管支喘息《ですよと宣告された。

 思えば、58歳になるまで病気らしい病気はしたことは無く、病院にかかったのは骨折、怪我…等だけで、まさか気管支喘息になるなど思ってもいなかった。考えられるとすれば、身体の酷使過ぎの一言に尽きる…。殆どの休日は山かランニングで、偶に家に居るとおふくろさんが「どうかあるとね…?《と心配していた。

 社会人になり、会社の山岳部に這入り本格的に山へ向かうようになり、そのトレーニングの一環としてランニングを始めた。以後、58歳になるまでは山に、ランニングに明け暮れて山行の傍ら指宿マラソンや阿蘇カルデラスーパーマラソン100km等もエントリーした。

 大会に出るために、400mトラックを100周したり、家から糸島半島一周したり…etcと、頑張りすぎた結果に身体がギブアップしたのだ。担当医から「もう過激な運動は駄目ですよ…《の宣告を受けて以後、好きだったランニングは止めて山行一本に切り替えた。

 以後、32年間毎月一回病院に足を運び、吸入薬を吸引していた。そこで、もう体の方も安定していたので試しに薬を止めたらどうなるだろうと、去年の4月以来病院通いを止めて吸入薬を止めてみた。

 だが、約半年ほどの昨年暮れ辺りから、夜、寝ている際に息苦しくなって夜中に起きるようになり、山歩きでも無理すると息苦しくなった。やはり、吸入薬のお陰で今まで過ごせた…を実感し、自己判断で9か月も無断休院して敷居が高かったが病院を訪れた。

 10か月ぶりという事でレントゲン検査、心電図、諸々の検査の結果、主治医の先生に言われた一言はきつかった…「貴方の身体は貴方が思ってるよりもへたっているんですよ…!《で、二週間後に経過を見てみましょう…になった。

 然しね、お医者さんの仰ることだけ聞いてたら俺らは死んだも同然だ…!一週間ほど自重して家で読書三昧だったが、やはり、面白くない。ネットで山のライブカメラ見ると、牧ノ戸駐車場は3日前辺りから積雪して白くなっている…。あ~情けない雪が降ったのに自宅待機とは!

 今日は、少しお薬のせいかもしれないが調子が良かったので、難所滝の大ツララの探索に出かけることにし、12時ごろからサブザック一つの軽装で河原谷を登って難所滝へ向かった。歩き始めて10分もすると汗がにじみ始めた。発作が出ないように徐行運転で登って行ったが、身体の方は大丈夫で足取りもまーまーだった。

 小ツララの前に来て見上げるとツララ無し…。という事は、大ツララも下がっていないという事だ。大ツララの岩場の前に丁度12時ごろ着いたが、ツララの赤ちゃんも出来ていなかった。岩壁を伝い落ちる水が陽光に光ってツララの代役をしてくれた。

 日の当たる場所に移動し、昼飯代わりのクッキーをかじり、岩を流れ落ちる冷たい水で流し込んだ。仏頂山まで…と、思ったが病み上がりの身体に気を使い、そのまま往路を降って行った。心配した呼吸の乱れも無く車を留めた林道わきに着いて一安心…。暫くは、身体の調子を見ながらの山歩きになりそうだ。


 

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… 宝満山系初登り…仏頂山から三郡山へ  … (1/4)

… 山歩きの守り神様「仏頂山頂の石仏様《に今年一年の安全祈願 …


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1月4日  快晴

昭和の森(10:15)⇒ 宇美新道入口(10:42)⇒ 仏頂山(12:58~)⇒ 展望岩(12:03~昼食~:28) ⇒ 三郡山(14:08~18) ⇒ 欅谷Bコース ⇒ 昭和の森(16:27)


 正月三が日は家族(子供、孫)達や駅伝テレビ観戦であっと言う間に過ぎてしまった。それにしても今年の正月のお天気の良いことはどうだろう…!例年なら冬山遭難事故が何件も報道されるが今年はまだ聞かない。連日、穏やかなお日和続きで良すぎて後が怖いようだ。

 今年の初登りは勿論、私の山歩きの守り神様「仏頂山頂の石像様《に年始詣りである。10時ごろ家を出て昭和の森に着くと上下の駐車場は20台近くマイカーが駐車していた。今年も又、この駐車場を利用させていただくことが多いと思うが、此処を起点にすると宝満山系のピークをその日の気分で自由に組み合わせることが出来るので有難い。然も、自宅から10kmと至近距離と云うのが何よりも魅力だ。

 今日の仏頂山詣りには、宇美新道からウサギ道を経て登ることにし、草ヶ谷貯水池から一旦キャンプ場へ下って行くと、正月の休みを利用したキャンパーさん達のテントが何張りも張られていた。河原谷への林道を10分ほど登ると右手の椊林の木の幹に「宇美新道登山口《の表示板が括り付けてある。右折すると直ぐに沢に行き当たり、河川敷に降りて対岸に亘り返し、落ち葉に埋まった林道を登って行くと行き止まりで右に小さな池がある。

 林道の終点から小さな流れ込みを何度もわたり返して行くのだが、この登山道は利用者が少なく山道に小枝類が張り出している。ので、持参の剪定ハサミではみ出している小枝類を切り払いながら登って行った。この時期だと剪定も楽だが、夏場になるととても一人では手に負えなくなる。沢区間の剪定を終わり、支尾根に取りついてすぐに後ろからご夫婦登山者さんが追いついて来られた。剪定箇所(沢区間)を過ぎた所だったので、お二方の後を追って登って行くことになった。

 挨拶を交わして驚いた…!何とご夫婦二人とも丑年だとの事。こんなマイナーなコースを偶然とは云え、三人の丑年が連れたって登っているなんて…是も、山の神様のご配慮だと感謝した。初対面だったが、丑年がそんな垣根を取り払いお喋りしながら、きつい坂道を登って行った。奥さんは60歳、旦那は63歳から山歩きを始められたとかでキャリアは10年チョイだったが、遅く始められただけあって今が一番山にはまってある印象を受けた。

 また、旦那さんはマラソンにも挑戦中だとかで(山登りの為に)、私もかってはランニングに熱中していたので、尚さら話に花が咲いた。胸には重い一眼レフを括り付けておられたが、多分、あっちこっちの山々の記念のショットが切り撮られていることだろう…。お二人の後ろから連いて行ったが、小柄な奥さんも足取りは確かで旦那さんの後から、話をしながらニコニコ笑顔で歩いておられた。

 北海道の山がお気に入りのようで、羊蹄山には二度も登られたそうで利尻山もきつかったが羊蹄山も登り応えがありました…と、お二人でその思い出を語っておられたが、今年は?と伺うと「木曽駒《に行こうかな…?だった。夫唱婦随の二人三脚の山歩き…どうぞ、全国津々浦々の山々に足跡を刻み思い出を沢山作って下さい。

 縦走路に出てお二人と別れ、私は仏頂山頂に向かった。山頂の、祠の上の藪椿の花が満開で石像様も嬉しそうだった。そのにこやかな笑みの石像様に今年一年の山行の安全を祈願した。気のせいかもしれないが「任しときナイ…《と、お声が聞こえたようだった。

 山頂から縦走路を100m程行った東側の「私のお気に入り展望台《に立ち寄って遅めのランチタイム…。この岩場からのご来迎はバッチリだと思うが、まだ実行していない。来年の事を云うと鬼が笑うかもしれないが、来年は俺らの干支「丑年《なのでお天気が良ければ実現したい。そんな事を思いながら岩の上に座って、正月とは思えぬ穏やかな四周の景色を眺めながら、コーヒーとクッキーの細やかなランチを頂いた。

 残念ながら久住方面はかすみに隠れて見えなかったが、古処三山や英彦山~犬が岳の山々はくっきり見えていたが由布岳は見えなかった。下山後に、息子のブログを見ると、息子は早朝から由布岳に登っていたらしく、奇麗な久住連山や祖母傾山の写真を載せていた。コーヒーを飲み終えて縦走路に戻り三郡山へ出発…新春の穏やかな佇まいを見せる縦走路を踏みしめ、頭巾山サイトから三郡山へ上り返し、無風快晴の霜柱の溶けた三郡山頂に着いた。

 三郡山頂からの眺めも抜群!筑豊方面の景色が一望のもとで、福智山々系の山々が南に伸びて英彦山々系へ連なっているように見えた。そんな山々を眺めながら考えた…。今年の誕生日には満83歳になるが、高齢者による交通事故が増えているのを思うと、「免許証返上《を真剣に考えざるを得ない。自分自身ではまだバリバリ運転できると思っているが、それは誰でもそうであると思う。この問題は実に悩ましい!

 然し、免許証返上返上すれば途端に山への足が無くなるという現実である。過疎化で公共交通手段が少なくなったり消え失せたりで、マイカーでは簡単に登れた山もそうはいかなくなる。という事は、今、山頂から眺めている山々へもそう簡単にチョイチョイ登れなくなるという事だ。山へは登りたいが現実はそれを許してくれない。まだまだ、あっちこっちのお山に登りたいのだがなー。

 10分ほど山頂で過ごして下山の途に就いたが、山頂に取りつく付近がえぐれて登りにくくなっていたので、北側の灌木を切り払って迂回路を作ることにした。20分ほどで迂回通路が出来上がったが、スコップが無かったので次回に持参してステップを刻んで上り下りしやすくしたい。作業を終えて縦走路を下り、通行禁止のロープが張ってある入り口から欅谷Bコースに自己責任で這入った。

 私的にはこのコースは通行止めにする程に危険なコースではないと思っている。此処が危険コースというなれば此処以上にヤバイ登山道はいっぱいある。昨年一昨年の集中豪雨禍で谷上部の崩壊で、崩れ残った土砂や岩の落下が心配だが現在は安定している。今後どう変化していくかは上明だが、大雨や降雨時は避けるなど自己判断して利用しても良いと思う。何処が危ない此処が危ない…と、通行禁止にしていれば殆どの山道は歩けなくなる。何度も言うが、自然の中には数知れずの「危ない《がいっぱいあるのだから、各人の自己責任で対処するしか無い。

 そんな通行禁止になっている欅谷Bコースの道…。人が歩かなくなると道は自然に荒れて何時の間にかに道は消滅してしまう。此のBコースも一部分の危険個所の為に消えてしまうのが残念なので、私は自己責任でこのコースを守って行きたい。で、剪定鋏で山道に進出してきた木の枝やヤブなどを切り払いしながら下って行った。欅谷A・Bコース分岐点入り口に着く頃は薄暗くなり、時計を見ると16時過ぎになっていた。林道に出て夕日を追いながら小走りに下って行った。

 昭和の森の園地には、無数のテントが張られ夕食準備の人たちの姿が見られた。昨年から園地の炊飯場付近が工事中で何事だろうと思っていたら、足場の中に三角形の建物が姿を見せており、山小屋かなと思ったら「トイレ建設中《の看板で、思わずエット…と思った。欅谷Bコースの件については関係向きに問い合わせてすっきりしたいと思っている。さー今年も加齢と闘いながら「私の山登り《を愉しんで行くバイ!


 

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