HOME山紀行館
山の花宝満山系
背振山系四国遍路
追憶の山リンク
掲示板写真館 エトセトラ

〜福岡近郊の登山者数NO1の宝満山系へようこそ!〜

宝満山々系 『'16年度』

宝満山々系の概略図


 

このページは ・・・に更新しました。

… 今年納めの三郡縦走往復(宝満⇔若杉)7時間+キャンプセンター手伝い …(12/18)

… 初冬の透明度の高い空気に久住連山・雲仙岳は勿論、英彦山の右奥には由布岳の姿も見えました … (三郡山頂より)


昭和の森(7:12) ⇒(内ヶ畑道)前砥石山(8:33~) ⇒ 砥石山(8:49) ⇒ 鬼岩谷山 (9:05) ⇒ しょうけ越(9:26)⇒ 若杉鼻(9:56~10:05) ⇒

しょうけ越 (10:28) ⇒ 鬼岩谷山(10:59) ⇒ 砥石山(11:14) ⇒ 前砥石山 (11:26) ⇒ 三郡山 (12:23~28) ⇒ 佛頂山(13:13~) ⇒ キャンプセン−(13:25~手伝い~14:32) ⇒ (ウサギ道) 昭和の森(15:35)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


12月18日 快 晴

 九州各地の高い山に初冠雪の便り…春夏秋冬それぞれに山は装いを変えて山歩き人を誘う。花咲き乱れる春の山、入道雲湧き立つ夏の山、紅葉に全山彩られる秋の山…そして、白銀輝く冬の山…。

四季それぞれに山の持つ魅力は優劣はつけがたい…が、私は、冬の山が厳しいが故に一番こころを捉えられる…。その冬山の季節に私の旧い山友がそっと彼岸の国は旅立ってしまった。

 昨日、会友が寄り集まって細やかな「ジェリーをしのぶ会」を開催し、しばし彼の思い出話に花を咲かせたが、会一番の盛り立て役だった彼の不在に改めて彼の存在感を感じさせられた…。

 百瀬信太郎さんの「山を思えば人恋し…人を想えば山恋し」の言葉が、是から何かある毎に思い返され、ジェリーと登った山旅が思い返されることだろう…。坊がずる讃歌・山の友・新人哀歌・惜別の歌・穂高よさらば・等々、ジェリー君の大好きだった山の歌を皆で歌って御霊の安かれを祈った。

 月初めから牛頸山の「登り窯跡」の試掘作業(短期)が始まった…。ので、土日しか山に這入れないので12月になって山行き回数がダウンしてしまった。今日も(20日)、仲間たち10名で小雨の中、スコップで山の斜面にトレンチ掘りに汗したが、中々、窯跡の黒い灰ガラに行き当たらない。

 昨日は、天神で旧友たちと家族同伴で忘年会…んな訳で、HPの更新が滞こってしまった。

 土曜日は絶好の冬晴れ山行き日和だったが、ジェリー君のしのぶ会と重なってしまい、やっと日曜日の18日に時間が出来て山に行くことが出来たので、新雪のくじゅうか、英彦山あたりへ行ってみようか…と迷ったが、往復の時間を考え、近場で今年納めの三郡縦走をする事にした。

 昭和の森の駐車場に7時過ぎに着いたが既にマイカーが6〜7台も停まっていたので驚いた。準備を終えて駐車場を横切りながら車を見ると、どの車も夜露に濡れており野営場にテン泊中の車だった事が判った。

 内ヶ畑コースを約一時間で登りきって縦走路に出た。常緑樹の暗い中から稜線に出ると空が開けて一気に明るくなり、朝の斜光線が霜の降りた落ち葉道をスポットライトのように照らしだしていた。

 気温は2~3℃程だろうが無風状態だったので、登り斜面でかいた汗も冷たさを感じなかった。荷物は軽いし気温も低いので足取りが軽くなり、8時半過ぎに真っ白な霜に覆われた前砥石山頂についた…。

 振り返ると、脊振山系の後方に雲仙岳が雲海の上に黒々と雄姿を見せていた。前砥石山頂は東半分が樹林のせいで視界が利かないが、この分だと、今日は今月初めの雷山縦走時のように、空気の透明度の高い高視界の日かも知れないと帰路時の三郡山が愉しみになった。

 前砥石山を出ようとする時に、篠栗からのトレラン青年と離合した…。この霜の朝と云うのにショートパンツに半袖シャツ!でも額には、ほんのり汗が滲んでいた。訊くと、宝満山折り返しだとの事だったので、お互いにリターン後、何処かで会いますね…と、お別れした。

 一旦、鞍部へ下って登り返し砥石山通過…下り坂は小走り状態であっという間に鬼岩谷山。三角点のピークには三人連れの青年トレランナ−が行動食を取っておられた。この三郡山系はトレイルランナーさんたちの道場みたいなものらしく、今日も登山者よりもランナーたちとの離合が多かった。

 しょうけ越しの陸橋まで一気に駆け下り若杉山への登り返し…。此処まで水も飴玉も一切口にしなかったが、朝食時にキナコ餅を4個食べたので腹持ちが良く何も欲しくなかった。若杉鼻の展望岩付近で、若い男女8人からなるトレラン者と離合したが、こっちは最後のきつい登り坂を上っているのに、待ってはくれずに駆け去って行った…。ランナーにとって登山者はふうたんぬるいのだろうか?

 若杉鼻の岩の上に立って来し方を顧ると、しょうけ越しからせり上がる砥石山〜三郡山〜宝満山へと続く山体が南北に弧を描いて伸び、糟屋郡の街並みの向こうには四王寺山塊が盛り上がり、その彼方は我が住む大野城市も指呼の間で、視界の良い今日は脊振山系のパノラマも西から東まで一望の下だった。

 岩場の上で今日初めての小休止…。昭和の森から約2時間45分のナイスペースだった…。大ぶりの蜜柑を頂いたがその甘酸っぱい果什はたちどころに帰路のエネルギー源になったようだ。

 岩場から急坂を下ってしょうけ越しに向かったが、此処でも宝満から来たというトレラン者たちと行き交った。天気のせいか体調が良かったのかあっという間にしょうけ越し…。陸橋を渡って鬼岩谷山への登り返しも難なくクリアーし、三角点を横目に砥石山から霜解けの前砥石山へ戻って来た。

 前砥石から三郡までは小さなアップダウンを繰り返しながら高度を上げ、三郡山頂に12時20分ごろ着いたが、お昼時で30人ばかりの登山者さんが思い思いの場所に座ってランチタイム中だった。

 山頂からの眺望は予想してた通りで、山の字の英彦山は目前にあり、英彦山と古処三山の馬見山の間に孤立峰の三角形の由布岳が小さく見えていた…。久住連山は山体も大きいので山座同定も見えてれば直ぐにそれと判るが、由布岳の姿は予めこの方向に見えるという予備知識がないと見つけにくい。

 三角点の立つ石の上から皆さんに「今日は普段見える事が少ない由布岳が見えていますよ…!」と知らせると、殆どの人が「何処…何処」と集まって来られた。サービス序でに、見えている目ぼしい山々の山座同定をさせて貰った。

 三郡縦走納めの今日、山の神様がこんな素敵なプレゼントをして頂いたようで、こころほのぼのしながら皆さんに別れ宝満山へ向かった。勿論、佛頂山の祠様に一年のお礼を申し上げた事は言うまでも無い。

 キャンプセンター手前の水場で喉を潤し顔を洗ってセンター広場に行くと、柔らかな陽射しの中に大勢の登山者の姿が見られた…。若杉山から3時間20分だった…79歳にしてはナイスペースかも…。

 小屋の入り口で当番で上がっていたN田氏とバッタリ…。彼は何やら作業中だったようで、ロープにループ結び作っていた…。訊くと「山頂直下の馬蹄岩付近が雨で濡れたり、凍ったりするとヤバいので取り付けに行こう思ってたところです」だった。

 美味しいドリップコーヒーを飲ませて頂いたので、無銭飲食でズラカルのはあまりだろうとお手伝いする事にし、ザックを小屋に置いて空身で山頂神社を降りて直ぐのところの馬蹄岩に向かい、新旧2本のロープを繋ぎ合わせて鎖に括り付け一件落着…約30分で作業終了。

 登山者の姿もだいぶ減ったキャンプセンターに戻り、N田氏に別れてウサギ道から下山の途に就いた…。納めの三郡縦走だったが、また来年も、この三郡道場で心身を鍛えてあっちこっちの山歩きの土台にしたいものだ。

ページTOPへ


… 晩秋の宝満山系…ウサギ道から佛頂山〜三郡山〜内畑コースを下山 …(11/24)

… 内ヶ畑コース下山中に樹林の隙間から見えた頭巾山 …


昭和の森(10:02) ⇒(ウサギ道)佛頂山(11:15) ⇒ 三郡山(11:55~12:23) ⇒ 欅谷Aコース手前の展望岩 (12:48~昼食~13:03) ⇒ 内ヶ畑コース入口(13:07)⇒ 昭和の森(13:43)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


11月24日 晴れ

 此のところ、2〜3日毎に天気が目まぐるしく変わり次第に寒くなって来た。今季最大の寒気が日本列島に南下し関東地方に初雪をもたらしたそうだが、それは実に、54年振りの早さだったそうで、積雪の記録は気象台観測以来の記録だとか…!暖冬傾向に慣れた住民の皆さんはさぞかし戸惑われた事だろう。

 週末は、また雨の予報なので動ける日を見逃すと身体が鈍ってしまう…。と云う事で近場の宝満山系に出かける事にした。自宅から登山口の昭和の森公園までは距離にして10km弱で、車だと20分ほどで行けるが平日のラッシュ時間には倍近くかかってしまうので、それを避けるには早く行くか遅く行くしかない。

 と云う事で、9時半ごろ自宅を出発し昭和の森に10時前に到着…。昨日の季節風と雨で公園の木々の葉も散ってしまい秋の終わりを告げていた。雨上がりの清々しい山道は色とりどりの落ち葉の絨毯道で、登るに連れてその葉っぱの形や色模様が変わって行くのが面白く、樹相の違いを知ることが出来た。

 30分ほど登った難所滝分岐点から、少しウサギ道に這入った付近の小さな滝場で本日の飲料水をボトルに汲んだ。夏場は2リッター程あっても足りないが、この時期になると0,5リッターあれば充分で、あとは昼のカップ麺と珈琲用に1リッターもあれば足りる。

 ウサギ道という名前は、何時ごろからそう呼ばれているのか経緯は知らないが、多分、宝満山の修験者たちが修行する際につけられた名前ではないだろうか?正面登山道方面には、男道・女道・行者道・羅漢道・・・等々呼ばれる道があるので、その時代から「ウサギ道」呼ばれていたのかも知れない。竈神社に尋ねて見よう。

 気温は5℃以下だと思うがウサギ道を登り終え、佛頂山頂についた時は汗びっしょりになっていた。祠の上の山茶花の花が咲き始めていたので一輪手折り、榊の供えられていた花瓶に挿しこんだ。「また来ますネ…」と石仏様にご挨拶をして縦走路を三郡山方面へむかった。

 途中の「私のお気に入りの展望岩」に立ち寄って樅の木の枝の下から景色を窺ったが、久住方面は見えず一昨日登った古処三山や筑後平野が広がりを見せていた。

 小さなアップダウンの縦走路をいいペースで歩いていたにも拘わらず、佛頂山への登りでかいた汗もすっかり引っ込んでしまい山の寒気を知らされた。頭巾山サイドを抜け三郡山頂に12時チョイ前に着き、山頂標識につけてある寒暖計を覗くと4℃しかなかった…汗が出なかった筈だ。

 三角点の埋めてある岩の上から四方の景色を眺めていると中年の男性登山者がやって来られた…。若杉山から来ました…と、語られた彼と岩の横で寒風を避けながらしばらくおはなしした…。何と富士山麓に住んでおられるそうで、向うにいるときは、しょっちゅう黒戸尾根から甲斐駒〜北岳に登っていました…で、今は、単身赴任でこちらにお世話になっています…と、語られた。

 そんな話の中で、富士山頂のレーダードームから三郡山頂のレーダードームの話になったが「実は私は此処の山頂レーダーに関わりのある航空管制業務についており、雁ノ巣の地上施設で航空機などの航路鑑識などに携わっています…」で、日本各地のこういった施設に転勤を繰り返しています…と、笑いながら語られ、高校、大学と山岳部に籍を置いてたので転勤ごとにその地の山へ登っております…だった。

 キャップを見ると富士登山競争の刺繍が文字があったので「若しかすると貴方は富士登山競争に参加したのですか?私も、子供が小さい頃、西湖々畔にテントを張って富士山頂レースにトライしましたので…」と訊くと「いやー是はおふくろから貰った物です…」で、そのお袋さんはS9年生まれで、今でも走られているとかでスーパーウーメンだ!私も79歳いぐらいで威張ってはいられない。上には上があるもんだ!

 寒い山頂で珈琲などを飲みながら20分以上も話に花が咲いてしまった。宝満から大宰府に下って帰られるという彼とお別れし、山頂を後にして縦走路を北へ向かい、欅谷Aコース入口の直ぐ手前にある岩場の上が風が当たらず、暖かい陽だまりになっていたので岩の上に座って持参した握り飯を戴いた。

 昼食を終え、欅谷Aコース分岐を見送って内ヶ畑コース入口から下山の途に就いた。欅谷A・Bコースとも林道歩きが長いが、この内ヶ畑コースは山道を辿って直接、昭和の森公園に出るので利用する人が増えたようで、踏み跡道がはっきりしてきた。途中に一箇所、南側の樹林の木間から頭巾山が見える場所があるが、此処から見る頭巾山は三角錐に見え、その姿は凛々しい。

ページTOPへ


… 欅谷の紅葉を眺め登って、三郡山から落ち葉の絨毯の縦走路を辿って佛頂山へ …(11/11)

… 三郡山頂は気温9℃吹き抜ける北風が冷たかった …(写真は少し鹿の子模様を見せる佛頂山)…


昭和の森(10:15) ⇒(欅谷Bコース)縦走路(11:27) ⇒ 三郡山(11:35~38) ⇒ お気に入り岩 (12:17~昼食~45) ⇒ 佛頂山(12:50)⇒ 昭和の森(13:45)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


11月11日 晴れ

 昨日で満79歳を迎えた…。時々は発掘作業にも顔を出して汗を流したが、この一年は良く山に登らせて頂いた…。来年の今頃はどうなっている事やらわからないが、コツコツ地元の山を登りながら体力と気力を温存し、取り敢えず来年の目標は、2月の伯耆大山幕営山行と、期日は不明だが南アルプスの荒川三山入山を目標にしたい。

 で、79歳一日目の山歩きは、欅谷の紅葉を眺めながら三郡山に登って佛頂山へ周る事にした。昭和の森付近の紅葉もだいぶ色づき落葉した木も多くなっていた。歩き始めは薄手のシャツだけでは寒いようだったが、舗装林道を10分も歩くと背中は暖かくなってきた。

 昨日の雨で水量の増えた谷の水音を聞きながら30分ほど歩くと、欅谷A・Bコースの分岐で、橋を左手に渡った林道終点がAコース登山口になる。Bコースは舗装林道から別れて右手の植林の中の木の階段道を登り、一旦コンクリート道に出て20mほど下側から山道に這入る。

 植林の中の道を少し登ると欅谷沿いの道になり、三郡山直下まで沢水の音を聞きながら登って行く。標高700mを過ぎると谷間の広葉樹が黄色や橙色の柔らかな色を見せ始め、山の秋が深まりつつあるのを実感する。そんな広葉樹の色づいた谷間の道を登って、ロープの張ってある源流部の水の流れる岩床の上を渉る。

 此処から沢筋と別れて左手の尾根につけられた急勾配の道に這入り、植林帯につけられたジグザグの木の階段道を登り上がると三郡縦走路で、右折して尾根道を10分ほどでレーダードームやアンテナ群の林立する三郡山頂で、英彦山方面や筑後平野方面のの好展望台である。

 山頂標識につけられた寒暖計を見ると9℃で、吹き付ける北西の風が冷たかった。先日の八方ヶ岳でもそうだったが、今日も空は晴れているが遠方の景色はぼやけ、英彦山や犬ヶ岳の姿も霞んでいた。頭巾山から佛頂山へ続く山体が少し赤く染まり始めていたが、常緑樹の緑の色に負けていたようだ。

 汗で濡れた背中が冷たくなってきたので早々に山頂を後にして宝満山への縦走路に這入った。天の泉の水場付近から縦走路は色とりどりの落ち葉の絨毯で、黄色の三つ手みたいなシロモジの落葉や、橙色の大きな葉っぱ等が場所が変わる毎に、夫々の葉っぱを道に敷き詰めていた…。

 難所滝分岐の峠前にある展望岩の横で、鮮やかな紅葉が目についたので寄り道し岩の上に上がって眺めさせて貰った。紅葉の後方には三郡山のレーダーなどが見えていた。岩場から一旦難所滝分岐へ下り、登り返して長崎鼻を通過すると直ぐに、私のお気に入りの展望岩場でいつ来ても貸切である。

 岩場についてザックを下ろして昼食タイム…。岩場の上を這った蔦かづらが橙色に紅葉し、ドウダンツツジの葉っぱもいい具合に朱くなっていた。周辺の樅の木などの背が伸びて段々視界が狭くなったのが残念だが、目前の大根地山や古処三山を独り占めできる静かな場所は私の特等席である。

 汗で濡れた背中が寒かったのでヤッケを羽織ってお握りを頂いたが、この時期になると、暖かいお茶やカップ麺が欲しくなる季節になって来る…。で、今日はテルモスに熱湯を入れて持参し熱いお茶を飲んだが、是からテルモスかコンロは必帯品になる。30分ほど貸し切り岩場でのんびり過ごして佛頂山へ向かった。

 2〜3分で私の守り神様の仏頂山頂の祠の前に出る。時々は、何方か知らぬが石仏様のお顔などを拭って頂いているのか、今日の石仏さんのお顔はとても綺麗に見えた。山頂からウサギ道に這入り下って行ったが、木間越しに見える難所滝方面の斜面に日が射し、鹿の子模様が浮き上がって見えていた。

 誰一人出会わないウサギ道を兎のようにピョンピョン下って難所滝道と合流し、スローダウンしながら草ヶ谷貯水池へ帰着し、堰堤の上から秋の衣を纏い始めた宝満山系の山に別れを告げた…。

ページTOPへ


… 8日ぶりの山歩き、良い汗をたっぷりかきました…(10/2)

… 縦走路の傍らに咲いていたキバナアキギリの花 … 


昭和の森(9:52) ⇒(内ヶ畑登山道入口付近の草刈り)縦走路(11:38) ⇒ 三郡山(12:21~昼食~12:56) ⇒ 頭巾山(13:20) ⇒ 昭和の森(14:25)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


10月2日 晴れ

 次々にやって来る台風の影響で山歩きも儘ならずヤキモキしていた。80歳まであと一年一ケ月の私にとって、日一日、老化現象と対峙している8日間のブランクは大きいい…。

 晴天予報だったので今日は何としてでも登るつもりで、7時ごろ自宅から三郡山系を見ると三郡山はおろか、直近の四王寺山さえ白い雲のベールの中で出足を掬われてしまい、家を出たのは9時半過ぎだった。

 昭和の森の駐車場に着くと20台以上のマイカーが駐っており、皆さんも私と同じように、この束の間の雨のやみ間にそれっとばかりに出かけて来られたのだ。10時前に園地を出て内ヶ畑コースから山道に這入った。

 この入口から200mほどの区間が、萱やシダ類が山道を狭くしていたので持参の鉈ガマで刈り払い作業開始…30分ほどかかって何とか作業終了した。この作業で汗まみれになってしまった…。

 作業でエネルギーを消費したせいもあったろうが、前夜、二時過ぎまで読書していたことも重なり、稜線に出るまでの登り坂で何度も立ち休みして息を整えなければならず、8日間のブランクのつけを思い知らされた…。

 やっとの思いで稜線の縦走路に出て、当初は、若杉山まで往復しようと思っていたが、この体調を考えて思い直し三郡山へ方向転換した。緩やかな縦走路に這入って少し体調回復…気分も良くなった。

 欅谷Aコース分岐付近には秋の草花たちが咲いていた。キバナアキギリ・アキノキリンソウ・ツリフネソウ…等々が草叢に咲いていたが、この可憐な草花たちも何処にでも咲いている訳でなく、標高や地質…etcなど諸々の条件下に咲いているのだ。

 可憐な秋の草花たちを眺めながら縦走路を歩いて行くと、何組かの縦走者と行き違ったが、日曜日にしては少なかった。三郡山頂に着く頃には薄くかかっていたガスも消え、真っ青な空が広がりススキの穂が風になびいていた。

 南方海上を北上中の台風18号の影響で大気の状態が不安定になっているらしく、上空は夏の空を思わせる青空が広がっていたが、周辺の山の姿は白く輝く雲海の下に隠れ積乱雲がモクモクと立ち上がっていた。

 何時もの日曜日なら、お昼時頃は登山者で賑わうのに、この不安定のお天気のせいだろうが誰一人居ない山頂の木陰の下でランチタイム…。ノンビリと30分ほど山頂で過ごし天の泉に向かった。

 連日の雨でジャンジャン出ているだろうと水場に降りると、取水部付近が詰まっているらしくチョロチョロと樋から出ていた。3リッター満タンするのに5分ほどかかったが、やはり湧水は美味しく冷たい。

 頭巾山々頂の寒暖計を見ると21℃だったが、今日は下界は夏日の30℃オーバーらしい。その夏日の昭和の森に降りて来ると家族連れが水遊びしたり、バーベーキューを愉しんでおられた。久し振りの山歩き…タップリいい汗をかかせて貰いました。

 山友の、U-bahnグループのNさん達が白馬岳へ月末に這入られたが、何と大雪渓がクレバス多数発生で通行禁止だったそうで八方尾根経由に変更されたそうだが、そう遠くない時期に大雪渓は消滅してしまうのではないだろうか?恐るべし地球温暖化!座して待つほかはないのか?


ページTOPへ

… 宝満山系の(頭巾山〜欅谷Bコース)手入れに…(9/21)

… 三郡山頂より筑後平野方面… 


昭和の森(10:10) ⇒ 頭巾山(11:20) ⇒ 三郡山(11:40~昼食~12:15) ⇒ 欅谷Bコースの草刈り ⇒ 昭和の森(14:55)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


9月21日 晴れ

 台風16号が去って一安心…。季刊誌「のぼろ」に紹介されていた天山の秋の花たち(トリカブト等の)観賞も念頭にあったが、先日、三郡山からの欅谷Bコースを下った際、沢の源頭部付近の足場の悪い箇所が草ぼうぼうだったので、天山は又の機会にし昭和の森へ向かった。

 10時過ぎに駐車場を後にし、バンガローの中を登って行く林道には、台風16号の置き土産の枯れ枝や木の葉が路面に散乱していた。頭巾山登山口から山道に這入るとドングリの実が小枝ごとに散らばっており、下界では感じなかった風の強さを目の当たりにした。

 宇美町の発掘調査が済んだ正楽寺跡を横目に登って行く山道には、大小無数の木の枝などがあり邪魔の物は取り除いて行った。この、頭巾山コースは山頂から西に伸びる尾根道の直登で、途中、展望も利かない殆どが自然林の中で、少しきついが私は好きなコースである。

 五合目付近で先行の親子連れ登山者に追いついた。傍らに避けて道を譲られた二人に礼を言ってお先させて貰った。ロープなどの張ってある急坂を過ぎ、小さな岩場を過ぎると間もなく頭巾山山頂で、山頂の寒暖計を見ると14℃で、汗ばんだ身体に風が当たると寒さを覚えた…。山はもう秋だ!

 小休止し山頂から縦走路に出て三郡山へ向かった。縦走路の途中ブナの朽木を見ると、大小無数のキノコが花が咲いたようについていた。天の泉の水場も台風のお蔭で勢いよく山水が迸り出ていた。三郡山頂はススキが風になびき、秋の裏淋しい雰囲気で、台風一過後の眺望を期待してたが、まだ台風を取り巻く周囲の低い雲が残って英彦山も見えず、筑後平野方面の彼方に辛うじて有明海の輪郭が見えるだけだった。

 少し早かったが、欅谷での草刈り作業に備え昼飯にした。お握りをパクつきながら上空を仰ぐと、名スケーターのようにアマツバメがスイスイと宙を舞い、観衆のススキの穂波が風に揺れてエールを送っている様だった。30分ほど無人の山頂でリラックスしながら、台風と共に南アルプスへ出掛けたN田氏の事を思った。

 ランチタイム終了し、山頂を後に欅谷へ向かった。縦走路から植林の中の階段道を下り降りると沢の源頭部で、夏草が生い茂って道を覆い隠している。夏草だけなら何も考えずに名刀「鉈ガマ」君を振り回し切り払って行けばいいが、付近は、「オオマルバノテンニンソウの花」が群生しているので、そうはいかず注意しながらで時間を喰った。

 シソの葉っぱ(シソ科だそうだ)に似た葉っぱだけ見ると雑草のように見えるが、この時期になると薄紅色のひょろ長い花を咲かせる。テンニンソウの名前はその姿が、薄紅の羽衣を纏っているように見えるからだろうが、花だけ見ると確かに優雅な感じがするが、虫食いの多い葉っぱのせいでその印象を悪くしている。因みに花言葉は「善良な家風」だそうだ。

 オオマルバノテンニンソウの花を切らないように、急こう配の道の両側の夏草を刈っていると、その中に私の好きな花「ジイソブちゃん」の姿発見!間一髪でセーフ!危うく切り払ってしまう所だった。藪を分けて覗くと蔓を雑草に絡ませ釣鐘状の可愛らしい姿を見せて呉れた。「オイもう少し存在を教えて呉れよ…危うく切り払ってしまうとこだったよ」花に向かって一人ごちした。

 来年から此処を通るのが楽しみになった。イバラや灌木の小枝を切り払うのに時間がかかり、たった50mほどの区間の刈り取りに小一時間もかかってしまった。一枚岩の上を流れる沢を滑らないように注意しながら作業していると、頭巾山で追い越した親子連れさんが降りて来られた。

 親父さんが「ご苦労様です、お蔭で藪漕ぎせずに降りて来れました…」と労って頂いた。地元の須惠町の方で息子さんと良く三郡山系に来られているそうだった。私が作業中だったので「あとで追いつかれると思います…」と下って行かれた。岩場付近のトラバース地点の雑草を払っていると白い美しい花が咲いていた。

 小さな星形の花には独特の模様があった。ひょっとしたら「アケボノソウ」の花…と思ったがその時は確定できなかった。帰宅後、検索するとアケボノソウの花に間違いなかった。山の神様は見ておられるのだ…。草刈りで頑張ってるから…と、ご褒美に、テンニンソウ・ジイソブ・アケボノソウの美しい花たちに巡り会わせて下さったのだ。

 岩場付近の作業を終え、途中で写真を撮っておられた親子連れに追いつき、何時も山水を汲んで帰る水場で一緒になって名水を頂いた。と、其処の岩場にもアケボノソウの花が白い可愛らしい花を咲かせていた…。此方の花の方が、上の岩場の花より少し背丈も花も大きかった。

 A・Bコース合流点からブラブラと舗装された林道を下って行くと、ススキやヤマハギの花が秋の風に揺れており、水量の増えた沢の水音がザーザーと谷間から聞こえ、秋の気配の濃さをを感じた。


ページTOPへ

… 宝満山系の(ウサギ道〜佛頂山〜三郡山〜欅谷B)手入れに…(9/9)

… 三郡山頂付近の夏草切り払い終了… 


昭和の森(10:05) ⇒ ウサギ道分岐(10:51) ⇒ (ウサギ道の草刈り) 佛頂山(12:20) ⇒ 展望岩(12:25~昼食~:45) ⇒ 縦走路の草刈り ⇒ 三郡山(14:20~草刈り~14:55) ⇒ 欅谷B ⇒ 昭和の森(16:35)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


9月9日 晴れ

 さしもの猛暑も和らいで朝夕は凌ぎやすくなった。ラッシュの済んだ頃を見計らって昭和の森へ向かい、お世話になった宝満山系の山道の手入れに出かけた。

 10時過ぎに公園を出発し、草ヶ谷貯水池の堰堤に立ち寄ってお山さんに「今から登りますヨ…」と挨拶した。ニュースでは日向神ダムの貯水量が底をついた…と報じていたが、このマメ貯水池は満タンだった。

 貯水池を廻りこんで少し行った付近の草叢の中に、背の高い真っ白な花(綿の花?)が咲いていたが、純白とはこんな色を云うのだろう…と思うばかりの白さで、テッシュペーパーよりも薄い花びらが風に揺れる様は優雅だった。

 沢を渉って杉林の中あたりより、鉈鎌で登山道に伸びてきている夏草や木の小枝を切り払って行った。河原谷沿いの道に這入ると冷んやりした空気が漂い、秋が忍び寄っている気配を感じさせられた。

 ウサギ道分岐から右折し、佛頂山への道を20分ほど登ると竈神社から来た道と合流する。合流して10分ほど登った付近で山道を狭くしている小灌木の小枝や、木苺のイガイガの切り払い作業開始…。イガイガを切り払いながら思った…初夏の頃には黄色の美味しい実を食べさせてもらったな…と。

 其処から佛頂山手前までは両側の小灌木類の小枝を切り払ったり、倒木を利用し雨水を逃がす水切りを作っていったりした。スンナリ登れば80分足らずで登れる佛頂山まで120分程かかって到着し、護り神様の石像様に挨拶し「私のお気に入り展望岩場」に向かった。

 東南方が開けた岩場から樅の木越しの景色は、晴れているのだが水蒸気が多いせいか、古処山さえも霞みの中でボーっとしか見えなかった。足許の油須原射撃場から聞こえてくるポンポン…という鉄砲の音を聞きながら、コンビニお握りをパクッタ。

 長崎鼻から三郡山まではメインコースなので作業量は少なかったが、それでも、三郡山頂まで通常時間より30分ほど時間がかかった。草刈りをしていて気がついたことだが、ヤマジノホトトギスの可憐な花を至る所で見かけた。それと、縦走路ではママコナの花も目についた。

 縦走路から三郡山頂へ這入りこむ辺りから山頂までの夏草狩り(萱類)が思ったよりも時間を喰った。一つは名刀「鉈鎌くん」の刃が鈍っていたせいもあった(何時も持っている携帯砥石を車に忘れた)。

 懸命に鎌を振るっていると、山頂から降りてきた二人連れの登山者に「お疲れさまです…」と声かけられて吃驚した。そして竹籠を背負った女性が「私たちは茜スキー場から殆ど車道歩きで登って来たので、茜に下る別のコースをご存じないでしょうか…?」と尋ねられた。

 確かに車道歩きは安心だが疲れるし変化がないので面白くない。窺うと、飯塚から来られたそうで三郡はあまり詳しくないとの事だったので、「旧道もありますが何度も車道を横切る付近が判りにくいので、面白くないでしょうが来た道を引き返されるのをお薦めします…」と伝え、「次回は油須原から登れば沢伝いに登れますよ…」と教えてあげた。

 お礼を言って下りかけられた女性に、「背中の竹籠がかっこいいですね…」と云うと「ア…これですか、ワンコちゃんが歩き草臥れた時のベッドです…」で、足許に纏わりついて主人さまを見上げるお犬様(マルチーズ)がいた。

 作業がひと段落し時計を見ると15時前…。ススキとオミナエシの花に見送られ山頂を後にし、作業が終わって広くなった道を下って縦走路に戻り、欅谷Bコースから下山の途に就いた。植林の中の階段道を抜けて急こう配の坂を下り終え、沢を横断する付近までが夏草が茂っていたが、今日は時間切れで次回の宿題にした。

 この沢を横断する個所に大きな落石が頓挫し、何とかしたいが一人ではどうにもできないのが残念だ。その個所にアザミの一種だと思うが、背の高いヒョロヒョロした地味な感じのアザミの花が咲いていた。スミレの花も種類が多いがアザミも多種多様だ。

 16時半ごろ昭和の森の駐車場に戻って来ると、登山者の車の姿は一台も見当たらなかった。明後日は、息子と御前釈迦岳へ二年ぶりに登る約束で楽しみだ。


ページTOPへ

… 5年ぶりに本道寺登山口から佛頂山へ(8/25)

… 提谷(ササゲタニ)・シラハゲ尾根道分岐点の百日断食記念碑の水場 … ( 11 : 00 ~08 )


林道脇駐車地(10:15) ⇒ 登山口(10:21) ⇒ (シラハゲ道 ) 提谷分岐(10:29) ⇒ 百日断食水場(11:00~:08) ⇒ 金の水(11:41~:48) ⇒ 晋地の窟(11:55~) ⇒ 佛頂山(12:02) ⇒

私のお気に入り展望岩(12:05~昼食~:35) ⇒ 金の水(12:58~) ⇒ 百日断食(13:25~) ⇒ (提谷経由) 登山口(13:52) ⇒ 駐車地点(13:57~)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


8月25日 晴れ

 5年ぶりに本道寺登山口から佛頂山に登って来た。以前は、本道寺登山口や柚須原登山口から宝満山系の山によく登っていたが、2011年の終わりに突然、本道寺登山口の提谷コース入口に「私有地につき通行禁止」の看板が設置された。あまりにも一方的な措置の為、市当局や警察署等に出向いて問い合わせたりしたが、私有地ならどうにもならないとのお役所仕事の回答でモヤモヤし、自然と此方側からの入山が疎遠になっていた。

 その後、宝満キャンプセンターの友人などの話で、通行禁止にした当事者が作業中に突然死されたとかで、仏様には悪いが、一方的に公認化された登山道を閉鎖したりしたので宝満山の神様がお怒りになったのだ…何て思ったりした経緯があった。

 そんなイヤな思いが頭の中に纏わりついていたので、5年も本道寺登山口から足が遠のいてしまっていた。で、その後、提谷コースはどうなっているだろう…少し気がかりになっていたので、5年ぶりに足を運んだ次第だった。

 太宰府市の中心部は、天満宮や国立博物館などへの参拝者や観光客の車が多く、年中混雑し、関谷の交差点から国立博物館横を抜けるまで20分以上もかかったが、偶に利用する我々は兎も角、一帯に在住される市民の皆さんは此の交通渋滞に璧々されている事だろう。

 吉木から米の山峠への道を5分ほど行くと、黄色の点滅する交通信号機がありそこから左折し、本道寺集落の中を道を登り詰めると石積みの更地があり、その手前から左折し100mほど行くと、林道が小広くなった場所がありマイカーなら3〜4台駐車できる。この林道を3〜400m進むと猫谷新道を経て宝満山への登山口に出る。

 ブヨとアブ対策に蚊取り線香を容器に入れてザックの背にぶら下げ登山口に向かった。石垣の横を登ると以前とすっかり模様が変わってしまっており戸惑った。奥の方では山地を切り拓いて新築工事が進行中で、入口付近には石灯篭が立てられ霊園の雰囲気だった。

 登山道の表示に導かれて登ると仏像が祀られた祠があり、コンクリートで舗装された私道の堺にはロープが張られ、智昇院の標札がついた門柱が立てられており、「此処から先は民地です不法侵入者は写真に撮り所轄へ届けます…」の看板が立っていた。

 この智昇院なる施設を作るために5年前に突然登山道が閉鎖されたのか…?はたまた、作業中に亡くなった当事者の霊を弔うために建てられているのか不明だったが、警告文の文面から何となく後者の感じがした。で、以前は真っ直ぐ沢筋に這入れば小さな滝場が連続する沢沿いの提谷コースだったが、強制的にシラハゲ尾根道コースを辿るしかなかった。

 シラハゲ道に這入って8分ほど登ると左手の木の幹に「提谷(ササゲタニ)ルート」の標識が取り付けられていた。尾根道の草叢には、薄青色のヤブランやヤマホトトギスなどの花がひっそりと咲いていた。道に伸びている小枝や雑草などを切り払いながら30分ほど登ると、谷間のヒンヤリした風が漂う百日断食の碑が立つ水場で、ザックを下ろして小休止…。

 冷たい山水を頭からかぶり掌に汲んでゴクゴク飲んだ。このコースは、佛頂山頂直下まで水場に恵まれているので携帯してきた飲料水は一滴も飲まずに済んだ。水分補給終了し出発しようとしていると、提谷を登って来られた登山者がひょっこり顔を出された。

 水場の横に上がって来て挨拶後に「この水は飲んでも大丈夫ですか…?」と尋ねられた…。で、私がお応えした「身体を動かして汗をかいてる時は、毒水で無い限り大丈夫ですよ…少しはゴミなど混じっているかも知れませんが…」と云うと、飲み干したペットボトル二本を満タンにし、コップで美味しそうに飲みほしておられた。

 伺うと田川市内から来られたそうで、本道寺からのコースは初めてだったので入口が分らなず、宝満山登山口バス停に車を駐車して林道を戻って本道寺登山口に来ました…だった。私も、知らない山では登山口が見つからずに困ったことが何度でもあったので、彼の苦労が察せられた。

 今日の目的を伺うと「長崎鼻〜佛頂山〜宝満山〜猫谷新道…を廻るつもりです」だったので、「私もこの沢の上部にある、金の水から晋地の窟を経て長崎鼻方面へ行きますので良かったらご一緒しましょうか…?」で、一緒に百日断食の水場を後にした。

 1〜2分歩いた付近で彼が「貴方は足が速いですね…私はノロいので後からボチボチ登りますので先に行ってください…」だったので、天の水まで先行した。5年ぶりになる金の水の水場は全く変わりなく一安心…巨岩の隙間から流れ出る水量は日照り続きで少なかった。

 2リッター容器と1リッターボトルを満タンするのに5分ほどかかった…。そうこうしていると遅れていた田川の人も登って来られ、水場の水を美味しそうに飲んでおられた。金の水の水場から10分弱で、宝満七窟の一つの「晋地の窟」前に出た。この地は、杖術神道夢想流の発祥の地で、暗闇の屈の中には玉依り姫の石像や15体の石仏が祀られているそうだ。

 長崎鼻へ直接行くと云われる田川の人と別れ、私は佛頂山への道に這入った。キャンプセンター水場から来た道と合流し直上すると縦走路で、右折すると直ぐに私の守り神様の佛頂山で、祠の前で二人の女性登山者が休憩中だった。石像様に拝礼し、掌を合わせて山の安全をお祈りした。

 今日のランチは長崎鼻手前にある「私のお気に入り展望岩」に決めていたので直行…。樅の木の枝の下の花崗岩の上に腰をおろしてランチタイム…。東南方が開けた岩場は狭く定員は4〜5人で、視野は正面の英彦山方面から筑後平野の向うの御前釈迦岳や、視界が良い日には久住連山も見ることが出来る。

 足許には油須原の集落や正面には大根地山から砥上岳などが見え、右手の樅の木の枝の間には有明海を挟んで雲仙岳も望まれる。この場所は訪れる登山者が少なく、何時訪れても貸し切りレストランでノンビリと寛げる。願うべきは、右手の樅の木を少し剪定すれば雲仙岳の良き展望地になるのだが…。

 ランチタイム終了し「お気に入り展望岩」を後にし下山の途に就いた。佛頂山手前から左折し、落ち葉で埋まった滑り易い傾斜地を抜けると、往路に辿った道に合流する。晋地の窟から金の水の前を通過し、百日断食の碑のシラハゲ道分岐から提谷コースの道に這入った。沢伝いのコースの魅力は、何と言っても「涼味と何処でもが水場」である。

 偶には濡れた岩場に滑って水に落っこちたりするが、それも沢筋歩きの魅力で夏なればこそだ。沢筋の道は殆ど5年前と変わっておらず、アオキの木や小笹の茂り具合も変わらなかったが、途中の崖を高捲く箇所の梯子が撤去されてロープだけになっていたが、この梯子は何故外されたのだろう?疑問だった。登山口近くの私有地手前付近を避けるべき迂回路が、沢から東側の尾根筋に向かって新設されており、シラハゲ尾根道に合流していた。

 登山口の違和感の残る霊園みたいな「智昇院」の敷地の中の道を抜け、14時頃、林道脇に駐めた車のところに戻って来た。提谷コースからの宝満山は登山者も少なく、夏向きのコースだから良いのだが…入口の施設がどうも気がかりだし、5年前の嫌なイメージと重なって、残念だが余り気乗りのしないコースになってしまった。


ページTOPへ

… 残暑に負けずに山歩き…妻とイワタバコの花咲く難所滝から三郡山へ(8/17)

… 氷瀑で有名な難所滝の夏の顔…イワタバコの花が飛沫に濡れて咲いています … ( 10 : 28 )


昭和の森(9:20) ⇒ 難所滝(10:25~40) ⇒ 縦走路(11:05~) ⇒ 三郡山(11:40~昼食~12:06) ⇒ 欅谷Bコース ⇒ 昭和の森(13:25)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


8月17日 晴れ

 お盆を過ぎても猛暑の勢いが止まらない!連日の真夏日にいささかげんなりする毎日だが、季節は着実に進んでいる…。山にはススキの穂が風に揺れ、ツクツクボウシの声が聞こえ始めたから。

 今年の夏に猛暑と共に気になることがある。それは、台風の進路が8月の今頃なら赤道近くで発生した熱帯低気圧が西進しながら台風に発達し、沖縄近海から北西に進路を変えながら日本列島に接近するのだが、今年は小笠原諸島付近で発生し北上、東日本から北海道方面に向っているのが非常に気にかかる現象だ。

 久し振りに妻を誘って山歩きに出かけた。行く先は、暑さを考慮し昭和の森から谷沿いの河原谷コースを辿って難所滝に登り、縦走路に出て三郡山へ向かい、下山を欅谷Bコースの谷沿いのコースを下る「納涼コース」にした。

 だが、連日の日照りで河原谷も干上がり気味で清流の水音も弱弱しかった。妻のペースでボチボチ登ったが風が無かったので汗びっしょりになってしまったが、同じ汗でも運動をして強制的に出す汗は気持ちが良い。この汗こそが新陳代謝を促し老体に活力を生む特効薬なのだ。

 小一時間で難所滝の岩場前に出た。岩肌を伝い流れる水が壁面をしっとりと濡らし、その黒々とした岩壁のあちこちに、お目当てにしてきた薄紫色のイワタバコの花が点々と咲いていた。厳冬期には白銀の氷のカーテンを纏って登山者を迎える難所滝だが、真夏のこの時期に岩壁に花を咲かせるイワタバコは知る人ぞ知るで…ひっそりと飛沫に濡れて咲く様は優雅である。

 飛沫に濡れながら岩場を伝い落ちる冷たい水をボトルに補給し、イワタバコさんを暫く鑑賞して難所滝を後に左手の高捲き道を登り上がって縦走路に向かった。ツルシキミの緑の葉の下にはヤマホトトギスの可憐な花が顔を覗かせる縦走路に出て左折…オオルリさんの美声を聴きながら頭巾山サイドを抜けた。

 日照り続きで若しかしたら天の泉も枯れているかも…と、縦走路から覗くと、樋から名水がチョロチョロと流れ出ていた。難所滝で汲んでなかったらお邪魔するところだったが挨拶だけで通り過ぎた。

 三郡山頂はススキの穂が顔を覗かせ、黄色のオミナエシの花が咲き競っていた。お昼には少し早かったが東側の岩場に座ってランチタイムにした。眺めの方は霞みの中で古処三山さえボーとしか見えず、英彦山などは低い雲底の中で一雨来そうな気配だった。

 ススキの穂先には小型の盆とんぼが羽を休めており、ガラス玉のようなくりくり目玉に秋の気配が写っていた。オミナエシの花さんに見送られて山頂を後にし下山の途に…。縦走路を10分ほど行った付近から欅谷Bコースの道に這入った。

 植林の中の階段道を下り、欅谷源頭部の落石の転がる沢を横切って自然林の中の山道を下って行くと、左手からの小さな沢場に出る。此処の沢の水は多くはないが冷たく美味しい…。お土産に3リッターほど汲ませて貰った。

 途中で、パラパラ雨粒が降りかかったが通り雨だったのか、昭和の森公園に戻って来るとガンガン照りの夏の陽が照りつけており、一雨期待してただけに残念だった。


ページTOPへ

… 打倒 …“酷暑"!昭和の森から若杉山往復…(8/9)

… 私の体力気力の鍛錬の場である三郡山系の山並み … ( 9 : 05 )


昭和の森(5:55) ⇒ 内畑道より 縦走路(7:01) ⇒ 前砥石山(7:20~) ⇒ 砥石山(7:37~44) ⇒ 鬼岩谷山(7:59) ⇒ しょうけ越(8:26) ⇒ 若杉山太祖神社(9:12~35) ⇒

しょうけ越(10:12) ⇔ 鬼岩谷山(10:57) ⇒ 砥石山(11:16~27) ⇒ 前砥石山(11:45) ⇔ 欅谷A分岐(12:07) ⇒ A入口(12:31~45) ⇒ 昭和の森(13:21)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


8月9日 晴れ

 暦の上では立秋を迎えたが、連日の猛暑日で家にいるだけでもげんなりしてしまう。齢をとると暑さ寒さに対する感が鈍くなり、各地で高齢者の熱中症患者が出ている…と、新聞テレビなどで報じており、努めて水分補強に留意するように注意を喚起をしている。

 家で、冷房を入れリオ・オリンピックや高校野球を見て過ごす耐暑方法もあるが、そんな日々を過ごしていると忽ち後期高齢者である私などは筋肉が萎えてしまって山歩きも出来なくなってしまう。ジレンマである…休養するか?はたまた、この暑さの中に山に出かけるか…。

 発掘作業があってた頃は、炎天下に鍬やスコップなどを持って頑張ってたので体力気力は維持できたが、作業が無い今はテレッと家で過ごすと忽ちヨボヨボじいさんになってしまうのが目に見えて判る。80歳を目前にする私にとっては、最低五日に一度は山歩きで身体を動かさないと好きな登山が出来なくなってしまう。

 先日、南アルプスの仙塩尾根を歩いた際、塩見岳山頂から眺めた荒川三山や聖岳の姿に秘かに登りたい峰だな…と、こころ動かされた。この齢になってもそんな登高意欲を抱かせる山だが、果たして実現できるか否かは己自身の覚悟以外は無い…。その覚悟とは、登りたかったら飽くなきトレーニングしかない。

 そんな思いがあるから、家でテレット寝転がっている訳にはいかない。5時半ごろ自宅を出て昭和の森公園へ…。今日は、涼しい午前中に若杉山往復するつもりだった。宝満山から若杉山の三郡縦走は、私にとって体力気力を養う道場のようなもので、有難い存在だ。

 6時前に、内ヶ畑登山口から山道に這入ったが、暫くは、茂ったカヤなどの雑草などの切り払いで時間を喰った。然し、樹林帯に這入ると雑草も無くなり蜘蛛の巣を小枝で払いながらスイスイ登って行くことが出来た。丁度一時間ほどで三郡縦走路に出た…いいペースであった。

 縦走路に出ると、尾根の東側から吹き付ける朝の涼しい風が気持ち良く、スキップしながら歩いて行けそうだった。山の朝は清々しい…木漏れ日の縦走路には紫色のコバギボウシの花や、実を垂らしたナルコユリなどが出迎えてくれ、樹林の梢からはオオルリさんの軽やかなメロデイで朝を謳いあげていた。

 分岐から20分ほどで朝の光りが溢れる前砥石山…。足許には少し白い雲が漂い、四王寺山の向こうには我が街…後方には脊振山系の山が夏空の下に佇み、宝満山や三郡山は黒々とすぐ其処に姿を見えていた。一旦鞍部へ下って砥石山頂へ…樹林に覆われた山頂は視界は利かないが、夏の日照りに時期には貴重な休憩場所になる。

 ザックを下ろし石に座って熱中症予防のタブレットなどを取った。この頃は、ブヨやアブ対策に蚊取り線香を金属製の容器に入れザックに取り付けて歩いているが、小さなブヨ等にはある程度効果があるようだが、大型の血に飢えたアブは特攻機のゼロ戦みたいに、煙をかいくぐって攻撃してくる。

 砥石山から鬼岩谷山間も快適な朝の散歩道…朝起きは三文の得とかいうが、やはり夏の山は涼しい朝の間に限る。一等三角点の鬼岩谷山通過…一気にしょうけ越えの峠へ。その勢いで若杉山から伸びてきた支尾根に登り返し…小さなアップダウンをしながら若杉鼻展望岩到達…。三郡や宝満山を横目に山頂へ直行した。山頂標識にはオニヤンマが身じろぎもせずに日光浴をしていた?

 何時も此処から折り返していたが、今日は太祖神社に立ち寄りお参りしていくことにした。途中にある弘法大師様の足許には赤白黄色などの夏の花が盛りだくさんに供えられていた。立ち止まってお詣りをし、大師様の前から太祖神社に向かった。鈴をガランガランと打ち鳴らし諸々の願いことを唱えた。

 お浄め水を柄杓で汲んでオーバーヒート加減の頭にかぶり生き返った。お休みどころのベンチに腰掛け大休止…自動販売機で冷たい清涼飲料水を買い、行動食のミニアンパンを平らげて復路のエネルギー補給をした。

 9時半過ぎに復路へ…御大師様の前に3人のお遍路さんがお詣りに見えていた。此処は篠栗88箇所巡りの奥ノ院札所でもあるのだ。お遍路さんに挨拶しお別れし山頂に戻った…。何と、先ほどのオニヤンマさん居心地が良いのか、まだ標識の上でおねんねしていた。

 さーカムバック…。気温が上がり始めた尾根道をしょうけ越えに下って行った。陸橋を渡って鬼岩谷山の登り返しに這入った…。朝の間の涼しい風は何処に行ったのかソヨともしなくなり、流汗淋漓…足の運びが遅くなって行くのが実感される。途中で2回ほど岩に腰を下ろして小休止…。何とか鬼岩谷山へ登り返し、そのまま通過し砥石山へ。

 何時もは通過する山頂も、この暑い夏は絶好の日陰ポイント…。石に座って大休止、冷たいゼリー蜜柑に舌鼓をうった。暑い時は食欲が減退するが果物や甘いものは、身体が素直に受け入れて呉れる。こんなに美味しい物なら10個でも食べたいと思った。

 砥石山休憩を終え前砥石山へ…暑い陽だまりの前砥石山通過。真昼の炎暑の中だが、緑陰の縦走路は下界の灼熱地獄を思うと雲泥の差で、老いぼれじいさんを助けてくれる。内ヶ畑分岐を過ぎて少し行った欅谷Aコース分岐から下山の途に就いた。林道終点のAコース登山口の谷間で冷たい山水を2リッターを汲んで山の土産にした。

 30分ほど、林道をくだって昭和の森公園に戻って来ると、キャンプを楽しむ若者や家族連れで賑わっていた。今日は、約7時間の行動時間だったが少し疲れました…。でも、家でテレットしてても疲れるのだから、気分転換になった事は間違いないだろう。負けるな夏の暑さに!


ページTOPへ

… 南アルプス山行の無事終了のお礼と報告に佛頂山へ…(7/25)

… 草ヶ谷貯水池より佛頂山に最敬礼 … (10 : 06)


昭和の森(10:03) ⇒ ウサギ道より 佛頂山(11:05) ⇒ 頭巾山(11:37~42) ⇒ 昭和の森(12:35)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


7月25日 晴れ

 雨を覚悟の南アルプス仙塩尾根縦走だったが、佛頂山の祠のお加護で縦走中は真っ青な夏空の好天に恵まれ、仙塩尾根の長丁場を無事にクリアーすることが出来た。

 塩見岳の山頂で、相棒のI上さんと雲海の中から顔を覗かせた冨士の山を眺めながら口々に叫んだ…「この好天は、佛頂山の祠の石像さんのお蔭です…」と!毎年、日本アルプス山行の前には何度も佛頂山頂の祠にお願いしているが、霊験あらかたで好天に恵まれた素晴らしい山行きをする事が出来ている。

 で、何はともあれお礼参りに…と、昭和の森から軽装でスタコラサッサと佛頂山へ出かけて来た。途中のウサギ道分岐の上で山水を補給し、小一時間で山頂の祠の前に着いた。祠の前に膝まづき最敬礼し、お賽銭を入れて可愛らしい石像様に大きな声で、南アルプス登山の無事終了と、好天のお礼を申し述べた…。本当に何度頭を下げても下げたりない気持ちだった。

 そのまま下ろうかと思ったが頭巾山経由で帰る事にし、縦走路を小走りに行くと長崎鼻の近くに紫色のソバナの花がひっそりと咲いていた。南アルプスでは高山植物の花たちが咲き乱れていたが、こうして故郷の低山でひっそり咲いている花も魅力的だ…。

 頭巾山の石の上で小休止しながら、今回の南ア縦走が予定通りに出来たのは、567月にかけて何度も行った若杉往復の賜物だった…と、しみじみ思った。今年の日本アルプス行は終わったが、来年も登りたいなら今日からまた新たなトレーニングをしなければならない。

 山頂から頭巾尾根を駆け下って12時半ごろには昭和の森に戻りついた。次は、脊振山頂の役行者さまと弁財天様にお礼に行かねばならないし、久住山群の稲星山の旧い石仏様にも参らねばならない。


ページTOPへ

…三郡縦走ボッカ訓練、パート5 (佛頂山 ⇔ 若杉山) 往復9時間半…(7/10)

… 若杉鼻より宝満山方面…脊振山系は黒雲の中 … (12 : 34)


昭和の森(6:45) ⇒ ウサギ道より 佛頂山(8:10) ⇒ 三郡山(9:00~08) ⇒ 前砥石山(10:04~08) ⇒ 砥石山(10:25) ⇒ 鬼岩谷山(10:42) ⇒ しょうけ越(11:17) ⇒ 若杉山(11:58~12:30) ⇒

しょうけ越し(13:12) ⇒ 鬼岩谷山(14:08) ⇒ 砥石山(14:30~33) ⇒ 前砥石山(14:50~53) ⇒ 内ヶ畑分岐(15:12) ⇒ 昭和の森(16:05)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


7月10日 ガス ⇒ 曇り ⇒ ガス

 南アルプス縦走にあと一週間チョイになった…。3日に出発して黒戸尾根から、甲斐駒ヶ岳〜仙丈岳〜間ノ岳〜農鳥岳〜北岳…と、テント背負って縦走した息子たちグループは、後半の好天に恵まれて計画通りに行程を終了し、8日に帰福した。

 一時、梅雨明けしたと思わせたが、台風1号の接近から太平洋高気圧の勢力が衰えて前線が復活し、再びじめじめした梅雨空模様の気圧配置になってしまった。我々が出発する頃に空けてくれる事を祈るばかりだ。空模様はあまり芳しくなかったが、サボっていては長丁場の仙塩尾根で泣かねばならないので最後の特訓に出かけた。

 三郡縦走の最終特訓と云う事で、今日は約15kgとチョッピリ重めのザックを背にして昭和の森駐車場を後にし、恒例になっている貯水池堰堤に立ち寄った。お山に挨拶しようと思ったが山の姿はおろか、霧のベールに覆われた水面の輪郭が辛うじて見えるぐらいだった。

 此処二〜三日の雨続きで河原谷の水量も増え流れ下る沢水の音が大きかった。難所滝への道と分かれ沢の岩を渉ってウサギ道に這入った。不快指数100%のじっとりした空気は絞ったらジューッと水が出てきそうで、坂道を登って行くと全身汗まみれになってしまった。汗をかけばその分を補給しなくては脱水症になるので、ハイドロからスポーツ飲料水をチューチュー吸いながら登って行った。

 ガスの中の佛頂山頂に着き、先ず一番に祠の石像様にご挨拶…「息子達がお蔭で無事に南アルプス山行を終えることが出来ました…有り難うございました」とお礼の報告をし、「私も老骨にムチ打ち最終特訓に来ました…どうぞ、よろしく見守り下さい」とお願いした。

 前回より僅か2kg程しか重さは増えていないのだが、佛頂山まで登って来ながら今日はとても若杉山まで行けるだろうか?…と、不安な気持ちだった。佛頂山を後にし、鉛色の深い霧の中を一人黙々と三郡山を目指した。縦走路は連日の雨でぬかるんでいる個所が多く、下り斜面ではストックでバランスを取りながら通過した。

 行っても行っても濃いガスの中で気が滅入りそうになる。おまけに今日はあまり風が吹いてくれなかった…そして、小鳥さんたちの美声も聞こえず心も晴れなかった。白いガスの三郡山頂に9時ジャスト着…視界ゼロ!レーダードームの向こうに頭巾山が見え隠れしていた。

 佛頂山に登りついた時は今日は若杉山までは駄目かもしれない…と、感じていたが、三郡山まで来てみると身体の方も重荷に少し馴染んだらしく、此処まで来たなら若杉山まで是が非でも行こうと思う気が強まった。自分で思い立った仙塩尾根の長距離縦走…。己への挑戦でもあるこの山行を成し遂げるためには、此処でポシャってたら話にならない。結果は判らないが「人事を尽くし天命を待つ」の心境である。

 三郡山頂を後にし砥石山へ向かいながら思ったが、軽量ザックだと登降時はそんなに関係ないようだが、ロートル登山者になると負荷量が増えると途端に差が出る様である。それも平坦や下り道ではあまり差は無いが、長い登り坂でその差が歴然と出て来るようで、縦走路に這入ってしまえば小さなアップダウンの上下しかないので、ロートル登山者でも何とかこなせるのでは無かろうか…。

 然し、今日の天候は最悪!蒸し暑い…風が無い…。水分補給はハイドロでバッチリ取っているが、発汗作用が高湿度の為に体内に篭っている様で、疲れが溜まって行くようで何とか前砥石山へ到着した。何時もなら往路の前砥石は通過ピークだったが、石に座ってエネルギー補強し老体を労わった。

 今日は日曜日だが此処までまだ誰一人出会わなかった。こんな天気のせいだろうが珍しい事だ。小休止後、前砥石山頂を後に砥石山へ出発…二段登り返しを登り上がって砥石山頂…。山頂標識に帰りに休むからね…と告げて通過し、鬼岩谷山へ下って行った。この時間帯になって、追い越したり離合したりするトレランの人達と、しょうけ越付近まで何組も遭遇した。

 背中に豆のように小さなリュックを括りつけ、颯爽と駈けて行く彼らが羨ましかった。このトレラン者は往復している人が多く、離合した彼等とは復路の山道で離合した。滑り転ばないように鬼岩谷山からしょうけ越の峠へ下って、杉の植林の若杉山へ登り返して行った。この区間は特に山道がベチャベチャで、ランナーたちは短靴で大変だったろうナ…何て思いながら、水陸兼用のドタ靴でぐいぐい登って行った。

 12時チョイ前に若杉山頂着…タイムは、前回とほぼ同じタイムだったが、負荷は今回の方が3kgほど重かったので、良く頑張った…と、自分で自分を褒めてあげた。ベンチで昼食タイム…前回の古処〜馬見往復縦走の時もお昼はアンパンだったが、今日もアンパンだった。お握りの方が良いのだが、南ア縦走の際は、こういったパン類になるから慣れてた方が良かろうとのアンパンだった。

 アンパンを食べていると、鬼岩谷山で追い越して行ったトレラン7人組が、奥の院方面から折り返してきて前を通りかかった。靴も足も泥まみれだったが元気いっぱいで、私が「このザックと誰か交換しませんか?」と声かけると、一人の青年が持ち上げて曰く「何のためにこんな重い物を背負っているのですか?」と云ったので「では、君たちは何の為に山を走っているの?」と、返すと「イヤーお互い様ですね…」と、皆で大笑いになった。

 30分ほど休憩し私も彼等の後を追ってリターン開始。若杉鼻岩展望台に立ち寄って見渡すと、下界は晴れている様で市街地は鮮明に見えていたが、引き返す三郡や佛頂山は頭は雲の中で、脊振山系は黒い雲の中に隠れていた。しょうけ越の橋を渡って鬼岩谷山へ270mの登り返し…今日で5回目の特訓往復縦走だったが一番きつかった!

 鬼岩谷山まで三度もショートタイムブレイク!キツイと云うよりも闘争心がめげたようで、道端の岩に腰を下ろして休まされた…。エネルギー補強ゼリーを取って気分転換…何とか鬼岩谷山サイトを通過、黙々と重い足取りで砥石山へ。霧の中の薄暗い山頂の露岩に腰を下ろし小休止…3分。ヨコッラショと立ち上がって、前砥石山を経て内ヶ畑分岐へ。分岐から登山口までの落ち葉道を何とか下りきって、川遊びを愉しむ家族連れの公園敷地に、スパッツを泥んこにして16時ごろ帰着した。

 もう一度、脊振山系の縦走をして南ア入山に備えよう。それにしても今週の予報は曇りと雨マーク…。神様、どうぞ雲を何処かへ追っ払って下さい!


ページTOPへ

…三郡縦走ボッカ訓練、パート4 (佛頂山 ⇔ 若杉山) 往復9時間チョイ…(7/1)

… 梅雨の最中の不安定な天気…下山時に俄か雨に逢ってずぶ濡れに…写真は前砥石山頂より三郡山方面 am-10:14


昭和の森(6:55) ⇒ ウサギ道より 佛頂山(8:20) ⇒ 三郡山(9:05~16) ⇒ 前砥石山(10:14~) ⇒ 砥石山(10:34) ⇒ 鬼岩谷山(10:52) ⇒ しょうけ越(11:21) ⇒ 若杉山(12:03~:35) ⇒

しょうけ越し(13:08) ⇒ 鬼岩谷山(14:06) ⇒ 砥石山(14:26) ⇒ 前砥石山(14:42~48) ⇒ 内ヶ畑分岐(15:03) ⇒ 昭和の森(15:53)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


7月1日 ガス ⇒ 晴れ ⇒ 雨

 梅雨前線が九州付近で停滞し、降ったり止んだりの日ばかりで山歩きも停滞で身体の方が鈍ってしまいそう…。梅雨明けまではまだ二週間ほどだろうが、太平洋高気圧がジリジリと勢力を強め前線が九州の北に押し上げられた。

 夕方ごろ頃から雲が切れて久し振りに青空が顔を覗かせ、夜空に地球から遠ざかりつつある赤い火星ちゃんが輝きを見せていた。ヨシ!明日は何とか山に行けそうだ…と、気分が盛り上がって来た。

 昭和の森の駐車場は空っぽだった…。ザックは息子たちからプレゼントして貰った軽量の55リッターザック…久住10時間巡回の際はパッキングの具合が悪かったのか、腰に負荷が集中していたみたいで二〜三日腰が痛くバンデリンを塗ったりして様子を見たが、少し回復したので今日もう一度担いでみて南アルプス山行に使用するか決めようと思っていた。

 サロモンのトレックシュウ―ズを履くまでは四季を通じ、三足持っている皮製の登山靴を使用用途に応じ履き代えて使用していたが、サロモントレックシューズを購入後は雪山や長期に亘っての山行き以外は此のシューズオンリーになっている。

 その一番の理由は、軽いに尽きる。一足の重量が600グラムしか無く、重い荷物を背負って長時間歩いても疲れないし、車の運転する際にも履き替えずに済むし、防水性や履き心地も優れている。に比べ、登山靴はしっかり足を保護してくれ、かなりの悪路でも構わずに歩行できる強みがあるが…重い!もう20年以上愛用しているSIRIOは一足が2000グラムもある。

 まー、一長一短あるが約三年間もサロモンちゃんを履き続けると重い登山靴は敬遠気味になってしまう。そのサロモンちゃんも三年間の酷使に耐えきれずに先日の久住10時間歩行で底部分が剥離し始めたので、卒業させてあげる事にした。

 靴に限らず山の装備品は使っていると愛着が湧き(勿体ない)、中々リタイアさせ辛いが今回は綺麗に洗ってお蔵入りさせたい。で、今日は久し振りにSIRIO君の出番となった。スリッパから履き替えて歩き始めると鉛入りの靴のように重く感じられた。

 何時ものように貯水池堰堤からお山に朝の挨拶をしたが、お山は上半身を鉛色の雲に隠してその姿は見えなっかった。振り返ると福博市街方面は朝の光りに照らされ、ヤフードームや博多湾に浮かぶ白い巨大客船の姿が見えていた。

 久し振りに履く登山靴の重さのせいでは無かったろうが、やはり歩速は伸びないようで何時もは30分前後で通過する難所滝・ウサギ道分岐まで40分ほどかかっていた。ウサギ道からの登り坂にもギアが上がらず、8合目付近でガスの中に這入って木の枝からの滴が雨のように降るのでザックカバーを取り付けた。

 やっとの事で佛頂山の祠の前に登りついた。祠の可愛らしい石像様に何時ものお願い…今日は、「息子たちが3日から南アに出ますので山行の無事を宜しくお願いします…」と、掌を合わせ低頭した。因みに、前回のタイムより10分も遅かった。

 靴のせいだけでは無かったが、何となく久住10時間特訓の疲れがまだ完全に取れてないようで、気分的にもやる気が起こらずに今日は若杉山まで行けないかも知れないと思ったが、兎に角、三郡山までは行こうと佛頂山を後にした。

 長崎鼻から難所滝分岐の鞍部へ下って登り返しながら後ろを見ると、軽快なスタイルの登山者の姿がちらっと見えた。多分、若杉山へのトレイルランナーだろうと思いながら、何処かで避けて先にいって貰おうと思ったが、中々その人が追いついて来ないので、ひょっとしたら目の錯覚だったのかな…と、思いながら視界20m程のガスの中を進み三郡山頂に着いた。

 山頂は深いガスの中でレーダードームの姿も見えなかった…が、強風が上空の雲を吹き払ったらしく、雲海の上に英彦山や福智山の姿がシルエットになって姿を見せて呉れた。10分ほど山頂でそんな景色をカメラに収めていると、トレイルランナーと思っていた登山者がやって来られた。

 私が「長崎鼻鞍部の登り返しで追いついて来られた姿を見たので何時追い越されるか…と、思いながら来ましたヨ」と云うと「イヤー宝満山まではチョクチョク登っているのですが三郡山は今日が初めてなんです…」で、思ったよりも遠く感じました…と、苦笑しながら話された。

 私が冗談に「せっかく此処まで来られたから若杉山まで行きませんか?」と誘うと「イヤーもう少し鍛え直してから挑戦します…」だった。竈神社へ引き返すという彼と別れ山頂を後に縦走路に戻った。その時点で、気持ちが切り替わったのか自分自身の心の中に「少し時間はかかるだろうが若杉山まで絶対行こう…」と決心した。

 欅谷B・Aコース分岐を過ぎて行く辺りから次第に雲の中から降りたらしく、先ほどまでの霧のベールは掻き消えて青空が広がり気分が良くなった…。霧が深い時は小鳥さんの美声も聞こえないが、以後は若杉山までオオルリさんやウグイスさん…ホトトギスさんが軽やかなメロデイを樹林の中から聴かせてくれ、重いドタ靴を履いたじいさんを激励してくれた。

 前砥石山に着いて振り向くと、頭を雲に隠した三郡山から佛頂山がスッキリした姿を見せていた。今日は、ザックの中に4リッター水容器に入れて来たが、南アルプス縦走の際は如何に重量を軽くするか…(12KG以下)が、問題だが、飲料水は3リッターはいるだろうから後の装備品を9KG以下にしなければならない。

 夏山とは言え、3000mの稜線は10℃以下になるだろうし、雨と風に逢えば体感温度は忽ちマイナス状態になる事も考えられるので、必要最小限の防寒具や雨具も欠かせない…。ジレンマである。いっぱい持って行きたいが目的地に着く前にダウンしては話にならない。

 そんな事どもを色々考えながら砥石山を通過し鬼岩谷山…。その間で若杉方面から来た軽装の登山者と離合した…篠栗を7時過ぎに出たそうで足取りが軽かった。鬼岩谷山からドタドタと下ってしょうけ越し…陸橋を渡って若杉山への登り坂に這入った。

 若杉山からの稜線道を辿って行くと、雨上がりの柔らかい山道に可愛らしい蹄の足跡が続いていた。鹿の足跡だった…イノシシはあちらこちらで餌を求めて掘り繰り返し作業跡を見せているが、この山群で鹿の生息を確認したのは初めてだった。今までに気づかなかっただけかもしれないが。

 若杉山まで行こうと思った際に胸算用で、12時ごろに若杉に着けばいいな…と思っていたが、予定時分より3分プラスの12時3分に折り返しポイントの若杉山に辿りついた。ベンチに腰を下ろしエネルギー補強!今日は、妻特製のオニギリと冷たいトマト…。重いが、果物類は疲れた身体でも美味しく頂ける。乾燥果物無いかいナ!

 空は晴れてはいるが流れ雲が風に飛ばされて不安定な空模様でひと波乱ありそうな予感がした。燃料補給後、山頂を後にし若杉鼻の展望岩から下界を眺めると、脊振山々系の山は上半身が雲の中に這入っていた。今から戻る砥石山が黒い巨体を見せ、三郡山や宝満方面は遠く感じられた。

 今日は、水分補給は2リッター入りのハイドレーションで行っていたが、しょうけ越しから鬼岩谷山の登り斜面で、チューブから吸おうとしてもあまり出てこなかったので立ち止まって点検すると、チューブがザックの中で押されて出にくくなっていたのだった。一気に鬼岩谷山まで登り返すつもりだったのに途中下車した序でに、疲れ気味の身体にCOOちゃんのプレゼント!是も軽ければ何個でも南アに持って行きたい!

 鬼岩谷山を通過しようとして白い花が群れ咲いているのに気付いた…グルット尻尾を捲いたようなオカトラノヲの花さん達で、よく見ると小さな花びらの集団だった。砥石山は通過…前砥石山で小休止し、おやつのオレンジゼリーを頂いた。食べながら脊振山系方面を見ると黒い雨雲から雨足が伸びているのが見えた。

 まだ、此方には影響はないだろう…と、思いながら山頂を後にし縦走路を内ヶ畑分岐へ向かった。内ヶ畑分岐で縦走路から右折し少し行った付近でパラパラ雨粒が落ちてきた。取り敢えずザックカバーを付け帽子をかぶって下山強行…汗でびっしょりだったから濡れてもどおってことは無かった。

 昭和の森に下りつく頃は雨も止んでいた。重い山靴ちゃんを脱ぎ、びしょ濡れの衣服を全部脱いで着替えてすっきりして帰路に就いた。確かに、登山靴は重く足取りが遅くなったが、あの雨の中をジャブジャブ下ったにも拘らず靴の中は乾いており靴下も濡れていなかった。サロモン君だったらこうはいかなかっただろう…。今度の南ア縦走どうしようかな?迷っています。


ページTOPへ

…三郡縦走ボッカ訓練、パート3 (佛頂山 ⇔ 若杉山) 往復9時間チョイ…(6/18)

… 雲海に浮かぶ英彦山や古処三山…彼方には久住山群も望めました … am-8:03


昭和の森(6:03) ⇒ ウサギ道より 佛頂山(7:18) ⇒ 三郡山(8:01~12) ⇒ 前砥石山(8:58~) ⇒ 砥石山(9:13) ⇒ 鬼岩谷山(9:27) ⇒ しょうけ越(9:52) ⇒ 若杉山(10:33~10:40) ⇒

しょうけ越し(11:12) ⇒ 鬼岩谷山(11:46) ⇒ 砥石山(12:04~昼食~:18) ⇒ 前砥石山(12:34) ⇒ 内ヶ畑分岐(12:51) ⇒ 三郡山(13:25) ⇔ 天の泉(13:36~)⇔ 佛頂山(14:15~20) ⇔ 昭和の森(15:15)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


6月18日 ガスのち晴れ …

 6月に這入って三度目のピストン若杉山の三郡縦走…!4日前は復路をショートカットし前砥石山先の内ヶ畑コースから下山したが、今日は佛頂山⇔若杉山間を忠実に往復するつもりで、早朝5時半過ぎに我が家を出て昭和の森へ向かった。

 その途中で山の端から朝日が昇りはじめ、折り返し点の若杉山が浮かび上がった…。が、三郡山から宝満山にかけての稜線にはベールのような雲が山肌に纏わりついており、その様が絵になる構図だったので路肩に車を停めてシャッターを切った。

 準備を終えて昭和の森を後にし、草ヶ谷貯水池の前に立ち寄りお山に朝の挨拶をして河原谷コースの道に這入った。まだ明けきらぬ谷沿いの薄暗い道を巡航速度で登って行くと、半袖シャツだけだったが10分もすると汗が噴き出る…。

 難所滝コース分岐まで約30分…13kgの負荷を考えるとナイスペースだ。ウサギ道に這入って少し坂道がきつくなると流石に歩足が鈍くなったが、体調の方はバッチリOKで心肺機能は余裕だった。

 登るに連れて下界で見た雲のベールの中に這入ったらしく深い霧に閉ざされてしまった。梢からはポタポタと滴が落ちてきて雨が降ってるようだったが、汗をかいた身体にはとても気持ちが良かった。

 そんな霧の中を黙々と登って佛頂山に到着…。昭和の森から75分のナイスペースだった…因みに4日前は85分かかっていた。祠の石像様に挨拶をして諸々のお願いをし、今日はもう一度寄らせて頂きます…と、山頂を後にし若杉山へ続く縦走路に踏み出した。

 4日前も綺麗だった朱色のツツジの花が霧の滴をつけて一段と美しかった。こうして、訓練の為に重荷を担いで(年寄りの私にしては…)一心不乱に歩き続けている山歩き人にとって、目にする花などの事物は疲れた心身を癒してくれる。

 長崎鼻から一旦下って登り返して暫く行った付近で、大型ザックを背負った学生さんグループに追いついた。ラストを歩いていた青年が「後ろから人です道を譲って下さい…」の合図に、一斉に道端に避けて呉れた。

 ありがとう…と挨拶し、若杉山までですか?と訊くと「ハイそうです…」と応えて呉れた。話を聞く中に彼等は孫が通っている久留米大ワンゲルの学生さんだった。男女合わせて6人グループで、背中には20kg近いザックを担いだ青年たちに、私は今から若杉山ピストンだからまた離合するね…と、再会を誓って別れた。

 80歳近いジイサンと元気バリバリの青年一行…年齢こそ違えどやっている事は同じだ。違うのは感受性だろう…彼等にとっては、見る物、する事が全て目新しく、同じ花を見、景色を見ても、山頂に立っても、受ける喜びと云うか感動は老骨の私に比べると格段の差があるだろう…。やむを得ないこととは言え青春真っ盛りの彼らが羨ましい。

 頭巾山サイドを通り過ぎ三郡山が近くなる頃、次第にガスが消えていく気配で上空が明るくなってきた。8時丁度ごろに三郡山頂着…。4日前は雲の海だけで四囲の山々の姿は見えなかったが、今日は、雲海の中に離れ小島のように頭を突き出した山頂が展開しており、その光景を見て感激した…。あとから来ているあの青年たちは、この光景を見て登山の素晴らしさの一端を心の中に刻むことは間違いないだろう。

 雲の海にシルエットになって浮かぶ、古処三山・英彦山・犬ヶ岳・福智山・御前釈迦岳・久住連山のパノラマを堪能し、山頂を後に縦走路に戻って行軍開始…下り加減の道をスイスイ行くと、木立の中からポンポン…と、低音のツツ鳥の声が聞こえてきた。

 筑豊側から気持ちいい風が尾根を吹き抜けて汗もあまりかかずに、欅谷Aコース手前の展望岩に立ち寄って振り返ると、梢越しに、先ほど歩いてきた佛頂山から三郡山の山並みが青空の下に気持ちよさそうに鎮座していた。

 欅谷Aコース別れから前砥石山の手前付近までは、ほぼ標高750mほどの平坦な道で歩き易いが、両側が樹林の為に景色が見えないのが残念だ。この区間はイノシシ君たちが昨夜掘ったばかりの作業跡が生々しく残っており、縦走路に掘りだした土くれが積もっていた。

 三郡山から40分ほどで前砥石山…。山頂は朝の光りがいっぱいで三郡山が少し遠くなっていた。前砥石を後にし砥石山へ登り返し…登り坂に這入ると途端に背なのザックの重みが足に来る。が、一歩一歩あせらずに歩を進めると平たん路に出る。

 砥石山から鬼岩谷山間は下り基調…背なの重みも忘れてしまう。この区間で篠栗から来たトレランの人達と次々に離合した…。鬼岩谷山は陽射しが強かったので通過し、しょうけ越しのコルに一気に下って行った。  しょうけ越しに架かる陸橋の手前近付から山道の両側のカヤなどが鎌で切り払ってあった。何方か知らぬが私のような人が居られるらしく心強かった。その作業も私に比べると丁寧で刈り残しがあまり無かった…。多分、しょうけ越しまで車で来られて空身で刈り払いされたのだろう…何れにしろ有難い。

 峠から登り返しの道を30分ほどで若杉鼻展望岩…。遥か彼方には出発点の佛頂山から三郡山は小さくなり、目前には砥石山が黒々と横たわっており、四王寺山の向こうには我が住む街、大野城市街が霞み見えていた。

 折り返しポイントの若杉山頂に10時30分過ぎに到着…昭和の森から約4時間半だった。ベンチで昼食中の人が居られたので伺うと竈神社から来られたそうで、篠栗まで降りて引き返し竈神社へ戻ろうか…と、思ってますだった。私は、今日は時間的に早かったので昼食は先延ばしにし、10分ほど休憩して山頂を後に佛頂山へUターンした。

 若杉鼻を少し行った付近で向こうからやって来られた女性登山者は見覚えのある方だった。何と、4月ごろ、上福根山の友人T崎氏と金山に行った際、途中からご一緒したT上さんだった。お互いに顔を見合わせ暫し談笑を交した…彼女たちは後立山に這入るそうで、今日はその訓練だったそうだ。お互いに又何処かの山で会いましょうね…とお別れした。

 彼女と別れ少し行った付近で二人組のトレラン姿の人と離合した…その一人の足許を見て思わず目を疑ってしまった…。何とハダシでは無いか!先ず尋ねた…「足裏が痛くないですか?棘とか石とか刺さらないのですか?」そのハダシマン曰く「常時がハダシですので痛さは感じません、足自体が靴になった居ます…」と何事も無いように笑って話された。そういえば、私たち年代の子供時代は年から年中ハダシで遊んでいたものだ。本人曰く健康の為にはハダシが一番ですよ!だった。

 山歩きも随分長いことしたがハダシマンは初めてだった。しょうけ越しから鬼岩谷山への登り返し270m…20分ほど登った岩場付近で、今朝がた追い越した久留米大ワンゲル一行と行き違った。女性リーダが「もう折り返して来たのですか…早い!」に、他の学生たちも口々に80歳が近いとはウソでしょう…と、信じられない顔をしていた。

 ガンバレよ…と、エールを送って彼等と別れ汗びっしょりになって何とか鬼岩谷山サイドに、ランチタイムだったが陽射しの強い山頂を避けて通過し砥石山へ向かった。砥石山山頂は樹林の中で薄暗く見通しが利かないが、こんな日照りの日には涼しく有難い。ザックを下ろし昼飯のアンパンを食べていると、途中で追い越してきた人もやって来て弁当を広げられた。

 アンパン昼食を終え出発し前砥石山へ…流石に昼を過ぎると陽光も強く山頂通過…。アンパンパワーで三郡山へ…山頂は暑そうだったのでパスして下を通過し、天の泉に立ち寄り持参の大野城市の水道水を捨て、冷たく美味しい山の名水を2リッター容器に汲んだ。勿論、冷たい水を頭からかぶり喉を潤した。甘露甘露!

 佛頂山の祠の前に14時過ぎに帰着…石像様に「只今帰ってまいりました」と、報告してウサギ道から下山の途に就いた。昭和の森の駐車場に15時過ぎに戻りつき三郡往復縦走パート3が終了。あと、7月の出発まで最低3回は此のレベル以上の訓練をしなければならないだろう。

 帰宅して山道具を整理していると、大分の関サバ・アジ釣りに行ってた息子が立ち寄り、生きの良いアジサバを土産に呉れた。そして、長女と二人で父の日を記念して「ultra tour 55」と云う、超軽量のザックをプレゼントして貰った。南アルプス山行に心強い助っ人になって呉れるだろう…アリガトウ!


ページTOPへ

…若杉山往復ボッカ訓練と登山道の草刈り…パート2 (6/14)

… 三郡山頂から見た雲海は壮観でした …


昭和の森(6:25) ⇒ ウサギ道より 佛頂山(7:50) ⇒ 三郡山(8:40~47) ⇒ 前砥石山(9:46) ⇒ 砥石山(10:05) ⇒ 鬼岩谷山(10:23) ⇒ しょうけ越(10:59) ⇒ 若杉山(11:50~昼食~12:18) ⇒

しょうけ越し(12:51) ⇒ 鬼岩谷山(13:31) ⇒ 砥石山(13:47~53) ⇒ 前砥石山(14:10) ⇒ 内ヶ畑分岐(14:30) ⇒ 昭和の森(15:27)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


  6月14日 ガスのち晴れ …

 先週の三郡縦走が前砥石山〜若杉山往復で担架重量が約10kgだったので、今週は、昭和の森から佛頂山へ登って若杉山へ縦走し、復路は前砥石山の先の内ヶ畑コースから昭和の森へ下った。担架重量は約13kgで往復行動時間は約9時間だった。

 前日の天気予報ではお日様マーク100%だったが、昭和の森を出発する頃は山は上半身を雲の中に隠していた。河原谷コースを利用する際は何時も草ヶ谷貯水池の堰堤に立ち寄って「今から登らせて貰います…」と、水面に影を落としてるお山に挨拶して行ってるが、佛頂山は白い雲の中だった。

 若い頃は、20kgを越すザックを担いでも何の事も無かったが、老いぼれて来ると10kg付近を越すと途端に歩行速度が落ちてしまう。まあ仕様のない事だろうが、今回、入山を予定している南アの塩仙尾根コースは、山小屋から山小屋まで10時間以上かかるので、それに対応できる体力が無ければならない。

 山は、年寄りだからと云って優遇措置を取って呉れない…。それをクリアーするには本人の訓練しかない。出発時は約11kgだったが途中、ウサギ道の水場で2リッター補水し13kgになった。たった、2kg増えただけだが微妙な重量で、ズシリと肩に重みを感じさせる増加だった。

 普段背負っているザック重量は7〜8kgで、昭和の森から佛頂山頂まで大体70〜80分で登っているが、プラス5分で「私の山の護り神」が鎮座される山頂に着いた。先ずは、石段に膝まづき低頭し掌を合わせて、南ア山行の安全と成功を祈願した。

 祠を後にし、縦走路を下ろうと前方を見ると、薄靄のような霧を通し朝の光りがスポットライトのように樅の木の樹林を浮き上がらせ、朝露に濡れた朱色のヤマツツジの花が一段と綺麗に見えた。長崎鼻を過ぎて難所滝鞍部から登り返し、縦走路に這入りこんでいる小枝や雑草を鉈ガマで切り払いながら三郡山を目指した。

 早朝の尾根歩きは気分爽快である。見る物、肌に感じる物が全て新鮮で心身が洗い清められるようだ。背中のザックは少し重いがそれを軽く感じさせてくれた。山道の傍らには、紫色のウツボクサやアザミの花が特訓中のジイサンを労ってくれ、常連のオオルリさんの軽快なメロデイが山の朝を謳い上げていた。

 三郡山頂に8時40分着…昭和の森から2時間20分でまずまずのペースだった。先々週に来た時には、アマツバメの大集団がレーダードーム付近に群れていたが、何処かへ旅発ったらしくその姿は見えなかった。その代わりにではないだろうが、素敵な眺めを山は用意してくれていた…。

 標高が936mの山頂は、雲の上に出ているらしく見渡す限り真っ白に輝く雲の海で、少し低い頭巾山や佛頂山は雲の動きで見え隠れしており、その雲の海はまるで生き物のように動いており、雲海を境に上空の空の碧さが深く見えた。暫くその様を眺めていたかったが若杉山が待っているので重いザックを肩にし山頂を後にした。

 この三郡縦走は最高点は三郡の936mで後は凡そ800m台で、一番低い地点がしょうけ越しの500mである。下界から見ると宝満山から若杉山まで一直線のように見えるが、実際は東側に湾曲しており見た目よりも縦走路は長い。三郡山を出て前砥石山手前の欅谷Aコース分岐付近が低いが、途中には小さなアップダウンもあるのでトレーニング場所には持って来いである。

 三郡山から小一時間で前砥石山…。先週はヤマツツジの花が真っ盛りだったが、すっかり色あせて地面に落花している花びらが多かった。ヤマツツジの木の下に鮮やかな紫色のアザミと、咲き始めのオカトラノオの花が寄り添って咲いていた。頭を雲に隠した三郡山に見送られて山頂を後にし砥石山へ…。

 平坦道はそう重さを感じないが上り坂になると、ザックの重さがたった3kg増えただけだが足の運びが鈍くなる。登り返しの坂道を気合を入れて登り上がり砥石山通過…下り加減の道を一気に鬼岩谷山へ…。先週は此処で三角点の補強や草刈りで10分ほど休んだので一息つきたかったが、汗の匂いに小蠅みたいに小さな虫が纏わりついて不快だったので早々に立ちあがり、しょうけ越しの下り斜面に這入った。

 此の下り斜面で篠栗を7時過ぎに出てきた登山者と挨拶を交わして離合した。今下っている此の下り坂は「帰りの登り坂になるのだ」と、自分に言い聞かせながら下り、しょうけ越しの歩道橋を渡って若杉山への登り坂に這入った。植林の中の道を登りきると若杉山から東に伸びた支尾根に出る。

 この区間は鉈ガマの出番が多くなった…ザックを担ぎながらの草刈りで刈り残しも多かったが、後、何回か縦走特訓すれば何とかなるだろうと歩きながら鎌を振るっていった。(帰宅後、右上腕部の筋肉が少しこわっていた)山頂手前の若杉鼻展望岩から望むと、下界は良く晴れている様だったが三郡山方面は暗かった。

 若杉鼻からひと登りで今日の折り返しピーク若杉山…12時チョイ前だった。二つあるベンチの向こう側で大型ザックの登山者が休憩中だった。手前側のベンチに腰を下ろし特大の握り飯を食べながらお話しすると、八幡から来られたそうで宝満へ縦走するだった…。出発される際の話で北海道日高山系入山のトレーニングだと分かった。

 人それぞれに山への思いはあろうが、私は思う…常に目的意識を持って山行きをして行かねばならない…と。彼は、日高山系入山の為に八幡から三郡縦走に来られたのだ…大きな山が目標にあると必然的に心身ともに鍛えて置かねばならない。大きな山も魅力だがそれに至る過程(山行き)こそが貴重である…と、私は思っている。だから、80歳を直前に南アの仙塩尾根を選んだ。

 昼食を終えザックを肩にし往路の引き換えしへ…。5分ほど先行された八幡の人(N掘さん)を追ってしょうけ越しへ鉈ガマを振りながら下って行った。歩道橋を渡って鬼岩谷山への登り返しへ、10分ほど登った付近で、MTBを肩に担いで降りてくる人と対話しておられた八幡の人に追いついた。私もMTBをチョコット乗ってるが三郡縦走路に乗り上げたことは無い、しょうけ越えまでで後は徒歩である。

 話によると富士山の上からも下ったそうでMTBの大会にもエントリーしている猛者だった…。九千部山もそうだが脊振山系や北九州の福智山山塊や皿倉山では植生破壊で問題になっているので乗り入れは自粛と云うより禁止になっている…。で、チョコット私がそんな話をすると照れくさそうにしておられた。彼も彼なりに頑張っているのは間違いないから角を立てずにお別れした。

 それでなくても今はトレラン愛好者が増え山歩き人は肩身が狭まっている…。重荷の八幡の人にお別れ先行し、鬼岩谷山をクリアーして砥石山へ向かった。途中で平坦な場所では二輪車の轍の跡がついていた…砥石山は樹木が茂って暗く休憩したくない山頂だが、今日は鬼岩谷山を通過して来たので小休止させて貰った。

 私が山頂に着くのと、三郡方面から来た登山者が到着されるのが同着だった。お互いに石に座ってお話しすると、彼は竈神社から篠栗へ向かっているそうで、地図を見ながら篠栗まで行けるだろうか?と心配そうだった…。私が、今は陽も長いし17時までには着きますよ…と云うと「ジャ−頑張りまっしょう…」と笑われた。

 話の中で、何と彼は私の実家のすぐ傍の人でお互いに驚きあった。やはり、世の中は狭い!年齢を窺うと私の次女と同年齢で若かった。帰って近所でバッタリ会うのを楽しみにしてますね…と、若杉山へ向かう彼と別れ内ヶ畑分岐から昭和の森への道に這入り、15時半前に駐車場の愛車の下に戻って来た。行動時間約9時間…荷重は13kgだったが、後二度ほど頑張って仙塩尾根を余裕で通したい


ページTOPへ

…若杉山往復ボッカ訓練と登山道の草刈り… (6/8)

… 若杉山を折り返し後、鬼岩谷山で一休み…ザックの横に控えるは雑草退治の鉈鎌くん …


昭和の森(9:20) ⇒ 欅谷AB分岐(9:39) ⇒ 縦走路(10:30) ⇒ 前砥石山(10:53) ⇒ 砥石山(11:06) ⇒ 鬼岩谷山(11:20~28) ⇒ しょうけ越(11:52) ⇒ 若杉山(12:30~昼食~53) ⇒

しょうけ越し(13:26) ⇒ 鬼岩谷山(14:02~06) ⇒ 砥石山(14:20) ⇒ 前砥石山(14:34) ⇒ 内ヶ畑分岐(14:56) ⇒ 昭和の森(15:32)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


6月8日 晴れ …

 7月中旬に予定している南アルプスに備え、今日は約10kg担いで欅谷Aコースから若杉山まで往復訓練を行った。序でに、登山道にはみ出ている夏草類やイガイガなども鉈鎌で切り払って行った。

 今回予定している入山場所は、伊那の三伏峠小屋から塩見岳を経てロングコースの仙塩尾根を辿って仙丈岳に至るもので、長丁場の体力勝負の山行である…。何時も相方を務めて呉れるN田氏が所用で参加できない…だった。

 で、ロートルの私一人での入山はチョットばかり心細いな…と、思っていた。そこで、山友のI上氏に「南アルプスへ行きませんか…?」と、ラブコールを送ると「いいですね…」で、とんとん拍子に話が決まり強力助っ人と南アルプスの仙塩尾根行きが決まった。

 こんな体力勝負の山行は、80歳まであとチョイの私にとって来年行けるかどうかは甚だ疑問である…。別に弱気になるのではないが、この齢になると、大きな山行きは毎年々体力気力との戦いである。だから、今年は登れても来年はどうなるか判らない。相手は山では無く自分自身なのだから…。

 今度の南アルプス山行は山小屋間が遠いので重量を少しでも軽くする必要があるが、どう見ても12kgは担がないといけないので頭が痛い…。(夏場だから飲料水だけでも3〜4リッター)

 で、今日は取り敢えず10kg程担いで昭和の森から欅谷Aコースを経て若杉山往復を行った。林道を30分ほど登ると欅谷(ツキタニ)A・B分岐で、左折し暫く登った付近の草叢の中に真っ赤に熟れた木苺があった。

 黄色のキイチゴは随分頂いたが、こんなに真赤な木苺は初めてだった…。兎に角、深紅に熟れて艶々光る実は街の店で売っているアマオウも顔負けだった!…。試食してみると甘さ抜群!ザックを下ろして収穫開始…マグカップに入れて食後のデザートにした。

 若杉山往復を控えてとんだ寄り道だったが思わぬ山の恵みに笑みがこぼれた。林道から山道に這入る沢付近が何時も夏草が生い茂るので、茂る前に手を打って切り払った。樹林の下部は日が射さないので雑草もあまり生えないので、道にせり出してきた小枝などをチョコットだけ切れば良いので歩行速度は落ちずに済んだ。

 三郡縦走路に出てスイスイと(と云っても汗びっしょりで)新緑の色も濃くなった縦走路を行くと、夏鳥のオオルリさんが「私の言葉を聞いて頂戴…」とばかりに、ペラペラと小鳥語で喋りかけてきた。多分、こう言ってるのだろう「オジイサン若いもんに負けちゃだめだよ!」と…。

 前砥石山は朱色のヤマツツジの花が満開で、鬼岩谷山付近まで新緑の中に映えて咲いていた。そんなツツジの声援を受けながら砥石山へ登り返し通過…鬼岩谷山へ向かっていると若杉方面から来たグループや単独行の登山者たちと離合し始めた…。

 鬼岩谷山で小休止…。山頂の一等三角点の標柱が草の中に倒れていたので、立てて小石で頭部を叩き込み地中に埋め込んで周囲を小石などで補強した。作業を終え奥の方を見ると、赤いツツジの中に白いスイカズラの花が綺麗に咲いていた。

 しょうけ越しへ下って行くと、新設中の林道工事が延伸され付近の樹林が伐採されて明るくなり、以前のイメージが損なわれつつあった。しょうけ越しの陸橋を渡って若杉山へ続く尾根道に出ると鉈鎌の出番で、イガイガを重点的に切り払って行ったが、道の両側を切り払って行くのは歩行速度が鈍るので、鎌を右手に持っているので往復とも向って右側を刈り払って行った。

 小さなピークを11越えて若杉鼻の展望岩着…そのまま通過しNTTのアンテナや建物が有る山頂へ…。昭和の森から3時間10分だった。(息子は3日前に竈神社から篠栗駅まで4時間で踏破していた)

 山頂一帯は清掃作業が済んだばかりのようで綺麗に雑草類が刈られており、宝満山方面の樹木が少し切られたようで見通しが良くなっていた。ベンチの上で昼食タイム…特大の握り飯と野菜サラダで帰りのエネルギー補充。

 少しゆっくり休みたかったがそうも言ってはおれず20分足らずで山頂を後にし、しょうけ越しに下って行った。しょうけ越し手前付近も林道新設工事中で、廃屋状態の山小屋がその姿を晒していた。

 橋を渡って鬼岩谷山から砥石山への約300mの登り返し斜面に這入って直ぐに、道の傍らに紫色のアザミの群れて咲いていた。花に元気を頂き一気に坂を登り上がって鬼岩谷山…水分補給で小休止。砥石山は展望が利かないので往復とも通過し、ヤマツツジの綺麗な前砥石山で小休止…。

 緩やかなアップダウンの道を20分ほど行った分岐から縦走路に別れ、内ヶ畑コースに這入った。10kg程の担架量なら10時間ぐらいなら大丈夫だろうが、後、2〜3kg増えて700mほどの比高差だとスタミナ勝負になるし、7月の気温も問題になるだろう…が、お目当ての高山植物に巡り会えるのでそれを愉しみに頑張りましょう。

 15時半過ぎに昭和の森へ帰着。…約6時間のトレーニングだった。次回は、13kg程背負って10時間ほど歩いて見たい。


ページTOPへ

… 梅雨空の頭巾山から三郡山へ…欅谷Bコースの夏草切り払い (6/6)

… 乳白色の霧の先に欅谷Bコース入口が現れました …


昭和の森(10:45) ⇒ 佛頂山(12:00) ⇒ 展望岩(12:06~12) ⇒ 三郡山(12:42~14:10) ⇒ (欅谷Bコースの草刈り) ⇒ 昭和の森(15:55)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


6月6日 ガス …

 天満宮へ出掛ける妻を送った足で、昭和の森から佛頂山へ登って三郡山へと廻り、下山路の欅谷Bコースを下りながら夏草の切り払い作業をしてきた。

 空模様は梅雨特有のどんより曇った日和で、三郡山系の稜線は雲がかかったり抜けたりしていた。駐車場を出て草ヶ谷貯水池の堰堤に立ち寄ると、満々と水を湛えた水面には今から登る佛頂山が影を落とし、堰堤の草叢には紫色のウツボグサの花が群れ咲いていた。

 河原谷沿いの道を登って行くと忽ち汗が噴き出て来る…その汗の匂い嗅いだブヨが顔の周りを付き纏って旋回し、追い払っても追い払っても伴走し不快だった。ウサギ道に這入り30分ほどで、杉の老木の聳える縦走路合流点に出る。左折すると直ぐに佛頂山頂で私の山の守り神様の石像様が祠の中に鎮座しておられる。

 祠の前の石段に跪き、7月に予定している南アルプス山行の安全と好天などを祈願した。山頂から縦走路を数分行くと「私のお気に入り」の展望岩場で、立ち寄ってみると東側は雲の海で、すぐ直前の大根地山さえ雲の中で岩場のドウダンツツジと真っ赤なヤマツツジの花が目立っていた。

 縦走路を三郡山へ向かう道の両側には、白いガクウツギやサワフタギの花が露に濡れてひっそり咲いていた。難所滝分岐の鞍部を登り返しガスの稜線を黙々と進み、頭巾山サイドを通過し、三郡山手前の柚須原から登って来た車道に出ると、行き止り地点に紺色のシャツを着た人たちが座っていた。

 初めは、学生の団体かな…と思ったが若い警官の集団で、座り込んで弁当を食べていた。多分新米お巡りさんの体力訓練中だったのだろう…。山頂直前の草叢の中に橙色に実ったキイチゴを発見!大きく良く熟れていたので甘みもあり、昼食前で腹も減っていたのでなっていたイチゴを全部頂いた…。

 無人の山頂で昼飯に…南西側は雲も切れて下界も見えていたが、北東側は雲の海で筑豊盆地もすっぽり覆われ、その雲が次第に波打つようにせり上がって、見る見るうちに山頂に押し寄せて来始めた。

 巨大レーダードーム付近には100羽以上のアマツバメが群れており、昨年だったか、脊振山頂レーダードームでも是と同じ光景を見たが、今、彼等は渡りの途中なのだろうか?遥か南方から飛来して何処に飛んで行くのだろう…。

 雲のさまとアマツバメを眺めながらお握りを頬張っていると着信メロデイ…息子からだった。開くと、7月3日からの南アルプス山行の行程概案だった。彼等は、テント背負って4泊5日で甲斐駒から仙丈岳〜間ノ岳〜北岳〜農鳥岳と踏破するらしく、私の計画と一部重なっている部分もあった。

 このメールは多分自宅からだろうと思っていたが、帰宅し、彼のブログを見ると何と!自宅から三郡縦走して篠栗経由で会社に出勤した…らしく、竈神社から篠栗まで超特急の4時間で走破したらしかった…。やはり若いという事は素晴らしい!…と云う事は、彼は今朝この山頂を通過して行ったのだ。先月も彼と一足違いですれ違っていたので何だか因縁を感じてしまう。

 で、飯を食いながら息子に、此方の南アルプス行程予定をメールで返信したりしてたので気がつくと、山頂に一時間半ほど居てしまい、山頂を立つ頃にはすっかり乳白色のガスに包まれてしまっていた。山頂一帯のススキ類やイガイガ類の刈り払いを終え縦走路に出た。

 息子が走り抜けていった縦走路は押し寄せてきた霧の中で、露に濡れたヤマボウシの花がひっそり咲くさまは、何時も通いなれている風景も深山幽谷の気配がし、同じ山でも天候や季節によって新鮮な景色に変わってしまう…を、実感させられた。木の階段道が終わり、欅谷源頭部の岩場付近を横断する付近から夏草が蔓延り始めたので作業開始…鉈鎌で右左に切り分けながら下って行った。

 スイスイ下れば小一時間で昭和の森だが、欅谷A・Bコース合流点までで1時間以上かかった。まだ、完全に切り払っていないので他の区間も含め、足しげく這入らないといけないだろう。昭和の森の駐車場に戻って来ると、救急車両や制服姿の警官グループが5〜6人立ち話をしていた。訊くと、私が三郡山頂で見た訓練の若いお巡りさんを迎えに来ているそうだった。

>


ページTOPへ

… 一汗流しに頭巾山から三郡山へ…! (5/22)

… 佛頂山の緑も日一日と濃くなっていきます …


頭巾山入口(10:10) ⇒ 頭巾山(11:12) ⇒ 三郡山(11:27~30) ⇒ (欅谷Bコース) ⇒ 頭巾山入口(12:35)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


5月22日 晴れ … (PM-2,5の影響で有視界距離5km未満)

 町内の道路愛護デイが終わってから、ブラリ一汗流しに昭和の森へ向かった。10時過ぎと時間も遅かったが、日曜日という事で昭和の森の駐車場は上下とも満杯で、路肩にもマイカーガ駐車していた。

 で、バンガロー施設を抜けた付近にある頭巾山登山口の広場に駐車した。頭巾山コースはその大部分が自然林の中の尾根道歩きで、途中に水場も無いし眺望も利かず一気に900mの山頂まで突き上げているせいか、昭和の森スタートの他の登山コースに比べ利用者が少なく、静かな雰囲気で「私のお気に入り」のコースだ。

 此のところ連日の晴天続きで、毎日が日曜日の後期高齢者の山歩き人にとっては有難いが、梅雨も間近と云う事で、週明けからは雨や曇りマークの予報が出ているので、お天気のいい日はなるべく山に這入っていたい。

 若い時ならいざ知らず、後期高齢者の私年配になると日一日、全ての機能が老劣化しているのは隠しようも無い。その老劣化を防ぐことは不可能だが、その進行を少しでも緩やかにするには身体を動かしていく以外にはない…。「継続は力なり」である。

 60代後半位までは、週に一度ほど山に這入っていると身体も動いてくれていたが、70代後半を迎えた今になると、5日以上あいだを置くとガクンと身体機能の低下を思い知らされる。そういう意味からすると、五月の気候がいい時期の晴天続きは有難い事である。

 新緑の樹林の傘が日射を遮ってくれる尾根の坂道を、踏み出す一歩一歩に打倒老化現象の思いを込め汗ダラダラになって登って行く快感…それは、年代を超越した己への挑戦でもある。

 毎年秋には、日本アルプスの山々に仲間たちと登らせて貰っているが、この山行と冬の伯耆大山々行は今の私の活力源である。個人的に這入る山だったら、そこそこの山行で行けるかもしれないが、パーテイの一員として若年配者たちと同行する山行きで足を引っ張ることは出来ない。

 今こうして、汗水たらして登っている一因には老化防止もあるが、仲間たちと同レベルで大きな山に這入りたい…と、云う思いが有るからばこそだと思っている。三浦雄一郎さんだって80歳を越してエベレストに登頂したではないか…レベルは違うが思いは同じだ。

 途中で二組の登山者を追い越し、見晴らしの利かない頭巾山に登山口から一時間丁度で登りついた。一息入れて縦走路に這入り三郡山へ向かった。10日ほど前に若杉山から縦走した時は、まだ淡い新緑だった木々もその緑の色を濃くし、ブナの樹の新芽も仲間入りして山は賑やかになっていた。

 歩きながら鉈鎌で、イガイガや登山道に伸びている小枝を切り払いながら三郡山頂に出ると、思っていたように上空は真っ青に晴れているのに、一昨日歩いた古処三山や脊振山系などの山並みは靄の中で、直近の佛頂山への山体のミドリが一段と濃くなっていた。

 山頂を後にし、欅谷Bコースから欅谷(ツキタニ)Bコースに這入り、オオマルバノテンニンソウの茂っている斜面から、沢上流部の沢水が流れる巨岩を横切り、沢伝いの道を下って行った。欅谷Aコースとの合流点から舗装された林道に出て下って行くと、道の傍らに黄色い実をつけたキイチゴを発見!

 イガイガに気をつけながら熟している実を摘み取って口にした…。少しツブツブが口中に残るが甘みは満点で、下りながら見つけては立ち止まって山の美味を頂戴した。

 帰宅後、息子のブログを覗いてビックリ…。篠栗から竈神社へ縦走した息子と、あと数分どちらかが早いか遅かったら、頭巾山〜三郡山間で離合していたのだった…。一昨日のT崎さんとの擦れ違いに続いてのニアミスで逢えずに残念だった。


ページTOPへ

… 雨ニモマケズ…息子と往復三郡縦走8時間! (5/11)

… ウサギ道のブナの根元にハイの花が雪が積もったように落花してました …


昭和の森(6:11) ⇒ 縦走路(7:05) ⇒ 前砥石山(7:23) ⇒ 砥石山(7:38) ⇒ 鬼岩谷山(7:52) ⇒ しょうけ越(8:19) ⇒ 若杉山(8:58~9:05) ⇒ 

しょうけ越(9:40) ⇒ 鬼岩谷山(10:13~20) ⇒ 砥石山(10:36) ⇒ 前砥石山(10:52) ⇒ 欅谷A分岐(11:13) ⇒ 欅谷B分岐(11:37) ⇒ 三郡山(1146~50) ⇒ 佛頂山(12:30~:35)⇒ 昭和の森(13:43)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


5月11日 小 雨 …

 息子から休みがとれたので明日三郡縦走せんね…と、誘いの電話があった。天気の方は雨くさかったが折角のお誘いを無碍には出来ないのでOK!の二つ返事。

 迎えに来てくれた息子の車で昭和の森に向かった。午後からは良くなる…の予報だったが、山はガスの中で白いベールに覆われ姿は見えず、小糠雨が降っていた。6時過ぎに出発…ザックカバーを付けて濡れるの覚悟で内ヶ畑登山口から入山した。

 私は何時もの小型ザックだったが、息子は南アテン泊山行に備え中型ザックに13kgほど背負っており、快速の息子と三郡縦走するのには丁度いいハンデイで、息子のトレーニングに邪魔にならぬような歩速で、今日一日頑張るつもりだった。

 1時間足らずで縦走路に出て左折し若杉方面への道に這入った。ガスか霧雨か分らない灰色の世界の中を、黙々と少し雨でぬかるんだ道を私としてはナイスピッチで歩いてゆくと、林の中から夏鳥のオオルリさんが「ガンバレ…」と美声で声援を送ってくれた。

 今日は、息子の特訓に付き合っての縦走だが、歩きながら、若し誘いが無かったらテレッと一日無為にすごしたろうし、一人で同じ縦走を試みたとしても、こんなハイペースでは歩いていないだろうから、自分自身の良きトレーニングになり有難かった。

 昭和の森を出て1時間10分で前砥石山頂…だが、景色は何も見えず、すぐ直前の砥石山でさえ雲の中だった。ワンピーク通過…鞍部に下って登り返して砥石山…通過!今日は、若杉山までノンストップの急行便だ。

 一等三角点の鬼岩谷山から出だしの下り斜面は、こんな日は踏ん張りがきかないスリップ注意箇所だが、用心していたつもりがツルリンコ…と尻もちをついてしまった…桑原々である。今日は、ガスと小糠雨のお蔭で歩いても歩いてもあまり汗が出ないので助かった。

 縦走路の西側には林道が工事中だったが、勝手かも知れないがこんな山の中まで切り拓かないで欲しい…自然の中に身をゆだねに来たのに山の中で人工的な構造物に出会うなんて幻滅である。

 鬼岩谷山から一気に270m下って県道60号線を跨ぐしょうけ越の陸橋に出た。陸橋を渡って植林の中の道へ這入り、若杉山から伸びてきた尾根道の小さなアップダウンを行くと、足許の草叢には雨に濡れた草花たちがひっそり咲いていた。

 まだ小さなナルコユリの葉の下には赤ちゃんのナルコユリが連なり、ホウチャクソウの花が雨の滴をつけて揺れていた。若杉鼻岩からの展望もゼロ!そのまま素通りし、NTTの建物が建つ若杉山頂に着いたのはまだ9時前だった。

 小腹が空いてたのでパンを二切れかじって復路に備えた。息子は、自分なりに考えがあるようで歩きながら小刻みに何やら食べている様で、私が差し出しても食べる事はなかった。そう云えば、峰入り古道で一緒したY崎さんもスナック菓子みたいなもので済ましていたし、上福根山の友人T崎氏も小さなおにぎり一個だった。

 山行きの形態にもよると思うが、やはり、一度にお腹いっぱい食べるよりも小分けして取った方が身体の為にもなるし、歩くリズムも乱れにくくなると思う。分っているが、私は、今日のような長時間の縦走ではシャリバテしないよう、特大お握りを腹に納めていないと力が出ない。

 小休止して山頂を後に縦走路を引き返し…帰りは息子が転ばぬ先の杖(ストック)を貸してくれた。登り道では必要なかったが、雨で滑り易くなった斜面の下り坂では大いに助かった。午後からは晴れて来るの予想とは裏腹に、縦走中はずーっと雲の中で涼しくて(と云うより雨で濡れたシャツで休憩する時は寒い程だった)歩く分には助かった。

 78歳の白髪頭のオヤジが一生懸命に前引きし、後ろから息子が大きな荷物を背負ってヒタヒタ連いて来る。プレッシャーだったが、そのプレッシャーを自分の力に変え、しょうけ越から鬼岩谷山への登り返しを一気に登り上がった。

 山頂でショートブレイクタイム…。ザックを下ろしエネルギー補給、一等三角点で甘いフルーツパフェを頂いた。此処まで来れば後は標高800m〜900mぐらいの稜線の縦走路を登り下りして行くだけだから気分的には楽になった。とは言え、佛頂山は未だ遠い。

 フルーツパワーで砥石山へ一投足…薄暗い山頂を通過し前砥石山へ登り返していると、山頂手前で今にも開きそうな朱色のヤマツツジを発見…ミツバツツジが終わればヤマツツジの出番だ。

 前砥石山を後にし、緩やかなアップダウンの稜線の縦走路は、行けども行けども雨に濡れて光る新緑のオンパレード!勿論、青空の下の山歩きの方が愉しいかもしれないが、雨の日は雨の日のしっとりした美しさを感じるものだ。

 内ヶ畑分岐を過ぎると直ぐに欅谷Aコース分岐…この付近がこの縦走路間で一番標高が低い場所で、腕時計の高度を見ると750m位だった。標高936mの三郡山に向かって少しずつ高度を上げながら欅谷Bコース分岐通過…一気に登り上がって三郡山頂到着…若杉山から2時間40分だった。

 今日ここまで誰一人として出会わなかったが、山頂で4人の登山者が休憩しておられた。寒暖計は9℃でじっとしてると寒いのでサッサと山頂を後にし、縦走路に戻って佛頂山へ向かった。

 もう3年もお世話になり、少々草臥れているトレックシューウズの内側は長い雨道歩きでグチャグチャ…。トレパンの裾付近は泥はねで汚れてしまっていたが、この雨模様の天気の三郡縦走では止むをえまい…と、開き直ってラストスパート…12時半頃、最終ピークの佛頂山に辿りついた。

 朝、6時ごろ昭和の森を出て殆ど休みらしい休みを取らずに6時間半…持参していた特大お握りも食べずに、チョコで誤魔化し良く此処まで来たものだ。ザックを下ろし私の山の守り神様である石像様へお参りした。

 山頂を後にしウサギ道へ這入り少し行くと、折れ曲がった杉の大木が有るが、その先の、ブナの木の根元付近が雪が積もったように白くなっていた。小さな白い花(ハイの花)が昨日から今日の雨で散り落ちていたのだろうが、踏んで歩くのは気が引けそうだった。

 縦走を終え気分的に楽になったせいか、それとも特大握り飯を食べなかったせいか分らないが少し疲れを覚え、(78歳なら当然かもしれないが…)昭和の森まで足の運びがやや鈍った感は否めなかった。このコースを下って来た時は何時も立ち寄る貯水池堤防に行くと、土手には赤紫の色をしたアザミの花が咲き、山はまだ雲の中だった。

 往復約20kmの往復三郡縦走を、息子のお蔭で8時間弱でこなせた自分自身の足を褒めてあげたい。


ページTOPへ

… 久し振りに妻と三郡山系の山へ (4/25)

… 新緑の宝満山の向こうに脊振山系の山が …


昭和の森(9:25) … 縦走路(10:42) …三郡山(11:36~:43) … 頭巾山(12:07~58)… 昭和の森 (14:15~)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


4月25日 曇り …

 久し振りに妻との山歩きは三郡山系へ…。空模様は曇天で今にも雨が落ちて来そうな按配だったが、降って来た時はサッサと戻ったらいいや…の覚悟で昭和の森へ向かった。

 と云う事で用心の為にビニール傘をストック代わりに携えて昭和の森をスタートした。コースは、前畑コースを選び縦走路に出て妻の調子の具合を見て砥石に向かうか、三郡へ向かうか決めるつもりだった。

 妻のペースで40分ほど登った付近の林床に、白衣を着たようなギンリョウソウ(銀竜草)の集団に出会った。その恰好は面白く、森の小人さんたちが寄り集まって何やらミーテイングをしているように思えた。

 このギンリョウソウが咲く頃には、ミツバツツジやシャクナゲの花も咲き始めるので、地面と頭上で花を楽しむことが出来る。縦走路が近くなってくると新緑の中にピンクの色も鮮やかなミツバツツジの花が顔を見せ始める。

 縦走に出て妻にどっちへ行きますか?と尋ねるとチョコット思案して三郡山へ行きます…で、右折し新緑の初々しい縦走路を南進した。足許には、紫色のスミレの花やマムシ草の花が咲き、頭上には咲き始めの濃いピンク色を見せるミツバツツジの花が清楚な美を見せていた。

 ツルシキノミの花が咲く小さなアップダウンの縦走路を少し調子の出てきた来た妻のペースで、欅谷A・Bコースを順調にクリアーし、三郡山頂に12時少し前に到着した。怪しかった天気も少し雲が高くなり、雲海の上に古処三山や英彦山・犬ヶ岳も姿を見せていた。

 新緑の色も濃くなりはじめた宝満山系の向こうには九千部山から脊振山が墨絵のように見えていたが、雲仙岳は望むことが出来なかった。昼飯時分だったが、カップ麺の水を天の泉で補給するつもりだったので頭巾山まで先延ばしにした。

 天の泉に下って容器に満タンし、背の高いミツバツツジの花の下を登り上がって縦走路に別れ頭巾山に向かった。山頂に着くとボーダーコリーを連れたご夫婦が休憩中だった。宗像の知人がやはりボーダーコリー犬を飼っておられるので暫くお話しした。

 山頂の少し西側の風の当たらない窪地でランチタイム…。天の泉の美味しい山水を湧かしカップ麺とお握りを頂いた。仕上げは勿論ホットコーヒー…のんびり小一時間ほど山頂で過ごし下山開始…急こう配の尾根道を下り、ツツジ園のツツジやフジ棚のフジの花が綺麗な昭和の森へ帰着した。


ページTOPへ

… 一汗流しに三郡山系へ…縦走路の裸ん坊の木々も新芽が綻びはじめていました (4/9)

… 芽吹き始めた梢の新芽と頭巾山 …


昭和の森(8:55) … 頭巾山(10:05) …三郡山(10:14~:25) … 内ヶ畑分岐(10:54)… 昭和の森 (11:27~)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


4月9日 晴れ …

 昨日の発掘作業の疲れが若干残っていたので今日は休養日にしようかな…と、弱気な気分だったが「駄目だ!サボったら倍返しに肉体が衰えるぞ…」と、内なる声に叱咤されザックを肩に家を出た。

 昭和の森駐車場は、春の好天に誘い出された登山者たちのマイカーがいっぱいだった。9時ごろ公園駐車場を後にし頭巾山コースへ向かった。公園の桜が先日の雨に落花して路面はピンクの絨毯道になっていた…。

 ツツジ園のツツジが濃淡さまざまのピンクの色を見せて咲いていたが、そのツツジの花の下には散ったサクラの花びらがびっしりと埋め尽くし、風情たっぷりだった。この地面に座って野点のお茶でも戴くとさぞかし風流だろう…。

 昭和の森からスタートする時は余程の理由がない限り、歩き始めてからコースを決めているが、今日は、頭巾山から三郡山を経て、前砥石山手前の内ヶ畑分岐から昭和の森へ戻ってくる周回コースにした。

 登り始めて直ぐの林の中で美しいメロデーを奏でる小鳥の声が聞こえてきた…。この流れるような歌声は多分「オオルリさん」に間違いない…。軽快なリズムの啼き声で気分が明るくなり足取りも軽くなった。

 老い先短い私の山行き人生…果たして何歳まで元気に山歩きを継続していけるか神のみぞ知るで、先の事は分らないが云える事は一つで、山に対する志高心と、日々のトレーニングの積み重ねしか無いだろう。

 私の場合は、毎年欠かさずやってきた「二月の伯耆大山テン泊山行」と「日本アルプス山行」を目標にし、日頃の山行きはそれに対する訓練だと捉えている。単独で登る山もまた愉しいし自由が利くが、高齢になると、知らずしらずに歩速もノロくなり…結果、体力の低下に拍車をかけ大きな山から遠ざかる起因になるのも否めない。

 その点、仲間たちと登る山は喜びや苦しみを共有できるうえ達成感も大きいが、反面、団体行動の山行きでは個人の理由で(高齢であるとか…)皆の足を引っ張ることは出来ないので、山行計画が決まり一員になれば最低限の体力は必要になる。

 ”山、高きが故に尊からず”とも云うが、やはり登山者の端くれとして夏でも雪を残す日本アルプスは、高峰のない九州人にとっては幾つになっても憧れの山域である。その憧れの日本アルプスの高峰に仲間たちのレベルで同行する為には日頃の訓練しかない・・・78歳の後期高齢登山者は!

 だから、今日は休養日にしたかったが自分自身の為にやって来たのだった。頭巾山コースは登り一辺倒の見通しも無い尾根道だが、三郡山系のコースでは比較的に自然林が多く残っているので私は好きである。

 今日は、訓練日と自覚していたので目いっぱいに頑張り、ダラダラ流れ出る汗を拭きながら一心不乱に山頂を目指し、心肺機能や脚力を鍛えた…。途中の山道に落花した白いコブシや真っ赤なやぶ椿の花びらが、汗して登る私にガンバレ…と、声援を送っている様だった。

 昭和の森公園から70分で頭巾山々頂…マーマーのペースだろう。三郡山へ向かう縦走路の傍らの木々たちの梢には、初々しい新芽が芽吹き始めており、あと二週間もすれば全山が若葉青葉の衣に覆われ、ミツバツツジやシャクナゲの花たちが目を愉しませてくれることだろう。

 三郡山頂は土曜日というのに無人だった。視界の方は青空だというのに遠方の景色は霞んでおり、英彦山や福智山の姿さえ靄の中で、足許の筑豊盆地の雲海の中に小山が見え隠れし、筑後平野の向こうには耳納連山が辛うじて見え、御前釈迦岳などは霞みの中に消えて見えなかった。

 山頂の灌木の新芽の写真を撮っていると、ランニングスタイルの青年が汗をかいてやって来られた。三郡山は初めてらしく「大根地山へは米の山から登るのですか?」と尋ねられた…。訊くと、別の日に大根地山から秋月までトレランを計画しているそうだった…。

 今は全国的にトレランをする人が増えているが、この三郡山系や脊振山系でもランシューランパン姿で駈けて行く人を多く見かけるようになった。今日も、前砥石山手前まで、5人のランナーと離合したり追い越されたりした。

 欅谷Bコース分岐を過ぎ、小さなアップダウンの縦走路を平坦地や下り道は小走りに快調に行くと欅谷Aコース分岐…。その付近に、毎年この時期には黄色の水仙の花が咲いているが、此の水仙は自生しているのだろうか?其れとも誰かが植えた物だろうか?…毎年、目を愉しませてくれる。

 水仙の咲いている所から少し行った付近で高校生のパーテーと離合した。最後尾を同行中の先生に「何処の学校ですか?」と尋ねると、「F工業です…」だった。次男坊がF工業高OBだったので親近感が湧き暫く立ち止まってお話ししてると、話の中で先日、金山に同行したT崎氏とは顔見知りだとかで「先日、飲み会で一緒したばかりですよ…だった。

 世の中は狭い…とは云うがまさにそれを感じた。何処かで山の縁が繋がっているのだろう…。偶々離合した高校パーテイの先生が(H形と名乗られた)T崎氏をご存じだったとは…。引き留めてお話ししている中に生徒さん達は先に行ってしまい、後を追うのが大変だったでしょネ…。F工業高山岳部の活躍を祈っています。

 彼等と別れて直ぐに内ヶ畑分岐…縦走路に別れて昭和の森方面への道に這入った。このコースは昭和の森の直ぐ傍に出る最短距離のコースで、斜度も適当なのでザックを背負っていても小走りに下って行った。その途中の標高500m付近で樹林の切れた場所があり、芽吹き始めた若葉の向こうに頭巾山が三角錐の形を見せて見下ろしていた。

 土石流防止に建設されたデカイ金属製の防石柵のすぐ横が登山口で、縦走路から30分ほどだった。頭巾山〜三郡山から内ケ畑コース周回コースを、半ば小走りではあったが二時間半のタイムは、ロートルの私にとっては上出来だろう…。


ページTOPへ

… 上福根山で知り合ったT崎さんと、周年祭のキャンプセンターで合流し三郡山へ (3/27)

… 西鉄山友会主催のキャンプセンター周年祭に参加…神事終了後に大鍋のオデンを腹いっぱい戴きました …


昭和の森(9:05) … キャンプセンター(10:07~周年祭参加~11:50) … 佛頂山(12:03) …三郡山(12:55~13:06) … 頭巾山(13:20)… 昭和の森 (13:57~)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


3月27日 晴れ …

 上福根山で知り合ったT崎氏と、周年祭行事の行われていた宝満山キャンプセンターで落ち合い三郡山へご一緒した。

 昭和の森の駐車場付近は、宇美町主催のウオーキング大会が開催されていたので人も車もいっぱいだった。9時ごろ公園を出発し貯水池横から河原谷コースへの道に這入った。

 やぶ椿の赤い花びらが散っている山道を一気に登り、ウサギ道への道に這入った。樅の木が出て来ると宝満山〜若杉山の縦走路で、そのまま縦走路を横切りキャンプセンターの水場へ下って行った。

 急ぎ足で登って来たので汗びっしょりだったので、洗面器に溜まっている冷たい山水で顔を洗い喉を潤した。10時過ぎにキャンプセンター前に出ると、昨夜から泊まり込みで周年祭行事の準備をしていた西鉄山遊会のメンバーが、3本のドラムガンの上に大鍋を乗せておでんの煮込み中だった。

 N田氏とは山行きやなんやでチョイチョイ会っているが、会友のT増・Y枕、S川・E口氏とは久し振りの対面で再会が懐かしかった。ドラムガンを改造した即席コンロの上にはデカイ大鍋が据えられ、五右衛門風呂みたいな鍋の中は、おでんの材料が美味しそうにドッサリ這入っていた。

 久し振りの会った旧友たちとドラムガンの前で話をしていると、正面登山道を登って来られた上福根山で知り合ったT崎氏が上がって来られた。神事が開催される11時ごろまでドラムガンを囲んでサミット会議…!初対面だったT崎氏も山の話から難なく打ち解け話しの花が咲いていた。

 11時ごろからセンターの小屋の中で神事が始まった。竈神社から登って来られた神主さんが烏帽子をかぶり、万事、作法通りに神事が執り行われた。神主さんが祝詞の中で「キャンプセンターが出来て48年になる…云々」の言葉を聞き、改めて歳月の経過の早さを思い知った。

 何の加勢もしてなかったのに玉串奉納までさせて貰い光栄だった。神事が終わり外に出ると陽が当たりはじめいい天気になっていた。一般の登山者も含め参加者たちはドラム缶の前に並んで、大鍋いっぱいに作られたオデンを各自セルフサービスで紙の皿に乗せて戴いた。

 是だけの準備を整えて呉れた山友会諸氏のご苦労に感謝しながら戴くオデンは、一味もふた味も美味しかった。神事開催前までは小雪もチラついたりしてた天気もすっかり晴れあがり、山頂の岩場に春の陽が燦々と降り注いでいた。

 そんな陽当りの良い広場で三々五々とオデンを食べたり食事をする皆さんは笑顔で一杯だった。12時前に、関係者にお礼を言って食い逃げ…!まだ賑わっている広場を後に三郡山へ出発した。

 T崎氏はまだ若干63歳の元気バリバリ…其れも、数年前までは高校山岳部の監督さんときてるから並じゃない。お供するのが恐縮だったが今日は私の鈍足に合わせて貰って三郡山へ向かった。

 途中の、佛頂山の祠のまえでT崎氏に、この石仏様は私の山旅の守り神さんで大きな山旅の前には必ずお参りし、山の安全を祈願して行きますがとても霊験あらかたです…と話した。

 私としてはかなり早足で三郡山まで歩いたが、山頂についても彼はケロッとして汗ひとつかいておられず、俺も63歳の時は是ぐらいだったろうか?と思わされた。山頂の一角にはネコヤナギに似た新芽が出ていたが、900mを越す山頂にも春が近まっている様だった。

 宝満キャンプセンターのオデンでお腹いっぱいだったので、T崎氏に丁度お昼時ですがどうします?と、訊くと「イヤー私はどうでもいいです…」だったので、弁当は食べずに持ち帰ってしまった。

 その時の彼の話では「私はお昼はおにぎり一個です…一個は非常食です」で、あの韋駄天ぶりからすると物凄く燃費効率がの良い人だな…と、思わされた。そういえばザックもとても軽そうだった。

 又、竈神社へ戻られる彼と頭巾山サイトまでご一緒してお別れしたが、ご迷惑でしょうが何処かの山に是非またご一緒したいものだ。雪のように真っ白なこぶしの花が点々と咲く道を一気に下って、サクラのチラホラ咲き始めた昭和の森公園に14時前に帰って来た。


ページTOPへ

… スンナリと春にはなりません…戻り寒の縦走路を昭和の森から若杉山往復 (3/12)

… 雪雲の中を昭和の森から3時間歩いて若杉鼻へ …


昭和の森(9:35) … 縦走路(10:39) … 前砥石山(10:58) …砥石山(11:13) … 鬼岩谷山(11:32)… しょうけ越(12:02) … 若杉山 (12:44~昼食~13:05)

若杉山 (13:05) … しょうけ越 (13:36) … 鬼岩谷山(14:10) … 砥石山(14:27) … 前砥石山(14:41)… 縦走路分岐 (15:00) … 昭和の森 (15:42~)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


3月12日 雪雲の中 …

 二月から発掘作業の仕事が始まり土日にしか山歩きが出来ないようになり、一月のように三日に一回のペースでは登れなくなった。

 80歳が間近の山歩き人にとっては、一週間も山から遠ざかると脚筋力や心肺機能が低下が切実な問題である。という事で、今日はあまり山歩きにはパッとしない日だったが、昭和の森から若杉山往復の負荷訓練登山を実行した。

 昭和の森を9時半過ぎに出る頃は、小ぬか雨が降っており稜線は雪雲の中だった。橋を渡って直ぐの前砥石山登山口から山道に這入り、シダ類の茂る道を暫く登ると道一杯に真っ赤なやぶ椿の花が落花していた。

 なるだけ花を踏まないように気をつけて通過したが、稜線に至るまであちらこちらに赤い絨毯道が出来ており、やぶ椿にとっては、昨夜の寒気が堪えたのかもしれなかったのだろう…そんな事を思いながら登って行くと、次第に辺りには薄っすらと雪をつけた樹木などが見え始めた。

 中々、すんなりとは春はやって来ないようだが、一進一退を繰り返しながらも春は遠からじ…であろう。三郡山から来た縦走路に出て左折…前砥石山方面へ向かった。地面にはそう積もっていなかったが、木の枝や葉っぱを淡い春の雪がうっすらと化粧していた。

 前砥石山まで昭和の森から約一時間半…この山頂は西側が開け眺望を楽しめるピークだが、直ぐ目前の砥石山さえ灰色の雲の中で、時折り細かい雪が舞っていた。

 鞍部へ下り砥石山へ登り返していると、反対側から縦走してきた人たちと三々五々離合するようになった…。皆さん、篠栗を7時過ぎに出発してきた人たちで、声掛けあって離合した。

 砥石山は樹林の中で眺望が効かない山頂で、前砥石山と僅か20m程しか高くないのだが、その20mの標高差が降雪ラインの上だったらしく、山頂付近は白くなっており標識の文字にも雪が這入りこんでいた。

 山頂から鬼岩谷山へ向かっていると、やぶ椿の葉っぱの先に雨が凍って出来た雨氷が出来ており、付近の地面には霜柱もたっていた。一等三角点の鬼岩谷山には一人の女性が喫煙中で紫煙が漂っていた。

 その愛煙家の女性曰く「しょうけ越しからの胸突き八丁を登り終え、一安心し一服していました…」と云いながら「済みません山の空気を汚して…」と恐縮しておられた。そんな話を聞いていると下の方から、オーイとかヤーとか云う声が聞こえてきた。

 連れでも探しているのだろうと下って行くと、その大声の持ち主に出逢った。誰か探しているのですか?と訊くと、「イヤ…この付近でガサガサ音がしたので猪でも居るのではと思い、怖かったので大声出していました…」だった。

 鬼岩谷山からしょうけ越し峠まで、標高差にして約270mの坂を下って行く途中、岩場を過ぎて少し下った付近から伐採した材木運搬の為、林道が縦走路に沿うようにして作られていた…。

 しょうけ越しの陸橋を渡ろうとして黄色の表示に気づいた。何だろう?読むと…「この橋の所有者を探しています・・・ご存知の方は福岡土整備管理課にお知らせください」の表示だった。

 この陸橋が作られたのは、下を通る大野城〜飯塚線(県道60号線)が開通後だと思うが、お役所がその経緯を知らないなんて信じられない。ましてや、こんな構造物を個人が建設したとは到底思えないのに、登山者にウオンテッドするなんてどうかしている。

 杉林の中を登り上がって若杉山への東尾根道に這入り、小さなピークを越えて展望岩のある若杉鼻に着いた。展望岩で昼食にしようかと思ったが小糠雨がパラついていたので山頂に直行した。

 昭和の森から丁度3時間で、NTTなどのアンテナ群や建物のある山頂に着いた。山頂には4人連れの登山者が休憩中だった。ベンチにザックを下ろし、テルモスのお湯でカップうどんを作り、握り飯を食べながら4人連れの人達と暫く会話を楽しんだ。

 13時過ぎに山頂を後にし往路をスタコラサッサと小走りにしょうけ越しに下り、胸突き八丁の鬼岩谷山への坂も一気に登り上がり、雪化粧した砥石山を横目に前砥石山へ…若杉山から一時間半のナイスピッチ…!

 前砥石山から昭和の森分岐に向かっていると、灰色の霧の縦走路の中からボーっと人の塊りが見えて来た…。近づくと宝満山から若杉へ縦走訓練中の高校生パーテイで、全員、重そうな大型ザックを背にし、コンニチハ…と、挨拶しながら霧の中へ消えて行った。

 彼等と離合して間もなく雲が上がりはじめ、薄日も射してくるようになった。分岐から昭和の森への道に這入り、フカフカの落ち葉道を小走りに降って登山口に15時40分ごろ下りついた。振り向くと頭巾山が雲の中から頭を出しはじめていた。

 駐車場に戻りつき山道具を仕舞って約6時間の山歩き終了!一週間のブランクが心配だったが、思ってたより足腰共に動いてくれたようで先ずは一安心というところだ…。老化防止は身体を動かし続けていくしかない…ガンバロー。


ページTOPへ

… 思わぬ名残り雪にビックリ…新雪の感触を愉しんで難所滝から三郡山へ (2/26)

… 三郡山頂は眩しい新雪の世界でした …


昭和の森(9:50)… 難所滝(10:45~:55)… 三郡山(11:52~12:10)…(欅谷Bコース) … 林道の四阿で昼食(13:12~30)… 昭和の森(13:57)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


2月26日 晴 …

 自宅から三郡方面を見ると少し雪化粧していたが、春の雪だから大したことは無いだろうと思いながら昭和の森へ向かった。ところが、昭和の森の駐車場付近は積雪しており、おまけに部分的だったが凍っている所もあった。

 何とかスタックせずに駐車場に着いて準備を済ませ、サテ、どのコースを登ろうか?と思案したが、思ったよりも積雪が多かったのでヒョットすると、難所滝の大ツララが見れるかもしれない…と、河原谷コースを登ることにした。

 貯水池の堰堤からお山を仰ぐと、雪化粧した佛頂山が寒そうに貯水池の水面に投影していた。その、冷たい水面を夫婦鴨が並んで対岸に向って泳いでいたが、雪景色の中に絵になる光景だった。

 昨晩が冷え込んだらしく、積もった雪に残った踏み跡がゴリゴリに凍っており、登山靴でバリバリと踏みしゃいで行った。登るにつれ積雪が増し、ウサギ道分岐付近は10センチ以上積もっており、木の枝についた雪が時々頭上に落ちてきた。

 ウサギ道分岐を過ぎる頃から下山して来る人と離合するようになった。そのうちの一人の人が「雪がドッサリ積もっとるので期待して登ったが、難所滝の大ツララは全然ついて無かったよ…」と、教えてくれた。

 小ツララ付近まで登って来ると積雪は30センチ以上になり、辺りは一面の雪世界になった。その付近で、10名ほどの地元消防署の隊員たちに追いついた…。訊くと、滝付近の状況や看板類の点検に来たそうで、私が冗談に「こんなに大勢で登って来ると火事があった時はどうする?」と云うと、隊長らしい人が「イヤー此処に居る隊員は明け番メンバーだから大丈夫ですよ!」と、笑っておられた。

 凍りついた雪の急斜面を滑らないよう、ロープを掴みながら攀じ登って大ツララの滝の下に出た。離合した人が教えて呉れたように岩肌には水が流れており、申し訳程度にツララの赤ちゃんが垂れ下がっていた。積雪こそ多かったが冷え込んだ時間が短かったので凍りつかなかったのだろう。やはり、大ツララは氷点下の寒気が4〜5日続かないと駄目だろう。

 滝の前を横切って縦走路に向かう斜面の上から滝を見下ろすと、登って来た消防隊員たちの姿が小さく見えていた。フカフカの新雪をこの時期に歩けるなんて思っていなかったので、もう、宝満山系では最後のスノートレッキングになるだろう…と、一歩一歩その感触を踏みしめながら登って行った。

 途中で追いついた地元の人と頭巾山まで一緒したが、その人が「大雪だとラッセルが大変だが、是くらいの新雪歩きなら無雪期よりか快適ですね…」だったが、まさにその通りでスキップしながら雪の上を跳んでいきたい気分だった。

 頭巾山から下山される志免町の人と別れて三郡へ向かっていると、最後の上り坂付近で先行していた若い人に追いついた。お話ししながら三郡山頂へ行く途中に、彼は所属は違ったが、私が現役時代にお世話になってた会社に勤務してある事が判った。感じが若いので30代かと思ったら、46歳になりますだったが若く見えた。

 直接的には何の繋がりも無かったのだが、勤め先の会社が一緒だったという訳で親近感が湧き山頂で暫く話に花が咲いた。お昼時だったので昼食にしようかと思ったが、風が冷たかったので宝満山へ引き返すという彼(M田さんと名乗られた)と、また何処かで会いましょうと別れ、欅谷Bコースから昭和の森へ下った。

 Bコースは誰も歩いてなかったので結構ラッセルもどきをさせられた。途中何度かスリップしたりしながら雪まみれになって林道に出た。林道を5分ほど下った場所に四阿があったのでランチタイムにした…今日のランチはお好み焼きで、テルモスのお湯で作ったカフェオーレを飲みながら戴いた。

 後は、気温が上がって木の枝から降ってくる雪の塊りが当たらないように注意しながら林道を下り、14時前に昭和の森へ帰り着いた…。もう、三郡山系で今季はこんな雪歩きは出来ないだろう…愉しかった。


ページTOPへ
… 早春の光りが満ち溢れる三郡山系をブラリ周回 … 英彦山も春霞の向こうで眠そうでした(2/10)

… 白銀の大山から一転…早春の光り溢れる三郡山系へ …


昭和の森(10:40)… 頭巾山(11:51~)… 三郡山(12:10~昼食~28)… 欅谷Aコース分岐(13:05) … 昭和の森(13:47)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


2月10日 快 晴 …

 三日前、白銀の大山に雪山を思う存分堪能したのが信じられないような春の陽気が溢れる三郡山系をブラリ歩いてきた。時間が遅いのもあったが駐車場に着いてビックリ…平日と云うのに駐車場はほぼ満車状態…皆さんこの春の青空に惹かれやって来られたのか?それとも、難所滝へお出かけの車だったろうか。

 何時もの事だが駐車場に着き、山支度を済ませてサテ今日はどのコースを登ろうか?と、逡巡するが、久し振りに頭巾山コースを登ることにした。頭巾山から先は山頂に着いてから決めればよいと、10時40分過ぎに登山口から山道に這入った。

 足許はトレックシューズで、服装はジャージーパンツに薄手のアンダーウエア―、ザックはチャリンコ用に使っている軽量小型のサブザック…と、走り出したくなる格好だった。

 登山口には山頂まで120分と表示された小さな案内があるが、いつも思うのだが○○まで何時間何分の表示は不適当だと思う。足の速い人もいれば遅い人もいるのだから…。時間表示では無く「距離と高度差・難易度の表示」だと、各々の体力で換算できると思うので、登山に置いては時間表示は目安程度にしかならないとおもう。

 今日は軽装だから、多分70分ほどで頭巾山頂に登り上がるつもりだったので、最初からエンジン全開で自然林の中の頭巾尾根をぐいぐい登って行った。このコースは他のコースに比べ登山者が少なく、滅多に出会わないが、5合付近で先行していた多分120分ペースであろう登山者に追いついた。

 服装を見ると冬山スタイルで青息吐息で登っておられたが、着衣の脱着などのポイントが分らないで登っておられるのだろうが、概して当今の登山者はケースバイケースによる装備品の使いこなしが不足している様で、汗をダラダラ流しアウターを着込んで人をまま見かける。

 三日前に登った大山でも感じたが、初めて雪山に登るという女性が12本爪のアイゼンを履いて登っていたが、氷壁を登攀するならいざ知らず他人がラッセルしたトレイルを登って行くのにはチョット如何かな?と思わされてしまう。

 因みに、私はアラスカ遠征時にも(TANI)の10本爪しか使わなかったし、今、使用してるのは15年前ほどに購入した8本爪だが、大山程度の冬山なら、この8本爪で一向に不自由した思いは無い。多分、ショップの人などの親切な?お薦めに、何も判らずに薦められた装備品を購入させられているのだろうが…。又、ネット検索などで見るとアイゼンの主流は12本爪で、10本とか8本は少数しかエントリーされていない。

 800m程までは暖かい茶色の落ち葉の道だったが、山頂手前から少しずつ残雪が現れ始め、下山してきた人から「上は少し踏み固められて凍っている所もあるので気を付けてください…」と、軽装の私の格好を見てアドバイスを頂いた。

 少し雪が残った山頂に11時50分ごろ到達…予定タイム通りの70分だった。寒暖計を見ると1℃を示していたが、燦々と降り注ぐ陽光と真っ青な空に寒さは全然感じなかった。

 山頂から縦走路に出ると陽当り斜面では雪が溶け始め、下り坂はヌルヌルの赤土が露出して滑りこけそうだったので、左側の雑木林の雪の中を歩いて行った。先月、大寒波の後に難所滝から三郡へ向かった際は、ルートが無くなってしまうほどの雪道で雪まみれになってラッセルしたことが嘘のようだった。

 丁度お昼時に三郡山頂に着いたが、暖かい陽だまりの山頂には、10人ほどの登山者たちが思い思いに陣取って昼食を取っておられた。私も、山頂東側の三角点付近に腰を下ろし、周囲の景色を眺めながら握り飯を戴いた。

 空は底が抜けたような深い碧空だったが、英彦山周辺は春霞に中でボーっとしか見えず、勿論、久住連山の姿は望めなかった。三日前は、白銀の大山山頂で雪の上での昼食…そして、今日はポカポカの春麗らの山頂での昼食…その差が嘘のような思いだった。

 雪解け霜解けでぬかるんだ山頂を後に下山の途に就いた。欅谷Bコース分岐付近までは雪も残っていたが、それから先は殆ど残雪も無くなり、穏やかな落ち葉の道を鼻歌交じりで半ば小走り状態で下り、欅谷Aコース分岐から縦走路に別れ、一気に山道を駈け下り林道に出た。

 クールダウンしながら林道を下って昭和の森に下ったが、途中、植林で覆われた杉や檜の山林には、花粉症の人には辛い花粉をつけた植林が色を変えてあちこちに見られた。昭和の森に帰って来るとマイカーの数は減ってはおらず、まだ満車状態だった。 


ページTOPへ
… 沖縄にも雪をもたらした寒波が難所滝を完全凍結させました …(1/26)

… 一週間前に見た難所滝は嘘のような姿に変身し巨大ツララを纏っていました …


昭和の森(10:15)… 難所滝(11:23~47)… 三郡山(12:57~)… 欅谷Bコース (雪深くラッセル)… 昭和の森(14:53)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


1月26日 小 雪 …

 暖冬に慣れていた九州地方に大寒波が押し寄せ、市民生活にも影響を与え学校などは臨時休校になる騒ぎになった。昨日は、降り続いた雪で庭の石灯篭もスッポリ綿帽子をかぶり雪国の風情になっていた。

 この大寒波は今冬最後の物らしく来週あたりからまた暖冬に戻る…と、気象台が発表していた。という事で、雪が溶けないうちに難所滝の様子を見に行くことにして家を出たが、高速や都市高などが閉鎖されている影響で一般道は流通関係の車などが溢れ大渋滞…ノロノロ運転で昭和の森へ向かった。

 車や通行人の多い道は殆ど雪は無くなっていたが、昭和の森手前の障子岳バス終点付近から上は雪道で、園地内の取り付け道路に這入ると普通タイヤでは通行できない状態になり、何台かの車が路肩でチエーンなど滑り止めをつけたり、車を置いて徒歩で行く人たちもあった。

 私のek君は一応スタッドレスタイヤは履いているが、四駆では無いのでどの辺まで行けるか疑心暗鬼でトロトロ上って行くと、大駐車場付近を過ぎ少し行った分岐付近に「通行禁止」の看板が立てられていた。何台か這入って行ったタイヤ跡がついてたので行ける所まで行ってみようと這入ったが、100mも登った付近でタイヤが空転し前進できなくなった。

 未練たらしく何度か行ったり来たりして轍を広げようとしたが無駄の抵抗で、バックして分岐まで戻り空き地に車を駐め山行き準備をした。細かい雪が降っていたし、木の枝に積もった雪が風でバラバラ落ちていたのでビニール傘を広げ歩き始めた。何時も車を留める上の駐車場経由で行くか迷ったが、右手の車道から行くことにし植林の中の雪道を辿って行った。

 20分ほど登るといつも駐車する上の駐車場から来た道との合流点で、以後は河原谷沿いの雪道を気持ち良くサクサクと踏み分け登って行った。登って行くにつれて積雪が増えて行ったが気温は0℃程だったので何時ものように背中は汗だくになった…。暫く登った付近で後ろから追いついてきた人がいた。

 私はゆっくり登っている積りでは無かったが、追いつかれたという事は足の運びが遅くなっていたのだろう…この辺に78歳の年齢が忍び寄っているのだろうが自分自身では実感できていないようだ。追いついて来られた人と難所滝までお話をしながら登って行ったが、こうして誰かと一緒だと、そのペースで行っても別にきつくなんかないのだから、一人では知らず知らずの中に足の歩みがノロくなっているのだろう。

 登りながら山の話などしながら行く過程でお互いに名乗ったが、彼はK島さんと名乗られS27年生まれだそうで、まだ若々しかった。ウサギ道を過ぎて少し登った付近の沢を横断する付近から積雪が増え、雪面も踏み固められて固くなっていたので立止ってアイゼンをつけられたが、私は難所滝まで付けずに行った。

 小ツララ付近からガスの中に這入り、周囲は白い雪と白い霧で遠近感が無くなり小ツララの岩場もボーっとぼやけていた。最後の凍てついた雪の急斜面を滑らないように用心しながら登り上がって難所滝の岩場の前に着いた。

   難所滝がこんなに凍結したのは何年振りだろう…如何に今回の寒気が強かったかが窺い知れた。一週間前に来た時はまだ水もチョロチョロ流れ、黒い岩肌が見えていたが、今日は、左側の岩壁までシネマスコープのようにワイドに広がっており、その垂れ下がった巨大なツララは圧巻だった。

 ツララも見事だったが、付近を埋め尽くした積雪が尚一層に氷瀑を引き立てていた。多分、氷の芸術作品も今冬最後の見納めになるだろう…暖冬傾向の最中に久し振りに対面できた難所滝の氷のカーテン、何時またこんなに凍って呉れるだろうか?角度を変えて何枚もその姿を切り取らせて貰った。

 滝の横から三郡縦走路へ出る斜面のルートは深々と50センチ以上積雪しており、一歩一歩膝上まで沈み込んだ。三日前の祖母山系の雪も深かったがそれ以上だった。先行者の跡を辿って行くと支尾根分岐でその持ち主に追いついた。まだ20代前半の元気溌剌の青年二人で、分岐の西側を示して「三郡には此方でしょうか?」と尋ねて来られた。

 イヤ、三郡縦走路の出るには右だよ…と教えると「雪が深くて道が隠れているので見当がつきませんでした…」と笑っていた。雪山を歩くには無雪期に何度も通していないとルート探しは難しい…。という事で、其処から先は私がトップでラッセルしながら雪道を辿り縦走路に出た。

 着雪した木の幹や枝が雪の重さで垂れ曲って道を塞いでいるので歩行は大変…。全身雪まみれになって木の枝の下を潜っていったり、迂回して股に達するほどの雪のなかを泳ぐようにしながらで、無雪期の歩行時間の二倍三倍の時間を喰った。青年二人は縦走路に出た付近で休憩していたので、一人で縦走路についたトレースを追って行くと、花が咲いたような樹林の中で先行する女性に追いついた。

 この大雪の中を一人で良く来ましたね…と尋ねると、彼女は只者では無かった!何と「アイスクライミングに阿蘇の滝場に行くつもりでしたが、高速が通行止めだったので宝満に来ました…」と、涼しい顔で笑っておられた。樹氷の写真などを立ち止まって写していた彼女に、三郡で会おうね…と別れ、雪道を行くと向こうから登山者がやって来られた。「頭巾山手前まで行きましたが雪が深く、着雪した木の枝が道を隠していたので引き返して来ました…」だった。

 成る程、頭巾山入口を過ぎるとトレースなし…!斜面に設置された木の階段もフラットになってしまい雪の斜面がガスの中に消えていた。一歩一歩雪面を踏みしめて斜面を下り終えた付近で、先ほど別れた青年二人組が追いついてきた。私が言った「此処からはあんた達がトップバイ…しっかりルートを拓いてイキンシャイ!」とトップを譲り渡した。

 雪道歩行は先行者の跡を辿ると楽チンである。彼等に、ラッセルのきつさを体験して貰いたい…の、親心?でもあった。大型ザックを担いだ二人は文字通り木の枝の下を泳ぐように登って行ったが、方向が着雪して垂れ下がった木の枝などの妨害されると何度も立ち止まり「右でしょうか左でしょうか?」と振り返っては尋ねてきた。で、其処は真っ直ぐ…先は右寄りに…と、鬼先生は優しく教えてあげた。

 油須原から来たレーダー基地専用道路に出る付近は吹き溜まりは股付近まで積もっていた。その写真を撮っていると二人組が追いついてきた…。基地建物の周りを捲いて山頂に立つと風が強く視界はゼロ…寒暖計も凍っていた。追い越して行った二人組は兄弟のようだったので訊くと「親子です…」と年長者の方が答えられた。息子さんは2000年生まれだとかで、今日は学校が休みになったので連いてきたそうだ。

 そうこうしてると青年二人もやって来て、写真などを撮って上げたりした。もう13時近くでお腹も減っていたが、この吹きさらしの山頂ではとてもランチタイムとはいかず下山する事にした。二組とも昭和の森から来たそうだったので「欅谷を下って帰りましょうか?」と、一声かけて下り始めるとアイスクライマーの女性がやって来た。ラッセル有難うございました…お蔭で雪山写真を撮りながら来ることが出来ました…と、笑顔で挨拶された。

 山頂から縦走路を欅谷方面へ向かい始め、直角に右折してからの斜面は吹き溜まり状態で1m近い積雪!おまけに積雪してから歩いた者がいないらしくフカフカの雪の山、そして着雪した木の枝が網の目のように垂れ下がってまともには下っていけない。一瞬、引き返して楽な往路を帰ろうかな…と、脳裏に思ったが、三郡でこんなに雪と戯れる事は滅多な事ではないか!行けっ…と、弱気の虫を叩きだし、覚悟を決めて雪の斜面に座り込んでヤッケを着ていると、声がして親子連れがやって来た。

 オヤジさんの方は何度かこのコースは歩いているらしく「この斜面を下ると欅谷の分岐ですよね…」だったので、そうですよ…と応えると、息子と二人で垂れ下がった木の枝の下をハイハイして泳ぎ下って行った。ヤッケを着用し彼らの後を追って少し進むと、何と向こう側からやって来た登山者と離合した…。お互いにラッセル大変でしたね…と、ねぎらい合った。

 訊くと、昭和の森から来ました…だったので、てっきり昭和の森まではルートの心配もラッセルの心配もせずに行かれると内心ホッとした。彼と別れ少し下ると、親子連れ登山者が待っておられ、お先にどうぞと道を譲られた。トレースが有るので気分的に楽な気持ちで分岐に着いた…。ところがである!先ほど離合した人はBコースからでは無くAコースから登って来られたのであって、トレースは真っ直ぐに縦走路を北に向かって残っていた。

 こちらが勝手にBコースから登って来られたとばかり思っていたのでガッカリしたが、山の神様はそう甘くないのだ!と、自分自身に言い聞かせて分岐から左折し、何処でも道の深々した雪の中に見当をつけて這入って行った。木の階段でも頭を出しているとルート探索に気を遣わずにいいのだが、すっぽり積もった雪は全てを覆いつくし、植林の中を体内ナビゲーションを頼りに下って行った。

 ロープの設置された急こう配箇所を下り、沢の源頭部の大岩を横断する個所は雪がついて反って渉り易くなって助かった。下るにつれて雪の量は減って行ったが、着雪した木の枝などが行っても行っても妨害し中々前へ進めなかった。

 親子連れは、昭和の森に着くまでに追いつかなったが、何処かでお昼でも食べていたのかも知れない。やっと欅谷A・Bコース分岐に降り着き、後は、平坦な舗装道路に積もった雪道を雪景色を眺めながら下って何時も駐車する駐車場に来ると、少し雪が溶けたので何台かのマイカーが上がって来ていた。

 駐車場から5分ほど下ると我が愛車を駐めた分岐箇所の空き地で、通行止め看板付近はすっかり雪も溶け、雪タイヤを履いた車なら通行出来そうだった。無雪なら3時間ほどで廻って来られる行程だったが、今日は、大雪歩行で約5時間もかかったが、滅多に無い雪山漫歩を満喫でき愉しかった。来月の伯耆大山はどうなるか?


ページTOPへ
… 寒波のお蔭でやっと難所滝の大ツララが下がりはじめました …(1/19)

… 連日の寒波でやっと難所滝の大ツララが下がりはじめました …


昭和の森(9:55)… 難所滝(11:07~15)… 昭和の森(12:20)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


1月19日 小雪 …

 暖冬のままこの冬は経過するのかな…?と、思っていたが、やはり、大寒を迎える頃になると暦通りに寒気が厳しくなり近郊の山も積雪して白くなって冬らしくなった。

 朝のラッシュの終わる頃、自宅を出て昭和の森へ向かっている車窓には季節風に飛ばされ小雪が舞い、目的の難所滝付近が有る三郡山系の河原谷の上部付近は白っぽく凍てついているようだった。

 昭和の森の、下の駐車場付近までは路面に雪も無かったが、上の駐車場手前は路面が凍結しておりノーマルタイヤではスタックしそうだった。スタッドレスのお蔭でクリアーし駐車場に着いたが、思っていたよりもマイカーの数が少なく意外だったが、ノーマルタイヤの車の人達は下の駐車場に駐められたのだろう。

 駐車場付近で0℃程だったが風が強いので体感温度はそれ以下に感じられた。妻は、此処からアイゼンを履いて行きますと6本爪を取り出してつけていたが、英彦山の四王寺滝で付けずに登って苦労したので早めの用心をしたのだろう。

 河原谷の登山道に這入ると、雪道には3〜4人の先行者の足跡が点々とついていた。途中で二度ほど妻のアイゼンが緩んだりしてスローペースで登って行くと、ウサギ道分岐で三人の先行者が立ち止まっておられ、二人の女性登山者が私年配の男性にアイゼンを取り付けておられた。

 私は、てっきり同じグループで女性がお父さんにアイゼンをつけておられる…と思っていた。女性が、迷っておられるようだったので私が変わってやると、「済みません後をお願いできますか…?」と、二人で先に登って行かれた。年配の男性がアイゼンをつけるに不自由しておられるのを見て彼女らが助っ人していたのだった。

 日頃、あまり使用しないアイゼンは(特に昔式)紐の取り付け方が複雑で、いざ鎌倉と云う時に手間取ったり、この男性のように助っ人頼みになってしまう。その分岐を過ぎた付近から雪も増えたが、まだ、木の根や岩場が出て来る中途半端な道ではアイゼン歩行は歩き辛い。

 難所滝の凍結の目安になる「小ツララ」の前に出て見上げると、まーまー岩場にツララが出来ていたので一安心し、滝手前の雪が凍り付いてツルツル滑る急斜面を登り上がって難所滝の直下に出た。

 出来具合は…約60%程だったが、先日、英彦山の美しい四王寺滝の氷のカーテンを見て来たばかりだったので、あーやっと凍ったか…と云う感じで、難所滝さんには失礼だったが感激が薄かった。多分、四王寺滝のツララを見ていなかったら、また違った感じだったろうと思う。

 この場所は、下から吹き上げてくる季節風がまともに当たるので寒い…。だからこそ、大ツララが出来るのだろうが、今日は、特に寒風が強烈で長居は出来ず、写真を何枚かパチパチ撮って来た道を引き返した。

 今週末はもっと大きな寒気団が来るそうだから、難所滝も久し振りに大カーテンを張り巡らせて登山客を愉しませてくれるだろう。草ケ谷貯水池の堰堤に立ち寄り見上げると、お山は灰色の凍てつく雲の下に冬の厳しい表情を見せていた。


ページTOPへ
… 私の山登りの守り神「佛頂山」のお地蔵様に新年の挨拶へ …(1/10)

… 佛頂山頂のお地蔵様に新年の挨拶をするとニッコリ微笑まれた …


昭和の森(9:50)… 難所滝分岐(10:25)… 佛頂山(11:05) …三郡山(11:38~)… 欅谷Bコース … 昭和の森(12:35)

**黄色文字クリック⇒写真へ**


1月10日 晴れ …

 佛頂山の祠に新年の挨拶に出かけた。昭和の森の駐車場は大入り満員で駐車場外のスペースにek君を留め身軽な格好で出発した。

 草ケ谷貯水ダム横から河原谷登山道に這入り、速足で登って行くと忽ち身体が温まり、難所滝まで1,5qの案内標識のある砂防堤で上着を脱いでアンダーウエア―だけになった。

 難所滝分岐までに5人ほど追い越し、涸れ沢を渡ってウサギ道に這入った。ザックは一応背負っていたが殆ど空身状態なので坂道もぐいぐい登って行くので、全身から汗がしたたり出た。この寒い時期に是だけ汗を掻くことは気持ちが良い。

 ウサギ道の途中で一箇所、難所滝の岩壁が見える場所があるので立ち寄って眺めたが、白い氷は見えず茶色の岩肌が見えていた。今年は、完全凍結した姿を見ることが出来ないかもしれない…。

 ウサギ道から縦走路に出てひと登りで、私の山登りの守り神の鎮座される佛頂山頂で、先客二人が拝んでおられた。祠のお地蔵さまは新年という事で何方か綺麗に清めてあるようで、お顔が清々しくなっておられた。

 お賽銭を入れて念入りに、今年も又、登山の安全を宜しくお願い致します…とお祈りし、お顔を見ると微笑んで居られるようだった。お地蔵様の祠にお別れし縦走路を三郡山へと向かった。

 長崎鼻から難所滝分岐へ下って行くと向こうから登って来た女性が「アラ…」と声をかけられた。一瞬誰だったかな?と考えたが、彼女は、昨年の大野城市民登山会で一緒したスタッフメンバーだった。

 立ち止まり、改めて新年の挨拶を交わしお別れした。縦走路は行き交う登山者が多く、皆さん新年の山で気持ちの良い汗を掻きに来られたらしく、何方も笑顔で離合した。

 頭巾山サイトを通過し、アップダウンの坂を下っていると霜が溶け始めており、足許の赤土がヌルヌルになりスリップしそうだった。こんな所で尻もちついたら大変だ…滑らないように用心しながら下って行った。

 少し雪の残る三郡山頂には4~5人の登山者が休憩しておられた。天気予報では晴れマークだったが回復が遅れたのか、英彦山や古処山の姿も低い雲の中で見えなかった。寒暖計を見ると1℃で風が冷たかった。

 三郡山を後に下山開始…欅谷Bコースの道をスタコラサッサと駆け下り、まだマイカーが溢れる昭和の森に12時半過ぎに戻って来た。佛頂山〜三郡山ぐるっと周遊2時間40分の快速登山だった。


ページTOPへ
宝満山トップページに戻ります

HOME山の便り
山の花宝満山系
背振山系四国遍路
追憶の山リンク
掲示板写真館