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〜福岡近郊の登山者数NO1の宝満山系へようこそ!〜

宝満山々系 『'14年度』

宝満山々系の概略図


 

このページは ・・・に更新しました。

… 宝満山キャンプセンターへバッテリー(20kg)の荷上げ手伝いに  … ( 12/17 )

… 見かけは小さいが20sの重量は密度が高く、階段登りボッカは汗びっしょりになりました! …

一の鳥居 (11:50) … 百段がんぎ (12:50~55) … キャンプセンター (13:18~昼食~:55) … 一の鳥居 (14:25) …

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12月17日・・ 曇り

 昨日、今日と発掘作業の仕事が中止になったので、今日は、岳友N田氏のボッカ応援に出掛けた…。ボッカの品物は重量20kgのバッテリーで、それを一の鳥居から宝満山々頂直下にあるキャンプセンターまで担ぎ上げる事だった。

 今冬第三波の寒気が日本列島をすっぽり包み込み、北国地方は冬将軍の脅威に晒されており、暖国九州も正月を前にその余波で縮こまってしまっている。そんな寒波に負けてなるかとボッカ稼業を引き受けた物の、内心、山頂まで運び上げることが出来るだろうかと心配だった。

 現在のキャンプセンターが出来る以前の山小屋を建設する時は、(まだ20代前半のバリバリの頃)50kgもあるセメント袋を担ぎ上げていたが、もうそんな事は夢みたいな話になって、ボッカパワーは半分以下になってしまった。

 然しである…何事もやってみる事に価値が生まれてくる。80歳まであと2年11か月の自分自身の気持ちと体力の確認には、このボッカは良い機会であった。一の鳥居まで車で上がって、背い子に小さいがずっしりと重いバッテリーを繰り付け背負ってみた。

 同じ20kgでもずっしりと肩に食い込む重量感に身体が慣れるまで戸惑った。個人装備のリュックを合わせると約24kgだったが、宝満山の正面階段道は良き試練の道であった…。水場付近までは一気に行ったが、以後は次第にペースが落ち心拍数が上がった。

 気温は氷点下、梢を鳴らして渡る季節風で寒いはずだが汗が目に滴り落ちた。足許の地面が凍り付いているので歩くごとにバリバリと音を立て快感だった。百段がんぎの石段を登り上がって一服…!此処まで来ると難関も越えたようで気分的に余裕が生まれた。

 中宮を越して女道に這入ると暫く平坦道で足が軽くなる。やはり、加齢による筋肉退化で腹筋・背筋力が衰えたせいで、きつい登り勾配道では、それを如実に実感させられた。一の鳥居を出て約一時間半で何とかキャンプセンター広場に到達した。

 倉庫に担ぎ上げたバッテリーを収納し、管理人小屋の中に這入り遅い昼食タイムにした。N田氏がストーブに火を点け、コンロでお湯を沸かしてくれ暖かいカップ麺とパン…そしてドリップ珈琲で、ボッカの快い疲れを癒した。

 食事を終えセンターを後に下山の途へ…空荷だから石段を小走り状態で駆け下ったが、やはり、ボッカで登る石段道は良か訓練だった。今日は、手伝いのつもりのボッカだったが、反って貴重な時間を頂いたようでN田氏に感謝したい。マタ誘ってくださいネ…。

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… 難所滝のツララ凍結具合の確認へ  … ( 12/14 )

… 予想してたより凍っていました …

昭和の森 (9:20) … 難所滝 (10:35~47) … 縦走路 (11:15) … 展望岩 (11:22~おやつタイム~:38) … 佛頂山(11:43) … 昭和の森(13:05) …

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12月14日・・ 曇り

 衆議院選挙の投票を済ませ、妻と山歩きに出かけた。行く先は、昭和の森から難所滝へ登ってツララの出来具合を見てから、佛頂山を巡る昼飯抜きの軽登山だった。

 駐車場には20台ほどマイカーガ留まっていたが、この中の半分ぐらいは難所滝へ向かっているのでは無いかと思った。準備を終え、河原谷コースへの道に這入り、少し登った貯水池のゲート付近で二人の山ギャルさんがウロウロしているのに出会った。

 訊くと、三郡山方面へ行こうかと思っていますが…だった。どうも初心者らしかったので、私たちは難所滝から佛頂山へ行くつもりだが、折角だから難所滝のツララを見てから三郡山に行きませんか?と云うと、宜しくお願いしますになって(夫婦+山ギャル二人)の4人即席パーテイになった。

 道々話して行く中に、彼女らは10月から山登りを始めたばかりだという事が判った。おニューのザックにパーカー…ストックや山靴もピカピカの新品だった。どうして山登りに興味を持ったか訊かなかったが、今こうして若い人たちが山に興味を持って呉れる事は、中高年花盛りの登山者たちにとっては頼もしい存在である。

 河原谷沿いの山道を歩いて行きながら、地図とか持っているの?と尋ねると「ハイ持ってます…」と、スマートホンを取り出して地図画面を見せられた…。山登りも時代が変わっているのを痛感した…。初心者にとっては紙の地図よりも理解しやすいかもしれないが、反面、その使い方を誤ると絵に描いた餅になる恐れがあると少し心配だった。

 ウサギ道分岐までは私が先に立って案内したが、他人の後ばかり連いて登ると、何度登っても道を覚えられないから此処から貴方たちが先頭にたって登ってご覧…と、トップを変わった。S訪さん、K北さん、妻の順で(途中で自己紹介した)登って行く中、少し白い雪が見え始め、小ツララ付近まで来ると霜柱が土を押し上げ、路面は少しコチコチになって来た。

 滝直前付近にある寒暖計を見ると丁度0℃だった。こんな状態が一週間ほど続くと立派な氷のカーテンが出来上がるだろうが、それは一月に這入ってからのお楽しみだろう。急坂を登り上がって滝の前に出ると、予想してたよりツララのカーテンが下がっており驚いた。勿論、最盛期に比べるとまだまだ赤ちゃんだが、見に来た甲斐があった。

 新米山ギャルお二人さんは初めて見る滝のツララに歓声を上げていた…。良かったネ!三郡登山のおまけが豪華になって…。今年の冬はひょっとしたら寒が厳しそうなので、何度も素晴らしい氷のカーテンを見ることが出来そうな予感がした。

 充分、大ツララの赤ちゃんを堪能して滝を後にし、縦走路への急坂に這入った。その途中で、ドライフラワーみたいな花?が寒風に揺れていたが正体は何だったのだろう?標高が、800m付近を越すと路面は凍結状態で、降った雪が溶けずに落ち葉と同居していた…。縦走路に出て三郡山へ向かう山ギャルお二人さんと、ご縁が有ったら何処かの山でお会いしましょうねお別れし、我々は佛頂山方面への道に這入った。

 長崎鼻を通過し、少し行った付近の東側にある「私のお気に入りの展望岩」へ立ち寄っておやつタイムにした。下界は晴れているらしく街並みや田んぼなどが良く見えていたが、低い雪雲が山の上空付近にあるらしく、英彦山などは頭を雲に隠していた。そんな景色を見ながら、暖かい珈琲を飲みながらドラ焼きを頂いた。

 おやつタイムを終えて「お気に入り展望岩」を後に縦走路に戻り、佛頂山の祠の前で掌を合わせ、石像様に今年一年の山行きの安全見守りのお礼と共に、また来年もどうぞ宜しくお願いしますと、低頭した。

 佛頂山からウサギ道に這入り、落ち葉と少し積もった小雪の道をノンビリ下って往路の河原谷コースに出て、13時過ぎに昭和の森に帰って来ると、駐車場は40台以上のマイカーで一杯になっていた。

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… 小春日和の三郡山系(頭巾山〜鬼岩谷山)をブラブラと  … ( 11/27 )

… 昭和の森公園の紅葉が秋の斜光を受けて綺麗でした …

昭和の森 (9:20) … 頭巾山 (10:37) … 三郡山 (10:57~11:05) … 前砥石山 (12:05~昼食~25) … 砥石山(12:46) … 鬼岩谷山(13:12) …
 宇美林道終点(13:52) … 砥石山入口(14:38) … 昭和の森(15:29)

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11月27日・・ 晴れ

 小春日和のお天気に誘われ、昭和の森から三郡山系の山を歩いてきた。駐車場周辺の落葉樹の木々は葉を落とし淋しくなっていたが、未だ、黄色やオレンジ色の紅葉を見せる木も残っており、秋深しという風情を見せていた。

 バンガロウの建つ区画を抜け、直ぐ右手の頭巾山登山口から山道に這入った。這入って直ぐに50m位の急こう配の坂道で、エンジンが温まってない心肺がついて行かない感じだが距離が短いので救われる…この上り坂が100mも続くなら出足で挫けそうになるかも…。

 昨日、テレビで阿蘇山が噴火している模様を流していたが、火山と地震が多い日本だが、木曾の御嶽山の噴火災害の記憶が生々しく残っており、地球は生きているという事を思い知らせてくれる。

 で、今日は晴天だったのでヒョッとすると三郡山頂から耳納連山越しに噴煙が見れるかも…と、期待してNikonの大型望遠鏡(1,8sもある)をザックに放り込んできた。頭巾山コースは殆どが自然林の中で、途中見晴らしが利かないが、この時期は落ち葉の絨毯道で私は好きなコースである。

 五合目付近で下山してこられた登山者と離合した。「早かったですね…」と挨拶すると、初対面のその方が「貴方のHP《私の山登り》を見ていますよ…」と嬉しいご挨拶を頂いた。しようもない私のHPを見知らぬ方が見ていて下さり、激励の言葉を受けて気持ちホノボノとなった…お名前を窺うとF田ですと笑顔で応えられた。

 F田さんと別れ、10分ほど登ったロープなどの張られた急坂手前で、先行しておられた登山者に追いついた。この方と、山のお喋りなどしながら山頂までご同行したが、定年後に山を始められたとかで、A新聞のカルチャー教室(登山)などで、あっちこっちの山へ登っておられるそうだった。

 頭巾山から縦走路に出た所で宝満山へ向かわれる際にお名前を窺うと、K下さんと名乗られた。K下さん、私の年齢まで元気で登って下さいね…とお別れし、三郡山へ向かった。縦走路付近の落葉樹は全て葉を落とし、裸ん坊になって来たる冬に備えていた…。黄金色の落ち葉の道をサクサク踏み分け三郡山頂目に来ると、クレーンが動き作業音が響いていた。

 油須原から来た専用道の舗装道路に出た付近で、下山してきた女性登山者と離合した。早かったですね…と挨拶すると、「山頂でゆっくりするつもりだったが、工事の音がうるさく、おまけに塗装工事の匂いがしてとても不愉快でサッサと降りて来ました…」と云いながら「もう三郡山には来たく無くなってしまいました」と嘆いておられた。私も同感である。

 という訳で、山頂に寄らずに砥石山方面へ直行したかったが、阿蘇の噴煙を見る為に持ってきた2s弱のNikonの為に山頂へ上がって見た。スカッと晴れた日には、遠く耳納連山の稜線越しに阿蘇の煙りは(噴火中は)見えていたが、今日は前日の雲が抜けきらずに、晴天の、視界の良い日には英彦山や久住方面も見えるのだが、英彦山さえも見えずに耳納連山の上には白い雲がたなびき、阿蘇の噴煙は見ることが叶わなかった。

 林立するレーダードームやアンテナ群の立つ山頂は昔の三郡山では無かった…。まだこの先もこの人工物が増えて行くのかと思うと暗然たる思いだった。無用の長物だったNikonチャンをザックに仕舞って山頂を後に縦走路を北に向かった。

 小さなアップダウンの縦走路は落ち葉街道…森の親父さんのブナの木に挨拶しながら歩いて行くと、ほんのり背に出た汗が心地よかった。欅谷B・Aコース分岐をスイスイと通過して、今屋敷分岐付近を通過し10分ほど行った付近で、前を行く私年配の登山者に追いついた。

 近づいて背なのザックを見ると私と同じ(色違いだったが)North faceの小型ザックだった。追い越しながら「同じザックですね…」と云うと、私のザックを見ながら「あー一緒ですナ…」と笑われた。齢を伺うと私より一歳後輩…で、ザックともども親近感が湧いた。ご一緒しながら「何処までですか?」と訊くと「砥石山付近まで行こうかと思っています」だった。

 私が「私は、鬼岩谷山から宇美林道を経て昭和の森に下るつもりですがご一緒しませんか?」と尋ねると「イヤー私は病み上がりで足が遅いから・・・でも、鬼岩谷山からの道は行ったことが無いので行ってみたいです」だったので、呉越同舟、丑齢77歳と寅年76歳のコンビが出来上がった。

 前砥石山に着くと丁度お昼時で、山頂には篠栗から縦走してきた二組の登山者が休憩中だった。我々も、山頂の一角に腰を下ろし下界を見下ろしながらランチタイムにした。今日もランチジャーの温っか弁当…。少し嵩張るが、今からの寒い時期には湯気の立つご飯は身体が温まる。

 昼食を終え前砥石山を後にし、一旦鞍部へ下って砥石山へ登り返す。歩きながらお話しすると(M元さん)は、3年前に脊髄の手術をされたそうで、すっかり以前のようには歩けなくなってしましいました…と、語っておられたが、こうして、好きな写真を撮りながら山を歩いておられるのだから偉いと思った。70歳も後半になっての大手術は心身ともに弱って意欲が薄くなると思う。それに打ち勝って山行きを再開された気力こそが尊い。

 帽子のイニシャルに朝日クラブと刺繍が有ったので訊くと、何と、先ほど頭巾山までご一緒したK下さんと同じカルチャー教室会員だった。もう16年になるそうで、是まであっちこっちの峰々を仲間と一緒に踏破されたそうだ。

 鬼岩谷山ピークで小休止後、仲屋敷方面(厄神社)への道に這入った。入口付近にはそれらしき標識がないので初めての人は戸惑われると思うが、少し這入った付近に、旧いが金属製のポールに「仲屋敷方面」と書かれた標識があった。このコースは私も先々月初めて利用したが、殆ど利用していないらしく、落ち葉で埋まった樹林の中の道は「何処でも道」だった。

 と、思いながら斜面に這入ると、黄色と赤のテープが小まめに木の枝や幹につけてあり、安心して落ち葉で埋まったフカフカの絨毯道を、お互いに「気持ちが良いですねー」と云いながら下って行くことが出来た。

 そんな快適な落ち葉の道を10分ほど下ると、明瞭な凹みの有る道(昔の木馬道と思う)になったが、通行する者が少ないので倒木が倒れ掛かってバリアー状態の所もあった。下って行くにつれ常緑樹も現れ、その中に散り残った紅葉の色が美しかった。

 山頂から約40分ほどで宇美林道の終点部分に下りついた。此処を真っ直ぐ下ると厄神社のある集落に至る…。小休止後出発し、荒れ果てて舗装が崩れたデコボコの林道には、夏草やイバラの茂っており、森林組合の手入れも随分長い期間されていないようだった。

 林道終点から砥石山入口までの距離は思ったよりも長かった…。山の端を何度も廻りこんで行く道の片側の山手には、色鮮やかに紅葉したハゼの葉っぱが時々現れたが、涸沢のナナカマドを思い起こさせた。砥石山入口まで半分ほど歩いた付近で見上げると、支尾根ピークに巨大な岩が樹林の中から突き出ていたが、あの上に登ると絶景だろう。

 約50分もかかってやっと今屋敷から来た砥石山入口に着いた。振り向くと鬼岩谷山が裾野を見せて見送っていた。林道歩きを避けておられたM元さんには気の毒だった…が、此処から昭和の森まで小一時間、林道歩きが待っていた。然し、此処から昭和の森までの林道は荒れていなかったのでその分救われた。

 昭和の森入口付近まで戻って来ると、公園々地の背の高い紅葉した樹が、宝満山系の山を背景にして柔らかな秋の斜光を受ける様は一偏の絵画を見る様だった…。15時半ごろ無事帰着し、半日おつきあいしたM元氏とお別れした…。帰宅後のビールの味がさぞや美味しかったでしょうね。

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… 佛頂山の祠に北ア登山無事終了の報告とお礼に  … ( 10/18 )

… 秋晴れの三郡山頂からの景色は満点でした …

昭和の森 (7:50) … 佛頂山 (9:00) … 三郡山 (9:30~40) … 昭和の森 (10:49) …

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10月18日・・ 晴れ

 先月末の北ア山行は今年も天候に恵まれ、3000mの岩峰群を踏破できたが、是も一重に佛頂山の石像様のご利益によるものと、少し遅れたがお礼参りに出かけた。

 今年は秋の進行が早いようで、昭和の森の駐車場から歩き始めは少し寒いくらいで、丸坊主の頭には毛糸の帽子でもかぶりたい程だった。それでも、河原谷沿いの朝露に濡れた山道を登って行く中に次第に身体も温もり、冷ややかな朝の空気が気持ち良く感じられるようになった。

 落ち葉をカサコソ踏み分け登って行くと、夏鳥のオオルリさんが今季最後であろう美声を藪の中から聴かせて来た…。難所滝分岐からウサギ道に這入り、急坂を登って行く中に次第に周囲に朝の光りが充ちて来て、見上げる空の色が秋深しと言う感じだった。

 背なのザックが軽いせいもあるが一時間足らずで縦走路に出て、丁度9時ジャストに佛頂山頂到着…。朝の光りを受け、清々しい表情の石像様の前に跪き、貴方さまのお蔭で天候に恵まれ、全員無事に北アルプスの山旅を終えることが出来ました…と、深々と低頭し、お礼と報告を申し述べた。

 お礼を終えて三郡山へ向かって行くと、長崎鼻付近で後ろから山ラン姿の人が追いつかれる。暫く話しながら訊くと、大宰府から篠栗まで5時間半を予定しています…だった。今は、こういったスタイルのトレランを楽しむ人が多くなり、山登りも多様化してきているようだ。

 所が、先ほどの人は登りは苦手らしく平地と下りでは走っているが、上り坂では急ぎ足の私が追いついてしまう。三郡山頂手前までは結局私の方が早くなった…。彼は、もう山頂には寄らずに行きますと…縦走路を駆けて行かれた。

 今日の山頂からの眺望は素晴らしく、雲海の上に浮かぶ英彦山や古処三山のシルエットが絵のようで、遠く久住山群の硫黄山の白い煙が御嶽山の噴煙を思い起こさせた。九千部山の向こうの雲海の上には雲仙岳が頭の部分だけ見せていた。

 やはり、秋は空気が澄み渡って山頂からの眺めが良い日が多く、登って来た登山者も満足である。10分ほど四囲の景色を満喫して下山の途につき、欅谷Bコースを下って丁度3時間で昭和の森へ戻って来た。

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… 北ア訓練最終回は妻を同伴し、15kg担いでマイナーコースの今屋敷から砥石山〜鬼岩谷山へ  …( 9/16 )

… 訓練最終回の負荷重量15kg ザックの中味は…(電話帳4冊+水2L+携行装備類)でした。 …

今屋敷ゲート (10:10) … 鉄塔 (10:31) …旧道分岐 (10:54) …宇美林道出合 (11:41~48)…砥石山(12:27~45)…鬼岩谷山 (13:02)…

宇美林道出合(13:41~45)…沢渡渉(14:07~18)…厄神社(14:40~45)…出発点(15:00)…

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9月16日・・ 晴れ

 北ア出発を前に、最終ボッカ訓練に出かけた…。出発前にネット検索をすると「私の好きな九州の山」というブログに、今屋敷から「砥石山〜鬼岩谷山〜仲の原」を周回するコースが紹介されていた…。そのコース中の鬼岩谷山〜仲の原間は初めてのコースだったので好都合だった。

 砥石山は、縦走途中や昭和の森からしょっちゅう登っているが、鬼岩谷山は是まで縦走中に通過しただけで、山頂から下山ルートが有るのは知ってたが一回も登下降したことが無かったので、丁度良いチャンスだと思いこのコースに決定し、妻に話すと例によって5時間ほどなら行きましょう…だった。

 何時も向かう昭和の森手前の障子岳バス停から左折し、集落の中を抜けて今屋敷の登山口に向かった。ネット検索でダウンロードした地図を参考に走って行くと、峠の少し手前のカーブ手前付近に登山口とされるゲートがあった。

 その先の少し広くなった路肩に車を留め、15sのザックをヨッコイショと背負ってゲートに向かった…。ゲートの手前には竹の樋から山水が勢いよく迸っていた。ゲート前に行くと水源保全の為…云々かんぬんと書かれた立ち入り禁止の古い看板があり、鉄柵と鉄条網で這入られないようになっていた。

 鉄柵の向こうを見ると、苔や雑草の生えたコンクリート舗装の林道が見えていた。どうしようかと迷って付近に別の入り口は無いか探したが見つからなかった…という事で、妻は、鉄条網の少し破れた隙間から匍匐前進して侵入…私は、ザックを向こう側に降ろして鉄柵の上を乗り越えた…が、出発から前途が思いやられた。

 急勾配の林道を5分ほど登ると舗装が切れ、其処から先は夏草がボーボー茂って人や車の通った気配なし!草を掻き分け登って行くと蜘蛛の巣のオンパレード…。折角、作業した蜘蛛さんのバリアーを壊して行くのは申し訳なかった…。「ゴメンね蜘蛛さん…」と、断りを云いながら小枝を振るって前進した。

 こういう道なき道を行くにはGPSが強力助っ人!画面を見ながら登って行くと正確に誘導してくれる。トラックバック機能が有るので、愈々行き詰まった時も、来た道を出発点にナビゲートしてくれるので心強い…が、それは、上空が開けた場所が条件で、今回も、樹林の中で衛星をキャッチできない場所では軌跡は途切れていた。

 ダウンロードした地図とGPS画面を見ながら登って行くと、このコースに這入って初めて左側の木の幹に案内表示板が取り付けてあった。右手には、電力会社の標柱が有り「東福岡幹線33号・34号」と記され、標柱の横からプラチックの階段がついていたが、その先は藪が茂っていた…多分、今屋敷方面への旧道らしかった。

 其処から少し行くと視界が開けた高圧線鉄塔の下に出た。こういう明確な目標物が出て来ると現在地の把握が確認でき安心する。鉄塔の北側から東側の稙林帯に這入ると、何となく山道らしい道が続いていたので一安心…でも、一年にこの道を利用するのは何人だろうか?と思わせる感じで、荒れ放題の道は倒木、枯れ枝、下ばえの灌木の小枝が遮っていた。

 そんな障害物を手で折ったり取り除いたりしながらだから時間がかかった。お蔭で、妻は余裕で連いて来ることが出来た…。暫くそんな荒れ放題の道を登って行くと、U字状に窪んだ道が現れる…この道はかって、木馬道(材木を馬が曳いて降ろしていた道)として使われていたのではと思った。窪んだ場所には倒木、木の枝が累積しとても歩き辛く、土手の様に高くなった場所を歩いたりした。

 鉄塔から20分ほど道路掃除?をしながら登って行くと、木の幹に標識が取り付けてあった…。此処は、下る際のポイントらしかった。其処から、20分ほど登ると地面に字が消えかかった標識が有り、かっての今屋敷方面への分岐らしかった(10年ほど前に此処から下った記憶があった)。

 その標識から30分ほど登って、やっと昭和の森から来た宇美林道に出た…登山口から一時間半だった。軽装で一人だったら一時間ほどで登って来れただろう。林道の日陰で小休止、飴玉などを頬張って一息ついた。此処から、砥石山までは通いなれた道…時々遅れる妻を待ちながら登って行くと、後ろから男性登山者が追いついて来られた。

 暫く、その人と山の話などしながら登って行ったが、30年ぐらいのブランクの後に、リタイアしてから山を再開し年間70回ほど登っているそうだった。妻が遅れだしたので後で山頂でお会いしましょうと先に行って貰った。山頂手前の道の真ん中に、大蛇が鶏でも呑みこんだような木が有る…。一度折れるか何かした後に復活したのだろうがその生命力は凄い。

 山頂に12半時前に着くと、先ほどの人が二人の女性登山者と話してあった。宝満山に泊まって若杉から篠栗に向かうという二人は、三郡縦走を一泊二日でやってます…と大笑いしながら、私のザックを持ち上げようとし「ウアー何が這入ってるんですか?」だったので、訓練の為に電話帳などが入ってます…と言うと、あきれ顔で私を見ておられた。

 山頂の端っこで昼食タイム…一泊二日の三郡縦走二人組はお先に…と下りて行かれた。途中追い越した人は、鬼岩谷山から宇美林道を経て昭和の森に帰りたいのですが、初めてですので一緒させてください…だったので、私も初めてですがご一緒しましょうという事になった。コンビニの超可愛らしい弁当を食べたが、山での食事は、是くらい少量の食事を小分けして二度ぐらいに分けて食べた方が、腹いっぱい食べるより後の行動に良いかもしれない…と、思った。

 彼は、コンロでお湯を沸かしカップ麺を食べておられたので、妻が遅いので先にボチボチ行ってますと山頂を後に鬼岩谷山へ下って行った…9月も半ばを過ぎると縦走路の広葉樹の葉っぱも少し赤くなりはじめ、吹き抜けて行く風が涼し過ぎるぐらいだった。キバナアキギリの写真を撮っていると、昼食で遅れて居た彼が追いつかれ、一緒になって鬼岩谷山に着くと縦走路に二本のストックが置いてあった。

 先ほどの三郡縦走一泊二日組のオバチャマ達の物で、その辺を探検してました…と、今から私たちが下る道から出て来られた。この調子なら三郡縦走一泊二日も無理はなかった…。彼女らを見送って我ら三人は仲の原の厄神社方面への道に這入った…。同行の彼がS木さんと自己紹介されたので、私も名を名乗って初めてのコースを下って行った。

 下り始めは灌木類の中の緩斜面で、落ち葉の積もった道は何処でも道と言う感じの地形で、目印のテープを追って慎重に下って行った。勿論、GPSと地図も見ながらだった。やがて、今屋敷から登った時のように凹んだ木馬道状になって歩き辛くなった。但し、此方側はテープ類の目印が多く迷う心配はなかった。が、登山者の数はあまり無いような感じで踏み跡はなかった。

 鬼岩谷山から約40分ほど下って宇美林道終点に出合った。此処で知り合ったS木さんと別れた…彼は、また何処かでお会いしましょう…と、夏草の茂る林道に姿を消して行かれた…山での一期一会のときである。少し下った所に厄神社への道標が立って居たので小休止…。小さなミカンなどを食べて一息入れた。

 窪んで倒木や枯れ木が散らばる木馬道を下って行くと、時々小さな案内表示板が立木などに付けられていたが、そんな箇所は大概、転換点になっていた。休憩ポイントから20分ほど下ると表示板が有り「100m先沢渡り…」と記されていた。

 左折し、少し行くと沢水の流れる音が聞こえだした…。テープのつけられた付近から飛び石伝いに沢を横切り、水流が綺麗だったので、沢の中の砂州の石に腰を下ろし一休みにした…。蜜柑の缶詰を開いておやつタイム…缶詰が軽ければ北アルプスの山頂に持って行きたい所だ。

 10分ほど休憩し出発し、対岸から夏草の茂る中に這入ったが殆ど道らしきものは無く、点々とつけられているテープを追って降って行った。道は、やがて昔はコンクリート舗装林道だったらしいが、今は砂礫に変わっており、中央には雨水が道を抉ってクリーク状になっていた。

 沢から20分ほど下ると民家の屋根が見え舗装道路が現れた…。仲の原と呼ばれる場所で旧い家屋などが有り、川の横には「厄神社」と呼ばれるお社があった。厄神社の由来は判らないが厄払いのお神様かも知れない?細い、朱塗りの橋を渡って社に行くと、小じんまりした神社が孟宗藪を背に佇んでいた。

 厄払いの神様かも知れないが、例によって神頼み…登山の安全をお願いした。境内にはオレンジ色のコスモスの花が秋風に揺れていた。下山終了点が神社様とは、初めてのコースの締めくくりにハッピーだった…。集落から、車道を車を留めた場所に引き返して行くと、こんな山の中に大きな総合病院ビルが二棟も立って居た。仲の原から10分足らずで、出発点に駐車した車の所に帰着した。

 距離こそ短かったが、一応、15s担いで約5時間行動できたのは良かった。先発のI上グループは今頃は槍ヶ岳かな…我々が行くときも良い天気に恵まれるように祈りたい…。北アから帰ってきたら、今日みたいなマイナーなコースを彼方此方歩いて見たい。

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… 久し振りに妻を誘って佛頂山から頭巾山へ  …( 9/11 )

…縦走路の展望岩で昼食、早めの紅葉の葉っぱの向こうに三郡山 …

昭和の森 (9:55) … ウサギ道分岐 (10:31) …佛頂山 (11:25) …展望岩・昼食 (11:48~12:12)…頭巾山(12:35~40) …昭和の森 (13:44)…

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9月11日・・ 晴れ

 次女が退院してきてたので、一日おきに家事の手伝いなどへ行っていた妻に「気分転換に山歩きに行こうか?」と誘って、昭和の森から宝満山系の佛頂山から頭巾山をボチボチ歩いてきた…。

 10時少し前に昭和の森公園の駐車場に着くと7〜8台マイカーが駐車していた…。この頃は、北ア登山に備え何時も12〜13s背負って歩いていたが、今日はサブザックに弁当と水を2,5リッターなどで6kg位の重量なので走っていけそうだった…。

 然し、妻は久し振りの山歩きなので走って行く訳にはいかない。おまけに今日は卸したてのニューシューズだった…。10時ごろ出発し、草ヶ谷貯水池の前から河原谷コースへ向かった。やっと二〜三日前から秋らしい空模様になって、中秋の名月も拝めたが、晴れてはいるのだが少し霞みがかった様な空で、遠方はボーっとしていた。

 後ろからついて来ている妻の気配を感じながら、徐行運転で登って河原谷沿いの山道に這入った。元気な時は何とか私のペースで歩いていたが、此処近年、身体の調子を崩し山歩きも儘ならなかったのが、やっと、昨年あたりから復活に向け5時間ぐらいの山歩きなら大丈夫…何て言ってた。

 難所滝方面への分岐点からウサギ道に這入ると少し勾配がきつくなり、歩調が遅くなったので「休もうか…」と、尋ねると「イヤ大丈夫…」と、黙々とマイペースで登って来た。47都道府県の山登りの時もそうだったが、妻は同じペースなら此方が休もうと云うまで休まなかった…。

 少しずつ遅れる妻を時々待ちながら700m付近の休憩場所付近まで登り上がって小休止…谷川から吹き上げてくる風が汗ばんだ身体に心地よかった。動いているとまだ汗が出るが、立ち止まると半袖では少し寒いようだった…今年の秋は早いので冬も早く来るかもしれない…。飴玉をしゃぶって出発し、少し赤みが出たツルシキミの実を見ながら登って行き、樅の木やブナの巨木の生える山頂近くの尾根に出た。

 縦走路に出て左折し、ひと登りで石の祠のある佛頂山々頂…昭和の森から約一時間半。妻の状態を考えるとナイスペースだろう…。4日前にお願い事をしたばかりだったが、再度、地蔵様に「北ア登山の安全と無事」を宜しくお頼みします…と、掌を合わせた。

 小休止後出発し、縦走路を北に向かった…。長崎鼻から難所滝分岐の鞍部へ下って同じほど登り返して直ぐ、縦走路の東側に北東方面の眺望が良い巨岩が鎮座している。時計を見ると12時少し前だったのでランチタイムにした。

 花崗岩の上に登って辺りを見ると英彦山は勿論、近所の山の姿も煙霧みたいなベールに隠れ、秋の青空の下だというのに全然その姿は見えなかった…。紅葉を始めた広葉樹の向こうに、三郡山が頭にレーダーや塔など角の用に生やして見えていた。

 シューズを脱いで岩の上に腰を下ろしオニギリ飯にかぶりついた…。直射日光が照りつけていたが空気が乾燥している上、気温が20℃以下だったので日光浴をしている様で気持ち良かった…。

 20分ほど展望岩レストランで過ごし満腹したところで出発…尾根道を東から西へ吹き抜ける爽やかな秋風を受けながら20分ほど行くと頭巾山入口…山頂の寒暖計を見ると18℃だった。涼しかったはずだ。この分だと、3000mの稜線はひょっとしたら0℃近くまで下がるのではないだろうか?

 頭巾山から昭和の森までは急勾配の道…だが、道の両側には手がかりになる灌木類が有るので、妻も時間はかかるが転ぶ心配はない…山頂から約小一時間で、ドングリが転がる昭和の森公園に戻って来た…約4時間の山歩きだったが、妻にとっては少し肉体的にはきつい部分もあったろうが、大自然の空気を思う存分吸ってリフレッシュしたのでは?

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… 北ア登山訓練に息子と三郡縦走(篠栗駅~太宰府駅…約22q)8時間へ  …( 9/7 )

…息子の健脚に連いて行くのに後半はヘロヘロ …

篠栗駅前 (6:59) … キャンプ場 (8:02~07) … 若杉山 (8:53~9:05) … しょうけ越し (9:42)…鬼岩谷山 (10:20~26) … 砥石山 (10:44)…前砥石山 (10:57) …三郡山 (11:58~12:07) …

佛頂山 (12:49) … 宝満キャンプセンター (13:05~15) … 竈神社 (14:27) … 太宰府駅 (15:10) …

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9月7日・・ 山はガス

 息子から誘われJR線を利用し、篠栗駅から宝満山を経て太宰府駅までの三郡縦走に出かけた。昨日まではパッとしない天気だったが、今日あたりからやっと秋らしい晴天が続くという予報だったが、縦走中はずっとガスの中だった。

 息子は、二週間先に迫った北アルプス幕営登山に備え、約17sのザックを背負っているらしかった。私の負荷は13sだった。息子は半袖半ズボンにトレイルシューズの軽快なスタイル…私も、若杉山山頂までの舗装道路歩きに備え、軽いトレイルシューズにトレパン姿だった。

 早朝の市街地を抜け30分ほど登ると「押し石」の謂れのある小さな祠があり、例により「都合のいい時の神頼み…」で、立ち寄ってお参りする…「北アルプス登山の安全と好天」を宜しくお頼みしますと掌を合わせた。キャンプ場手前の木の階段道を登って行く付近から息子に後れを取り始めた。

 加齢による筋肉の衰えは根性だけでは如何ともしがたい現実を実感した。標高400m付近のキャンプ場に篠栗駅から約一時間…水道の水を頭からかぶってオーバーヒート気味の身体を冷やした。此処で、息子が筋肉の攣り予防に「これを飲んでたらいいよ…」と、ビニールパックを差し出した。中には、こってりミネラルタブレットとスポーツ羊羹が這入っていた。

 早速、気は心…と、水道の水でタブレットを二個流し込んだ…。キャンプ場で一息ついて出発し車道を暫く登って金剛頂寺の先から、九電専用道路に這入った…この舗装道路は凄い急坂で滑り止めのギザギザは這入っているが、雨で湿っているのでツルツル滑って大変だった。

 この上り坂でも少しずつ息子から離されていた…。暫く登った付近から大祖宮方面の遊歩道に這入った…道には、木のチップが撒かれておりコンクリート道歩きの後だけ、フワフワと足に心地よかった…。少し行くと大祖宮への道で、石段道が一直線に山頂神社へ延びていた。

 息を弾ませ大祖宮神社前に登り上がった…。此処でも早速鈴を鳴らして山行きの安全などをお願いした。山頂に行き小休止…ベンチに座って行動食を食べていると一人の登山者がやって来られた。何と旧い山友のY田さんでは無いか…奇遇もいいとこ!彼は、マッキンレイ・アコンカグア・キリマンジャロ・エルブース・ユングロウ・マッターホルン…等々、世界の高峰を踏破した猛者で、尊敬する山友の一人である。

 こんな遭遇も「山の神様」のお導き以外に考えられない。ゆっくりお話もしたかったが、我々は先が長いので、少し立ち話をして「又、機会を作って山行きをご一緒しましょう…」とお別れし、縦走路をしょうけ越しに向かって下って行った。

 長崎鼻を通過し緩やかな道を行くと、道の両側には露をつけて鮮やかな色彩を見せる、深紅のツリフネソウ・黄色のキバナアキギリ・等々、秋の草花たちが咲き乱れており、目を愉しませてくれた。しょうけ越しの少し手前で、二人の女性トレランナーとすれ違った…。今日は、宝満までこういったトレランの人達と何人も離合した。今、このスタイルを愉しむ登山者が増え、山行きの形態も変わって行くようである。

 しょうけ越しの陸橋を渡ると鬼岩谷山のピークまで一気の駈け上がり…。坂道に這入る前、息子に、私のペースだと調子が狂うかもしれないだろうから、先に宝満山まで行ってても良いよ…と、一声かけていたが、17sも背負っているのだろうかと思うくらいに坂道をスイスイ登って行き、間もなく視界から消えてしまった。

 ザックの中の水容器からのチューブを口にして水分補給し、脱水症を予防して行ったが、飲む傍らから汗になり全身ビショビショ状態になった…。しょうけ越しから約40分で鬼岩谷山のピークに到着…。息子が凍った蜜柑缶詰を持って迎えて呉れた…多分10分近く待っていたと思う。この差は、36歳と76歳の埋められないギャップ以外何物でもない。

 シャーべット状に凍り付いた蜜柑の缶詰は最高のおもてなし…!失われた体力がその甘みの中に掻き消えて行った。付近の草叢の中に、小ぶりのイヨフウロの花がひっそり咲いていた…。エネルギー補給を終えザックを肩に縦走路を砥石山へ出発…ガスの中にボーっと浮かび上がる樹林の中の道を行くと、木の枝についた滴が風にふるい落とされパラパラと降りかかり、勢い水をかけられている様で気持ちが良かった。

 平坦道と下り勾配の道では40歳の年齢の差はあまりで無いようで、ガスの砥石山から前砥石山までは息子とほぼ同じ速さで歩けた。前砥石山から三郡山までは息子が私の後を追う形だったが、三郡山の最後の登りで、鬼岩谷山からのハイペースのつけが足に来て気持ちが萎えかかった。

 山頂は、新たに建設中のアンテナ塔の工事の為に金属音が響き渡っており、山頂での一時を過ごす登山者たちを幻滅させていた。東側に出来た塔と新たに出来つつあるアンテナ塔で、愈々、山頂からの眺望は台無しになり、山頂での喜びが無くなってしまった。

 息子に昼飯にしようかと言ったが、「イヤー腹は減ってないから…」と言うので、大きな梨を被りつき空腹を満たした…。息子にしてみればチャリンコで200km走る思いからすれば、是くらいの運動量では腹はすかないのかも知れない。

 三郡山頂を後にする頃からガスが切れはじめ、ススキの向こうに佛頂山が見えて来た。此処まで来るとこの長い縦走も完了寸前…普段ならクールダウン代わりに歩いて行くのだが、思うように足が進まず、又もや息子の姿が見えなくなってしまった…トホホ!

 難所谷分岐から最後のひと登りを頑張って佛頂山に来ると、息子がザックを下ろして私を待っていた…。今回の縦走は一つは、この佛頂山の祠に山行きの安全をお願いする事もあった。今まで、大きな山行きの前には必ず訪れお願いしてきたが、霊験あらかたで、お蔭で毎回好天に恵まれ、愉しい山行きをすることが出来ている。

 お願い事を終え、キャンプセンターの水場に下って冷たい山水で顔を洗ったり頭からかぶったり、喉を潤したりした。キャンプセンターに行って今日が当番のN田さんと会って縦走終了の挨拶をし、下山の途に就いた…。息子が、階段道じゃない道で下ろう…だったので、中宮から行者道を辿って竈神社の横に下りてきた。

 バス時間が20分ほどあったので太宰府駅までのんびり歩いて行くことにした。中ほどで振り返ると真っ青な秋の空が広がって、竈山が威風堂々と見送っていた…。道端には曼珠沙華の蕾が開花寸前で、今年の季節の移ろいの早さを知らしめていた…。トンネルを潜って天満宮の境内に這入ると参拝客や観光客がいっぱいだった。

 後二週間先に迫った北アルプス登山の為に、ここ一ケ月程特訓に励んだが体力の低下を悔しいけれどまざまざと実感させられた。後、出発までに二度ほど訓練して納得できなかったら、行程の変更も考えようと思っている。まー…人事を尽くして天命を待ての心境だ。

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… 北ア登山訓練に三郡縦走10時間へ  …( 8/23 )

…8月は雨続きで山歩きもご無沙汰で、久し振りの三郡縦走10時間はきつかった …

昭和の森 (6:50) … 砥石山 (8:34) … 鬼岩谷山 (8:56) … しょうけ越し (9:28)…若杉山 (10:23) … 奥の院 (10:28~35) 折り返し …若杉山 (10:40) …しょうけ越し (11:28) …

昼飯タイム(11:57~12:10)… 鬼岩谷山(12:27) … 砥石山(12:50) … 前砥石山 (13:13) … 二回目昼飯タイム(13:41~:55) 三郡山 (14:50~55) … 頭巾山 (15:20~27) … 昭和の森 (16:30) …

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8月23日・・ 晴れ

 8月もあと少し…依然として連日不安定なお日和続き。広島の集中豪雨禍では多くの人命や住宅などは奪われたが、当地でも、昨日、朝方に一時間降雨量が100ミリ近い集中豪雨が降って床上浸水騒ぎになったが、今、日本列島は各地で神出鬼没のゲリラ豪雨に戦々恐々といった所だ。

 昨日の予報で、今日は久し振りに晴れマークが出ていたので長時間歩行訓練を思いたった。先日購入したSIRIOの山靴の履き初め>でもあった…。60歳の定年記念で妻と二人で登った「日本47都道府県最高峰」時に使用した靴もSIRIOだったが、まだ現役で活躍している。このメーカーの製品は耐水性に優れており(勿論、当たりはずれもあろうが)、作りも頑丈なのだろう…17年近く経ってもバリバリだから!

 10KG程のザックを肩にし、おニューの山靴の掃き試し…昔の靴と違って今の山靴はインナーがソフトで余程の事でないと豆が出来たりしない。空を見上げると、うろこ雲が早朝の光りの中に広がって秋の風情を醸しだしていた…。昨日の集中豪雨で欅谷の水量も多く、砂防ダムは、ゴーゴーと地鳴りを立てて流れていた。

 宇美林道に這入って砥石山へ向かったが、昨日の豪雨で山が吐き出す水が多く、林道は川みたいになっている個所もあった…。山靴の下ろしたて初日と言うので最初は浅いところなどを選んでいたが、30分も歩くとそれも忘れてしまいジャブジャブ歩いて行った。道の傍らに白い乳母百合の花が涼しげに咲いてたが、何となく儚い夏を惜しんでいるかのようだった。

 林道の山側は土砂崩れが心配だったのでなるだけ谷側を歩いて行ったが、谷側も抉れている所があって大雨の後の山道歩きは危険が隣り合わせだった。途中二箇所ほど落石箇所があったが、大きな崩れなどは無かったので何とか無事に砥石山登山口まで辿りついた…が、標高450m付近から汗の匂いを嗅ぎつけたアブが付き纏って離れず、タオルで打ち払いながら歩いたが、登山口近くまで30分ほどはアブの群れに悩まされた。

 山道に這入ると途端にアブくんたちの姿が消えてホッとした…落ち葉で埋まっている山道も、昨夜の大雨で落ち葉が流されて地肌が見えるほどになって歩き易くなっていた。すぐ横の梢で素敵なメロデイを奏でるオオルリの美声を聞きながら、流れ出る汗を拭きつつ縦走路の砥石山山頂に8時半過ぎに着いた…。サー若杉山へ縦走開始だ。

 土曜日だが、連日の雨天続きで登山者の姿も無い縦走路を鬼岩谷山へ下って行った。縦走路は背の低い樹林の中で殆ど眺望が無い…ただ、陽射しが遮られ、風が吹き抜けて呉れるのでやや涼しい。でも、汗の量は半端じゃない…長袖シャツ一枚だったが、その裾からポタポタ流れ落ちる汗水がズボンの上部をびっしょりに濡らすほどで、時々立ち止まってシャツの下部を絞ると、水が滴り落ちた。

 今日は、念のためにハイドレーションに2リッター、0,5リッターボトルを3本持ってきたが、うち一本はもう無くなっていた。鬼岩谷山を通過し、しょうけ越しの峠へ一気に250mの下り坂道の入った。この間は、殆ど樹林の下で直射日光を受けないので助かるが、濡れて滑る赤土道の下り坂は大変だった…その下り道で後ろから声が聞こえてきた。

 トレランシューズに小型ザックを背にしたトレイル青年の二人連れだった…。訊くと、竈神社を6時ごろ出て来たらしいが、「早かったですねー」と言うと、笑いながら「イヤーどーも…」と言いながら坂道を駆け下って行った。

 しょうけ越しまでには、薄紫色のソバナの花が道端に咲いており、山歩き人の心を癒してくれた。県道60号線をまたぐ陸橋の架かるしょうけ越しの峠に9時半ごろ差し掛かった。足許にはMtbで漕ぎ登って来る道を車が通り過ぎていた。  此処まで昭和の森を出て約3時間20分…荒れた避難小屋の前を通り若杉山への登り返し。杉林の中の道を登り上がって稜線通しの縦走路に出る。若杉山山頂まで小さなピークの登り返し道には、秋を告げる草花たちの顔も見え、山みょうがの緑の葉っぱが元気よく茂っていた。

 若杉鼻の展望岩手前付近の上り坂で、上からやって来た登山者と離合した。お互いに挨拶代わりに「雨が止んで良かったですねー」と、行き違った。展望岩を通過し、山頂直下の坂道では先ほど追い抜いて行ったトレラン青年に離合した…何と彼等も往復縦走だったのだ…。NTTのアンテナ塔の立つ山頂に10時20分ごろ到着…ベンチで一休み。

 線香の煙が漂う奥の院の寺院に足を伸ばした。何時もは、此処でラムネを戴くが今日はポカリにした…。水が欲しかったので店の人に訊くと「霊水が祭壇の下に沸いているから汲みなさい…」と、教えてくれた。此処に何度も来たが、祭壇の下に霊水が湧いている事は知らなかった…。

 お賽銭箱に小銭を入れて山行きの安全と、昨日入院した次女の早期治癒をお願いした。お参り後、霊水箇所に行くと石の窪みに水が湧きだしており、汲んでも汲んでも直ぐに満杯になっていた…。この霊水は娘に持って行って飲ましてあげよう…と、思ってザックの中に仕舞った。

 奥の院を後に折り返し…。朝飯が5時ごろだったので少し腹も減っていたが後回しにし、往路をしょうけ越しに下って行った。此処まで腹に入れたのは水が1,5リッター位に熱中症対策飴だけ…しょうけ越しから砥石山への登り返しの坂道に這入ると途端に脚力と気力が萎えて来た。

 そんな状態で、せめてこの登り坂の半分以上は頑張って飯にしたい…と、老骨にムチ打って、昨年篠栗から縦走した時に昼食をとった露岩地帯まで頑張った…。一応今日の行程に備え二食分の食料(と言っても、パンとお握り)を持参していた。岩の上に腰を下ろしパンを齧り始めると、下界からサイレンの音が微かに聞こえた…時計を見ると12時だった。

 今回予定している行程は初日から三日目まで10時間行程なので、それに耐える体力気力を養って置かねばならない為の訓練だが、やはり、老化現象を目の当たりして少し自信が無くなってきそうだ。簡易昼食後出発…気合を入れ直してザックを担いだが10分も坂道を登るとひと息…何だか気持ちが乗らなかった。

 鬼岩谷山前を通過し、砥石山までの緩傾斜の道が遠く感じられた…。薄暗い砥石山山頂で小休止し、前砥石山への下り坂道を下って行き、登り返して前砥石山山頂…。山頂から南方面を見ると今から向かう三郡山が遠く見えた…黄色のオミナエシの花に見送られ山頂を後にした。

 前砥石山から30分ほど行った今屋敷コース分岐で二回目のランチタイム…。今度はオニギリ飯!やはり、日本人はご飯を食べないと力が出ない。奈良漬の漬物が疲れた身体にとても美味しく感じられた…。サー飯を食って元気が出た所で再出発!ザックも大分軽くなった訳だが、実際は疲れの出た身体には変わらなかった。

 欅谷Aコースを過ぎ、少しずつ高度を上げて欅谷Bコース分岐に着いた。歩速の落ちた歩みで何とか三郡山頂に15時前に到着…。目の前に立っている塔の上の、丸いレーダーが山頂の登山者を威圧しているかのようで不快極まりない!吹っ飛ばしてやりたい…!

 小休止後出発し、施設工事中のクレーンの音がする横を通過し縦走路に這入った…。テンの泉にも立ち寄らずに頭巾山入口に…佛頂山迄行きたかったが脚力気力が失せていたのでサッサと頭巾山へ向かった。山頂の石の上にドカッと腰を下ろし10分ほど大休止…。

 頭巾尾根の急こう配の道を気息奄々として下って行った。もう一度10時間歩行訓練をして同じ状態ならアルプス登山も少し考えなければいけない…。16時半ごろ昭和の森に帰って来ると、夏休み最後の休日を楽しむ親子連れなどのキャンパーたちで賑わっていた。今日は、今現在の自分自身の力を知る良い機会だった。

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… ボッカ訓練に佛頂山から砥石山へ  …( 8/8 )

…台風11号の余波の強風雨の中ずぶ濡れになって砥石山まで縦走 …

昭和の森 (6:55) … 佛頂山 (8:21) … 三郡山 (9:12~15) … 前砥石山 (10:15)… 砥石山 (10:35) … 昭和の森 (11:45)

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8月8日・・ 稜線は強風雨

 今回の北アメンバー4人で、篠栗〜若杉山〜砥石山〜三郡山〜宝満山〜竈神社の縦走特訓の予定だったが、台風11号の余波であまり思わしくない天気だったのでN田氏と田中氏は不参加となった。

 6時ごろ息子にメールすると「今、電車の中で予定通り篠栗に向かっています!」だった。息子は、会社の繁忙期などで中々休暇が取れならしく、本番まであまり特訓が出来ないので、天候はどうでもでも良かったらしい。

 という事だったので、私は前回(7/21)行程と同じの、昭和の森公園から佛頂山〜砥石山縦走に出掛けた。昭和の森公園の駐車場は、此の天候でカラッポ!まだ台風は奄美付近にあるらしいが、その余波が現れているのか東寄りの風が強く、公園の大木の枝や梢を鳴らして吹き付けていた。

 ザックの重量は前回と同じく10kg程度…本番は多分プラス3〜4kgになるだろう。息子たち二人はテント泊まりなので17〜18kgになるだろう。当初は、私もN田氏もテントでもいいな…と思っていたが、槍穂高の岩稜縦走を考えると少し出費は嵩むが、小屋泊まりに変更する事にした。

 ストック兼用のビニール傘を持って7時少し前に駐車場を後にした。草ヶ谷貯水池の堰堤の上から宝満山方面を見ると、先ほどまではガスの中だったが強風に吹き飛ばされ、一瞬姿を現した。北側の市街地方面を振り返ると、台風の外縁を走る雲が速かった。

 河原谷沿いの山道を黙々と登って行くと、足許には可愛らしい沢蟹チャンが「私を踏んずけないでね…」とばかりに、小さなハサミを頭上に振り上げ山道を横断して行った。難所滝方面との分岐から沢を渡ってウサギ道に這入ったが、何時もは伏流水となって涸れている沢も、8月に這入って連日の雨模様でザーザーと音を立てて流れていた。

 急勾配の坂を登り上がって旧い炭焼き跡付近を通過し、少し行った付近で上から降りて来られたシルバー女性登山者と離合した…。こんな天候の日にまさか登山者に出合うとは思っていなかったので、お互いに驚いた…。(今日は息子以外にあったのは彼女だけ)こんな早い時間に何処から登って来られたのだろう?幽霊じゃないだろうな??足はついていたようだ!

 標高700mほどから雲の中に這入ったようで、視界が一気に無くなり薄暗くなった。そんな夜の明けない林の中を登って行くと、すぐ近所でオオルリが惚れぼれするような美声で語りかけて来る…。「おーいい声ですバイ…」と褒めると、褒められたのが分かったかのように、暫くは美声を披露してくれた。

 息子は今頃どの辺だろう…どの辺で離合するだろう?などを思案しながら、樅の木の木が茂る800m付近まで登って来ると、風の音が聞こえ始めた…。今までは風裏の尾根道だったので静かだったが、縦走路に出ると吹きさらしになって、汗ばんだ身体を冷却してくれることだろう。

 佛頂山頂に8時20分ごろ到達…ガスの中に鎮座される石仏さんに、例によって北アルプス山行の無事と安全をお願いした…。前回は、山靴の底が外れかけて往生したが、先日、近所の好日山荘店でSIRIOの登山靴を購入した…本来なら、今日の縦走に初卸しする筈だったが、初っ端から泥んこになるのは気の毒だったので、16年前のSIRIOを履いてきた。

 何でも、当たり外れはあるが、この16年前の靴は本当にタフで、こうして履いて山道を歩けるという事が凄い。今日も、泥んこや水溜りの中をジャブジャブ歩いたがびくともしなかった。長崎鼻から縦走路を三郡山方面へ向かって行くと、風の咆哮がジェット機が飛んでいるように唸り、所々には、風で折れた木を見かけたが、頭に落ちたら大変だな…と、頭上注意で歩いて行った。

 雲のど真ん中に這入っているらしく視界は僅か10mぐらい…夕暮れ時のように暗い。木の梢や枝についた水滴が、強風で吹き飛ばされ雨の様に身体に降ってくる…どうせ、汗で濡れた身体だから雨具もつけずに歩いて行った。強風と水滴シャワーで気持ちが良かった…。

 天の泉を過ぎ、登り坂の頂点付近に紫色のソバナ花がひっそり咲いていた…。三郡山頂付近は最もガスが濃く、本当に視界は10m未満だった。その濃いガスの中で施設の工事があっており、コンクリートミキサー車などが騒音を上げていた。

 三郡山頂に9時10分ごろ到達…まだ此処まで速足の息子と離合しない。逆算すると砥石山付近で出合うだろうと予想していたが、この悪天と、重い荷物だから少し遅れているかも知れないかな…と、岩の上にカメラを置き、自動シャッターで山頂標識をバックにセットしたが、ハイチーズ…と言う時に、強風がカメラを吹き飛ばし空間しか映っていなかった!

 山頂の新しいレーダー塔や、レーダードームの姿も見えないガスの山頂の、岩場の隙間に咲いている黄色の花が、暗いガス世界の中で紅一点の色彩を見せて私を慰めてくれた…風に追い立てられて山頂を後にし、樹走路を北へ向かった。

 欅谷Bコース分岐から少しずつ高度を下げて霧の山稜を行くと、益々、尾根を吹き抜けて行く風が強くなり、濃いガスの中では万物が幽玄の世界のようで、立ち並ぶ木々もモンスターの様に揺れ動いていた…。

 欅谷Aコースを過ぎ、前砥石今屋敷コース分岐を過ぎると標高が下がったせいか、ガスが薄くなって少し視界が利くようになってきた…。時間的にもう息子と離合する頃だがな…思いながら10時15分ごろ前砥石山に着いた。山頂の一角には紫色のヤマホトトギスの花が足許にひっそり咲いていた。

 前砥石山を出て1分ほど行った所で向こうからやって来た息子と遭遇…。お互いに立ち止まり健闘をたたえ合う。北アの事など少し話し、「気をつけてね…」と、息子は南へ,おいらは北へ別れた。篠栗から此処まで約3時間チョイ…良いペースだよ。

 私の今日の終着点、砥石山に10時半過ぎに到達…そのまま山頂を通過し、今屋敷方面への落ち葉の積もる下山道を下って行った…。分厚く積もった落ち葉の下にご馳走が隠れているのか、猪さんが入念に耕していた…。山頂から20分チョイで宇美林道登山口に下りつき、後は、降りしきる雨風の中、傘を挿して林道をブラブラ下って行った。

 本来なら夏休みの親子連れで賑わっている筈の公園も、森閑と静まっており、駐車場には、朝出た時と同じく私の愛車だけが一台だけポツンと主の帰りを待っていた。今頃息子はどのあたりだろう…。(ブログを見ると篠栗〜竈神社約6時間だったそうだ)今日の俺らの行動時間は約5時間だった…次回は7~8時間に伸ばそう。

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… ボッカ訓練に佛頂山から砥石山へ  …( 7/21 )

… 蒸し風呂のような暑さにグロッキー寸前…やっと前砥石山に到達 …

昭和の森 (8:27) … 佛頂山 (9:47) … 三郡山 (10:50~55) … 前砥石山 (11:55~昼食~12:15)… 砥石山 (12:30) … 昭和の森 (13:45)

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7月21日・・ ガスのち晴れ

 秋の北ア縦走に備えてのボッカ訓練…といっても、重量は13KGだった。テン泊縦走なら18KGは担がねばならないのでちょっと訓練には軽すぎたが、訓練初回につき勘弁して貰った。

 8時過ぎに昭和の森公園の駐車場に着くと、もう車が20台以上も留まっていた。準備を済ませ公園を後にし、草ケ谷貯水ダムサイドに立ち寄ってみた。正面に見える宝満山や佛頂山は上半身を灰色のガスの中に隠れ見えなかった。 

 貯水ダムから登山道に戻ると60歳代の男性登山者(私と同じぐらいの中型ザックを背負っておられた)と一緒になった。その人の10mほど後をついて行く形になったが、ペースが殆ど一緒だったので、そのまま暫く登って行ったが、河原谷の難所滝とウサギ道分岐の少し手前で横に避けられたので前に出た。

 久し振りのボッカ訓練と湿度100%は有るのではと思われる蒸し暑さで歩調も苦しく、流れ出る汗が衣服に纏わりついて気分が萎えてしまいそうになった。熱中症対策に、今日は2リッター入りのハイドレーションと1リッターボトルを一本持参したが、飲んだ途端に汗となって吹き出し、シャツやズボンは絞れそうなくらいにずぶ濡れだった。

 そんな悪コンデイションの中、ウサギ道を登り上がり宝満山から来た縦走路に出た。山頂裏側を通り抜け「お気に入りの岩場」に立ち寄り小休止…。樅の木の梢の向こうは白いガスの中で、油須原の射撃練習場から聞こえるライフル射撃の音が聞こえていた…それにしても蒸し暑い!

 登って来る時から気になっていたが、右側の山靴の踵が外れかかっているのか、靴音がおかしかった…岩の上に腰を下ろし見ると接着剤が外れ、少し口を開けかけていた。左側は、昨年北ア縦走の際に外れていたので自分で接着材で補修していたが、今度は右側とは…そろそろ年貢の収め時かな?

 家を出るときには、何とか若杉山まではと思っていたが、不快指数100%の天候で萎えはじめていた気持ちが、山靴ちゃんのアクシデントと相まって益々トーンダウンしてしまった。まー行けるとこまで頑張らなきゃ…と、心にムチ打って岩場を後に縦走路を三郡方面へ出発した。

 長崎鼻からコルへ下って行くと、今度は左側の山靴の前の部分がパクパクし始めた…。愈々になったら針金で縛って行くしかない…と、左は前部分、右は踵部分が笑い始めた山靴ちゃんに負担をかけないよう騙しながら三郡山へ向かった。

 天の泉の水場に立ち寄り、冷たい水をボトルに補給…冷たい水を頭からザンブリとかぶってクールダウン…生返りました。縦走路に戻って三郡山頂に11時前に到達…山頂に着いてビックリ!山頂の東側に高い鉄塔のやぐらが立ち、その上部に小型のドームアンテナが乗っていた。

 今迄さえ山頂の景観を著しくしく損なっている建物やビッグドームがあったのに、またまたこうして新設するとは、幾ら官公庁の親方日の丸事業とはいえ、登山者の思いを踏みにじるのも甚だしい…三郡山は泣いていると思う。

 ガスが上がって雲間から陽も射しはじめた山頂を後にして縦走路に出ると、山頂施設のフエンスに格好いいロードチャリがロックしてあった。一瞬、息子のチャリかなと思ったが他メーカーらしかった。

 さー、口を開き始めた山靴ちゃんは何処まで頑張ってくれるだろう…折角訓練に来たのだから何とか砥石山までは行きたい!の、気持ちを奮い立たせ一歩一歩猫の様に優しく縦走路を北へ向かった…。梅雨明け時期にはキノコ類が多く見かけられるが、途中で見た此のキノコはマロンケーキみたいで美味しそうだった…!欅谷Bコースを通過しAコースもクリアー、今屋敷コースを見送りなんとか前砥石山に辿りついた。

 丁度、昼時だったのでザックを下ろし大休止…大型のオニヤンマが仮面ライダーの様な真ん丸目玉をくりくり動かせながら、食事中の私の頭上を旋回していた…。三郡方面を見ると、新しく作られた鉄塔レーダーが角を生やしたように山の美観を損なわせていた。

 昼食後、山頂を後に砥石山へ…一旦鞍部に下り登り返して砥石山山頂。何とか此処まで来ることが出来一安心…傷ついた山靴ちゃんを労わりながら下山の途に。今屋敷林道に出て昭和の森まで長い林道歩き…道端に白いオカノトラノオの花が咲き乱れ、可愛らしい蝶々さんが羽を休めていた。

 小一時間の林道歩きを終えて昭和の森公園に帰って来ると、河川敷地には涼を求める親子連れの行楽客たちで賑わっており、駐車場は勿論、路肩にもズラッとマイカーが縦列駐車していた…そうだ、もう夏休みに這入ったのだ。

 車の所に戻って山靴を脱いで見ると、良く此処まで剥がれずに持ててくれたな…と、しみじみ思った。お前のお蔭で愉しい山行きを出来た…有難うございました。

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… 新緑とヤマツツジが咲き始めた砥石山へ  …( 5/24 )


… 前砥石山のヤマミツバツツジの花の向こうに三郡から宝満山が …

昭和の森 (7:55) … 砥石山 (9:25) … 前砥石山 (9:45~50)… 昭和の森 (11:10)

2014/5/24

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5月24日・・ 晴

 すっかり初夏の頃になり木々の緑も日一日と濃くなって、陽光も強くなり汗ばむ季節を迎えた…。発掘作業の仕事も炎天下に鍬を振るっての作業で、一日終えると流石に疲労を感じる…。で、休みの日には休養日としたいところだがそうは行かない。

 何とか体力気力を現状維持に近い線で保とうと思ったら、とてものんびりと休養してはおられません…何歳まで好きな山登りを続けて行けるかは、一にも二にも身体と気持ちを普段から培って置くしかない。だって、この秋の誕生日には77歳になるのだから!その秋には、息子たちとテン泊で槍穂高の岩稜縦走をするつもりでいるのだから尚更だ。

 という訳で、今日は妻を誘って近郊の山歩きへ…。昭和の森の駐車場に8時前に着くと、もう10台ほどのマイカーが留まっており、季節的にも山歩きをする好シーズンだという事を実感した。で、今日は、林道を約一時間ほど歩いて砥石山へ登ることにした。

 長い舗装道路の林道歩きは変化が少なく面白みに欠けるが、まだ、養生中の妻にとっては、登り始めから脚に余計な負担がかからないので良いかもしれない…。昭和の森公園から橋を渡って向こう側に行くと、新しいチェーンが林道に張られており「不法投棄防止」の為に設置しましたとあった。ので、横を抜けて少し行くと、草ぼうぼうの河川敷から大きなゴミ袋を私年配の人が引っ張り出しておられた…。

 初めはホームレスの人が廃棄物の処分をしておられるのか…と、思っていたらそうでは無く、河川敷に不法投棄された物品を道路に引っ張り出しておられたのだった…。窺うと「私は朝の散歩に来たのですが、不法投棄物が見えたので、携帯で関係所に電話をして引っ張り出していたところでした…」だった。林道の功罪は兎も角、車でやって来て捨てて行く輩が居るかと思うと、こうして、後片付けを黙ってしておられる人もいる…。その御厚意に謝意を告げてお別れした…。

 長い林道歩きの道の際には、白いノリウツギ(だと思う)が紋白蝶のように揺れ、黄色の花が寄り添って咲いていた。この、ノリウツギらしい花は山裾から尾根道に至るまで目に留まったが、この他に、苺の白い花なども目についた。夏鳥たちの美しいメロデイを聞きながら小一時間…標高610m地点の砥石山登山口に着いた。

 林道から山道に這入るとホッとする…。フカフカの落ち葉道が足に気持ち良く、舗装された道を歩くのに比べ疲れが半分も無いように感じられる。砥石山山頂までは茂った灌木帯の中で見通しは利かないが、直射日光が当たらないので夏分は助かる。時々立ち止まって妻を待ちながらだったが、カムバック時点に比べると随分と復活したようで、段々自信が戻ってきている様だった。来年あたりには北アルプスの初心者コース位には行けかも…!

 約30分ほどで縦走路の砥石山に登りついた…。此処の山頂も眺望は立木に塞がれゼロ…飴玉と飲料水で一息ついて出発し、縦走路を南に向かい前砥石山との鞍部へ一旦下降…。登り返して前砥石山が近くなってくると、朱色のヤマツツジの花がチラホラと咲いて出迎えてくれた。

 砥石山と違い、この前砥石山は山頂部分だけが切り拓けており、小広い台地からは南・西方面の眺望がよく、福博市街の西南部や我が街等が見えており、今日は生憎、霞んで脊振山あたりも少しもやっているが、宝満山から三郡山方面の山並みは、初夏の光りにダイナミックに浮かんでいた。

 山頂の草叢には、紅紫色のアザミの花が鮮やかな色を見せており、近くには黄色のツクバネウツギ(だと思う…)の花がひっそりと咲いていた。小休止後山頂を後にし縦走路を南へ…時間的に、反対側方面からやって来る登山者たちと離合するようになった…。現在はトレイルランニングが盛んなようで、ランニングスタイルのランナーたちと何人も離合した…。

 そんな軽快なランナーたちとは一味違うパーティと離合した。高校生の登山部の一行で男女合わせて7人パーティだったが、背負ってる荷物が半端じゃなかった!最後尾のリーダーに「何キロ担いでるの…?」と訊くと「ハー…約25s程ですかね」と、汗で濡れた額をふきながら笑顔で応えてくれた。高校総体や国体に向けての特訓だろうが、見ていてこちらも元気を戴いた…頑張ってね!と、エールを送り行き違った。

 走る人もいれば、私たちのようにハイキング気分で歩く人もいるし、彼らのように重装備でのっしのっしと歩を進めている…スタイルはそれぞれ異なるが、山という舞台で自然と拘わっている事は同じである。

 縦走路の際に、葉っぱの陰に隠れるようにナルコユリが咲いていた…。屈んで葉っぱを持ち上げると、鳴子のような形をした花が一列にズラッと下がっていた。今から梅雨場を迎えると、沢山の草花たちが顔を出して我々を愉しませてくれる…。久住のミヤマキリシマの花も愉しみだ。

 25分ほど縦走路を歩いた付近で昭和の森への分岐道に這入った…。縦走路から別れてこのコースに這入ると途端に登山者と出会わなくなった…。森林浴を愉しみながらのんびりと下って、11時過ぎに昭和の森出発点に戻りついた。

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… 新緑の山歩きは妻と三郡山から頭巾山へ  …( 4/16 )


… ブナの巨木の下にミツバツツジの花が咲き始めていました …

昭和の森 (9:45) … 三郡山頂 (12:00~ 昼食 ~ 52) … 頭巾山 (13:10)… 昭和の森 (14:32)

2014/4/16

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4月16日・・ 晴

 四月度の発掘作業の仕事が7日から始まった…が、平日の仕事の日は晴天が続き、休みの土日には芳しくない曇天か雨天のパターンが続き、今週もそんな予報だったので仕事を休んで新緑の山へ妻と出掛けた。

 昭和の森公園の駐車場付近は、色とりどりのツツジやシャクナゲの花が咲き始めており、牡丹桜の樹はピンク色の花びらが満開に咲いていた。今日は、妻と一緒なのでゆっくりペース…道端に咲いた草花などを眺めたり、森の中から聞こえてくるオオルリの美声に足を止めて聞き惚れたり…と、ノンビリと欅谷Bコースから三郡山へ向かった。

 林道から欅谷Bコースの山道に這入り、沢沿いの道を登って行くと谷間から聞こえてくるせせらぎの音が心地よく、芽生え始めた木々の新緑の色が目にも鮮やかで、思う存分新緑の香りに包まれながら登る喜びは、とても下界に居ては味う事は出来ない。

 最後の炭焼き跡手前付近の沢付近で小さな黄色の花の写真を撮っていると、「あれは山葵じゃ無い…」と、妻が言ったので見ると、葉の色も艶々した山葵が谷間のあちこちに見えていた…。この沢の上流にはヒョットすると、野生化した山葵があるかも知れない…。

 欅谷終点付近の沢を横断する所で小休止…冷たい山水で喉を潤した。岩の上を流れる清流と、緑の色も初々しい草苔が春の陽光に照らされ、日本庭園の一角を見る様だった。水場から植林の中の道に這入る直前には、ヒトリシズカの緑の葉が風に揺れており、付近には紫色のスミレの花が群れ咲いていた。

 縦走路に出て少し三郡山方面へ行った所に、黄色の水仙の花が咲いていた。此の水仙の花の色は特別に黄色の色が濃い様な気がした…。下界では春もたけなわで緑も日一日と濃くなっているが、山も1000m近くまで登って来ると、落葉樹はやっと芽生えを迎え始めたばかりで、春は始まったばかりだ…その中にあって黄色の水仙の花が印象的だった。

 三郡山山頂に丁度お昼ごろに着いた…。山頂からの景色は春霞で英彦山の姿も見えなかった…。山頂部の南東側に新たに鉄塔か施設か判らないが建設されるらしく、何時も通っていたフエンス沿いの道は通行禁止になっていた。

 昼食時間だったが風が強かったので、縦走路を少し宝満山方面に行った所にあるベンチまで下ってお昼にした。コンロでお湯を沸かしカップ麺とお握りを戴いた。仕上げはドリップ珈琲…小一時間のんびりし出発し頭巾山へ。

 天の泉の水場は前回来た時同様に水源が詰まっているらしく出ていなかった。是から夏場を迎えると、この水場は、縦走路中の貴重な水場だけに何とかしたいものだ…。縦走路から右折して頭巾山に這入る辺りには、赤い実をつけたツルシキミが足許に茂っていた。

 山頂から、頭巾尾根を下って9合目付近のシャクナゲの開花状態を見ると、今年は裏年に当たるのか花芽が見えなかった。石楠花と云えば、先日の新聞に正面登山道に植栽した石楠花の木が折られたり燃やされたりしている…と、掲載されていたが、何時、誰が、そんな事をしているのだろう…顔を見てみたい。

 7合目付近まで下って来ると大きなブナの木の下に、鮮やかなピンク色の花びらのミツバツツジが咲いていた。脊振山系の井原山や脊振山には群生して登山者を喜ばせているが、こうしてたった一本だけ山中に咲いているミツバツツジの花に出合うのも嬉しいものだ。

 下って行くにつれ緑の色も強くなり、落ち葉の中に薄紫の小振りな春竜胆の花が見えるようになり、ツツジの花が咲き乱れる昭和の森公園に14時半ごろ帰着した。妻もまだ歩きは昔に比べると遅いが、おいおい歩き慣れて来ればいいと思っている。

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… 発掘の山仲間と草ケ谷コースの大滝を経て頭巾山に直登 …( 3/23 )


… ボルダ―のU田さんが手頃の岩を見つけ、長い手足であっという間にテッペンに! …

昭和の森 (9:15) … 岩場(クライミングルート探し) (9:50~10:25) … 岩登り (10:37~45) … 大 滝 (10:55~11:00) …

頭巾山頂(11:30~40) … 天の泉「水が枯れていた」 (11:47~ 水補給~12:05) … 三郡山頂 (12:10~昼食~42) … (欅谷B)… 昭和の森 (14:52)

2014/3/23

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3月23日・・ 快 晴

 三連休の最終日に、発掘監督のU田・A野さんと宝満山系の草ケ谷を朔行し、大滝を経て頭巾山から三郡山へ登って来た。9時に昭和の森駐車場で待ち合わせだったが、駐車場はほぼ満車状態だった…。

 同行した二人の中のU田さんとは、是までに何度も山行きをご一緒しているが、A野さんとは今日が初めてだった。A野さんは、趣味としての登山はしていないが、山城を研究している関係で、一人で彼方此方の山城や旧跡などを訪れ、研究の為の山歩きをしているので満更素人でも無かった。

 近頃、宝満山系の九州自然歩道の標識類が新しいものに取り換えられたが、その標識の中で頭巾山入口に『頭巾山山城跡』と記入された標識が立てられたのを見て、へー…こんな高い場所に(900m)山城があったのかと驚いた…で、作業現場でA野さんに尋ねると「あー知っていましたが、行った事はありません。戦国時代の支城の一つらしいですよ…」だった。

 U田さんは、この頃はボルダリングに熱中しており、去年に続き今年も、九州中国四国エリアの予選を勝ち抜き、埼玉で行われた全国大会に出場した腕前の持ち主で、先日、N田さんと倒木撤去作業の帰りに下った折りに見た、草ヶ谷大滝コース途中の岩場がトレーニングするには丁度良いかな…と、思っていたので、A野さんは頭巾山山城現地へ、U田さんは途中の岩場でクライミング…という事で、呉越同舟の山行きとなった次第。

 私も、草ヶ谷の大滝コースは、今年の一月終わりに山友に連れて行って行って貰ったのが初めてで、今日が三度目だったが、口伝やネット検索などで訪れる人が増えたようで、先日、N田さんと下った折には大滝に「幸之助滝」と名前札などが付けられていた。連れの二人は28歳と34歳と元気バリバリの青年で、その上に二人とも180cmの大男なので歩幅も長く、歩調を合わせるのも楽では無かった…。

 滑滝と呼ばれる滝の下で、単独行の登山者が滝の写真を撮っておられたが、このコースもやがて来訪者が増え、人の手が加えられて新鮮味が無くなって行きそうだ…そういう我々もその一人なのだから。

 昭和の森から40分ほどで谷の左岸側に、高さ5mから15m程の花崗岩が連なる岩場に着いた。此処は、北側で殆ど日が射さないので岩肌にはコケ類が付着し、場所によっては岩肌を伝って水が滴っている個所もあった…。

 ザックを下ろし、トレーニングに適した岩を30分ほど探したが、ボルダリングでフリーで登るには手がかりが少なく、登攀用具(ザイル・ハーネス・ハーケン&カラビナ…等々)が無いと難しいと判断し、次回改めて挑戦する事にした。

 岩場を後にし大滝へ出発、テープやケルンを追って登って行くと、谷間には、宇治茶色の苔をつけた転石が柔らかな陽光に浮かび上がり、流れ落ちる渓流の水音が春の調べを奏でていた。10分ほど登ると右岸側の岩場の上に、名前が分からないのが残念だが樹齢何百年は経ったであろう、巨木が岩を挟むように根を張って立ち上がっている。

 その巨木の岩場は真ん中付近に割れ目が走っており、ボルダリングで登るには適している様だったのでU田さんに「下で登れなかったから是を登って見たら…」と言うと「では小手調べと行きますか…」と言いながら、クライムシューズに履き替え、掌にチョークをつけて岩場に張り付き、長い手足と柔らかな身体を駆使し、あっという間にテッペンの巨木の根元に登り上がりハイチーズとポーズ…!

 巨木ロック登攀終了後、嬉しそうに山靴に履き替えたU田さんを待って出発…10分ほど登って大滝の前に出た…。11日にN田さんと来た時には「幸之助滝」と書かれた木の札が有ったが無くなっていた。幸之助滝の名前の由来がなんだったのか判らなかったが、こんな名もない小さな滝に固有名詞を勝手に命名するより、従前通りに「大滝」の方が個人的には良いのだがと思っていただけに、やはり私同様に思っていた人が取り外したのだろう…U田さんが谷間に捨てられていた名前札を拾ってきたが、捨てて行った人の気持ちも判るような気がした。

 5分ほど滞在し出発し上部へ…此処からは殆ど踏み跡なし。前回、三郡縦走路の頭巾山入口付近から大滝目指して下ったが、その踏み跡さえ見つけることは出来なかった。谷間に這入りこんだり、急な斜面を立木に掴まりながら直登すること約30分…目の前に何やら標識が現れた。

 縦走路の何処かに出たのだろう…?と思ったら、何のことは無い、A野さんが来たかった「頭巾山山頂」の標識だった!暫く、歴史考古学専門の二人は山頂一帯を歩き廻っていたが、遺物などは発見できず、山城を取り巻く擁壁の切り通し跡などを見ながら推測しておられた。

 頭巾山から縦走路に出て三郡山へ…途中、天の泉で昼食用の水を補給に下ると、水源が泥で埋まっているらしく、樋の先から糸を引くくらいにチョロチョロしか出ていなかった。U田さんは根気よく0,5リッターボトルに汲んでいたが、私は水源から流れ出ている下流部分で、マグカップで少しずつ溜まり水を1リッター程補給した。

 10分ほどかかり二人で1,5リッター給水完了…12時過ぎにポカポカと温かい三郡山頂に着いた…。山頂にはお昼時だったので昼食をとる登山者が10人ほど、思い思いの場所で弁当を開いておられた…。丁度、山頂東側の凹んだ陽当り斜面の一等席の三人連れが昼食を済ませて立ち上がっておられたので、後を譲って貰い一等席で昼食タイムを取ることが出来た。

 例によってコンロでお湯を沸かしカップ麺の昼食…生憎、眺望の方は春の霞でやっと古処三山の姿がボーっと見えるくらいで、英彦山や福智山等の姿も見えなかった…。陽だまりの山頂で珈琲などを飲みながら30分ほどのんびり過ごし、下山の途に就いた。

 縦走を下り始めて直ぐに、小さな倒木が二本あったので持参の鋸でゴシゴシと撤去した…。縦走路から欅谷Bコースに這入り、前回、N田さんと倒木を撤去した欅谷上部から少し下った所の水場で、私とU田さんがお土産の山水を汲んでいると、A野さんが屈みこんで何かを見つめていたので近づくと、彼が「ヤマドリですね」と指し示すので見ると、こげ茶色の長い尾っぽをつけたヤマドリが横たわっていた。

 どうして此処で死んでいるのかわからないが、ヤマドリの頭部だけが食いちぎられたように付いていなかった。頭部が無い以外は異常が無く、頭部だけ食べる動物がいるのだろうか…?と、三人で頭をひねった。長さ50センチ近くの尾っぽがとても綺麗だったのでナイフで切り取った。そのままにしておくのは可哀相だったので、岩の上に横たえ、付近の小さな小石をケルンにして乗せ墓にしてやった。

 欅谷BコースとAコースの分岐点付近にフキノトウが顔を出していたので、U田さんが春の味覚を採集し今晩のつまみにした。林道を下って行くと、辺りの裸木は少しずつミドリが蘇っており、公園付近の桜の木には、ふっくら膨らんだ蕾に混じって開花した花びらも見え、桜前線も愈々本番を迎えたようだ。

 今日は「U田さんの大滝コースの岩登り&A野さんの頭巾山々城跡探索」だったが、又、機会を作り彼方此方の岩場や、山城巡り登山を楽しみましょう…。

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… 妻の山歩き復活訓練は大根地山へ …( 3/15 )


…苔むした鳥居を潜って山頂へ …

竜岩自然の家 (10:05) … 第一鳥居 (10:48) … 第二鳥居 (10:54) …(途中で倒木伐採作業10分)… 大根地神社 (11:35) …

山頂(11:44~50) … 神社横 (12:05~ 昼食 ~33) … 竜岩自然の家 (13:35)

2014/3/15

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3月15日・・ 快 晴

 昨日はミゾレなどが降る真冬並みの寒さで震え上がったが、一転、今日は春本来の陽光が戻り、朝から気持ちの良い青空が広がった…。山歩きをするに持って来いの天気だったので、妻に声をかけると「5時間程度の山なら大丈夫です…」という事だったので、筑紫野市の大根地山(652m)へ登ろう…になった。

 9時過ぎに自宅を出て、裏宝満登山口のある油須原の「竜岩自然の家」の駐車場に10時ごろ着いた。駐車場の横は、宝満川の清流が春の陽射しを受けてキラキラ光って流れ下り、見上げると、山頂部分を雲に隠した宝満山が白い新雪をつけて顔を覗かせていた…昨日の雨は山では雪だったのだ。

 園地内の橋を渡って園地を抜け、大根地神社の大きな看板の立つ林道に出て道なりに登って行くと、植林の枝についた水滴が風に揺さぶられ舞い散り、逆光に光る様がスノーシャワーのようだった。妻の歩調に合わせのんびり林道(九州自然歩道)を30分弱行った所の分岐で衣服調整…。標識から右折し山道に這入った。

 植林の間伐作業で明るくなった山道を登って行くと、まだ、練習中のウグイスさんが盛んにケキョケキョ…と春の訪れを振りまいていた。山道を15分ほど登ると、先ほど別れた林道に出会う…横切った真ん前に「大根地神社」の大きな看板があり、石の鳥居が立っている。

 鳥居を潜ってフカフカの落ち葉道を登って行くと二番目の鳥居が現れる…この鳥居は随分年季が入っているらしく、苔むした感じが神域の入り口を感じさせた。その奥には一枚岩の滝があり、水量は少ないが、山水が岩を伝い流れ落ちていた。

 登って行く自然歩道の両脇に常緑樹のアオキの木が目立ち、濃い緑色の葉っぱが鬱蒼と茂っていた。何度か山肌を捲いて行くと、三郡山でも雪で倒された倒木に出合ったが、此処でも倒木が道を塞いでいた。偶々、小型の鋸を携行していたので作業開始…10分ほどで撤去することが出来た。

 其処から少し登った付近から、辺りにはほんのちょっぴりと…昨日降った名残りの雪が白く残っていた…。おキツネ様の祀ってある建物付近から階段となり、上部では赤い鳥居が山頂神社前まで続いている。11時半過ぎに山頂神社の前に到着…お賽銭を上げ鈴を鳴らしてお詣りをした。

 社務所の前には神職さんの大きな四駆が駐車していたが、冷水峠からは車道が此処まで開通しているのだ。神社の前から山頂へ向かうと、こちら側は陽当り斜面でポカポカと温かく、登って来た北側斜面の寒さが嘘のようだった。

 そんな陽当り斜面を少し登ると展望の開けた山頂に着く…。着いて見てビックリ!山頂広場は、私年配のグループ登山者で満員御礼の人だかり…。食事中の登山者に「何処から来られたのですか?」と訊くと「長崎の大村から来ました…」で、総勢60人近くいますだった。

 空は良く晴れていたのだが春霞で遠くの山は見えず、近隣の宝満山や三郡山は雲の中に隠れ見ることが出来ずに、遠くから遥々お出でになったのに残念でしたネ…と慰めると「いやーお天道さんの下でご飯を頂けるだけで充分です…」と笑っておられた。我々も此処でお昼にしようと思っていたが、皆さんにお譲りして下で食べる事にした。

 神社の前を通り過ぎた所に、陽当りの良い斜面があったので迷わずに立ち止まってランチタイム…シートを敷いて座り込んで昼食準備…例によってコンロでお湯を沸かしカップラーメン&おにぎりを戴く…。やはり、野外で食べるご飯は美味しいネ…と、妻が云ってたが、山に登って汗を出した後は、何を食べてご馳走である。

 食べ終わる頃、先ほど山頂で昼食をとっておられた「大村山の会」のメンバーがゾロゾロと降りて来て通り過ぎながら、口々に、済みませんでした山頂を占領して…と、挨拶しながら通り過ぎて行かれた。で、私が冗談に「大村市にはもうシルバー登山者は残っていらっしゃらないのでは無いですか?」と言うと、引率者の人が「そうかも知れませんね…ハハハ」と下って行かれた。

 彼らを見送って5分ほどして我々も下山の途に就き、稲荷様の赤鳥居のトンネルを潜って下って行った。大根地山は、南側の冷水峠からの方が登山者の数が多いようで、北側のこちら側からは登山者も少く寂れた感じで、山道もあまり踏まれていないが、今日は、60人パーテイが下って山道も久し振りに踏みしめられて喜んでいるかも…?

 15分ほど下って行くと、先ほどの60人パーテイが林道と交わる付近に止まって道を探している風だった…。山道は、林道をつき切って真っ直ぐ下って行かねばならないが、私たちが其処に着く頃には林道を左に向かって下って行かれたので呼び止め、最後尾の引率者に「貴方たちは竜岩自然の家に下られるのではないですか?」と訊くと、地図を見ながら「そうですが、間違っていますか?」だったので、下山コースを教えると、もう既に先行していた先頭グループをハンデイ無線で呼び返されていた…良かった追いついて。

 私でも、初めてだったら方角的に林道を左に降って行ったかもしれない。ましてやこのコースは九州自然歩道なのだから、一本、小さくても良いから案内表示板を立てて貰いたいポイントだと思った。まあ、低山だから何処かで道が違う事に気付くだろうが、シルバー登山者の60人パーテイだという事を考えると、個人的にも何とかせねばと思った。

 妻と、笑いごとじゃないよね…と、語り合って歩きながら、16年前に二人で登った「日本47都道府県最高峰」で、有名な山では殆ど困ったことは無かったが、ローカルの名の知れていない山では、登山口までのアプローチや、山道でのルート探しに苦労した事を思い出した。

 昨日の寒さは何処へやら、春の陽射しがいっぱいに降りそそぐ「竜岩自然の家」の園地の広い駐車場に13時半ごろ帰り着いた。駐車場の一角には、先ほどの60人パーテイの帰りを待つ長崎県営バスが駐車していた。ドライバーさんが、「団体パーテイを見かけましたか?」と、尋ねられたので「もう其処まで帰って来てますよ…」と答えた。こうして、妻の復活登山訓練の三回目が無事に終了した。これから暖かくなるので無理せずボチボチ頑張ってください。  

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… N田氏と欅谷Bコースの倒木撤去作業へ…終了後、頭巾山から幻の大滝(幸之助滝)を訪問 (3/11)


…幻の大滝が、「幸之助滝」と命名されていました …

昭和の森 (10:05) … [10:55より 欅谷(Bコース)の倒木撤去作業5箇所 … 12:35迄(含む昼食時間)] …

三郡山 (13:05) … 頭巾山 (13:20) … 大滝(幸之助滝)(14:15~18) … 昭和の森 (15:16)

2014/3/11

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3月11日・・ 快 晴

 今日は、N田氏に助っ人を頼んで三郡山の欅谷Bコース登山道の倒木撤去作業に行ってきました。9時半ごろ、チャリンコで我が家にやって来たN田氏を乗っけ、昭和の森へ向かった…。天気は、一昨日とは打って変わり、春の青空が広がるいい天気で気分も良かった。

 昨日、発掘現場のハウスで仲間のY田さんに頼み、倒木撤去に使用する大型鋸の歯をギンギンに研いで貰った。其の鋸二丁と、新しく切れ味抜群の鉈を一丁ザックのサイドに挿して、10時過ぎに昭和の森を出発した。朝方は冷え込んだので林道のアスファルトには薄氷が張っており、乗るとツルンと滑った。

 林道から欅谷Bコース登山道に這入り、第一番目の倒木箇所に来てみると、倒木はそのままあったが、枝が綺麗に切り払ってあったので作業が捗った…。N田氏と手分けして二本の倒木を鋸で切断し、谷側に引き摺りおろし10分足らずで一件落着…次の箇所へ山道を登って行った。

 一昨日登った時には新雪は無かったが、炭焼き小屋付近から薄っすらと白い雪が見え始めた…。その積もった雪の上に複数の山靴の跡が残っていたが、若しかするとその靴跡の持ち主さんが、先ほどの枝おろしなどをして行かれたのかも知れない…二箇所目三箇所目の倒木も片づけてあり、少し気合抜けして4か所目の沢横断箇所に来ると、此処はまだ手が付けられていなかった。

 二人でザックを下ろし作業にかかろうとした時、沢を渡った所にある岩の上に二人の登山者の姿が見えた。N田氏が「貴方たちが下部の倒木を片付けて戴いたのですか…?」と尋ねると「ハイそうです…」と言いながらこちらに降りてきて「貴方たちは何処から来られたのですか…私たちは宇美山の会の者で、役場からの依頼で撤去に来ている所です」だった。

 という事で、4人で共同して作業開始し、手際よく倒木を鋸や鉈で切断し20分もかからずに山道が開通した。時計を見ると12時を廻っていたので、陽だまりの斜面に座ってランチタイムにした…。一仕事した後のカップ麺の味は又一段と美味しかった…見上げると頭巾山の北斜面には、木立の中にまだ白い雪が沢山残っていた…。山の雪が消えると春も本番を迎えるだろう。

 ランチタイムを終え、此処から下山されるお二人に別れ、我々は三郡山へと登って行った。山頂に着くと、平日だったが何組かの登山者達が写真を撮ったり、昼飯をとっておられた…。山頂からの眺望は少々春霞がかかって久住山とかは見えなかったが、古処三山の左手には真っ白に雪をつけた英彦山の姿が見えており、福智山は、山頂付近のススキ原の狐色が春らしい雰囲気を見せていた。

 山頂から、宝満山方面への縦走路に這入り、まだ裸ん坊の林は明るく開け、春の暖かい陽光が気持ち良く山歩き人に降りそそぎ、お互いに、今の時期が暑くも無く寒くもなく、山登りには最適だね…!と、語り合いながら頭巾山入口へ来た。三郡山頂のフエンスにも括り付けてあったラッピングした「尋ね人」のポスターが、標柱に括り付けてあった。N田氏によると、一週間ほど前、宝満正面登山道の林道にバイクが放置されたままになっていて、その持ち主が此処に張ってある「尋ね人」でしょう…だった。

 一月下旬、山友の華二さんに誘われて登った幻の大滝へN田氏はまだ行ってないので、今日は前回と違って逆コースだったが、頭巾山の入り口から山腹を下って大滝へ向かう事にした。落ち葉の積もった山腹を下りかけると、縦走路を通りかかった登山者が、道を離れて谷間に下って行く我々を見て「〇×〇…」と問いかけて来られた。

 N田氏が「幸之助滝」へ行くのですか?と言ってあるよ…だったので、イヤ大滝に下るのですと答えた。(何時の間にかに、幻の大滝が「幸之助滝」と命名されているとは知らなかった…だって一か月ほど前までは幻の大滝だったのだが…)

 現在は情報の伝達が非常に早く、登山に於いても例外では無いらしい…二年ほど前までにはルートらしいルートは定かでは無く、この滝に登るのに何度も道を外し苦労した…と、華二さんも仰っていたが、あっという間に口伝やネット検索などで噂が広まり、ルート入り口から大滝までは踏み跡も出来、至る所にテープが巻かれ間違うことは無くなって「幻の大滝」は消え、誰がつけたか「幸之助滝」になってしまったようだ。

 前回は、大滝から沢を登りつめて縦走路に出たが、その記憶を追いながら下って行くと途中で何本も沢が寄り添って来て、傾斜もきつくなり、何度も透明なツララが下がっている沢筋の転石の中を、左側へ行ったり、右に行ったり、尾根の中に這入ったりしながら下って行ったが、目的の滝に中々行き当たらなかった。

 もう行き過ぎてしまったのかな?と思っていると、右手の尾根の林の中から声がするので見ると、一人の我々年配の登山者が「何処から下って来たか…?」と聞こえたらしく、N田氏が「頭巾山からです…」と答えると、「私は大滝から登り返している所です…」で、胸元には画板みたいなものを首から下げておられたので、N田氏が「地図を作っておられるのですか?」と訊くと、「そうです…」だったが、こんな人の這入らない山中で地図を作られる奇特な人もいらっしゃる物だと感心した。

 記憶よりも随分下った付近でやっと「幻の大滝」では無い「幸之助滝」の横に出た…。小さな木の幹に白い板に「幸之助滝」と書かれた表示板が取り付けられていた。幸之助さんなる人物はこの滝を一番最初に見つけた人なのだろうか?我々にとっては無名の滝の方が新鮮味があって良かったな…と思った。

 此処までは踏み跡も無く、勿論テープ類の類は一切見かけなかったが、滝から登山口までは是でもかとテープが連続してつけられ迷うことは無い。沢の中や縁を20分ほど下ると、沢の左岸側にロックガーデン?が現れる。高さは、5m位から15m位までの苔むした花崗岩の岩場は、手垢のついていない格好の岩場で、トレーニングの場には面白い場所だろう。

 河原谷からの道に出ると直ぐに草ケ谷貯水池ダムサイトで、堰堤に立つと、水面に映る宝満山などの姿が、下山する登山者を優しく見送って呉れる。石楠花園のしゃくなげの大きな蕾を見ながら15時過ぎに駐車場に帰着した。

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… 久し振りに欅谷Bコースを登ると倒木が4箇所で道を塞いでいました(3/9)


…稜線近くの沢の崩壊場所近くの倒木 …

昭和の森 (10:05) …三郡山 (11:30) … 佛頂山 (12:08) … キャンプセンター (12:17~21) … 昭和の森 (13:13)

2014/3/9

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3月9日・・曇り

 久し振りに宝満山系の山へ出掛けました。春とは名のみの風の寒さよ…ではないが、三月も中旬近くというのにまだ春の兆しが窺えない。自宅を出たのはもう9時半過ぎで、昭和の森の登山口に着いたのは10時近かった。

 駐車場は日曜日とあってほぼ満車状態…。皆さん、春を求めてお出でになったのだろうが、ひょっとすると、連日の冷え込みで難所滝の大ツララを期待してこられた人もいたかもしれない。

 支度を終え10時過ぎに昭和の森を後にし、欅谷コース入口までの林道に這入った。少し膨らんだ蕾をつけた沢胡桃の木などを見ながら、単調な林道を30分ほど歩いて欅谷A・Bコースの分岐に着いた。此処までに、既に下山して来る人に二人もすれ違った。

 Bコースに這入って少し登った所で藪の中から、ケキョ・ケキョ…ホケキョ♪とウグイスさんの声が聞こえてきた…。まだ、練習中らしく美声とは言えないが、春が近いよと告げている様で心がほのぼのとした。

 ウグイスさんの声を聞いてすぐに、上から下って来た登山者とまたまた離合…早かったですねと挨拶をすると「この上部は途中何ヶ所も倒木がありますが、通れないことは無いです」と立ち止まって教えて下さった。

 彼と別れて5分も登ると一箇所目の倒木現場で、直径15センチほどの檜の木が登山道に倒れこんでいた。鉈とか持参してなかったので潜り抜けて通過し、10分ほど行くと二箇所目の倒木現場…で、それから10分で三か所目の倒木現場…。

 其処から少し行った所で二人組の女性登山者と離合…挨拶し、「この下側には三ケ所倒木がありますが、上はありませんでしたか?」と訊くと「イエ、直ぐこの先の沢を横断する付近に二箇所倒木がありました…」だった。

 この時期、台風でも通った訳でもないのに、Bコースだけでも5箇所も倒木があるというのは、多分、降雪の重みによるとしか考えられない。彼女らと別れ、少し登った所にある沢の横断箇所付近に、対岸から倒れかかった倒木があり、それを越した登り斜面にもゴロゴロと倒木が道を塞いでいた。

 倒木箇所が合計5箇所…来週の火曜日が仕事休みだったので、武器を携え撤去作業に来ようと思いつつ、植林の中の階段道を登って尾根の縦走路に出た…。少し霜解けでぬかるんだ道を登って11時半ごろ10人ほどの登山者が居た山頂に着いた。

 空模様はパットしない天気で、低い雲が空を覆い、時雨雨でも来そうな感じだった…。そのまま山頂を後にして縦走路を南へ向かった。頭巾山を過ぎて直ぎて北西側の谷間には、まだら模様に残雪が残っており、先日登った「幻の大滝」付近はまだ凍てついているのではと思われた。

 長崎鼻を越し、佛頂山の祠におお詣りし、下のウサギ道分岐から左折しキャンプ場水場へ下った。洗面器に溜まった水で汗がいた顔を洗って喉を潤した。水場からセンターに来ると、広場や小屋のテラスなどには、大勢の登山者たちが思い思いに陣取って賑やかに食事などをしておられた。小屋の中に行くと、丁度、正面登山道を登って来たばかりというN田氏とバッタリ遭遇した。

 丁度良かった…彼に倒木の件を話し、火曜日に撤去作業をしたいのでヘルプミー…と頼んだ。勿論OKの返事で一安心…し、2〜3分雑談を交わし下山の途についた。(ユックリしたかったが、14時からラグビーの決勝戦を見たかったので)半ば小走り気味にウサギ道を下り、河原谷を経て昭和の森に着いたのは13時10分過で、約50分だった。

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… 掲示板山友のご案内で宝満山系の大滝へ(1/26)


…頭巾尾根と難所滝西尾根間の草ヶ谷上部の大滝前で …

昭和の森 (8:15) …大滝コース入口 (8:31) … 滑滝 (8:41) … 大滝 (9:37~41) … 縦走路 (10:34) … 頭巾山 (10:41) … 昭和の森 (11:23)

2014/1/26

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1月26日・・晴れ

 「私の山登り」掲示板の山友である、華二さん並びに辿人居士さんのお誘いを受け、宝満山系のマイナーなコースにある「大滝」を見に連れて行って貰った。

 本来なら、英彦山中の凍結した四王子滝を見に行く予定だったが、昨日からの暖気で滝の氷も融け落ちてしまったらしいので、急きょ予定を変更し大滝見物になった次第だ…。

 華二さんとは、是まで何度か山行きをご一緒させて頂いたが、辿人居士さんとは今日が初めての山行きだった。待ち合わせの昭和の森に行くと駐車場は大入り満員!日曜日とあって「難所滝のツララ」見物に来られた人たちの車だったのだろうが、今日は、ツララも消えてしまっているだろう…。

 混雑する駐車場を後に出発し、草ケ谷貯水池横から河原谷方面へ向かった。沢を横切って植林の中を出た所の林道(右へ行けば河原谷方面)を左折し、少し行った所から大滝方面への山道に這入り、暫く行った所で草ケ谷の沢筋のコースに這入った。

 5分ほど沢筋の道(結構踏み均されており、目印の赤テープなどがあった)を行くと、華二さんが「滑滝」ですと声をかけられた…。可愛らしい花崗岩の滝の中央部分を飛沫を上げて滝壺に滑るように流れ落ちていた。
 谷の左岸側の道を登って行くと、今は、藪も収まっているが夏季はかなり藪漕ぎもしなければならないような感じだった。倒木を跨いだり、へつったりしながら登って行くと樋状になった細長い滝場に出た…。

 この付近から苔むして城塞を思わせるような岩場が現れ、足許も悪くなった。テープを追って沢の中を何度も横切りながら登って行くと、谷の岩の上に小さなケルンが積んであった。大きな苔むした転石を捲いたり乗り越えたりしながら高度を稼いでいくと、このコースに這入って初めて表示板があった。

 谷の足元に下界が望めるようになった辺りで河原の横ヘリに炭焼き小屋の残骸あがった…。こんな場所から重い荷を担いで町へ運び、生活を営んでいた先人の逞しさを感じた。多分、自分たちが辿って来た道は、彼らの生活の道だったのだろう。

 沢に張られたトラロープを伝って左岸に移り、木の幹などを掴みながら急坂を登ると、樹間越しに、お目当ての大滝が姿を見せた。滝の真下について見上げると水量は少ないが、岩肌を濡らして飛沫が落下していた。昭和の森から約一時間二十分だった。標高は約600mを少し越えたほどで、難所滝と違い水量も多く、樹林が季節風を遮っているのでこの滝が凍結するには寒気が連続する時だけだろう。

 お目当ての大滝を見物して稜線に向けて出発…。小さくなった沢筋の中や尾根末端を攀じ登り上部へ向かった。落葉樹の落ち葉の絨毯の急な斜面を、立ち木を掴みながら一直線に登って行き、10時半過ぎに尾根道の三郡縦走路に飛び出した。地点確認の為、木の枝に目印の赤テープを括りつけた。

 飛び出した場所は縦走路の両側が狭くなった痩せ尾根付近で、足許注意のロープが張ってあり、頭巾山入口まで3分ほどの所だった…。今日は、お二人のご案内で大滝を見物することが出来たうえ、久し振りにマイナーコースを辿りとても楽しい山歩きだった。私は、午後から野暮用があったので三郡方面へ向かわれるお二人と別れ、頭巾尾根を下って昭和の森へ下った。華二さん辿人居士さん大変有り難うございました。

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… 2014年度の登り始めは三郡山頂からのご来迎登山(1/1)


…雲間からダイヤモンドの輝きを見せて元旦のお日様が昇って来ました …

昭和の森 (5:57) …欅谷Bコース… 三郡山(7:16~48) …欅谷Bコース… 昭和の森 (9:00)

2014/1/1

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1月1日・・晴れ

 大晦日の昨日は、子供家族や親戚などが集まって年末恒例の餅つきを賑やかに行った…。この餅つき中に、昨々年は蒸籠のさなをつけ間違ってもち米をばらまき、一昨年は石臼から餅が飛び出し泥んこになって雀の餌になったり…と、何事かハプニングが飛び出したが、今年は、元気のいい青年が相手の杵とぶつけてポッキリへし折れたり…年末の締めくくりに皆で大笑いして、新年を迎える行事が終わった。

 天気予報では元旦は曇り空だったので、初日の出は無理だろうと思っていたが、餅つきが終わる頃には青空が広がってきたので、息子に「明日、ご来迎を迎えに三郡山へ登ろうか…」と言うと「うん良いよ…」だった。ここ近年は、近場の四王寺山でお茶を濁していたが初日の出を拝めなかったので、気分転換にチョット汗を掻かねばならぬが三郡山に変更した。

 孫たちと付き合って紅白を見てから床に就いたので、4時半にセットしていた目覚ましに起こされ、寝ぼけ眼を擦りながら準備などをしていると、約束の5時半前にもう息子がやって来たので、慌てて支度を終え玄関を出ると、息子の他に、釣岳人クラブのS田さんとI野さんも待っておられた。息子の車に乗っけて貰い昭和の森へ…まだ暗い駐車場で準備を済ませ6時ちょっと前に出発した。

 私は出るときにバタバタしたので、靴箱の上に置いていたランプを持って来るのを忘れてしまったので無灯火歩行だったが、他の三人が後ろから照らしてくれたので、欅谷A・Bコース分岐の舗装林道部分ではさして困らなかったが、山道に這入ると、後ろから照らしてくれるランプの光が、自分の陰で肝心の足元が真っ暗で高低差などが判らずに、時々は四足状態になって手探りしながらの登りで骨折った。

 途中から息子が先頭に立って呉れたので随分と助かったが、三人には迷惑を掛けてしまった。沢登り終点のトラバース付近に来る頃にはやっと夜も明け、植林の中の木の階段道を登って三郡縦走路に出るころにはすっかり明るくなった。空を仰ぐと灰色のうす雲が広がっており、今回も初日の出を見ることは駄目かな…と、半ば諦めながら残雪の残った縦走路を三郡山へ向かった。

 レーダードームや関連施設の立っている場所で、山頂での「日の出待機時間」に備え着衣を重ね着をした。7時16分ごろ山頂に行くと、既に、ご来迎拝みの登山者…(若い山ギャルさん二人と単独行の男性)が、冷たい風の吹く山頂で待機しておられた。7時23分ぐらいが日の出の時間だったが、東側は低いところに夜明け前の雲がかかっており、地平線からの日の出は無理のようだったが、ただ、上空部分は雲がなかったので一縷の望みを託し、陽が登って来る方向を睨んでいた。

 そうこうしている中に三組ほどご来迎拝みの登山者が登って来られ、お互いに「オメデトウございます」と、新年の挨拶を交わした。7時34分ごろ地平線付近の黒い雲の縁がオレンジ色に染まりだし、36分に、ダイヤモンドの輝きを見せて太陽の上辺がキラッと見え始めた…。思わず…「出た−・・・」山頂の全員が、正月元旦の目出度いお日様に向かって歓喜の喜び越えを上げた。見る々中に雲から出て来るお日様の大きい事!…掌を合わせ、今年一年の平安をお祈りした。

 1000m近い山頂でのご来迎…こんなに美しい初日の出を拝んだのは何時以来だろう…。寝ぼけ眼で早朝から登って来た甲斐がありました。一昨日、難所滝で綺麗な大氷柱を眺めた後で、佛頂山のお地蔵様にお祈りした際の「今年一年が良い年でありますように…」を、早速一つ叶えて戴いたようで、何やら今年は幸先が良いようで嬉しくなった。

 30分ほど滞在して下山の途に…振り戻る福岡方面は曇り空と夜明け前の暗さで、多分、あの百万都市の住民は、こんな初日の出が拝めたとは知る人はいないだろう。残雪を踏みしめ、欅谷沿いの山道を軽やかに下って、丁度9時に昭和の森駐車場に帰着した。今年は新年早々ご来迎を仰ぐことが出来、今後の山行きが一層楽しみになった。二人と駐車場でお別れし、9時半前には清々しい気持ちで我が家へ戻った。

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