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〜福岡近郊の登山者数NO1の宝満山系へようこそ!〜

宝満山々系 『'11年度』

宝満山々系の概略図


 

このページは ・・・に更新しました。

難所滝のツララは8分程度に凍っていました…


綺麗でした氷のカーテン…

昭和の森駐車場(11.50)…ウサギ道分岐(12.18)…小ツララ前(12.27)…難所滝(12.37~45)…昭和の森駐車場(13.30)

2011/12/29

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12月29日・・ くもり

 午前中は、例の提谷登山口の件で筑紫野警察署に問い合わせをしたりしていて時間が遅くなったが、難所滝の凍結状態が気がかりだったので11時20分ごろから出発した。

 年末寒波も大分緩んできたらしく車の車外温度センサーは9℃で、標高700mの所にある難所滝の気温も4〜5℃だろうから溶け始めているかもしれないだろうと思いつつ昭和の森へ車を走らせた。

 駐車場は思ったよりも車の数が少なく意外だったが、無理もない事で皆さん正月準備の大掃除や買い物などで、私みたいにのんびり山へ出かけている方がおかしいかもしれない…。

 11時50分ごろ、小型ナップザックにジャンバーと暑いコーヒーの這入ったテルモスとクッキーだけの軽装備で出発した…。軽装備だから足取りも早くなり、あっという間に河原谷沿いの登山道に出て暫く登った所にある砂防ダム付近に、難所滝見物に訪れる登山者の為に宇美町が新しい案内標識を立てていた。

 この標識には「大ツララ迄1,5km」と書いてあってその後300mごとに「1,2km」…「900m」…「600m」…「300m」…小ツララ前が「215m」…と綿密に設置され、滝直前には大きな案内看板が立っていた。

 その看板付近で降りて来られた登山者の方と、この案内標識の事や提谷登山口の事などを立ち話した…滝の手前の急斜面にはナメナメした氷が張りついていたが、地面や石ころも出ていたのでその上を選んで登ったのでアイゼンの必要は無かった。

 昭和の森から45分足らずで思ったよりも綺麗に凍結していた難所滝の前に登りついた…。滝の前は流れ出た水が凍って滑るが、露出している岩の上などを利用してこの冬一番に凍り付いた「氷の芸術作品」の写真をバチバチ撮りまくった…。

 この分だと、今冬も昨冬みたいに氷のカーテンを何度も楽しむことが出来そうで期待充分だ…滝の左側から写真を撮っていると、ほんの一分ほど雲の隙間から光線が差し込み、水晶のように凍り付いたツララがダイヤモンドのようにキラキラ輝く様を見ること出来ラッキーだった…。

 写真を撮っていると、気温が高いせいか上部から氷の塊りが時々音を立てて落下するので、写真を撮る時も常に逃げ場所や足場を確認する必要があった…直径5センチ程もある氷の塊が直撃すれば「痛かった…」では済まない。

 10分足らずで今冬最初の大ツララの難所滝を後に下山開始…小走りに下って行くと、途中で登る時に立ち話をした登山者の方に追いた。リタイア後山登りを始められたそうで、宝満山系には足しげく通っておられるらしく、提谷の件にしても私の知らない情報をご存じだった。

 昭和の森の手前の草ケ谷貯水池付近で立ち止まられて何か探しておられたが、それは、正月の鏡餅の下に敷く「ウラジロ」だった…。私も真似して4本ほどお土産にした。13時半ごろ駐車場に帰着し東区へ帰られるH崎さんと、また何処かの山でお会いしましょうとお別れした。

 25日の金山登山が今年最後の登山だろうと思っていたが、難所滝の大ツララ見物登山で締めることが出来てラッキーだった…だって、今年の登り始めも難所滝のツララ見物だったのだから!

 あっちこっちのお山さん…今年一年いろいろと有り難うございました。又、来年も宜しくお願い致します。

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発掘の仲間たちと本導寺から宝満山〜佛頂山へ…


提 谷(ヒサゲ谷)登山道が入り口付近で進入禁止になっていました。(筑紫野市・筑紫野警察署などに問い合わせ中です)…


宝満山頂の仲間たち…

本導寺登山口(8.22)…シラハゲ分岐(8.26)…三の滝(8.37)…百日断食の滝(9.37)…宝満キャンプセンター(10.35)…宝満山頂(10.55~11.03)
…佛頂山(11.24)…晋地の窟「昼食」(11.43~12.17)…金の水(12.27)…百日断食の滝(12.51)…シラハゲ登山道登山口(13.24)

2011/12/24

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12月24日・・ くもり

 今回の発掘登山愛好会のメンバーは、S森、O津、N浦、Y崎さんと私の5名で、U田青年とM尾さんは所用の為に参加されなかった。7時半ごろ私の車にN浦、Y崎さんを乗せて出発し、途中の吉木でS森、O津さんの車と合流し登山口の本導寺へ向かった。

 登山口の路肩のスペースに車を留め、準備を済ませて出発した…。クリスマスイブの登山に相応しくお山は真っ白にお化粧して我々を出迎えてくれた…。

 山道に這入って堤谷コースとシラハケ尾根コースの分岐に着いて見てビックリ仰天!何と「私有地につき立ち入り禁止」の看板があって、トラロープで堤谷コースへの道が遮断されていた。青天の霹靂もいいとこ!是まで何事もなく何十年も登山者に親しまれてきた「堤谷コース」が何の理由もなしに一方的に閉ざされるとは合点がいかない。

 登山道の何処から何処までが私有地なのか等は示されずに進入禁止は無いだろう…私一人では無く、一の滝から始まり百日断食の滝まで可愛らしい滝が続く、この堤谷コースを愛している登山者は沢山いらっしゃる筈で、どんな経緯が有ったか不明だが、然るべき理由を公の機関に連絡し、登山者たちに納得のいく説明をして欲しいものだ。(後日、関係機関に問い合わせて見ます)

 兎に角、どんな状態になっているか確認したかったので警告看板を無視してコースに這入った…10分ほど登った所に中古のアルミ製の門扉があって、進入禁止の立札があったが、ひょっとしたら此処までが看板に書かれている私有地の範囲だったかもしれない…。

 登山道自体は何の変化も無く、可愛らしい滝の付近には滝の名前が書かれた立札も元のままだった…。三の滝付近で衣服調整し身軽になって出発し、雪で滑り易いハシゴなどを伝い登って行く中に少しずつ積雪も増え始め、愉しい雪山登山になって行った。

 沢伝いの道は雪の為滑り易いので無雪期よりも時間がかかるがやむを得ない。ストックを使いながら笑顔で登っている皆さんを見ていると、先月末の伯耆大山を思い出しながら登っておられるのではないかと想像した。

 9時半過ぎに、シラハケ尾根道との合流点の百日断食の滝の石碑が立つ前に着いた。水場の前で喉など潤し小休止…一息ついて出発、すぐ上部から分岐を左折し、宝満山キャンプセンター方面への道に這入った…登るにつれ少しずつ雪の量が増え、雪を乗せた樹木がクリスマスツリーのようだった。

 予定では宝満名所の「釣り船岩」の巨岩に登って、岩の上からの展望を楽しんでもらうつもりだったが、この雪ではとても無理なので今回はパスして次回の楽しみに取っておいて貰った…。

 10時20分過ぎにキャンプセンターの水場に着いた…備え付けの大きな柄杓で、山頂直下から湧き出す名水をみんなで頂き喉を潤した。水場の下側には透明なツララが何本も下がってキラキラ光っていた。

 キャンプセンター前付近に来ると発電機の廻っている音がしたので、ひょっとすると当番の友人が上がって来ているかもしれないと、管理人室を覗くと、やはり懐かしい「イナヤン」の鬚面が現れた…。此のキャンプセンターの維持管理には彼等山岳会のOBさんたちが交代で当たっており、そのご努力と山小屋を愛する心には頭が下がる…。

 暫く、近況などを話していたら「あんた達ャ、何処から登って来たね」と尋ねたので、「本道寺から堤谷を登って来たが、進入禁止の立札があったがどういう訳か知らんね…」と問うと「場所は何処かはっきり知らんけど事故があり、死人が出たらしい…ので、こっちも市の方に尋ねてみようと思っているところタイ…」だった。小屋の玄関前で彼を入れて記念写真を撮り、彼に見送られてセンターを後に山頂へ向かった。

 稚児落としの横を捲いて裏側から山頂に行くと山頂には、一般登山者に交じりユニホーム姿の高校生や大学生たちで賑わっていた…。雪をかぶった山頂神社の階段を登って参拝し、今年一年の山行きの無事を報告しお礼を述べ…来年度も愉しい登山が出来ますようにとお祈りした。

 山頂の東側から佛頂山を見ると南側をガスに隠して格好良く佇んでいた…。山頂の巨岩の前で4人の記念写真を撮って下山開始…雪の石段道をスリップしないように気を付けながら下り、縦走路に入って佛頂山へ向かった。

 11時半前に小さな祠の祀られた佛頂山に着き全員参拝する…祠のすぐ前にある椿の木に、雪をちょこっと乗せて咲いている寒椿の花は正月を待って居るのだろうか何やら奥床しかった…。

 縦走路から右折し「晋地の窟」方面への道に這入り、傾斜の急な枯葉道に積もった雪に足をとられないように下って晋地の窟前に着いた。窟の前には下記のような案内表示板があって、夢想権之助の杖術発祥の地でもあるらしい。

<普池の窟>

宝満山は大宝年間から修験者の修法場として栄えた。

宝満山七窟の一つであるここ普池の窟は奇岩巨岩にして暗やみの窟内は玉依姫(たまよりひめ)石像と石仏が約十体鎮座され広さ約十五畳にして石清水が四季をつうじて流れている。

史記によると神道夢想流杖術の 開祖夢想権之助が「不滅の杖」の極意を授かったゆかりの窟である。

夢想権之助は慶長年間の人なり鹿島香取の剣法を会得したる剣豪にして常に神武の根本義不傷不殺の精神を抱懐しその真髄を極むべく参籠祈願し「丸木をもって水月を知れ」との御神託を得槍薙刀太刀等の日本武道を綜合集大成し天下無双の杖術を創始した。

後に黒田藩の指南役となり数多の師範家を育て藩外不出の御留の武術として伝承され現今国内外にその虹彩を放ち限りない発展を続けている。

          宝満宮 かまど神社
          神道夢想流杖道振興会


 その窟の前でお昼にした…。食後に、11月末の伯耆大山登山の際にM尾さんから頂いたお汁粉が、雪山で冷えた身体にはとても美味しかったので今日は私が皆さんに食べて頂いた。小さなカップだがお餅も入り程良い甘さが美味しかった。

 30分ほどのランチタイムを終え下山の途に就いた…10分ほど下ると宝満名所の一つ「金の水」の前に出る。金の水の由来は。一年に二度だけ(春と秋)岩の隙間から差し込む日の光りが岩を伝い落ちる水に当たり、金色に光るかららしい…。

 金の水から、大きな樅の木が素晴らしい谷間の道を下り、朝方登ったキャンプセンター方面への道と合流すると、百日断食碑の立つ堤谷とシラハケ尾根道の分岐点で、シラハケ尾根道に這入った。付近には青々した葉っぱのアオキの木に、赤く色づき始めたグミのような実が光っていた。

 シラハケ尾根は傾斜も緩く、のんびり下って行く分には良いかもしれないが、堤谷と比べると変化に乏しく植林帯も多いので面白みに欠ける。雪が少なくなって枯葉道になって来ると堤谷コースとの合流点で13時半前だった…沢の水で汚れた靴などを洗って登山終了…又、来年度もあっちこっちの山歩きを楽しみましょう。

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難所滝から三郡山へ…


難所滝のツララの赤ちゃん…

昭和の森(8.20)…兎道分岐(8.58)…難所滝(9.20)…縦走路(9.49)…三郡山(10.18)…
欅谷A入口(10.55)…欅谷AB分岐(11.24)…昭和の森(11.55)

2011/12/11

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12月11日・・ くもり

 気がつけば師走…あっという間に今年も終わる。

 一昨日より大陸から寒気団が九州地方にもやって来てやっと冬らしくなってきた。ひょっとしたら難所滝のツララのカーテンが出来始めているかもしれない…と、淡い期待を抱いて家を出た。

 昭和の森へ向かって行く途中の宇美町付近で、三郡山の稜線から何本も白い雪肌が見えていた…。8時過ぎごろに昭和の森の駐車場に着くと、曇り空の寒い日にも拘らず10台ほど登山者の車が留まっていた。皆さん、お山に白いものが付いたのを見て、それっ初雪登山だと馳せ参じられたのだろう…。

 昨日、息子に明日何処かへ登ろうか?と、誘いのメールをしたら、「今日、早朝からチャリ仲間たちと英彦山へ往復して来たから…又にお願いします」との返信メールでビックリ仰天!ナニッこの寒波の中に英彦山へ自転車で行って来たの…?!息子もだがその仲間たちも凄い連中だ。

 貯水池の横を通って河原谷コースへの道を辿って行くと、道には先行者の足跡が何組もあった…出発地点の昭和の森では気温は4℃位で結構冷え込んでいたが、歩き始めて15分もすると汗が出始め山シャツを脱いでアンダーウェア―の長袖シャツとTシャツだけの薄着になった。

 佛頂山へのウサギ道分岐を過ぎ、沢を亘って少し登ったあたりから地面に白い雪が現れ始めた…。空は鉛色の雲が低く垂れこめ辺りは薄暗く、森は風も吹かないでシンと静まりかえり、時々聞こえる沢の音だけだった。

 難所滝へのロープなどの張ってある急斜面を登って滝の前に着いて滝を見ると、濡れて黒光りする岩璧を水が伝い流れ落ちていて、飛沫のかかる付近に水晶の様に光る「ツララの赤ちゃんが」出来つつあった…。完全凍結するには一週間位低温が持続しないと駄目だから、やはり、年末ごろの寒波襲来までお預けと云うところだろう。

 歩いていると汗が出るほど暖かいが、滝の前で2〜3分写真を撮っているだけで寒くなったので早々に滝の前から離れ、すぐ左横から急斜面の道を登って三郡山方面への道に這入った。

 私の前に一人先行者がいるらしく、3〜4センチ積もった雪の上に大きめの登山靴の跡が残っていた…登るにつれ少しずつ雪の量も増え、黒い地肌が見えなくなって辺り一面銀世界になって行った。最後の急斜面を登って縦走路方面への平坦な道に這入ってすぐに、前からヤッケを着て大型ザックを担いだ登山者が来られ「手袋が落ちていませんでしたか…?」と、尋ねられる。

 彼が、私の前を歩いていた大きな登山靴の足跡の主だったのだ…私が、「気が付きませんでした」と云うと、そうですかと云いながら10m程戻った所のツルシキミの藪の中に落としていた手袋があったらしく、「さっき此処で休憩したのでその時に落としたのでしょう…」と云いながら戻って来られたので、お話ししながら同じ方向に歩き始めたが「貴方は足が強そうだから先に行ってください」だったので先行した。

 三郡縦走路に出ると、昨日の足跡や今朝の足跡が雪道に点々と入り乱れていた…。なるべく他人の歩いていない雪面を選びながら、山靴で雪を踏みしめる感触を楽しみながら歩いて行った。

 途中で何人か向こうから来る登山者と離合したが、どの登山者も初雪登山に心弾ませて意気揚々だった。頭巾山入口から少し行った下り斜面付近で、坂の下を先行する登山者が見えたので雪の斜面と登山者の姿をスナップ写真に撮ったが、その時片方の手袋を落としたのに気が付かず、天の泉付近で片手が冷たいなと思ってポケットを探ったがアリマセン…!落とした場所は写真を撮った所だからUターン!これでは、先ほどの登山者の人と全く同じではないか…(他人のふり見てわがふり直せ)を認識していない罰でした。

 天の泉も今日は凍り付いているらしく休業だった…!油須原から登って来た専用車道に出てフエンス伝いに回り込んで三郡山頂に10時20分ごろ登りついた。白い雪で覆われた山頂は無人で、寒暖計は−2℃を示していた…山頂からの景色は低い雲に隠れて遠くの山などは望めなかった…昨日、息子たちが往復した英彦山も黒い雲に姿を隠し見ることが出来なかった。

 景色も見えず寒いので山頂滞在僅か数分でバイバイ…縦走路を北へ向かった。予定では欅谷Bコースを降ろうかなと思っていたが時間が早かったので、Aコースから下山する事にして足跡の少なくなった雪道をホイホイと下って行った…Aコース入口の少し前にある展望岩に乗って振り返ると、頭巾山が灌木の中に雪を僅かに見せて形の良い山体を見せてくれた。

 Aコース入口から縦走路に別れ左折し下って行くと、段々雪も少なくなって落ち葉の道に変って行った…。Aコース登山口から林道に這入り、のんびり下って行くと道端に紫色した丸い実がとても綺麗だった…昭和の森の駐車場に12時少し前に帰り着くと上下の駐車場は満杯状態になっていた。

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佛頂山から三郡山へ…


草ヶ谷貯水池の水面に佛頂山の投影図…

昭和の森(9.40)…兎道分岐(10.19)…水場(10.25)…佛頂山(11.13)…天の泉(12.00)…三郡山(12.18)…
欅谷B入口(12.28)…昼食(12.40~57)…昭和の森(13.55)

2011/9/14

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9月14日・・ 晴れ

 今日は突発的に発掘の仕事が中止になったので「緑のオジサン」を終えてからボッカ訓練に出かけた…。この所、暑さがぶり返し発掘現場の仕事も大変で(現在、我々グループ7人はは表土剥ぎと云う作業をしているが、私とY田さん二人が鍬で掘り起こし役で、一日中炎天下で鍬を振るっていると15時ごろはヘロヘロになる…)で、休養日にしようと思っていたが、中央アルプス登山も近いので老体にムチ打ち、中型ザックに約16kg程かついでのボッカ訓練に出かけた次第…。

 9時40分ごろ昭和の森駐車場を出発…河原谷コースへの道を選び園地の中の林道を通り抜け、鉄のゲートを潜って貯水池の堰堤の上に出た…。此の堰堤からは、水面に影を落とす佛頂山などの姿が一枚の絵を見るようで「私のお気に入り」の場所の一つで、通るごとに立ち寄っている。

 水面に映った佛頂山に、「お早うさん、今から登って行くからね…」と、朝の挨拶をして堰堤から山道に這入り河原谷へ向かった。何時も背負っている荷物より僅か10kg程しか重くないのだが、平地とか緩やかな坂なら普段通りのペースで行けるが、少し傾斜がきつくなると途端に足に来てペースががっくり落ちてしまう。

 林道終点から山道に這入り暫く行った所で下山してきた三人の登山者と離合した…。挨拶を交わし「えらく早かったですね−…」と声をかけると「いやー、我々は昨日から宝満山へ登って一日遅れの中秋の名月を眺めて来ました…」だった。世塵を逃れて名月を山頂で愛でる風流な登山者に出会い、山登りも、登るだけでは無くバリエーション次第で楽しみかたも増えるものだと思った。

 難所滝方面の道から分かれ、涸れ沢を亘ってウサギ道コースに這入り、すぐ先の岩壁から流れ落ちる名水ポイントに立ち寄り一息入れた…自宅の水道水を入れて来た水容器の水を捨てて名水と入れ替える…。ハイドロ水容器の3リッターと合わせると水だけで約6リッターで、重心が上に来るようにザックの上部に収納した。

 ずっしりと肩に食い込むザックを背負い出発…急こう配の道を一歩ずつ、吐く息、吸う息を足の運びに合わせ、浅呼吸にならないように意識的に腹式呼吸をしながら登って行った…。3000m近い山では必然的に酸素も薄くなるので、この腹式呼吸もトレーニングの一環として忘れてはいけない事の一つである。

 宝満山から来た縦走路に出て左折し佛頂山へ向かい11時13分ごろ山頂の祠の前に着いた。山頂の祠に鎮座される可愛らしい石像さんに手を合わせ、中央アルプス山行きの安全と好天をお祈りした…。

 縦走路を三郡方面へ向かうと、尾根道に出たので山越えの風が汗びっしょりの身体に爽快感を与えてくれた…。長崎鼻前から急坂を下って河原谷コース分岐の鞍部に出て直ぐに同じ標高を登り返し、大きな展望岩の横から小さなピークを登り下りしながら頭巾山分岐から少し下ると「天の泉」の名水ポイントで途中下車して一休み…。

 地中に埋められたビニール管から勢いよく出る山水は余程の事が無い限り涸れることなく、縦走中の登山者を潤してくれる…。手の切れそうに冷たい水で顔を洗いマグカップに汲んで飲み干す…その旨さは格別で文字通り甘露である…先ほどウサギ道入口の水場で汲んできた水を捨てて入れ替えながら足許を見ると、赤い小さな実が付近に点々と落ちていた…それはヤマボウシの実だった。

 マタタビの実に続き今度はヤマボウシの実…と、秋の山歩きの楽しみが増える。水場を後に縦走路に戻り小さなピークを二度登り返すと米の山から来た専用車道に出る…フエンス沿いに登り上がって、残暑の日が照り渡る三郡山頂に登りついた。真っ青な空と白い雲…黄色の稲田が広がる筑豊の街並みの彼方に福智山などの山々が霞立っていた。

 お昼時だったが陽射しを遮るものの無い山頂は暑く、昼食は谷間の涼しい所でとザックを担いで山頂を後にした…。山頂から下って行く途中の草叢の中に珍しい花を見つけた…袋型をした紫色の花は「ツルニンジン」で、別名ジイソブ&バーソブと呼ばれているが、この花はジイソブじゃないだろうか。(バーソブの方が小さいらしい)

 ジイソブの花に別れ縦走路を少し下った欅谷(ツキタニ)Bコース入口から植林の中の階段の道を下って谷間へと下って行った。急傾斜の道を下って行くと、谷間の手前の草薮の中に淡いピンク色をした「テンニンソウ」の花が咲いていた…この欅谷Bコースはこの時期、テンニンソウの花がびっしりと登山道の周辺を埋めている。

 三郡山頂で決めた「谷間のレストラン」の場所は、欅谷沢登りの終点付近の岩場で谷の水が気持ち良く流れ下っている…重い(と云っても16sほど)ザックを岩の上に置いて、先ずは冷たい沢の水で顔や頭を冷やし一息入れて昼食タイム…この場所は、崩壊危険地帯で谷の上からも、すぐ左岸の山腹からも転げ落ちて来そうな岩や土石が微妙なバランスで踏みとどまっている…大雨の時やその後は此処はさっさと通過する場所だ。

 現に、前回は無かった大石が登山コースの岩の上に落ちて通路を邪魔していた…。(中高年登山者が増えたせいで不必要と思われる箇所にロープやテープ類がつけられているが、この場所は足許の斜傾したテラス状の岩の上が滑り易いので補助ロープ類の設置が必要かもしれない)

 今日は、月末の木曽駒〜空木岳縦走に備え行動食と昼食はそれに類似したもののテストとして、ウイダー・バランスパワー(カロリーメートの親戚)・アンパン・大福餅…で済ませた。満腹感は兎もかく食べやすく行動する活力源は補われればいいが、カロリーメート類のクッキー食品は水などが無いと食べ辛いが、長所は軽量であることだ。

 食後のデザートに沢の水につけていた冷たい梨を戴く…疲れた時にはこんな果物類が最高だが重いのが欠点で、如何に軽くしていこうとしている私達にはその美味しさに目をつぶるしかないようだ…。

 ランチタイムを終えザックを肩に出発し、欅谷沿いにつけられた山道を下って行ったが、日頃10s未満のザックだと下り道はヒョイヒョイと下って行けるのだが、少しだけしか重くないのだがその差は大きく、足の運びがスローモーな感じで歯がゆかった…(年をとると下り坂の方がきついというが、実感した)

 14時前に昭和の森の駐車場に帰って来て第4回目のトレーニング終了…27日までにもう二回ほどボッカで体力を訓練しておかねばならないだろう…中央アルプスの山旅が楽しくなるように。

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三郡縦走へ…


若杉山より越えてきた山を鳥瞰する…

昭和の森(7.15)…兎道分岐(7.52)…縦走路(8.47)…宝満山(8.58~9.03)…佛頂山(9.15)…天の泉(10.05~10)…三郡山(10.23~28)…
前砥石山(11.28~31)…砥石山(11.49)…鬼岩谷山(12.10)…昼飯(12.20~32)…しょうけ越え(12.50)…若杉山(13.30~41)…しょうけ越え(14.13)…
鬼岩谷山(14.52)…砥石山(15.10)…前砥石山(15.27)…今屋敷コース(15.46~55)…昭和の森(16.50)

2011/8/31

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8月31日・・ 晴れ

 毎年恒例になっている秋の日本アルプス紀行…今年は趣を変えて中央アルプスの「木曾駒ヶ岳〜空木岳縦走」を計画した。

 北アルプスや南アルプスには若いころより何度もトライしてきたが、何故だか中央アルプスには登らず仕舞いで心残りになっていた…。天竜川と木曽川を東西に従え、日本列島の中心部をほぼ南北に連なる中央アルプスは、最高峰が木曾駒ヶ岳の2956mで僅かに3000mを切っているが、宝剣岳から空木岳へ続く岩稜は魅力充分の山で、駒ヶ根インターからのアプローチが非常に近い上に、標高2600m近くまでロープウェイが開通しているので、それを利用して木曾駒ヶ岳も無雪期は一般の行楽客やハイカー等も気楽に登れる山である。

 そのトレーニングに、今回のメンバーである古い山仲間のI上氏とU-BahnのM本氏の三人で、(もう一人のU田氏は不参加)恒例になっている三郡縦走を実行した。体力の訓練もトレーニングの一つの目的だが、一番は、お互いの力量把握とメンバー同志の意思の疎通と一体感である。それを養うにはこの三郡縦走の長時間歩行はうってつけである。

 7時頃に昭和の森駐車場に着くと既にI上、M本両氏は到着し準備中だった…二人とも山行きを共にするのは久しぶりで、I上さんとは今年の二月の伯耆大山登山以来半年ぶりで、M本さんとは、昨年秋に大船山でばったり出会って以来だから一年ぶりのアイコンタクトだった。

 今回の山行きは、行程の都合で営業山小屋に宿泊することが出来ないので、縦走路途中にある避難小屋泊まりとしたので、寝袋や食事などは担いで行くことになり必然的に重量が増え、一人平均15KGは担いで行かねばならない。

 ということで…それに備え、今日は中型ザックに水を5リッター入れて総重量12KG程かついでの三郡縦走だった。コースは、河原谷から宝満山へ登り、三郡から若杉山へ縦走し、折り返し同じコースを昭和の森へ帰って来るプランだった。

 I上氏は、年から年中走り回っているタフマンで、今年も阿蘇カルデラ100kmスーパーマラソンに出場し9時間半ほどで完走した強者で頼もしいが、M本さんの方は個人的に仲間とあちこちの山に登っているらしいが、果たしてその実力のほどは定かではない…一昨年はU-Bahnの仲間と白馬〜唐松〜五竜を縦走されているので、今回の中央アルプス縦走でも頑張って貰いたい。

 今日のトレーニングには仕事の都合で参加していないもう一人のメンバーのU田さんは、我々発掘現場の監督さんで、32歳と云う若さが武器の逞しい青年で、先日は、一人でコソッと宝満〜若杉縦走をこなした責任感と実行力に期待大と云うところである。

 草ケ谷貯水池の横からゲートをくぐって山道に這入ると貯水池の向こうに、今から登る宝満山から佛頂山への尾根が、朝の爽やかな山の空気の中に緑の色も黒々と横たわり我々を待ち構えていた。

 河原谷を登って兎道分岐から涸れ沢を横切って佛頂山への道に這入り、5分ほど登った所にある冷たい山水が岩壁を伝い落ちる水場に立ち寄り給水と喉を潤した…。此処でM本さんに飛んだハプニング発生!100円ショップで購入された封筒型をした水入れ容器に山水を汲むと、水圧で接着部からチューチューと水が噴き出て「なんだこりゃ―」と一同絶句。やっぱり100円ショップの品物は用途を考えて購入するべきだ…と実感した。これが、トレーニングだったから良かったが実際に中央アルプスだったら、ザックの中は水浸しになった上に飲み水にも困るとこだった。

 そういう私も、100円ショップで同じ水容器を購入し家の水道水を満タンにしてザックに入れて来ていたので心配したが、幸い今のところ漏ってないようで安心したが、(一応念のためにビニール袋に包んでいた)M本さんの状況を見てアルプスには、それなりの品物を購入して行こうと二人で話し合った…。「安物買いの銭失い」だけなら良いが3000m近い稜線では笑い話にもならない。

 水場を後にし、ウサギ道と呼ばれる登山道を黙々と登って行くと、先ほど飲んだ水が忽ち汗となって滴り落ち、タオルで拭いながらの登りになった…この頃よりM本さんが少し遅れ加減だったので待って居ると「どーも調子が出ません…」と息を弾ませ「チョット様子を見ながら登ってきますから先に宝満山へ行っといて下さい」だったので、I上さんと先行する事にして別れた。

 大杉の立つ佛頂山手前まで来ると是まで風裏になっていたらしく無風状態だったが、一転、涼しい風が尾根の東側からサワサワと吹き付け、疲れが風と一緒に吹き飛んでしまった…。縦走路を少し西に辿って宝満山頂手前の岩場を登り始めると、大きな鎖の他に新たに鉄製の足場のステップが取り付けられたいたが、その必要性に疑問が生じた…。

 久し振りになる山頂には既に何人かの登山者が休憩中で、山頂神社の裏手の岩場から吹き抜ける風が気持ち良く、視界の方は靄がかかった状態であまり良くなかった。山頂神社の鈴を鳴らして手を合わせ中央アルプス登山の安全や好天をお祈りした…。

 稚児落としを迂回する道を下って行くと北の方には今から向かう若杉山が小さく見え、岩場の下にはオオバギボウシの白い花が朝の光りを受けて静かに咲いていた…岩場の前を過ぎた所で遅れていたM本さんと一緒になり縦走路を佛頂山に向かった。

 合流したM本さんは元気回復されたらしく、笑顔で「迷惑かけてすみません…」と謝りながら、足取りもしっかりと連いて来られるようになったので安心した…佛頂山でも宝満山頂神社と同じく山頂の祠に手を合わせ山行きの安全をお祈りした。山頂から少し下った長崎鼻手前にある「私のお気に入り」の岩場に二人を案内すると、そのロケーションの良さにいい場所を教えて貰ったと喜んでくれた。

 河原谷から登って来た道と合流する鞍部から登り返し、三郡方面へ縦走路を歩いて行くと東側からの強い風が梢を鳴らして吹き抜け、長丁場を歩く三人にとっては何よりものプレゼントだった…。頭巾山入口を通り過ぎ少し行った所にある「天の泉」の水場に立ち寄り、冷たい水を戴いた…。此処で私は100円ショップの水袋に自宅の水道水を入れて来たのを捨てて、「天の泉」の名水に入れ替えたが幸いにしてM本さんのように漏ることは無かったので一安心だった。

 無人の三郡山頂で一休みしたが景色の方はさっぱりで、すぐ其処に見えるはずの英彦山の姿も見ることが出来なかった…明日から9月で愈々”天高く馬肥ゆる秋”を迎える訳だが、まだまだ下界では暫くは残暑が厳しいだろうが、山は一足早く暦も移ろい、草花たちも秋の花たちがあちこちに咲いて目を楽しませてくれる…三郡山頂のススキの穂も出揃い折からの風に波打って涼しげだった。

 小休止後三郡を後に縦走路を北へ出発…山道の際には、赤いシメカザリやピンク色のイヨフウロ、黄色のオミナエシ…と、色とりどりに咲いて目を楽しませてくれ写真撮影に立ち止まらされた。

 欅谷Bコース分岐を過ぎ小さなアップダウンンを繰り返し、欅谷Aコース分岐を見送ると間もなく今屋敷林道へ下る分岐で道端には小さな腰掛が置いてあった…11時半ごろ前砥石山に到着し一服する。

 オミナエシの花に見送られ前砥石山を後に一旦鞍部に下って急坂を登り返すと砥石山々頂で、山頂には、826mと828mと記された山頂標識が夫々二本づつ立っていて紛らわしいので帰宅後、国土地理院の地形図を見ると828mになっていたのでそちらの方が正しいのだと思うので、立てた人は早急に書き直すか撤去してほしい…。近頃、中高年の登山者が増えてこういった標識類、補助ロープ、道標のテープ類がやたらに増えたようで、必要不可欠な場所以外に不必要な工作物を取り付けるのは好ましくないと思う。

 砥石山からしょうけ越えへ向かって約300m下る途中の鬼岩谷山(774m)付近で、M本さんが汗びっしょりかいて膝に手をついて前屈みになって「足が攣って是より先には行けそうもないので済みませんが私は此処までにします…」と苦しそうだったので、残念だったが若杉山へはI上さんと二人で行くことになった。

 M本さんと別れて少し行くと紫色のソバナの花が楚々とした感じで山道の横に咲いていた…ソバナの花を見て10分ほど下った岩場で昼飯にした…。お握りを食べながらM本さんの体調が月末までに復活できるようにと念じていた。

 宝満山から若杉山までの三郡縦走路で一番最低地点の「しょうけ越え」に架かる人道橋を渡って、杉の植林の中につけられた道を登り返して山頂に続く尾根道を行くと、この一帯も秋の草花たちの宝庫で、赤、黄、紫、白、青、…と、色とりどりの花が咲き乱れていたが、名前の知らない花が多かったがツリフネソウやキバナアキギリの花は認識できた…残念ながらキバナアキギリの花はピンボケで紹介できずに残念でした。

 山頂手前にある「若杉鼻」の展望台前の急坂を登り展望岩の先に立つと、宝満山から三郡山は遥か遠く霞み、M本さんが待つ砥石山は黒々と巨体を目の前に横たえていた…。

 展望台から一登りすると無線中継塔の立つ若杉山々頂で、宝満山を出て4時間半だった。10分ほど日陰で休憩し、往路をしょうけ越えへ引き返そうとしていると山岳トレイルランの格好をしたランナーがやって来られた…私も(昔)I上さんも共にランニング大好き人間なので、同好の志には初対面の垣根は無く話が弾んだ…。彼も宝満山から走って来て此処から引き返すそうだが、「水が切れたので自動販売機の所に行って買ってきます…」と、奥ノ院方面に行かれた。

 多分、途中で追い越されるだろうと思いながらしょうけ越えへ出発した…廃屋同然になった山小屋の前を通り過ぎると峠に架かる人道橋で、橋の上から西方を俯瞰すると宇美町の向こうに、我が街「大野城市」が四王寺山の陰に見えていた…しょうけ越えの橋から砥石山まで登り返しの300mは、今回の中央アルプスの木曾殿乗越から空木岳への登り返しの400m強には及ばないが、良い訓練になった。

 M本さんと別れた鬼岩谷山に着いたが彼の姿は見えなかったので、多分ボチボチ縦走路を宝満山方面へ引き返しているだろうと後を追う形で砥石山へ向かった…。午後の縦走路は少し温度も上がり比例し体力も衰えを見せ(I上さんは疲れ知らずにポーカーフェイスでぴったり後に連いて来る)幾分歩行速度も落ちたが、若杉山から一時間半で砥石山に着いた…然し、此処にもM本氏の姿なし。

 兎に角、彼と合流するまで行くしかないと前砥石山へ向かったが、この山頂にも姿なし…何処まで引き返したのだろうか?途中で見過ごしたのではないだろうかと思いながら縦走路を南へ向かっていると、今屋敷コース入口で木の枝にタオルを括りつけているM本さん発見…。

 彼の話によると、私たちと別れた後に此処まで戻って来て二人の帰りを待っていたそうだが、16時近くなったのでタオルを木の枝にぶら下げ目印にし、地面に「此処から下山します」と、木の棒で書いていたところに我々が帰って来たと云う次第だった。

 彼の体調と時間を考慮して此処から下山する事にし、私が持っていた行動食のパンを三人で食べて腹ごしらえが済んだところで、縦走路から今屋敷コースへ這入った…途中枝分かれ箇所付近で左手の道に這入り下って行くと、雪だるまさんのような真っ白なキノコが枯葉の地面から頭をもたげていた…沢の水音が近くなると昭和の森公園の真上に出て駐車場に17時少し前に帰着した。

 約10時間のトレーニング登山…M本さんの不調もあったが三人で行動を共にできて収穫はあった…次回は、来週7日に井原山〜雷山往復をこなした上で、装備品類などの打ち合わせなどもする事になった。

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欅谷Aコース〜三郡山〜頭巾山へ…


欅谷Aコース登山道の草刈り…

昭和の森(10.50)…欅谷A・B分岐(11.25)…Aコース入口草刈り(11.35~12.55)…三郡山(13.55~14.05)…天の泉(14.15~22)…
頭巾山(14.28)…昭和の森(15.20)

2011/8/6

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8月6日・・ 山はガス

 草刈り用の鉈鎌の準備などで出発が10時半過ぎだった…。今日の、登山道の草刈りは三郡山系の欅谷Aコースの予定で、この後、随時に脊振山系を含め各コースの雑草などの撤去清掃作業にかかりたいと思っている。

 台風9号が東シナ海を北上している影響で雲の動きが早く、三郡山系には灰色の雲が尾根筋から中腹付近へ吹き下ろされて渦を巻いていた…。夏休みに這入り昭和の森には家族連れの姿が目についたが、あいにくの空模様で利用者の数も少ないようだったが、上の駐車場は満杯だった。

 11時前に昭和の森駐車場を出発し、バンガロー村を過ぎて間もなくの所にある、頭巾山尾根登山道入口に来ると、入口付近が小灌木の為に隠れていたので欅谷コースの手入れ前に、鉈鎌の切れ味テストを兼ねて切り払い作業をした…切れ味は良好で入口は綺麗になった。

 本番前テストを終え沢伝いの林道を登って行くと、尾根筋から吹きおろしの風が驚くほどヒンヤリと気持ち良く、この天然クーラーの冷気をお土産に持って帰る事ができれば…何て思ってしまった。沢の岸辺の灌木に名前の知らない紫色の花が咲いていたので足を止めシャッターを切った。

 欅谷A・Bコース分岐の橋を渡って少し登った所で、沢蟹さんが林道の上を流れる水の上を両手を高く上げながら横断中…近寄って写真を撮ろうととすると、逃げもせずに其のままの姿勢でポーズをとって注文に応えてくれた…。気を付けてその付近を見ると大小様々の沢蟹さんたちが忙しそうに右往左往していた。

 林道終点のAコース入口に11時半過ぎに着き、左手の沢を横断する場所に這入ると、前方や足許も良く見えないほどススキや小灌木が茂っていたので作業を開始した…。樹林帯は日照が遮られ下生えの雑草類が生えないが、こうした沢筋とか尾根の縦走路付近ではこの時期になるとあっという間に藪が繁茂し歩行を妨げる。

 この草刈り作業は結構骨が折れる作業で思ったよりも時間がかかる…。ススキ類のような草系統の比較的柔らかな物に混じって小灌木類などもあるし、藪の中には石ころなども隠れているので無闇やたらに振り回すと、大事な鉈鎌の刃などを痛めてしまうので平地の畑の草刈りをするようにはいかないし、足場も悪い。

 そんな作業をしていると何処から現れるのか知らないが、汗の匂いを嗅ぎつけたデカいアブが何匹も羽音も高く飛来し、身体の周りを隙あらばとグルグル旋回し作業の妨げになる…厚かましいアブに至っては鎌を持つ手の甲に留まったりする…3匹ほど打ち落としたが敵もさる者…後ろに回り、こそっとジャージ―の上から尻に針を刺してくる奴もいた。

 右手で鎌を振るいながら草を刈り、左手はタオルを振り回しながらアブを払い…僅か50m程の区間の草刈りに要した時間は1時間20分。昼飯を食べる事さえ忘れ気がついたら13時前だった…でも、苦労した甲斐があって草ボーボーだった登山道は無事に開通し、此処を歩く登山者に少しは喜んでもらえたら…と思うと、疲れは吹っ飛んでしまった。

 アブの襲撃場所から少し逃避した場所で遅い昼飯…と云っても菓子パン一個とポカリだけ。尾根道に這入ると雑草類はゼロ状態…所々で登山道に伸びて歩行を邪魔している小枝などを切り払いながら登って行き、標高700m近くなると雲の中に入って辺りは視界10m程になってしまう…。

 縦走路に出ると聞こえるのは風の音のみで、全てが深い霧の中に隠れ、おぼろげに見える木立の佇まいが幻想の世界で、森の精霊さんたちがひょっこりと姿を現しそうだった…縦走路に残された山靴の足跡を追って三郡方面へ向かっていると、霧の中より風に乗って人の声が切れ切れに聞こえてきたが、それは、展望岩で休憩中の5人パーティだった。

 挨拶して通過し、霧の山稜を三郡方面へ向かっていると灰色の世界の中に紅一点…野イチゴの真っ赤な実が露をつけてキラキラと宝石の輝きだった。

 欅谷Bコース分岐でそちらに下山しようかと思ったが、どうせガスの中で何にも見えないだろうが三郡山へ立ち寄って行くことにし直進し、14時少し前にそれこそ何にも見えない(すぐ横にあるレーダーや建物も)山頂についた。山頂の一角の岩場に座り、残りのパンと梨を食べていると一瞬目の前のガスが切れ、筑後平野や有明海の向こうの雲仙岳が現れた…。

 写真を撮ろうと構え何枚か写した途端、あっという間に又ガスがかかり、その風景は幻のように掻き消えてしまった…山の神秘を垣間見せて頂いた。そんな山頂の片隅に黄色のオミナエシの花が風にユラユラ揺れて咲いていた。

 先ほど一瞬見えた景色の中で、筑後方面から雨脚が此方に流れてきている様だったので早々に山頂を後にして、裏手の金網伝いの道から三郡山専用道路に出て下って行くと、右手のコンクリート壁のテラスに一人の登山者が座っていた…その人は坊主頭で、何だか我々発掘現場のU田監督に似ているなーと思いながら近づき、お互いに顔を見合わせ「U田さん…」「K野さん」…と奇遇に嬉しいビックリ。

 彼とは今年になって二度目の奇遇で、一度目は二月の法華院温泉だった…昨日、発掘現場では山行きのヤの字も話していなかったので尚更驚いた…。訊くと、竈神社から宝満〜若杉往復の帰りだとかで、休暇などの都合で行けるか否かは分からないが、9月下旬の北ルプス登山への「こそレン」中だったのだ。

 私自身は、9月下旬か10月上旬にかけ、中央アルプスの木曾駒〜空木岳縦走を予定していたが、彼に、北アルプスなら何処に行きたいと訊くと「剱岳」へ行きたいですね…だった。毎年一緒している「北ア・メンバー」の、U住、I上、両氏に相談してみなければ分からないが、私自身、剱岳へも10年ほどご無沙汰しているので迷っている…。然し、今こうして黙々と特訓している彼の姿を見て、発掘登山仲間としてとても嬉しかった。

 宝満山から竈神社に下る彼とそんな話などしながら一緒し、途中の天の泉の水場で喉を潤し、頭巾山入口で彼と別れた…頭巾山々頂付近からポツポツと雨が降って来たのでザックカバーをつけ、ビニール傘をさして頭巾尾根を一気に下り15時20分ごろ昭和の森の駐車場に戻って来た。

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欅谷Aコース〜三郡山〜難所滝へ…


三郡縦走路に咲いていた山法師の花…

昭和の森(9.45)…欅谷A・B分岐(10.19)…縦走路(11.00)…三郡山(11.45)…難所滝(12.26 昼食 12.45)…昭和の森(13.40)

2011/6/28

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6月28日・・ 山はガス下界は晴れ

 20日ぶりの山歩きは梅雨の合間を縫って三郡山へ…。この間、発掘仲間と登る予定だった三俣山や、息子たちグループと登る予定の山行きが雨で流されてしまったり、晴天日は、古墳発掘作業が忙しく山歩きが伸び伸びになっていた。

 その古墳発掘仕事も24日で終わった(一ケ月の出勤日数12日になったので)、サー、月末は山へと思っていると、台風5号と梅雨前線による生憎の天気で庭の松の剪定などに追われていた。

 通学路で児童たちの見送りをしながら山を見ると、四王寺山は姿を見せていたが三郡山系の山はすっぽりと灰色の雲に覆われ見えなかった…。天気の良くなるのを待って居たら明日と明後日はスケジュールが決まっているので、今月は今日行くしかないと帰宅し山行き準備をした。

 9時半過ぎに昭和の森公園の駐車場に着くと梅雨空にも拘らず10台ほどのマイカーが留まっていた。車の外で山靴などを履きながら山の様子を窺うと5合目から上は雲の中で、雨を覚悟して雨合羽とビニール傘を携帯しての出発だった。

 出発時点で今日は欅谷Aコースを登って縦走路を三郡山から難所滝へ廻り、難所滝の山アジサイの花を見て河原谷を下って昭和の森へ帰る周回コースを選んだ。舗装された林道を登って行くと、頭巾山入口の先の一般車乗り入れ禁止の鎖が張ってある付近で、下山して来る官庁の四駆の車が留まって「この頃の大雨で沢の水も増え地盤なども緩んでいるので十分気を付けて登って下さい」と、係員の人がアドバイスされた。

 私が「有難うございます…実は、私も自然公園の指導員を委託されていますので、登山道や危険個所の見廻りを兼ねて登っているところです…」と云うと、「それはご苦労様です宜しくお願いします」と挨拶をして林道を下って行かれた。

 木の枝や小さな転石の散らかる林道を黙々と登って行きながら、頭の中はこれからの山行きに思いめぐらせていた…。その一番目は秋に予定している日本アルプス入山の事で、北アルプスや南アルプスは何度も登っているが、中央アルプスは遠くから眺めたり通り過ぎるだけだったので今年は趣を変え、木曾駒ヶ岳〜宝剣岳〜空木岳の稜線歩きをしたいと思っている…。

 何度も登った山はその経験からある程度、心の準備が出来ているので計画も立てやすいが、未知の山になるとそうはいかない…それが又、登山の楽しみでもある。色々な情報を収集し、頭の中で対象の山をきめ細かく分析し、山の危険度や素晴らしさを自分の脳裏の中にインプットして机上登山をして本番に備える。登山は、計画段階・実行段階・反省段階と一度の山行きで三度も楽しめるのだ。

 そんな事などを空想しながら登って行くと欅谷A・Bコース分岐点の橋の前に出た。橋の下を流れる沢の水は此処数日来の雨で水量をまし音を立てて流れ下り、見上げるとBコース方面の尾根は灰黒色の垂れこめるガスの中だった。

 分岐から暫く林道を登ると、道の傍らに紫色の可愛らしいウツボクサの花が咲いていた。此処までは林道歩きで濡れずに来れたが山道に這入ると木の枝や草叢についた水滴で下半身は濡れてしまうので雨合羽のズボンを履き、ザックカバーもつけて水濡れ対策を万全にして山道に取り付いた。

 一月の大雪の時に此処を下った時にスノーシューを付けて下ったことが嘘のようで、今は、まるで熱帯雨林の中を歩いている様に感じられ、春夏秋冬、目まぐるしく移り変わる日本列島の季節の変化が実感された。こんなに深い雲の中では小鳥さんたちも満足に飛べないだろうだろう…何て思っていると、すぐ傍でウグイスさんが見事な美声を聞かせてくれたので「おー良か声バイ…」と褒めてやった。

 稜線の縦走路が近くなってくるとガスは益々濃くなり視界は20m程で、付近に立っている樹木がボーっと見え隠れする様は水墨画を見るようで、こんな天気の日にしか味わうことが出来ない山の表情を窺え、雨もまた楽しからずや…と、たった一人ぼっちの山を満喫した。

 縦走路に出て三郡方面へ歩いて行くと、白い花びらが地面いっぱいに落ちていたので何の花弁だろうと振り仰ぐと山法師の花だった…花びらの中心には秋に赤く熟れる丸い実がちょこんとついていた。遠くから見ると真白い花に見えるが、良く見ると淡いピンク色も混じっていた。

 ガスの山稜を吹き抜けて行く風が気持ち良く、思ったよりも汗もかかずに快調に縦走路を辿って三郡山頂に11時45分ごろ到着した…。すぐ目の前に見えるレーダードームが白いガスの中から辛うじて見えるほど深いガスで、風の音のみが梢を鳴らすモノクロームの世界だった。

 3分ほど休憩し山頂から縦走路へ向かおうとすると、岩陰で一人の登山者が昼食中だった…無人だとばかり思っていたのでびっくりした。これも、深いガスのなせる仕業だ…挨拶もそこそこに失礼し、幾分明るくなってきた縦走路を難所滝へ向かった…。

 尾根道の縦走路から右折し滑り易い急こう配の道を下ると、冬は氷のカーテンで登山者を魅了する難所滝で、今は黒い岩肌を伝い落ちる水のみで淋しかったが、お目当てだった薄紫色の山アジサイの花がひっそりと咲いて私を喜ばせてくれた…。難所滝の岩を背に、足許に咲く山アジサイを眺めながらランチタイムにした。

 食事を終え河原谷から昭和の森へ下って行く中に薄日さえ射しはじめ、草ケ谷貯水池前まで降りて来ると、先程まで雲に隠れていた宝満山から三郡山方面の稜線も姿を現し、池の畔に咲いたオカノトラノオの白い花が風に気持ちよさそうに揺れていた…。20日ぶりの山歩きだったが、やはり山は心を癒してくれる…ありがとう!

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河原谷から佛頂山〜頭巾山へ…


縦走路に咲いていたこの花の名は?

昭和の森(10.05)…ウサギ道分岐(10.40)…佛頂山(11.17)…頭巾山(11.45 昼食 12.00)…昭和の森(12.40)

2011/6/4

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6月4日・・ 晴

 愛車(車齢15歳)のデリカ君が少し気になる異音がしていたので、すぐ近所にある☆☆☆へ点検に出した。点検が済んだとの連絡で受け取りに行くと、燃料圧縮系の不具合があったので部品交換などの対応でバッチリOKです…だった。

 受け取ったその足で、慣らし運転を兼ねて昭和の森へ向かった…気になっていた登り坂での黒煙も出なくなり、エンジンの音も滑らかに聞こえデリカ君の復活を感じることが出来た…。私の山登りの足として無くてはならないデリカ君…この後も、あんたが先に倒れるか私が倒れるか判らないがお互いに元気で頑張りましょうネ。

 10時過ぎに駐車場を後にし、草ケ谷貯水池の横から通いなれた山道を歩いて河原谷へ向かった…。6月の声を聞き、緑の色もすっかり濃くなった谷間の道を、流れ下る水音を聞きながら登って行くと道端に美味しそうな木苺の実が熟れていた…。摘んで口に入れると甘酸っぱい味覚が口中に広がった…。暫く登ると星形の白い花びらが足の踏み場も無いほど落花していた。

 ウサギ道分岐でお休み中の4人連れのおばちゃんたちに「通らせていただきます…」と挨拶し、涸れ谷を渡って佛頂山へのウサギ道に入った。這入って少し登った所にある水場に立ち寄り水分補給…苔のついた岩場の上から落下する名水を2リッターボトルに満タンし、此処まで登って来るまでに出した汗の分を掌に汲んで補給した。

 水場から少し勾配の急な坂道を登って竈神社方面への分岐を過ぎる頃より、樹林の中から、カナカナ…と蜩ゼミの声が聞こえてくる。夏の暑い盛りにこの声を聞くと暑さが倍増する感じだが、今は、まだ山の空気も適当に気持ち良い時期のせいか、汗ばんだ身体にその声は清涼感たっぷりに聞こえた…。

 樅の木の合間に尾根が見えて来ると稜線もすぐ其処で、大杉の下を潜って宝満山から来た縦走路に合流して左折すると標高869mの佛頂山々頂で、樅の木の下に石作りの祠があり可愛らしい仏様が微笑んで居られる。暫し低頭し掌を合わせ山行きの安全をお祈りした。

 山頂から少し下った平坦な山道の横に「ナルコユリ」の花が葉っぱの陰に隠れて鈴なりにぶら下がっていた…。長崎鼻の手前付近で薄紅色したドウダンツツジに似た花が咲いていたが、果たしてこの可愛らしい花の名はなんという花だったのだろうか…?その少し先にも名前の判らない小さな花が楚々と咲いていた。

 河原谷分岐から縦走路を三郡方面へ向かっていると、向こう側から縦走して来る登山者たちと何度も離合するようになる…。挨拶を交わしながら、緑のトンネル状態の稜線の縦走路から見渡す景色は生憎の春霞状態で英彦山がボーっと判るくらいだった。

 頭巾山入口から左折し山頂に着き、丁度お昼時だったので石の上に座ってランチタイムにした…食パン二枚にチョコレートクリームをたっぷり塗り付けサンドにして頬張っていると、頭巾尾根を登り上がって来た二人連れのご婦人が「まー美味しそうですね…」と挨拶されたが、こちらは口いっぱいにパンを詰め込んでいたので「…モグモグ…」としか言えなかった。

 ランチタイムを終え、頭巾尾根を下山していると枯葉の中に純白色のギンリョウソウが首をかしげて「気を付けて下ってね…」と見送ってくれた。枯葉と木の根の滑り易い急こう配の道を小走り状態で下っていると、木の枝だと思った枝がスルスルと動いたので良く見ると蛇ちゃんで、危ふく踏みつけるとこだった…。こっちも吃驚したが蛇ちゃんもさぞかし魂消た事だろう。

 山頂から僅か40分足らずで昭和の森公園の駐車場に帰って来た…。明日は、宗像在住の知人と宗像四塚縦走を約束していたのでその足慣らしに丁度良かった。

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新緑の河原谷から三郡山へ…


三郡山頂より新緑の佛頂山を望む

昭和の森(9.37)…難所滝(10.24)…三郡山936m 休憩(11.14~30)…欅谷Bコース下山…登山口(12.30)

2011/5/14

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5月14日・・ 晴

 黄砂の影響で真っ青な皐月の空とまでいかないが、爽やかな初夏の風と新緑の季節に誘われ、ぶらっと昭和の森に出かけると土曜日ともあって駐車場は満杯だった…。

 今日は、河原谷を詰め難所滝から三郡山へ登ってみる事にした…駐車場から草ケ谷貯水池へ向かっていると、ラリーグラスの花は散ってしまっていたが、その代わりという事ではないが紅紫色したあざみの花が行ってらっしゃいと見送ってくれた…。

 貯水池の堰堤の上に立つと先日の雨で水位も回復し満タン状態の水面に、新緑に光る佛頂山から頭巾山へ続く山並みの影を映していた。取り敢えず各ダムの水位も回復したらしいが、肝心の江川ダムはまだ充分では無いらしくもう少し慈雨が欲しいところだ。

 この所、先月末の脊振山〜鬼ケ鼻岩登山の際は車谷を登り、井原山へは洗谷を詰め、今日は、河原谷からと谷筋の登山道を登ったが、脊振山系の谷に比べると宝満山系の谷は花の種類が少ないように思う…。

 目についたのは椿の花の落花ばかりで難所滝の下まで足を止めさせる草花さんたちにお目にかからなかった…。と云う訳で必然的に足も速くなり難所滝の下まで昭和の森から47分で登りついた…今冬は寒波が厳しかったので素晴らしい氷のカーテンを見せてくれた滝も、今は何の変哲もない岩壁の上を少ない水が壁を濡らしているばかりだった。

 そのまま、滝の左側の急坂を登って三郡縦走路へ向かった…沢の源流付近の苔むした岩壁を伝って流れる沢水を飲もうと掌に汲もうとしたが、なかなかうまい具合に汲めなかったので木の葉を岩の窪みに取り付けると正解で喉を潤すことが出来た…。

 尾根筋に登り上がり縦走路へ向かっていると青葉若葉の新緑の中に、一本の枯れ木がオブジェの様に突立っている姿が面白かった…。稜線伝いの縦走路に出ると吹き渡る爽やかな風と、目にしみいる様な緑一色のトンネルの中で、身も心も緑に染まってしまいそうだった。

 行き交う登山者たちとの挨拶も「新緑が美しいですね…」で、どの顔も晴ればれしていらしゃった…。三郡山頂に着き周囲の景色を…と思ったが、黄砂の影響で何時も目の前に見える英彦山や福智山などの姿さえ見えず、辛うじて脊振山の姿がボンヤリ見えるくらいで、山頂の石の上に座って甘夏柑を食べながら足許に見える頭巾山から佛頂山の新緑の山体を眺めた。

 小休止後山頂を後に下山開始…下って行く山道にはピンクの三つ葉つつじの花びらが落ちていたが、これは、先日の3日続いた雨風で落ちたらしく梢を見ても一輪も残っていなかった。

 欅谷Bコースの道に這入ると、涼しげな沢の瀬音が耳に心地よく、初夏の陽射しに照り映える樹林のミドリが眩しかった。昭和の森に帰って来るとさすがに満杯だった車の数も半分ほどに減っていた…。

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Mtbで昭和の森まで…頭巾山〜三郡山へ…


犬ヶ岳〜英彦山〜古処山〜水縄連山…のパノラマ写真です(遠く後方には久住の山脈や由布岳も見えていました)

頭巾尾根登山口(10.53)…頭巾山901m(11.50)…三郡山936m 昼食(12.07~48)…欅谷Aコース入口(13.21)…登山口(13.50)

2011/4/4

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4月4日・・ 快晴

 風はまだ少し冷たいが群青色の青空が広がりアウトドア日和…!この所、市議選に立候補する妻の従弟の後援会組織で雑用を任され、連日パソコンに向かいエクセルなどで会議資料やスケジュール等を作成したり、選管の立候補審査の手続きなどで市役所や法務局、或いはレンタカーの手配や燃料補給所の契約など雑事に追い回されて、花たちや芽吹き始めた春の山へ行く暇が無く、ストレスがたまってウズウズしているこの頃だ。

 昨日、総決起大会や夜の拡大会議などが終わり、今日は久しぶりに事務所に顔出ししなくても良かったので迷わずアウトドアへ…山に行こうかそれともMtbで遠乗りしようか迷ったが、その両方をという事で昭和の森までMtbを漕いで、頭巾尾根を登って頭巾山から三郡山へ廻ることにした。

 おにぎりとポカリなどが這入ったザックを背に10時少し前に出発…お天気は春の陽が燦々と降り注いで暖かそうだったが、漕ぎ始めの身体が温もるまではジャンバーを着て行こうかなと思ったほど風は冷たかった…。

 乙金峠を越え宇美町にかかる頃にはやっと身体も暖まり、ここ数日で急速に開花し始めた桜並木の下を快調に漕いで行くと、前方には今から登る予定の三郡山頂の白いレーダードームが青空の下にくっきりと見え私を招いているようだった…。

 車で行くときには上り坂だとは思えない昭和の森公園内の道も、自転車で登ってみるとかなりな物で、距離こそ短いが四王寺山林道とあまりきつさは変わらず立ち漕ぎで登った…。上の駐車場サイドを通り過ぎながら駐車場を見ると、月曜日だがこの青空に誘われてやって来られた登山者のマイカーが10台以上駐車していた。

 コテージの立つ園地を抜けた所にある頭巾山登山口の前の標識に愛車をがっちりロックし、山道に這入った。取り付きの急坂を登ると正楽寺の遺跡後で、調査が終わったのかブルーシートが片隅に残っていた。

 久しぶりの頭巾尾根コース歩きだったが、自然林の中の道は山の匂いに満ちていて、樹林の隙間に見える青空がことのほか綺麗に見えた。フカフカの落ち葉道をカサコソと踏みしめて登って行くと、こぶしの花の白い花びらが点々と山道に散り落ちていたので振り仰いだが、散り終えたこぶしの木を見つけることは出来なかった…。

 この頭巾尾根コースは山頂付近まで殆ど樹林の中の道でまわりの景色などが望めない…時々、南側の宝満山の一部が見えたり、北側の若杉山や砥石山の姿が垣間見えるぐらいで、黙々と樹林の息吹を感じながら登って行くのみである…中腹を過ぎ、急こう配箇所に張られているロープ箇所を過ぎると石楠花の群落地に出るが、今年は裏年になるのか花芽がついているのが少なかった。

 石楠花群落地からひと登りで頭巾山々頂手前の稜線に出るが、この登り上がった地点が一番標高が高く感じられるのだが、実際の山頂はそこから100m程東側の灌木類で覆われた見通しのきかない場所で、国土地理院が測量しているのだから間違いないだろうが、此処に来るたびに何時も手前の方が高いと感じてしまう…のは何故だろう。

 近年、この三郡山系の登山道に宇美町消防署が作ったコース案内板が各所に掲示されていてナンバーまで記してあったが、その設置基準が何処から開始されているのか不明なので、折角、立派な案内板などを設置されたのだから、各、登山道入り口、分岐点付近に全体的なコース概略図・時間などの看板を設置して頂いたら、初めての登山者たちも安心して入下山できるのではないだろうか…消防署に出向いてお願いしてみよう。

 山頂から三郡縦走路に出る途中で見た真っ赤なツルシキミの実が、まだ冬枯れの中で紅一点目立って目を引いた…。縦走路に出て三郡に向かう途中に何人かの登山者と離合したが、挨拶はお互いに笑顔で「今日は良か天気ですね!」だった…。

 春は晴れていても春霞で遠くの景色はボーっとして見る事が出来ない日が多いが、今日は、まるで皐月晴れの様に澄み渡り、かなり遠方の山々の姿も見えていて、三郡山頂からの眺望が楽しみで足取りも軽くなって、群青色の青空の下、春の陽光が溢れる三郡山山頂に12時07分に到達した…登山口から1時間14分の快速便だった。

 山頂には、麗らかな陽だまりの下で4〜5人の登山者が昼食をとったり景色などを楽しんでおられた…山頂から改めて周囲を見渡すと360度のパノラマが丸見えで、東方から順に主だった山は望むことが出来た…北九州地方の皿倉山〜福智山から平尾台〜求菩提山〜犬ヶ岳〜鷹ノ巣〜英彦山〜岳滅鬼山〜(この後方に由布岳や久住連山の姿も)〜御前釈迦岳〜と続き、有明海の向こうには雲仙岳〜多良岳が霞立ち、脊振山系の山々は西の果ての雷山まではっきりと眺めることが出来た。

 山頂の皆さんにその山の方向を指し示しながらご案内すると、英彦山や脊振山系の山は何となく知っていましたが、由布岳や久住山、雲仙岳が見えるとは思っていませんでした…だった。春霞の季節にこれだけ遠くの山まで見えるのは珍しい事で、皆さんラッキーでしたね…と云うと、口々に今度来る時が楽しみです…と喜んでおられた。

 丁度お昼だったので山頂南側の凹地で昼飯にした。背中の汗を春の陽光で乾かしながら周囲の景色を眺めながら食べるオニギリ飯は美味い…デザートのバナナやオレンジなどまでお腹に収めた。近郊の山歩きでこんなにゆっくり山頂で過ごしたのは久しぶりだった…それも、この春爛漫のお日和のお蔭だ。

 約40分も滞在した山頂を後に下山開始…当初は、欅谷Aコースの先にある尾根道を下るつもりでいたが、自転車を頭巾山登山口に置いてきたので尾根道だと戻らねばならないので、やはりAコースから下ることにした。爽やかな風を肌に感じながら縦走路を半ば走るように(今日は登山口までMtbだったので登山靴では無くトレック用の靴だった)駆け下り、Aコース手前の展望岩の上に立って振り返ると、三郡山…頭巾山…佛頂山とスクラムを組んで見送ってくれた。

 Aコースから下山したが、ついこの頃、このコースを下った時は1m以上もの積雪で、スノーシューでワーワー言いながら息子たちグループと下った事が嘘のように雪の欠片も見当たらなかった…10分足らずで林道終点のAコース入口に降りつき、林道を半ばランニングで下って行く途中、河川敷に生えた初々しい新芽をつけた木に目が留まって立ち止まり、写真に収めようとアングルを決めていると、その視線の先の樹林の中に真っ白なこぶしの花をつけた木が点々と見えたのでバックにパシャりでした。

 自転車を止めた登山口に13時50分ごろ帰着、ロックを外し愛車に跨り振り向くと青空の中に真っ白なレーダードームを乗せた三郡山がすぐ其処に見えていた…桜やつつじの花が綺麗な昭和の森公園の中の道を景色を見ながらスイスイ下って行き、バス停を過ぎた付近の住宅地の中にあった菜の花畑で立ち止まり写真撮影停止…。菜の花のイェローカラーとコバルトブルーの青空…連なる三郡山系の山脈が民家の屋根の向こうに長閑に佇んでいるのが見えた…こんな景色も自転車だからこそ目に這入る訳で、車だと気づかず通過してしまうだろう…やはり、スローライフに幸多かりだ…。

 14時半ごろには我が家に帰着…愛車にアリガトサンヨの言葉をかけて綺麗に磨き上げてやった…キラキラ光るスポークやリム、ボディも18年の歳月を感じさせないほど艶がある…タイヤチューブ部類こそ何度か交換したが、その他のパーツは買った時のオリジナルな物で、デリカ君同様、私が元気でいる間は何とか付き合って貰いたい…もう一度ありがとう。

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本導寺より宝満山〜佛頂山へ…


宝満山キャンプセンターより山頂岩場…

堤谷登山口(9.53)…百日断食の滝(10.40)…キャンプセンター(11.12)…宝満山(11.21~25)…佛頂山(11.38)…水場(11.50)…

白はげ分岐(12.20)…登山口(12.41)

2011/2/1

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1月21日・・ 晴れ

 昨夕の天気予報では、日本列島を寒気に包み込んでいるシベリアの寒気団がジェット気流の正常化で正規の位置に後退するので、寒気の流れ込みも無くなり二月に這入ると暖かくなりそうです…だった。

 暖かくなるのは良いが山の雪も溶け出すという事で、溶ける前にもう一度登っておかねばと…緑のオジサンを終えて帰宅し、バタバタと山行き準備をした…出発時間が遅いので必然的に近場の山という事になるが、今年になってまだ宝満山と佛頂山へは登っていなかったので本導寺から登ることにした。

 吉木集落を抜けて米の山峠へ向かう県道に這入って暫く行った所で、通行止めの警告板が道路の中央付近に出ていたが本導寺は米の山峠の手前なので無視して通過した…。

 点滅信号機の所から左折し集落の中を通り抜け、1kmほど登った登山口付近の駐車スペースに9時40分ごろ着いた…。平日のマイナーコースとあって他に登山者の車も無く、今日のこのコースの登山者は私一人のようだった。

 準備を終え9時50分ごろ出発した…周囲はさすがに雪も溶け見えなかったが、谷筋の道に這入れば多分残雪がたっぷり残っているだろうと予想された。登山口から堤谷沿いの山道に這入り少し行った「シラハケ尾根」分岐付近から雪が現れた。

 朝の冷え込みで地面も踏み固められた雪も固く乾燥し歩き易かったが、谷付近の岩場道では、岩の表面が凍っていたのでスリップして落水しないように慎重に通過した…。この堤谷のミニ滝にはネーミングがしてあり、一の滝・二の滝・三の滝・鼓谷・女滝・・・・シラハケ尾根コースと合流する百日断食の滝まで次々に命名してある。

 その、三の滝を通過して少しくと梯子場が現れる…。この頃より積雪も増え、踏み跡を外れると50センチ程ズボッと雪の中にはまり込んだ。暫く登って滝の手前から、谷の左岸側から沢を横切り右岸側の道に這入り登って行くと、右手に勢いよく落下する滝の水が二月の陽光を受けてキラキラと煌めき春の片りんを見せていた。

 暫く、雪の積もった左岸側の樹林の中を登って行き沢の中の道に降りると、何本も大きな木が雪の重みに中ほどから無残にへし折れていた…その姿を見て如何に雪の重さが凄いかを思い知らされた。

 百日断食の滝があるシラハケ尾根道との合流点付近まで来ると、一ケ月以上にわたり低温が続いたせいで岩場には蝋細工みたいにのっぺりしたデカいツララがあちこちに下がっていた…登山口から約50分ですっぽりと雪に覆われた百日断食の滝前に出た。

 此処から、堤谷の沢筋の道と別れ尾根道を少し登ると、直進すると金の水から普賢窟を経て佛頂山へコースと、左折して釣り船岩を経てキャンプセンター方面への分岐で、今日は左手の道に這入り宝満山を目指した。

 所々で、雪の急斜面が踏み固められてスリップするので、携帯していた簡易アイゼンを付けようかと迷ったが、ストックとキックステップで何とかクリアーした…アイゼンを付ければ確かに歩行は楽になるが、私は、滑落すれば大事になる場所以外では登山靴のグリップ力と身体の重心のバランス感覚で乗り切ることにしている。

 釣り船岩は、登り上がれば絶好の展望台だが、雪のついていない時でも登りにくいのに、今日は、凍りついた岩を見ただけでパスして通過した…積雪量が増えたが踏み跡伝いの雪道だからピッチは快調で、百日断食の滝から30分でキャンプセンターの水場に着いた。

 利用者も少ないのか水受け用の洗面器の容器の底には水垢がついていた…柄杓で氷水のように冷たい水を一口飲むと胃袋の中がジーンと痺れるようだった。水場から雪で白く覆われたキャンプセンター前に行くと、麗らかな陽だまりの中で4、5人連れのグループが休憩中で、青空の向こうには山頂の花崗岩の岩場が雪をつけて見下ろしていた。

 キャンプセンター広場から稚児落としの岩場の下を迂回し、梯子を登り上がって山頂神社の立つ山頂に11時18分ごろ登りついた…。山頂には正面登山道を登って来た登山者たちが何人か登って来ていて休憩中だった。

 何はともあれ、今日は、この山頂神社と佛頂山の祠に一年の山行きの安全を祈願しようと思っていたので、大きな鈴をガラガラと鳴らして柏手を打ち「今年も愉しい山行きが出来ますように…etc」をお祈りした。

 神社裏手の見晴らし展望岩に行くと、陽当り斜面の花崗岩にはまだ雪がべっとりついて一月の豪雪を証明していた…風が無いのでポカポカと温かい山頂は気持ちよく、一昨日登った凍てつく由布岳山頂が嘘のようだった。

 山頂付近ではアイゼンを付けなければいけないかな?と思っていたが、ガチンガチンに凍り付いている場所は無かったのでキックステップで大丈夫だったが、他の登山者たちは皆さん全員装着されていた。

 山頂からキャンプセンターや三郡縦走路方面への通常ルートは雪で通行禁止になっているので、北側の梯子を下りて稚児落としの岩場の下を迂回して行くようになっているが、こちら側は日陰斜面でまだかなりの積雪があり雨でも降らない限り暫くは溶けないと思う。

 縦走路を三郡方面へ向かうとこちら側は表銀座コースで次々と離合する…メインルートを外れた南側の本導寺や油須原方面からは誰一人会わないのに…。佛頂山へ登りつくと祠の前で三人の親父さんグループが昼食中だったが、失礼して祠の前にしゃがんで石仏さんに「今年も宜しくお願いします」と掌を合わせた。

 山頂を後に少し後戻って、ウサギ道分岐付近からキャンプセンターの水場へ下る道に這入ったが雪で倒れこんだ樹木が多く、雪の上に腹ばいになって通らねばならない個所があった…水場から往路を下り堤谷から登山口に下ったが、予報通りに気温が上がったらしく朝は凍り付いていた地面も霜解けし雪もだいぶ緩んでいた…。

 12時40分ごろ車の所に帰り着き、車内でコーヒーとパンで空腹を凌ぎ帰路についた…。先月は、雪山に魅せられて9日も山に這入ったが、今月は発掘の仕事と雑用がいっぱいで半減しそうだが、毎年恒例の伯耆大山には是非とも行きたいと思っている。

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氷のカーテン「難所滝」から三郡山へ…


今冬は強力なシベリア寒気団南下で難所滝も凍りっぱなし!

昭和の森(9.55)…林道分岐(10.07)…ウサギ道分岐(10.25)…難所滝(10.38~46)…縦走路分岐(11.06)…頭巾山分岐(11.17)…

三郡山頂(11.33~38)…欅谷B入口(11.46)…欅谷登山口12.14)…昭和の森(12.35)

2011/1/21

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1月21日・・ 曇り

 連日の寒波で、家の裏に置いているポリバケツに溜まった雨水がずーっと凍りっぱなしで、今年の寒気が如何に強力であるかが判る…。

 今春改選される、我がO市の市会議員に三期目の立候補を表明した、義理の従弟になるNさんの後援会組織のみんなと選挙事務所の現地確認や諸々の打ち合わせを済ませ、その足で昭和の森へ向かった…。

 目的は、難所滝の凍結状況の確認とまだ今年になって登り切れていない三郡山と、1月15日に欅谷Bコースから三郡山を目座して、途中大雪で引き返したBコースの状況を確かめたかった。

 駐車場に着くと予想した通り、難所滝見物の登山者たちの車がいっぱいで先日と同様に他県ナンバーも多かった…(NHKの19時の全国ニュースで難所滝の凍結が伝えられ、宣伝効果が効いたのかもしれなかった)

 駐車場に登り着く少し手前には、凍った路面にハンドルをとられてガードレールに衝突した車も見受けられたが、やはり二輪駆動の車はゲート付近にある大駐車場に駐車するのが無難だろうと思う。

 手早く身支度をして(今日はスノーシューなし)駐車場を後に草ケ谷貯水池横から工事用取り付け道路を歩き、植林の中の山道を経て昭和の森から来た林道と合流する付近に出ると、道端で簡易アイゼンなどを装着中の何組かの登山者もいた。

 挨拶をして追い越し、河原谷横の山道を登っていると先行する登山者の行列で、次々に追い越して行った…(今日は、天気も安定していたので必要最小限の装備と行動食だけの軽量ザックだった)途中から、シャツ二枚だけになったがそれでもウサギ道分岐に着くころは汗びっしょりだった。

 ウサギ道を過ぎても先行する登山者が多かった…雪は踏み固められ、トレースを外れない限り雪の中に足が埋まることは無かった。9割以上の人達は簡易アイゼンや8本爪のアイゼンを付けて登っておられたが、やはり、歩きなれていないせいか皆さん歩行スピードが遅かったようだ。

 私が、横を追い越していくと「わー、アイゼンもつけずに大丈夫ですか?」と心配されたが、(私は、コチンコチンに凍り付いた場所で無い限り、登山靴のグリップとストックで十分対応できるので、携帯しているがなるだけつけないようにしている…。経験の浅い登山者は装着していた方がセオリーだろうと思う。

 そんな皆さんが用心しながら登っている中、下山してくる女性と離合した時に足許を見てビックリ…何とスニーカー履き!スリップ防止の為にタオルをシューズに巻きつけていた…。まー、それで登って来られたのだから良かったかもしれないが、これはちょっと非常識だろう。あまりに過剰な装備もどうかと思うが、やはり、氷点下の山だから最低限の装備はして欲しい。

 平日の今日でも、こんなに多くの人が滝の氷を見物に来られているから、土日はもっと凄い人出になる事が予想されるので、関係機関は、あまり山の知識が無い一般ハイカーや、観光客の人達の為にそれ相応の情報を登山口や駐車場付近に掲出し、事故防止を計っていただいたら有難い…事故が起こってからでは遅いので。

 昭和の森から43分で見事に凍結した滝の前に登りついた。メインの落下距離が長い滝の氷は勿論、左手の崖の氷が、舞台の緞帳の様に横に長く凍り付いている様は圧巻だった。見物の人達も言葉を失い見とれ、この芸術作品を写真に収めておられた…。

 滝下から少し左手の尾根に上がると、氷のカーテンが続く真ん前に出られる。目の前に垂れ下がる巨大ツララを見るのは久しぶり…と云うより初めてだろう。この巨大ツララは約一か月間の低温が続いてこそ出来た作品だろう…。このまま、暫く寒気が続けば増々見事な氷のカーテンが楽しめる事だろう。

 氷の滝の写真を撮って、滝の上から縦走路へのコースに這入ると雪にすっぽり覆われた静寂の世界で、賑やかな滝の前の人出が嘘のようだった。暫くトレースを辿って行くと単独の男性登山者に追いついた…。

 挨拶を交わし先行しようとしたら「宝満山へはこっちから行けますか?」だったので「此方からも縦走路を右折して行けますが、私は、三郡山へ登って欅谷Bコースから昭和の森へ下りますが…」と云うと、「では私も三郡山へいきます」という事になり、同行する事になった。

 縦走路へ出て左折し、三郡山方面へトレースのつけられた歩き易い雪道を会話をしながら伺うと、「何時も一人で登っていますが宝満山系はあまり登ったことが無く、久住や大崩山などに行っています」だった…結構健脚で、私の早いペースに付いて来られ頭巾山分岐を過ぎて三郡山手前の油須原から登って来た車道に出た…。道路際にある積雪表示計を見ると80cmを示していたが、溶ける前は1mを越えていたのではなかろうか。

 山頂に着くと一組の登山者が休憩中だった…山頂標識につけられている寒暖計を見ると2℃で、この頃では一番高い気温ではないだろうかと思った。此処までご一緒した朝倉市のHさんは此処で昼食されそうでお別れし、山頂を後に縦走路を欅谷B入口へと向かった。

 若杉山へ続く雪の稜線には、先日、息子たちグループとスノーシューで登った砥石山や前砥石山がすぐ其処に見えていた…その時はラッセルと倒木に苦しめられ三郡山までのつもりが、欅谷Aコースからの下山を余儀なくされたが、その後、何組もの縦走者がトレースしたらしくラッセルの苦労もなく欅谷Bコース分岐にでた。

 分岐からBコースへの道も、その後登山者が登り下りしたらしく立派な踏み跡道が出来ていたので、何の苦労もなく植林帯を抜け、沢を横断する手前で前方を見上げると、頭巾山が樹林の中に雪を隠し見下ろしていた…。

 一枚岩の上を沢水が流れる滑り易い部分は、水は凍り付いていたがその上に雪が積もっていたのでスリップすることなく通過した。トレース伝いに一気に下ってあっという間に前回引き返した場所に降りてきた。

 炭焼き窯跡を過ぎて谷伝いの道を下り、欅谷B登山口の林道に出た。後は、雪の積もった林道を鼻歌交じりに小走りに下って行った…道中には、雪の重みで倒れ掛かった沢クルミの木の枝に緑色の芽か蕾がついていた。

 出発して僅か3時間足らずで昭和の森の駐車場に帰って来ると朝の満車状態はそのままで、下のゲート付近にある三か所の駐車場も満杯状態だったので、総計すると100台以上のマイカーが来ていたようだ…。土日の混雑が多分に予想されるので、滝見物の登山者の方たちは早めに行かれた方が良いと思います。

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息子たちグループとスノーシュートレッキング!…


前砥石山より厳しい表情を見せる宝満山!

昭和の森(8.15)…前砥石入口(9.10)…今屋敷入口(9.58)…砥石山(10.54~11.03)…前砥石山(11.39~47)…内ヶ畑分岐(12.45)…

欅谷A分岐(12.54)…欅谷A入口(13.30)…欅谷AB分岐(13.47~53)…昭和の森(14.28)

2011/1/15

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1月15日・・ 雪

 息子から先日、15日に久住山へ行こうか?と打診されてたが、前日の天気予報で今冬一番の寒気が入って山は勿論、市街地でも積雪するらしいだったので、道中の路面凍結などを考え近場の三郡山系へ目的地を変更した。

 ところが、朝6時過ぎに雨戸を開けて外を窺うと雪では無く雨が降っていた…息子も電話してきて「雨が降ってるがどうする…」だったが、「気温が低いから多分山は雪だと思うから決行しよう…」と返事をし、彼らグループの来宅を待った。

 息子たちグループ(福岡釣岳人クラブ)のメンバー、S田、K賀、息子の三人と私の四人で7時半過ぎに自宅を出た…。8時ごろ昭和の森の駐車場に着くと難所滝見物の車が何台か駐車していた。予想したように下界の雨は此処では雪だった…。

 深雪のラッセルに備え、全員上下ゴアテックスのレインウェアーを身に着け防寒対策をバッチリ備え、今日の楽しみのスノーシューを携え8時15分ごろ出発した…。コースは、11日に私が辿った林道コースがスノーシュー歩行には最適だったので同コースを登って砥石山へ登ることにした。

 積雪は昨日が一日中晴天だったので前回よりも少なめだったが、今日のこの雪でまた直ぐに盛り返すことだろう…20分ほど歩いたところで待望のスノーシューを装着した。息子とK賀さんは昨年の伯耆大山で経験していたが、S田さんは今回が初体験だった。

 11日に登った時は踏み跡は僅かだったが、昨日の好天時にこのコースを登った登山者がいたらしく踏み跡が多くなっていた…伯耆大山以来のK賀さんと息子はその感触を思い出しながら…初体験のS田さんはその歩き方の要領を学習しながら夫々に雪の感触を味わいながら登って行った。

 雪道の登行は無雪期に比較すると運動量が大きく、この雪ぶりの低温にも拘らず身体がホットになる…スノーシューを履いて15分も歩いたところで全員汗がにじんできて、着衣を一枚脱がされる…。

 私は、今月に這入り井原山、砥石山と二度スノシューで歩行したばかりなので、皆より少しは雪上歩行要領を得ていたので青年たちと同じペースで歩行できたが、緩傾斜の雪上歩行とはいっても積雪量が50センチ以上になるとスノーシューを履いていても結構な運動量で、ラッセルワーク(ストックの使い方などを含め)は冬山入門の第一ステップともいえる。

 前砥石山への内ケ畑登山口まで凡そ55分かかった…11日に単独で来た時とほぼ同じ時間だった。小休止後出発…全員汗びっしょりで「チャリよりきつい」なんて笑いながら息子が云っていたが、下界では信じられないこの大雪に三人とも嬉々?としてラッセルを楽しんでいるようだった。

 雪で折れた倒木が次々と道を塞いでいるので、その下や横を通過するときは長いスノーシューが足手まといになって苦労した…。テレビで報じていたが、今冬の大雪ではかなりの倒木の被害が全国に出ているそうだが、私も是まで50年以上にわたって山歩きをしてきたが、台風などの災害以外でこんなに倒木を見たのは覚えがない…。自然の淘汰と云ってしまえばそれまでだが、新芽や蕾をつけたまま無残に折れている樹木を見ると心が痛んだ

 そんな障害物と多くなってきた積雪…降り続く小雪の中を頑張って、10時少し前に今屋敷登山道入口に着いた…昭和の森から約1時間45分だった。小休止後出発し、林道から砥石山へのコースへ這入った。植林の中は下生えの小灌木も少なく、ビヨンビヨンした椿に似た常緑樹が雪の重みで撓んでいるぐらいで、稜線の灌木類に比べると歩き易かった。

 コースは11日に登ったばかりでまだ踏み跡も残っていたが、場所によっては強風や樹木からの落雪で跡形も無くなっていた。雪山では目標になる地物や道が無いので先駆者のトレースが無いと苦労するし、一生懸命切り開いたトレースも豪雪時には一時間もしないうちに消えてしまう…ので、ただ漠然と登っていては下山時のルート探しに困惑するので、登りながらも周囲の地物や特徴を良くインプットして置く必要がある…雪山での道迷いは遭難に繋がることを肝に銘じておかねばならない。

 緩傾斜の林道歩きと違って勾配のある雪の斜面のラッセルは、後ろにずり下がりそうになるスノーシューの取り扱いにひと苦労する…ストックとスノーシューの滑り止めの歯で後退をこらえながら通過していかねばならないので思いの他エネルギーを消耗する。

 木についた雪や、ラッセルで全身雪まみれ状態になったが幸い今日はレインウェア―を着用しているので助かった。山頂まであと15分程の場所で立ち休み…気合を入れ直して出発し、一メートルを越す積雪の上を攀じ登って11時少し前に標高826mの砥石山々頂に着いた…タイムは、11日の単独行の時とほぼ同じだった。

 ザックを降ろし飲料補給をしていると、何時もの如くS田さんが皆に豆大福のプレゼント…昨年暮れ、三俣山登山の際は氷点下10度のすがもり越しで戴いたシュークリームも美味しかったが、ラッセルでお腹が減ったところだったので見かけは小さい大福だったが満腹感を味わった…ご馳走さんでした!

 寒暖計は−4℃だったが、登りでかいた汗が冷えて寒くなったのでお神輿を上げ、出発しようと二重手袋を着用しようとしたら手を入れる付近が凍り付いてゴワゴワになっていた…前回は此処から昭和の森へ引き返したが、今回は時間も2時間早かったし青年たちもまだやる気満々だったので前砥石山方面へ向かって出発した。

 若杉山から宝満山へ続く縦走路は完全に深い雪の下だったが、古い踏み跡が雪面に残っていたのでルートを探しながらの縦走では無かったので助かったが、至る所でルートは倒れこんだ灌木類で寸断状態で、それを避けながらあっちに逃げ込み、こっちに廻り込みと大変だった…砥石山と前砥石山間の鞍部への急こう配の雪の斜面は愉しかった…滑り転んだり、シリセードで滑り落ちたりしてラッセルの疲れを吹き飛ばした。

 三つ葉つつじ等の灌木類が雪の中から僅かに顔を覗かせる斜面を登り上がって、11時40分ごろ見通しの良い前砥石山々頂(805m)に着いた…(無雪期なら15分足らずの距離を約40分かかった) この頃から山を覆っていた雪雲が季節風に吹きやられ周囲の景色が現れ、砥石山が姿を現し、乱れる雪雲を払いのけながら佛頂山から宝満山が凍てついた山体を見せて来た。

 10分少々休憩し前砥石を後に出発、再び深雪のトレールをラッセルしながら三郡山方面へ向かった…。スノーシュートレックは、10センチほどしか潜らないので、岩場道も、木の根道も深い雪の下になっているので何も考えずにホイホイ進んでいけるので嬉しいが、一寸した登り斜面で思わぬ苦労をする…「楽あれば苦あり」だ…縦走路の周辺の深々と積もった雪景色は東北地方の山を歩いているような錯覚さえ覚えてしまった。

 12時45分ごろ内ケ畑分岐を通過した…。此処まで約一時間!無雪期の約三倍の時間がかかった…分岐を通過すると10分ほどで欅谷Aコース分岐に出た。時計を見ると13時少し前だったが此の歩行スピードだと、三郡山まであと一時間半から二時間かかりそうなのと、S田さんがポツリと云った「実家の餅つきよりもきつかったです…」等のセリフを聞き、今日は充分スノーシュー体験も楽しんだのでAコースを下ることにした…。

 縦走路から欅谷Aコースに這入ると雪は相変わらず多かったが、障害物の倒木類が少なかったので時々尻もちをついたりしながら快調に下って行った…途中、息子が声を出して止まったので振り返るとスノーシューが外れていた…然し、時間をとらず、簡単に装着できたのでその使い勝手の良さは確認できた…寒い中、凍えた手でワッパやアイゼンのつけ直しは何度も経験しているだけに、装備品の脱着が容易にできるのは助かる。

 縦走路から約40分で欅谷登山口に降りついた…林道を少し下ると欅谷Bコースとの合流点に出た。此処で、昼飯も食っていなかったので(砥石山々頂で食べた豆大福のみだった…)ザックを降ろし、S田、K賀さんは冷たいオニギリをかぶりついていた…私は、息子から貰ったミニアンパン一個半分だけだったが、それで十分だった。欅谷に架かる橋の下に長さ3メートル程のツララが寒気の強いことを示していた。

 少しお腹を満たして出発し、橋を渡ってBコースと合流…。後は昭和の森まで障害物の無い雪に埋もれた林道を下って行くのみ、谷を吹き上げてくる風が樹林に積もった雪を吹き散らし、巻き上げられた雪が白いベールの様になって山肌を駆け上っていた…高度が低くなり昭和の森が近づいて来ると積雪も少なくなり、アスファルトがの路面が露出して来たのでお世話になったスノーシューを外した。

 履いているときは判らなかったが、全員開口一番「ウエー足が軽い…」だった。さもありなん、長さ70センチ近い靴を6時間近く履いていたのだから…。難所滝の氷見物の登山者もお帰りになったらしく、静かになった駐車場に14時半ごろ帰着した。

 今年の冬はまだ当分寒さが続くらしいので、又、皆さんと白銀の雪山へスノートレッキングへ行きましょう…お疲れさんでした。

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砥石山へスノーシュートレッキング!…


スノシューのお蔭で山頂へ無事到達!

昭和の森(10.00)…前砥石入口(10.54)…今屋敷入口(11.37)…砥石山(12.56~13.03)…今屋敷分岐(13.37)…昭和の森(14.45)

2011/1/11

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1月11日・・晴れ → 雪

  年末から続く寒波で下界でも雪のちらつかない日は無いほどだが、何時も気楽に登っている故郷近郊の1000m未満の山々も積雪は1mを越しラッセルとルート選定に苦心する厳しい山に豹変している。

 九州の冬山では、ワッパとかスノーシューなど雪上歩行補助用具を使って登ることは滅多に無く、私も、是まで九州の山でそういった類をつけて歩いた経験は数えるほどで、毎年恒例になっている伯耆大山の雪山で使っているだけだ。

 ところが今年の冬はシベリア寒気団が次々に九州方面までやって来て、連日の寒気で山は雪が溶けるどころか場所によっては1mを越す積雪が珍しくなく、近所の山で雪山体験をする絶好のチャンスで心ワクワクといったところだ…。

 先日の井原山登山の際に初めてスノーシューを履いて雪山を歩いて見たが、その機能と行動力は思っていたより素晴らしく、この寒波が続いている好機を逃さず、この際、あっちこっちの雪山に出向きスノートレッキングで白銀の斜面にトレースを刻みたい…。

 スノーシューは井原山での経験から灌木類が露出している場所は取り廻しが大変だったが、障害物の少ない雪面なら少しぐらいの斜面でもトライできる事が判っていたので、それにマッチするような山は何処が良いかな…と考えた結果、砥石山なら登山口まで長い林道を歩かねばならないので、スノーシュートレッキングには持って来いだろうと決定した。

 ミドリのおじさんが終わってからの出発で登山口の昭和の森の駐車場に着いたのは9時50分ぐらいだった…。駐車場は下の駐車場も多かったが此処の駐車場も満車状態に近かったが、皆さん殆どが難所滝の氷見物目的の車で県外ナンバーも見えていた。

 車から降りて準備をしていると山口県から来たといわれる登山者が宝満山へのルートについて尋ねられた…で、河原谷を登られてウサギ道から佛頂山を経てならウサギ道別れまでは大勢の難所滝の氷見物の登山者のトレースがついているので大丈夫だと思います…とお教えした。

 10時ごろ昭和の森を後にバンガローの下側の林道から砥石山方面へ向け出発した。天気の方は青空が広がり、レーダードームの建つ三郡山頂や頭巾山がすぐ其処に雪化粧して見えていた…。然し、この好天は一時的なものらしく山の稜線には低い雲がかかっては消えていた。

 雪の積もった林道には2〜3日前につけられた何組かの登山者の足跡がついていたが、この足跡が何処まで続いているかしらないが、処女雪踏んでという楽しみは無くなった…20分ほど登った所でスノーシューを装着した…。

 兎に角、シンプルな締め具で脱着が簡単なところが一番気に入った…。今回は、Wストックを持参して来たが、やはりストックはスノーシュー歩行時には不可欠で推進力のアップや、バランス保持に大いに威力を発揮してくれた。

 無雪期にはうんざりする林道歩きだが、障害物が無い緩傾斜の雪道はスノーシュー歩行訓練には最適だった…。50センチ以上の雪道でも、くるぶし程度しか沈まないので一歩一歩の労力が壺足で歩行するのに比べたら、消費時間とエネルギーは雲泥の差でその威力が実感できた。

 雪を乗せた樹林の上には青空が広がり、兎さんたち森の住人の足跡が点々と続く林道の雪面に陽光が反射し、ダイヤモンドのようにキラキラと光る雪の結晶がとても綺麗だった…。そんな雪道を登って行くと次第に積雪も増え、スノーシュー歩行と云えども緩傾斜の登りだったが汗びっしょりになった。

 昭和の森から続いていた2〜3日前の踏み跡は次第に減って、林道の中央付近に一本の筋のように伸びている踏み跡の上には後から降った雪が積もり、頭初は50センチほど凹んでいたと思われる雪面もだいぶ平らになっていたが、その先駆者の壺足ラッセルが先日の欅谷Bコースで苦労したラッセルを思い起こさせた…。

 前砥石山登山道入口を過ぎると、林道切通しの斜面の樹木が(主に松や山桜の木が多かった)次々と雪の重みに耐えかねてへし折れたり、弓のようにひん曲がって道を塞いでいた…その下を潜ったり左右に避けたりして通過し、昭和の森から1時間40分かかって今屋敷登山道入り口に着いた。無雪期なら大凡1時間だから、40分ほど余計にかかった訳だが、壺足ラッセルならもっと時間を費やしただろう。

 今屋敷登山道入り口付近で立ったま小休止し、北西の方を眺めると若杉山が目の前だったが、その後方には今にも降りそうな様子の暗雲が垂れ込めこちら方面へやって来ていた…見上げると先程までの青空は消えすっかり低い雲に覆われていた。

 林道の切り通しの壁を登り上がって植林の中の登山道に這入った…欅など背の高い植林の下では雪の量も幾分少なかったが、吹き溜まり等ではスノシューを履いてても3〜40センチ潜りこんだりした…。10分ほど登った所でオーバーミトンを付けようとして毛糸の帽子を落としているの気づいた…(林道を登って来る途中にラッセルで汗ばんだので帽子も脱いでザックのベルトに挟んでいた)。

 この頃から雪雲がやって来たらしく小さな雪が舞い始めた…何処で落としてきたか判らなかったが入口ではまだあったので探しに戻ることにした。幸い5分ほど引き返した雪の斜面にポツンと淋しそうに落とし主を待って居た毛糸の帽子ちゃんに再開した…。一昨日、バリカンで坊主頭にしたばっかりだったので、この雪ぶりになった中では帽子無しでは風邪ひいてしまうところだった。

 兎に角、こういったチョンボが近頃めっきり増えたので自分では気を付けているつもりだが、やはり、加齢による注意力の欠如は如何ともしようがないようだ…さみしい限りです。体力の方はま―そこそこ現状維持を保ち、あっちこっちの山を楽しませて貰っているが、おつむの方は老化現象の歯止めがかからず坂道を転がり落ちている現状だ。

 差し引き10分ほど時間をロスしたが無事に帽子を回収できたので気を良くし、ストックを手掛かりに結構傾斜のきつい登り坂もスノーシューを履いたまま登って行くことが出来たが、やはり、平坦地のようにスイスイとは歩行出来ず、足が絡まって1m近い深雪の中に横倒しになったり、後ろずさったりする事もあったが、訓練々と心に言い聞かせながら何とか登って行った。

 山頂付近が近くなる頃より雲の中に這入ったのか周囲は深いガスの中になり見通しも悪くなったが、赤テープ等の道標と山感でラッセルをしながら雪まみれになって13時少し前に、砥石山々頂 (828m) に登りついた…。無雪期の丁度二倍の約三時間かかったが、この大雪の中だから早いとか遅いとかはとても計算する事は出来ない…。

 山頂標識に取り付けられている寒暖計を覗くとマイナス3℃を示していたが、そう寒さは感じなかった…降りしきる小雪の中で立ったまま行動食を食べながら、これから三郡方位面へ縦走するか…来た道を引き返すか暫く逡巡したが、当初の予定通りに往路を辿って下山することした。

 登りで苦労したラッセル道を駆け下るだけだから復路は早い…駆け下るというより半ば滑り降りるように雪の斜面を下って僅か30分で今屋敷登山道入り口に戻って来た。

 山から林道に出て来る頃には雲の中から出たのか下界の景色も見えるようになり、遥か福博市街や糸島方面は冬の陽光があたり白く浮かび上がっていた…雪の積もった林道の下りはスノーシューにとってはお誂え向きで、スピードこそ出ないが山スキーを楽しんでいる感覚で鼻歌交じりに快調に下って行った。

 昭和の森に戻って来る頃には陽も射しはじめたが、稜線はまだ雪雲の中で山の姿は見えなかった…。雪の付着したスノーシューを片付けながら、今冬、あと何度スノーシューを履いて雪山漫歩が出来るか楽しみだった…。

 登りでは無雪期の約二倍ほど時間がかかったが、下りでは一時間半チョットだったからこの大雪を考えると改めてスノーシューの威力を実感した…毎年々、この様な寒波が訪れる事を祈りながら昭和の森を後にした。

 今日は、是まで20年以上にわたって活躍してくれた(MILLET 30L)のザックから、一昨日、近所の山用品店で購入したばかりの同じサイズの(MOUNTAIN DAX)のザックのお披露目の日で、初っ端からスノートレッキングに連れて行ったが、ミレーのザックに比べると軽量で使い勝手は良いが、頑丈さは幾分劣るかも知れない…と感じた。この先、少し荷物がかさばる冬の日帰り山行き等に同行を共にしたいと思っている。ありがとうさん…ミレー君! よろしく頼むよマウンテンダックス君…。

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大雪に阻まれた三郡山!…


欅谷Bコースから三郡山頂を目指すも大雪で途中撤退!

昭和の森(10.20)…欅谷A,B分岐(11.12)…炭焼き小屋跡(12.22)…STOP地点(12.50)…A,B分岐(13.43)…昭和の森(14.15)

2011/1/6

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1月6日・・雪

  年末からの寒が続いて暖国九州地方の山々も深々と冠雪しているが、このままの状態だったらわざわざ伯耆大山まで行かなくても雪山をエンジョイできるかも知れない…。

 元日に難所滝に登った時から平地ではそんなに降雪量もなかったので、軽い気持ちで三郡山から佛頂山へ廻ってこようか…と、山行き準備をし、家を出たのはもう9時40分ごろだった。

 昭和の森の、ゲイトのある駐車場には難所滝の氷見物の人たちの車が10台ほど止まっていたが、上の駐車場は少し雪が残っていたせいか3台しか駐車していなかった…雪道も平坦道なら用心して行けば2WD車も走れるが、勾配があるとチェーンなど滑り止めを装着しないとスリップして登れない。

 その点4WD車は余程の深い雪でない限り登って行くことが出来るので、山登り人にとっては燃費や取り廻しなどは悪いが、イザ鎌倉と云う時の心強い相棒になる…。私の愛車「デリカ」君は、平成8年登録の走行距離15万キロオーバーになる老兵だがとても頑丈無比で、是まで、北海道と沖縄地方を除く45都道府県の山地や街を走破してくれたタフマンである。

 駐車場には少し凍りついた雪が残っていたが気温は0℃程でそう寒さは感じなかった。家を出るときにワッパかスノーシューを持っていこうかなと思っていたが、多分もう正月から6日も経っているのでトレースがあるだろうから…と、持参しなかった。

 園地のバンガローの立つ林道を登って行くと先行者の踏み跡が残っていたが、頭巾山登山道入り口の少し先で引き返したらしく踏み跡は消え真っ白な雪道が続いていた…。初めの中は、誰もまだ歩いていない雪道を登れるのが愉しかったが、登るにつれて徐々に雪の量が増え四阿屋が立つ付近まで来ると40センチほどになり、平坦な林道だったが、ズボッ…ズボッとめりこんだ足を引き抜きながらの歩行で汗を掻き始めた。

 森の住人の猪さんや兎さんたちの足跡が点々と雪の上を、前方に続いたり横合いの谷間から横切ったり賑やかだった…きっと彼らは餌を求めて徘徊したのだろうが、この雪では果たして餌にありつくことが出来たろうか…他人事ながらそんなことを思わずにはいられなかった。

 昭和の森を出るころは明るくなって天候回復かと思わせ、深々と雪をかぶった稜線も見えていたがそれも束の間であっという間に雪雲に覆われ、鉛色の空から牡丹雪が舞い始め帽子やザックが白くなっていった…。

 四阿屋を過ぎて暫く行くと横手の崖の上から、雪の重みに耐えかねた杉の木が横倒しになって道を塞いでいたが、此処までにも沢山の枝や木の幹が雪の上に落下していた…落石注意ならぬ落木に注意!…と、いっても、何時、圧し折れて来るかは神のみぞ知るで、当たった時は符が悪かったと思うしかないが、年末ジャンボも掠りもしなかったのでまず大丈夫だろうと…変な納得をして猪さんたちの足跡を追った。

 昭和の森から小一時間で欅谷A、Bコースの分岐に架かる橋の横に出た。積雪は50センチほどだが林道から山道の登り斜面になると、平地を歩くのと違いラッセルがきつくなる…まだ、股まで達しないから何とか登って行けるが、これが股を越すようになるとツボ足(ワッパやスノーシュー等の装備なしで歩くこと)では、一歩毎に潜りこんだ足を引き抜くためにストックを雪面に横に置き、ストックを両手で押さえながら足を引き抜いては、次の足を…と繰り返していく訳だから時間がかかるし消耗する…。

 未積雪の山では凡そ所要時間は計算できるが、積雪が1mを越す登り斜面では夏は10分ほどで登れるところでも条件次第では(単独か多人数か…帯荷量、装備など)1時間以上かかることも珍しくない…私も昔、穂高の冬山でそんなラッセルボッカに苦しんだ経験がある。

 一旦、登山道から砂防堰堤建設時に作られた林道に出て横切ると本来の登山道で、入口には宇美町体育協会の標識も立っている…登山道に這入ると背の高さ3m程の常緑樹は殆どが雪の重みで最敬礼し、進路妨害…右によけたり左に避けたり下半身は積雪で雪まみれ…上半身は倒れこんだ樹木の葉っぱに附いた雪が降りかかって雪まみれ…初めの中は衣服に着いた雪を叩き落としながら登っていたが、限が無いので後の方は雪まみれになったまま雪ダルマの様になって登って行った。

 雪に隠れた登山道は右手は山の斜面、左手は直ぐに欅谷に落ち込む斜面で、その中を登山道はこの辺だろうと見当をつけて登って行く訳だが、何しろ前述のように倒木や倒れこみで中々思うようには進むことが難しかった。

 が、この付近では結構ラッセルもきつかったが、意気軒昂で身体も快調なペースだったので「絶対三郡山頂に登るぞ…」と思っていた。時々、雪を踏み抜き落とし穴のような岩の割れ目なんかに足を突っ込んだ時などは、大声で「ファイト…一発!」と、雪の降りしきる静寂な山に叫んで自分自身を鼓舞したが、きっと、その辺に身を隠している森の住人達は何事だ?と迷惑をかけたかもしれない…。

 途中何度か登山道から外れた事もあったが、こんな大雪では所詮夏道通しに登ることは不可能だから、自分で進行方向を定め何度も立ち止まっては現在地を憶測しながら登って行くと、時々見慣れた岩や大きな切り株、道標の赤テープなどが現れ「カンピューター」が狂っていない事を確認できた時は思わずニッコリした…。

 雪はますます増え、その上、降雪もひどくなり辺りは深いガスに覆われて夕暮れ時のように薄暗くなった…沢を横断する個所や倒木が転がる場所では積雪のため凹凸がはっきりしないので、ストックで雪面を突き刺しながら雪の深さを確認しながら進んでいかないと、落とし穴にめり込んでしまう。そんな学習効果などで何とか無事に大きな炭焼き窯跡に出た…窯の中も雪に埋もれ、良く見ないと窯か何か判らなかった。

 腹も空いていたがキャンディやクッキーなどで誤魔化し、岩に付いていた水晶のように綺麗なツララをへし折って口に含みジュース代わりにした。炭焼き窯跡を過ぎると勾配もきつくなり比例するように積雪量も増え、私の長さ1mのストックを雪の中に突き刺すと先まで完全に潜りこんでしまった。

 炭焼き窯跡から25分ほど進んだところで、股どころかお腹付近までの雪で、とてもツボ足ではアリ地獄のアリのような状態で、このままでは稜線まで後何時間かかるか計算が立てにくく、体力も気力もまだ十分残っていたが今日は此処迄…と、潔く引き返す事にした。

 昭和の森に帰り着くまで雪ぶりで、出発する時にはアスフアルトも見えていた駐車場も白くなっていた…。

 今日は、こんな大雪だとの認識が足りず、装備も不十分でその上、出発時間が遅かったこと等が撤退の大きな要因だったが、こんなに大雪の三郡山系は長い事この周辺に登って来たが私の経験では此処○○年記憶が無い。一般に脊振山系はこういった大雪が珍しくないが宝満山系では滅多に無い…今冬は、高層のジェット気流の南下でシベリア寒気団が次々に日本列島に寒気を送り込んでいるらしく、この先の冬山が楽しみだ。



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諦めていた初日の出を拝むことが出来ました!…


2011年の輝かしい「初日の出」…今年も良い山行きが出来ますように!(都府楼付近で)

河原谷林道終点(8.23)…難所滝(8.57~02)…林道終点(9.22)

2011/1/1

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1月1日・・曇り

  大晦日の除夜の鐘を聞き寝たのはもう2011年の午前1時過ぎだった…天気予報では元日の日の出は関東地方以外は無理だろうと云っていたし、日本海側は大雪注意報さえ出ていたので、四王寺山で毎年見ている「ご来迎登山」は諦めていた。

 処が…7時頃起きて雨戸をあけてビックリ…何と上空には清々しい新年の青空が広がっているではないか…。中天にはカミソリの刃のような三日月と暁の明星が並んで黎明の空に消え残っていた。

 この予想外の天候にバタバタ顔だけ洗って、おっとり刀でザックに必要最小限の装備を叩き込んで家を出たのは7時10分ごろだった…。とにかく、ご来迎を山の上で迎えるには時間が無いので近辺の東側の広がった場所へ車を走らせた。

 日の出ポイントを探しながら車を南の方に無目的に走らせていると、都府楼付近で南東方面が開けた田んぼがあったので車を乗り入れ、待つこと一分もせずに7時40分ごろ黄金色の太陽が顔を覗かせた…。身を切るように冷たい季節風に震えながら掌を合わせ一年の平安を祈った。

 2011年の新しい陽光に、まだ寝静まっている街や、白銀の脊振山系の山々が浮かび上がり…その風景がとても新鮮で神々しく目に映り、今年一年のスタートが幸先よく切れたような気分になった。

 初日の出を拝んだその足でそのまま難所滝へ向かった…元旦の朝は人の姿も見えず車の通行もまばらで、皆さん大晦日の夜更かしで布団の中で過ごしていらっしゃるのだろう…。路面凍結が心配されたが一般道は殆ど凍結箇所は無かったが、橋梁の上などは白く雪が踏み固められ凍結していた。

 昭和の森公園への取り付け道路付近からは路面がバリバリに凍り付いていた…ギアを四駆に切り替えスピードを抑えながら慎重に登って行ったが、タイヤが凍った路面をしっかり捉えてスリップする事もなく順調に前回駐車した林道終点付近まで上ることが出来た。

 車の中で山靴を履きスパッツを装着し8時23分に出発した…昨日の金山では大雪と強風にしびれたが今日は風もやさしく気温も0℃前後で、雪の山道を息を弾ませ急ぎ足で登り、(お昼頃遊びに来るネ…と、孫たちが云ってたのでそれまでには帰宅したかったので…) ウサギ道分岐付近まで来ると背中が汗ばんでしまった。

 途中二組の難所滝の氷見物の登山者を追い越し、8時58分に見事に氷結してシャンデリアのような輝きを見せる滝の前のテラスに着いた…。雪の量は前回より少なかったが岩壁を覆う氷のカーテンは広さを増し、この寒気がしばらく続けば一月下旬の最盛期に匹敵する作品が出現しそうである…。

 昨年暮れに続いて新年早々の元旦から難所滝の凍結を見ることが出来たが、今年の冬はジェット気流が日本付近で南方に張り出し、太平洋側の高圧帯をブロックし大陸からの寒気団が日本列島付近まで南下し、九州地方でも厳しい寒さが続いている原因だそうだが、この分だと登山者は勿論スキヤーの皆さんも大喜びの冬になりそうだ…。

 写真を何枚か撮影し滞在僅か4分ぐらいで雪の斜面を下り降り、往路の雪道をウサギさんのようにぴょんぴょん飛んで走り下り車の場所まで僅か20分ほどで帰って来た…2011年幕開け登山は往復1時間の快速登山で始まった…。

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