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〜福岡近郊の登山者数NO1の宝満山系へようこそ!〜

宝満山々系 『'10年度』

宝満山々系の概略図


このページは ・・・に更新しました。

年末寒波襲来、難所滝が凍結しました…


今季初凍結の難所滝!

河原谷林道終点(9.20)…ウサギ道分岐(9.42)…難所滝(10.02~07)…ウサギ道分岐(10.22)…林道終点(10.34)

2010/12/27

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12月27日・・曇り

  昨日午後から降った雪が下界でも白く積もり一面の銀世界が出現し、一夜明けた我が家の庭先にある石灯籠や植木にもこんもりと降り積もって、雪国のような風情を醸し出していた。

 その雪景色に誘われ難所滝へ登ってみようと思い立ち8時半ごろ出発したが、高速道や都市高速などが通行止めになっていて一般道を通行する車が多くいつもより時間がかかった…。

 市内では路面に雪が残っている個所は無かったが、昭和の森入り口付近から公園への道は10センチほどの積雪があり、ギアを四駆に切り替えて上って行った…多分、この寒波だから大勢の人が難所滝へ向かっているものと思われたがゲートのある下の駐車場には何台の車しか止まっていなかった。

 この積雪と上り坂では普通の車はスリップして動けないだろう…今日は、病院で14時から術後の診察を予約していた…為に、12時までには自宅へ戻らねばと思っていたのでいつも駐車する上の駐車場へは行かず、河原谷林道終点まで車で乗りいれることにして林道を登って行った…先行車の轍もない10〜15センチほど積もった雪道を登り林道終点手間への路肩に駐車した。

 駐車した付近では20センチほどの積雪で、四輪駆動の私の車でも方向転換しようと停止し、再発進しようとするとタイヤが空転し思うようにハンドリングが出来ず、路肩に幅寄せするのがひと苦労だった。

 この分だと上の方はかなりの積雪だろうと楽しみだった…9時20分ごろ出発し、真っ白に雪化粧した周囲の景色は雪に音を吸とられ静寂そのもので静物画を見るようだった…深い雪の上に残された単独行の登山者がつけた足跡を辿って行くと、樹木の枝が雪の重みでたわみかかっているのでそれを避けながら登って行った。

 9時42分にウサギ道分岐を通過…雪の量が登るにつれ深さをまし、一昨日の三俣山では寒気と風こそ酷かったが積雪は少なかったので、思わぬ雪中行進が体験でき嬉しかった。雪の量は多かったが寒の方は0℃そこそこらしく、足許も凍っておらず歩き易かった。

 途中で山シャツや目出帽などを外し薄着だったのだが、急ぎ足で登ってきたせいで難所滝分岐に着くころには汗びっしょりになっていた…難所滝方面への分岐から左に這入り、最後のガイドロープがつけられている急斜面で先行の登山者の追いつき挨拶を交わした。

 お先にどうぞ…と云われたが、イヤ難所滝は目の前ですからと先に登って頂いた…。10時02分、この時期にしては見事に凍結した滝を目にし大満足!降り積もった大雪がまだ完全凍結状態ではないが、氷の芸術作品をバックアップして見応え十分だった。

 午後からの病院行きが無かったらこのまま縦走路まで登り、尾根道の雪山トレッキングをしたかったが又の機会にし、滞在時間5分で雪の道を下って行った…車の待つ林道終点付近までに何人もの滝の氷見物を見物に登る登山者と離合したが、何方も「滝は凍っていましたか?」と尋ねられたので、「えー、今回はばっちり凍り付いていました」と答えると、皆さん、笑顔になってイソイソ登って行かれた。車の待つ場所に10時半過ぎに帰着…何と、滝往復1時間10分の駆け足登山だった…。

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初雪の佛頂山から三郡山へ…


三郡山頂より初冠雪の英彦山…右端に由布岳の姿も。

昭和の森(9.40)…河原谷ウサギ道分岐(10.22)…佛頂山(11.02)…三郡山頂(11.50)…欅谷B入口(11.58)…昭和の森(13.12)

2010/12/10

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12月10日・・晴

  先月末の入院以来、昨日山行きgoのサインを戴いたので約二週間ぶりの山行きは佛頂山へ…。昨日、退院後一回目の診察を受けたが担当医の先生が、まだ一週間に一度は通院しなければいけないですネ…で、私が「もう山へ行っても宜しいでしょうか?」と伺うと、笑いながら「あまり無理のない程度の山登りなら差支えないでしょう…」だった。  嬉しい事に昨日の寒波で故郷の山々にも初冠雪の便りで、脊振山系や宝満山系の稜線付近は白くお化粧し、まるで私の復活登山を祝ってくれているようだった…。

 手術を受ける一週間ほど前、佛頂山々頂に祀られている祠さんに手術の無事成功をお祈りしていたので、良くなったら先ず一番にお礼参りに登らねばと思っていた…。

 人間、健康な生活を営んでいる時は感じることが出来ない入院生活という体験をし、改めて日頃の健康が一番という事をしみじみと実感した。手術自体は全身麻酔をされ約3時間半ほどかかったらしいが、気が付いたら病室のベッドの上で目を開けると妻や看護師さんが見下ろしていた。

 術後の痛みは心配していたようにひどくなかったが、三日目ぐらいまでは手術箇所からの出血が口中に溜まって不愉快だったが、その他は異常は無く健康そのものだったので病人扱いの食事や看護師さんたち優しい対応に罰が当たりそうな思いだった…。

 陽当りの良い七階の病室の窓からは、東には、若杉山から宝満山への稜線が…西側には九千部山から続く脊振山系の山脈が望まれる展望室で、毎朝、部屋に居ながら四王寺山の縁から登って来る日の出を見ることが出来る一等室だった…。

 そんな健康人?の私の所にわざわざ遠方からお見舞いにお見えになった皆さんには本当に申し訳ない思いだった…或る日、山行きを一緒している息子が「今日は出勤前に九千部山へチャリで登って山頂の祠に早く良くなるようにお願いして来たよ…」など、妻や家族のみんなには心配をかけたようで申し訳なかった。

 73歳を越して病院のベッドで10日間も過ごせば忽ち体力が落ちてしまうのは目に見えていたので、出血が一段落した4日目から、毎日一階から七階までの階段(149段)を上り降りして体力低下防止に無駄な?抵抗を続けた…。

 児童たちの通学路見守りを終え九時過ぎに昭和の森公園へ向かった…駐車場に着くと平日だというのに10台以上のマイカーが駐車していたのには驚いた。皆さん、この寒波で難所滝が凍結したかも…の期待で来られたのだろう。

 今日は、前回、佛頂山へお参りに行った時の逆コースを選び9時40分ごろ駐車場を後に草ケ谷貯水池の横から河原谷を目指した。貯水池の堰堤から見上げる山稜付近は白いベールを纏って朝の光りに浮かび上がり、冬山シーズンの開幕を報せている様で心がワクワクした…。

 杉林を抜け、河原谷沿いの山道を登って行くと気温は3℃ほどなのに背中が汗ばんできたのできたので上着を脱ごうとザックを降ろしていると、すぐ目の前に先行していた登山者が休憩中で挨拶をすると「難所滝は凍っていますかね?」と尋ねられる。で、私が「この寒波が3〜4日ほど続けば凍りつくでしょうが、多分まだ駄目だと思います…」と答えると、「私もそう思っていますがヒョットしたら…淡い期待で行って来ます」だった。

 彼と別れ暫く登ってウサギ道別れ手前付近で下山してくる登山者と離合する…「早かったですね…」と挨拶を交わすと、何と何度かご一緒した「華二」さんではないか…お互いに顔を合わせて奇遇に驚く。

 「華二」さんは「九州山歩きの記録」というHPを開設中で、あっちこっちの山々を踏破し情報を丹念にアップしておられるが、丁度、私が入院期間中に空白があったので如何されているのかと思っていたら、中耳炎をこじらせ病院通いだったとかで、山行きも中断していたそうだった。

 そんな、彼も私も今日が病み上がり後の初登山…で、こんな場所でばったり出会うというのも何かを感じさせられてしまった…山の神様はきっといらっしゃるのだ。お互いにまた何処かで…とお別れし、ウサギ道分岐から涸れ沢を亘って佛頂山へ向かった。

 700m付近から雪が現れ、登るにつれ樹木の枝や葉に白く積もって思わず足を留めシャッターを切った。樅の木のミドリと青空…純白の雪…清冽な凛とした山の空気…山の幸せを実感する時だ!

 新雪を踏みしめ11時ごろ佛頂山々頂に登りついた…。祠の石の仏像さんはスポットを受けたように初冬の陽光を受けて浮かび上がって私を待っておられた…。お賽銭を入れ掌を合わせ低頭し、無事に手術が終わったことを報告すると共に、今年一年あちこちの山々を無事に登れたことのお礼を申し述べた。

 縦走路を三郡方面へ向かって出発し「私のお気に入り展望岩」に立ち寄り、頭に雪をかぶって聳える英彦山や遠く御前釈迦岳や久住連山の姿をカメラに収めた。

 雪の積もった尾根道の縦走路は快適でバリバリと半分凍った雪を踏み割って歩く快感はたまらない…木の枝に積もった雪が太陽に溶かされて時々首筋に飛び込んで思わず首をすっこめたりさせられたが、思わぬ初冬の雪景色を堪能しながら11時50分ごろ三郡山頂に着いた…。

 快晴の空のもとの山頂からの展望は素晴らしく、久し振りに英彦山山系の右端に三角錐のピラミダルな形の由布岳の姿も眺めることが出来た…。丁度お昼時だったのでお湯を沸かしラーメンでも…と思ったが吹き付ける風が冷たかったので我慢し、山頂を後にして欅谷Bコースから昭和の森へ下った。

 13時過ぎに昭和の森の駐車場に帰って来るとまだ沢山のマイカーが駐車していた…多分、大多数の人は難所滝へ向かわれたのだろう…。久しぶりの山歩きだったが、思わぬ雪の山だったので疲れも感じずに清々しい気持ちになった…。

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宝満山系の紅葉が見ごろでした…


草ケ谷貯水池より紅葉の宝満山系の山…

昭和の森(9.40)…欅谷B入口(10.15)…縦走路(11.10)…三郡山頂(11.20~35)…展望岩・昼食(12.16~13.15)…佛頂山(13.20)…
難所滝/ウサギ道分岐(13.50)…草ケ谷貯水池(14.18)…昭和の森(14.23)

2010/11/19

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11月19日・・晴

   11月も中旬を過ぎ朝夕は冷え込むようになり、児童たちを見送る交差点付近のケヤキの街路樹がすっかり紅葉しハラハラと舞い落ち始めた…。  もう暖国九州の1000メートル以下の山々の紅葉も終幕を迎えるころで、久しぶりに昭和の森から宝満山系へ出掛け名残りの紅葉を楽しんできた。

 登山口の昭和の森駐車場に9時半ごろ着き、車から外に出ると山の冷気がひんやりと冷たく吐く息が白かった…公園敷地の木々も色とりどりの紅葉のパレードで、青空の向こうに今から登る三郡山のレーダードームが風船のように見えていた。

 9時40分過ぎに公園を後に出発し、バンガローの横を通って林道を欅谷登山コース入口へと向かった…少し先で、真っ黒な大型犬を連れて散歩している人に追いつき「熊のような犬ですね…」と尋ねると「この犬は、甲斐犬といい山梨県から買ってきたのですがこんなに大きくなるとは思っていなかったので散歩も大変で、山に連れてきて散歩させています…」で、向こうでは、熊狩りなどに使われているそうだ。

 クマ犬くんに別れ、林道を登って行き10時15分ごろ欅谷A・Bコース分岐に出た…林道歩きも此処で終了。植林の中の山道を5分ほど登ると再度林道に出くわすが、すこし下った所に三郡山への表示板があり登って行くと左足もとに欅谷を見下ろす沢伝いの道になる。

 山歩きも、春夏秋冬…夫々に厳しかったり苦しかったり、愉しかったり、或いは優しかったり…であるが、この時期の冬を前にした山を一人でひっそりと歩くのも良いものである…。聞こえるのは、カサカサと落ち葉道を踏みしめる自分の山靴の音だけ…立ち止まると其処は自然界の息遣いだけの無音の世界で、己の存在さえ感じられなくなる…。

 その静かさの中に続く山道は大小色とりどりの落ち葉が埋め尽くし、落葉して明るくなった谷筋の道には、色鮮やかなモミジと黄橙色の落葉樹が秋の柔らかな陽光に浮かび上がり、深まる秋の山を演出していた…。

 欅谷沿いの山道から尾根の縦走路へ出る植林帯の階段を登り上がり、11時10分ごろ尾根道の三郡縦走路に出た。縦走路を10分ほど登って11時20分ごろ標高936mの三郡山頂に登りついた…。

 山頂標識の裏側の寒暖計は12℃だったが、無風状態で秋の陽光が降り注ぐ山頂広場はポカポカと温かく、ザックを降ろし周囲の山々を眺めながらのんびりとリラックスした…岩場の上に仰向けになって空を仰ぐと群青色の空に、刷毛で掃いたような白い絹雲が幻想的に広がっていた。

 貸し切りの山頂を後にして縦走路を南へ向かった…。さすがにこの時期になると草花たちの姿も見えなくなって淋しかったが、淡い紫色した野菊の花たちが健気に咲いて目を楽しませてくれた。紅葉と黄葉のトンネルに足許は落ち葉の絨毯道の縦走路…童謡の「秋」を口ずさみながら天の泉・頭巾山サイドを素通りし暫く行った所に、根元に大岩を抱いて何本にも枝分かれしたブナの木があったが、その恰好はタコ入道か宇宙人のようだった…。難所滝鞍部から登り返して長崎鼻のすぐ先の「私のお気に入り」展望岩に12時15分ごろ着いた。

 一人の登山者が休憩しておられたが、私の到着と入れ替わりに出発して行かれたので狭い展望岩を独占し昼飯タイムにした…何時も一人歩きの時はオニギリ等でさっさと済ませているが、今日は、お天気も穏やかだしモミジの山を眺めながらゆっくりしたかったので、久しぶりにコンロでお湯を沸かしコッフェルで即席ラーメンを作り、美味しい「展望岩ラーメン」を頂いた…口直しにマグカップの紅茶とクッキーを食べながら秋のパノラマを愉しんだ…。

 10日ほど前に息子たちと登った英彦山は影のように東に佇み、古処山、屏山、馬見山の朝倉三山がシルエットになって取り入れの済んだ筑後平野から立ち上がっていた。

 ゆっくりと一時間かけた昼食タイムを終え、「私のお気に入り」展望岩を13時15分ごろ出発し佛頂山へ向かった。山頂の小さな祠に祀られた石のお地蔵さんに今年一年の山行きのお礼と、月末に控えた個人的な○○の成功をお祈りした。

 山頂を後にウサギ道に這入り下って行くと、鬱蒼と茂る樅、杉、ブナの大木に混じってハット息をのむように鮮やかな紅葉がスポットアップされ足を留めさせられた…。5分ほど下ると、谷を挟んで向かい側の支尾根が、少し傾いた秋の陽光を受け燃えるように照り映えていた…。

 難所滝穂面への分岐を13時50分ごろ通過し、河原谷のやぶ椿の道を下り昭和の森への道を下って行った…貯水池上部で行われていた治山砂防堰堤工事も終わり、藪の中のう回路を通らずに新しい車道を下って貯水池の縁を歩いていると、星形の中心に青紫色の小さな実をつけた花が咲いていた。

 貯水池堰堤の中央付近からの景色は一枚の絵になるビューポイントで、水面に映る紅葉と宝満山系の姿が決まっている…。そんな景色に見送られ、14時半前に秋の陽だまりの中の昭和の森駐車場に帰って来た。

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欅谷での沢登りトレーニング…総勢8人の混成チームで


欅谷下部の沢…

昭和の森(8.00)…入渓(8.05)…第一砂防(8.30)…第二砂防(8.36)…第三砂防(8.41)…第四砂防(8.53)…第五砂防(9.00~)…
第六砂防(9.15~11.10…ロッククライム)…林道へ(11.20)…入渓(11.55~12.17昼飯)…沢登り終了点(13.20)…
三郡山(13.50)…頭巾山(14.10)…昭和の森(15.30)

2010/9/18

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9月18日・・晴

  下旬からの穂高岳縦走参加者5人で欅谷で沢登りをしながら岩登り等の基礎訓練を行ったが、これに飛び入り参加の息子とその友人のK賀さん、プラス、昔の山仲間のH口さんの3人を加えた総勢8人に寄る賑やかな沢登りになった。

 集合場所の昭和の森の駐車場で、登攀用具のザイル2本、ハーケン、カラビナ、ハンマー、ヘルメット等を点検しながらカブ号でやって来るマタタビのKさんを待った…Kさんからの携帯連絡では地理不案内で大宰府駅前に出たそうで、もう少し待ってください…だった。

 8時少し前にやって来たKさんの準備を待って出発した。国内に於いての山登りの楽しみは春夏秋冬、レベルの差はあれ大自然の息吹を感じながら近郊の山歩きから3000メートルを越す本格的な登山まで奥深いものがあり、夫々の登り方に応じて喜びや達成感を味会うことが出来るが、中でも、岩壁登攀や沢登りのようなザイルなど登攀道具を使っての登山は、常に緊張感を強いられるのでクリアーした後の充実感は大きい…。

 今日のメンバーは、息子たちを除く全員が、北・南アルプスや冬季大山などの経験者であるが、N山岳部在籍のI上さん以外は本格的に岩登り等をやったことが無いので、初心者向きの欅谷の沢でザイルワークや懸垂下降、確保、三点支持…etcなど、岩登りの基礎を経験して貰いたく思い立った次第だ。

 ルートは一昨日、私が偵察して切り開いた第7砂防堰堤手前の橋まで沢を登り、その間に岩場に対する感覚を身をもって体験してもらい、第6砂防堰堤右岸の壁を使っての岩登りと、堰堤からの懸垂下降の訓練を計画していた…壁に取り付く前に堰堤下にザックをおろし身軽になって、2本のメインザイルを使ってブリーン結びや中間者用のエイトノット結びの結び方や、ザイルで繋がれた登高者の確保の仕方等をお互いに確かめあった。

 その第6砂防堰堤まで登って来る間に、何人か、足を乗せた岩が滑ってジャブンしたり、或いは、岩が抜けて沢に着水したりしたが、そういう苦い経験をする事で岩に対する心構えが出来ていくので濡れて不快な目にあったでしょうが、以後の役に立つことは間違いないと思っています。

 一昨日はこの第6砂防堰堤まで約4時間もかかったが(藪漕ぎに時間がとられて)、今日は8人の大人数と云うのに僅か1時間10分足らずで登って来られた…。やはり、コースの偵察に這入ってて正解だった…ぶっつけ本番で入渓してたら藪漕ぎに時間をとられ、とても三郡稜線までの沢登りや岩登りの訓練などは満足にできなかっただろう。

 準備を終たところで、I上さんが岩壁にハーケンを3本打ち込みカラビナにザイルをセットした地点まで、各自交代で壁に取り付きバランス感覚や三点支持を学び、登降者にわざと落下して貰い落下防止の態勢や確保技術の重要さの一端を体験してもらった。

 全員一通り終えたところで、空身で堰堤の上に登り懸垂下降訓練に這入った…。今日の訓練には懸垂降下用の器具などを使わず、ザイルを直接身体に巻きつけて降下するオーソドックな降り方で、慣れるまではザイルに身を預け壁から空中に身を乗り出す瞬間がちょっと怖いが、体重をピシッとザイルにかけ身体を思いきり谷側に倒しながら一歩目を踏み出せば、後は半身の態勢になって降下地点を確認しながら空中散歩を楽しめばいい…。

 と、経験者にとっては簡単な話だが(私自身も懸垂下降するのは30年ぶり位だったが、こんな技術は自転車乗りと一緒で一度覚えてしまえば身体が覚えていて、何年たっても違和感は無かった)是ばかりは習うより慣れろで何度でも繰り返し練習し体に覚えこませるしかない。

 降下に這入る前にザイルの絡ませ方を、ザイルを使って何度も皆に手順を見てもらい間違いのないように確認して貰った。降下用のザイルは摩擦抵抗面が多くなり、ザイルが身体に食い込まないように終端を結んでドッペルザイルにし、堰堤上に転がっていた大きい石二個にザイルを固定した。

 先ず私が、皆の前でザイルの絡ませ方を何度も見せて1本目の降下に這入った…。降下しながらで上で見ている皆に、右手の位置と握り方、左手の位置と握り方…壁に対する姿勢、ザイルの送り方等などを説明しながら下って行った。

 着地し、ザイルを引き上げて貰い、交代で順次降下する用に声をかける…私は確保ザイルは使用しなかったが、皆には念のためにもう1本のザイルを確保用にゼルブストにセットして貰い、交代で確保して降下して貰った…(この確保ザイルが後に事故を防いだ)

 一番バッターは、アスリートのUさんが降下準備、命綱をセットし壁際からザイルに命を託し身を乗り出した…心肺能力は50代とは思えないパワーの持ち主だが、初めての経験で手足が縮こまりぎこちなかったが無事に着地…二番手はいつもアドリブが絶えないひょうきん者のマタタビのKさんだが、彼がこんなに緊張した顔は初めて見ました…着地の際にはザイルが足に絡まり吊り上げられたマグロのような格好になって、何とかザイルから脱出しやっと笑顔が戻っていた。

 三番手はベテランのH口さん、彼の山の装備に対する考えは不必要な装備品はいらない…で、ザックカバーはゴミ袋で代用、服装は何時もジャージー姿で、南アルプスの北岳に登った時は白根御池上部から小太郎尾根に続く雪の大斜面をピッケルの代わりにコウモリ傘を使って登った強者で、代用できるものがあるなら要らない主義者である…。その彼が何とか無事に降下してザイルを解き二度目の挑戦に堰堤に登って行った…。

 四番手はゴンちゃんことG藤さんが続き無事にクリアー…I上さんが軽やかなステップで降りてきて、福岡釣楽人クラブの息子と元気者のK賀さんが余裕たっぷりに降りてきて一ラウンド終了…二度目の訓練に這入った。

 その二回目の降下の際にアクシデントが起こった…順番から行けばH口さんでは無かったが一回目の降下で自信を持ったのか「俺が下りる」とやる気満々で降下態勢に這入り壁から一歩足を踏み出した際にバランスを崩し落下…下でみんなの降下を見ていた私は一瞬驚いたが、幸い命綱を操作していたI上さんの確保で事なきを得たが、如何に「確保」が重要な事か皆も認識した筈で、H口さんはショックだったろうがいい勉強になった。

 その後、もう一度づつ皆が懸垂降下をして訓練終了、ザイルを回収してザックを肩に沢を登り第7砂防堰堤前から藪漕ぎを敬遠して林道に上がった。先ほどの懸垂下降でお尻を強打したH口さんの顔色が優れないので、大丈夫か確認すると「腰付近が強張ったような感じで力が入らんごたーばって…もう少し連いて行きましょう」と、暫く舗装道路の林道を連いて来られたが「やはり、皆に迷惑かけるので昭和の森に下って皆を待っときます」だったので、同行しようかと云うと「イヤー林道を下るだけやけん心配せんでよかです…」と下って行かれた。

 涼しい沢の中から照り返しの舗装道路の道は暑く汗びっしょりになってしまった…欅谷A・B沢分岐から山道に這入り30分ほど登った所から(此処から上部には砂防堰堤がない)沢に下りた…。丁度お昼時だったので気持ちのいい沢水が流れるレストランに思い思いに座って、足許の谷間の向こうに見える下界を見ながランチタイムにした。

 空腹を満たしたところで出発…沢幅が狭くなり傾斜が増した岩場のルートは、微妙なバランスで登る箇所が増え、高度こそ、そう恐怖を覚えるような箇所は無かったが濡れて滑り易い岩場や、岩の上を流れ下る渓流に濡れながらの登りで涼味満点だった。

 岩登りの愉しさと云うか醍醐味は、一挙手一投足に細心の神経を駆使し、岩の状態を見極めながらルートを攀じ登っていく過程にあると思う。右手をあのホールドに、左足は向こうのクラックに…今、この岩にかけた足が滑ったらなんて思うと行き詰まってしまう…そこに至るまでに岩場を読み、絶対に登るという強い気持ちで立ち向かっていくと扉は開かれる。そんな、自己責任で真剣勝負の時間が体験できる場所は心が充実し高揚する。

 入渓して小一時間、皆も岩と馴染んで緊張の中に素敵な笑顔も見られるようになり、小さな自信が見えて来た頃最終地点の岩場に差し掛かった…そこは狭いクラック上の岩でおまけに上部はヌルヌル状態だったので、ザイルを出して確保しながら登って貰った…。ザイルで確保されているというだけで伸び伸びと手足が動くのが不思議だ。ザイル様様だ!

 沢を横切る山道地点で今日の沢登りは終了…皆の顔にやり遂げた安堵の笑顔が浮かんでいた。植林の中の階段道を登り上がって縦走路に出て14時前にススキの揺れる三郡山頂に着いた。

 小休止後山頂を後に縦走路を南へ辿り、天の泉の水場で冷たく美味しい水を頂き頭巾山を経て昭和の森へ下って行った。15時半ごろ昭和の森へ戻って来て振り返ると、秋の透明な空の下に三郡山頂のレーダードームの頭がちょっぴり見えていた…そして、もう帰られていないだろうと思っていたH口さんが我々の帰着を待って居てくれた。(夜、自宅にH口さんから電話があって「尻に青あざが出来ていたが、大版の膏薬を張ったら痛みもなくなりました…ご心配かけてすみませんでした)で、安心した。

 27日からの穂高三山縦走に向けての今日の訓練で、チーム全員に心のザイルが繋がったようで本番が楽しみだ…。

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穂高三山縦走の訓練(沢登り)偵察に欅谷へ…


欅谷下部の沢…

昭和の森(9.30)…入渓(9.35)…第一砂防(10.07~16)…第二砂防(10.20~30)…第三砂防(10.35~11.50)…第四砂防(11.53)…
第五砂防(12.00~50)……第六砂防(13.18~48…昼めし)…第七砂防(13.57~14.03)迄引き返し

2010/9/16

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9月16日・・晴

  発掘作業が一段落し待機休みになったので、緑のオジサンを終えやおら山支度…明後日、北アルプスメンバー全員で岩登りとザイルワークの基礎トレーニングを、三郡の欅谷で沢登りをしようと決めていたのでその事前偵察に出かけた。

 9時半ごろ昭和の森駐車場を後にして欅谷の沢に這入った…水量は少なく沢の中をザブザブ歩くようなところは無く、沢の中に転がった巨岩などの横をトラバースしたり、乗り越えたり、或いは飛び石伝いに右岸から左岸へ…左岸から右岸へ亘り返したりしながら登って行った。

 沢の中の岩や転石は真っ白な花崗岩で、水に濡れている付近以外はザラザラと摩擦抵抗が多く滑りにくいので登り易かったが、両岸の地山が出ているところの岩は浮石も多く迂闊に引っ張ったり体重をかけたりしたら、抜けたり転がったりするので注意しながら登って行った…。

 夏のシーズンには沢登りを楽しむ人たちも多かったのか、あちこちに赤のテープや布きれなどの目印が木の枝などに結び付けられていた…。

 入渓して30分ごろ第一番目の砂防堰堤の場所に出た…暫く下から様子を眺め左岸側の岩をへつって藪の中に這入り堰堤の向こう側に降り立った…上流部を見ると直ぐに古い堰堤が行く手を塞いでいた。

 二番目の堰堤も左岸側に逃げて堰堤真下を攀じ登り、藪を抜けてクリアーした…沢に降りて直ぐに第三番目の大きい堰堤が現れた…。

 この堰堤は七年前に発生した集中豪雨災害後に作られた堰堤で、高さもこれまでの堰堤の中で一番高く、堰堤のどちら側を登ったら良かろうと暫く思案したが、どちらもどちらだったので左岸側に取りついた…堰堤直下のコンクリート斜面を登り始めたが、上部に登るにつれ傾斜が増して足許がスリップしそうになったので途中から横の藪の中に逃げ込んだが、灌木類等が生い茂り、行く手を塞いだので携帯していた鉈を取り出し、切り払いながら尺取虫のように一寸刻みの登りとなって苦労した。

 やっと堰堤の上まで登ったが向こう側に下りるところが水が溜まって降りられず、左岸に沿って降りられる所まで藪との格闘…やっとの思いで沢の中に下りる迄要した時間は何と1時間15分…!沢の白洲の上で小休止し水溜りを見ると、沢山の魚さんたちが泳いでいたが、此の堰堤を乗り越えてくるわけにはいくまい…このお魚さんたち何処から来たの?

 次の4番目の堰堤は右岸側を藪漕ぎもせずにさっさと登れたが、5番目の崩れかけた石積みの堰堤は左岸側から登ったが、こっちも3番目の堰堤といい勝負で鉈を振り回し続けて腕と握力が無くなってしまった…。

 藪の斜面を漕ぎ上がると昭和の森から来た林道の下に出た…丁度、下から犬を連れて散歩してあった小父さんが石垣の上から見下ろして「そげな所で何ばしよーとですな…」と吃驚して声をかけてこられた。

 「沢を登っているのですが、堰堤があるのでその度にこうして藪漕ぎしながら迂回しようとですたい…」と答えると「気をつけなさいや…沢は荒れとうけんナ…」と心配そうに云いながら登って行かれた…さもありなん、いきなり崖下の藪の中から鉈を振り回して人間が出てきたのだから…。

 その先の藪漕ぎが酷そうだったので、一旦林道に上がろうと3m程の石垣を登ろうとしたが、手掛かり足がかりが無いのでアリ地獄のアリさんのように何度トライしてもズルズルと滑って登れない…。足許に倒木があったのでそれを引き上げ、立てかけて何とか林道に出ることが出来た。

 少し林道を行った所から再度沢に這入り、藪漕ぎしながら登って行くと、藪の中に何の実か知らないが秋の風情を感じる実が秋の陽光に光っていた…藪を掻き分け少し行くと6番目の古い堰堤が現れた…時計を見ると13時16分!堰堤の下で昼飯にした。此処にも1センチぐらいの稚魚たちが泳いでいたが「あんた達はどげんしてこんな沢に現れたとね?」と声をかけたが無視された。

 20分ほどの昼飯タイムを終え6番目の堰堤に挑戦…飯を食べながら此の堰堤は右岸の壁を登ろうとルートを思い描いていたので迷うことなく取り付き、初めて藪漕ぎせずに気持ちよく堰堤をクリアーできた…。

 少し沢を登ると林道を潜る橋があり下をくぐって少し登ると7番目の堰堤が現れた…。その堰堤の手前の岩場を削って流れる谷の水流に、少し黄葉しはじめた枯葉が二枚ゆらゆらと漂い流れ、山の秋の近い事を感じた。

 岩場で、甲羅干しの蛇ちゃんが足音に驚き岩陰に退避していった…堰堤の前まで行ってどうしようかと考えたが、此処の藪も手ごわそうで小一時間は掛かりそうなので今日の偵察は此処までとして終了にした。

 あとは、明後日7人で協力して登ることにしよう…昭和の森まで初秋の柔らかな陽光と涼風を受けながらのんびり林道を下って行った…道際に咲いていた秋の草花を何輪か摘んで土産にした。

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下界の猛暑もお山は秋の気配ちょっぴり…


三郡山頂のススキ…

昭和の森(9.25)…頭巾山(10.45~50)…三郡山(11.23~28)…(欅谷Bコース)…昭和の森(12.45)

2010/9/2

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9月2日・・晴

  長い夏休みも終わり元気に登校する児童たちを交差点で見送り、帰宅後、今日から発掘作業の仕事が一段落し休みになったので、月末予定の北ア登山に向けての調整登山へ久しぶりに昭和の森から宝満山系に行くことにし準備した。

 昨日から、U-bahn クラブの野生児Sさん達三人が北アへ出発したが、今頃は、上高地から徳澤へ向け穂高の山岳を眺めながら梓川沿いの道を意気揚々と歩いている頃だろう…。

 彼らの計画は、上高地〜徳澤(宿)〜槍ケ岳(宿)〜大天井ヒュッテ(宿)〜常念小屋(宿)〜蝶ケ岳〜徳澤(宿)〜上高地…という周遊プランで、槍登頂後、槍〜穂高の姿を眺めながら稜線歩きを愉しめるこの贅沢プランは、きっと、三人の思い出に残る山行きになるに違いないと確信している。

 後発隊の我々のプランは今のところ、26日出発〜10月1日帰着予定の5泊6日で(中房温泉〜燕岳〜大天井岳〜西岳〜槍ケ岳〜横尾〜上高地)となっているが、入下山地などが未確定だが、何れにせよNさんが登り残した槍ケ岳は消えないだろう。

 9時15分ごろ、昭和の森の一番上の駐車場に着くと広い駐車場にはたった二台の車が駐車しているだけで、この猛暑に登山者もめげてしまったのだろうか…何て思ってしまった。登山支度を終え出発…どのコースにしようか迷ったが、頭巾尾根を登って三郡山から欅谷Bコースを下って来る事にし登山口へ向かった。

 連日の猛暑続きで秋は来るのだろうか…何て思ってしまうが、心なしか空の色が澄んで高く感じられ、ツクツクボウシの声に小さな秋の訪れを感じた。登山口横の夏草の中には背の高い黄色の花が風に揺れて咲いていた。

 9時半ごろ頭巾尾根登山道に這入った…この登山道は頭巾山に直接登り上がる結構きついコースで、途中1か所の水場もなく、山頂を含め道中は展望も利かないが、殆どが原生林の中を歩いて登れるのが味噌で、登山者の姿も少なく静かな山歩きが楽しめる。

 登山口から少し這入った所の急斜面の道を登り上がると、宇美町教育委員会が去年まで発掘調査をしていた正楽寺の遺跡あとで、今は青いブルーシートがかけられ放置状態になっている。遺跡後を横目にシダ類の茂る道を登って行くと山道には、まだ帽子をかぶったままの青いドングリの実が沢山落ちていた。

 樹林の茂った尾根道は夏の陽射しは遮られ助かるが、風通しの悪い場所では忽ち体中の毛穴という毛穴から汗が滲み出て滴り落ちる…。でも、風表の斜面に出ると今までのうだる暑さが嘘のように涼しい風がサワサワと吹き抜け生返る…。

 小一時間ほど水も飲まずに頑張って、標高700m付近の気持ちのいい風が通り抜ける斜面の石に腰掛け一休み…。ザックからスポーツドリンクの入ったボトルを取り出し水分補給、熱中症予防に備える…やはり、ボトルだと一回一回取り出して飲む事になり、つい面倒で飲む回数が減る恐れが十分あるので、ハイドロだとチューブからちょこちょこ飲めるので夏場は必要装備に加えてもいいと思う。

 発掘の仕事も骨だが、やはり山登りに比べればまだ楽勝だ…。第一、流れ出る汗の量が違うし、呼吸を荒げてまで作業をすることは滅多に無い。この頭巾尾根の登りと今日の暑さでは、無意識のうちに呼吸も心臓の鼓動も早くなり、頭の中は空っぽで目の前の坂道を登ることのみに神経集中し、半ば無我の境地である。

 一息ついてザックを背に出発し、補助ロープのつけられた最後の登り斜面を登り上がると、シャクナゲの木が群生する尾根の稜線も直ぐで、傾斜が緩やかになって少し東進したら見通しのきかない頭巾山々頂901mで、宇美町役場が近頃取り付けた標識が立っていた。

 山頂標識の後ろの石に座って行動食のクラッカーと水分補給…こうした山頂での一休みは、道中がきつい程、またその過程が厳しい程、困難の差は兎も角、心から安らぎを感じるひと時で、こういった心境には家でゴロゴロしていては到底味会うことが出来ない「至福」のひと時で、「何故、きつい山に登るの…?」に対する、山登りを続ける理由の一つでもある。

 ふと足元を見ると、クラッカーのかけらが地面を動いている…私が食べるときに散らばった破片を何処から出てきたのか判らないが、山頂の住人のアリさんたちが出動して倉庫に運搬していたのだ…。彼らも此処におれば、私みたいな奴のおこぼれに預かることをちゃんと知っている訳で、そんな作業中の彼らを踏まないように気を付けて立ち上がり山頂を後にした。

 縦走路に出て三郡方面へ向かい、天の泉の水場で途中下車し谷間に下りて、思いきり冷たい山水を飲んで顔を洗い、持参のボトルに4リットル頂きザックに収め縦走路に戻った。

 縦走路の際には、秋を知らせる黄色のオミナエシや、紫の斑点が美しい山ホトトギス等の草花たちも咲き始め、下界の猛暑の中では知りえない季節の移ろいを感じることが出来た…。

 縦走路から三郡山頂レーダーサイトへの車道に出ると一気に東半分の視界が広がり、足許の筑豊平野の稲田が黄金色に色づき、ススキの穂並みが山越えの涼しい風に波打つ光景は正しく初秋の佇まいだった。

 山頂に登り上がる寸前、目の前に真っ青な空をバックに、お月様のようなまん丸のレーダードームが出現…その異次元の光景に思わず足を止めシャッターを切らされた…。題して山頂のバルーン…

 今日は、この真昼間だというのに視界明瞭で、ススキの向こうには英彦山は勿論、久住連山や由布岳…有明海の向こうには普賢岳から多良岳の姿も浮かび、福博の街並みも手に取るように近くに見え、玄界灘には壱岐の島影さえ望見できた。

 山頂は陽を遮るものがない炎天の下だが、山頂を吹き抜ける風が爽やかで暑さを感じさせられなかった…。オミナエシとススキに見送られ山頂を後に下山の途へつく足許には、ピンクの色も鮮やかなイヨフウロの可憐な花弁が咲きこぼれていた…。

 今日は、此処まで誰一人として登山者に出会わなかったが、やはり、夏休み明けという事で山の開店休業日だったのかもしれない…で、今日は誰とも出会わないで昭和の森へ下りつくだろうと欅谷沿いの道を下って行くと、下から登って来られる三人連れの登山者と離合した。

 挨拶をして、汗びっしょりの三人に「山頂に行けば涼しい風が吹いてますよ…あと一頑張り頑張ってください」と、エールを送ると、関西弁で「どーもおーきに…えろー早よましたなー」と振り返りながら登って行かれた。

 12時40分ごろ昭和の森の駐車場に戻ってくると、大型観光バスが二台停まり幼稚園児たちが公園内を元気に駆け巡っていた…。

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アメリカ旅行の安全祈願に佛頂山へ…


目に染みいる河原谷の新緑…

昭和の森(8.02)…河原谷鞍部(9.02)…佛頂山(9.10~13)…(うさぎ道)…昭和の森(10,00)

2010/5/29

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5月29日・・晴

   アメリカ旅行を控え何やかやと雑事に追われる日が続いていた…。旅行期間中の約二週間以上は故郷の山歩きがお留守になってしまうので、今日は、その報告と安全祈願に佛頂山へ登って来た。

 このところ寒の戻りで五月とは思えないうすら寒い日が続いていたが、今日は、朝から久し振りに爽やかな五月晴れとなって、新緑に身を包んだ三郡山系の山が浮かび上がっていた。

 昭和の森駐車場を8時過ぎに出発した。此処から佛頂山へはシャクナゲ園の横を通り、草ケ谷貯水池の縁をを巡って河原谷へ向かうのだが、今年になって貯水池取り入れ口付近で砂防ダム建設が始まり、登山者通行禁止になっていた。

 工事開始時点の一月ごろ一度このコースを下って来た時は、工事個所の山側の林の中を迂回して通り抜けてきたが、その後、このコースを利用していなかったので、今日は、現場がどうなっているのか確認の為に敢えて「登山者通行禁止」の看板の立つ横から林道に這入った。

 土曜日だったので若しかしたら工事も休みかもしれないと思いつつ、貯水池を周回して現場近くに来ると重いエンジン音が聞こえ、大型のブルドーザーがこちらに向かって来た…。作業現場手前の山手に工事関係者の駐車スペースのあるが、その横から植林の中へ踏み跡道が出来ていた。

 厳密に言うと工事関係者にとっては迷惑かも知れないが、現にこうして踏み跡道が出来ているという事はかなりの登山者が此処を通っている証しだから、登山者は作業の邪魔にならないように気を配りながら、工事関係者に大目に見て貰い「踏み跡迂回路」を利用させて貰おう。(何かあった時はあくまでも自己責任で)

 お昼前までには帰らねばならぬ用件があったので初っ端から半そでシャツ一枚でトップスピードで駆け登り…何時もは、周囲の草花や景色に写真の題材を探してキョロキョロしながら登って行くのだが、今日は、噴き出る汗を拭いながら8時半過ぎにうさぎ道分岐に着いた。

 休憩中の登山者に挨拶を交わし通過…難所滝が近くなってきた付近でフト前方を見ると、逆光になった岩陰の向こうに、初夏の眩しい陽光に浮かび上がった瑞々しい新緑が美しく、思わず立ち止りせシャッターを切った…。

 転石の転がる道の両側には、しその葉っぱに似たテンニン草が青々と生い茂り、額アジサイも粒状の小さな幼花をつけ、6月下旬の開花時期に備えていた…。

 難所滝分岐を通過し、急斜面に這入る前の最後の水場で流れ出た汗の水分補給…苔むした岩の斜面から滴り落ちる水を掌に受け口に含むと、山のエキスを頂いたようで、忽ち元気百倍!ゴチソウサマ…。

 山の滴を頂き、河原谷の最後の急斜面を一気に登り上がり、昭和の森から丁度一時間で縦走路の峠に登り着き、そのまま右に縦走路を登って長崎鼻を通過、南東方面が開けた私のお気に入りの休憩展望台に立ち寄った…

 突端の花崗岩の岩の上からの景色は、視界が良ければ遠く久住連山や雲仙岳も見えるのだが、生憎、今日は霞みに隠れて見えず、筑後平野の黄金色の麦畑の向こうに耳納連山や、古処山〜馬見山…英彦山等が、淡い新緑の芽が美しい樅の梢の向こうに連なり消えていた。

 展望台から縦走路に引き返し、一歩きで小さな祠が祀られている佛頂山頂に9時10分ごろ登り着いた…今日は、この小さな祠に祀られているお地蔵さまに「アメリカ旅行」の旅の安全を祈願に登って来た…。

 お賽銭を入れ掌を合わせ黙とう…旅の安全と、去年から体調を崩し山歩きから遠ざかっている妻の復活を祈願した。

 祈願を済ませ下山の途に…次々と登って来る登山者と離合しながら、うさぎ道から河原谷を飛ぶように駆け下り工事現場の迂回路を通って、草ケ谷貯水池の水面に映る佛頂山から頭巾山への稜線を仰ぎ見ながら、お山に「行ってまいります」と呼びかけた…。

 堰堤から昭和の森へ下って行くと、真っ赤なラリーグラスの花と管理人小屋のたたずまいが一枚の絵葉書を見るようだった…。

 10時丁度ごろ駐車場に帰着…2時間の駆け足祈願登山だった…。

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新緑と三つ葉ツツジの頭巾山〜三郡山へ…


青空に映える三つ葉ツツジの花…

昭和の森(8.15)…頭巾山(9.43)…三郡山(10.15~20)…(今屋敷尾根分岐)11.00)…昭和の森(12,00)

2010/5/8

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5月8日・・晴

   今日は、3歳年下の従兄弟Mちゃんと山歩きを楽しんだ…両親が健在だった幼少のころはお互いの家を訪れ、良く遊んだものだが、社会人となって従兄弟が名古屋に就職してから次第に会う事も無くなって、冠婚葬祭のときぐらいしか顔を合わせる事が無かった。

 そのMちゃんもリタイアし、博多の実家に戻って5年ほど経っていて、時々電話でお話しするぐらいだった…が、先日、彼等いとこ兄弟三人が私の藍綬褒章受賞祝いを披いてくれた席で、今日山行きを同行した長兄のMちゃんが、カルフォルニアに在住しているHideちゃん(私の実妹でMさんと同年齢)は元気にしている…?

 …から話が始まり、彼が「お互いに70近くなったので元気なうちに会ってみたい…ヒロミッちゃん山ばっかり行かんで一緒に行きましょうや…」で、私も、お出でお出でという妹の誘いを、いつか行くよ…と言いながら今日に至っていたので、誘い水に乗って渡米を決心したという次第だった。

 で、行くからには勿論、グランドキャニオン、ヨセミテ…等、広大なカルフォルニヤ州には国立公園が沢山あるので「巡り歩き」してみたい…と話してみると、彼は「アー良いよ、僕も歩くのは大好きで、友人と香椎の三日月山にはちょくちょく登っているよ」だった。

 綿密な計画などは立てずに現地で妹たちの知恵を借って自由気ままな旅にしたかったので、ツアーなどを利用せずに少し割高になるかもしれないが個人プランニング(6月1日〜17日)で、従兄弟と二人「弥次喜多道中」をする事になった。

 一昨日、昨日と二日に亙り二人で、パスポート類や国際免許証などの受け取りや、旅行社を廻って格安航空券を探し回った…が、期日がひと月を切っていたのでこちらの予算より高くなったが最終的にHISで購入手続きを終えた。

 旅行の下準備が少し片付いた昨日、従兄弟の体力を確認したかったので、明日、山歩きをしませんか?と訊ねると「あ、良いよ」で即決し、三郡山に登ることにして別れた。

 7時ごろ楠田神社付近のマンションに住むMちゃんを迎えに行き、青葉の美しい昭和の森登山口に8時少し前に着いた。昨日別れるとき、Mさんの足サイズは何センチ?と訊くと、「僕は足が小さく24,5センチです」だったので、若しかしたら昨年亡くなった山好きの爺さんの革製の登山靴が合うかも…と、持ってきて履いて貰うと「うあーバッチリです…」だった。

 その爺さんの形見の山靴を履き意気揚々と駐車場を後に出発したが…ものの100m程歩いた所で「アリャ…」の声に足許を見ると左足の底が見事に取れてしまっていた…。

 上部構造の革の部分はまだ新品同様だったのに、一年近く履いていなかったので接合部分が化学変化し脱落してしまったのだ…二人、顔を見合わせ唖然とした。やむを得ず駐車場に引き返し、車の所に着くと同時に右側の底もポロリと外れてしまった…。まー、近くで破損して良かったネ(爺さんの気配りだったかも…)など話しながら靴を履き替え出直し出発した。

 ツツジの綺麗な公園を抜け頭巾山登山口から新緑に覆われた山道に這入った…この頭巾尾根コースは初っ端からきつい急斜面の登りから始まり、途中は殆ど樹林帯の中で周りの展望も利かず、水場も無いので初心者のMちゃんにはどうかなと思ったが、長い林道歩きより山道を登った方が、より一層、山の密着感を肌に感じ登山に集中できるだろうとこのコースを選んだ…。

 Mちゃんのペースで登っていいからね…と、彼に先頭を歩いて貰い後からついて行ったが、「僕は、三日月山(367m)程度の山歩きしかしてないから…」等しゃべりながら、息も弾ませずに結構いいペースだった。

 枯れ葉の斜面の中から顔を覗かせたギンリョウソウをMちゃんに見せてあげたり、途中何度か水分補給や衣服調整などで小休止を適当に取り入れ、ミドリのシャワーを浴びながら登って行った。

 8合目付近の固定ロープの取り付けられている急坂を登り終える付近から、足許の山道に落ちたピンク色の花びらが目につき始め、振り仰ぐと新緑の中に三つ葉ツツジの花が青空をバックに初夏を告げていた。

 山頂近くのシャクナゲの群生地付近では、今年は裏年なのか花芽が付いているのは少なかった…。その代わり、井原山には及ばないが、淡い新緑の森の中にピンクの色も鮮やかな「三つ葉ツツジ」の花が五月の日射しを受けて煌めき咲いていた。

 頭巾山山頂まで約1時間20分…Vサインを出しながら余裕を見せるMちゃんの体力に、安心するとともに6月からの旅が楽しみになった…。小さなアップダウンの縦走路は新緑のトンネル…真っ青な空、目に沁み透る青葉若葉の新緑…その木立の中から聞こえる「オオルリ」の透き通るような美声…!五月の山バンザイ。

 「天の泉」に立ち寄り、冷たく美味しい名水をMちゃんに飲んでもらう…「ウマイ…」の一言!汗まみれの顔を冷たい水でゴシゴシ洗って元気百倍…山の恵みに感謝!

 レーダードームの立つ山頂に10時15分ごろ登りついた…山頂には5〜6人の登山者が休憩中で、その中の女性の登山者にツーショットスナップを撮ってもらった…。

 その方は、同じ大野城市内で、私に「貴方達はこれから縦走されるのですか?されるのなら砥石山まで同行させて貰いたいのですが…」で、訊くと、仲間が若杉山から宝満山へ縦走して来ているそうで、砥石山で合流する予定だが一人では心もとないので…だった。

 私一人だけなら「お安いご用です」だったが、今日は初心者のMちゃんが一緒だから、予定では、欅谷Bコースを下るつもりにしていた。Mちゃんに、そう伝えると「いやーまだ少し先に行くぐらい体力は残っているよ」だったので、途中までになるかもしれないがご一緒しましょうと山頂を後にした。

 歩きながらお話しすると、彼女は、結構あちこちの山を登っているらしく、トレーニングの為に駅伝チームに這入りランニングもしております…だった。

 薫風吹き抜ける新緑さわやかな稜線の縦走路に、アクセントをつけるように咲いたピンクの三つ葉ツツジが足取りを軽くし、欅谷Aコース分岐を通過…砥石山まで後30分ぐらいの今屋敷尾根道分岐までお付き合いし、連れの事がありますので私たちは此処から下山したいと思います…と彼女に告げると「此処までご一緒していただき有難うございました…」と、元気に縦走路を砥石山へ向かわれた。

 Mちゃんも流石に疲れてきたらしく、足取りが少し重くなったがマイペースで尾根道を下って行った。途中、樹林の隙間から三角形の頭巾山が見えたので、Mちゃんを呼びとめ、あれが頭巾山だよ…と教えると「わー、あんなに尖がった山だったの…!」と、感心していた。

 12時少し前に、親子連れが沢の中で水遊びを楽しむ昭和の森に帰りつき、キャンプ場のふじ棚の下で、三郡山と頭巾山を眺めながらお昼にした…。

 さわやかな皐月の好天に恵まれた山行き…まさか、この年になって疎遠になっていた従兄弟のMちゃんと山登りするなんて想像もしていなかった…底の抜けた爺さんの靴…それを最後に履いてくれたMちゃん…それもこれも何らかの縁があっての事で、多分、天国の双方の両親たちがそういう糸を操って呉れたのかもしれない…。

 旅行前にもう一度山歩きを思い立ちましょうと昭和の森を後に帰路に就いた。  

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Mtbでしょうけ越しへ…峠から (鬼岩立山〜砥石山〜前砥石山) 往復…


須惠町より筑豊飯塚への峠道へ…

自宅(9.25)…須惠町(9.56)…須惠ダム(10.22)…峠(10.48〜11.01)…
鬼岩立山(11.28)…砥石山(11.43)…前砥石山(11.55~12.18)…(折り返し)…峠(13.07~17)…須惠町(13,28)…自宅(13.53)

2010/4/8

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4月8日・・晴

   昨日、昨年11月1日の北九州サイクルフェスタ以来、お蔵入りして冬眠していたMtbを起こし、近所の四王寺山へ足慣らしに出かけた…。

 で…、今日は昭和の森までMtbで行って三郡山周辺を歩いてみようかな…と、思っていたが、せっかくMtbで登山口へ行くのならちょっとハードだが(ロートルの私にしては)しょうけ越し(標高/約520m)迄トライしてみようと考えが変わった。

 天気の方は朝から春の青空が広がり、昨日の強風もだいぶ穏やかになって絶好のチャリ日和だった…出発前にタイヤの空気圧や諸々のチエックをすると、デジタルの速度計が接触不良らしく動作したりしなかったりで記録が確認できないのが残念だったが、走行する分には差しさわりが無かったので9時半ごろ自宅を後にした。

 チャリンコの良さはいっぱいあるが、先ず第一に地球にやさしいエコな乗り物で、交通渋滞などは一切関係なくスイスイと目的地へ移動できるし、一番いいのは颯爽と風を切って走る時の自然との一体感だ!…。

 しょうけ越し峠は、若杉山から宝満山へ伸びる三郡山系の砥石山と若杉山の最低鞍部を越える峠で「飯塚大野城腺」と呼ばれる県道60号線が大野城方面と筑豊地区を結んでいる…自宅から約30分、9時55分ごろ須惠町の峠道入り口に差しかかった。

 この峠道は、ヘアピンカーブが連続する道で直線区間は殆どなく、このきつい登りこう配の道に殆ど、車で言うならローギアで(前ギア×3、後ギア×7)の21段の変速ギアの(前ギア2/後ギア1)で時速10km未満の速度で、エンジンを吹かして追い越していく車の後塵を拝しながら懸命にペダルを踏んだ…。

 左手には、全山、杉の植林で覆われた若杉山が緑の色も濃く春の陽を受けて「頑張れよ…」と見守って呉れ、道端の草むらにはスミレやヨモギが排気ガスに負けないで健気に咲いて声援を送ってくれた…。

 カーブ毎に番号が書かれた丸い表示板が立ててあり、はっきり覚えていないが確か入り口の須惠町では56番カーブだったように思うが、50番カーブ位までは人家や工事事務所などがあって傾斜もマーマーだったが、登るに連れて傾斜が増し心臓はフル回転…吐く息吸う息が大きくなった。

 そんな、ロートルエンジンを酷使しながら亀さんの歩みの様な速さだが、50番…45番…と確実に峠へのカーブ番号が少なくなっていくのが、このきつい登りに対しての楽しみというか慰めだった…。

 オーバーヒート直前に何度もサドルに跨ったまま立ち休みして、呼吸と心臓さんを落ちつかせ、「ヨイショ」とペダリング開始…この10秒間くらいの休憩後の一漕ぎ目が大変…。大きな声で自分自身に(何だくそ負けるな!)と気合を入れて「脚さん」を叱咤激励した。

 ハラハラと風に舞い散る桜花がパレード行進の紙吹雪のようで、その下を息を切らし汗を滴らせ通り過ぎる私は、さながら凱旋将軍のようで気分爽快!「アリガトー桜吹雪の歓迎を…!」と、桜木さんたちに手を振って応え、元気100倍になって坂道を登って行った…。

 須惠ダム堰堤のサイドで小休止(と云っても1分程)ザックからチューブで飲めるスポーツ飲料を飲んでエネルギー補強し出発…。カーブ番号が30番台になってくると、カーブの半径も小さくなって登りこう配がきつくなり立ち休みが増えた。

 そんなカーブの連続する道をハンドルを握りしめ一心不乱に漕ぎ登り、フト前方を見ると、切り通しの峠の上に架かった歩道橋が目に這入た…。もっと先だろうと思っていただけに、目前の峠を目にして拍子抜けの感じと、ヤッター着いたぞ…と入り混じった気持だった。

 須惠町の入り口から52分の10時48分だった。峠を跨ぐ歩道橋の下では、最後のカーブ付近で追い越して行かれた原付バイクのカブ号の人が登山準備中で、挨拶を交わすと「バイクでも大変な坂をようも自転車で登って来らっしゃったね…」と感心しながら「此処からどちらへ?」だったので、「前砥石山まで往復しようかなと思っています」とお答えすると、その方も「私も同じです」だった。

 では後ほどと一旦お別れし、Mtbを峠の上の山小屋(廃屋状態)へ駐輪しに持ち運び、裏手の人目の付かない場所の立木にチエ−ンロックし、小屋を後に縦走路に戻り、先ほど下から見上げた歩道橋の上に立つと、登って来た車道がうねうねと下界に続き、出発点の我が街「大野城市」も四王寺山の向こうに見えていた。

 カブ号の人も準備を済ませ切り通しからこちらに登って来てあったが、「お先に」と、声をかけて橋を渡り鬼岩立山への山道に這入ったのは丁度11時ごろだった…。

 此処の区間の登りは三郡縦走路の中でも一番の高度差のある登りで、鬼岩立山まで標高差約250m、砥石山までは300mの登り斜面で、宝満山へ向かう登山者にとってはハートブレークヒルだ…?。

 今日は、峠までMtbだったので山靴ではなくウォーキングシューズだったので足許が軽く、背中のザックもいたって軽量で峠までのMtb走行の疲れは感じず、山道に咲く春リンドウやスミレの花たちを目に楽しみながらスイスイ登って、11時28分に、春の陽光が満ち溢れる標高775mの鬼岩立山を通過した。

 縦走路はあまり見通しが良くないが、それでも時おり樹林が切れた付近では、西側には福博の市街地や玄界灘方面…東側には筑豊方面の街並みや、遠くには筑豊の秀峰「福智山」がすっきりと背を伸ばして立ちあがっていた…。

 鬼岩立山から縦走路を一投足の砥石山(828m)を11時43分に通過…前砥石山へ一旦鞍部に下って登り返し、11時55分に西側が開け見晴らしのいい前砥石山(805m)山頂に到着した。

 山頂には二人の登山者が居られた…女性の登山者は若杉から宝満山へ縦走中で休憩中…私年配の男性登山者はコンロでお湯を沸かし昼食の準備中だった…。山頂からの景色を写真に撮っていると「失礼します…」と声をかけて女性登山者は縦走路を宝満山へ出発して行かれた。

 春霞の向こうには、蜃気楼のように浮かび上がった雲仙普賢岳が微かに見え、脊振山系の長い山脈は西の方へ連なり消えていた…。昼食のパンを食べていると先ほどの登山者の方が、「このコースは辿られたことがありますか?」と、地図を広げて尋ねられる。拝見すると、今屋敷から砥石山へのコース中、宇美林道から少し今屋敷方面へ行った所から左折し、尾根道を辿って昭和の森へ通じる道だったが、私は、そのコースは辿った経験はなかったのでそうお答えした…機会があれば一度トレースしてみよう。

 彼はカップラーメン、私はパンを齧りながら暫く山のお話などを交わし、では又何処かのお山でお会いしましょう…と、12時17分に山頂を後に縦走路をしょうけ越しに向け出発した。縦走路には萌黄色も鮮やかな灌木の新芽が青空をバックに芽を吹き、山の遅い春到来を告げていた。

 前砥石山から砥石山へ登り返していると、峠でお別れしたカブ号の登山者の方と離合した…開口一番「流石ですね…峠まで自転車で登って来られるだけあって早いですね!」と、笑いながら言葉をかけられ、「峠からのダウンヒルは交通事故に気をつけてください…」と御心配を頂いた…。前砥石へ向かわれる彼を見送り砥石山を12時29分に通過、一気に下り坂を下って鬼岩立山を12時43分に通過した。

 峠へ下って行く途中、西側に大きな岩の展望台があったので、その岩の上に乗って見渡すと若杉山は目と鼻の先で、福博市街地の向こうには糸島の可也山が小さく見えていた…。

 13時07分にしょうけ越し峠に戻り着いた…橋の上から足許を見ると、今から、Mtbで駆け下る県道60号線のヘアピンカーブの道を車が上り下りしていた。

 山小屋に行って愛車を引っ張り出し、切り通しの道路に降りてサドルに跨ると、ジエットコースターの最高点から飛び出していくときの様な気分になり気が引き締まった…。ヒルクライムはきついが、風を突っ切って下るダウンヒルの快感は筆舌には表せない!(暴走族ではありません)

 コーナーに這入って行く前に速度調整で前後ブレーキの按配を考慮しながら、安全速度に調整しながらスッ飛び下って、登り約50分の道を10分足らずで下界に降りて来た…(瞬間Max…67KM/h)でした。

 宇美町を通り過ぎるとき左手に、宝満山から砥石山へ続く稜線が春の日射しの中に屏風を立てたように連なっているのが見えたので、少し良く見える所までわき道に這入って眺めながら小休止した。

 乙金峠を越えると大野城市…クールダウンを愉しみながら我が家を目指していると、何と我が家から500mも離れていない場所に一面の蓮華草畑を発見!今どき、れんげ畑を見る事は中々無いが、こういう風景を見ると気持ちが和み遠き昔の想い出が甦る…。

 我が家に13時53分に着くと、セーラー服もピカピカの入学式を終えたばかりの孫娘が報告に訪れ、私の帰りを待ってくれていた…。

 5か月ぶりのMtbツーリングだったがとても快適に走る事が出来、これからのシーズンに向け 嬉しい力試しになった…。

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HP「掲示板」の山友と三郡山〜頭巾山へ…

頭巾尾根の途中から、谷間の廃道(地図には記載)を、華二さんのGPSを使って藪こぎ下山!…


かっての登山道の?名残りは何処へ…

昭和の森(7.35)…(内ケ畑尾根コース)前砥石・三郡分岐(8.27)…縦走路(8.47)…三郡山(9.37~53)…頭巾山(10.13)…
500m付近(11.03)…(尾根道から谷の廃道)…昼飯(11.50~12.08)…廃道出口(12.23)…昭和の森(12.27)

2010/3/22

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3月22日・・快晴

   私のHP「私の山登り」の掲示板が取り持つ御縁で、初対面のハンドルネーム「華二」さんと山行きが実現した…(当初、同行予定だった辿人居士さんは都合がつかなく残念ながら不参加)。

 初回という事で先ずは近郊の山から登ってみましょう…と、決めたのが前日の事で、昭和の森の駐車場で7時半に会いましょう…だった。

 丁度7時半ごろ昭和の森駐車場に着くと、駐車場は、早い時間にも拘らず満車状態で驚いた…。私は、多分駐車場はガラガラで直ぐに相手の「華二」さんが分るだろうと思っていたので困ってしまった。

 お互い、初対面でどの車のどの人が「華二」さんか?兎に角、車から降りて山靴などを履き準備を済ませ付近を見回すと、三人ほどの人が準備をしたり体操をしたりしていたが、そのうちの一人の人の首から吊るされたGPSの器具が見えたので「若しかしたら華二さんでは…?」とお尋ねすると、「ザックさんですか…華二です」の嬉しいご返事!

 挨拶を済ませ、昭和の森を後に7時40分ごろ出発…華二さんが何処へ登りましょうか?だったので、今日は華二さんにお任せします…で、では、内ケ畑尾根コースから三郡方面へ登りましょう…と、林道を左に這入り、大沢を渡って直ぐ右手の尾根筋への道に這入った。(私はこの内ケ畑尾根コースを登るのは初めてだった…何時も30分以上林道を登っていた…このルートは、三郡縦走路の欅谷Aコース分岐点から若杉山方面へ5〜6分の場所に出るコースだった)

 華二さんは私よりまだ○歳ほどお若く、前を先導して登って行かれる足取りは若々しかった…。彼は、ハンディGPSという優れた装備を携帯しておられ、このシステムを活用すると未知の山でもルート迷いの心配が少なくなり、デジタルカメラと時刻を一致させておけば、帰宅後、PCで処理すれば、ポイント地点の情報や、地図上に軌跡が示されるそうで、彼のHP「九州の山歩きの記録」を拝見させてもらうと、国土地理院の地図上にデータが記録されているので、私も欲しくなったが、地図ソフトなど〆て10万円近くするそうで「高根の花」だ…。

 はじめて登った「内ケ畑尾根」コースは傾斜も比較的緩やかで、華二さんと、山の話や諸々の話に花を咲かせながら登って行ったので時間の経過を感じずに、8時25分ごろに小さな案内表示板がある分岐に出た…左は、前砥石方面、直進すれば三郡縦走路と記してあった。

 稜線が近くなってくると、先日の強風で振り落とされたミドリ色したヒノキの小枝が、びっしりと山道を埋めていた。これは、自然の力による剪定かも知れない…。

 植林帯を抜け、まだ裸ん棒の枯色した小灌木が目につく稜線の縦走路に8時47分ごろ出た…。小休止後、縦走路を南へ一歩きの8時53分ごろ欅谷Aコース分岐を通過した。

 早くもないが遅くもない華二さんの先導で三郡方面へ向かって行くと、今朝の冷え込みで山道には小さな霜柱が立ち、見上げる樹林の隙間には、真っ青に晴れ上がった早春の空が眩しく広がっていた。

 9時36分ごろ霜解けの始まった三郡山々頂に到着…暫く山頂からの景色を楽しんだ。石の上に座って美味しそうに紫煙をふかしながら華二さんが「アッツ雲仙岳が見えますね…」で、その方向をみると春霞の中に辛うじてボーっと頭の部分が確認できた。

 私も遠くの景色は良く見える方なので、華二さんは目がいいですね視力は…と訊ねると「0.7で、自動車運転免許の眼鏡使用限界スレスレですよ…」で驚いた。

 休憩中に、これからどうするか相談し、私が、華二さんがプリントアウトして持参された地図を見て、頭巾尾根の途中の500m付近から正規の登山道の南側に点線のルートが載っていたので、華二さんのGPSを使ってこのルートを下りませんか?と提案し、面白いですね…で決定した。

 昭和の森の駐車場も早朝から多かったが、尾根道の縦走路も老若男女の登山者と次々と離合する…きっと誰もが、この春の青空に魅せられ、春の息吹を感じたく家を飛び出して来られたに違いない…!?

 三郡山頂でも気がついたが、頭巾山入り口にも新しい案内表示の標識が立てられていた…。作成者は「宇美町体育協会山の会」と書かれていたように思う。こういった会を通じ、山登りのマナーを守って自然に触れ、親しみ、健全な登山人口のアップが図られば素晴らしい事と思う。

 頭巾山頂を通過して少し行った所で、華二さんが「本当の頭巾山最高点はこの付近だと思いますが」と言われたが、私も以前から西側に張り出した部分が一番高いのではないかなと思っていた…が、本当はどうなんだろう?

 時々、頭巾尾根の急斜面を登って来られる登山者たちと離合しながら下って行き、11時ごろ標高500m付近で三郡山頂で決めた、地図には載っている廃道&旧道?の降り口を探して、地図とGPSを見ながら下って行き、暫く下った地点で華二さんが「この付近からですよ」と正規登山道の南側斜面の中に下って行かれた。

 私も、彼より少し上部をトラバース気味に谷に下って行き、道らしきものはありますか?と呼びかけると「えー踏み跡とかないが間違いないでしょう…」と、声が返って来て、「サツマイナモリ」の花がいっぱい咲いていますよ…と教えていただいた。

 イノシシさん達の縄張りみたいな谷底の地図上の道は折り重なる、倒木や…蔦かずら…イバラ…の連続で、まともに歩く事は出来ず、倒木の下を潜ったり跨いだりしながら下って行った…。

 その荒れた谷の道?には、可憐な紫色のスミレがひっそり咲き、白とピンク色のサツマイナモリの花は至る所に群生し、足の踏み場もないくらいだった。少し下ったところには、地上50センチ程の木の枝先に直径1センチほどした白い花が咲いていた…(華二さんのHPに寄るとコショウノキだそうです)

 こんな荒れた谷沿いの中をGPSは正確にルートを辿って呉れているらしく、「此処から少し左に向かっています…」とか、「此処から右側の沢へ移っています」…と、華二さんは地図とGPSをにらめっこしながら下っていかれた…(誤差は15m程だそうだ)

 藪こぎを続けお腹が減って来たので沢の中に適当地点を見つけランチタイムにした…11時50分ごろだった。私はミニアンパン5個とココア、華二さんはコンビニおにぎりの簡易昼食で、直ぐにご馳走様…と、ザックを背にし出発、地図上では草ケ谷貯水池と正楽池の間を通って昭和の森に出るようになっていたので、もうゴールは間もないだろうと予感はしていた。

 段々、傾斜が緩み、右上斜面上に正楽寺遺跡を確認する場所を過ぎると前方が明るくなって12時20分過ぎに、昭和の森から草ケ谷貯水池へ続くシャクナゲ園の前に続く道に出た…。

 食事時間を含め約1時間20分のGPGガイドによるアドベンチャー藪こぎ下山だったが、改めて文明の利器の凄さを実感させてもらった…この器具を有効活用すればもっと別な意味で楽しい登山が出来るのは間違いない!

 今日は、初めて一緒させてもらった華二さんのお陰で思いもよらぬ勉強をさせて貰い有難うございました…次回からの山行きが愉しみです。(今度は、辿人居士さんも一緒できるように日程を組みたいものですね)

(華二さんから借用した地図に今日の登山軌跡を描き込みました…赤色は正規登山道で、ブルーの部分がGPS使用の藪こぎ軌跡です)

 シャクナゲ園を通り過ぎていると、早咲きのラリーグラス(洋シャクナゲ)の真っ赤な花びらが目につき、少し下った右手には、淡いピンク色の五分咲きの桜が風に揺れ、正楽池の堰堤の向こうには頭巾山と三郡山のレーダードームが別れを惜しんでいた…。

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冬将軍がカムバックして雪化粧した佛頂山へ…

昭和の森〜(河原谷〜ウサギ道)〜佛頂山〜難所滝〜(河原谷)〜昭和の森…


春とは名のみ…!お山は雪の中…

昭和の森林道終点(10.40)…河原谷ウサギ道分岐(11.05)…佛頂山(12.10)…難所滝(12.50)…昭和の森林道終点(13.35)

2010/3/10

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3月10日・・雪

 お彼岸も近いというのに、こんな寒の戻りがあるとは予想外だった…発掘の仕事の方も昨日今日と悪天候の為に中止となり、自宅でゴロゴロしていても身体がなまってしまいそうなので、今季最後になるであろう雪山を歩いて心身に気合を入れ直してこようと10時過ぎに自宅を出た。

 早朝、交差点で児童達を見送って自宅に戻る頃は、山は雪雲の中に隠れていたが…車で昭和の森へ向かっていると、正面に若杉山から砥石山〜三郡山〜頭巾山〜佛頂山〜宝満山と続く山塊が昨夜来の積雪を纏って顔を覗かせ、まるで、後立山連峰を想いおこさせるように厳しい表情を見せて連なり、登頂意欲がムラムラと湧いてきた…。

 出発時間が遅かったので昭和の森を抜けて林道の終点まで車で上がり、車内で準備を済ませ10時40分ごろ出発した。河原谷沿いの登山道を登って行くと次第に辺りは雪景色となって、藪椿などの樹林が積雪の重みに垂れ下がり通路を塞いでいるので、身を屈めたり避けたりして登って行った。

 まさかこの時期、この山系で雪の上を歩けるなんて思ってもいなかったので、何だか儲けたような気持ちになり、足首をこす新雪の感触を愉しみながら「サクサク…」と踏みわけ登って行った…。

 私の前には雪道に二組の足跡が続いていた…この雪降りの悪天候の中にも拘わらず私と同じように、雪山に魅せられた登山者が居るものだ…!後を辿って登り、11時過ぎに難所滝方面と佛頂山方面の分岐に着いた。

 足跡は真っ直ぐ難所滝方面へ続いていた…私は此処から雪に覆われた谷を横切りウサギ道へ這入った。此処からは誰一人歩いていないバージンスノーロード…!然し、このウサギ道に這入るとアオキの木などの低木類が積雪に頭を垂れて通行妨害…!

 身を屈めたり避けたりしていくには大変だし、頭から雪だるま状態になってしまうので、持っていた大きめのビニール傘をひらき、除雪車ならぬ除雪傘で身体をカバーしながら、積雪で消えた登山道を確認しながら登って行った。

 高い梢に積もった雪が強風にあおられスノーシャワーとなって降りかかってくると、身体中が途端に真っ白けになってしまう…。雪に隠れた登山道は、木の根や穴ぼこなどで何度もスリップしたり尻もちをつかされたりして大変なのだが、今季最後の雪山歩きと思うと全然辛いとは感じず、嬉々として雪にまみれて登って行った。

 稜線が近くなってくると積雪の量も増え、ゴーゴーと尾根を越えていく風の音に伯耆大山を思い出した…。虚空から降りしきる牡丹雪は、蛍が飛びかうように優雅に樹間を舞い飛ぶ。すっぽりと雪に覆われた樹林…黒々と聳える樅の巨木…そうだ、この様は「雪舟」の水墨画の世界だ!

 先日の伯耆大山で霙に打たれてダウンしてしまった愛機(olympus E-300)を金3万円也の修理代金でカムバックさせ、今日が山同行初日だったがこの悪天候…もっとたくさん雪景色を撮りたかったが、二度と高額修理は出来ないので雪の合間を縫ってお茶を濁した。

 一度、一眼レフカメラを使ってみると、機動性やショック、耐水性、耐寒性などは弱いが、その使用感から離れがたい何かがあって修理する事にした…3万円も出せばコンパクトデジカメが購入できたが、高い修理代金だったが(olympus E-300)を捨てるに偲べず、私の山のお伴に連れ添っていきたい。

 そんな訳でもっと雪化粧したお山の写真を撮りたかったが限定撮影になってしまいました…(お小遣いを貯めて耐水…etsカメラを手に入れたいです)。杉の巨木の下を通りすぎて尾根道の縦走路に12時16分ごろ出た…縦走路を左にとって登りあがると石の祠の立つ佛頂山で12時20分少し前だった。

 頭に雪をかぶった小さな石仏さんにお参りし、横にある寒暖計をみると零下だった…。石仏さんに明日からは暖かくなるそうですよ…とお別れし、長崎鼻方面へ縦走路を下って行くと、雪に覆われた九州自然歩道の案内看板と背後の岩が1枚の絵を見るようだった…。

 長崎鼻から下り斜面は雪が付いているのでスリップしない様に足場を踏みしめながら最低鞍部に降り立つと、河原谷から吹き上げてくる雪混じりの冷たい風に一瞬たじろいでしまった。

 急斜面にジグザグにつけられた登山道はツルツル滑り、立木や岩角を掴まりながらソロソロと下って行き、途中から右手に這入って雪に覆われた木立の中をトラバースし難所滝へ這入って行った…。

 登り返して滝の前に出ると一人の登山者が立ったまま行動食らしい物を食べていた。滝は、思った通り水が流れ落ちて凍結していなかった…滝が凍りつくには1週間ぐらいは氷点下が続かねばならないので、今回の寒波は確かに強かったが一日二日の寒気では無理だ…。

 暫く、吹き上げる寒風に鼻水を垂らしながら北アルプスのお話などをして、又、何処かの山でお会いできたらいいですね…と、お別れした。

 一番上の炭焼きの跡付近で、深々と雪をかぶって頭を下げたアオキの木の先に真っ赤な色した実が紅一点、顔を覗かせ寒さに震え上がっていた…此処まで下って来ると傾斜も和らぎ、ウサギ道別れを過ぎると雪の量もぐんと減って、雪道に落ちた赤い藪椿の花をみながら下り13時半過ぎにデリカちゃんの待つ林道終点に戻ってきた。

 今日は思ってもみなかった雪山歩きを堪能でき、身も心も晴れ々となった…アリガトウ冬将軍様!

 昨夜、山行きを一緒している息子からゴアテックスの手袋とザックをプレゼントして貰った…早速、今日の雪山で使わせてもらったが…年老いた親父の事を思いやってくれる気持ちが手袋を通じて伝わりとても暖かだった…ありがとう。



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早春の光り溢れる砥石山から三郡山へ…

昭和の森〜(今屋敷コース)〜砥石山〜三郡山〜(欅谷Bコース)〜昭和の森…


早春の尾根道には純白の名残りの雪が!…

昭和の森(P)(8.40)…今屋敷登山口(9.40)…砥石山(10.20)…前砥石山(10.40)…三郡山(12.12~42)昼食…
(欅谷Bコース)…昭和の森(P)(14.32)

2010/2/21

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2月21日・・快 晴

 二月も終わり近くなり…三月の声を其処に聞く様になると、心なしか空の色も温かみを増し風の中にも春の息吹を感じられる…春よ来い〜早く来い。

 今日は、発掘チームのS森さんペア、N浦、M尾さんの四人と昭和の森から三郡山系の山へ這入った。昭和の森駐車場に8時半集合のつもりで車を走らせている途中、携帯に着信があり、発信者はS森さんだった…。

 「〜今、何処ですか…」にそちらに向かっている途中ですが、8時半集合だったですよね…と尋ねると「いやー8時でしたよ…」にビックリ。もう彼等は8時前から30分以上も、氷点下近くの駐車場で私の到着を待っておられたのだ…

 10分程のちに、首を長くして待ちわびておられる皆さんの前に着き、平身低頭謝るのみ…全く申し訳ありませんでした。バタバタと登山靴に履き替えザックを担いで、すっかり待ちくたびれた皆さんと昭和の森駐車場を8時40分ごろ出発して砥石山への林道に這入った。

 私のチョンボを打ち消してくれるように今日は雲ひとつない絶好の登山日和で、吸い込まれそうな真っ青な空が山の端の向こうに広がり、凍てついた枯れ草が冬の名残を見せていた。

 何の変哲もない林道歩きは面白みに欠けるが、いきなり、勾配のきつい山道を登るよりこの林道歩きをウオーミングアップと考えると、中高年の登山者には良いかもしれない…。

 途中で大きな黒のラブラドール犬を連れて登って来られたご夫婦に追い越される…内ガ畑コース分岐を見送り、所々災害で荒れた林道を上る事小一時間、9時40分ごろ今屋敷集落への分岐点に着き衣服調整など一休み…。

 其処から少し行った所から林道と別れて山道に這入った…何時も、私がトップで皆さんの前を歩くので、S森さんに「今日はS森さんが最後までトップを歩いてくれませんか…?」とお願いした。

 トップで登ると必然的にルートを確認しながら行動していかねばならぬので、道などを覚えやすいが、何時も人の後ばかりで登っていると何度登っても中々道を覚えられない…そんな事もあったので今日はS森さんにリーダーをお願いした。

 落ち葉の山道はフカフカと足に優しく気持ちよい…特に、長い林道歩きの後には。木立の向こうに若杉山が見えて来ると稜線も近くなり、ザックの当たる背中は汗ばんでくる…その頃から、周囲にはチラホラと積雪が見え初めてきた。

 S森リーダーの好リードで10時20分ごろ標高826mの表示板のある砥石山に登りついた…此処は周囲を雑木林が覆っているので眺望が望めないのが残念だ。写真を撮って見晴らしのいい前砥石山へ出発した。

 縦走路は概ね歩きやすかったが、日あたり斜面では雪や霜が溶けて滑りやすくなっている処もあって、時々M尾さんが奇声を発したりしていたが幸い尻もちなどもつかずに下って行き、登り返して10時46分ごろ見晴らし展望台の前砥石山に着いた。

 青空天井の下、遠くの市街地や山々が一望のもとに広がり開放感を満喫する…。山頂の端っこから南の方を見ると、今から向かう予定の三郡山が頭に真ん丸なレーダードームを乗せ「早くおいで…」と呼びかけているようだった…

 S隊長さん曰く「今日は絶好調、三郡山やろうが何処やろうが軽い軽い…」と、鼻息が荒かった。そんな隊長に皆さんも乗せられ前砥石を後に、少し蕾をつけた三つ葉ツツジと、片や、真っ白に地面を覆った雪や霜柱の立つ、春と冬の同居する縦走路をサクサクバリバリと快調のピッチで三郡山を目指した。

 今日は好天の日曜日とあって、離合する登山者も多かった…挨拶を交わしながら縦走路を三郡山へ向かっていくと、少しずつ積雪も増え、踏み固められた斜面は軽アイゼンでもあれば良かったなと思うほどだったが、何とか皆さん慎重に歩いて頂き事なきを得た。

 小さなピークを何度か登り下りしながら、途中一か所ある筑豊方面の展望場所で皆さんに、先月末に登る予定だった福智山や周辺の山などを教えてあげた…

 三郡への最後の雪の斜面を上りあがって12時10分過ぎ、今日の目的地の三郡山頂に到達した…丁度時間も昼食時間…山頂の南側の日溜まりに座り込み店開き…!各人持参のお弁当に舌鼓を打った。

 食後には美味しいコーヒーや菓子などを頂き、ご馳走様でした…。霜解けで緩んだ山頂を12時40分過ぎに立ち下山開始、欅谷Bコースを下る事にして往路を10分程引き返し、植林の中の階段道から荒れた谷間の道に下って行った。

 このコースは、平成16年の大水害時に随分と被害を被って、やっと落ち着きを見せてきたが、何ケ所か、降雨時には要注意個所があるので充分気をつけてもらいたい。谷を横断する一番最初の所で冷たくおいしい山水をS森隊長を始め皆さんがボトルに汲んでお持ち帰りにして居られた…。

 大きなツララの下がる谷沿いの道を下りきり、欅谷Aコースとの分岐点から林道に出て、後は、ブラブラと早春の陽気を思わせる中を下って、14時半過ぎに出発点の昭和の森へ帰って来た…。今日の山行きは、私の時間間違いで皆さんにご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした…が、山の方は本当に最高の天候に恵まれ楽しい登山が出来たので、少しは良かったかな…と思っています。  

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久し振りに油須原から三郡山へ…

油須原〜(宝満源流コース)〜三郡山〜天の泉〜油須原…(2/3)


沢伝いの岩場にツララの行列が歓迎!…

油須原林道脇(P)(10.07)…谷&尾道分岐(10.22)…三郡平(11.27)…宝満川源流点(11.34)…三郡山(11.47~52)…
天の泉(12.01)…昼食(12.10~24)…頭巾山分岐(12.34)…天の泉分岐(12.44)…油須原林道脇(P)(13.16)

2010/2/3

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2月3日・・晴

 先月末に発掘仲間たちと予定していた福智山登山は雨天で延期になってしまったが、同日夜にはメンバーの皆さんが、延び延びになっていた、私の藍綬褒章受章のお祝いの席を設けて下さり、おこがましかったが列席させて戴いた。

 どうも有り難う御座いました…心よりお礼を申し上げます。


 二月の声を聞き、立春を迎えると陽光も日一日と明るさを取り戻し、春も直ぐそこに…と思わせるが、毎年、旧正月のこの頃が寒が厳しく陽光の強さとは裏腹に寒い日が続く…きっと、難所ヶ滝もガチガチに氷結して登山者の目を愉しませている事だろう。

 児童達の見送りを済ませてからの出発は9時過ぎになるので、アプローチに時間がかかる山には行けないので必然的に宝満山系の山になってしまうが、今日は、何時も入る西側の昭和の森ではなく、少し遠くなるが、東面の油須原から宝満川源流コースを登って三郡山へのコースを選んだ。

 自宅から、油須原の登山口まで約20キロ弱、車で約30分というところで、吉木を経て米の山峠手前の油須原バス停の先から左折(県営射撃場と九州自然歩道の看板あり)県営射撃場の前を通りぬけ、突き当たりの林道を200メートルほど上った所が登山口で、橋付近の適当なスペースと路肩に何台か駐車できる。

 土日以外だとこちらから登る登山者は少なく、滅多に他の登山者たちに遭遇しない…。という訳で、橋の手前に車を止め山靴に履き変え10時少し前に出発した。

 正規な登山口は100mほど下の林道分岐点だが、5mほど下手に、此の付近に駐車する登山者たちがつけたショートカット道が植林の中にある…。

 踏み跡を辿って登ると直ぐに下から上って来た小さな林道に出会う…(その林道は直ぐに右手に這入っているがこの周辺にも何台か駐車する事が出来る)そのまま直進し、少し登ると左手下に砂防堰堤が見える。

 巨岩の転がる沢を左手に見ながら登って行くと、いつの間にか林道は狭くなって山道になる…。佛頂山への渡渉地点は昨年の集中豪雨で渡りにくくなっているのか、入り口を示す案内表示や目印テープは見当たらなかった。

 約15分程登ったところに大きな案内表示板に「佛頂、宝満山コース」があり、此処から、谷道と尾根道のコースが選べる(15分ほどで合流している)。谷道は、大雨など以外なら初心者でも登れ、要所には補助ロープなどもつけられているので、登り下りに何れか選べばいいだろう。

 沢筋の道は一雨ごとに渡渉地点度が変わる事が多いので、ケルン、目印テープなどを見逃さないようにし、又、岩などは濡れている処は滑りやすいし、沢の中の飛び石伝い時には落水しない様に注意しなければならないが、平坦な尾根道歩きよりも変化に富んで面白い。

 私は、登りに谷道を選択し左手に這入った…。この時期、雨量が少ないので水量は少ないが、冷たく透き通った清冽な水が流れ下る様は心が洗われる。

 直ぐに、末広の滝と呼ばれる小さな滝前に出る。以前は、小さな表示板が木の枝に下がっていたが見当たらなくなっていた…。滝の横を迂回して登れるが、高さも低いし緩傾斜なので滝の右側を攀じ登って上に出た。(地形図的には上流から下流に向かって、右岸・左岸というので、この場合は左岸側になる)

 其処を過ぎると両側が崖になった凹状の廊下みたいな岩場で、一枚岩の上を清流が流れ下っている…。左岸側に補助ロープなどがつけられているが、この時期の水量が少ない時なら岩の上を歩いて行ける。(この区間は短いが大雨時は通行不可だろう)

 谷、尾根道分岐から約10分ほどで尾根道に合流した。上空は冬の青空が広がり、見上げる稜線の緑が冬とは思えぬ濃さで浮き上がり、南国九州の山を実感させられた。

 昭和の森方面からの登山道は日陰斜面になって、この時期は寒々とした灰色の空間が目につくが、こちら側は日向斜面の為、登山道にも明るい日が射しこみ、登る者の気持ちまで明るくしてくれる…。

 何度も沢をあっちからこっち、こっちからあっちと渡り返しながら登ること約35分で、三郡方面と宝満方面への分岐に出る(此処にも大きな看板がある)。そのまま直進して(夏期はマムシ注意の表示板が有った)4〜5分で水が少なくなって小さくなった沢を横切り右側の尾根道に這入る。

 気持ちのいい支尾根の落ち葉道をトラバースしていくと、夏には咽喉を潤したり顔を洗ったりする「私のお気に入り水場」で、今日も、気温は零下で冷たかったが手袋を外して掌に漉くって名水の味を堪能した…。

 所々、昨年の大雨で痛んだ山肌などには倒木がなぎ倒され無残な残骸を見せていた…(この、コースは何年振りだろう…確認したら、06年8月に夜間縦走した時以来になるから4年半ぶりという事で、何だか初めての山行きのような新鮮味を覚えた)登山口から約55分で、天の泉分岐に出た。

 此処から沢を渡って左手の尾根道を辿れば三郡縦走路の天の泉にでる。(私は、下山時にこのコースを下って来た)尚も沢伝いの道を登って行くと、左手の崖際から大小さまざまなツララがぶら下がり、キラキラと陽光に反射してとても綺麗だった…。

 登山口から約1時間10分で五段峡と呼ばれていた(前は表示が有ったと思うが無くなっていた)狭い廊下状の谷間の手前に着いた。此処から左岸側の急な登りの斜面に取りつき、立木や補助ロープを手掛かりに一気に登りあがった。

 平坦な場所になって暫く行った所で左右に道が分かれているが、どちらも山頂近くの車道に出る。右側の方に目印がはっきりしているのは、左側の三郡平経由より楽なのかもしれない(後日確認したい)。

 左手に這入り、一旦沢筋に下って登りあがったところが三郡平と呼ばれていた場所だが、数年前の災害以後荒れてしまってその面影はなくなっていた…三郡平から5〜6分登り、正面に昨年の集中豪雨で起きた崩壊場所を見るところからケルンに導かれ、右手の沢に這入る。

 小さな沢の横を上ると数分で右折し小沢を横切り、苔谷と呼ばれる沢を少しつめると宝満川の源流地点に到達する…。登山口から約1時間20分ぐらいだった。

 前は、宝満川源流と書かれた小さな表示板や、流れ出てくる源流の滴を飲むコップなどあったが、何れも消滅してしまいかっての面影はなかった。(近日中に甦らせたい)

裸の樹林帯の休憩斜面を登りあがると、山頂レーダードームに続くコンクリート舗装の車道に11時40分ごろ出た。(此処から下山しようと思ったら、木の枝につけられた標識が小さいので要注意)

 無味乾燥のコンクリート道を5分ほど登ると三郡縦走路に合流する。裏手のフェンス沿いの道を山頂に向かっていると、先月末に発掘仲間たちと登る予定だった福智山が筑豊平野の向こうに悠然と聳えていた。

 霜柱で凍りついた山頂への最後の上りを登り終える直前、目の前に現れたレーダードームの真ん丸な形がデカイ風船のように見えて思わずシャッターを切った…。

 山頂に11時47分到着…登山口から1時間40分だった。無人の山頂は北風が吹きぬけ地面はゴリゴリに凍りついていたが、真昼のお日様が照り渡っていたのでそう寒さは感じなかった…が、山頂標識の裏にある寒暖計をみるとー2℃を示していた…見た途端に寒さをブルブル。

 昼飯タイムだったが寒暖計を見て何処か風の当たらない場所まで下って…と、縦走路を宝満方向に向かい、天の泉の水場に降りた。此処から油須原へ下るコースに這入り、生まれたてのチョロチョロ水が流れる小沢の横を暫く下って行くと、陽溜まりで風あたりの無い場所に腰かけにバッチリの倒木があったのでザックを下しランチタイムにした。

 熱いテルモスのお湯でマグカップにコーヒーを作り、パンとクッキーの軽食…。カロリー補給して下山開始、冬木立の中の道は、時々道を失ったりしたが戻って再確認すると、小さなケルンや目印テープがあってスイスイ下り、10分ほどで頭巾山から来た道と合流した。

 概してこのコースは行き来する登山者が少ないので踏み跡も不鮮明で、途中一か所だけ(炭焼き窯跡あり)道を外し、直進したが引き返し様子を探ると左方向にケルンがあり、以後は宝満川源流コースに合流するまで大きな崩壊場所とかはなく順調に下れた。

 昼食場所から約20分で本コースと合流し、其処から10分足らずで谷・尾根道分岐を通過して、帰りは尾根道を下って登山口近くの林道に降りてきた…道端の枯色の中に蔓性植物の橙色した小さな実が生け花を見るようだった…。

 13時15分ごろ橋際に駐車した愛車の元に帰りつき山道具を仕舞って下山の途に着いた…久し振りの油須原コース…とても新鮮に感じられた。

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冬晴れの縦走路…
(昭和の森〜今屋敷コース〜砥石山〜三郡山〜頭巾山〜昭和の森)…(1/26)


週末に登山予定の福智山を望む(三郡山頂より)…

昭和の森(10.00)…内畑登山道入口(10.36)…今屋敷登山道入口(11.03)…砥石山(11.29)…三郡山.昼食(12.39~13.15)…
頭巾山(13.31)…昭和の森(14.25)

2010/1/26

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1月26日・・快晴

 朝は冷え込み、屋外に駐車している車のフロントガラスも白く凍りついていた…。そんな寒い朝、交差点で児童達の安全見守りは手が悴んで辛いが、子供たちの元気な笑顔と挨拶で吹っ飛んでしまう。

 最後の一人を見送り帰宅…おもむろに山行き準備。今回は、間に交通安全協会の旅行などが入り、16日の脊振山以来で10日振りの山行きとなった。

 そんな訳で自宅を出たのは9時半過ぎだった…何時も停める昭和の森の一番上の駐車場に着くと平日にも拘らず満車状態だった。この時期は、氷結した難所滝の見物の登山者が多いからだろう…。

 気温は2℃程で冷たいが、晴れ上がった青空から陽光が燦々と降り注ぎ寒さは感じなかった。10時ごろ駐車場を後に出発…今日は、砥石山〜三郡山〜頭巾山を辿る計画を立て、バンガロウ村の手前から左のコース(砥石山)の林道に這入った…沢を横切る橋を渡りながら頭上を振り仰ぐと、三郡山から頭巾山に続く稜線が青空をバックに連なり見えていた…。

 このコースの林道歩きは面白みに欠けるが、中高年の登山者にとっては負担が少なく、林道歩きの時間がウォーミングアップと思えば好都合かもしれない…。

 そんな林道歩きでも、ものの10分も歩くと汗ばんでくる。チョッキを脱ぎ、山シャツを脱ぎ…長袖のアンダーシャツだけになって霜柱の立つ道を登って行った。

 10時36分に、縦走路を経て前砥石山方面へ案内標識のある内畑登山道入り口を通過した…この林道は昨年7月の集中豪雨であちこちが崖崩れや路肩崩壊などがあり、歩行する分には差し支えないが車は通れない状態のままだ。

 日蔭では、路面を伝い流れる山水が朝の冷え込みで凍りつきアイスバーンになっている処もあった…山腹を回りながらつけられた林道を登ること一時間の11時02分に林道を横切って今屋敷へ下る登山道に出た。

 其処から50mほど林道を行った右手の切り通しに砥石山への標識がかかっている…長い林道歩きから自然林の山道に這入るとホッとする…落ち葉に埋まった柔かな山道の感触が心地よかった。

 樹林の隙間から見える若杉山や前砥石山への稜線が近くなると山頂は近い…昭和の森から約一時間半の11時29分に眺望のきかない砥石山山頂に着いた。

 ザックを下して一息ついていると、若杉山方面から一人の登山者が登って来られる。篠栗を8時半ごろ出て来られたそうで、会の例会山行きの偵察ですと汗をぬぐっておられた。

 お先にと挨拶して縦走路を南に向かって出発し、前砥石山との鞍部へ一旦下り登り返して振り返ると、青空の広がる向こうには砥石山のピークと、福博の市街地が広がり早春の気配さえ感じられた…。

 11時45分に前砥石山を通過、快適なトレッキングコースを鼻歌交じりに歩いて行くと、至る所にイノシシさんたちが餌を求めて耕した?跡が生々しく残っていた…。

 時々向こうからやってくる登山者と離合しながら12時02分に内畑コース分岐を通過…12時06分には欅谷Aコース分岐を右に見送り、登りあがった右手にある展望岩に上がると、レーダードームを乗せた三郡山が直ぐそこに見え、その右手には頭巾山がその特徴ある姿を見せていた。

 欅谷Bコース分岐を過ぎ、三郡山への登り斜面の道に這入ると、歩いていると寒さは感じないのだが山道には霜柱がキラキラとクリスタルガラスのように光り残っていて、冬の山である事を知らされた…。

山頂手前の見晴らしのいい場所に出て振り返ると今歩いてきた尾根が弧を描いて若杉山へ伸び、稜線を越える北風が汗ばんだ身体に気持ち良かった…最後の登り斜面を登りあがって12時39分に無人の三郡山々頂に着いた。

 山頂の一角に立って北東の方を見ると、今週末に発掘の山仲間と登る予定の福智山が筑豊平野の向こうにすっきりと背を伸ばしお出でを待っているかのようだった…。

 目を東に転ずると山の字の形をした英彦山が聳え、古処山から馬見山の向こうには御前〜釈迦岳の姿も見えていた…写真を撮っていると私年配の登山者が登って来られたので挨拶をすると、「あの尖った山はなんて云う名前でしょうか?」指差される方を見ると英彦山で、そう伝え、序に周囲に見える山の名前などを案内した。

 この方は正真正銘の博多っ子らしい言葉使いだったので伺うと、「呉服町の近所に居りましたが今は・・・・に居りますタイ」丁度、昼飯時間だったので仲良く石の上に座って弁当を食べながらお話すると、気が合うはず…!私と同じ丑年生まれの同級生だった。たった今お会いしたのに旧知の間柄のように打ち解けて話に花が咲いた。

 30分ほどゆっくり昼食し、山頂を後にし頭巾山へ向かって出発した。彼は、佛頂山から本導寺へ下られるので頭巾分岐までご一緒し、又、何処かの山でお会いしましょうとお別れした。

 頭巾山から昭和の森へ下って行く途中で意外な山仲間に追いつく…。何とU-BahnメンバーのT口さんとK上さんではないか!奇遇もいいとこ。お互いに顔を見合わせしばらく絶句した。

 これも山の神様の引き合わせだろう…呉越同舟、一年ぶりの再会に話を弾ませながら尾根道をあっという間に下って14時25分ごろ昭和の森の駐車場に帰って来た。彼等は、車を下の駐車場に止めているそうで此処でお別れした…

 今日は、三郡山頂の出会いといい、彼らとの久し振りの対面…で、何時もとは違う喜びを頂いた山歩きだった…。この何れもどちらかが少し時間がずれたり場所が違っていたら実現しなかったと思うと、改めて「山の神様」の配慮を感じた。

 山道具を仕舞い、車で下って行く途中、振り返ると車窓の向こうに真昼の月が砥石山の稜線に顔を覗かせ、今日の楽しい山行きを締め括ってくれた…。

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難所ケ滝の氷柱が待っていました!…
(頭巾尾根〜頭巾山〜難所ケ滝〜河原谷〜草ケ谷貯水池)…(1/10)


難所滝をバックに発掘登山愛好者の皆さん…

昭和の森(9.03)…頭巾山(10.59)…昼食(11.25~45)…難所ヶ滝(12.09~22)…河原谷…昭和の森(13.45)

2010/1/10

**黄色文字クリック⇒写真へ**


1月10日・・曇り

 発掘作業チームの山仲間のO津さんから電話で難所滝に行きませんか…?のお誘いを受け、昨日、息子たちと大船山に登って来たばかりで連ちゃん登山だったが、元旦の御来迎登山が一緒できなかった罪滅ぼしに二つ返事でお受けした。

 昭和の森に9時集合という事だったので10分ほど前に着くと、日曜日とあって凄い混雑ぶりで上の二つの駐車場は満車、下の方の駐車場も団体さんなどで大賑わいで、如何にこの時期の凍結した難所滝見物に大勢の登山者が押し寄せて来るかが分かる…。

 もう既に先着して待っておられた皆さんと合流した…メンバーは、O津さん、S森夫妻、M尾さん姉妹、N浦さん…と、私の7人だった。

 これだけ多くの登山者が河原谷から難所滝へ登って行けば、道中も行列となって混み合うだろうし、難所滝に登り着いても、猫の額のように狭い場所では満員電車の混雑状態となって、とても落ち着いて見物する事が難しいのではと考え、人混みが解消したお昼過ぎに着くようにと、頭巾尾根から頭巾山に登って下りに難所滝に立ち寄る事にしましょうと皆さんに提案した…。

 という事で9時過ぎに駐車場を後にバンガロウの立つ公園の中の林道を5分ほど登った所から右折し山道に這入った…這入って直ぐに補助ロープのつけてある急傾斜の道となるが、乗り越えた所に昨年まで宇美町が発掘調査をしていた正楽寺遺跡があるので立ち寄って行った。

 昨日の大船山登山は快晴無風の登山だったが、今日は一転曇り空…(昨年度、雨男のS森さんが、今年は晴れ男になりますよ…だったが)で、それを信じ期待しながら登って行った。

 今頃は、河原谷登山道は滝の氷見物の登山者で行列が出来ているだろうが、此処、頭巾尾根は我々だけの貸し切り状態だったので、他の登山者を気にすることなくマイペースでゆっくり登って行く事ができて良かった。

 途中、何度か小休止をしながら登って行くと枯色が目立つ中、紅一点、真っ赤な小さな実をつけたツルシキミが鮮やかだった…長い補助ロープが設けられている最後の胸突き八丁をクリアーし、登山道の両脇に寒さに凍てついた筑紫シャクナゲの群落地を越えると平坦になり、11時少し前に標高901mの頭巾山々頂に登りついた。

 記念の写真を撮って山頂を後にして下りかけると、仲間が、「友達の方が呼んでおられますよ…」に立ち止まって振り向くと、後からグループで登って来られた近所に住んでおられる山愛好家のSさんだった。一言二言挨拶を交わしお別れし、山頂を後に難所滝へと向かった。

 縦走路を宝満山方面へ這入ると次々と登山者と離合する…多分皆さん、難所滝のツララ見物の後に三郡山方面へ向かっておられるのだろう。

 縦走路の途中で寒くなって来たので、皆さん、登りで脱いでいた防寒具などを着用した…暫く行った所から縦走路をそれて右折し難所滝への道に這入り、尾根道の突き当たりで少し早かったが昼食タイムにした。

 女性群が一緒のときは何時もご馳走たっぷり…自分の弁当は持って来なくても良いほどで、今日は大食漢のU田さんが参加していなかったので持て余してしまったようだ…。食後に温かいコーヒーなどを頂きランチタイム終了、店じまいし目的地の難所滝へ出発した。

 急坂を立木などに掴まりながら下って行き、河原谷の源流がチョロチョロ流れ始める場所を通過して暫く下ると、樹林の木立の向こうの足元にお目当ての難所滝の大ツララが目に這入って来た…。

 アー良かった…この大ツララに出会う事が出来て…と、皆さん歓声を上げて大喜び!暖冬傾向の近頃だが、今季は、昨年末から凍り始めて今もこうしてがっちりと岩壁にしがみついて、登って来る登山者の期待に応えてくれている。

 思惑どおりに時差出勤ならぬ時差登山のおかげで、氷のカーテンの下は他に何人かの登山者だけで落ち着いて眺める事が出来て良かった。氷のカーテンをバックに記念写真を撮って下山開始…河原谷のゴロタ石の道を下って行った。

 昨年末にS藤さんと来た時、上の駐車場から草ケ谷貯水池経由の登山道が工事中の為に引き返し、下の駐車場付近から車で林道終点まで登ったが、その終点から少し下った沢の中に目をやると目を疑うような粗大ゴミが打ち捨てられていた…こんな山奥の沢の源流まで車で登ってきてこんなゴミを捨てるなんてとても信じられない…きっと此処の地理に明るい者の振る舞いだとしか思えない。

 この水系は宇美町の上水道の水源でもあるのでこのまま放置すると、次々に不逞の輩たちのゴミ捨て場になりかねないので早速、宇美町の関係部門に連絡をとっておこう。

 その場所から何時もだと杉の植林の中を下って草ケ谷貯水池の横を通る登山道を利用しているが、それがどんな工事で通行止めになっているのかを確認する意味もあったので、皆さんにヒョットしたら引き返さなくてはならないかもしれません…と断って、山道に這入った。

 スギ林を抜けて沢を渡って林道に出ると、直ぐその下の貯水池水取り入れ口付近に砂防堰堤を施工中で登山道(林道)は完全に断ち切られ通行不能となっていた。

 その区間は100mも無いので右側の植林の中に這入って迂回し、進むと工事現場の真上に出て林道に降りる事が出来たが、平日なら工事が有っているだろうから駄目かもしれない。

 公共工事のためとはいえ、この道は河原谷登山道のコースなのだから「ハイ工事です通行止めですよ」は生活道路ではないとはいえ無情であろう…せめて、う回路でも作ってしかるべきではないだろうか。

 草ケ谷貯水池の堰堤に立ち寄り、山歩きを終えてホッとした皆さんに水面に映る宝満山から頭巾山の眺めを紹介した…。シャクナゲ園の横を通って、まだマイカーでいっぱいの駐車場に13時45分ごろ帰着した…目的の氷のカーテンにも対面し、雨にも会わず登山終了。(S森さんが一番ホッとされただろう…) 皆さんお疲れ様でした。

☆…ゴミの不法投棄と登山道の二件については、宇美町役場の関係部署に連絡して善処方を申し入れました。…☆

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