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〜福岡近郊の登山者数NO1の宝満山へようこそ!〜

宝満山々系 『'08年度』

宝満山々系の概略図


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師走の山はポッカポカ!


欅谷(ツキタニ)Aコース〜三郡山〜頭巾山へ

2008/12/1

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12月1日・・快晴

 今日から師走!あっという間の一年が過ぎ去った…。

 山の移り変わりは百年一日の如く悠然と流れているが、娑婆世界の移り変わりの目まぐるしいこと…10年ひと昔では無く、5年もせずに時代の流れから取り残されてしまいそうだ…。

 「そんなに急いで何処へ行く」…少しぐらい時代に遅れてもいいからゴーイングマイウエイ。自分自身の時間を大切にし日一日を悔いの無いように迎え送りたいものだ。

 今朝は放射冷却のせいで冷え込み、通学路で見送る児童たちの吐く息が白かった。私が立っている交差点を通う約170人の児童たちの中には元気のいい子が何人かいて、先日まで5年生の仲良し三人組と三年生の女の子の4人が半そでシャツで頑張っていた。

 その三人組も今朝は流石に長袖のジャンバーなどを纏っていたが、三年生の女の子は今日も半そでシャツ一枚!「寒くない?」と野暮な質問するとニッコリ微笑み「うーん平気平気」…風邪でも引かねばいいがとこちらが心配する。

 そんな霜の朝の緑のおじさんを済ませ、久しぶりに妻同伴で山行き準備…
今日は元会社のOBのAさんが英彦山に行きませんか?と誘われていたのだが急用で行けなくなったそうで、それじゃー湧蓋山か渡神岳へ行こうかと妻に諮ると、「近頃あまり歩いていないので近場の山で良い」と仰るので通いなれた三郡山へ登ることにした。

 自宅から昭和の森の登山口まで約10キロ、車だと20分程度の距離だから一番手っ取り早いので、ついつい通う回数も多い。
昭和の森に9時20分ごろ着くと、月曜日だが快晴無風の絶好の登山日和に誘われてやって来た登山者の車が5〜6台も駐車していた。

 空はピンカーンに晴れ渡り朝の光が燦々と降り注いでいるのだが、気温は摂氏1度ほどで手や耳が冷たく、重ね着をし手袋まではめて9時半ごろ昭和の森を後にした。

 今日のコースは欅谷のAコースを登って、縦走路を三郡山から頭巾山へ向い頭巾尾根を下る予定だった…。林道を欅谷沿いに登って行くと、道の傍らには真っ赤な野イチゴの実が熟していた…。失敬して口に入れると甘酸っぱかった…。

 10分も歩いて行くと身体も温まってきたので山シャツを脱ぎ、手袋も外した。師走とは思えぬ太陽の光の中を登って行くと、銀色のススキが群青色した空をバックに逆光に光り輝くさまがとても印象的だった。

 欅谷Aコース、Bコース両方とも三郡山登山コースになっているが、Bコースの方が距離的には近いのでこちらを登り下りする人が多いが、5年前の水害以来かなり荒れているので降雨時の後などは要注意箇所もある。

 その点、Aコースは少し林道歩きの距離が長くなるが自然林の中の山道で登りやすく、老幼者には安全なお勧めコース?だ。
今日はその老幼者向けのAコースから登ることにした。A、Bコース分岐点から橋を渡ってから山道までの林道は、水害復旧工事が行われていないのであちらこちらで林道の傷みが激しく、又、大雨などがあれば遮断されそうな箇所がある。

 丁度10時頃、林道終点から涸れ沢の中を横切り山道に這入った。30分ほどの林道歩きの後の自然歩道はフカフカの落ち葉道で上り坂だが苦にならない…ハラハラと散り落ちる枯葉と冬鳥の囀りの中を登って10時34分に三郡〜若杉の縦走路に出た。

 縦走路は落ち葉の絨毯道!樹林越しに見える筑豊平野も師走とは思えないほどのんびりと広がり、福智山が茶褐色の山頂部分を見せて挨拶してくれた。

 標高が800メートルを過ぎたあたりから裸ん棒になった樹々が目につき始め、日陰の草には白く霜が残り、三郡山手前の凍てついた登り斜面には二〜三センチに伸びた霜柱が見事だった!

 妻が、霜柱を見るのは10月初めの北アルプスの三俣蓮華以来だねと感慨深そうに語りかけたので、今頃はどの位雪が積もっているだろう…なんて話ししながら11時10分ごろ、山頂標識の日当たり方面につけられた寒暖計は20度、日陰方面は4度の三郡山頂に着いた。

 南側の暖かい日差しの岩の上に座りこんで、有明海の向こうに見える雲仙岳や多良岳等を眺めながら、のんびりと日光浴を楽しみながらお昼にした…。冬のこの時期、こんなにのんびり小一時間も山頂で寛げるなんて何と有り難いことヨ!山の神様に感謝!

 霜解けの始まった山頂を12時少し前に立ち頭巾尾根方面へ出発した。九州自然歩道の案内看板の向こうには雲仙岳が頭に薄雲を載せ佇み、久住方面の山は雲の下だった…。

 天の泉を通り過ぎ縦走路から頭巾山の道へ入ると、枯れ色一色の中に、ミドリの葉っぱと真っ赤な実をつけたツルシキミが紅一点彩りをつけていた。その少し先で可愛らしいツルリンドウの赤い実を発見!枯れ葉の山でもこんな思わぬものに出会うと感激する…つやつや光る頭を撫でて「アリガトウ」

 頭巾尾根コースは途中水場もなく登り一方のきついコースだが、その殆どは自然林の中で落葉樹、常緑樹が蔽い茂っているので、このコースが好きな人も多い。そんな樹林の中を下って行くと、まだ散り残りの黄色や赤の紅葉が別れを惜しんでいた。

 昭和の森の駐車場に13時15分ごろ帰着し帰路に着いた…。

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史跡の山「四王寺山」へ


総合体育館 ⇒ 樹芸の森 ⇒ 雉尾コース ⇒ 土塁尾根道 ⇒ 焼米原 ⇒ 県民の森 ⇒ 毘沙門天 ⇒ 総合体育館

2008/11/26

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11月26日・・晴れ

 今日は12日に一緒した若手グループのリクエストで、総勢13人で四王寺山へ出かけた…(納会登山)

 四王寺山は我が大野城市の東に位置する山で、標高410mの大城山を最高点にした山塊の総称で、その昔、大宰府政庁を護る要塞の山でもあり、数々の遺跡群に接せられる山で、大野城市、太宰府市、宇美町各方面から遊歩道が多数あって、手軽に歩けるので訪れる人も多く憩いの場となっている。

 Oさんを世話人とするこの若手グループが山登りを始めたのは…これまで仕事以外でのコミニケーションと親睦を深めるために「飲み会」を定期的に行っていたそうだが、ただ集まって「飲む」より身体を動かし一汗かいて飲んだ方が美味しいちゃ無かろうか…!!から始まったらしく、いい心がけである!

 その中、この若手グループの中の何人かでも山登りの良さを体感し、ストレス解放と健康増進に役立ててもらえばこれに越したことはない…。

 JR大野城駅前に9時集合、二台の車に分乗して登山口の大野城総合体育館駐車場へ向かった。今日は、登山終了後、元太宰府簡保センター跡の「みかさの湯」で汗を流し17時頃から飲み会開始と聞き、それに合わせて周遊コースを考えた。

 同じルートを辿らずに出発点に戻って来られるルートで、且つ、主要ポイントを通過し、終了後の温泉タイムに待ち時間が無いように…と云う訳でいささか迷ったが、頭の中で大まかなコースを設定した。

 9時半ごろ駐車場を出発、しばらく車道を歩いて樹芸の森の遊歩道に這入った。緩やかな砂利道の遊歩道を上って行くとあちこちに今が盛りの紅葉が出迎えてくれた…そんな辺りの紅葉などを眺めながら歩いていると後ろからザッザッ…と足音が近づいたと思うと、脇をトレーニング中のランナーたちが息を弾ませ追い越して行った。

 15分ほど歩いて一旦さっきの車道に出て、そのまま暫く車道を歩き、大城から来た車道との合流点から沢伝いにつけられた遊歩道の階段を上り、東屋のある休憩所で衣服調整をして一息入れ、四王寺尾根の稜線へ向かう雉ヶ尾登山道に這入った。

 この山道は殆ど一直線に稜線を目指しているので距離は短いが結構きつい登りで、OBのAさんは「此処は水呑山の登りに似てきつかなー」と独りごちして息を弾ませていらっしゃった…

 然しこの登り道の斜面は拓けているので景色は良い…足元に広がる市街地が登るにつれ徐々に小さくなって視界も広がり気分がいい!途中、大文字焼の斜面で小休止。

 土塁をめぐらせた稜線の尾根道に出て右折、しばらく下った所にある展望台で眼下に広がる市街地を眺めた…今日は晴天だが煙霧がかかったように遠くの山はおろか油山も霞んでいた。

 休憩後、尾根道の遊歩道を南に向かっていると、時々向こうからやって来る人たちと離合する。きっと思っておられるだろう…この人たちは何者だろう?と。だって、三郡縦走ならいざ知らず、こんな年寄り向きの低山を13人もの野郎たちが登山姿に身を固め、列を作ってやって来るのだから!

 展望所のあるピークでショートブレイク。尾根道の遊歩道をどんどん行くと時間が余るので、「けいさしの井」などの遺跡などを見学(博識のOBのAさんが皆に四王寺山の由来などを解説してくれた)したり、あっちこっちに寄り道しながら快適な遊歩道を歩き、11時15分ごろ鏡池のある増長天礎石群の広場に着いた。

 車道を横切り、焼米ヶ原と呼ばれる太宰府から筑後方面が見渡せる山頂広場に出て11時半とお昼には早かったが思い思いの場所に陣取って昼飯をぱくついた。

 昼食後、県民の森の子供の国広場に降りて行くと、私がこの秋見たモミジたちの中でいちばん綺麗だと(久住の紅葉も綺麗だった…佛頂山の紅葉も綺麗だったが)感じた。その綺麗なモミジの下で記念撮影!

 県民の森からもう一度来た道を戻れと言われても戻れないと思う程、迷走コースをあっちこっちに辿って本日のピリオド「毘沙門天」に13時ごろ到着、お賽銭を上げ鈴を鳴らして山の安全や諸々のお祈りした。

 神社横にある四王寺山最高点の大城山標識の前で記念写真を撮り下山開始、14時頃、同じコースを一度も通らずに出発点の総合体育館駐車場に戻って来た。




欅谷(ツキタニ)Bコース〜三郡山〜頭巾山へ


昭和の森 ⇒ 欅谷Bコース ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 頭巾山(901m) ⇒ 昭和の森

2008/11/20

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11月20日・・晴れ

 気象予報ばっちり的中…!先週の初め、テレビの週間予報で来週はすごく寒くなります…だったがズバリで、昨日から平地でも小雪が舞い、テレビではあちらこちらの山の初冠雪のニュースを告げていた。福岡では11月中旬の初雪は気象統計が始まって4番目の早さだったそうだ。

 雪の知らせを受けて気もそぞろ…交差点で児童たちを見送り、山行き準備。9時ごろ自宅を出て昭和の森へ車を走らせた。

 昭和の森の駐車場には平日だったが5台のマイカーが駐車していた…私だけでは無かった!「山に雪」と聞いておっとり刀で駆けつけるのは。お山を見上げると、5合目付近からうっすらと白く雪化粧をして朝日に輝いていた。

 車から降りて準備していると、私と殆ど同時に着いた夫婦連れの御主人が、宝満山方面を指さして「物の本では紅葉が綺麗だと書いてありましたがどうでしょうかね…」尋ねられる。先週、登った時はとても綺麗でしたが、この二〜三日の寒波で少しは散ってしまったかも知れませんが、まだ散り残りの紅葉が楽しめるのでは…と、お答えすると「どうも有難うございます。では、うさぎ道から宝満山へ登って来ます」と、奥さんと二人で河原谷方面へ登って行かれた。

 私は雪見に、彼等はモミジ見に…秋冬同居の暖国九州ならではだ。サテどのコースから登ろうかな?と暫し考え、先週登った欅谷Bコースから三郡山へ登り頭巾尾根を下って来ようと決め、昭和の森駐車場を後にしてバンガローの付近まで来て、カメラを車の中に置いてきたことを思い出しUターンして取りに戻った。

 どーも近頃、物忘れがひどくなって来たようで困ったものだ!…先日、岳麗寺から大船山に登った時は登山終了後、登山口の駐車場に登山靴を忘れた。(この時は同行の仲間が持って来てくれたが)体力の方は何とか現状維持を辛うじて保っているが、おつむの方は着々と老化(注意力散漫)しているようで、再確認の励行を…と考えさせられた。トホホ…!

 愛用のカメラを肩に再出発、9時32分だった。昨日までの季節風も収まり気温は低かったが寒さはそう感じなかった…林道から山道に入る前に暖かくなり、汗が出る前に山シャツを脱いでザックにくくりつけた。

 山道に這入り10分ほど登ると道の両端にはうっすらと新雪が積もっていた!登るにつれ積雪も増え、やがて雪の上を歩いて行くようになった…。

 サックサックと白銀の処女雪を踏みしめて登る感触は何とも言えない!木の株に積った雪の中に指を差し込んで計ってみると、第二関節まで這入りこんだので約3〜4センチの新雪だった。

 上の方を掬って口に頬張ると、じわーっと口中に広がっていく「新雪の味覚?」が伯耆大山を思い出させた!そんな遊び事をしながらぐんぐん登って10時35分ごろ最後の水場である沢の渡渉点に出た。

 滑りやすい岩場の上を用心しながら亘って水を飲みに行くと、可愛らしいツララがキラキラと光っていた。冷たい水を掌に汲んで喉を潤し汗をぬぐった。

 水場から植林の中の道へ入る前の見晴らしのいい場所から振り返ると、先週は、鹿の子模様だった頭巾山の斜面が変身し、今日はうっすらと雪化粧して寒そうに朝日に光っていた…

 植林の中の階段道を登り上がり、10時49分に若杉〜宝満縦走路に出た。縦走路の銀色のトレイルは小動物の足跡のみで、誰も歩いた足跡が無かった。嬉しいですね!たった少ししか積もっていないが誰も歩いていない処女雪の上を一番乗りに歩くのは!

 時々、木の枝に積もった雪が風に舞い、陽光にキラキラとダイヤモンドのように光りながら降るさまは何に例えようもない…。そのスノーシャワーを浴びながら10時59分に無人の三郡山々頂に着いた。

 頂上標識の標柱につけられた寒暖計を見ると摂氏2度ぐらいだったが陽光が燦々と降り注いでいたので寒さは感じなかった。眺望は先週のようにはいかなかったが、脊振山系の山々は鈍く雪化粧をして連なり、雲仙や多良岳などがそこに見る事が出来た。

 頂上滞在2分!山頂を後にして、後ろ側のフェンスの横を雪で滑らないようにトラバースして縦走路に出て「天の泉」に立ち寄り銘水をタンクに頂いた。凍っていないかと心配したが5分ほどかかって3リッタータンクを満タンにし、備え置きのコップで喉を潤した…

 水場の周囲の雪の上には真っ赤なモミジの葉が点々と散らばり、とっても綺麗だった!モミジさんにしてみればまさか雪の上に舞い落ちるとは予想外だったろうが、最後の華を飾るにはうってつけの舞台になったのでは!…と、天の采配に感謝した。

 水を汲んで縦走路に戻ろうとしていると宝満方面からの縦走者に出会った…お互いに「紅葉と雪景色」の山を褒め合って右左にお別れした。ちょこんと雪坊主をのせた案内板に見送られ、縦走路から頭巾山方面へ這入るとツルシキミの真っ赤な実が白い雪の中に浮き上がっていた…丁度11時半ごろ見通しの利かない山頂に着いた。雪をかぶった山頂標識を掘り出し石の上に置きワンショット…そのまま山頂を後に積雪と木の根で滑りやすい急傾斜の頭巾尾根を一気に下った。

 今季最初の雪山ウーキングに晴々とした気持になり、灰田勝彦の「新雪」ムラーサーキ〜ケムール♪シンーセツノ…♪〜を思わず知らずに口ずさみながら、お昼ごはん前の12時15分ごろには昭和の森の駐車場に帰って来た…2時間45分の愉しい雪山巡りでした!! 

  



欅谷(ツキタニ)Bコース〜三郡山〜佛頂山〜宝満山へ


昭和の森 ⇒ 欅谷Bコース ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 佛頂山(869m) ⇒ 宝満山(829m) ⇒ 昭和の森

2008/11/12

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11月12日・・快 晴

 暦の上では初冬を迎え、高い山や北国の方ではもう紅葉も散り終え…らしくなってきたが、まだまだ下界や、標高の低い九州の山々はこれから晩秋を飾る紅葉の季節を迎える。

 そんな晩秋を迎えた近郊の山へ紅葉を訪ね、先月末の大船山登山メンバーや山仲間の総勢11名で賑やかに紅葉の山を楽しんできた…。

 昭和の森駐車場に8時半集合、同40分ごろ出発した。天気は絶好の登山日和!抜けるような秋空のもと、ひんやりと冷たい朝の清々しい空気が満ちた落ち葉の林道を登り三郡山を目指した。

 メンバーの年齢は30代バリバリの青年衆が6人、50代が2人、60〜70代が3人の野郎ばかりの集団で花が無かった!青年衆の一人、巨漢のSさんは8月の宝満山登山で酸素カートリッジの助けを借り、何とか山頂に辿り着いた苦い経験から一念発起、近所の天拝山でシェープアップに努め、「リベンジ宝満山」の今日だった。

 9時20分ごろ林道から山道に這入り、欅谷(ツキタニ)沿いの道を登って行くと、緑の常緑樹の中の赤や黄色の紅葉が目を楽しませてくれた…。青年たちは普通のペースで登っているのだが、OBのお二人さんは「若手は早い、俺たちゃマイペースで登るが、リベンジS君は調子がいいな〜」「やっぱり若いけんねー…」等とぼやきながら息を整え整え登っていらっしゃった。

 リベンジSさんの模様が気がかりだったので、OBお二人さんと別れ後を追うと息を弾ませ休憩しているSさんに追いついた。「少し足がつり気味になったので休んでいます」だったが、私が、周囲のモミジの写真を撮っている間に大きな山靴でノッシノッシと先行のメンバーを追って見えなくなった。やはり、天拝山トレーニングの効果発揮というところだ!

 最後の水場の沢で小休止し青年たちは先行出発…私は、モミジなどの写真撮影しながら遅れているOBお二人さんを待った。谷の向こうには、朝の斜光に鹿の子模様の頭巾山(トッキンヤマ)が浮かび上がっていた。

 5分ほど待っていると何やらお話ししながら登って来る二人の姿が見えてきた。話題は、「年金」。私が冗談に、山に来てまで下界の話をしないで、辺りの景色などを見ながら山のお話でもして楽しみましょうャ…と云うと、「ハハハハ…そおぅやなー」と大笑いだった。

 木の階段道を登り切ると稜線の縦走路で、此処で皆さん我々を待っていてくれた…と思いきや、さにあらず!ガマンのNさんが、「三郡山はこっちですね」と反対方向を指し示された。オーノー!そっちは若杉山方面バイ…と云うと、Nさん曰く「バッテンこの表示板は左が三郡山と書いてあるバイ」見ると、[三郡山〜宝満山」と書かれた右方向を示した案内だったが、Nさんは[三郡山〜宝満山]の「〜」の所に出たと思い、左が三郡方面だと勘違いされたのだ。

 しょっちゅう来ている者ならそういう間違いはないが、始めて来た者にとってはまぎわらしいかも知れない。製作者と利用者の目線の相違だが、本来、指導標などは常時来ている者は不必要で、(所謂、里山では)見もしないで登っているが、始めてそういう分岐箇所に差し掛かった登山者には「指導標」が頼りになるから、(本来なら地図を読みながら登るのが基本)始めての登山者の目線で制作する親切心が必要だろう。私にもいい勉強になりました。

 Nさん大笑いしながら、アー良かった若杉山に行くとこやった…で一件落着し、縦走路を10分ほど歩き10時半ごろ無人の三郡山頂に登りついた。近頃、温暖化現象のせいか晴天でも遠くの方はスモッグのようにぼやけ、中々、遠方の山の姿が見えなかったが、今日は視界100km以上!濃紺の青空の下、鹿の子模様に化粧した宝満山の向こうに雲仙普賢岳や多良岳、遠く九重連山の山々や、古処山〜屏山〜馬見山から英彦山が直ぐそこに手に取るように眺める事が出来た。

 こんな素敵な日は滅多にない…あんたたちゃーラッキーですばい!暫く周囲の景観を楽しんでいると、誰かが飯にするな?だったが、あまり早かったので12時まで歩いてからにしようになって、10時55分ごろ山頂を後に縦走路を宝満方面へ向かった。

 天の泉で、OBのAさんが少し水を貰って来ますと水場に立ち寄り、落ち葉の絨毯道を踏みしめて縦走路を歩き、途中、展望岩の横の真っ赤な紅葉につられ休憩し、岩の上に登って振り返ると三郡山のレーダードームが直ぐそこに見えていた。

 河原谷分岐に一旦下り、登り返して長崎鼻の岩場で飯にしようと思ったが、若手のOさんたちが折角ここまで来たから宝満山頂まで行きましょう…で、佛頂山を越えてうさぎ道分岐に来ると、これは見事な紅葉が青空をバックに照り映えていた…

 鎖場を登って、12時01分に強風の吹きまくる山頂上宮の立つ花崗岩の山頂に着いた。山頂南側の断崖に立つと、今夏、リニューアルされて、バイオトイレが導入されたキャンプセンターの赤い三角屋根が直ぐ足元に見えていた。

 三郡山でも見えた雲仙普賢岳が愈々近くに感じられ、脊振山系の山並みが長々と西に延び、市街地のマッチ箱のような家々が山懐まで攻め入っている景色を眺めながら、日は燦々と照っていたが、吹き付ける風が寒かったので夫々風の当たらない場所に移ってお昼にした。

 次々に登って来る登山者も、風の冷たさに早々に山頂を後にキャンプセンターなどに退散していた。我々も記念の集合写真を撮って12時50分ごろ山頂を後に下山開始した。

 鎖場を降りたところで正装の山伏修験僧に出会った。暫く案内表示板を見てあったが縦走路を三郡方面へ消えていかれた…我々もその後を追うようにうさぎ道分岐に引き返していると、先ほどの山伏さんが、うさぎ道分岐の四辻に立ち止まって思案中だったので、佛頂山へお参りでしょうか?と尋ねると「ハイそうです」だったので、こちらの道を行けばすぐそこですよ…案内すると、礼を云って佛頂山方面への道を登って行かれた。

 此処、宝満山や英彦山はその昔、山岳宗教の修験の山だったが、こうして山伏の格好をされた修験僧には滅多に出会わなくなった。別れて、うさぎ道を少し下った所で、佛頂山に着いた山伏さんの吹きならすホラ貝の音が「ブオー…ブオー」と山の空気を震わせるように鳴り響いてきた。

 うさぎ道から河原谷へ合流し愉しかった秋山の一日の余韻に浸りながら、山頂の寒さはどこへやら小春日和の山道を下り、14時頃、鹿の子模様にドレスアップした、三郡山から宝満山の山並みを仰ぎ見る展望場所の貯水ダムの堰堤でお山にお別れし、14時10分過ぎに昭和の森の駐車場に戻りついた。

 今日は、OBのお二方にすると宝満山は予定外のコースで少しお疲れでしたが、リベンジSさんも見事踏破され汚名挽回で、次回からの山歩きに自信を持たれたのでは…と喜んでいます。お疲れさまでした!




欅谷(ツキタニ)Bコース〜ススキの三郡山〜河原谷へ


昭和の森 ⇒ 欅谷Bコース ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 頭巾山サイド ⇒ 河原谷 ⇒ 昭和の森

2008/10/14

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10月14日・・晴れ

 今日の登山は、昭和の森から宝満山へ登りたいと云う、元職場のAさんのリクェストで、彼のゴルフ仲間や知人さんたち合わせて5人と私の計6人が、昭和の森の駐車場に9時半ごろ集合した。

 駐車場でAさんたちと相談し、宝満山には登ったことがあるのなら、三郡山に登ってみませんか?…で、行先決定。欅谷(ツキタニ)Bコースを登って三郡山へ案内した。

 メンバーは、Aさんとその仲間のKさん、Hさん、Xさんと女性のTさんの5人で、Hさんは屋久島とか、大崩山なんかにも一人で登った事がある経験者だったが、後の3人はAさんに誘われて参加した初心者だった

 と云う訳で、スローペースで昭和の森から林道を欅谷(ツキタニ)Bコースは向かって歩き始め、諸車通行止めのチェーンが張ってある所から少し登った所で、体長10センチほどの蛇の赤ちゃん発見!Hさんが、これは、○×…という毒蛇の子供のごたーですね、だった。

 お天気の方は曇り空だったが、午後からは良くなるらしく西の方から青空も見え始めていた。林道終点付近の阿屋で衣服調整の小休止をし10時20分ごろ山道に這入った。

 山道の際には、秋の草花の、ガンクビソウ、アキノキリンソウ、オオマルバノテンニンソウ等がちらほら咲き残り、ツルシキミの真っ赤な小さな実が緑の葉の影から顔をのぞかせていた…。

 少し山道がきつくなって来たころ、Aさんがそろそろ休憩しまっしょうか!と息を弾ませていたが、もう少し登った所に美味しい沢の水が流れる休憩場所がありますからと頑張ってもらい、10時50分ごろ休憩場所に着き小休止をした。沢の水をマグカップに汲んで皆さんに飲んで頂くと、ワー美味しい!と喉をうるおしていた。

 小休止後出発し、植林の中の階段を登って11時半ごろ、尾根道の縦走路に出た。一服して落ち葉の縦走路を辿り、11時45分ごろススキの穂が揺れる標高936mの三郡山頂に着いた。

 周囲の展望はやっと英彦山、福智山、古処山〜馬見山、脊振山などが辛うじて見えるくらいで、始めて登って来た5人の皆さんには残念だったが、又の楽しみにという事にして、ススキの揺れる山頂広場で愉しい食事にした。

 12時25分ごろ山頂を後に下山開始…縦走路を宝満山方面へ向かった。途中「天の泉」に立ち寄り、銘水をタンクに頂き、頭巾山の横を通り過ぎ、少し黄色に染まり始めたブナなどの落葉樹の下の縦走路をのんびり辿って、難所滝方面への道に這入り、急坂を下って難所滝の前に出た。

 来年、旧正月前後の寒がしまる頃には見事に凍結し「氷のカーテン」が出来るから、楽しみにしててください…その時は連絡しますからと皆さんに約束して、難所滝を後に、河原谷(ゴウラタニ)の足場の不安定なガレ場を下り、14時40分ごろ宇美町の貯水池ダムサイトに着いた。

 この頃には、天気予報通りに真っ青な秋の空が広がり、ダムの堰堤の上から山を振り仰ぐと、少し秋の気配を見せ始めた佛頂山から三郡山への稜線が「お疲れ様でした」…と、初心者登山一行をねぎらっている様だった。

 あまり、気持ちのいい場所なので此処で一休みしようと云う事になり、Aさんがコンロを取り出してお湯を沸かしコーヒータイムとなった。やっと、お湯が沸いてサー、コーヒーをと云うところでXさんが携帯鍋をひっくり返し、一同、唖然とした後に大笑い!然し、Aさん動ぜず「よかよか、また沸かしゃ良か…」と、再度お湯を沸かし皆さんにサービス。今度こそ美味しいコーヒーを頂きました!

 15時過ぎに昭和の森の駐車場に帰り着いた。皆さん、秋の山の一日、如何でしたでしょうか?きつかった三郡山への登りも自分の体力確認になったのではと思います…。これを機に山歩きに挑戦して下さい。




内ケ畑コースから若杉山往復へ


昭和の森 ⇔ 内ケ畑コース ⇔ 前砥石山 ⇔ 砥石山 ⇔ 鬼岩谷山 ⇔ しょうけ越え ⇔ 若杉山

2008/9/8

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9月8日・・くもり⇒晴れ

 U-bahnクラブの、北アルプス山行きもあと三週間になり、最後の調整トレーニングを宝満山系でおこなった。参加者は、リーダーのガマンのNさん、ゴンちゃんこと・Gさん、巨体のHさんと私の四人だった。

 勤務明けのNさんに合わせ昭和の森の登山口に8時頃集合した。Hサンは、おニューの登山靴に山ズボン…!北アルプス登山に向け着々と前準備が進んでいるようだ。

 Hさんが所用のため、16時ぐらいまでには登山口に戻ってきたいという事で、三郡縦走を半分に縮め、内ケ畑コースを登り縦走路に出て、前砥石から若杉山を往復するミニ三郡縦走を行った。

 昭和の森を出発する頃は稜線付近はガスに覆われていたが、上空はよく晴れていたので雨の心配はなさそうだった。 コンクリート舗装のコンクリート舗装の林道を登って行くと、8月の後半は雨の日が多かったせいか林道脇には色とりどりの花が咲いていて、先日登った、磐梯山や安達太良山より花の数が多かった。

 背の高い黄色の待宵草、ピンクの色も鮮やかなイヨフウロとキミズヒキの花が、朝の風に揺れ、紫色した蔓草の花が今を盛りと元気よく咲き、河原の中には白に紫色のがびっしり枝を覆って咲いていた。

 そんな秋の草花たちに出迎えられ登って行くうちに、山の稜線のガスも消えていき真っ青な秋の空が広がって絶好の登山日和になって来た。登山口から30分ほどで林道から山道に這入る分岐点に着いた。

いきなりロープにつかまって登る急坂を上りあがると、後は、植林の中の緩やか道を尾根に向かってに登って行く。その登りの中間点ぐらいでHさんが立ち止まり、マメが出来そうですので一寸待って下さいと…腰を下ろしてバンドエイドを取り出し応急手当。何しろ今日が卸したてのおニューの靴(サイズは28,5)だから無理もない。履きならすしかないですね!

 応急手当がすんで、枯れ葉のうず高く積った山道を踏みしめ、9時35分ごろ尾根道の縦走路に出た。尾根に出ると、秋の匂いを運んで来る爽やかな風が、縦走路の木々の梢を騒がせて吹きわたり、ハラハラと黄色の枯葉を散らしていた…。

 小休止後、縦走路を北へ向かって出発した。小さなピークを上り下りして行く道の両側に深さが5〜60センチの大きな穴があちこちに掘られていた。山の暴れん坊のイノシシ君たちがヤマイモや食用の木の根・ミミズなどを鋭い嗅覚と本能で探り当て、掘り散らかしていたのだ…。

 縦走路の下草の茂みにはキバナアキギリやミズヒキ、等が点々と咲き、ヤマジノホトトギスの花が特徴ある花弁を見せて咲いていた。オミナエシの花が咲く前砥石山(805m)を10時5分ごろ通過、一旦下って急坂を登れば視界の利かない砥石山山頂(826m)で、10時23分ぐらいだった。

 砥石山を10時30分ごろ出て、気持ちの良い風に吹かれて縦走路を辿り丁度11時頃、鬼岩谷山(774m)に着いた。此処で、Hさんが腹具合が本調子では無いらしく、オオキジを撃ちに木の茂みに這入って行った…。難産らしく中々戻ってこず心配していると、のっそりと帰って来て冴えない顔で、この頃から風邪をこじらせて調子がずーっとおかしいのです…。と、きつそうだった。

 鬼岩谷山の草むらには赤、黄、青、紫色の小さな草花たちが咲いていた。紫色はヤブラン、黄色はキミズヒキ、赤色はイヨフウロ…Hさんがキジウチから帰って来るまでゆっくりと花の写真を撮ることが出来た…。

 15分ぐらい休憩して鬼岩谷山を出て、調子の上がらないHさんを先頭にしょうけ越しに下って行った。やがてしょうけ越しの峠を越える車の走行音が聞こえてくるようになり、11時50分ごろ、この三郡縦走路で一番高さの低いショウケ越しの車道を跨ぐ取り付け橋を渡ると、壊れかかった山小屋の横に出る。

 山小屋を横目に杉の植林の中の道を登っていると、Hさんがため息をついて杉の切り株に腰を下ろし、ちょっと休ませて下さいと気分が悪そうだったので、体調が悪いのに無理してはいけないので、それじゃ、私たち三人は若杉山まで行って来るので此処で待つか、三郡方面へ引き返して下さい…と別れ、若杉山を目指した。Hさんと別れて、Gさんがトップになりスピードアップ!途中で花の写真を撮ろうと思ったが置いてけぼりをくらいそうだったので後を追った。

 若杉鼻の展望台に12時30分に着いて、昼飯時だったが兎に角山頂まで行ってからと一息入れて出発。12時38分に若杉山山頂に着き、そのままUターンして往路を下って行き、風の吹き抜ける岩場で遅い昼飯を頂いた…。例によってGさんがアイスをプレゼント!してくれた。

 20分ほどの昼食タイムで出発、往路に写真に撮ろうと思った撮れなかった(ゴンちゃんが飛ばしたので!)ツリフネソウの写真を撮った。此の辺一帯はツリフネソウが群生して咲いているがこんなにかたまって尾根筋に咲いているのは珍しい…。

 13時35分頃、しょうけ越しの橋を渡り、暫く行ったススキ原に、往路には気がつかなかった黄色のユリに似た花が咲いていた。(帰宅してインターネットで調べるとユウスゲの花に似ていた) 写真を撮って、砥石山まで一気に300メートルの登りに気合いを入れなおしてとり付いた。

 快調に飛ばし鬼岩谷山で小休止し、砥石山に向かっていると途中でHさんに追いつき合流した。砥石山を14時30分に通過、15時7分に今朝登って来た内ケ畑コース分岐に帰って来て、私の予定では三郡から頭巾尾根を経て下るつもりだったが、Hさんの所用もあるので此処から往路を下り、15時45分ごろ林道に出て、後はのんびりと林道を下って昭和の森に16時20分ごろ帰って来た。

 朝出る時はガスの中に隠れていた頭巾山と三郡山が、群青色の秋の空の下に姿を見せていた。     




河原谷から前砥石山へ


昭和の森 ⇒ 河原谷(ゴウラタニ) ⇒ 頭巾山 ⇒ 三郡山 ⇒ 前砥石山 ⇔ 内ヶ畑分岐 ⇒ 昭和の森

2008/8/18

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8月18日・・くもり(山はガス)

 明日、U-Bahnの仲間たちと行う、北ア登山訓練の予行練習に妻と早朝から昭和の森へ向かった。昭和の森の一番上の駐車場は、昨年までは夏休み期間中、キャンパー以外は這入れなかったが、今年から解放されたので這入れることが出来、嬉しい。

 昨日の天気予報では今日はバッチリ「晴れマーク」だったが、どうも外れらしく山はガスに包まれ、先ほどまでは雨さえ降っていたのでその対策をして、6時45分ごろ出発した。

 貯水池の方へ向かっていると、公園に幕営していた青年がテントを片付けていた。バイクが停めてあったのでナンバーを見ると、和歌山ナンバーだったので挨拶をして、和歌山からツーリングですか?と尋ねると、「実家は和歌山ですが、現在は長野に居て、山をやっています…」と応え、胸に穂高のイニシヤル入りのTシャツを指し示めされた…

 昔は山登りをする者は殆ど若い連中ばかりだったが、現在では、厳冬期の登攀やバリエーションルートを除いて、若い登山者はほんの一握りで、どの山も中高年の花盛りで時代の流れとはいえ淋しいし残念だ…。 そんな中、こうして逞しい青年登山者に出会ったことが嬉しかった。暫くお話しし、この後のツーリング登山気をつけて楽しんでくださいとお別れした。

 今朝がたまでの雨で、沢を横切る個所の飛び石が水の下に隠れていたので上の方まで迂回して渡り、杉の植林の中の道に這入り登って行った。谷間の道は風が通らず湿度が高いせいもあって、噴き出す汗の量が多いので水分を補給すると、直ぐさま汗になって全身から汗が吹き出し気分が悪くなった。

 うさぎ道別れを通り過ぎ、少し登った所の大きな岩を渡って渡渉する沢も水量豊富になって、音をたて飛沫を散らして流れ下っていた…。その冷たい沢水を両手で掬い、顔を洗い喉を潤しオーバーヒートしたエンジンを冷やして一息入れた。

 涼しい別天地の水場から、谷間の中の岩ゴロゴロの中の急坂を登り、難所滝分岐を過ぎて暫く行った最後の水場で冷たい山水を3リッター補給し縦走に備えた。

 薄暗いガスの立ち込める最後の急坂を何とか登り切り、尾根道の縦走路に8時25分ごろ出た。こんなに調子が出なかった事は近頃覚えがないくらいで、西山〜犬鳴山縦走登山の際、Rさんが熱中症?から足がつってダウンされたことが頭によぎり、この先、縦走出来るか不安だったが、尾根道に出ると西からの涼しい風が吹き抜けて気分も良くなり体調復活し安心した。

 縦走路は一面の濃いガスの中で、全ての風物がボンヤリと霧幻の世界に佇み、いつも歩く縦走路も今日は全く別の山を歩いているようだった…。この深い霧の中、聞こえるのは風の音と、後ろから連いてくる妻の山靴の音のみ…何時も美しいメロディを奏でる小鳥さんたちの声も聞こえなかった。

 河原谷の登りのあのきつさは何だったのだろう…やはり、気温が高いだけが熱中症の症状になるのでは無く、熱中症はあの、湿度の高い無風状態の谷間の中で身体の中の微妙なバランスが崩れて引き起こしたのだろう…。その証拠に、この涼しい風が吹き抜ける稜線に出ると、心身ともにリラックスし快調なピッチを取り戻すことが出来たのだから…。

 てな訳で霧の縦走路を北に快調に飛ばし、頭巾山サイドを通り越し「天の泉」の水場も素通りし、8時50分ごろ、すぐ横に立っているレーダードームも見えない三郡山々頂に着いた。ヒューヒューと音を立てて吹き抜ける風が、びっしょり濡れたTシャツの背中に当たり寒いようだったので、妻に、山頂標識の裏の寒暖計は何度か見てごらんと言うと。「21度です」だった。家の冷房設定温度より6度も低く、この強風だから寒く感じてもおかしくなかった…。

 ガスの山頂に滞在3分でお別れし縦走路を北へ…下って行った。欅谷Bコース分岐を見送り、小さなピークを上り下りしながら高度が800メートルを下回って来ると、ガスも少しは薄くなったりして薄日が見えたりしてきた。多分、下界は晴れているのかも…。

 縦走路の道の両側には、猪さんが、掘ったばかりと思われる生々しい大きな穴があっちこっちに点在し、ひょっとしたら、すぐ横のやぶに息を潜めて隠れているのかも…と思ったりした。群青色したヒヨコグサ?の花、紫色のヤマハッカの花や可愛らしいヤマホトトギスの花が霧の露をつけ、秋は直ぐそこですよと!知らせてくれた。

 欅谷Aコースを過ぎ、少し登ると小さなミニベンチ?がある内ヶ畑分岐で、9時40分ごろ通過して、10時頃、黄色のオミナエシの咲く前砥石山々頂(805m)に着いた。ミニベンチに腰を下ろしクッキーと梨のおやつを食べていると、いきなり霧の中から人影が現れ「Kさんじゃないですか!」にびっくり…。元の会社の山仲間のA氏で、「朝、一番電車で篠栗に行き、若杉山から砥石山を越えてきました」と元気いっぱいだった。お互いに奇遇を喜び、「また何処かの山でお会いしましょう」と縦走路を宝満山へ向って行かれた。

 おやつを終えて我々も山頂を後に下山開始した。まだ時間も早かったので若杉山まで行っても良かったが、今日は、明日の三郡往復縦走に備えて予備訓練だったので縦走路を戻って、内ヶ畑分岐から支尾根の道を下り、昭和の森方面へ10分ぐらい下っていると、枯れ葉の山道の真ん中に、1メートルを超える蛇が10センチほど鎌首をもたげとぐろを巻いて、飛びかかろうとする態勢で威嚇する…。頭は三角形でコブラを思わせる姿は不気味で二メートルほど距離をあけ、傘の先で枯れ葉をかけると向かってきた!

 こんな蛇、今まで見た事は無い。マムシは兎も角、普通の蛇は足音でゴソゴソ退散するが人間様に刃向うとはとんでもない奴だ!逃げないので石か何かで追い払おうとするが、枯れ葉ばかりで獲物が無かったので木の枝で追い払おうと振り返ると、敵もさる者!殺気を感じたのかジャンプして道の横の藪に姿を消した…オーマイゴッド!

 肝を冷やした山道を下り、10時50分ごろ林道に出た。やはり、下界は陽が照り、山のガスが嘘のように明るかった。舗装された林道を下って行くと川べりに、黄色の月見草のような花があっちこっちに咲き、水量を増した砂防ダムを越して落下する水がミニナイアガラの滝のようで涼しげだった。

 昭和の森のバンガローが見えてくるころ、足もとにピンク色も美しいイヨフウロが二輪、顔を寄せ合って咲き、宝満山は、身体半分雲の中に隠くして見えなかった…。
 11時半過ぎに昭和の森の駐車場に帰り着いた…。約6時間の予備訓練登山は、バテバテだった河原谷の登りと、嘘のように快調だった縦走路といい経験だった。




U-Bahnクラブの仲間と西山〜犬鳴山往復縦走8時間!


西山本谷登山口 ⇔こもの峠 ⇔ 鹿見岐 ⇔ 椿峠 ⇔ 山火事跡 ⇔ 猪野越 ⇔ 犬鳴山

2008/8/8

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8月8日・・晴れのち雷雨

 シャッカ…シャッカ…シャッカ…♪〜♪と小気味よい音を響かせ、氷が削られお皿の上に真っ白な冷たいアイスの誕生!
「場所・犬鳴山々頂」「時・8月8日12時25分」「気温・3?度」「メニュー・かき氷」「コック担当・Mさん&Sさん」…

 JR福間駅前に8時集合。6人のU-Bahnと5人のサブU-Bahnの山仲間11人が薦野集落を抜けた西山登山口に集結し、西山〜犬鳴山の往復縦走を試みた。私はこの山塊の西山には数年前登ったことがあったが、犬鳴山への縦走路は初めてで、ほんのハイキング気分で参加した…が、ところがどっこい!小さなピークの上り下りが連続したミニ三郡縦走だった。

 元気者のアスリートUさんは、この縦走コースをランニングで駆け巡っているとかで、そのタフネスぶりはこういう絶好のトレーニングの場所で鍛え、生まれているのだ…。

 以前、西山に登った時は登山口まで車で行けたが、不法投棄者防止のため進入禁止のロープが張ってあったので、キャンプ場跡の駐車場に車を留め、同所を8時40分ごろ出発し林道を歩いて登山口に向かった。

 天気予報は午後から雷雨もあるかもという事だったが、どうせ真夏の登山は汗びっしょりになるのだから、まぁ雨に合わないほうがいいが…降った時は降った時で濡れればいいさ!と全員、意に介せず林道を登って、西山登山口の道標がある入口に8時55分ごろ着いたが、Uさんが言ってた通り「通行不能」の掲示があったので、大根川にかかる橋を渡り、コンクリート舗装の林道を登って9時05分ごろ、本谷登山道コースの登山口に着いた。

 護岸の縁から対岸に渡って夏草の茂る道からゴロタ石の沢の中を登って行き、9時20分ごろ、Uさんがここが最後の水場です…と教えてくれたので、山水をボトルなどに補充して縦走に備えた。

 沢を登りあがり、ツバキ、カシ、コナラ…等々の雑木の茂る道を登って、9時40分ごろ尾根道の縦走路の薦野峠に出た。この山系の主峰の西山へは縦走路を北へ約30分だが、Uさんが先に犬鳴山へ縦走し帰りに寄っていきましょうか?で決定し、小休止をした。

 小休憩後、11名のむさくるしい?野郎パーティは縦走路を西へ出発して、いきなりの急こう配の登りに驚いたが何とか登りあがると、後は小さなピークのアップダウンする山道が続き、登山者の数が少ないせいか、それとも落葉樹が多いのか分からないが、兎に角フカフカの落ち葉道で気持ちの良いトレッキング道だった。

 縦走路の方角によって、全く無風状態だったり、吹き抜ける涼しい風の道があったりで、涼しい風の通り道を行く時は足取りも軽くなった。番兵跡手前あたりで巨体のSさんが隊列から離れ「このままのペースで行けば、帰りの体力が心配だから此処で待っています」と落ち葉の上に座って弱気の発言!どうしようかと思ったが、あまり強制してきつい目に合わせるのもどうかと思い、それでは、この場所で待ってて下さい。犬鳴山までは一本道ですから気分が回復したらマイペースで追いかけて下さい…と、Kさんと二人、先行したパーティを追っかけた。

 10時10分ごろ番兵跡付近で待っていた仲間と合流し、Sさんの事情を話しして了解してもらった。番兵跡から10分ほどでT字型のユニークな案内表示板があって、下れば司書橋、お別館跡と記してあった。静かな山の空気を乱して先ほどからヘリコプターの爆音が遠くなったり近くなったりして煩かった…(後で判ったが高圧送電線の鉄塔資材をピストン輸送していたのだ)

 10時半ごろ見晴らしの利く鉄塔の立っている場所に出て一休み…ゴンちゃんことGさんが皆に黒砂糖飴の配給!何時もいつもありがとうございます。疲れた時の甘いものは効果抜群!疲労回復に一番効き目がある…

 小休止後出発。小さなピークを上り下りしたり、山腹を捲いたりしながら落ち葉の道を進み、山火事跡の下りを降りて11時35分ごろ猪野越を通過、しばらく行った斜面の倒木が山道を支障していたので、Kさんと二人で持参の鋸ぎりで切断し撤去した…。そしたら今度は隊列のトップを行くUさんが鋸ぎりを貸して下さい…で、Sさんと二人が隊列の行進をストップさせ、二ヵ所の倒木を撤去した。

 12時丁度ごろ下から登って来た林道を横切る峠道に出た。昼飯タイムを過ぎて皆さんパワーが無くなっていたが最後の登りをひと踏ん張りして12時20分ごろ標高584mの犬鳴山々頂に到着した…。駐車場から3時間50分だった。

 で…、Mさんが持参のかき氷器と氷を取り出し、シャッカ…シャッカ…シャッカ…とハンドルを回してかき氷を紙パックのお皿に削り出し、Sさんが黄色の蜜を手際よく掛けて皆に配給!

 私も、これまであっちこっちの山頂で色々な御馳走?を食ったり飲んだりしたが、かき氷は初めてだった!4時間の縦走で腹も減っていたがこの冷たい「かき氷」を頂くと何にも欲しくなくなった!お言葉に甘えお変わりさせてもらった…生き返りました!

 続いて、Kさんが氷で冷やした冷たいソーメンのサービス。美味しいつゆに、ネギなどの風味まで添えてあり至れり尽くせりで、我々のワンパターンの淋しい食事とは雲泥の差だった。

 と、そこへノッソリとSさんが登って来る!みんな思わず拍手喝采!「休み休み来ました」とほっとした笑顔が印象的だった…。これで、全員無事に山頂に着いた訳で何よりの御馳走となった。

 山頂から北のほうを見ると、永い縦走路の向こうに西山の稜線が見え、東の方には、頭を雲に隠した福智山や香春岳などが夏の陽射しの中に霞んでいた。

 13時10分過ぎに全員集合の写真を撮り、山頂を後に往路を引き返し西山へ向かった。山火事跡付近を越えたあたりからTさんSさんRさんが遅れ始められたので、休み休み進んでいたが、Rさんが足がつって一時歩行が困難な状態になりどうしようと心配していたが、ザックをUさんが担ぎ、KさんとGさんのストックを借り、両手に持って何とか歩けるようになって急場を脱した。

 この頃から遠雷の音がゴロゴロと聞こえ始め、次第に迫って来て真っ暗になってきた。ゴロゴロ・バリバリ!山を響かせ炸裂する一大交響楽はすざましかった!何とか番兵跡を越える辺りまでは持った雨も、薦野峠近くになって堪え切れずに大粒の雨が降り始め、頭初の希望?通りに全員靴の中まで水浸しの濡れ鼠…チュー!

 稲妻が光ったと思った途端にバリバリッ!の至近炸裂弾に思わず座り込む人も…。然し、一番心配だったRさんもその後は少し回復し、皆のペースで下山出来たので良かった。

 16時40分ごろ少し小降りになった駐車場に帰り着きホットした。濡れた物を着替え17時前に同所を出て帰路に着いた。今回はRさんのアクシデントや雷雨で西山はパスになったが、又、機会を作り皆でやって来よう。  




盛夏の納涼登山(堤谷と猫谷)


自宅 ⇒ 本道寺 ⇒ 堤谷 ⇒ 佛頂山 ⇒ キャンプセンター ⇒ 猫谷 ⇒ 本道寺 ⇒ 自宅

2008/7/30

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7月30日・・晴れ

 久しぶりに妻を同行しての山行きは、真夏の暑さを避けて谷筋の山が良かろうと、本道寺登山口から堤谷を経て佛頂山へ登り、帰路は、キャンプセンターから猫谷新道を下るコースを選択した。

 夜明け前から出発すれば涼しいうちに歩けてよかったが、8月末に尾瀬国立公園で開催される環境省など主催の「自然公園ふれあい全国大会」への出席依頼の書類を、県の自然保護課の人が9時に受け取りに来る約束だったので、家を出たのは9時20分ごろになっていた。

 本道寺集落を通り過ぎ、堤谷登山道入り口の前から100メートル程西に行った林道わきの駐車スペース(3〜4台)に車を留め10時前に出発した。

 妻は、毎朝5時半ごろから近所の河川敷土手を一時間ほど歩いてトレーニングをしているが、今年初めに久住で痛めた足の回復具合が、秋のU-bahnクラブの北アルプス登山に同行できるか、ここ一カ月位で見極めなければならない…8月の三郡縦走に参加して、クリアーしたら何とか同行出来るかも知れない線上だろう。

 宝満山系の沢は山懐が浅いせいもあって脊振山系の沢に比べると規模が小さく、沢登りを対象にしての魅力はないが、竈神社から登る正面登山道の石の階段道と大勢の登山者で賑いに比較すると、所謂、裏宝満からの登山道は、猫谷新道・堤谷・油須原からの宝満川源流コースなど沢伝いのコースは静かで、特に、この暑い夏の時期の登山には樹林の木陰の下を沢水の音を聞きながら登れるお勧めコースだ。

 標高300メートルのシラハゲ尾根道分岐を見送り、沢伝いの道を登って行くと、途中二ヵ所、梯子などが設置してある箇所もあるが、殆ど沢に沿って緩やかの登りで、可愛らしい滝には一の滝から始まって百日断食の滝まで夫々に名前を書いた案内板がある。

 昨日の夕立ちで山道には沢ガニさんがあちらこちらで見かけられた。久しぶりの山歩きの妻の様子を見ながらボチボチ登ったが、少し遅れるぐらいで何とか連いてきていたが、あと残された二ヶ月で長丁場の北アルプスを登る体力と気力が養えるか否かにかかっている。

 今日は、名目は納涼登山とか銘打っているが…沢の中でもやはり暑い!度々、沢の冷たい水で顔を洗い喉を潤し救われる。百日断食の滝の前でザックを下ろして小休止。飛沫をあげて流れ下る滝の下は涼味満点!大きなトンボがしぶきの下をスイスイ旋回し水遊びを愉しんでいた…?

 百日断食の石碑(シラハゲ尾根道の分岐点)から少し登ると、剣の岩からキャンプセンターへの分岐点で、直進して金の水方面へ進む。この付近から道は沢筋から離れ、勾配もきつくなってくる。

 大きなモミの木の下を抜けてひと登りすると「金の水」前に出る。石窟の中から流れ出る冷たい山水で喉を潤し、顔や手を洗い汗をぬぐう。この頃から盛んに雷鳴が聞こえ始め雲行きも怪しくなってきた。「金の水」をポリタンに汲みザックに入れて佛頂山へ出発、普池の屈前には杖道発祥に纏わる案内板が立っていた。

 尾根の三郡縦走路にあと少しの枯れ葉の斜面に、真っ赤な山イチゴが熟れていたので、ひと粒失敬していただいた…。縦走路に出て左へひと登りすると佛頂山々頂869m。祠の石像さんに、秋の北アルプス登山の安全をお祈りした…妻は何をお願いしたのだろうか?

 うさぎ道分岐からキャンプセンターの水場に下ると、若い娘さんが三人、キャーキャー言いながら冷たい山水を頭からかぶり洗髪の最中だった!少し山の話などをして私も負けずに頭から洗面器にたまった冷たい水をかぶり生き返った。

 一息ついてお昼にした。この時期の有り難くない友人?アブとブヨが隙あらば…と羽音うるさく身の回りをぐるぐる回り、片方の手におにぎり、片方の手には濡れタオルを持って打ち払いながらの食事でおいしさも半減だった。

 食事を終え、キャンプセンターのバイオトイレの工事はどうなったろうと行ってみると、もう、あらかた完成間近かで作業中の人たちが出入りしたいた。下部にはバイオ機器の収まったボックスが据えてあり、山小屋の屋根に設置された太陽光パネルからの電力で処理される…と、作業していた人が説明してくれた。

 キャンプセンターを後にして直ぐ、日本庭園の一角で見るように上品で、淡い緑色の笹がその一か所だけに固まって生えていたが、これはこの場所がその昔栄えた、山岳宗教の敷地の名残だろう…。

 水場の手前から堤谷方面へ15分ほど下ると猫谷新道への分岐に出る。このコースは堤谷コースに比べ急傾斜で険しいせいか登山者も少なく、赤テープなどの標識を確認しながら下った。

 途中倒木が道をふさいでいたので常時携帯品の「のこぎり」様の出番!あっという間に二本切り払い開通。大きな岩の転がる急傾斜の谷は伏流水になっているのか枯れ谷状で、大雨の降った時に流れる沢だろう。

 立ち木につけられた五合目の標識の付近は庭石の荘の案内表示もあり、なるほど眺めると苔むした大岩がその感じを出していた。途中、大谷尾根別れや、宝満登山口を右に見送り何度も険しい岩を下って、最後の沢を横切る場所で休憩し、大きなグレープフルーツを半分分けして頂いた…。

 心配した雷雨も別のほうに逃げて行ったのか雨にも会わずに(汗で全身濡れ鼠状態だったが)林道に出て、5分ほど戻って車の駐車場所に14時15分ごろ帰着した。

 妻は、今日は慣らし運転でショートコースだったが、次はもう少し距離と時間をのばし体調を徐々にアップして様子を見てみよう。

 



MTBで三郡山林道(欅谷A・Bコース分岐)へ…!


自宅 ⇒ 昭和の森 ⇒ (欅谷A・Bコース分岐) ⇒ Aコース ⇒ 三郡山 ⇒ Bコース ⇒ (欅谷A・Bコース分岐) ⇒ 自宅

2008/7/15

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7月15日・・晴れ⇒俄雨

 今日は、連日の「四王寺林道MTB道場」から気分転換に昭和の森にMTBで向かい、林道を欅谷(ツキタニ)AコースとBコースの標高500m付近の分岐点まで漕いで、四阿屋(アズマヤ)にチャリを置いて、欅谷(ツキタニ)Aコースを登って縦走路を辿って三郡山へ登り、降りは欅谷(ツキタニ)Bコースを分岐点まで下って来る周回コースを設定して9時半ごろ出発した。

 博多山笠も今日が最終日で、早朝の楠田入りのクライマックスから、オッショイ・オッショイ・・と景気良く博多の街を駆け抜けて夏も本番を迎える!…というのが例年だが、今年はそれを待たずに早々と梅雨が明け連日の暑さで、プールや海水浴の海の家、ビヤーガーデンは大賑わいだろう。

 四王寺山の時は身体一つで身軽に走れるが、山登りが入ると、ザックも靴もそれなりに準備していかねばならないので大変だ。山用のザックに装備・食糧などを入れて背中に担いでチャリに跨りハンドルを握ると、その重量が前傾姿勢の両腕に懸り、上り坂の時は疲れが早かった。

 昭和の森までは四王寺山の焼米ケ原までとほぼ変わらない10kmほどだが、最後の登りは思ったよりきつかった。(多分、背中のザックが影響した?)10時10分ごろ、やっとこさっとこ駐車場について一休み。汗を流しにトイレの水場に行こうと歩き始めると、駐車した車の脇に「ワンコちゃん」がお座りして主人の帰りを待っていた…? 

 迷い犬か、留守番しているのか判らないが、日陰に入って待てばいいのに暑い炎天の駐車場にハッハッ喘ぎながら座っている。喉が渇いているだろうと掌に水を汲んで「おいでワンコちゃん」と呼びかけるが警戒して、近寄って行けば後ろにさがり一線をキープして近寄れない。

 仕様がないので、舗装面に水を流し様子を見ると舐めていた…。何か容器があれば汲んで上げるのだが目ぼしいものがなかったので、涼しい日陰で待ってなさいと言葉をかけて駐車場を後に、欅谷(ツキタニ)登山口への林道に這入った。

 バンガロー村の横の急傾斜をローギアでヨタヨタ登り、頭巾尾根への道を通り過ぎると車乗り入れ防止のチェーンが張ってあったが、横のスペースから中に入り勾配のきつい道を息を弾ませペダルを漕いだ。

 昨日の雷雨で路面を伝って流れる水に、砂や木の葉などと混じって滑りやすく空転して力をロスして、遂に下車させらてしまった。やはり、背なのザックの荷物が大した重さではないのだが、こういう場所では負担になった…。ハンドルを握る掌が腕を伝わって流れる汗で濡れ、握力まで下がってしまい辛かった。

 おまけに、空模様までおかしくなって来て山の稜線付近は何やら怪しい雲行きで、その中、パラパラと雨粒が落ちてくる。どうせ汗まみれで身体は濡れているから構わないが、それでも何とか分岐点の四阿屋のある場所までは大降りにならないように祈りながら登って行った。

 駐車場から約30分でやっと、欅谷(ツキタニ)AコースとBコースの分岐点手前にある一本足の休憩所の「四阿屋(アズマヤ)」に着いた。チャリを四阿屋の中に入れて柱に車輪を施錠した。

 10分ほど雨の小やみになるのを待ち、愛車に別れを告げザックを担いで欅谷(ツキタニ)Aコースへの道に這入った。5分ほどでA・Bコースの分岐点で丁度11時だった。

 橋を渡り、途中何か所も5年前の水害で傷んだ林道を終点まで登り、荒れ沢を横切り山道に入った。尾根道まで40分の案内板があった。チャリ用のショートパンツだけだったので、藪が茂っていたら厄介だなと思っていたが、山道に入ると林道の荒れが嘘のような一級国道でスイスイ登って、尾根道まで40分を半分の20分で登り切り、11時30分に稜線の縦走路に出た。

 靴も今日は登山靴ではなくウオーキングシューズなので軽快に、白いトリアシショウマの花や、オカトラノヲの花などの咲く縦走路を飛ばし、三郡山頂に丁度12時に登りついた。山頂標識の裏の寒暖計は何と33度!清涼飲料水を飲んで水分を補い、山頂滞在僅か3分で下山開始。一旦、縦走路を10分ほど戻り植林の階段道を下って欅谷(ツキタニ)Bコースに這入った。

 12時半ごろ日陰の小さな沢の中で昼食タイム。冷たい沢の水で顔を洗い喉を潤しやっと人心地がついた。山頂が気温33度だったから、多分、下界の舗装道路を漕いでいた時は35度以上だったかも知れない…!

 谷間の水を土産にタンクに汲んでいたら、沢ガニの夫婦がお出ましで、近寄ると一人前に二本の鋏を振り上げて威嚇する姿が可愛らしい…。奥さまはさっさと岩陰にお引っ込みされたが、旦那は男の見せ所とばかりにカメラ目線でポーズをとっていた?

 水も頂いたし食事も終えたのでカニの水場を後に欅谷沿いの道を下って行った。途中、山アジサイの紫色の花があっちこっちに涼しげに咲いて暑中見舞いをしてくれた。

 林道に出る少し前の山道の傍らには、真っ赤な山苺の実が美味しそうに熟れていたので、折角だから口に入れると、ほんのり甘酸っぱい味で野趣味たっぷりだった。

 美味しいい苺を頂き山道から林道に出るころ、一旦良くなっていた空模様が怪しくなって、三郡方面からゴロゴロと雷鳴の音が聞こえ始め暗くなってきた。何とか降らない中にチャリを置いていた四阿屋に13時30分ごろ帰り着き、エネルギー補強に持参の大きな夏ミカンを向いて食べた…マイウー!暑い時は果物に限る。

 13時40分ごろ同所を後に林道を昭和の森へ向かう。途中から遂に雨雲に追いつかれたが大した降りではなかったので、一気に下り坂を飛ばしたが、顔に当たる雨の粒がバチバチと痛かった!

 昭和の森の駐車場を通過しながら横を見ると、朝の「ワンコちゃん」が雨に打たれながら主人の帰りを待っていた。口笛を吹いたら耳を立ててこちらを見ていた…サラバ!

 刑務所への本通りに出るころから雨脚がひどくなったので民家の軒先に逃げ込み暫し模様見。10分ほどで小止みになったので出発、宇美町の工業団地付近の上り坂を登っていくあたりから青空が見えてきて、高速道を潜り大野城市に這入るとこちらはパラッとも降っていなかった!

 陽炎の立つ炎暑の舗装道路を走って14時20分ごろ我が家に帰ってきた。脊振山・しょうけ越し・九千部山・四王寺山…etcと山道を走って心肺機能や基礎体力の強化に努めているが、苦しみの先には喜びが待っている事を信じ精進したい。

 今年二月、冬の伯耆大山で遭遇した山仲間のYさんは、今日からヨーロッパアルプスのユングローとマッターホルン登頂に出発された…。彼は、北米大陸NO1のマッキンレイ、南米大陸NO1のアコンカグア、南アフリカNO1のキリマンジャロと制覇しているので今回の欧州大陸を登れば、あとは南極とアジア大陸のエベレストとユーラシア大陸の各最高峰を残すのみで、その実行力には頭が下がる。

 一般の社会人がスポンサーなしで、然も独力で計画実行していく姿に敬意を表したい…どうぞ、無事登頂を果たして帰還して下さい。



17人の大人数で宝満山へ遠足登山…!


竈神社 ⇔ 正面登山道 ⇔ 宝満山々頂(829m)

2008/7/11

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7月11日・・晴れ

 元の会社の若手グループの主催する「宝満山遠足登山」に同行参加した。  この登山の思いたちはよくは知らないが、発起人?の陸上愛好家のO,KさんとO,Gさん等、同年輩の諸氏が、単なる飲み会をするよりも同じ飲むなら、身体を動かし、汗をかいた後に飲むほうが美味しかろう…から始まったらしいい?

 前回、春頃に四王寺山遠足登山をした後に、次回は「宝満山」へ登ろうとステップアップされたらしく、それに、U-bahnの仲間たちが加わって総勢17人の大所帯の遠足登山となった次第…。

 あっちこっちからマイカーに分乗して竈神社の駐車場に集結したのは10時40分ぐらいだった。貰ったパンフには小雨決行と記してあったが、本来なら今の時期は梅雨の最中だから可笑しくないが、雨が降っても登ろうという気概が良いではないか!幸い今年は梅雨が早く上がり、雨の中の登山とならずに良かった。

 登山準備を済ませて石段を登り、竈神社の境内に入ると社殿の前の広場の中央に、竹笹?を編み合わせて作った直径2メートルほどの輪っかが据えてあった。その輪っかの横に筆書きで、初めに輪を潜り左へ周り、二度目は右へ周り、最後に左へ…の都合三回輪を潜り抜けて、拝殿の前で柏手を打った。

 青い幟旗に、伊勢神宮の遷宮記念の文字が記してあった。皆さん夫々神仏には疎遠の者たちだったが、なんの意味かよく判らないまま左に二回、右に一回輪を潜り抜けて参拝を済ませた…きっと何か御利益があるかも!

 遠足登山出発前のセレモニーを無事終え、愈々正面登山道の石段道へとスタートした。私も昔はこのコースばかり登っていたが、ここ15年ぐらいはこの登山道から登っていなかったが、登山道も周囲の景色も昔のままで、ここで山頂小屋建設のため荷物運搬のボッカ稼業に汗した事や、海外登山遠征資金つくりにコカコーラを背負い子に積んで運んだ事などが昨日のように思いだされた。

 一の鳥居までは全員足並みが一緒だったが、石段道に入ると、次第に元気の良い人と調子の上がらない人の差ができ始めたが、無理に隊列を強制して登るよりそれぞれのペースで登るほうが疲れないだろうと、私が最後尾になったジャイアント・Sさんの後をYさんと二人でサポートしながら休み休みゆっくり登って行った。

 休み堂跡の水場で先行していた人たちが待ってくれていた。憩いよく迸り出る山水を頭からかぶり、顔を洗って喉を潤す…砂漠の中のオアシス!(オーバーかな)その昔、修験僧の人たちが切り拓いて作った石積みの階段も、所々、長年の歳月の間に風水害等で壊れた個所も出来たが、その都度、宝満山を愛する人たちの手により修復維持されて、今尚、こうしてこの山が、交通の便もいいが大勢の登山者やハイカーたちに、きついが足を運ばせている所以だろう。

 五合目の「殺生禁断」を過ぎると宝満名物?の百段ガンギ。その百段階段を登りきったところに広場があり、阿加の井と呼ばれる湧水の出る水場もある。その広場に休憩して待つ仲間が登りきったSさんを拍手で迎えてくれた…。

 ここまで登って来ると山頂は近い。弱気の虫が出てきていたジャイアント・Sさんも元気を回復して中宮広場を通過し、平坦な女道を登って12時40分ごろキャンプセンター前に着いた。センター広場はトイレが工事中で(バイオトイレ)建築用の資材が散乱していた。先行の五人は男道を登って山頂にいたが、携帯で連絡して水場に降りて昼食をとることにした。

 水場は木陰で涼しく、迸り出る山水が氷のように冷たく、備え付けの柄杓でゴクゴク頂いた!飯にしようかなと思っていたら、またたびのKさんが魔法瓶に入れて持ってきたアイスシャーベットを皆にサービス…さすがKさん!

 飯を食っていると、山頂組のメンバーもやって来て17人が全員集合した。食事を終えて水場を後に、先に登っていた仲間は再度という事になったが一緒に山頂に向かう。途中、キャンプセンター前で休憩中の登山者に集合写真を撮って貰い、稚児落としの岩場の鎖道を子供のようにはしゃいで登り、標高829,6mの宝満山々頂に13時35分ごろ全員登頂成功…。

 下りは、マラソン練習のO,Gさんは先に駆け下ったが、他は全員一緒に石段を下って当初の計画通り、14時50分ごろ出発点の竈神社へ帰ってきた。こうして17名の大所帯による、宝満山遠足登山は無事終了した…。皆さんお疲れ様でした!




MTBでしょうけ越から若杉山へ


自宅 ⇔ 宇美町 ⇔ 須惠町 ⇔ しょうけ越 ⇔ 若杉山(681m)

2008/7/10

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7月10日・・晴れ

 昨日は、四王寺山の焼米ケ原までノンストップで走ったので、今日は趣向を変えてしょうけ越峠から若杉山へトライしてみた。

 暑さは、本格的で自宅を出る9時半ごろはもう30度近い気温で、帽子好かずの私だが日射病予防のために首にネッカチーフを巻き、ランニング用の帽子をしっかり被り、暑さ対策を万全にしてペダルを漕ぎ始めた。

 今日は、峠から山歩きになるので靴はハイキングシューズを履き、山用のザックに昼のおにぎりと、お茶やスポーツドリンク・夏ミカン・飴玉類・クッキーなど詰め込んでの出発だった。

 しょうけ越えは、粕屋町から筑穂方面へ通じる県道60号線の若杉山と砥石山の最低鞍部を抜ける標高500mぐらい峠で、ヘアーピンカーブの連続する難路である。

 宇美町から須惠町までは小さなアップダウンの道で、歩道部分が分離された道で走りやすかったが、須惠町の最後の信号を通り過ぎると…車優先の道となり、人や自転車は車道の端っこに押しやられ、気休め程度のラインが引いてあるが、その狭いスペースも草などが覆い被り、その都度、車道部分に入ってハラハラドキドキしながらペダルを踏まねばならなかった。

 脊振山の時はアプローチが長かったが、このしょうけ越えルートは自宅を出て30分ほどで上り勾配のきつい山岳道路になるので、その覚悟が出来ていない中に上り道に入り、エンジンの調整に戸惑った。

 家を出る時には小さく見えていた若杉山が目の前に大きくなって来ると、道は勾配を増し、ジグザグにつけられた道を低速のギアに切り替えヨロヨロ登っていくすぐ横を、大型トラックや乗用車がエンジン音を震わせ、かすめるようにして追い越して行く。

 ドライバー達からすれば、まさかこんな坂道をチャリが登っているとは思いもしないので、カーブを切ったら目の前にヨタヨタとくそ爺が自転車コロガしているのを見て、びっくりするやら腹が立つやらしてたことと思う…。ゴメン!私が悪いのではないのです。走るスペースがないのですから許して頂戴!

 追い越していく、ドライバーの表情も一概には言えないが様々…。仕事している車のドライバーは無表情か無視&邪魔。自家用車のドライバーは速度をゆるめて対向車線に入り、無言のエールを送ってくれる人もいた。

 脊振山の自衛隊専用道路は砂利道が多くて立ち往生したりしたが、ここの道は急こう配だが完全舗装なので、何とか押さずにカタツムリのように(時速・10km/h未満)登って行った。中間地点ぐらいの須惠ダムサイトで一休みし、オーバーヒート気味のエンジンを冷やした。

 ひと曲り、又ひと曲りと登って行くと、次第に若杉山の稜線が近くなり、砥石山から三郡山に続く山並みが灼熱の向こうに遠く霞んでいた。

 このくそ熱い真夏日の日中に、何を考えそういう非生産的な事をやっているのか…と、殆どの人は思うのが普通だろう。人間、10人10色だから何をしようとその人の勝手だが、得てして、人間は苦しいことや儲からないこと等からは理由をつけて逃避する傾向にある。

 然しである。一生懸命な時間(仕事・勉強・趣味…etc)を持っている人は一日一日が充実して人生が豊かになると思う…が?如何でしょう。

 私の場合は、「何歳まで元気で山歩きが出来るか」それを実行するために精一杯、馬鹿らしい、銭にならないトレーニングを実行し、あっちこっちの山々を多くの山仲間たちと駆け巡り、心身ともに健やかに過ごしたい…と、老骨に鞭を打っている。

 11時ジャスト頃、使い古してガタの来た身体を騙し々、ハートでカバーして何とか汗にまみれて峠にかかる縦走路の橋の下に辿り着いた。走行距離は約15kmで一時間半だった。

 側壁につけられた階段道を上がり、やっと車の行き来する車道から歩行者専用の山道に入りホッとした。直ぐそばに建っている壊れかけた避難小屋前に自転車を置いて小休止し、水分補強などして暫く森を抜ける涼しい風に身を休めた。

 一休みし、体の調子も復活したので自転車を山小屋の中に入れて施錠し、ザックを肩に11時20分ごろ縦走路を若杉山へ向かった。杉や桧の植林の中の山道を歩いて行くとやっと落ち着いた。やはり、歩きが一番だ!10分ほど登った道端に「オカトラノヲ」の花が群生して咲き、その花に沢山の橙色した美しい蝶々が群がり、写真を撮ろうと近寄っても逃げもせずに盛んに蜜を吸っていた。

 こんな景色は、MTBや車に乗って飛ばしていては分からない…!スローライフこそである。小さなピークを何度か登り降りし若杉鼻の展望台を通過して、丁度12時に見通しのない鉄塔の立つ若杉山山頂に着いた。

 トンボ返りに山頂を後に往路を引き返し、登る時に決めていた涼しい風が吹き通る場所でお昼にした。このあたりには、沢山の山みょうがが生えていたが、自生物かそれとも、誰か昔ここに植えていたのが野生化したのだろうか?

 おにぎり一個だけの昼飯タイムは短い…20分ほどで御神輿をあげ、自転車を置いた破れ避難小屋に13時ごろ戻ってきた。の上から下を走る県道を眺めると、うねうねと続く遥か向こうには四王寺山が霞み、我が街大野城市の町並みも見えた。

 車道に降りて下山開始。上りに一時間かかった山道をたった8分で一気にかけ下り、照り返しでむーっとする市街地を走って、13時半ごろには自宅に帰ってきた。



私のトレーニング道場はMTBで四王寺山林道駆け巡り


自宅 ⇔ 大野城総合グランド ⇔ 四王寺林道 ⇔ 県民の森 ⇔ 焼米ケ原

2008/7/8

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7月8日・・晴れ

 10日程早い梅雨明け発表…!例年なら、先ずワシワシ蝉の力強い鳴き声が聞こえ始めてから梅雨が明けるのに、今年は蝉の声を聞かないままの梅雨明けで、異常と云えば異常現象だろう…。

 まー、ジメジメする梅雨が早く終わったことは良いが、この夏の暑さは覚悟しなければならないようだ。朝の交通安全ミドリのおじさんで交差点に一時間立っているだけで汗が流れ出る!

 交差点に立っていて近頃感ずることがある…。通行する車の数が減ったようで、代わりに自転車の数が増えたようだ。これだけ天井知らずで燃料が上がればマイカー族も自衛手段を取らざるを得ない結果だろう。然し、車から自転車や歩きになって足腰が強くなり健康が増進し、僅かだけかも知れないが温暖化防止に繋がり、一挙両得の効果に期待したい。

 毎日が休日になって三か月が過ぎたが、晴耕雨読ではないが天気が悪くて山に行かない日は、パソコンの前に坐ったり、山の本や、図書館から借りてきた本などをを読んだりして過ごしているが、晴れて天気が良い日で山に行かない時は、もっぱら地元の四王寺山の林道をMTBで走りまわって老化現象を必死で食い止めている…!

 距離的には往復しても僅か20km ほどだが、大野城市から太宰府市に抜ける林道のアップダウンは、平地を走る三倍以上の負荷がかかり心肺機能と、オールラウンドの筋肉増進には最適である。

 とはいえ、こんなに暑くなってくるとその日のコンデションできつさも違ってくる。脱水状態や熱中症にならないように出る前には十分水分を補給して出るが、目的地の太宰府側の標高330mの焼米ケ原遺跡跡に着くまでノンストップで行ける事は滅多に無い。

 体力と気持の戦いみたいなもので、その何れかが欠けると立ち止まってしまい天を仰ぐ…結果になる。昨日は、脊振山長距離ランの後でどうかと思っていたが、一度も休まずに楽にゴールしたが、今日の暑さは半端じゃなく二度も立ち止り清涼飲料水の力を借りた。

 焼米ケ原の山頂広場は芝生の広がる絶好の展望台で、足元には大宰府の街が広がり遥か筑後平野の向こうには耳納連山が一望のもとで、視界が良い日は久住の山並みも見える。

 その山頂には、ピンク色の合歓の花がそよ風にそよぎ、下界の暑さが嘘のようだった…。合歓の木の下に座ってのんびりと空を見ていると、トンボの群れが舞い飛び、傍らの茂みにはもう篠栗の実が小さなイガイガをつけて風に揺れていた。

 往路は、登り主体で約40分ほどかかるが、帰りは早い。半分の20分ぐらいであっという間に帰りつく。御笠川の橋の上から振り向くと、今、走って来た四王寺山の向こうに、宝満山から若杉山に続く稜線が夏の陽ざしの中に佇んでいた。・・・・以上、私のトレーニング道場の一日でした。




砥石山から頭巾山へ


昭和の森 ⇒ 内ケ畑コース ⇒ 前砥石山(805m) ⇔ 砥石山(826m) ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 頭巾山(901m) ⇒ 昭和の森

2008/6/27

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6月27日・・晴れ

 昨日の井原山〜雷山縦走登山に引き続いての連ちゃん山行きで、まだ雨で濡れてしまった山靴は乾く暇もなかった!

 同行者は昨日一緒したU-Bahnの「またたび」のKさん…。そもそも私も今日の登山は"瓢箪から駒"で、昨日の山歩きの中でKさんが誰かに「私ヤー明日も公休日バイ…」と云ってたのを聞き、冗談のつもりで「そんなら何処か登りましょうか?」と云ったら「行きましょう」の返事だったが、まさか本当に二日続けて登らないだろう…と思っていたら、登山口で別れる時に明日は何処に行きますかね?で今日の山行きになった次第!

 宝満山系へ行きましょうと云う事になり、私のミドリのおじさんが終わる9時ごろ自宅へ来て貰らい、登山口の昭和の森へ向った。10時前に駐車場に着くと平日にも拘らず7〜8台のマイカーが留っていた。

 またたびのKさんの服装は昨日と一緒!洗濯する暇はなかったけんそのまま乾かして着て来たバイ…。イヤー参りました!
然し考えてみると私も含め、北アルプス登山などの長期にわたっての山旅では、そんなに沢山着替えを持って行く訳にはいかず、毎日、着たきり雀で3日も4日も過ごしているのを思えばまーいいか…。

 サテ、今日はどのコースを登ろうかと思ったが、Kさんの初めてのコースをと云う事で、内の畑コースを登って前砥石山から砥石山へ往復し、三郡山から頭巾尾根を降りてくるコースを案内することにした。

 10時前に出発し、5年前の大水害の復旧工事で新しくなったコンクリート舗装の林道を登って行った。昨日は雨の中の登山でうっとおしかったが、今日は爽やかな青空のもとの登山で気持も晴れて、お喋りしながらピッチも弾んだ。

 高度が上がり下界が見えてくる頃、林道から山道に這入ると、取り付き点からいきなり急傾斜の道にKさんが、この道は急ごしらえの道じゃろうなと云いながら登って行ったが、その通りで、従来の山道が水害時に崩れた後に急場しのぎに付けられたのがそのまま利用されているのだ。

 沢の水音を聞きながら尾根に続く支尾根の中の道を登って行くと、気持ちいい汗が背中といわず吹き出す。Kさんは連夜のアルコールが汗と一緒に流れ出てさぞかしすっきりした事だろう…。

 瑞々しい青葉の中を息を弾ませ登って、10時50分頃、宝満から若杉山に続く縦走路に出た。ザックを下ろし一休み、流れ出た水分補給とKさんから貰った甘い菓子でエネルギーを充鎮した。小憩後、縦走路を前砥石へ向って出発。11時15分頃、展望の良い前砥石山々頂に着いた。

 此処は、東の筑豊方面は樹林に遮られ見えないが、西側は絶好の展望台で、昨日登った雷山から井原山〜金山〜脊振山〜蛤岳〜九千部山と続く筑紫山系の山々がパノラマ写真のように展開し、福博方面の市街地の向こうには玄界灘が霞に消えていた。

 山頂におかれた小さな椅子の上に乗って南を見ると、三郡山頂の丸いレーダードームが木の間越しに見え、下山予定の頭巾尾根が黒々と裾野をひいていた。写真など撮っていたら、後ろから聞こえていた女性の声の持ち主の二人がやって来られ挨拶を交わす。宝満山〜若杉山縦走だそうで、休憩もせずにそのまま若杉方面へ縦走路をお喋りしながら去って行かれた。

 二人の後を追うように出発して前砥石から砥石山への鞍部に下っていると、クモの巣についた水滴が宝石のようにキラキラ光っているのに足を留めさせられ、シャッターを切らされた。鞍部から登り返して砥石山に登りついたが、先ほどの二人連れは影も形もなかった…早い!砥石山々頂は樹林の中で景色は見えない。トンボ返りに縦走路を引き返し、何処か適当な場所で昼飯をと三郡山へ向かった。

 欅谷Aコース分岐付近の三郡山が見える岩で昼飯をと思っていたが、直射日光が照りつけて暑そうだったので見送り、少し行った涼しい風が吹き抜ける、千手観音みたいに枝別れをした大きな檜の下に座り込んで遅い昼飯を食べた。

 Nさんや、Sさんが一緒だと食後のコーヒーを楽しめるのだが、今日はペットボトルのお茶でお開き…味気なかった。食事を終えてザックを担ぎ三郡山へ出発したが、すぐに急斜面の登りで胃袋に悪かった…!ウグイス、ホトトギス、オオルリ、カッコーの囀りと、緑陰を吹き抜ける爽やかな風を大きなビニール袋に詰め込んでお土産に出来たらどんなに良いだろう !! 

 13時20分頃、三郡山々頂に着いた。今日は雨上がりのせいか、久し振りに雲仙岳や遠く由布岳の姿も見えていた。写真など撮って山頂を後にして天の泉の水場に立ち寄り、冷たい山水をポリタンに汲んでザックに収納、頭巾山から頭巾尾根を一気に下り、14時45分頃、昭和の森の駐車場に戻って来た。

 



頭巾(トッキン尾根)から三郡山へ


昭和の森 ⇒ 頭巾尾根 ⇒ 頭巾山(901m) ⇒ 天の泉 ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 欅谷(ツキタニ)Bコース ⇒ 昭和の森

2008/6/18

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6月18日・・ガス

 U-bahnのNさんから金山へ汗を流しに行きましょうとメールを貰っていたが、Gさんが宝満山へ行ってみたい…で、目的地を変更して宝満山系へ計画変更になり、勤務明けのNさんに合わせ、昭和の森に10時ごろ集合となった。

 10時前に昭和の森駐車場に着くと、ラッセルUさんが既に到着して待ってあった。梅雨の最中の合間を縫っての登山で雨が心配されたが、今日は幸い梅雨前線が北上し、小康状態で何とか一日持てそうだったが、見上げる山の稜線付近は黒い雲に覆われていた。

 参加者は6人で、全員が揃ったのは11時10分頃になっていた。U-bahnのメンバーはNさんUさんとHさんで、あと先日、平治岳に一緒したTさんとRさんで、宝満山に登りたいと計画変更した張本人のGさんは家庭の事情で急遽キャンセルされ残念だった…。

11時20分頃昭和の森を出発、「宝満山に登りたいGさん」が不参加なので、頭巾尾根を登り頭巾山(トッキンヤマ)から三郡山へ登る事にした。Hさんを先頭に、バンガロー村を通り抜け林道から頭巾尾根の取り付きに這入った。

 絞ったら水が出てきそうに湿度の高い空気にザックを背負う背中を勿論、あらゆる毛穴から発汗し、体内の毒気も汗と一緒に流れ出て新陳代謝と減量効果は抜群。下界の生活の中では空調設備などで快適に過ごせるが、反面、ひ弱な身体になっている事は間違いない。そんな、ひ弱になって行く体力アップには山登りは最適の運動だろう。

 巨体のHさんの歩調がこの湿気ときつい登り、それと、昨夜の焼酎の影響か?スローペースになったが、ミルク色したガスの流れる見通しの利かない頭巾山(トッキンヤマ)山頂に着いた。腹も減っていたが我慢し、天の泉まで行って…と云う事になり尾根道の縦走路に出て、「天の泉」の水場に13時頃着いた。

 早速、冷たい山水で喉を潤し、発汗して濃くなった血液を薄めた?22日にトライアスロンに挑戦する元気者のラッセルUさんはタンクに10リットル近くを入れて土産にした。

 此処で昼飯にするつもりだったが、坐る場所がなかったので、遅れついでに我慢して三郡山頂まで伸ばす事にした。稜線はガスの中で、吹き抜ける南寄りの強風がゴーゴーと枝を鳴らして吹き抜けていた。

 三郡山頂に13時20分ごろ到着。山頂の一角にある巨大なレーダードームの頭の先はガスの中で、時折り、強風にガスが消えて登って来た頭巾尾根や下界の景色が見え隠れしていた。

 遅い昼飯を食べ終わる頃には次第にガスが消えていき、辺りの景色も浮かび上がって来た。風が強いので、恒例になった山頂でのNさんのコーヒーサービスも中止になって残念だったが、又の楽しみにして下山コースの欅谷(ツキタニ)Bコースへ向かった。

 若杉山へ向かう縦走路を少し北へ下り、分岐から植林の中の整備された階段道をジグザグに下り、尾根付近から崩落して出来た沢の滑る岩場の道を渡り、樹林の中の道を下って崩壊沢を横切っている時、突然『バッキ!』という大きな音と共に大きな朽木が谷間に落下して砕け散り、破片が丁度通りかかったRさんの足元まで飛んできた…!

 桑原…くわばら!間一髪だった。直撃されなくても当たったら、痛かったでは済まなかっただろう…。何も知らずに歩いているが、大自然の中ではこうした事が繰り返されている訳で、そんな場面に遭遇する確率が何パーセントか知らないが、何時、出くわしても可笑しくないのだ。Uさんが「あーこんな場面に初めて出逢った」…変な感心をしていた。

 欅谷沿いの道を下って行くと、ソーメン流しにもってこいの奇麗な水が落下する小さな滝が続き、岩場には、若緑色の草が渓流に濡れて初夏の涼味を醸し出していた。

 降りてくるにつれ天候回復、途中から林道に出て沢の水音を聞きながらブラブラ下って昭和の森の駐車場に15時過ぎに帰って来た。下界は、涼しかった山頂付近の強風が恋しくなるように蒸し暑かった。次回の山行きを楽しみに思い思いに帰路に着いた。

 今年も、U-bahnの仲間たちと計画している、9月下旬の北アルプス登山まであと三か月…。それに向け、毎年恒例になった8月の宝満山〜若杉山往復縦走をメインに、脊振山系の脊振山〜金山縦走や井原山〜雷山縦走などを重ねて体力アップとチームワークの向上に励み、余力を持って北アの山に臨みたい。




河原谷(ゴウラタニ)から三郡山へ


昭和の森 ⇒ 河原谷 ⇒ 難所滝 ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 欅谷(ツキタニ)Bコース ⇒ 昭和の森

2008/6/13

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6月13日・・晴れ

 入梅初日こそ、それらしき雨だったが、昨日に続き今日も朝からカラッと晴れ上がった気持のいい天気!

 児童を見送り帰宅後、山行き準備…といっても、ザックにお茶とおにぎりを入れるだけ!昨日は、MTBでロングランをした後で疲労も考えたが、こんなに良いお日和の日に家の中にいるのは勿体ない!疲れた身体は山で癒す方が身も心もリラックスして回復が早い。

 昭和の森駐車場には7〜8台のマイカーが駐車していた。昭和の森から登る時は何時も、どのコースを登ろうかな?と着いてから思案するが、今日は、河原谷の山紫陽花の開花状況確認を兼ね難所滝から三郡山へ廻る事にした。

 9時50分頃駐車場を後に貯水池の横から登って行くと、道の際には、初夏の可愛らしい草花や、野イチゴなどが朝露に濡れてキラキラ光っていた。山登りの楽しさの一つはこういった名もない草花たちに巡り合える事で、その姿を見たとき、心が洗われる思いで清々しい気持ちになる。

 貯水池の周りを回っていると、背の高いオカノトラノヲの花が二輪、しなやかな姿態を見せて華麗に咲いていた。山の端を廻ると、一昨日の大雨で増水した沢の水がザーザーと音を立てて貯水池へ流れ込む水の音が耳に這入って来た。

 杉林の植林を抜け林道に出て、河原谷の沢筋に沿って暫く登って行くと道端に、うす紫色した可憐な花が咲いていた。菊の仲間だろうと思うが清楚な姿が山の朝を彩って呉れた。

 一面のミドリ溢れる山道を登って行くと、その緑の景色の中に紅一点、青空をバックに柿色の葉っぱが橙色に透きとおって見え美しかった。その様は、有田焼の絵皿を見るようだった。

 石ころの道を登り、ウサギ道分岐を過ぎて少し上の沢で一息入れた。透明な山水が苔むした岩の階段を飛沫を上げて流れ下り涼味満点!ウグイスの声を聞きながら、冷たい水を掌に汲んで顔を洗い、喉を潤すと一気に汗も引っ込んでしまった。

 オオマルバノテンニンソウの葉っぱが茂る山道から、傾斜が少しきつくなってくるとお目当ての難所滝名物の山紫陽花の群生地に這入ったが、山紫陽花の花はまだまだ赤ん坊で、開花には、二週間ほど先になるのではと感じた。

 昭和の森を出て約一時間ほどで難所滝の前に出た。夫婦連れの登山者が休憩中で挨拶すると、今日初めてここに来ましたが、三郡山への道は此の横から登るのでしょうか?と尋ねられた。滝の横から左側の斜面を登って行けば縦走路に出ますから…と案内したら、奥さんが主人は五月から山登りを始めたばかりの初心者で、これからボチボチ登ろうと思ってます…との事だった。

 滝の横にはよく熟した木苺の実が美味しそうだったので、ジガジガの棘に刺されながら採って口に入れると、甘くジューシーだった。お二人にも木苺を勧めると美味しい、と喜んであった。

 三郡へ行かれるとのことだったので案内しようかと思ったが、道は迷う心配がないので、マイペースでゆっくり登られた方が良かろうとお先に失礼した。

 つるしきみの群生している尾根に出て右折して暫く行くと三郡縦走路に出る。青葉若葉の萌えいずる縦走路は爽やかな風が吹き抜け、真っ青な空が目に眩しかった。オオルリがすぐ近くの梢で盛んにハミングしているので足を留め、その姿を見てみたいと目を凝らしたが発見できなかった。

 そよ風と森林浴を楽しみながら縦走路を北へ歩き、頭巾山サイトを通り抜け天の泉の水場に降りて持参のタンクに汲んだ。ずっしりと重くなったザックを肩に縦走路に戻りピークを二登りすると、レーダードームの聳える三郡山々頂で11時45分だった。

 日差しは強かったが、吹き抜ける風が心地よかったので初夏の陽光の満ちた広場に坐り昼飯にした。下界を眺めながらの昼食は何でも美味しい…例え、梅干しとタクワンのおにぎり弁当でも最高の御馳走だ。

 貸し切りの三郡山頂レストラン滞在30分で御神輿を上げ下山開始。少し縦走路を砥石山方面へ下り欅谷(ツキタニ)Bコースへ向かった。その下り端なの山道の横で、ナルコユリが葉っぱの下にいっぱい鳴子を付けて咲いていた。少し下った展望のきく場所では難所滝で食べた木イチゴの実がたわわに熟れていたので、食後のデザートとして美味しく頂いた。口に含むとブツブツした滓が残るが野趣味があって美味い! 

 五年前の大水害からやっと落ち着きを見せた欅谷を下って行き、Aコースと合流した舗装林道を下って行くと、奇麗な山ツツジの花が山歩きのフィナーレを飾って呉れた。昭和の森の駐車場に13時半ごろ帰着、帰路に着いた。



宝満川源流から三郡山へ


柚須原 ⇒ 渓谷ルート ⇒ 宝満川源流 ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 天の泉 ⇒ 尾根ルート ⇒ 柚須原

2008/6/5

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6月5日・・曇り

 今年初めて柚須原から三郡山へ登った。子供たちの通学路でミドリのおじさんを済ませてからの出発だったので、柚須原県営射撃場の前を通って林道の路肩の駐車スペースに着いたのはもう9時50分頃だった。

 天気図にはない気圧の谷が通過しているのか、下界は晴れているのだが、見上げる稜線付近は真っ黒な雲が盛り上がってひと雨きそうな感じだった。  10時少し前に杉林の駐車スペースに止めたマイカーを後にして、宝満川源流に続く谷沿いの林道に這入った。林道の両側には白いガクウツギの花が咲き乱れ、スイカズラの花が匂っていた。

 表宝満側の竈神社からの正面登山道や、昭和の森からの河原谷・頭巾・欅谷の各コースは登山者の数も多いが、それに比較すると裏宝満側の本道寺や柚須原からのコースは登山者の数が少なく、平日は殆ど人と遭遇しない。そのせいか、道の傍らの草むらには木苺の赤い実が「私を食べて頂戴!」と、美味しそうに熟し、媚を振り撒いていた??

 林道の終点から5分ほどで尾根道経由と渓谷コースの分岐に出る。どっちにしようか思案したが登りに沢を登り、尾根道を下りに使う事にして沢筋の道に這入って行った。この沢は小ぶりながら小さな滝などもあり、所々には濡れて滑り易い花崗岩のトラバースなどあり面白いが降雨直後は避けた方が賢明のようだ。

 渓谷コースに這入って100メートルほど登ると「末広の滝」とネーミングされた可愛らしい滝に出会う。その滝の左岸側の岩場にルートがつけられ、古ぼけた補助ロープも取り付けられていた。苔の生えた滑りやすい岩場を、岩の突起などを足掛かり手がかりにして攀じ登った。その後も何か所か岩場の道を通り抜け10時半ごろ、右手から来た尾根道と合流した。

 尾根道と合流してからは、木の枝に付けられたテープや、沢の中に積まれたケルンなどを目印に何度か沢を亘り返しながら登って行くと、合流点から凡そ5〜6分で宝満山(佛頂山近道)と書かれた表示板がある分岐点に出た。

 直進すれば三郡山直登コースでそのまま直進すると、道は右側の支尾根に移りUターンしながら登って行くと、奇麗な山水が道を横切って流れる水場に出る。汗をかいた顔や手を冷たい水で洗い喉を潤した。

 宝満分岐から15分ぐらいで標高645mの案内表示板のある「天の泉」への分岐に出た。付近には、オオマルバノテンニンソウが生い茂り、筑紫植物友の会と書かれた案内板も立っていた。

 沢の右岸に渡ったり左岸に戻ったりしながら登って行くと、小さな白い菊の花に似た花が一面に咲いて目を留めさせた。沢伝いの道が急になると間もなく五段峡と呼ばれる狭い廊下状の滝が続く難所で、登山道はその左岸側の雑木林の急傾斜につけられ、補助ロープや木の幹などを手がかりに登った。

 急勾配の坂を登り切ると平坦になり、上方から小さな沢が横切る付近に上部の車道で一緒になる道との分岐がある。少し、斜面をトラバース気味に下って登り返すと、標高810mの三郡平と呼ばれる台地で11時25分ごろだった。此処には、キバナアキギリの群生地があり秋の開花時期に見に来てみたい。この付近から沢は窄まり流れも緩やかになって、水際には直径5ミリほどの小さな花(すみれ?)が可憐に咲いていた。

三郡平から少し登って直角に右折し、宝満川源流点のある苔谷に這入る。下流では勢いよく流下していた渓流も此処まで来ると愈々可愛くなって、辺りの岩は緑色の苔で覆われ、日本庭園を見るようだ。宝満川源流点は岩の上から沁み出す水で、それを、細いパイプに受けて一筋の水として取り出し誕生し、筑後平野を潤しながら有明の海に旅立っているのだ…。勿論、登って来る登山者たちに源流の水として尊ばれている。

 源流点から雑木林の中の道を一登りすると、柚須原から登って来ている三郡山専用道路に出て、5分ほど車道を歩き、11時45分に無人の三郡山頂に到達した。山頂標識の裏に付けられた寒暖計を見ると15度で、汗で濡れたシャツが冷たかった。腹も減っていたので少し早かったが風を避けて南斜面に座り込み昼飯にした。

 12時5分、山頂を後に下山開始。縦走路を天の泉に向かっていると山道に、小さな花ビラが沢山落下していたので上を見ると、紅ドウダンツツジがコンニチハ!と呼びかけていた…。

 縦走路を10分ほどで天の泉に着く。縦走路から水場まで下り、持参の水タンクに冷たく美味しい山の清水を頂きザックに収納し出発。天の泉を出発点とした沢伝いの道を下って行くと、途中で二か所、倒木が道をふさいでいたのでザックを下ろし、愛用の「名刀村正」ならぬ「ステンレスの鋸」でスッパリ切断し登山道を開通させた。

 三郡直登コースに比べこの天の泉コースは歩きやすく初心者お勧めのルートだろう。途中で、頭巾山から下りて来た道と合流し暫く下って、往路に登った直登コースの645m地点に出て、後は、往路を下り13時30分頃に出発点の林道に帰り着いた。 



宝満山、「金の水」


本道寺 ⇒ 堤 谷 ⇒ 金の水 ⇒ しらはげ尾根 ⇒ 本道寺

2008/5/22

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5月22日・・晴れ

 一昨日、下山の際に立ち寄った時、写真に撮り損なった「金の水」の謂れの現象を見に妻を誘って出かけた。

 「金の水」と呼ばれる水場は、本道寺の登山口から堤谷を経て佛頂山へ登るコースの途中にあり、年間を通じ、巨岩の窟の中から冷たい山水が湧き出る水場で、この場所から少し登った所にある「晋地の窟」の水場同様、宝満山がかって山岳宗教で賑わいを見せていた頃、修行僧達の貴重な水場で修練の場所だったのだろう。

 「金の水」の謂れは、当初、冷たく美味しい山の水だから、金の価値があるからそう言っているのだろうと思っていたが、何時だったか、この場所で出会った登山者の方が、金の水の謂れは、一年に何日かその条件に合った時間の何分か、巨岩の窟の天井付近にある小さな隙間から射し込む日の光が、真っ暗な窟の中を流れる水に反射し黄金色に見えるから・・・だと云う説明を聞いたが、その日時が何時かは知らなかった。

 ところが偶然、一昨日その時間帯に通りかかり、写真に撮り損ねたので、今日、改めてその現象見物を思い立ち、その時間の「12時ごろから35分」に合わせ、まだ本格的に回復していない妻の慣らし運転を兼ね10時一寸前に家を出た。

 田植え真っ最中の本道寺集落を抜け登山口に向かっていると、林道脇の駐車スペース付近にはマイカーが6〜7台ほど駐車していたのでビックリ!皆んな「金の水」現象を見物にやって来たのかも知れない・・・「金の水」付近は狭いのでコリャー写真撮るのも大変バイ!と覚悟したものだ。

 私が何時も車を留める場所には2台のマイカーが留っていたが、その中の一台が入れ替わりに下山して行ったのでその後にゆっくり駐車出来、グッドタイミングだった。

 10時半ごろ出発、慣らし運転でスローペースの妻の足取りに合わせ、堤谷の沢沿いの山道をゆっくり登って行くと、一の滝を少し行った所で下山中の登山者に出会う。早かったですねと挨拶を交わしお話ししていると、「今日は、団体の登山者たち二組、20人ほど離合しましたよ」と言われる。

 私が、一昨日「金の水」で、窟の中に日の光が差し込む現象を見ましたが、写真を撮れなかったので再度登っています。と言うと、「そうですね、あれは、今の時期と秋ごろ年に二回見るチャンスがあります」と話される。私は、水が黄金色になるのだろうと思っていたら「滅多にないそうですが、色々な周囲の条件が良い時には、あの真っ暗な窟の中が神秘的な黄金色に包まれるそうですよ!まだそれを見た人はほんの一握りだそうですが・・・」と笑いながら説明された。

 そういえば、一昨日見た時は金色には見えなかったことを思い出した。こうして、何度も登っていると知らなかった情報に巡り合える好機も訪れるのだ・・・。いろいろ有難うございましたと礼を言って別れ、11時半ごろ百日断食の水場に着き、冷たい水で顔を洗い喉を潤し一息入れた。

 「金の水」の手前に来ると人の話し声が聞こえてきた。妻に、先客たちが時間待ちをしているようバイと話しながら登ると、四人ずれのオバチャマ達がリュックを下ろして休憩中だった。挨拶を交わし通り過ぎ、物の1分ほどでお目当ての「金の水」の前に着いた・・・が先客は居なかった!!

 丁度、12時チョット前だったので昼飯を食べながら窟の中に日の光が射し込んで来るのを待つことにしてザックを下ろしていると、先程のオバチャマ達が登って来て、アラ、金の水は此処だったのね、知らずにすぐ下で休憩してしまったね・・・と仲間同士で笑っておられた。

 どちらへ登られますか?と尋ねられたので、イヤ、私たちは此処の「金の水」迄で・・・と理由をお話しすると、ワー初めて知ったと云いながら、窟の中を見るとタイミング良く、日の光が天井部分の小さな隙間からスポットライトのように射し込んで、暗い窟の岩の上を流れる水面に白色の円を映し出していた。

 「金の水」では無かったが、時間の経過に少しずつ形を変えながら移動しているのを見ると、あー地球は廻っているんだ・・と実感した。写真を撮っていると、一人の登山者が登って来て「見えるなー」と話しかけてこられる。その人は、昨日も来たそうで、やはり、知る人ぞ知るだ。

 暗い窟の中に頭を入れて上を見ると、光源の岩の隙間からキラッと眩しい青空が見えた。この隙間から、窟の中に日の光が差し込む角度が如何に少ないか判った。

 その一年に何度かの現象を見る事が出来満足した。今回は、銀色の小さなスポットライトだったが、いつの日かこの窟が黄金色に包まれる日を信じて又やって来よう。

 その記念すべき「金の水」を6リッターお土産に頂き、ウグイスの声を聞きながらのんびり下山した。 




堤谷から風薫る、宝満山〜佛頂山へ


本道寺 ⇒ 堤 谷 ⇒ 宝満山(829m) ⇒ 佛頂山(868m) ⇒ 金の水 ⇒ しらはげ尾根 ⇒ 本道寺

2008/5/20

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5月20日・・晴れ

 昨日の雨も上がり、真っ青な空が広がる気持が良い朝・・・。週末の日曜日は運動会とか、「おじちゃん、運動会見に来てね」と、連日の練習ですっかり日焼けして逞しくなった児童たちが登校していくのを見送り、帰宅後、私は山への出勤準備をした。

 一昨々日、MTBに跨り、柚須原から三郡山へ登るつもりだったが、入口のゲートに追い返されUターンして、四王寺山を越して帰って来たので、今日はマイカーで本道寺から宝満山へ向った。今年になって、宝満山々系には何度も這入っているが何時も昭和の森からばかりで、裏側からは今年初めてだった。

 もう田植えの準備の始まった本道寺集落の段々畑の中を登り、こちら側から登る時に駐車する路肩の駐車スペース(4台ほど駐車可)に車を留め10時頃出発した。5分ほどで、しらはげ尾根と堤谷コースの分岐に出る。右はしらはげ尾根経由、そのまま沢伝いに登るコースが堤谷コースで、上流の百日断食の石碑の所で合流している。

 山道に這入ると、昨日の雨で奇麗に洗い清められた樹木の新緑がキラキラ光り、爽やかな山の空気が充ち溢れこの身を包む!山道の横を流れる澄み切った渓流の岸辺には沢蟹の兄弟が遊び、アザミの花には美しく着飾った蝶々さんがとまり朝の挨拶を交わしていた。

 可愛らしい小さな滝には、下から一の滝、二の滝、女滝、初音の滝・・・ETC。夫々ネーミングがしてあり楽しい。
分岐から10分ほど行った所には滝を高捲きするために長いアルミの梯子が掛かっている。谷間の道は、スギの植林や雑木類が茂っている場所では薄暗いが、それの切れた辺りは視界こそ利かないが、五月の陽光が燦々と降り注ぎ、飛沫を上げて流れ下る渓流の音が耳に涼しく、水際には背の高い小さな花が飛沫に濡れ、岸辺の草の葉に黒色の半透明の羽根を畳んで休むトンボが初夏を告げていた。

 10時40分頃、しらはげ尾根道との合流点の百日断食の記念碑のあるところに出た。冷たい渓流の水で顔を洗い喉を潤し一息ついた。淡い緑色の苔をつけた岩に紫の山藤の花びらが散り落ち風情を感じた。

 一休みして出発。晋地の窟と宝満山の分岐から左折し、枯れ葉の敷き詰められた尾根道に這入り11時ごろ宝満山の絶頂が見える剣岩に着いた。

 以前は、この剣の岩の上に登りやすいようにロープが取りつけてあり、足場の木などが置いてあったが撤去してあり、岩の割れ目に足を入れて登るのは兎も角、降りる時が難しく、運動神経の鈍い中高年や子供たちはチョットやばいだろう。

 大きな花崗岩でできた剣岩の上によじ登ると、此処は確かに絶景ポイントだ!すぐそこには宝満山山頂の岩場が聳え立ち、登山者の姿も見える。足元には田植え準備の水が入った田園が広がり、筑後平野が霞んで有明の海に消えていた。

 小休止して岩場を何とか下りて山頂に向かい、11時20分頃、山頂直下のキャンプセンターの水場に着いた。美味しい水を備え付けの柄杓に汲んでゴックン、ゴックンと頂く・・・アー甘露!

 キャンプセンターの周りには、大勢の中高年グループの登山者たちがあっちこっちに散らばり、お昼の弁当を食べたり四方山話に花を咲かせていた。その前をを素通りし山頂に向かい、稚児落としの岩場の鎖道を登って11時30分頃、山頂神社の祀ってある360度フルオープンの展望が開ける山頂に着いた。

 神社の後ろの岩場に行ってザックを下ろしお昼にした。足元には、さっき登った剣岩が樹林の中から巨体を覗かせ、キャンプセンターの赤い屋根が直ぐそこだった。

 靴を脱ぎ、汗で濡れた背中が冷たかったのでお日様に背を向け、日向ぼっこしながら特製のおにぎりを食べていたら、足を乗せている岩の陰から子持ちシシャモの様に太ったトカゲさんが出てきて、器用に手足の吸盤を使い岩の上で、小癪にも私の真似をして甲羅干しを始める!

 蛇とか、トカゲとか爬虫類が好きな人はあまり居ないだろうが、よく観察してみると可愛い!写真を撮ろうとカメラを近付けるとウインクした?飯粒を顔の前に置いたが好みじゃないようで無視された・・。然し、お前は肥えすぎバイ!健康診断ではメタボ確実だぞー。

 神社の裏でのんびりしていると、登って来る登山者がガラガラ鳴らす鈴の音と柏手に、何だか自分が神様になったようで尻こそばゆく申し訳なかった。山頂滞在40分、御機嫌に甲羅干し中のトカゲ君に別れを告げ下山開始。大きな鎖をつかんで岩場を降りたところに生えていたモミの木の淡いグリーンの新芽がとっても優美だった。

 縦走路を佛頂山へ向かっていると、向こうからやって来た女性の登山者は何とパソコン教室同窓生のHさん。お互いに頑張ってますねと挨拶を交わす。彼女は、夏に北アルプスの裏銀座に出かけ、秋にはもう一度北アルプスへ行くとか・・・お互いに刺激しあいながら山を楽しみましょうネと別れた。

 佛頂山の先から右に這入り、金の水へ向った。この前は三郡の天の泉の水、今日は金の水。山の水はとっても美味しい!金の水が近くなると賑やかなオバチャマたちの声が聞こえてくる。着くと、賑やかな声の主の6人グループのオバチャマたちが水場付近にかたまり何だか騒いでいらっしゃるので聞くと、今、一年に何日かしかおこらない「金の水」の現象が起こっているとか。

 「金の水」の謂われは、洞窟の中から出ている水に、洞窟のかすかな割れ目から差し込んで来る陽光が、五月の今頃の12時30分過ぎからほんの何分か水に当たり、水が金色に光る現象だそうで、慌てて、カメラを持って来て写そうとしたが・・・もう陽光は消えていた。

 まだ、あと何日かはチャンスがあるらしい。是非、もう一度登って来て見てみたい・・・
そんな大騒動の「金の水」をポリタンに汲んで下山。百日断食の石碑から、しらはげ道を通って下り、美味しい木イチゴの実を頂きながら登山口の車の所に13時半ごろ帰着した。




新緑の縦走路と頭巾山(トッキン)の 石楠花・・


昭和の森 ⇒ 内の畑コース ⇒ 前砥石山(805m) ⇔ 砥石山(826m) ⇒ 三郡山(936m) ⇒ 頭巾山(901m) ⇒ 昭和の森

2008/5/15

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5月15日・・晴れ

 子供たちの通学路でミドリのおじさんをしていると、もう、元気な子は半袖シャツだ。街路樹の欅並木もついこの間まで裸ん坊だったのに、いつの間にか青々と茂り、気がつけばもう五月も半ば・・・。

 帰宅しておにぎりを作って貰い、山へ出勤だ!ラッシュの済んだ道をスイスイ走り、皐月の風が心地よい昭和の森に9時ごろ着いた。平日だが駐車場には7台のマイカーが留っていた・・・新緑を求め、私と同じように「毎日、日曜日」の中高年の山歩き人がお出ましだ。

 昭和の森からは、稜線に向け@ 河原谷(ゴウラタニ)コース A 頭巾尾根コース B 欅谷(ツキタニ)Aコース C 欅谷(ツキタニ)Bコース D内の畑コース・・とあるので選り取り見取りで、その日の気分でコースを選べ、広い駐車場やトイレ完備で無料なのが嬉しい・・・!

 今日は、内の畑コースを登って砥石山まで行って引き返し、三郡山から頭巾尾根を下って来るつもりで常時携帯品の鉈と鋸をザックの横に挿し、9時10分頃駐車場を後にした。

 駐車場を出て直ぐ、バンガローの立ち並ぶ下を通るコンクリート舗装の林道を歩き始めると、正面の小さな山のてっぺん辺りの萌黄色の新緑が鮮やかだった。5分ほど登ると、砂防ダムの堰堤から流下する水が清涼感たっぷりで、冷やしソーメンを流しているようだった・・・!

 植林の中の林道を登って行くと、道の際には白い野イチゴの花や薄紫のヤマエンゴサクの花などが朝露に光り、ウベの蔓には白い花が咲いていたので、秋の実りの時期の味覚を期待しておこう。

   昭和の森を出て丁度30分の所に小さな指導標があり、林道経由と尾根道経由で砥石山へと書いてある。尾根道経由のコースに這入ると、取り付き付近は補助ロープが備えてある足元の不安定な急斜面だが、次第に傾斜が緩んでくると欅や杉などの植林の中の道で登りやすくなり、植林地帯を抜け稜線が近くなると、樹高の低い萌芽林の中の道となって、谷間から吹き上げる薫風に瑞々しい新緑のトンネルがそよぎ、汗まみれの身体を癒してくれた。

 取り付きから丁度30分、昭和の森から1時間の10時10分に縦走路の分岐点に着いた。この縦走路には、大人が一人腰掛けられる程の小さなベンチが要所々に置いてある。此処にもそれが備えてあったので腰を下ろし、流した汗の水分補給にお茶を飲んで一息ついた。

 5分ほど休憩して縦走路を北へ、前砥石山から砥石山へと向かった。オオルリやウグイスの美声が絶え間なく聞こえる中の、若葉青葉のトンネルの縦走路は足取りも軽くなり、思わず知らず小鳥さんのコーラスに仲間入りしてハミングしながら快調に足を伸ばした・・・!!

  新緑のトンネルの切れた陽あたりの良い場所には、1センチ程の小さな白スミレや、黄スミレが目に優しくお出迎えをしてくれ、咲き終わった三つ葉ツツジのピンクの花びらが落ちていた。20分ほどで見晴らしの良い前砥石山の山頂に着いた。遠くの山は春霞みの中で見えず、足もとの福博の市街はスモッグに煙っていたが、宝満山から若杉山に続く稜線は五月の陽光に黒々と連なっていた。

 此処にも例の小さなベンチが二個あったが坐らずに通過し、縦走路を暫く行った所に、遅咲きの三つ葉ツツジが鮮やかなピンクの衣を着て声援してくれた?砥石山との鞍部に下っていると目の前に砥石山が樹林に覆われ私を待っていた。

鞍部に下り、急坂を登り返して10時50分頃見通しの利かない砥石山々(826m)に登りついた。此処には例のベンチが無かったので石の上に坐り、水分補給をして5分ほどで腰をあげUターンして三郡山方面へ向かった。

 小さなアップダウンの縦走路を歩いていると、筒鳥が低音でポン・ポンと鳴き、何やら名前のわからない鳥がピーーと長く声を伸ばして鳴き、不如帰はテッペンハゲタカ・・・と賑やかに鳴き、キツツキさんは大工仕事の最中らしくコツコツコツと音を響かせ、勿論、美声のオオルリさんやウグイスさんは、すぐ近くの枝でチロリン・ル・ル・ル・・・ホーホケキョと森の音楽祭たけなわで、このコーラスをお伝え出来ないのが残念だ!

 前砥石を過ぎて暫く行った縦走路の横にテンニンソウの葉っぱが密集して生えていた。秋の頃には薄いピンクの花を咲かせて呉れるだろう・・・楽しみだ。三郡山まで30分ぐらいの所にある小さな展望岩に乗ると、目前に三郡から頭巾山の稜線が横たわっていた。

 そこから暫く行った登りで、二人のご婦人パーティに追いついた。追い越していくと、一人の方が私のザックに挿している鉈などを見て、大変ですねと話しかけて来られたので、エー、あっちこっちの山の倒木や登山道の補修などボランテアでやってます・・・などの話から、三郡山手前まで山の四方山話をしながら同行した。

 三郡山頂に12時過ぎに到着。腹がへってたが飲み水が不足してたのでそのまま通過し、天の泉の水場まで行った。この前まで枯れていたので心配したが、縦走路から下の水場を見ると筒の中から透明な水が流れ出ていたので安心し水場に下った。

 先ず、マグカップで冷たく美味しい水を一口いただく・・・。一気に飲めないくらい冷たい水で、顔や手を洗うには冷たすぎでチョロット撫でまわしてやめた。ホウチャクソウの白い花が沢山咲いていたのでカメラに撮ったが、三枚とも焦点が合っていずピンボケだった・・ので、掲載できず残念です。

 特製のおにぎり(梅干し・ノリ・鰹のツクダニ・高菜の漬物)をゆっくり食し、3リッターの水タンクに冷たい水を頂き下山の途に着いた。

 縦走路に出て小さなピークを登ると頭巾山への分岐点で、此処から右折して900mの山頂を通過し、急坂を少し下った所に、木々の間に何やら赤い花が見えたので藪椿の花かなと良く見ると、何と、ツクシシャクナゲの花だった。見える範囲では数は少なく4本くらいしか確認できなかった。今日は、此処でシャクナゲの花に巡り合おうとは思っていなかったので、何だか得した様な気分になって写真を撮らせてもらった。

 この頭巾尾根は自然林が多く残ったコースで胸突き八丁の登りが多いが、私は、このコースが好きだ。ロープが張ってある急斜面を下り高度を下げて行くと、左側の樹々の合間から宝満山頂と佛頂山がお疲れさんでしたと別れを告げていた。

 枯葉の積もった山道を一気に下り、昭和の森の駐車場に14時前に帰りついた。昭和の森からのすべてのコースを踏査したがもう倒木は無かった。




新緑の頭巾山(トッキン)901mへ・・


昭和の森 ⇒ 河原谷 ⇒ 難所滝 ⇒ 頭巾山 ⇒ 昭和の森

2008/4/24

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4月24日・・晴れ

 昨日の雨も上がり天気も回復模様。児童たちの通学路から三郡方面を見ると、山にかかった雲も上がっているようで久し振りの宝満山系を思い立ち、帰宅して野暮用を済ませ10時半過ぎからの遅い出発となった。

 昭和の森の駐車場まで車で僅か20分足らず、思いつくと気軽に出かけられるのが強みで、私の山の運動場といったところである。

 駐車場には7〜8台のマイカーが留っていた。11時少し前にザックを肩に河原谷方面への道に這入ると、右手のシャクナゲ園の石楠花の花と八重桜の花が満開で風にヒラヒラ散っていた。

 天気は回復して青空が広がっているが、黄砂が少し飛来してきているらしく市街地の方は霞んでいた。少し風が冷たかったが半袖シャツ一枚になって遅くなった出発をカバーすべく早足で登って行くと、たちまち額から汗が滴り流れた。

 河原谷の手前で下山して来る登山者と離合した。昨日の雨で水量の増えた谷の水がザーザーと勢いよく水音を立て、吹き抜ける谷風が新芽を吹き始めた樹林の梢を鳴らして渡り、囀る小鳥たちの鳴き声も軽やかに、もうすぐそこに初夏が来ていると告げていた。

 野イチゴの白い花はあちこちに群れ咲き、赤い絨毯を敷きつめたようなヤブ椿の花びらの山道を一気に登り、ウサギ道別れから難所滝方面に這入り、昭和の森から僅か50分で難所滝に登りついた。

 二ヶ月前には氷のカーテンとなって登山者たちを感嘆させていた滝も、今はしぶきとなって清冽な山の水を岩肌に振り撒き、夏の装いに変身していた。

 写真に収め、すぐ横から三郡縦走路に向かう急勾配の道を登って行くと、此処にも落首したばかりのヤブ椿の花が落ちていた。踏みつぶしていくのは忍びなかったので奇麗な花を寄せ集め写真に撮った。

 少し登った日当たりの良い谷間の端っこでお昼にした。標高700メートル付近の樹木はまだ青葉とまではいかない薄みどりの幼葉だが、ひと雨ごとにその色を増して爽やかな五月の陽光に煌く日も直ぐそこだろう・・。

 菫の花咲く谷間の食堂を後に出発、縦走路へ向かった。宝満〜若杉の縦走路に出て三郡方面へ向かい、三郡手前の頭巾山から昭和の森への道に入った。

 地面にピンクの花びらが落ちていたので振り仰ぐと、新緑の葉の中に鮮やかなピンク色した三つ葉ツツジが咲いていた。この分だと井原山の三つ葉ツツジも見頃になっているのでは?ちょっと様子を見に行かなくてはならないナ。

 一人旅は早い。下り坂を一気に駆け下って行くと、遺跡の正楽寺跡手前付近のが一斉に渦巻きを巻き、同じ方向に向かって背比べ?している姿が面白かった!

 手入れの行きとどいた昭和の森ツツジ園は、まだ植樹して日は浅いが赤、白、ピンクなどのツツジが五月連休の見物客たちを待っていた。

 昼飯時間を除くと僅か2時間半ぐらいの駆け巡り登山で、14時前に駐車場に帰りついた。




孫娘たちと桜の四王寺山へ・・


野外音楽堂⇒毘沙門天⇒展望台⇒もみじ谷⇒野外音楽堂


2008/4/1

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 4月1日・・晴れ

 今日から素浪人・・!。昨日、三月三十一日をもって累積50年に亘る鉄道乗務員としての業務に終止符を打ち感無量というところだ。  振り返ると、この50年の歳月はあっという間の出来事でもあるようだが、遥か長い道のりだったような気もする。

 仕事と家庭そして山・・・。なんとかやり繰りしながらもこれまで大過なく来れたのは、家族を含め周囲の人々の理解と協力、そして支援があったればこそと改めて感謝する気持で一杯だ。

 人間誰しも自分自身の人生だから、死ぬ時にあれもすれば良かった、これもしたかったと後悔しないような生き方を望むだろうが、その人の環境によってはやりたくても出来ない人もいるだろうが、人それぞれのやれる範囲で人生を切り拓いていく努力を惜しんではいけないと思う。

 この後、私の余生が何年かは神のみぞ知るところだが、まだやりたい事が残されているのでそれに向かってゴーイングマイウエイ!残された時間を大事に、且つ積極的な人生を目指したいと、心新たにする次第だ。

 この後、私の決まった時間割は、毎朝児童の通学路でミドリのおじさん、そして、自然公園指導員としての山岳巡回がメインで、プラスアルファーとして孫たちのお相手だ。

 そのプラスアルファーが昨日からお泊まりセット持参でやって来たので、おにぎり持って四王寺山に出かけた。四月新学期から五年生と三年生になる孫娘たちは元気溌剌!キャーキャー笑いながら階段もかけ登り、山頂の毘沙門天の鳥居をくぐり鈴を鳴らし柏手を打って何やらお願いしていた?

 稜線の山道を辿り紅葉谷の先の展望台まで足を伸ばし、紫色のスミレと真っ赤なヤブ椿の咲く展望広場の芝の上にシートを広げ、麗らかな春の陽ざしの中でコンロでお湯を沸かし、カップラーメンとおにぎりの昼食に舌鼓をうった。

 楽しい昼食を終え、もみじ谷を下って林道に出て野外音楽堂に向かっていると、谷の向こうに、宝満山から三郡山・・砥石山・・若杉山と続く山並が陽炎に揺れていた。

 桜並木の林道を下って家路に向かい定年一日目は終った・・・。明日はチャッカリ、地下鉄電車のスタンプラリーを予約されてしまった・・・! 




佛頂山から、三郡山へ・・


昭和の森⇒河原谷⇒ウサギ道⇒佛頂山⇒三郡山⇒欅谷Bコース⇒昭和の森


2008/3/25

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 3月25日・・晴れ

 近所の公園の桜ががほころび始め、山々の雪も消えて春山シーズンの到来だ。

 今日は、一か月振りに宝満山系の山へ足を向けた。空は晴れているのだが春特有の黄砂か煙霧に覆われて山の姿は霞んでしまって見えなかった。

 昭和の森の駐車場は平日と云うのに7〜8台のマイカーが留っていた。暖かくなってきたので中高年の登山者の皆さん達が(私も)、冬眠から覚めた亀さんのように活動を開始されたのだろう? 

 ザックを背負い9時50分出発。貯水池の横から河原谷方面へ向けて登って行くと、ものの10分も歩くと半袖シャツ一枚だというのに汗が滴り落ちる。二週間ほど山から遠ざかっていたので身体の中に不必要な水分が溜まっていたのだろう・・・。

 約30分で難所滝とウサギ道の分岐に達し、此処で右折して佛頂山方面への道に這入った。急斜面を登りきって少し行った所の炭焼き小屋跡付近に、月初めに降った大雪で折れてしまったヤブ椿があったが、その折れた椿の木には今年限りの運命だと知ってか知らずか、沢山の花をつけていた!

 先日の大雪であっちこっちの山では倒木が登山道を塞いでいるので、今日もそれに備えて鉈と鋸を携えてきたが、此処まではその出番はなかった。約一時間で稜線の宝満山から来た縦走路に出て、佛頂山の下の道に這入ると、何本か倒木があったらしく既にチェーンソーで切断して撤去済みだった。

 長崎鼻の岩場から三郡山を眺めると、山頂のレーダードームが春霞にボーッと霞み、葉っぱを落として丸裸の落葉樹が、梢には小さな新芽を膨らませ春はまだか・・・と待ち構えていた。

 途中、何人かの登山者を追い越したり、離合したりしながらグイグイ飛ばし、無人の三郡山々頂936mに登山口から一時間四〇分の11時半ごろ登りついた。山頂標識の裏側に取り付けられた寒暖計を見ると摂氏9度だった。山頂からの眺めはやっと砥石山が見えるくらいで若杉山は靄の彼方だった。

 強風に追い立てられるように山頂を後に下山開始。欅谷Bコースの道を下り、途中の水場で5分ほど休憩しドーナツと水で簡易昼食!このBコースの沢も先年の大水害からやっと落ち着きを見せ、今は優しく清らかなに流れ下る沢水も、一旦、集中豪雨などの時にはまだ何か所か崩壊、落石の恐れがあるので要注意だ。

 天気予報では、寒気の流れ込みでお昼頃崩れるかもしれない。だったが、何だか雲行きが怪しくなってきたので一気に下って、登山口に12時40分ごろ帰着した。




宝満山、河原谷の・・難所滝凍結!(パートW)最終章?


昭和の森⇒河原谷⇒難所滝⇒三郡山⇒欅谷Bコース⇒昭和の森


2008/2/21

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 2月21日・・晴れ

 児童通学路でのミドリのおじさんを済ませ帰宅し、好天に誘われ山行き準備!

 サテ・・今日は何処へ行こうか?井原山か宝満山。どっちにしようと迷ったが、瑞梅寺までだと一時間チョイかかり、登山口に着くのが10時半過ぎになるから、と云う事で近場の昭和の森登山口へ足を向けた。

 つい五日前の豪雪の大山が別世界の出来ごとのような、青空と充ち溢れる春の陽気。日一日と陽光も強まり、山の雪も消えてミドリ蘇る春の出番や近しだ。

 昭和の森の駐車場を10時10分の遅い出発、貯水池ダムの上から河原谷を経て取敢えず難所滝へ向かった。もう登山道には積雪は無いだろうと思っていたが、ウサギ道分岐を過ぎた辺りから残雪が現れ初め、踏み固められた雪はコチコチに凍って歩き辛かった。

 難所滝に11時ごろ登りつくと、意外や、滝は真っ白に凍結し、見事な氷のカーテン>となって岩壁を覆い迎えてくれた。この時期まで氷瀑を見れるなんて何年振りの事だろうと、改めて二月に這入ってからの寒気が強かった事を知った。

 今季、最後となるであろう氷のオブジェを目に焼き付けて滝を後にし、三郡縦走路への急坂を登って行くと、ミズナラの木が青空をバックに風に揺れ、やがて来る春を心待ちにしていた・・・。

 日陰斜面は凍てついた縦走路に11時25分ごろに出た。縦走路はまだ残雪が多く残り、凍ったツルツルの下り斜面ではおっかなビックリ駆け下り、三郡山を目指した。

 5〜6人の登山者が休む三郡山頂に11時55分頃到達し、昼食にしようかと思っていたが風が冷たく通過することにして、春霞に煙る四方の景色を目に収め山頂を後にした。

 三郡山頂を出て暫く行った所の、開けて展望の利く場所から下界を眺めると、福博の市街は煙霧の蓋に覆われていたが、対照的に上空は真っ青に空が広がり、この青空をお土産に持って帰りたくなった・・・。

 杉の植林を抜け、沢を横切る手前に無風で日当たりの良い場所があったのでザックを下ろし、妻が握ってくれたおにぎりを頂いた。沢を挟んで見上げる高さには頭巾山(トッキン山)が残雪をつけ逆光に佇んでいた。

 食事を終え、ツキタニ(欅谷)Bコースを駆け下り、登山口の昭和の森に13時頃帰着した。・・・・行動時間はハイペースの3時間弱だった。




宝満山、河原谷の・・難所滝凍結!(パートV)


昭和の森⇒河原谷⇒難所滝⇒三郡山⇒欅谷(つき谷)Aコース⇒昭和の森


2008/2/5

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 2月5日・・晴れのち曇り

 昨日は金山へ単独登山、そして今日は一転、総勢9名で賑やかに難所滝から三郡山へと登った。

 メンバーはいつも一緒しているU-bhanのラッセルUさん、野生児Sさん、後の6名は同じ会社だが違う職場の人たちで、Uさん、Sさんは何度か一緒に山歩きをされて顔見知りだったが、私は今日が初顔合わせだった。

 昭和の森駐車場で合流し、10時少し前からの遅い出発だった。平日というのに駐車場は満タン状態で、このところの寒波で凍結した難所滝目当ての登山者たちの車だろう。(我々も)

 ウサギ道別れ付近から積雪が現れ始め、沢を横切った上あたりから雪も多くなり、土日に登った多勢の滝見物の登山者で踏み固められた雪が凍っていたので、私とUさんを除いた7人は滑り止めのアイゼンを装着した。

 アイゼンの着脱もこんなに天気のいい時は楽だが、吹雪の中や低温時は手が悴んで辛いものだ。然し、スリップ防止にはピッケルよりも重要な装備だ。滑り止めのアイゼンのお陰で皆さんスリップせずに、踏み固められてツルツルの雪の登り坂を快調に登り、11時10分頃お目当ての難所滝へ登り着いた。

 積雪の量は前二回よりも多かったが、肝心の滝の凍結具合は期待してたより凍っていなかった。それでも、始めての人は感激されたのではないかと思った。

 全員集合して氷のカーテンの下で記念撮影ハイチーズ!  小休止後、三郡方面へ出発。滝のすぐ横から急傾斜の雪の付いた道を登り上がり、下を覗くと氷のカーテンをチョコットつけた難所滝が、「また来てください」と別れを告げていた。

 風がないので、辺りは雪世界だというのに汗が滲むくらいで、稜線手前の登りで、若いKさんは顔から汗が噴き出ていた。曰く「新陳代謝がいいのです」本当にそうなら良いのだが・・・。

 11時45分頃、三郡縦走路の分岐に出て左折し、20センチほど積もった雪の縦走路に、心を浮き立たせた9人のいい年こいたオッチャンたちがルンルン気分でザックザックと雪の感触を楽しみ、三郡の手前の頭巾山(とっきんやま)に立ち寄り、頭巾山が初めての人へピークハントのプレゼント!ハイチーズ・・。

 柚須原から登って来ている車道に出ると積雪計量のポール>があったので見ると積雪量は25cmほどだった。
12時20分頃三郡山頂到着、丁度ランチタイムだったので各自ザックを下ろして昼飯にした。Sさん、Uさん、Kさん、もう一人のSさん達が夫々にガスコンロでお湯を沸かし、ラーメンやショウガ湯、コーヒーをサービスして貰う。寒い時は温かいものに限る!

 雪の三郡山頂で美味しいお昼を済ませ、13時17分集合写真を撮って縦走路を北へと向かった。三郡から若杉方面への縦走路は積雪量も多く30〜40cmもあり、9人の中で、この先の寒波次第では今シーズン最後の雪上歩行になるかも知れない人には願ってもないプレゼントだ。

 欅谷(ツキタニ)Bコースを見送り、小さな登り下りをして13時55分頃、欅谷Aコースから縦走路に分かれて昭和の森への道に入った。
縦走路から約20分で林道に出て、ここで、アイゼンを装着していた人たちがアイゼンを外した。あとは、雪の山歩きの余韻を愉しみながら、舗装された林道をテクテク歩き、雪のひとかけらもない昭和の森の駐車場に15時少し前に帰りついた。・・・皆さん一日の山歩きオツカレサマデシタ・・・・




宝満山、河原谷の・・難所滝凍結!(パートU)


昭和の森⇒河原谷⇒佛頂山⇒難所滝⇒三郡山⇒内の畑コース⇒昭和の森


2008/1/25

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 1月25日・・曇り

  二つ玉低気圧が日本海北部で急激に発達し、東北地方や北海道では台風並みの強風が吹き荒れ、日本海側ではかなりの積雪となったが、九州では少し寒が締まった程度で物足りなかった・・!?

 それでも、難所滝が再び凍ったかもしれないと淡い期待をしながら、U‐Bhanの山仲間、ガマンのNさん、巨体のHさん、経ケ岳から新加入のOさんの三人と一緒に、7時過ぎに昭和の森へ向かった。

 いつもは自宅から昭和の森まで20分ほどで行けるのだが、丁度朝の通勤ラッシュに巻き込まれ昭和の森まで40分もかかってしまった。
駐車場はガラガラで一台の車も駐車していなかった。今回が二度目になるOさんは登山靴の履き初めで記念すべき第一歩になった・・・。今後、その登山靴であっちこっちの山をいっぱい登りまくってください。

 8時10分頃駐車場を後に出発。貯水ダムの横を通り、河原谷(ゴウラタニ)から佛頂山へ向かった。30分ほどで難所滝方面とウサギ道から佛頂山方面への分岐に出た。登山口を出る時は手が悴むほどは寒かったが、登るにつれて身体が温もり途中で衣服を脱がされ、長袖シャツだけでも額は汗ばみ、ザックを背負う背中は汗びっしょりだった。

 登るにつれ、足元の山道はコチコチに凍結し、道の際には霜柱が林立し、それを山靴でザックザックと踏み敷いて歩くのが何とも言えない感触だった。

 稜線へあと20分位のところで、上から下山して来る女性の登山者と離合する。「随分早かったですね」と挨拶すると「昭和の森を7時半ごろ出て難所滝から佛頂山を廻って来ました」と涼しい顔で答えられる。4日に登った時も男性の快速登山者に会ったが、彼女もそれに負けず劣らずの快速ぶりだ。

 尾根道の縦走路に出ると直ぐに佛頂山々頂で9時30分だった。祠に祭られた石の地蔵さんに手を合せ、今年一年の山行きの安全をお祈りした。
佛頂山を後にし、途中「私のお気に入りの休憩展望台」にちょっと立ち寄り、若しかしたら白銀の久住連山が見えるかと四囲の景色を眺めたが、冬の鉛色の雲の中に山々の姿は隠れ、やっと耳納連山が見えるぐらいで残念だった。

 長崎鼻から下った鞍部から難所滝へ下り、9時55分に難所滝の下に着いたが、凍結度は30%ほどで、前回、4日に来た時よりも凍っていなかった。
凍りついた難所滝の前で初見参の三人の記念写真を撮り、難所滝を後にして尾根道の縦走路へ向かい、25分ほどで縦走路に出た。

 バリバリに凍てついた縦走路を快調に飛ばして10時50分に無人の三郡山頂に着いた。HさんとOさんは山頂の岩に座って旨そうに紫煙を立ち上らせ、Nさんは朝が早かったのでとおにぎりを一個だけパクついていた・・・。ちなみに、山頂標識の寒暖計は零下2度だったとか。

 小休止後スタンドアップ!縦走路を下って行くと寒気が増してきたようで、汗もすっかり冷えて寒くなり、若杉山方面は雪雲の下になり空が暗くなってきた。 欅谷(ツキタニ)Bコースを通り越し、縦走路を北に向かっていると途中から粉雪が舞ってきて帽子をかぶったり手袋をつけたりさせられた・・。

 欅谷(ツキタニ)Aコースを通り越し、暫く行った処の内ケ畑分岐に11時50分ごろ着いた。此処でお昼にしましょうとザックを下ろしていると、天気が回復してお日様が温かい陽光を投げかけてくれた。Hさん曰く「やはり、日頃の行いが良いせいバイ」と一人で合点していた。

 兎に角、有り難い。Nさんと私のガスコンロでお湯を沸かし、おにぎりと一緒に熱い激辛ラーメンをフーフー頂くと人心地がついた。やはり寒い時はあったかいラーメンバイ!!

 お腹が充ちたところで12時15分頃下山開始。縦走路を後に内ケ畑コースを下り、下の林道に12時35分頃出て、後は舗装された林道をブラブラ下って昭和の森の駐車場に13時頃帰り着いた。約、5時間のトレッキングでした。




宝満山、河原谷の・・難所滝凍結!


昭和の森⇒河原谷⇒難所滝⇒三郡山⇒欅谷⇒昭和の森


2008/1/4

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 1月4日・・晴れ

  昨日の久住山に続いて今年度二回目の山行きは宝満山難所滝の氷瀑探勝へ。
昭和の森駐車場は時間が早かったので一台の車も駐車しておらず、どうやら本日一番乗りのようだった。気温は一度で、この分だと難所滝の氷も大丈夫だろうと期待し、単独行の強みで(何時も同行の妻は昨日、久住で足首を痛め留守番だったので)早いピッチで河原谷を目指した。

 河原谷の冬枯れの中の山道には藪椿の赤い花が落花していた。見上げると濃いい緑の葉の中に、黄色の花芯を覗かせた真っ赤な椿の花が冬の寒さにめげずに咲いていた。

 ウサギ道別れで上から降りて来た登山者と離合する、「ずいぶん早かったですね」と尋ねると「竈神社を6時頃出て、山頂でご来迎を拝み難所滝を巡って降りて来ました」と汗も見せずにウサギ道から内山へ帰って行かれた・・・竈神社から宝満山を経て難所滝経由で此処まで二時間半とは随分早い快足の人だ!

 ウサギ道別れを過ぎ、辺りにちらほら残雪が出て来たなと思っていたら、登るにつれ周囲は雪景色に変わり、踏みしめられた雪が凍って足許が滑るのでストックを突きながら用心しながら登り、昭和の森から小一時間の8時50分頃お目当ての難所滝に着いた。

 昨年度は暖冬の影響で満足に凍結しなかったので二年越しに対面するクリステルグラスのように輝く「氷のカーテン」に見とれた。凍結度は60%程だろうが、暖冬の現在、もう一度位今冬に凍結すれば嬉しいが・・・・。

 貸し切りの氷瀑を後にし、雪の縦走路に出て三郡山へ向った。正月三が日は登山者も多かったらしく、沢山の足跡が残っていたが、今日はさっき下で会った快速登山者だけで誰一人合わないのが不思議だ。10時前に無人の三郡山頂に立ち、今年一年の山行きの安全を祈って山頂を後に欅谷Bコースへ下った。




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