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〜 厳冬期の冬富士トレーニング! 〜

'79/2/9〜14

「冬富士トレーニング」・・・回想記

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〜79’2・・富士山 (3776m)訓練登高(回想記)〜・・・(09'6,30)記

 4〜5日前、NHKテレビ番組の「ワンダーワンダー」という番組で、厳冬期の富士山が紹介されているのを見た。

 裾野を長くひいた優美な姿の富士山は何処から見ても美しく、日本国の象徴でもある。そんな日本一の山に一度は登ってみたいとの思いを抱く人は多いだろう…。

 そんな富士山に私は夏季に三度、冬季に二度…山岳マラソンで一度、と是まで六回チャレンジした…!夏季は、家族サービスでの登山だったが、冬期は、アラスカ登山に備えて、アイゼン、ピッケル、耐寒、…etc等々の訓練の為の登山だった。

 孤立峰の富士山は見た目は容姿端麗で女性的に見えるが、夏季は兎も角、特に冬期は穏やかな日は少なく突風が吹き荒れ一般の登山者は寄せ付けない。そんな乱気流に巻き込まれ山麓に墜落したBOAC機の事故の記憶は生々しい…。

 NHKのテレビ番組の撮影時は特に悪天の日だったらしく、テントを吹き飛ばさんばかりの烈風に、ヒマヤラ登山経験者もビビったそうだ…。そんな過酷な条件の冬の富士山で、海外の高い山々へ遠征する登山者は、耐寒訓練や氷雪登攀のトレーニングを繰り返し技術の向上を図っているのである。

 テレビを見て、30年前の冬富士トレーニングの事が懐かしく甦ったので資料をあさってみたら、写真や記録が出てきたので整理して「忙中閑話」として、連日の梅雨空で山行き報告の少なさをカバーしようと此処にアップさせて貰った…



… 30年前の「厳冬期富士山」登高の記録より … **黄色文字クリック⇒写真へ**

 私の所属していたNKC…(サンフォード)と、勤務先の山岳部…(マッキンレイ)が夫々に計画していたアラスカ遠征に備え、その一部メンバーたち5人が合同で冬富士トレーニングを行ったのは1979年2月だった。

 私は前年もNKCの仲間たちと2月中旬に入山、訓練を兼ねて山頂を目指したが、諸般の事由で山頂には辿りつけなかった。然し、冬富士の厳しさは十分体感していたので初参加の三名の人に比べたら余裕をもって入山できた。

 以下は、記録係のH嬢の報告と、私の補充メモよりピックアップしました。



  … H嬢の記録メモ …

「'79冬富士訓練登山メンバー」CL・T田(48) SL・K野(41) 装備・I上(31) 食糧・K賀(42) 記録・H本(27)
 2/9

19.24 博多発、急行「阿蘇」号で名古屋へ。

 2/10(曇りミゾレのち雨)

07.50 大阪着、新幹線乗り換えのため新大阪へ。
08.35 新大阪発。
11.45 三島着、在来線乗り換え、沼津を経て御殿場へ。
13.00 御殿場着、タクシーで御殿場口のスキー場へ。
13.50 御殿場スキー場着。(曇り)
14, 55 BC地到着(1600m)、テント二張り設営。(みぞれ混じりの雪、南西の風強く気温0度、風に飛ばされて飛散してくる小石が痛い)
18, 30 二号テントで夕食(ニンニク入り豚汁とご飯)
19, 35 一号テント住人の三名(T田、K野、H本)は寝袋へ…二号テントの(I上、K賀)の二人はアルコールミーティング?
22, 30 二号テント浸水事件!二号テントのI上さんが大声で「そっちのテントは浸水してないか!」との声に目を覚ますと、寝袋の下の方が濡れていたので起きて被害状況を調べると、テント下張りと断熱マットの間には雨水が溜まっていた。タオルなどで吸い取り応急処置して濡れた寝袋へ…

 2/11(晴れ)

06,30
 起床、テントの外に出ると昨夜の浸水騒ぎは嘘のような雲ひとつない快晴!真っ白に雪化粧した富士山が目前に神々しく聳え立っていた。
今日の行動予定は宝永火口上部の2700メートル付近までという事で、それに備えて個人・共同装備類の点検を済ませ、昨夜の豚汁の残りで雑炊つくった朝食を戴く。
09, 05
 BC出発、スキー場のリフト上部から真っ直ぐ宝永火口直登ルートを登って行くと、雪面の照り返しと歩行で汗ばんでしまう。トップのI上さんとセカンドのK賀両氏が競い合うように登って三番目の私と差が広がって行った。
 アイゼンは先ほどより団子になってばかり…息が切れるとかきついとか、そんな事は無いのに思うように上がらぬ重い足取りと背後の追い上げに精神的にグロッキーになった…。
12,00
 昼食(4合目付近)、宝永山の赤岩直下100メートル付近でザックを下ろし昼食(ぶどうパン、ミルク)を食す。足元にはスキー場が遠くなり山中湖も見えていた。
12,30
 計画ではこの付近までの予定だったが、天候が良いのでこのまま山頂アタック…と計画変更。ペースが上がらない私はとても無理だから此処からBCへ引き返す事にした(T田さんが同行してくれた)。
 山頂に向かう三人に、リーダーのT田さんが必ず今日中に下山して来るように念を押し、ビバーク用装備や食糧を渡して別れる。
K野、I上、K賀の三氏は後を振り返りもせずに遥かに続く雪の斜面を黙々と登って行った…私たちは時々立ち止まって振り返り、拡がって行くその差を眺めていた…。
14,00
 BC帰着。天気が良すぎたので喉が渇く、雪を溶かして水を作りながら昨夜の浸水騒ぎで濡れた装備類を干す。そして、今日の自分の不甲斐なさが情けなくなる…何としてでも山頂に立ちたいという気持ちで、T田さんに、ゆっくり時間をかけ、途中ビバーグして一泊二日で山頂を目指したい…と相談すると、 「ウン、それは良いね」と賛同していただき、少し気持ちがおさまった。
 山頂を目指した三人はどの辺だろう…と広大な富士の斜面を振り仰いで探すがその姿は見えなかった…彼等の帰還に備え水を作ってポリタンに入れ、コンロでお湯を沸かしテルモスに保存した。
17,40
 K賀氏が一人で戻って来る。日が傾きかけた頃、K賀氏が独りで下山してこられる…「眠くなったから7合目から降りてきた」そうで、7合目付近は凄い風だったとの事だった。K野、I上、両氏はきっと山頂まで登ってあるだろうから、K賀氏に明日の私たちの計画を話しながら夕食の準備をしたが、それも、K野さん達が22時までに帰って来なければこの計画も実行できるか否か分からない。
18,30
 夕食。(ボンカレーとめざし、福神漬)食事をしながらK野氏達の吉報帰還を待つ…テントの外は煌々たる満月が照り渡り、夜空の中に富士山が浮かび上がっている。
20,00
 K野、I上、両氏帰着。歌声と共に待ちかねた二人が帰って来た…「どこまで登った…?」に「山頂から帰って来たよ!」との返事!彼等のタフネスぶりに歓声が上がった…。明日は、いよいよ私たちも出発しよう!
 二人の夕食が済み、彼等が2号テントに戻られた後、二人の「7合目〜8合目の避難小屋が使える」との情報から一泊二日の明日の登山準備にかかった。共同装備品は(ツェルト一張り・テルモス4本・5回分の行動食・ラジュース1台・キャンドル4本・コッフェル&やかん)で、個人装備はビバーグ出来る装備を携帯した。
 隣のテントからK野さんが、22時の気象通報による天気図では、明日いっぱいは好天が続くとの嬉しいニュースを教えてくれた。
23,00
 就寝。2号テントでは昨年から宿願を果たした二人の祝宴が続いている…どうもお疲れさまでした、お先におやすみなさーい。


・・・(4合目で別れたK野、I上、K賀、三人の11日の行動メモ)・・・

 12時30分に下山する二人と別れた三人は宝永火口壁に沿って登り続け、不意打ちに襲ってくる強い西風にヨロット二〜三歩横に飛ばされたりしながらも高度を稼ぎ、14時30分ごろ2700m地点にある鉄柵の所に着いた。
 此処で、同行してきたK賀さんが、「眠くなってきたので引き返したい」と申し出られる。一緒に下ろうと云ったが、「大丈夫です、天気もいいしボチボチ下りますから心配せずに貴方達は山頂を目指して下さい…」で、彼と別れ、二人で山頂を目指し出発したがこの辺から風も強さを増し、気温もぐっと下がって来たのでセーター、ヤッケ、目出帽などを着用した。

 7合五尺の気象観測者避難小屋で、行動食のパンをテルモスの温かいミルクで流し込み栄養補給する…一息ついて小屋を出て、氷雪の斜面に続く鉄柵に掴まりながら喘ぎ喘ぎ登り、16時過ぎに標高3535mの8合目小屋の前に出た。
 冬の日暮れは早く下界は段々薄暗くなり、西の空は夕焼けに染まっていた…。暫しこのまま山頂に向かうか下山するか躊躇したが、昨年もこの付近で時間切れとなって二度とも撤退したので、I上君に、このまま山頂稜線まで頑張れる?と問うと、肥後もっこすの彼がニタッと笑みを浮かべて「ヒロミチャン…此処まで来たら行くしかないバイ」と頼もしい返事に、遅くなるがリーダーと交わした22時までにはBCに戻れると判断し胸突き八丁の永田尾根の岩屑の道に這入った。

 BCのテントを出てかれこれ7時間…体力的には疲れもあったが、気持ちの方は意気軒高!気力、やる気でヨロヨロしながらも歩を進め登って行くと、東の山中湖の上空にポッカリと14夜の真ん丸なお月さまが浮かび、最後の登りに喘いでいる二人を見守ってくれる様だった…。
 そして、お月さまが「帰りの夜道は私が明々と照らしてあげるから安心しなさい…!」と語りかけていらっしゃる様に手前勝手に解釈し心強かった…。(山頂に是非達したいという気持ちがあったればこそ、時の運を手に入れられるのだ!)

 最後の急坂をよじ登り鉄柵が切れた所が山頂の一角で、すっかり薄暗くなった銀明水の横で時計を見ると17時15分だった。
ドームの立つ一等三角点の剣が峰まで行こうと思えば行けたが、此処まで登ったのだから楽しみは後にしようと、写真を撮って引き返す事にした。
 17時25分に氷点下14度の銀明水を後にBCに下ろうとすると、お山がビックプレゼント…!三角形した影富士が夕暮れの下界にくっきりとその姿を映し出していた…東の空のお月さまと沈みゆく太陽が二人の頑張りにご褒美を下さったのだ…!

 暮れゆく足元の御殿場の街の灯りを目指して一気にかけるように下山開始…この頃は、風の中休みの時だったのか穏やかだったのでラッキーだった。煌々と照りわたるお月さまの光が白銀の雪に反射し、キラキラと水晶玉のように光る様は生涯、脳裏に刻み込まれ忘れる事はないだろう…

 名月に助けられ見守られ、ヘッドランプもつけずに良く締まった雪面にアイゼンを利かせ宝永火口の横を一気に下り、首を長くして待っていた仲間のテントに20時丁度ごろ帰着した。

 皆に山頂到達の話をすると手を叩いて祝ってくれた…。そして、彼等が明日、一泊二日の予定で山頂を目指す計画を知らされた。
 その意気込みにこちらも嬉しくなり、登頂の成功を心から祈った…彼等が準備してくれた夕食のボンカレーに舌鼓を打ち、熱いコーヒーを頂き、我々二人は二号テントへ引き上げ暫く登頂の余韻に浸って、寝袋に這入り夢路をたどった。

 12日はK野とI上両名は休養日。

13日の真夜中の1時05分にBC出発、夜行登山で8合目付近でビバーグしている三人組のもとへ向かった…。
 冬季の富士山に夜登れるなんて滅多なことでは無い…!比較的風が穏やかだったので可能だったのだ。良く締まった雪面にアイゼンの爪が気持ちよく利いて歩行がはかどった。

 満天の星空には宝石箱をひっくり返したようなお星さまの輝き!宇宙の彼方から我々に何かしらメッセージが届いているかのように思えた…満月の光に青白く光る雪面は砂漠の砂を思わせ、向こうからラクダに乗った王子様とお姫様がくるのでは…冬富士は幻想の世界だ。

 そんなメルヘンチックな世界に助けられあっという間に彼等がビバーグしている山小屋の前に着いた…時計は5時半ぐらいだった。
隙間から中を覗くとキャンドルの灯りの中で出発準備中の彼等の姿が見えた。
 挨拶をして中に這入り行動食をとって一休みさせて貰い、以後は五人一緒になって行動を共にした。
…By、H.K…


    2/12(晴れ)

05,10
 1号テント起床。テントの外に出ると今日の好天を約束するかのように、夜明け前の冬の空に星たちがキラキラ煌めいていた…。
06,05
 BC出発。装備類を点検後パッキングし身支度を整えテントの外に出てアイゼンを装着し、準備体操を終えて出発、BC地を後にする…。 2号テントは幸せな眠りの中…雪明りと夜明け間近でランプも要らない。K賀氏が出発して直ぐにカメラを取りに戻る。
 時間はたっぷりあるのであせらず、着実に右側に立っている標柱を辿って7合目付近の避難小屋を目指し一泊…翌朝山頂を目指そう。雪面を踏みしめる小気味よいアイゼンの音を聞きながら雪の斜面を登って行くと、雲海の向こうから神々しい御来迎の光が雪の斜面を黄金色に染めた…
 足元には御殿場辺りの街の灯りや、まだ眠りから覚めない箱根の山々や山中湖が展開し、山頂付近が朝の光に輝き始め、私たちの影は徐々に大きく青さを増して行った。右前方に最初の小屋が見える頃より正面からの風が増してきた。
07,05
 二郎坊小屋着(2000m、2,5合目)。小屋の付近は吹き付けた風が舞って小石を巻き上げ、横殴りに飛んで来たのが顔などに当たり痛かった。右手の入口から中に転がり込むとツエルトが張ってあったが無人なのか静かだった…此処で朝食を頂いた。
07,35
 二郎坊小屋発。私たちの後から来た三人パーティは小屋には這入らず、小休止をとって私たちの直ぐ前を登って行った…2,8合目小屋が見え始めたあたりで標柱が二手に別れていたが、彼等は左の宝永直登ルートをとり、私たちは右の観測所員交替ルートに這入った。

 分岐から暫くまっすぐの登りだったが、4合目付近より右の方へ標柱が伸びて先程の三人パーティとの開きが大きくなり、少しこちらが先行しているように見えたが、こう、右の方へ行ってしまったら後で左上し7合目あたりで一緒になっているのだから何だか遠廻りしているみたいだった…
 この辺りより右斜めから吹き付ける風が強くなり雪煙が舞っていた…。雪面はクラストしてアイゼンも良く効いたが、時々「ボリッ」と雪面を踏み割りバランスを崩しそうになる。トップを行くK賀氏の様子が先ほどからフラフラと変だ…リーダーのT田氏が「戻るなら今の中バイ」と云っている…風が冷たくオーバーヤッケなどを着た。
 下の方はガスって何も見えなくなるが、上部には小屋が二つ見え、左手上方には鉄柵が見えている。直ぐそこに見えている5,5合目小屋だが、突風の前触れがやって来る度に耐風姿勢とったり休憩したりで、近くに見えているのだが遠かった…。

11,05
 5,5合目小屋着(休憩)。コンクリート作りの小さな小屋。鉄の扉には鍵が施錠してあり中には這入れない。まだお腹は空かないが無性に喉が渇く…。

11,25
 5,5合目小屋発。  ルートは6合目付近より鉄柵の見える左手の方へトラバースして行く。先ほどの三人パーティは宝永山火口上部で休憩しておられたがメンバーの調子でも悪かったのか引き返して行かれた…(昨日の自分を思い出す)
 風の強さは高度をますにつれ強さを増し、私たちの登高を拒むように上から下から、左から右から…やたらめたらに吹き付けて顔も上げられない。
 やっと鉄柵の所に辿り着いた。何処まで続いているのかと見上げると雪煙の向こうまでずーっと続いているようで安心した…。是より、心強い鉄柵を掴まりながらの登り斜面だったが、30歩ほど歩いては乱れる呼吸に一休み…の繰り返しで文字通り牛の歩みだった。
 不調の様子だったK賀氏は、先ほど休憩した時にとった行動食のお陰で元気回復…お腹が減ってよろけていたのだ!風で吹き飛ばされた白い雪の中から黒い岩が露出し、鉄柵に付着した氷片が足元に散らかっている付近で下山してきた5人パーティと行き違う。
 7,4合目小屋付近でいつの間にかに鉄柵から離れ、周囲に小屋が見える辺りで空腹を覚えたので休憩し、行動食の干しりんごを食した…その甘さが疲れた身体を元気付けてくれた。
 然し、じっとしていたら寒い…動けばきつい、休めば寒い!冬山の厳しさを実感していると、単独行の登山者が下山してこられる…「とにかく疲れました!」の言葉通りの表情で、言葉をいうのも億劫そうだった。
 上部の山小屋の様子を聞くと、8合目の下付近にグリーンの小屋があると教えて頂いた…彼は、此処から一気に尻セードで下って行き、先にすれ違った5人パーティにあっという間に追いつき追い越して行った…!ヨシ、帰りには私も尻セードで下ろうなんて思ってしまったが、今はまだ小屋まで登る事が先決である。

13,40
 7.8合目小屋。小屋に辿り着き中に這入ると、昨夜は山頂でビバーグしたという二人組の登山者が休んでいた。彼等が云うには「此処から山頂まではあと二時間程だろう」との助言をいただいた。
 単純計算でこの小屋まで往復4時間強だが、是までの疲労を考え今日はこの小屋で一夜を明かし、明朝早くに山頂を目指す事にして下山する二人組と入れ替わり小屋の中に這入った。
 鉄の扉のある窓から小屋の中に這入ると中は暗い…雪世界の明るさに馴染んだ目には真っ暗で、キャンドルに灯りをつけ、直ぐに寒くなるので羽毛服など防寒対策をしてから昼食のパンを食べるが、明日の昼まで同じものだと思うとゲンナリして食欲が無くなった…!
 キャンドルの炎に手をかざし温めていると、この火で冷えてしまったテルモスのお湯が沸かせないかしらと思いT田氏に言うと、T田氏は小屋の隅からストーブのジョイントを見つけて来られたのでそれを利用し、冷たくなったテルモスのお湯をヤカンに移しキャンドルの炎の上に載せて温めたが火力が弱くちっとも温もらず落胆した。
 就寝時間まではじっと待つだけなのでその時間を利用して必需品の「水」の製作作業をしようとコンロに火をつけようとすると、マッチが湿ってしまったのかつかないので困る…。
 非常用のマッチでどうにか着火させコッフェルに雪を入れて溶かし水作りに励む…狭く暗い小屋の中でゴーゴーと音をたてて燃えるコンロが安心感を醸し出してくれた。
 沸騰したお湯をテルモスに入れ、二杯目のお湯作りにかかり数分してコンロの音が弱くなったので見ると、何と赤く弱々しい炎に変わってしまったので消した…原因は、高度が高いので燃料を余計に食ったのか、知らない間に漏れていたのかも知れない…スペアの燃料の必要性を思い知った。
 T田氏がキャンドルを二本立て、その上に雪の這入ったコッフェルをのせると辛うじて水が出来たので助かった。窓からBCの方を眺め今頃二人はどうしているだろうと思ったりした…とにかく水を確保したら食べれるだけ食べて明日の登山に備えよう。(T田氏が少し頭痛)

18,00
 就寝。小屋の中にあった幅25センチほどの長いすを4個、隙間を開けて並べこれにシートを敷き、その上に三人並んで寝袋におさまった。

 2/13(晴れのち曇り、夜は雨)

02,30
 早く寝たのと寒さに目が覚める。小屋の外に出るのには高い窓からでなければいけないので大変…夜空には満月が照りわたり、煌めく満天の星が手に取るように近い!
 然し良く見ると、お月さまの周りには大きな傘がでている。俗にいう「月に雨傘…日に日傘」の例えからいうとこの好天も後少しだろう…明日の日中いっぱいは大丈夫だろうから早めに出発しよう。
05,00
 起床。全員起床し出発準備…オーバーヤッケ、オーバーズボン、オーバーミトン、目出帽…等など完全冬山装備に身支度していると、突然、窓からK野、I上氏の二人が顔を覗かせ声をかけて来られ吃驚する。
 たった一日合わなかった二人だがとても懐かしく、5人揃った事が嬉しく心強くなった…。T田氏のザックに食料等を入れ後は小屋に置いて行くことにした。
06,00
 永田尾根と呼ばれる最後の急坂を鉄柵を頼りに登って行くと、突然吹き付けて来る烈風によろけそうになる…。足元の雪は風に吹き飛ばされて火山岩やゴロゴロした石が露出し、アイゼン歩行が困難だった。
 すっかり明け渡った空の向こうの雲海の中から荘厳な御来迎の一瞬を目にし思わずバンザイと叫びそうになった…!K野氏はこの光景を8ミリ撮影機に収めてあった。
 8合目小屋付近でK野さんが昨日下山する時に紛失したゴーグルを探しておられたが見つからなかった。左手の山頂尾根から吹き下ろす風と格闘しながらじりじりと登る…トップを行くI上氏が、いくら空気を吸っても肺の中に酸素が這入らない…と云いながらも、振り返りながら皆の歩行速度に気を配ってゆっくりと登ってくれた。
07,45
 銀明水到着。急に傾斜が緩くなったと思うと、そこは山頂の一角で、左手には真っ白いドームの立つ山頂が見えていた。
 K野氏が、平坦な道に出ても皆の足取りは夢遊病者のようにフラフラしているヨ…といわれたが、なるほど安心したせいか放心状態で歩いていた…。
 御殿場下り口と書いてある建物の横で休憩。全員登頂の喜びを分かち合って握手をし、オンザロックならぬオンザスノーで乾杯!
K野氏の奥様が山頂で皆さんに食べて貰って下さいと持参された「黒砂糖で煮付けたお豆」の御馳走!疲れた心身がその御好意と甘さで元気を取り戻した。
 一服して出発…サー、山頂の剣が峰まであと一頑張り!浅間神社の鳥居を過ぎ、夏なら「コノシロ池」とやらがある所を過ぎるとドームは直ぐそこで、剣が峰付近だけが雪に覆われ、周囲の火口壁の雪は強風に吹き飛ばされたのか赤茶けた地肌をむき出しにしていた。
08,10
 富士山頂・剣が峰(3776m)。吹き付ける強風の中、鉄柵を頼りに全員5人が日本最高峰・厳冬期の富士山頂に到達!気象観測所の建物とドームの前の最高点標柱の前で記念撮影…展望台に登り360度の大パノラマに酔いしれた!!
 氷点下10度以下の気温と強風にたちまち防寒具に身を固めた身体がシャチこばってしまったので、一泊二日の長時間かけて登った冬の富士山だからもっとゆっくりしたかったが、この冬富士の光景を瞼にしっかり焼き付け、山頂滞在僅か15分で下山の途についた。(K野、I上両氏は二度も登頂) 
08,25
 下山開始。登山は登りよりも下りが大変…気を引き締めて一歩一歩慎重に下り銀明水に出て一休みした。
08,50
 岩や石ころの露出した永田尾根の下りの道がやけに長く感じられる(登頂して安心したせいかも)T田氏は膝がガクガクするそうでスローペースで下られ、I上氏は、早く空気の濃いい下界に戻りたいと急ぎ足…
10,00
 7,8合目小屋。山頂の寒さと強風界から此処まで降りて来ると、防寒着が暑くなり脱いで身軽になる。
10,20
 三人が一夜お世話になった小屋と別れ下山開始する…有難うございました。最初は固まって降りていたが、ゴーグルが無いK野氏は照り返しの強い雪面で雪盲になるのを怖れ、皆から先行しどんどん下って行かれあっという間にその姿が小さくなった…。
 気温が上がったせいかアイゼンに雪がくっついて団子状になり歩き辛い。その度にピッケルで叩き落としながらでスピードが上がらず、尻セードしようとしても直ぐ止まってしまい思うようには出来ず確実に下って行くしか無かった。

 K野氏に続きK賀氏も大股でぐんぐん下って行き、後ろから来ている筈のT田氏とI上氏の姿は見えなかった…2,8号小屋付近からガスの中に這入りホワイトアウトになり方向感覚がなくなってしまう。
 K賀氏の靴跡を頼りに下って行くがだんだん不安になり、遅れてきている筈の二人を待った…やがて、その二人がガスの中から姿を見せたので一安心。アイゼンを外し一緒になってBCを目指した。
12,15
 懐かしの我が家のテントに無事に帰りつきホットする…(K野氏は11時45分、K賀氏は11時50分に着いておられたそうだ)全員集結したところで昼食…I上氏が腕をふるって作ってくれた「富士山ラーメン」に舌鼓を打った。
 食後、予定では明日BC撤収だったが、下り坂の天気から初日のような雨に会うのは敵わない…と、撤収を一日早めテントなどを片付けてBC地を後にした。
14,30
 BC地出発。
  15,00〜16,20
 スキー場入口でタクシー待ち。
16,45
 御殿場着。東京の弟さん宅へ向かうI上氏と此処で別れた。私たちは沼津の旅館に一泊して明日帰福することにした
18,50
 沼津市の旅館に投宿…山旅の疲れを癒した。

 2/14(曇り)

08,55
 名古屋まで在来線を利用、名古屋から新幹線に乗り換える。
17,56
 博多着。冬富士登山成功をお互いに祝し解散…お疲れさまでした。
記録担当、H本