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〜夫婦(二人)で登った47都道府県最高峰の山々〜

47都道府県最高峰登頂
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妻と二人で日本47都道府県の最高峰を巡る山旅を終えて早や五年になります。
振り返ると、その一つ一つの山や駆け抜けた街が遠い昔の事のように思えたり、 つい昨日のことのように思えたりします。 そんな私たちの、日本列島行脚登山道中記を皆さんにご紹介したいと思います。( 平成15年吉日)

〜プロローグ〜

私の満60歳の定年という人生の節目に、夫婦でリフレッシュと健康つくりを兼ね 「山登り」をやろうということになりました。
私は高校時代から国内の山を中心に登って来ましたが、妻は新婚旅行こそ穂高に行きましたが、それから 四人の子育てに追われ「山」とは縁が遠くなっていました。
その、子供たちが巣立ってやっと近所の山を登り始めたばかりの「初心者マーク」の妻と、山行経験は 豊富だがロートルの私・・・・。サテどんな山登りをしよう?

今は中高年の山登りの花盛り、旅行会社主催の国内外トレッキングもよりどりみどり、折から百名山ブーム で、有名な山は整備も整い大賑わい、けれど、ブームに煽られて金魚の糞みたいに人の後にくっついて 登るより、不安や苦労は多いだろうが自分たちで手作りの山行きをと、思い立ったのが「47都道府県最高峰登頂」 でした。
当時の登山関係の情報、資料では夫婦でそれも一年間で登頂した記録は無いらしく、これなら新鮮味もあり、 更に、山登りをしながら日本全国を廻れるなんて一挙両得のチャンス!
一年間で、としたのは長期に亘ると、その間に登れなくなるような障害がが発生したり、集中出来なくなるかも 知れなかったので、それに増しても老後のことを考えると、そうそう遊んでばかりもいられない、というのが 本音でした。


〜計画立案・情報収集〜(別表参照 リンク)

47都道府県の最高峰も、408mの千葉県の愛宕山から、3776mの富士山まで、 有名な山もあれば人知れず孤高の山もあって多種多様。単純に計算して1ヶ月に四県の山に登る勘定になるので、 それをベースに、低い山から高い山へ、易しい山から難しい山へ。
スタートが12月の厳冬期だった事も考慮して、季節に合わせて日本列島を南から北へ北上プランとしました。
北海道と沖縄以外は経費節減の為、四駆のワンボックスカーを使い、宿泊は車中泊をメインに、 必要に応じて民宿・山小屋・テントを利用するようにしました。
大型ザックを背負っての縦走形態の山は、四国の石鎚山〜瓶ケ森と屋久島の宮之浦岳、長野県の槍ケ岳〜奥穂高岳として、後は こっちの山からあっちの山へとマイカー移動して、サブザックで日帰りのピークハントにする事にしました。

マイカーだと登山口近くまで入れるし、一回の山旅で一週間〜二週間といった長期に亘っての山行きでは、 装備・食糧・その他生活用品も運べるのがなによりでした。
登山、道路情報などの情報収集は関係市町村や図書館などに尋ねました。 無雪期のガイドブックは多かったが、 最新版でもその内容は古かった。
特に名も無いマイナーの山は資料も乏しくて、ぶっつけ本番の登山となって心配しました。
山の難易度に関係なく、未知の体験ゾーンの山は結構多かった。
この登山を終わって二年目から始めたインターネット(パソコン)知識があれば、もっと情報も収集できただろうにと 今更ながら痛感しています。






〜登山準備・装備・食糧計画〜

計画が煮詰まって、いよいよ一年間に亘る日本縦断の登山に向けて先ず二人の役割分担をきめました。
私が、装備・行動スケジュール・気象・渉外・写真・ビデオ・車の運転・など。
妻は、食糧・会計・記録・車運転のナビゲーター・などとしました。 装備類については後述の装備表に示したように使用頻度の 高い物や、あまり使わないものでもイザという時の為に、常時携帯しておかねばならない装備類等あり、然も如何に軽量化を出来るかのジレンマ で計量器でチェックしながら大変でした。

食糧計画は、寒いうちは妻が山行き日数に応じ、あらかじめ献立を作りクーラーボックスに収納して行ったり、スーパーなどで現地調達や外食 となりました。
短時間で比較的楽な日帰り登山の場合と、一日の行程が12時間を越えるような山では必然的にカロリー面や、食べやすさ等も 吟味しなければいけないので、トレーニングの山行きや、私のこれまでの経験等を参考に計画しました。

そうして、1997年12月7日「日本47都道府県最高峰登頂」のスタートを迎えたのです。
この計画を思い立って果たしてそれが出来るかどうか本当に手探りの状態で、不安な面が(二人の体力、精神力、技量)山積みでしたが、 そんな不安や恐れに立ち向かって、二人で力を結集して挑戦するその過程こそ、まさに、この計画の根幹だったし、尊い時間になるだろうと 思いました。

私は、この計画を達成する為に家族親類は勿論、山の仲間たち・会社の同僚の人たち等‥に公言しました。 そうする事によって自分自身にプレッシャーをかけ、逃げ場をなくしておきました。





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