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02.9.11
回想エッセー
[1] 

「ご っ こ」

いつのころからか、回想的なものを書くときは「ごっこ」から書こうと決めていた。
ようやくその「ごっこ」を書けるときがやってきた。

自分にとっての「ごっこ」は、すごく大きな人で面白く、そして温かくも威厳のある人だった。
「ごっこ」はこの家の初代で、自分が3代目。自分の祖父だ。
祖母が実家から分家して、婿のごっこを迎えた。

もの心がついたとき、もう「ごっこ」と呼ばれていた。
「ごっこ」という呼び名は特に津軽言葉なわけでもない。
わが家でだけの呼び方で、近所の人も「ごっこ」と呼んでいた。

ごっこを想うと、いつも浮かんでくるのが「しべぶとん」。
今は綿はもちろん羽毛の布団などもあるが、40年も前はこちらでは藁蘂(わらしべ)布団もまだあった。
冬の寒い夜、自分はごっこと一緒にその布団にもぐりこむ。
子供は体に熱があるということで、ごっこにしてみると「湯たんぽ」代わりだったようだ。
しべで背中がいがらっぽいが、そのうち慣れる。
ごっこは肩を冷やさないようにと、自分がはいたコールテンのズボンを枕元に敷いてくれる。
そして「昔っこ」(昔ばなし)がはじまる。
5本もレパートリーがあったのだろうか。
けど、同じものを何回聞かされても、飽きることはなかった。
そうしていつの間にか眠ってしまう。

目が覚めると、ごっこはもう床にはいない。
既に一仕事を終え、しぼと(いろり)でおにぎりを焼いている。
ワダシ(4本足のついた網状のもの)にしべの芯を数本並べ、その上におにぎりを置いて焼くのだ。
網におにぎりがくっつかず、こげ目もほどよく付く。
そのこおばしい匂いで、目が覚める。
起きだして、しぼとのふちに座るともうこんがり焼けたおにぎりが待っている。
全部ごっこが握って焼いたものだ。
あのほくほくした、何とも温かいおにぎりのおいしさが、今でも脳裏にこびり付いている。

ごっこは農家だった。
コメとリンゴを作っていた。
また学校の用務員もやっていたという。
冬は縄をなり、祖母がむしろを織っていた。
雪が降り出すと、まずクズ(わらで作ったスリッパ状のもの)を編み出す。
家族の足の大きさに合わせて、編むのだ。
真新しい自分のクズが出来て、「そら履いでみろ」と渡されたときは、それはそれはうれしかった。
雪遊びをすると、手がかじかみ痛くなる。
そんな真っ赤な手をごっこに伸べると、がさがさした大きな両手で包んでくれる。
それはなんとも温かい慈愛の手だった。
その温もりを想うと、涙があふれてくる。