山域 吾妻連峰
コース 天元台〜明月荘〜谷地平避難小屋〜浄土平〜吾妻スキー場
〜復活戦は、厳冬期の吾妻〜
日程 平成18年1月28日〜30日

二人揃って無事有給をgetして、骨折からのやっときたツアースキー復活。
吾妻連峰は谷地平避難小屋をベースに滑る計画を立てた。
期待にはちきれそうになりながら、重荷を背負って出発。
データ
アプローチ

前日
東京20:36〜米沢22:48

コースタイム
一日目 1月28日(土)

米沢8:05〜白布湯元駅9:00/9:20〜天元台9:30〜リフトトップ10:10/10:30〜中大巓11:30〜人形石12:00〜中津川二俣へ向けて下降してから稜線へ戻る〜東大巓直下〜明月荘16:20

二日目 1月29日(日)
明月荘6:50〜東大巓8:00〜谷地平12:40〜谷地平避難小屋13:09(休憩)/15:00(中吾妻方面へトレース付け1580m付近)16:30〜谷地平避難小屋17:20

三日目 1月30日(月)
谷地平避難小屋6:30〜(彷徨2時間)〜姥ヶ原11:40〜前大巓と一切経山のコル13:31(五色沼方面断念)〜浄土平14:22〜不動沢橋16:30〜吾妻スキー場17:30

一日目
 1月28日(土)

コースタイム
米沢8:05〜白布湯元駅9:00/9:20〜天元台9:30〜リフトトップ10:10/10:30〜中大巓11:30〜人形石12:00〜中津川二俣へ向けて下降してから稜線へ戻る〜東大巓直下〜明月荘16:20


一日目に一気に谷地平避難小屋へ入る計画の長丁場なので、前夜はゆっくり休んで朝一番のバスに乗り込もうということで、今回は夜行バスではなく前日のうちに米沢入りをして、ビジネスホテルに泊ることにした。

バスの出発時刻は比較的遅いので、ゆっくりとご飯を食べてから出発。
米沢も積雪量が多く、バスを待っている間に地元の人たちも「もう雪は降らなくていいよ、既に一年分とっくに降ったよ。」といった会話をしているのを聞いた。
米沢駅から天元台に向うにしたがって天候が悪くなってくる。
バスは予定より若干遅れて白布湯本駅に到着。
天元台からリフト乗り場にいくと、第3リフトはまだ動いていないが、10:00くらいに動く予定とのことで、早速リフトに乗り込む。
ちょうど第2リフトの終点近くになったときに第3リフトの営業を始めるとのアナウンスが入る。
順調にリフトトップに着く。

 さあ、シールを貼り付けて体操をして出発だ!と思ったらモコモコさんから「うわー、シールが張り付かないよー。」との悲鳴のような声が。見るとシールのテールの部分が確かにつかない。他はきちんと張り付いているので、テール部分をテーピングで留めてなんとか張り付いた。
私はというと、今回シールを新調したのできちんと張り付いた。「フフフ、復活したゴルゴ山人はシールも違うのだよ。」と内心得意になって体操をする。

 いよいよ出発。
トレースはもちろんなしで、いきなりのラッセルだ。
荷物が重いのとラッセルでなかなかペースは上がらないが、1時間ほどで中大巓につく。
相変わらず稜線は風が強く、視界が悪い。人形石へ向うときにモコモコさんから「あー!!!、シールが剥がれた!!!!」の声。まさかと思って足元を見ると左足側のシールがテールから1/3くらいの長さでベローンと剥がれている。どうせ人形石からは中津川へ向けて滑るので、「いいやこのまま行ってしまえ。」とそのまま歩いていると人形石でほとんど剥がれてしまい、中津川へ滑り始めてすぐに完全に剥がれてしまった。
 あとからきたモコモコさんに「このまま滑り降りていくと、雪が深いから降りるのにも登り返すのもすごく時間がかかるから、東大巓近くまでは稜線を行ったほうがいいと思う。」といわれて、天気も天気だしそのほうがよさそうだなということで稜線へ登り返すことにした。

 そうとなればシールを貼らないといけない。脇の下にいれて暖めたりするためモコモコさんには先行してもらってラッセルをお願いする。
一度剥がれてしまったシールはすでに粘着力を完全に失っている。ストックに巻いてきたガムテープで4箇所ほど留めるとなんとか登れるようになった。しかし、いくらもたたないうちにすぐに剥がれてしまう。「も〜なんなんだ〜このシールは」(怒)と思わず口に出してしまう。
あまりにも追いついてくるのが遅いので心配したモコモコさんが空身で降りてくる。
モコモコさんにシールが全然つかないことを話し、テーピングをもらってなんとかつける。テーピングは強力でなんとか持ちこたえることができた。
そんなこんなで、いくらも下ってないのに登り返すのに1時間くらい掛かってしまった。


シールトラブルで時間を消費してしまったので、モコモコさんはできるだけ近道しようとして視界が悪い上に、なだらかではっきりしない稜線に上がるのに、もとに戻らないで東大巓に向って稜線に上がってしまiう。そのため、稜線に上がっていたのに気がつかずにさらに人形石に向って登っていたらしく、風向きと谷の方向や感じがおかしいと気づいたときは稜線の反対側に回り込んでしまっていた。

うろうろ彷徨いホワイトアウトの中では自分たちのトレースを他人のトレースと勘違いして「おっ誰か行っているよ」と間違えてしまった。
幸いにして早く気がついたのと、一瞬わずかながら視界がよくなったので方向を修正して進む。
 藤十郎を無事すぎてからは、ようやく視界がよくなる瞬間がでてくる。 伸びやかな吾妻連峰の稜線も、今日のような視界が悪いときは一転して分かりにくくなってしまう。ポツン、ポツンとあるわずかなスキーツアーコースの標識にとても助けられる。

ここまでにくるのにだいぶ時間が掛かってしまったため、谷地平までいくのは既に厳しい時間。
モコモコさんと相談して、予定を変更して明月荘泊りとする。明月荘は稜線から離れていて見つけにくいので、一度東大巓の東斜面の縁までいってから北へ向っていく作戦を取る。
この作戦は成功し、明月荘方面へ向っている途中、風が弱まった瞬間に明月荘の屋根をほぼ正面に見つけることができた。

ようやく明月荘に到着。このときは本当に安心した。
樹氷の兵士に守られた明月荘も入口は埋もれている。早速入口を掘り出しに掛かる。
モコモコさんと交代で掘ること10分ドアを開けて入ることができた。
中に入ってからさらに除雪して荷物を運びこんで、時間も時間なので早速水作りと夕食の支度にかかる。当初の計画では谷地平避難小屋宿泊だったので水は沢から汲むことができ燃料の節約ができるはずだった。そのためガスカーットリッジは二つしか持ってこなかったので心配になった。
小屋の中でも気温は低く、17時30分ですでに腕時計内蔵の温度計によると室温は−7℃。
寒さに負けないようにお腹を満タンにして、明日に備えて休むことにする。


中大巓に向けて 中津川や佐原沢以来の人形石
やっと移動性高気圧の気配が ぼんやりと明月荘の屋根がみえる
今年は2階冬季用入口も雪に覆われていた 1階の入口を掘るほうが楽



二日目 1月29日(日)
明月荘6:20〜東大巓7:00〜谷地平12:40〜谷地平避難小屋13:09(休憩)/15:00(中吾妻方面へトレース付け1580m付近)16:30〜谷地平避難小屋17:20



朝起きると、シュラフカバーにかかった息のせいでシュラフカバーが凍り付いてしまっていた。今回の山行に際しモンベルの「U.L.スーパーストレッチ ダウンハガー #0 」というシュラフを購入したので夜はヌクヌク眠れた。
朝ごはんを食べて小屋の中で準備体操を済ませてからさあ出発、と思ったら一晩中風が吹いていたため、ドアの前にまた雪が吹き溜まっていた。
モコモコさんと交代で除雪し、小屋から脱出する。

一晩快適に過ごさせてくれた小屋に別れを告げて東大巓へ向う。
相変わらず風が強いが、えっちらおっちら進むと東大巓山頂へ到着。
山頂で写真を撮ったりしていると、一気に視界が開けた。
昨日は全く見えなかった西吾妻方面や一昨年歩いた継森方面、家型山へと続く縦走路がきれいに見えた。
さらにこれから向う谷地平がポッカリと白くなっているのも見える。先が楽しみだ。
少し休憩を撮り、シールをとってから谷地平へ向けて滑りだす。
モコモコさんは最初シールをつけたままだったが、やはりシールを剥がして滑ることにし、しばしの樹林の中を快適に行く。

途中から沢筋にでて、そのまま沢の中を滑り降りる。
前半はいいが、気温が上がり傾斜も緩くなるのでスキーが滑らず下りラッセルとなる。
しかし天気がいいので快適だ。
もうすぐ谷地平というところで迷ってしまう。
方向はわかっているのだが、谷地平周辺は何本もの沢が合流しているので歩きやすいところを探しているといつまでも谷地平へたどりつけないのだ。

 地形図と照らし合わせて、思い切って進むと思ったよりも簡単にテーブル状の雪の台地となった谷地平に出られた。
最初からこうすればよかった。時間を無駄に使ってしまった。
雪の壁となったところをわずかに登ると、ポッカリと開けた桃源郷のような谷地平だ。
今日は昨日と打って変わってのいい天気でとても気持ちがいい。
モコモコさんにトップを交代して、谷地平避難小屋を目指す。
今年の春に歩いているので、迷うことなく小屋に到着。
今晩の我が家だ。
入口を除雪して中へ入る。

荷物を置いて、小屋の傍らの小沢に水を汲みに行く。
燃料と時間を節約できるのでとてもありがたい。
再び小屋に入り、早速靴を脱いでお昼ご飯を食べる。中は明るくて快適だ。

当初の予定では初日にここに入っておいて2泊して、二日目つまり今日は小屋をベースにして中吾妻山や継森の斜面を滑りまくる予定だったが、もうそんな気はなくなってまったりしてしまう。
明日の予定(中吾妻山から裏磐梯へ抜ける)を話す。
その結果、登りにかなり時間がとられるので早くに出発しないといけないが、暗いとルートが分からない。かといって明るくなるまで待っていて出発が遅くなると途中で時間切れになるかもしれない。
そこで「トレースつけにいくぞ。」
ということになり、15:00近くになってしまったが、早速出発する。

最初に問題になったのが、大倉川の横断よりもシールを留めていたテーピングが切れてしまったことだ。モコモコさんに先にトレースをつけてもらって補修にかかる。
大倉川の横断は、モコモコさんがスノーブリッジのかかるところを覚えていたので難なくクリア。
その後すぐに小沢状を渡って台地状になったところへ登るのだが、登りやすいところが見つかるまで小沢を進む。
小沢から台地状のところへ上がるとなんともいえない素晴らしいところとなった。今度はここをゆっくり散策してみたいと思った。
モコモコさんと16:30までスノーハイクを楽しみながらトレース付けをする。
帰りはトレースに乗ると滑りがよく、クロスカントリー気分を楽しんだ。
今日の夕食のメインは焼肉だ。天気もよかったし気分のよいハイキングも楽しめたので、「夕食の焼肉が楽しみだねー」と二人とも話しながら小屋へと向う。

大倉川の横断地点でまたもやシールを留めていたテーピングが切れる。
モコモコさんには先にいっていってもらう。
しかし、このたった1時間30分ほどの登りがほとんどないトレーズ付けでシールを2回もテーピングで留めることとなってしまい、明日への不安が心をよぎる。二人のテーピングの量も残りあとわずかだ。
先行しているモコモコさんが少し待っていたので、すぐに追いついて小屋へと帰りついた。
冬季の小屋はとてもありがたく、数時間しか過ごしていなかったのに「ただいま」といいたくなる。

明日への英気を養うためにすぐに夕食に取り掛かる。最初はポークステーキ。あらかじめモコモコさんが味付けをしていたものだ。食べてお酒を楽しみながら大満足して次はパスタだ。そして楽しみにしていた焼肉の番が来た。
モコモコさんに「それじゃあ焼肉にしよう。じゃあ肉だして」というとモコモコさんから「えっ!?、私持ってないよ。持って来てくれたんじゃないの?」の想定外の答えが。
なんとこの瞬間まで焼肉用の肉は二人ともお互いが持ってきていると思っていたのだ。
あれほど楽しみにしていた焼肉が食べられなかったショックは大きく、ケンカするエネルギーもなくなるほどに二人とも一気にテンション低下。追い討ちをかけるように山人のビールも半分シャーベト状態になっておりこれ以上飲むことはできない。
「もう寝る」ということであっという間にシュラフにもぐりこんで就寝となってしまった。

この夜、このように食材や献立を忘れたことがあってもアルコール関係は2人とも一度も忘れたことがない山人&モコモコ隊に新しい教訓が生まれた。
「アルコールよりもメイン(の食材)に気を配れ」

しかしながら、初日の明月荘でだいぶ燃料を使ったので結果的には良かったかもしれない。二人は焼肉の為に明日の分と非常時の場合の燃料まで使っていたかもしれないからだ。


今日はいい天気だ 板を雪から出そうとするモコモコさん
奥の雪の台地が谷地平だ 桃源郷となった谷地平
今夜の我が家に到着 トレースを付けに行ったときにあった素敵な場所



三日目 1月30日(月)
谷地平避難小屋6:30〜(彷徨2時間)〜姥ヶ原11:40〜前大巓と一切経山のコル13:31(五色沼方面断念)〜浄土平14:22〜不動沢橋16:30〜吾妻スキー場17:30



今日は早くも下山日。
行程が長いので、3:00起きを予定していたが、モコモコさんが起きる気配が全くない。
3:00と4:00をいい間違えたかな?と思って4:00まで待つが4:00になっても一向に起きる気配がない。
声をかけると、「えっ、もう4:00?目覚ましのアラームに全然気がつかなかったよ。」との答え。よく眠れたようだ。
外は風が時折強く吹いている。
我々にしてはめずらしく起きてから1時間ほどで支度を済ませて靴を履き、体操をして5:20に小屋を出発する。

当たり前だが、この時期の5:00はまだ真っ暗だ。ヘッドランプをつけて進むが、昨晩遅くから吹き始めた風により、昨日つけたトレースがすっかり消えてしまっていて小屋から10mしか進んだか進まないかの内に行く方向がわからなくなってしまった。
これでは早くに出る意味がない。
そこで一度戻り明るくなるまで小屋で待機する。

待機中、今後の予定を相談する。
今日一日昨日のような好天が約束されればいいが、昨日すでに山にはガスがかかり始めていた。しかもシールの調子が最悪だ。
これは、登りの標高差が小さい姥ヶ原経由で福島側に抜けるほうが良いだろうとさらに予定を変更する。
姥ヶ原からは、吾妻小舎へ入るときに通るときの逆コースとなる、五色沼から吾妻スキー場へと下れば予備日が一日余るので、今晩は高湯温泉に泊って疲れを癒そうという魂胆だ。

完全に明るくなった6:30に出発。
最初は姥沢沿いに行けば前回のように間違うことなく簡単と踏んでいたが、途中滝がでてきて高巻くのも厳しそうということで、夏道に上がろうとするが、変に急なところに出てしまい、こんなのおかしいよということで元に戻りまた巻こうとしたり、避難小屋が見えることころまで戻ったりでうろうろしてしまう。

結局、方向はわかっているのと、先に進まないとその先が分からないということで、最初に傾斜が急で戻ったところをひとがんばりすると、ゆるやかな台地状の尾根にでた。
結論として最初に戻ってしまったところをそのまま登るのが正しかったのだ。
そんなこんなで、いままで一度も迷ったことのないところで体力と時間を費やしてしまった。2時間ほど小屋から全然進まない状態だ。

休憩を少し取ってから再出発する。
出発してすぐにポッカリと開けたところに出る。地形図で湿原マークがあるところだ。
夏道は離れたところについているので、ここも忘れられた湿原だ。
このあたりはまだ天気が持っているので、風は冷たいが時折青空も見える。
前大巓から張り出している尾根に入り込まないように慎重にすすんだので、少々迷いながらも無事姥ヶ原に到着。
鎌沼へ降りて一切経山と前大巓との間のコルへの斜面へと近づく
斜面に取り付く直前にシールがとれてテーピングで補修する。
テーピングも残りわずかで、あそこまで登り返すのがいやになってきたので、このまま浄土平に向かい、スカイラインを降りようとモコモコさんに提案する。
しかしモコモコさんからは「スカイラインは急な片斜面になってたりするんじゃないの?そうなってたら私降りられないよ。それよりも五色沼経由のほうが通ったこともあるしいいよ。」といわれてしまう。

それもそうだなとモコモコさんに従い、コルまで登り返す。ここは相変わらず物凄い風だ。コルから五色沼方面へ向っていると、またもやシールが取れる。テーピングは登り返しの途中で使い果たしてしまった。
ここは不幸中の幸いにして風が強いお陰で雪が吹き飛ばされて残った雪面は凍っていてほとんどもぐらずに歩けるので、思い切って板をはずして手に持って歩く。


五色沼を見ることができるところまできたが、まだまだ先が長そうだ。これから先板を持って歩くのかと思うとうんざりして、だめだめシールを持ってきた自分がいやになってしまった。「もうなんなんだーこのシールは!頭にくる!」と不満爆発!

さすがのモコモコさんも先の困難を予想したのか、「スカイラインを降りようか?」と言ってくる。
「えー、ここまで折角きたのに」と思ったが、スカイラインならばシールがなくてもなんとかなるということで、即決で浄土平へ進路を変更する。しかし、せっかくここまで高度を上げたのに悲しくなった。
コルまで戻り、そこから板をはいて滑り出す。
酸ヶ平避難小屋まではガリガリだ。小屋で一休みしようと思ったら、小屋のドアが開かない。ドアの前に雪が溜まっているようだ。何人かで押せば開くのかもしれないが、余計な体力を消耗したくなかったのであきらめてそのまま進む。新築の別棟のトイレは鍵が掛かっている感じでドアは開かなかった。

浄土平への最後の滑り。
風が強いので視界が余りよくなく、快適とまではいかないが最後の直滑降が一番楽しかった。
スカイラインに着くとモコモコさんもシールをはずし、後はシューっと快適に行くはずだったが、すぐに積雪は消え、これまたすぐにアイスバーンとなりその直後にアスファルトむき出しとなり、あっという間もなくガリガリガリと強烈な音を立てた。

先を見ると見事に道路が黒い。風が強いので、雪が全て飛ばされてしまっているらしい。しかたなく板を担いでいく。
悪いことに全てがアスファルトむき出しなのではなく、ところどころ凍っていたり、積雪があったりするのがやっかいだ。特にガス噴出地帯のところが沢状になっていて雪が吹き溜まって急な片斜面となっている。
雪自体は柔らかいので、トラバースするのに難はないが、道路に下りるところが切れていて慎重さを要求される。続いてモコモコさんだ。あと1mというところで、担いでいた板が引っかかり逆さに道路に転落した。
あわてて近寄るとザックから落ちたのが幸いして、怪我やどこか打ったりしたところもないらしい。よかった。
ガス噴出地帯を足早に去り、大きくカーブするところで少し休憩。

休憩地点から先が少し見通せるが、先ほどのような片斜面が目の前のも含めていくつも見えてうんざりする。
気を取り直してすぐ出てくる片斜面のトラバースにかかる。
先ほどのと違い、かなり下まで急な雪の滑り台状になっていて、さらに雪が硬くてキックステップがあまり効かないのでものすごく緊張した。ここの片斜面は、カチンカチンのアイスバーンの上にうっすらと雪が積もっているのがいやらしい。
モコモコさんは一ヶ所足を滑らせそうになって、冷や汗かいたとのこと。ここで仰向けにでもなって滑り出したら、板をザックにつけているので、ひっくり返ることもできずにそのまま亀の甲羅で滑ってますう〜状態で行き着くところまでいってしまうところだ。

道路を進めば安全という考えは吹っ飛んだ。このスカイラインの片斜面がこの山行での一番の核心部だったのではないかと思う。一瞬のミスで谷底まで滑落だ。それもとんでもない体制のままの・・・。まさに死のトラバース。

この時点で「失敗したな、がんばって山越えのルートのほうがよかった」とつぶやいてしまった。
しかし、運のいいことに最悪の場所は過ぎたようで、あとの片斜面のトラバースも緊張はするもののなんとかクリア。
スカイラインが大きく左に曲がるところの前から板を履いていけそうだ。板をつけていくとスーッと滑りはじめる。「らーくちーん」の一言だ。
カーブの直前で雪が切れているので、また担がなければいけないのか先を偵察すると先に続く道路は雪におおわれている。助かった。
 そこからはスキーの機動力をいかすことができて早く、あっという間に天狗の庭の観光の為の標識を通過。ときおり歩くこともあるが、昨日の天気でモナカ雪になっていたので斜面を滑るには最悪だが、道路を歩くには楽だ。

九十九折のカーブでは快調にとばして、不動沢橋に16:30前に到着。
なんとか明るい内に吾妻スキー場にたどり着けるめどが立つ。
モナカだったり妙に雪質が良かったりと雪質がめまぐるしく変わる道路をさらに快調に進むと、とうとう吾妻スキー場の今は使われていない吾妻ロッジに到着。

ここからゲレンデをわずかに滑ってスキー場の駐車場に17:30到着。
携帯電話が通じるかを一番最初にチェックすると駐車場では通じるようだ。
そこでタクシーを頼んで、タクシーを待つ間にパッキングを済ませる。
寒くなってきたので、缶ジュースを飲みながらこれからどうするかをモコモコさんに「.このまま帰る?」と聞くと即座に「もう今日は、この荷物を担いで行動するのは家に帰るためでもやだ。」との返事が返ってくる。

タクシーが迎えに来てくれて、駅に向かう途中にモコモコさんが運転手さんにビジネスホテルについてどこかいいところないか紹介してくれないか交渉を始める。すると「会社に連絡を取って予約をしておいてもらえるか聞いてみましょう」とありがたい言葉をもらう。
タクシー乗車中にめでたく予約がとれて、駅についてから宿を探さなくてすんだ。ホテルに横付けしてもらい早速チェックインをして荷物を運び込む。

宿のお風呂では時間がかかるし、入った気がしないので、駅前の銭湯「極楽湯」に入りに行く。温泉ではないが、タオルつきで、露天風呂や、ジェットバスなどがありとてもいい湯だった。
3日分の汚れを落として、冷えた体を温めて、ちょっと奮発して打ち上げをして復活戦は終了した。

谷地平から姥ヶ原にむかう途中の秘密の湿原 姥ヶ原へ到着。ここからが長かった。
強風の中浄土平へ向う スカイラインの最初の片斜面、最奥のカーブの向こうに恐怖の片斜面のトラバース地点がある
スカイラインを快適に進む もうすぐ吾妻スキー場だ


総括
久しぶりのツアーでいきなり避難小屋2泊という大それた計画を立てたものの、ルートの変更に次ぐ変更となったが、とても充実したものとなりました。
また、厳冬期の谷地平避難小屋に泊る目的も果たすこともできてとても満足です。


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