佐藤忠夫作詞:佐藤耕平作曲
        昭和34年11月20日制定

1. 陸奥(みちのく)の室根の山の
    秀麗を誇れるところ
     雲光る学びの窓に  幾百の心はおどる
      我等の矢越中学校

2. 清冽(せいれつ)の太田の川の
    潺湲(せんかん)とうるおすところ
     鳥歌う遊びの庭に  若人の血潮はたぎる
      我等の矢越中学校

3. いざ友よ手を取りかわし
    やわらぎの声も高らかに
     身を鍛え心みがきて
      とことわの真理もとむる
       我等の矢越中学校
生徒会会歌   佐藤妙子作詞:佐藤耕平作曲
   昭和34年11月20日制定
 室根の山を仰ぎみて
   希望にみちた矢中生
     楽しく語らひ学びつつ
       築かん われらの生徒会      

矢越中学校の歩み
昭和22年 4月 矢越村 新学制改革によって矢越中学校設置 本校は旧矢越村役場の会議室に。この本校と上折壁小、釘子小に分かれ、間借りの授業を開始。教員は3カ所を交代で授業
22年 4月   民選第1代の村長として菅原惟一郎氏が就任、矢越中新校舎建設に取り組む
5月   矢越中学校の開校式 学校の建物はないので役場の庭で挙行
22年11月   総工費349万円の予算案を議会に提案したが、審議未了に。その後も紆余曲折をたどる 22年12月、23年1月に提案されるが同様の結果に。建設不要論を唱えたり、村民大会を開催するなど、中学校をめぐり不穏な空気が・・・・。

敷地は三浦武三郎氏らから寄付され、工事費不足を補うため住民は敷地工事の労力奉仕に。生徒も応援した
23年 2月   議会の空転に対して1000人を超す村民から建設促進を求める請願書が議会に提出され、同月の村議会でやっと予算が可決
23年 6月   矢越中学校建設の上棟式
9月   菅原惟一郎村長が辞任
10月   渡辺精太郎氏が村長に当選、校舎建設を推進  
24年 2月   矢越中学校建設の落成式 木造2階建て、8教室
6月   渡辺精太郎村長、建設費集めに日夜奔走、疲労などから急逝  
7月   吉田秋三郎氏が村長に就任  
29年 2月   屋内体育館が落成  
30年 4月 室根村 町村合併により室根村立矢越中学校に改称 私たちが小学校に入学
32年 4月   簡易水道落成  
34年11月   校歌と生徒会歌を制定、披露  
36年 4月   入学式(4日) 私たちが矢越中学校に入学
6月   春の遠足(1日)、3年生は修学旅行(5日から4泊5日、東京・箱根・熱海方面) 私たち1年生の遠足は大谷、津谷方面。2年生は石淵ダム
9月   運動会(18日)  
11月   校内生徒作品展示会、生徒会音楽部、演劇部の発表会(28日)  
37年 3月   卒業式(17日)  
4月   入学式(5日)  
5月   春の遠足(31日) 私たち2年生は1年生とともに気仙沼、御崎方面へ
6月   気象観測所が完成。3年生は修学旅行(20日から4泊5日で東京・鎌倉・箱根方面)、  
9月   運動会(13日)。県中学校総合体育大会(盛岡)に女子バレー部が東磐井郡代表で参加(29日)  
38年 3月   卒業式(18日)  
4月   入学式(5日)  
5月   私たちの修学旅行(5日から4泊5日) 私たちの修学旅行は東京、鎌倉、箱根方面へ。楽しかったナ・・・
6月   1,2年の遠足(8日=盛岡市)  
7月   PTAより16ミリ映写機寄贈される 16万円
8月   国旗掲揚台完成  
9月   運動会(8日)。県中学校総合体育大会(盛岡)に女子バレー部が東磐井郡代表で参加  
39年 3月   卒業式(19日) 私たち95人が卒業
9月   恩師の千葉徳二先生が逝去(18日)、葬儀に参列  
40年 6月   家庭科教室を改修、増設  
9月   県中学校総合体育大会(盛岡)に女子バレー部が東磐井郡代表で参加  
41年2月   女子生徒の奨励服装を制定  
41年 4月   PTAが内閣賞勲局から表彰される  
9月   特別教室、調理室、理科準備室を新設  
41年10月   技術室を新設  
45年 2月   生徒会室改修  
11月   校庭拡張、遊園地、東屋設置 PTA寄贈
46年 4月   村内3中学校統合。矢越中学校は室根中学校矢越校舎となる(名目統合)  
48年 3月   矢越中学校の閉校式。26年の歴史に幕をおろす 矢越中学校の卒業生は1,615人に
4月   室根中学校の校舎が完成、実質統合に  

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