洋風主従 導入篇 : 『It's a Special Deadly!』


 カーテンが引かれた薄暗い室内には、大人が数人。
 そして縛られて床に転がされた子供が一人。
 壁紙や絨毯、窓の造りはひどく豪勢なのに、家具は簡素なテーブルセット以外すべて取り除かれて、その代わりにモニターや通信機などの機材が詰め込まれたその部屋。

 不思議な熱気に満ちたそこに、大人たちの叫喚が響く。

「セキュリティ! どうなってるんだ何故誰も来ない!」
「――駄目です、一階は突破されました! 今……二階通路の監視役と交戦……ッ、爆発音?! れ、連絡途切れました! カメラ……は、進行方向順に壊されている模様!」
「ならば早く本宅から応援を」
「そんな時間あるかよ!! 奴等はすぐそこまで」

『アーアーアー、只今マイクのテスト中』

 爆音の余韻と緊迫した空気の中、突如ひび割れたようなスピーカー越しの大声が響く。
落ち着いた声が静かにテステスと繰り返し、その声の静かさとは裏腹に部屋内は騒然となった。
「何だこれは!」
「さ、三番モニターを見ろ! 奴等が!」
 辛うじて生きていた三番モニターに全員の視線が向くと同時、こちらの声が聞こえている事はあるまいに、その声の主は演説の如く不敵に語り始める。

『――誘拐犯共に通達する』
 その声に、床に転がったままの子供がゆっくりと顔を上げた。

『我々は貴様達に連れ去られた央・セントラード様を救出しにまかり越した者だ。今から速やかにそちらに向かう。望まれない客である事は重々承知しているから、手荒い歓待も想定の範囲内である。だが、くれぐれも我々に対する気遣いは無きよう』

 静かな声で、しかし集会用のハンドスピーカー使用で朗々と述べたのは、長身の男だ。
 モニター画面の背後に映り込む大勢の怪我人や破壊の爪痕が全く不釣合いに、その身を黒の執事服に包んだ男。優美な白手袋すら装備するその右手には、白木鞘の日本刀。
『――気遣いは、そこにいらっしゃる央様に、最大限に』
 この国ではアジアン・アンティークの店でも博物館でも中々お目にかかれないような珍妙な刃物を持ちながら、その口から紡がれるクイーンズ・イングリッシュはあくまでも落ち着いて丁寧だ。

『もし央様に何かあれば貴様達を皆殺しにする』

 しかし語尾に滲む怒りは隠しようもない。
 射抜くようなその視線にモニター越しに貫かれ、誘拐犯と呼ばれた男達に冷たい沈黙が走る。

『ダウナー、こっちの制圧は終わりましたわよ。バカなマイクパフォーマンスはその辺にしておいて頂戴』
 突如モニターに女が映り込んだ。
 先だっての男よりももっと場にそぐわない格好――黒を主体としたミニスカートにハイヒールで艶かしい脚線美を余す事無く見せ付けた挙句、何故か両手にトンファーを持ったその女は、可憐ではあるが冷めた顔付きで男に文句を言っている。
『私は今誘拐犯に牽制を行なっている。邪魔をするなこのビッチ』
『うるさいですわね少年趣味。牽制より先に旦那さまの元へ行ってあげる方が大事でしょ』
 カメラの存在を無視して一触即発の空気になった二人の横、また新たな影がモニターに映った。
 ざかざかと画面を横断したその影は、喧嘩する二人には全く関せず、壁隅に備え付けられたモニター用カメラを見つけるとじっと画面を見つめてきた。
 よくよく見ればその人影も、充分に場に不釣合いな格好をしている。
 黒のワンピース、それに合わせられている白のエプロン。足元は編上げの革ブーツだったが、この格好はどうみてもクラシックなハウスメイドのそれだ。

 ――なぜ召使達がテロ行為を行なっているのか。

 誘拐犯の沈黙に、言葉に出来ない疑問符が上乗せされた。


『旦那さま見てるー? レフィーだよ! 助けに来たよー!』
 そんな沈黙を破る明るい声とは裏腹に、その細い肩に担がれているのは硝煙をうっすら燻らした小型ランチャーだ。
 さっきの爆発音はこれか!! と全員が思ったのも束の間、レフィーと名乗ったその少女は無邪気ともいえる笑顔で告げた。
『痛い事されてない? 大丈夫? もうすぐそっちに行くからね』
 続ける。
『敵は全部潰していくから、安心して』
 その笑顔に先程までの無邪気さは無い。
 モニターカメラの先に、求める主と狙う獲物が居る事を見通したような眼で少女は呟く。

『旦那さまを誘拐したバカ共に……生きてる事を後悔させてやる』

 気がつけば残りの二人もモニター越しにこちらを見ている。
 その眼は鋭く、冷たく、一切の慈悲すら無く――
 自らの小さな主に仇なした敵を殲滅せんとする、純粋な破壊の力に満ちていた。

「……だから言ったのに。うちの家族はみんなすごく強いから、怒らせると怖いですよって」
 少年がボソリと呟いた。
「早く逃げて下さい。今までの経験上、おじさん達は多分怪我だけじゃ済まないと思います」 
 焦りが強くなってきた大人達の中、人質として床に転がされていた少年の口調は、自らにではなく犯人達に向かっての憐憫の色が濃い。
「僕を誘拐しようとした人達は今までにも何人かいました。身内の恥でお恥ずかしい限りですが、あなた方のように僕の親戚の誰かに依頼されたプロもいたし、身代金狙いのマフィアもいました。でもそのことごとくが逮捕されるには至っていないし、何より立件すらされていません。――何故か分かりますか?」
 ため息が少年の口から漏れる。

「みんな……うちの家族が怒って何もかも全部キレイに、『片付けちゃった』からです」

 ドアの外から爆音と銃声、そして必死に命乞いをする阿鼻叫喚が響いてくる。
 階下の災厄は……真っ直ぐ確実にこの部屋に向かってきている。
「もう一度言います。これはお願いです」
 少年の声は、半分ほどの諦めを含んで重い。


「ダウナーもライもレフィーもみんな僕の事になると見境がつかないから、早く逃げて」




日記でちょっと書いてみたSSを移動させたもの。
洋風主従はキャラクター造形と話の展開は決まってるんですが、非常に組み立てが難しい……