源平の騒乱多かりし世の折、とある一族が争いに大敗し、長く治めていた地を追われた。

 奥州名門の血を継ぎしその誇り高き一族は、生まれ故郷を追われつつも奮戦し、若き当主は一族郎党を率いて長く転戦を繰り返す。そして彼らはいつしか故郷から遠く離れた山奥の地へと辿り着き、一つの隠れ里を興し――
 戦う内に得た新たな名を以って、後にその武勇を世の舞台裏で静かに馳せる事となる。


 その一族の名は葛木。
 率いる一軍の名は一ヶ谷。


 ―― これは、忍軍一ヶ谷衆の黎明期を生きた、二代目頭目とその主
(あるじ)たる姫の物語。





















































  その姫の身の内には、復讐の炎が巣食っている

















 辺りは既に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
 美しく豊かだった城下の町では、敵方雑兵による略奪が既に始まっており、あちこちの屋敷や蔵から立ち上る黒煙には怨嗟と悲鳴が満ち満ちている。

「良いか姫よ、ゆめ忘れるな。あれが我らの怨敵ぞ」

 その身に矢を受け刃を食い込ませ、それでも立って歯を食いしばる父の指は、止めども無く流れ落ちる己の血に塗れている。
 血塗れて震えるその指と声で最後の力を振り絞って城の物見から指し示すのは、今正に城門を破ろうと蟻の様に群がっている兵士達を率いる敵の首魁。一際輝く鎧具足に身を包んだ一人の騎馬武者。滾る野心を巧妙に隠した眼を持った、若い男。
 ――姫の花婿と、昨夜まで呼ばれていた男。

「義父を裏切り、花嫁を裏切り、我ら一族を悉く裏切り……総てに火をかけ刃を向けたあの男――あやつに報いのあらん事を……!」

 城が燃え落ちる。
 天守が崩れ、壁が落ち、炎が総てを嘗め尽くしていく。
 母と幼い妹姫達は、城に火がかけられた時に喉を突いて自害して果てた。長く付き従っていた侍女達も同様の最期を迎えた筈だ。……逃がしてやる暇どころか、助けを向かわせる隙さえなかった。それくらいに攻手の一群は急襲だった。
 遠くから聞こえていた筈の敵兵達の声がやけに近い。焼き尽くし蹂躙する快楽に酔った者達の声が、美しかった山城を端から順に紅蓮の地獄へと塗り替えていく。
 この城の中で生きている者は、敵以外には城主であった父とその娘であるこの姫しか今や居ない。後の者は全て死に絶えた。城の外、天守へと続く道、磨かれた廊下、部屋、そんなあちこちに、姫が幼い頃からよく見知った首や身体が、最早物言わなくなった態で斃れ伏していた。
 城門を押し開こうと攻め寄せる怒涛の中、天守の一角であるここだけは、暗く重い怨嗟を含んで熱い静寂に満ちている。

「姫よ忘れるな」
 血と炎に彩られた父の顔は、例えるならばまさしく修羅だ。
 その修羅が、自らの腹に自刃の脇差を捩じ込みながらも、実の娘に向けて言い上げる。

「我が一族の怨念、見事晴らすは姫しか居らぬぞ……!」

 
「父上、そして各々方……見事な最期であらせられた」
 憤怒の形相で事切れた一族郎党の屍々に囲まれ、美しい打掛の裾を血に浸して端座しながら、その姫はきつく一言呟いた。
「――……お任せ下され。この無念、必ずや私めが」

 射り抜くような視線の先で、紅蓮の炎が渦を巻く。













↑絵を描いてる内に妄想逞しくなって書いてみたもの。
葛木家には代々、里を興した初代と里の名を内外に知らしめた二代目にあやかって、初代と二代目の名を交互に当主に名付けるという風習があります。
この設定ちゃんと本文中に入れてあるかちょっと記憶に無いのですが(ブログには書いたんですがそれもちょっと怪しい記憶の気がしてきた……)、その風習の元になったのがこの人ですよ!みたいな感じの妄想です。

元々は全然違うつもりで描いてた絵だったんですが、自分が好きな設定・燃える設定という風に考えてる内に、一ヶ谷衆の二代目の構想に。
以下はオマケのキャプション。



・現在は出家して尼の身。
・地方の有力豪族の娘。
・何で男に生まれて来なかったと周囲から言われながら育つ。その有能さから他所へ嫁がせる事を惜しんだ父により、同盟国より婿を取り、家に留まる事に。
・しかしその婿(許婚)の裏切りにより、婚礼の翌日に領国へ攻め入られて姫の一族は全滅。謀略に嵌り無残に殺された一族の無念を晴らすべく、冷徹な復讐の鬼と化す。
・父母の菩提を弔う為と言って髪を下ろして仏門に下るが、それは敵方の目を欺く方便。女であるが故に戦場を駆ける事すら叶わぬ身ながら、寺深くの庵に座したまま戦の采配を揮う、黒衣の軍師として復讐の為に暗躍する。


(名前未定/葛木○○景勝)
・忍軍一ヶ谷衆の若き長。母親が一ヶ谷衆の初代頭目。
・姫からの報酬は隠し金山。
「見事本懐を遂げた暁には、亡き父から密かに受け継ぎしこの隠し金山、貴様らに山ごと全てくれてやろうぞ」
「それで足りぬと申すなら、この身体も好きにするがよい。……奴らの首を捧げてくるなら、その程度なぞ容易き事」
・そんなやりとりの末、一族の仇をとり、御家を再興させたい尼姫の意思に恭順の意を示し、寺から出ない尼姫の手足として爪牙として、戦場を駆ける。
・と見せかけて、実は敵方から金脈を探るべく送り込まれた密偵である。



これ結局最終的には一ヶ谷の里へ駆け落ちエンドです。
個人的な一番の燃え所ですが、最終的には姫さんと駆け落ちエンドというか連れ去りエンドを強く希望。
復讐を全部完遂させた後、生き残ってた有力家臣とかに御家再興のため結局還俗して嫁ぐ事になっちゃった姫を、
ものっそい鮮やかに連れ去ってしまって欲しい。

連れ去り・駆け落ちは下克上の華です。



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