ブクリブックリブクブクリ。 |
妻と別れ、フェアリイに来て早幾年。 身の回りのこと家のこと、その他諸々。生来の気質もあってか、割にそつなくこなせる自分がいる。 掃除・洗濯・料理……指先は器用な方だ。 軍人、しかも特殊戦の出撃管理などという 気を張る職業だからか、何も考えずに出来るこれら毎日のルーチンワークを楽しく感じる。 ……だが。 何事も向き不向きがあるというもので…… 「ブッカー少佐、何……やってらっしゃるんですか」 偶然通りすがった桂城少尉が目を剥く。一緒にいた零も驚いた風情だ。 「………何って……見たままだ」 「はあ、まあそうですが……」 「……分からないから聞いてるんだぞ、ジャック」 開けっ放しのブリーフィングルーム。早めの昼食を取り、自室へ戻り途中の深井大尉、並びに桂城少尉がその前を通りかかった時、開け放たれたルームドアから見慣れた色の髪が見えた。 こちらに何故か裸の背を向け、ややうつむき加減に何やら手を動かしているそのミョーな姿に何となく興味を覚え、両名はブリーフィングルームへと足を入れたのだったが…… 「裁縫とは意外だな」 「意外もなにも、必要に迫られての事だ。好きでやってるわけじゃない」 眉根にシワを寄せ、ブッカーが憮然とつぶやく。 「午後一で会議なんだが、さっき転んだ拍子にボタンを引きちぎってしまって上着が今エライ事になっているんだ。こんな時に限って替えはクリーニングに全部出てるし、修理に出すにしても会議には到底間に合わないし……」 盛大な溜息。 「ナイフを使うのと針を持つのとじゃ勝手が違いすぎるんだ。……上手くいかない……」 促され、ふと見た少佐の手元指先には小さな穴のカサブタが点々と付いていた。 「……痛そうですね」 「痛いんだよ」 苦々しげに吐き捨てるブッカー。見れば目の前の机には未だ数個のボタンが乗っている。何とかいくつかは付け終えたようだが、この分ではまだまだ先は長そうだ。 ――と、思われたが。 「! そうだ!!」 急に少年のように目を輝かせ、立ち上がる。 「零、桂城少尉! 一人ボタン二個ノルマで行けば会議にバッチリ間に合……ッ」 「「却下」」 一刀両断に零と桂城。 「何故おれたちが一緒にチクチクやんなきゃいけないんだ。無理だ。イヤだ。やりたくない」 「そうですよ。イヤですよ。上司横暴」 さすが同様の心理コードを持つ2人。寸分の差も無く見事なユニゾンでブッカーの哀願を払いのけた。 「あっそんな……」 「第一俺たちに裁縫が出来るとでも本当に思っているのか? いないだろう。(←反語)そんなんだったらエディスに頼め」 零の提案に桂城もうなずく。付き合いの長さの差分なのか、零はまだ室内にいたが桂城はもう半身廊下に出ていた。裁縫を押し付けられそうになった場合の逃避準備はすでに万端である。 だが、その提案にブッカーは歯を食いしばった。 「…………もう頼んだんだ」 「そしたら?」 「FAFの素晴らしい所は男女の差が無く雇用・登用が同列である所ですよね(笑顔)女性が戦闘機に乗り男性がそれをサポートする……それはもしかしたら難しいのかもしれないけれども性差を越えた理想の形だと私は思うのです(超笑顔)見て、外はこんなにいい天気!(※原文まま)、と言われた」 「うわースゴイ拒絶だー」 「ああああああ会議がッ! 会議が始まる――!!」 いい年した男が上半身裸でうろたえる姿は滑稽でもあり、物悲しくもある。 「もう裸で行けよ。ジャージとか」 「ボンドでボタン止めたらダメなんですか? ホッチキスもありますよ」 「無茶言うなアホー!」 部下はアテにならない。……そう思ったブッカーは祈った。ちょっと泣きながら祈った。 縫い付け終わらないと裸かジャージで会議プレゼンの憂き目である。それだけは避けたい。情けない。絶対イヤだ。 ああ、願わくば今この時だけでも女房とヨリ戻したい……いやそうじゃなくて裁縫の出来る部下が欲しい…… うーんそうじゃなくてもっと何て言うかこう…… 泣きながら祈りながら、でも手はチクチク休み無く動いていた。 だから。 薄情な部下二人がいつの間にか消えていた事も、 非情と呼ばれる女上司が代わりに来室していた事にも、気付いていなかった。 「ブッカー少佐」 「もういい!お前らには頼まな……ってうわ准将?!」 小脇に午後の会議の参考書類であろう書束を抱えながら、クーリィ准将が立っていた。 「ずいぶんいい格好ねブッカー少佐。プレゼン用に指示しておいたものは準備できているの?」 「は、えーとそれは勿論出来上がっていますので問題ありません」 「……あなた自身は問題が多そうね」 「……………どうも」 情けなさ度MAX記録樹立である。 いい年した男が上半身裸でブリーフィングルームにちょこんと座って半泣きでボタンを付けている様は、さぞ不気味で面白かろう。 クソ、笑うなら笑え。セクハラ? ワイセツ物陳列? 望む所だコンチクショー……ブッカーの身の内に、一瞬ではあったが色々な心情が去来した。 と、正にその時だった。 「そんなやり方ではいつまでたっても終わらないわよ。少し貸してごらんなさい」 す、と准将の指がブッカーの手に触れる。 そのまま針を手から取り、意外なほど手馴れた様子でボタンを縫い止めていく。 「……な……っ」 事の意外性にブッカーは声が出ない。 「今回の会議、情報戦は出席しない筈だったのだけれど、ロンバート大佐直々に出席希望の願いが出たわ。……これをどう見る? ブッカー少佐」 「……あ、大佐直々、ですか?」 目線は手元に落としたまま、今している事とはまったく正反対とも言える事象を准将は淡々と続ける。 問われた質問に答え、また、ブッカー自身もその事について准将に問い直したりしているうちにも、着々とボタンは付けられていく。 指先に注がれる准将の視線。自分が操るよりずっと綺麗にくるくると舞う糸。 交わされる会話。 (………これは………) 准将とその指先とを交互に見つめるうち、ブッカーは、心に暖かいものが広がるのを我知らず感じていた。 「さあ出来たわ。早く着なさい、会議が始まる」 最後のボタンを付け終わり、准将が立ち上がる。 立ち上がり、少し笑んでみせた彼女は普段よりもひどく穏やかに感じた。 「ありがとうございます……」 やや呆然と述べられた礼に、大した事じゃないと准将は今度は声を出して笑う。 その笑顔は、特殊戦の将としてSAFに君臨する普段の彼女からは決して想像できない甘さで…… その心地良い甘さに、ブッカーの頬は緩んだ。 「准将」 「なに?」 手早く上着を身に着けながら言う。 「実家の母を思い出しました。」 轟く銃声。 「――――――以上で本日の会議は終了とします。質問は各自個別に。解散」 会議が終わり、ざわざわとFAF軍内重役たちが席を離れていく。 そんな中、側で控えていた秘書を呼んでこの後の指示を出しているクーリィ准将にロンバート大佐は近寄った。 「今日はブッカー少佐はいないのですな」 「ええ。急な事情で欠席です」 笑顔。 「………なんだこの血痕は」 「あれ? なんで少佐いないんでしょうね。せっかくミシン借りてきたのに」 「いやだ桂城少尉、ミシンじゃボタンはつけられないわよ」 ブリーフィングルームに響く談笑。 フェアリイは、一部を除いて今日も平和である。 完
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初SSでした。 |