希望のかけら


強くなりたいと思っていた。
一族の復興と己の復讐のために。
けれど、どれくらい強くなればそれが果たせるのかわからず、焦りに神経を尖らせていたあの頃。
あいつに出会ったのはそんな時だ。
うずまきナルト。
この里で一番有名でありながら、唯一素性の知れない孤独な子ども。
最初の印象は最悪だった。子どもっぽい敵愾心から己の実力も顧みず自分をライバル視して、いつも空回りしていたバカなヤツ。
それが、なぜ、いつの間に、こんなに大切な存在になってしまったのだろう。
強くなりたい。
けど、その目標は今、サスケの中で大きく変わりつつあった。




「サスケ、サスケ、見てみろってば。きれぇな満月が出てる」

虫の声が物悲しく響く秋の夕暮れ。
サスケの住む閑散とした古い日本家屋の縁側からは、山の端に架かる満月がよく見える。

「ナルト」

縁側に腰掛けて、ブラブラと足を揺する幼い背中に呼びかけると、つきの明かりに照らされた笑顔がサスケの方を振り返った。

「なぁ、こっち来いよ」

誘われて、隣に腰を下ろす。すぐさまナルトが肩先に小さな頭を凭れかけ、二人は寄り添って月を見上げた。

「こうして二人でいられるのも、今夜が最後になっちまったってばよ」

一昨日の長老会議で、ナルトは一時的に封印されることが決まった。
理由は、里を取り巻く最近の緊迫した情勢と大蛇丸の脅威が、ナルトの中に眠る化け物を呼び起こしてしまうのでは、という里の人々の不安からだった。
古参の上忍たちの冷たい目と同情の眼差しの中、この時サスケは初めて、十二年前の九尾の襲撃とナルトの存在意義を知った。
里の出した決定に、ナルトは怒るでもなく泣き喚くでもなく、ただ静かに頷いた。怒ったのは、むしろナルトの実力を評価し、仲間として認め始めたサクラやキバ、リーというライバル達だった。
サスケは、黙って俯くナルトの隣で、ただ立ち尽くすことそかできなかった。




「寒くないか?」

寄り添った体が細かく震えるのを肌で感じて、サスケは凭れ掛かった身体を引き寄せた。
気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていて、月も雲の間に隠れ、庭の飛び石の間に燈る発光苔の仄かな明かりが、辺りを柔らかく包み込んでいた。

「あったかいな…」

「そうか…?」

暖かいのはおまえの方だ、とサスケは思う。
封印は、幾重もの結界と強力な術を用いて、ナルトを深い深い眠りにつかせるというものだ。一時的なものと言っても、誰も解けないほどの強力な封印なら、きっとそれは死んだも同然ではないだろうか。
今は、確かにこの腕に感じるぬくもりが、明日には確実に失われてしまう。
喪失の予感に震える指で柔らかな髪を撫でると、ナルトがそっと視線を合わせて言った。

「心配すんな。何も消えてなくなるわけじゃなし。ちょっとばっかし昼寝するようなもんだってばよ」

ナルトの声と表情はあくまで明るい。

「それよりごめんな。こんな大変な時に、オレばっかしサボっちまみたいで悪いとは思ったんだけど…」

「……バカ」

的外れなことを言って明るく振舞うのは、心配させまいとしてのことだ。こんな風に、ナルトはいつも周りに気を使ってきたのだ。どれほど孤独に押し潰されそうになっても、自分の生まれ育った里を愛していたから…。

「ナルト、愛してる」

愛しさに負けて告げる言葉。

「サスケ…」

そっと重ね合う唇。確かめ合うように触れる幼い肢体。次にこうして愛し合えるのは、いったいいつのことになるのだろう。

覚えておきたい。声も姿も匂いも感触も、ナルトの全てを。

「三年……、いや、一年待っててくれ。全部片付けてオレが必ずおまえをたたき起こしに行く……」

「……うん」

「そしたら、誰にも文句言えないくらい、オレのものだと言ってやる。だから…」

だから泣くんじゃねーぞドベ、と愛しさを込めて何度も囁く。

「……うん、うん、サスケ…」

誓いの印に深く深く突き上げると、ナルトは泣き笑いで必死に答えた。

「あ、ああっ…、サ、サスケ…待ってるから…っ」

だからきっと迎えに来て…――――

「ナルト…!」




強くなりたい。誰よりも、強く。
一族の復興や己の復讐よりも、この腕の愛しい者のために…。
それが今のサスの、唯一の希望だった。


〜FIN〜




この作品は、2002年5月に発行した「欲情」に掲載されたものです。
基本的に、私の中ではナルトはどんなに辛く悲しいことがあっても、
挫けず前を見ているのに対し、サスケはすごく後ろ向きな
心配症(ナルトにだけか?)な性格です(^^;)。

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