淡い月明かりが、障子越しに部屋を照らしていた。
シーズンオフの山深い渓谷の温泉地は、人の少なさのためか時間さえ止まったように静かだった。
雄大な日本庭園が売りの旅館は、行のお勧めである。
その一室で、同行した仙石は、いつになく切羽詰った状況にあった。

「・・・・・・っくそ・・・っ」

力の入らない身体を持て余し、仙石は小さく悪態を吐く。
ぴったりと揃えて敷かれた布団は、宿の格式もあってそれなりに上物。
加えて、袖を通した浴衣もさらりと肌触りの良い物だったが、無様に身体を横たえた仙石は、猛禽類の前に差し出された獲物の気分だった。

















二人の距離








ここに来ると決めたのは一月も前のことだったが、忙しくて会わない間に何があったのか、道中も着いてからも、行はずっと不機嫌な顔をしていた。
理由を簡単に話すヤツじゃないことはわかっている。
だから、最初は気になって色々気を使っていた。何が原因か、自分なりに考えてもみた。
しかし、元から気が長い方ではない仙石が、とうとう我慢できずに「言いたいことがあるならはっきり言え!」と叫ぶと、行は、「自分の胸に聞いてみろ」とだけ言い、明後日のほうを向いてしまうと、もう仙石の忍耐もそれまでだった。
こうなったら意地である。

「風呂に入ってくる」

着いた早々、風呂を口実にさっさと部屋を離れた仙石は、行の執拗な視線から逃れてホッと息を吐いた。





仙石と如月は、元は海上自衛隊の戦艦乗りとして出会った。正確には如月は任務中で海兵として身分を偽っていたのだが、お互いその絆から解かれても離れがたく、今まで交流を持ってきた。
それが、いつの間にこんなことになったのか・・・。
きっかけはおぼろげだが、如月が自分に向ける感情には、ずっと以前から気がついていたような気がする。
普通の若者とは全く違う生き方を余儀なくされた如月は、その顔から感情を読み取ることが難しい。
だから反対に、ふとした時に表に出す感情は、意外なほど仙石の心に訴えた。
真っすぐに自分を見る視線や態度に見え隠れする不器用な好意は、男女の駆け引きめいた恋愛感情よりずっと純真で、仙石は年甲斐もなくくすぐったく思ったものだ。
そして仙石の方も、その気持ちに応えてやりたいと思うほどには如月のことを好いていた。
だから、自分の感情に翻弄され、自暴自棄になった如月に、つい手を伸ばしてしまったのかもしれない。

「あんたが好きだ」

どこまでも飾らない言葉に、仙石はノックアウトされたのだ。
以来、二人はそれまでの関係から一歩、恋人という進んだ関係にある。
ただひとつ仙石が後悔していることと言えば、主導権を握りそこなったことだった。
如月のことは好きだ。
男の好きがどう欲望に直結するかわからない年でもない。
だから如月の欲求もわからないではなかったが、それでどうして自分の方が押し倒されなくてはならないのか!
最初の晩、酒を飲んだ勢いで布団にもつれ込んだ時、あれよあれよと流されてしまったのが悪かったのだろう。
如月の触れる手も気持ちよくなかったとは言わない。
しかし、だからと言って、何もかもを即受け入れられるという訳ではないのだ。
長年の男としての矜持もある。
息子と言っていいほど年の離れた年下の男に、傍から見たらどんなに無様でみっともない恰好で身体を開かれているのかと思うと、仙石は顔から火を出るくらい恥ずかしかった。
この自分が、先任伍長として海の男たちを束ねてきた男が、二十歳をいくらも超えない若造に指先ひとつで喘がされているなんて・・・っ!
脳裏に浮かんだ恥ずかしい自分を打ち消すように乱暴に顔をザブザブと洗い、仙石は露天風呂から夜空を仰いだ。
空気の澄んだ夜空に、振るような星が瞬いている。
それを見ると、せっかく二人でいるのに、ケンカなんて馬鹿らしいと、仙石は唐突に思った。
知り合ったきっかけからして人に言えない二人の関係は、仙石の家族はもちろん、かつての同僚達にさえ秘密にしてある。
今日だって、ただ絵を描きに行くと言っただけで、ここへ来ることは誰にも話していなかった。
共通の趣味はあっても、その交友関係はまったく互いの範疇にない二人の関係は、余人の知るところではなく、当然仙石の昔なじみの連中に理解されるとは思っていない。
だから、行のことを言えない仙石は、後ろめたさからついついそっちを優先しがちだった。

「やっぱり俺が悪いのか…」

部屋で身じろぎもせず自分を待っている行を容易に想像できるだけに、仙石はさっきまで頭に登っていた理不尽な怒りが、すーっと消えていくのを感じた。





「遅い」

障子を開けると、すでに料理が並べられていた。

「悪い。気持ちよくてつい長湯しちまった」

風呂上がりはビールと思考が決まっている仙石は、髪を拭くのもそこそこに冷えた瓶ビールへ手を伸ばす。

「ちゃんと拭け。風邪引くぞ」

行は膳の前に胡座をかいた仙石からタオルを取ると、ガシガシと乱暴に拭き上げた。
表情は相変わらず無愛想だが、さっきまでのトゲがない。
ホッとした仙石は、

「さ、食おうぜ」

と、行にも箸を取るよう促した。
食事は、申し分なかった。

「よくこんな所取れたなぁ」

シーズンオフとは言え、よほどコネがないと一見さんはお断りされそうな格式の宿だ。しかも、二人に用意された部屋は宿でも一番奥まった離れで、さっきまで仙石が入っていた風呂はその専用露天風呂だった。仙石でなくても少し気が引ける。

「あんたがたまにはのんびりしたいと言ったから、知り合いのツテを借りた」
「そ、そうか…」

行の知り合いは、正直わからない。行が何者かを知る者としては、あまりお近づきになりたくない連中だろう。

「でも、本当は、あんたにお仕置きするためにここへ来たと言ったらどうする?」
「え?」

どういうことだ、と口を開きかけた途端、仙石の身体が傾いた。
かくりと腰の力が抜ける。一瞬の内に全身が痺れ、気が付いたときにはくたりと畳の上に臥していた。

「やっと効いてきたか」
「な…、行、どういう…っ」

混乱して見上げた先に、冷静な行の顔を見つけて、仙石は一服盛られたのだとわかった。

「なぜだ…」
「あんたが鈍いからだ」

力無く横たわる身体を難なく担ぎ上げると、行は奥の襖を開いた。そこには、薄暗い行灯に照らされて、二組の布団が敷かれていた。

「何をする気だ…」
「拷問」
「……っ!」

表情も変えずにしれっと答えられ、仙石の頬は冗談だろと引きつった。

「今まであんたに蔑ろにされて、俺がどんだけ傷ついたか身体でわかってもらうのさ」
「蔑ろって、んなこたぁしてねぇだろ!?」
「したさ」

堅い声音とは裏腹に、そっと布団の上に仙石を下ろした行は、そのままゆっくりと覆い被さって唇を盗んだ。

「してないとは言わせない。この前だって、俺と行くはずだった映画を蹴って他のヤツと呑みに行きやがって」
「あ、あれは…っ、若狭があんまりしつこく誘うもんだから…。それに、おまえと先約あるって言っても、どう言えばいいんだよっ」
「そうか、若狭か…。たしかあんたとはかなり長く一緒の船に乗ってたっけな」

行は凶暴な笑みを浮かべて、仙石の浴衣の襟をくつろげた。

「行………っ!」

まだ痺れている身体をよじって、仙石は抵抗する。
しかし、それも一時のことで、次第に今までとは違う痺れに、仙石は狼狽した。
盛られた薬は、ただの痺れ薬ではなかったのだ。
じっとしていても、身体の奥から疼くように熱が沸き、じわりと浸食してくる。
それは、男なら誰でも知っている感覚だった。
一服盛られた薬には、媚薬の効果があったらしい。

「行、てめぇ……」
「拷問では拷問でも、あんたには特別コースを用意した」

行の言うとおり、仙石の身体は欲情して、とても理性では押さえが効かないところまできていた。

「そんな身体で、どこまで我慢できるかな。降参するなら早いほうがいいぞ。一言達かせてくれって言えばいい」

枕元に屈みこみ、仙石を見下ろした行が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
欲情した身体を持て余している仙石とは裏腹に、行の態度に焦りはない。
待っていれば、そのうち仙石が耐え切れずに堕ちて来るのがわかっているかのようだ。

「だ…れが、言うか…っ」

圧し掛かられたまま、袷の間から手を入れられ、仙石の頬はかぁっと熱くなった。首筋から、胸の辺りまでほんの少しなぞられただけで、ひくりと咽喉が鳴る。そんな自分が恥ずかしくて、仙石小さくクソッと悪態を吐いた。

「色気のない・・・」

低いが、若さを思わせる張りのある声が、耳を掠める。

「まぁ、いい。すぐに勘弁してくれって言いたくなるさ」





それから数分後、仙石の体は煽るだけ煽られ、苦しいままに弄られ続けていた。
さらに、意地を張った仙石は、お仕置きと称してよく編みこんだ一本の縄を身体にかけられ、見るも恥ずかしい格好にされていた。
左右の手足を、それぞれの手首と足首で縛られた上、亀甲縛りのような縄筋が、仙石の身体を戒めていた。両の膝下を通された縄目は、首の後ろに繋がっていて、閉じようにも閉じられない脚を、無理やり開脚したまま留めるようにし置かれた。
浴衣の上から縛られているため、はだけた胸や開いた裾が扇情的で、返って淫猥な姿に見える。
少しでも身をよじれば、胸を渡らされた縄が、締め上げるように軋んだ。

「う・・・」
「どうした、もう降参か?」

口付けの合間に如月の指は首筋を辿り、胸元を弄り、今では少しの刺激で敏感に尖る乳首を苛める。

「く・・・ぅ、よ、せ・・・よ」
「なんで、ここ気持ちいいってもうわかってんだろ?」

クリッと先端を弄られて、腰の奥がジ・・・ンと痺れた。
ヒクンと仰け反る喉元を、如月の唇がきつく吸う。
どこでこんなこと覚えたんだと思うほど、如月の愛撫は巧みだった。
内股を割るように、片手が脚の間を付け根に向かって撫で上げる。
それだけで、身体の中心が熱を孕むほど、仙石の肉体は敏感に馴らされていた。
縄に締め上げられる感覚さえ、熱を生み出す刺激に変わる。

「う・・・うう・・・」
「声、出せよ」

絶対嫌だと目で訴える。

「恥ずかしいのか? 今更だろ。どうせすぐに堪えられなくなるのに」
「ぬかせ・・・っ!」
「そんなところが可愛いんだけどな」

不惑の年をとうに越した男を捕まえて、可愛いはないだろと思うのに、なぜか仙石の頬は薄く染まる。
その間にも、如月の唇は胸をなぞり、ピンと立ち上がった乳首をクッと啄んだ。

「ああっ・・・!」

仙石のそこは、行によって、自分でも信じられないほど感じやすい器官に変えられてしまっている。
最初はそんなところ触っても、女じゃないんだからくらいの感覚しかなかったのに、今ではすっかり下半身に直流電流を流すアンテナになっていた。
仰け反った仙石の股間を、如月の指が浴衣の布越しに捉える。
縄によって無理矢理開かれた脚は、簡単に奥への進入を許した。
そのままゆるくキツク扱かれて、あっという間に仙石の男は張り詰めていく。
快感に従順な身体が、ほんの少しの刺激にも抵抗を失い、しどけなく崩れていった。
如月はそんな仙石の様を楽しむように股間を弄りまわした後、やっと直に果実をわし掴んだ。

「うう―――・・・っ!」

乱暴なようで繊細な指の動きは、瞬く間に仙石を絶頂へ押し上げた。

「声、出せよ」
「………っ!」

嫌だとかぶりを振ると、もうちょっとで達する仙石のペニスの先に、クッと爪が食い込んだ。

「アアウ………ッ!」
「良い声じゃないか」
「ち…くしょう…」

欲情も、中途半端に煽られれば拷問で、行は知り尽くした仙石の身体を、確実に墜とす術を知っていた。
そして行は、今の仙石が、ペニスへの刺激だけではもう満足しないことを充分心得ていた。
けして達かせないようにしながら、行の指はその奥の秘められた花へ伸ばされる。
そこは、行のためだけに咲く花で、行だけが知る秘花だった。
いつ触れても蕾のままにひっそりと行を待つそこを、じっくりと馴らすために、行は仙石の膝を掴んで上半身側に押し上げ、腰が持ち上がるようにして、下半身を開いた。隠されていた最後の秘密が暴かれていく。

「・・・っ、は、なせっ!」

あまりの格好に、仙石が顔を羞恥に染めて抗議する。
しかし行は意に介さず、更に双丘を押し広げると、先走りで潤んだそこに、口唇を寄せた。

「あ、・・・っあ、は・・・う」

舌が踊るたびに、ビクビクと仙石の腰が揺れだす。
指で蕾のあわいをくつろげて、奥まで舌に犯される感覚は、何度されても馴れるものではない。
まして仙石の意思とは関係なく貪欲に求め、快楽を得ようと蠢く花筒は、男としてのプライドとか意地だとか、そんなものを吹き飛ばしてしまうほどの悦びと羞恥を生んだ。
前方は塞き止められたまま、急所を嬲られる愉悦が、仙石を爪先から頭のてっぺんまで快感の淵に突き落とす。

「や、いやだ・・・、行・・・も、もう・・・」

これ以上されたらどうにかなってしまうとかぶりを振る仙石に、行はかわまず侵入させた指で、花筒の奥を一度だけカリッと掻いた。

「――――ッ!!」

それはまさに昇天したような感覚だった。
嬌声を上げた瞬間、行の唇が乱暴に襲い掛かった。歯茎をなぞり口蓋を舐め、逃れようとする舌を追いつめて遊ぶように絡め取る。
指先で狭隘な奥地を嬲りながら、行の舌は仙石の口腔を犯した。
痙攣する身体は、縄で、行の腕で戒められ、唇さえ奪われ、仙石は射精することなく強制的にオーガズムを迎えさせられたのだった。

「・・・もう降参するか?」

射精のない絶頂は強烈だった。実際に達するよりも快感は長く、それが終わる前に同じところを刺激されれば、何度でもイかされる。終わりのない快楽は、自分がどうなってしまうのか分らない恐ろしさを生んだ。
仙石にはもう抵抗する気力さえなかった。

「・・・行・・・」

許してくれと目で訴える。
しかし、掠れた哀願を、行は聞き届けなかった。

「まだだ」

両手足首の縛りと解いて後ろ手に縛りなおした仙石へ、背後から覆いかぶさり、行は淫らに咲いた花へゆっくりと自分の欲望を捩じ込んだ。

「う、うう――・・・」
「・・・恒史・・・っ」

切羽詰った声音が、耳たぶを掠める。
紛れもなく自分を欲する者の声に、仙石の不自由な身体は新たに反応していた。
熱く硬い塊は、行そのままにまっすぐで嘘をつかない純粋な欲望だ。
初めはゆっくりと、次第に早くなる律動に、仙石は半ば意識を手放しながら、濁流に飲まれる木の葉のように翻弄されていた。








そうして、どれくらいの時間が過ぎたのか。
ぼんやりと視界が戻ると、まだ夜は明けていなかった。
どこかで、虫の声がする。
部屋の内にも外にも静寂が戻っていた。

「気がついたか」

ぽかりと開けた目を動かすと、薄暗い行灯に照らされた行の端正な顔があった。
一瞬どうしたんだと言いかけて、仙石はさっきまでの狂乱を思い出す。縛られていた腕がジン・・・と痺れていた。

「すまなかった・・・」

汗ばんだ額を冷たいタオルで引きながら、行はポツリと言った。
強気の瞳が今は不安に曇り、静かに断罪の時を待っている。
行がしたことは、確かに強引で、許せないことではあったけど、そこまで思い詰める前に、不安を取り除けなかった自分のせいでもあると仙石は反省した。
誰にも言えない関係だからこそ、行は大事にしたかった、たぶんそれだけなのだろう。若い行一人に二人の関係の負担を押し付けていたことを恥じて、仙石はそっと目を閉じた。

「もう嫌になったか?」

何者にも恐れないこの若者が、自分の気持ちを失うと思っただけで、これほどうろたえている。
仙石にはそれで十分だった。

「馬鹿・・・」

成りはでかくても子供だなぁと思いながら、仙石は落ち込んでいる行の頬に手を伸ばした。

「好きだぞ」
「・・・っ!」

珍しく赤くなった行の顔を見ながら、たまにはこんなのも悪くはないと結論づける。

「さぁ、ゆっくりさせてくれるんだろ。まずは風呂に入れてもらおうか」

許された行は、ご奉仕という名のイチャイチャを期待して、まかせろと笑ったのだった。






-FIN-







某チャットでお約束した行仙お題モノです。
書きかけだった温泉ネタと併せて、縄、媚薬と三題話みたいになってしまった。
一応クリアーでしょうか。駄目出ししないでね〜〜〜(^△^)/


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