二人で出来るもん(3)


 いつもの角を曲がると、我が家の窓に明かりがついていて、啓介が先に帰宅しているのがわかった。
 リビングの絨毯の上、猫の仔のように丸まって眠っている。
「どうしたんだ啓介」
 部屋に入るなり、泣き腫らして目許が赤くなった啓介に涼介は驚いた。
 いったい誰が…と考え、多すぎる心当たりにため息を吐く。

 ――― オレのせいか…

 突き放しているつもりはなかったが、胸に巣くう邪な思いへの自制から、無意識のうちに距離をつくってしまったのも事実だ。一生懸命したってくる啓介が、最近さみしい思いをしていたのも知っている。
 だがわかっていても、手を伸ばせばそのまま抱きしめてしまいそうで…。
「ごめんな、啓介」
 涼介は臆病な自分に自嘲して、そっと抱き上げた啓介に口づけた。




「ん…アニキ?」
 啓介は、キスで目覚めた白雪姫のように、ゆっくりと目を開いた。
 リビングでうとうとしていたはずが、いつに間にかベッドの上にいる。
 夢心地に、涼介に口づけされた気がした。
 そんなわけないと思っても、唇にやわらかな感触が残っているような気がして、啓介は一人赤面してしまう。
「アニキが運んでくれたんだよな」
 階下で物音がするからそうだろう。
 そういえば、涼介はケガをしてたんだと思い出した。
 すぐにでも飛んでいきたい気持ちと、会いたくない気持ちがせめぎ合い、一歩も動けない啓介は頭から毛布を被ったまま、抱え込んだ膝に顔を埋める。
 負わせたケガがどんなに軽くても、それだけで胸が張り裂けそうだった。




「啓介、起きたのか?」
静かにドアが開いて、涼介が入ってきた。
「アニキ…」
顔を上げると、啓介は兄のあまりの痛々しさに目を見張った。
 涼介の左手は包帯でぐるぐる巻きにされたうえ首から吊られ、頭にも軽く手当てが施されていた。
「大丈夫だ。少し大袈裟にしてあるだけなんだから。心配するほどひどくはない」
言葉もない啓介を見て、涼介が安心させるように少し笑った。
「でも…」
 いたいたしい左腕にそっと手を添えると、啓介はそれ以上なにも言えず…。声にならない鳴咽が洩れてしまう。
「馬鹿だなぁ。おまえのせいじゃないよ。ドジ踏んだオレが悪いんだ」
 声を殺して泣いていると、兄の暖かい胸に抱き寄せられた。
「そんなに泣くな。オレがおまえの涙に弱いの知ってるだろ?」
「ごめんアニキ。オレのせいで…ごめん」
 耳元で囁くいたわりの言葉に、啓介はますます涙がとまらない。
 泣きじゃくる啓介に、昔から涼介はとことん甘かった。
 親も降参するほど泣き喚く啓介をなだめるのは、いつだってこの二つ違いの兄の役目だった。
 自分が泣いている時、いつも側にいてくれる涼介に、いつしか絶対的な信頼と愛情を寄せていた啓介。それだけに、この数ヶ月間、兄弟のつながりさえ見えなくなるほど涼介を遠く感じて、どれほど不安だったことか。
 気がつけば、いつも涼介のことばかり考えている自分がいた。
「アニキ、オレもっと一生懸命がんばるから。誰にも恥ずかしくない弟になるから…だから…」
 捨てないで…と、啓介はしがみついた。
 自信のない自分が嫌だった。
 いまや涼介のまわりには自分より優れた人間がたくさんいる。涼介を巡ってまわりが争うことだって小等部の頃から日常茶飯事で、一時は陰で抜け駆け禁止令が出ていたこともあった。
 そんな涼介にとって、自分の存在価値がどの程度のものなのか気になって気になって。いつの間にか涼介のまえでは素直に笑うことさえ忘れていた。
けれど今は…。
「啓介」
 優しく名前を呼ばれて目を上げれば、包み込むような瞳がじっと見つめていた。
「だったら、オレのものになるか?」
「え…?」
「身も心も全部、オレのものになってくれるか?」
「アニキ…」
 答えられずにいると、力いっぱい抱きしめられ、大きく脈打つ涼介の鼓動を直に感じた。
「言えよ啓介。おまえの好きなようにしてやるから言ってくれ…っ」
 言葉は祈りにも似て…。
 その瞬間、啓介は、兄が自分以上に答えを欲していたのを知った。
「アニキ…」
胸の奥に、暖かい火が灯った。
「なるよ、オレ。アニキのものになるよ…!」
 夢中で答え、お互いの身体をきつく抱き合う。啓介はゆっくりベッドへ横たえられた。涼介の緊張して冷たくなった指が頬に触れる。
「ふふ…。アニキの手、震えてる」
「バカ」
 さっきまでの激情が嘘のように、啓介の心は穏やかだった。
 大好きな涼介がこんなに身近にいる。心も身体も。
「啓介。やめるなら今だぞ」
 最後の確認事項。小さくかぶりを振る。これから先、何がまっているのか知らない啓介ではない。今ならまだ普通の兄弟に戻れることも。
 けれど、一度気づいてしまった気持ちからは逃れられない。
 涼介を誰にも渡したくないし、誰よりも涼介に求めて欲しい。
 欲望や好奇心に流されたのではなく、涼介が自分を選んでくれるなら、恐れるものは何もなかった。
「…アニキが好きだ」
 精一杯気持ちを込めて言うと、やさしいキスが降りてきた。
「オレも啓介が好きだよ。好きすぎて、どうにかなっちまうほどおまえが欲しかった」
 甘く欲情に掠れた声で囁かれ、啓介は幸せのうちにすべてをまかせた。




「くっ、くすぐったいよ、アニキ」
 顔から順に口付けされて、羽根の触れるようなくすぐったさに啓介は身を捩った。
「こーら。暴れるんじゃない。ったく、ムードがないな」
「んなこと言ったって…」
 くすぐったいものはくすぐったい。
「いまさらムードだとかなんとか、オレに言われても困るよ」
 じゃれあいの延長のような雰囲気が、啓介にはあるらしい。
「しょうがないな」
 涼介はため息をつくと、それまでバタバタしていた啓介の腕をひとまとめにして頭上に押さえつけ、露になった薄い胸に唇を落とした。
「あ…やっ、んんっ」
 それまでとうって変わった妖しい感覚に、啓介は堪える間もなくいやらしい声を上げていた。甘く嘗められた突起から、腰にジ―ンと痺れが走る。
「ん、なに…コレ…アっ」
 さらに、感じて頭をもたげた自身に手を伸ばされ、啓介の身体がビクンと震えた。
「や…も、でちゃう…よぉ」
 自身に絡み付く指に追いたてられ、啓介は消え入りそうな声で訴えた。
 ほんの少し擦られただけなのに、堪えきれぬほど昂ぶっている。
「いいよ。我慢しないでイッてしまえばいい。何度でもしてあげる」
愛らしいピンクの突起を口に含んだまま、涼介が囁くと、
「あ…、アァッ…!」
啓介は呆気なく、身を震わせて果てた。
 覗き込むと、荒い息の下、啓介の目尻には涙が滲んでいる。
「すまない、啓介。つらかったか?」
「平気」
 気遣う涼介に、啓介は強がって続きをせがんだ。
「だってアニキ、まだイッてないだろ」
「…そうだな。ここで止めろと言われても困る」
 なにせこの鬼畜な兄は、聞けば啓介が泣いて嫌がることをこれからするのだ。
「いい子だ啓介。少しきついだろうけど我慢してくれ」
 そう言うと涼介は、啓介の放った残滓を指にからめて奥の入り口に伸ばした。
「えっ! な、な、何、処触ってんだよっ」
 信じられないところに触れられびっくりした啓介は、思わずベッドの上の方までずり上がる。
「何って、オレ達ここでひとつになるんだぞ」
「え…」
いまだ自慰さえ満足にできない啓介にとって、それはまさに青天の霹靂だった。
 呆然としているところを涼介は足首を掴んで引き戻す。細い脚を左右に開いて、閉じようとするより早く身体を割り入れた。
「やっ、アニキ! こんなカッコやだぁっ」
 暴れ出した啓介をキスひとつでなだめ、
「好きだよ啓介。おまえが一番好きだ」
 恥ずかしさに両手で顔を隠してしまった身体を緩い愛撫で蕩けさせ、涼介は逸る気持ちを押さえつけて、ゆっくりと焦らすように啓介のそこを撫でた。
「くぅ…う」
 間違っても普段他人に触れさせないところといじられる気持ち悪さに、啓介は唇を噛んで必死に我慢した。
 しかし。
「いっ…いったぁっ!」
 撫でていただけの指が挿入されて、啓介は痛みのあまり悲鳴を上げた。
「いたっ、痛いってばアニキっ! もう、やめてくれっ」
 逃れようと抵抗するが叶わず、さらに奥まで犯される。
「いい子だから我慢して」
 泣き叫ぶ啓介を無視して、涼介は少しでも痛みを和らげようと、すっかり萎えてしまった啓介のかわいらしいものを口に含んだ。
「…あ…はぁ…ああんっ」
 とたんに啓介の身体から力が抜ける。涼介はその隙を逃さず内側に埋めた指をゆっくりと蠢かせた。
「ひぁ…あぁっ」
 たまらず身体を強張らせるが、涼介の巧みな愛撫に翻弄されて、痛みも快感もごちゃまぜになる。
「いや…も、いやぁ」
 感じやすい部分を立て続けに責められ、啓介は恥も外聞もなく泣きじゃくった。
「啓介、啓介…」
「アニキ…」
「きついか? もう、ここで止めるか?」
 いたわるような声に見上げれば、どこか辛そうな顔の涼介いた。
 腰に当たっているものだってこんなに熱いんだから、涼介だってつらくないわけはない。

 …アニキがオレを欲しがってる…

 我慢して啓介ばかりを感じさせようとする優しさに、
「アニキ、いいから。も、きて…」
啓介は潤む目を向け覚悟を決めた。
「啓介、いいんだな」
 涼介は開いた脚を抱えると、
「愛している」
 という囁きとともに、ヒクつく啓介のそこに熱の塊を押し当てた。
「ああ…っ! アニキ…っ」
 指とはくらべものにならない苦しさに、また新たな涙が零れる。
 しかし啓介は、押し入ってくる痛みの中にも、涼介を受け入れる喜びを感じ、必死に身体の力を抜こうと努力した。
「啓介…、全部入ったよ」
 やがてすべてを収める頃には、涼介の額にもかなりの汗がにじんでいた。啓介には、答える余裕すらない。
「なるべくゆっくり動くから」
 苦痛に固まっている啓介を、キスや愛撫で慰めながら、涼介はゆっくりと腰を揺らした。
「ひぃ…っ、ああう」
 涼介が動く度、初めは抉られるような痛みを感じたが、
「んっ、…はぁっ…あ」
 しかしそれはしばらくして痺れるような愉悦に変わり、
「やぁ…っ、ア、アニキ…、そこ…っ…やっ」
 そこで感じる快感の激しさに、啓介は夢中で涼介の背中に腕をまわした。
「こん…な…あ、あんっ…恥ずかし…っ」
 無意識のうちに腰を揺らす自分に信じられないとすすり泣く幼いしぐさが、涼介の欲望を強く刺激する。
「オレ…ヘンになっちゃうよぉ…」
「いいよ。ヘンになってもいいから、オレを感じて啓介」
 舌足らずに訴える弟の唇を貪りながら、涼介は言う。
「啓介だけ…啓介だけだよ」
快感にうわずったような涼介の声。絶頂は、もうすぐそこだった。
「あ…アニキ、アニキっ」
 タイミングを計りながら、涼介は一気にスパートをかける。その瞬間。
「あぁっ…あっ!」
「…っ!」
 ふたりは同時に快感を分け合った。




 気がついた時、時計は真夜中の二時をまわっていた。
 身体がだるくて悲鳴を上げている。腰もなんだか痺れたように力が入らない。

 ――― そうだ、オレ。アニキとやっちゃったんだ

 そこまで思いあたって、隣を見ると、傍らに寄り添うように涼介が眠っていた。
「アニキ」
 囁くように呼んでみるが、眠りが深いのか身じろぎもしない。
「なんか、久しぶりだよな。こんなアニキの顔」
無防備に安らぐその顔に、啓介の胸は暖かいのもで満たされた。
 おそらく、誰も知らない涼介の顔。弟だからじゃなく、誰でもない啓介だから見せてくれる。
「そう思ってもいいんだよな」
 後悔より先に溢れてきた正直な気持ちを、啓介は大切にしようと心に誓った。もう、自信がないなんて言わない。いつかきっと、涼介の役に立てるよう努力する。
 そう思いながら、啓介は安らかに眠る涼介のこめかみに、そっとキスを落とした。
 眠っていると信じていた涼介がじつはたぬき眠りで、啓介のキスに幸せそうに微笑んだことにはまったく気づかずに。
 そしてこれが、後に高橋兄弟として伝説となるふたりのはじまりだった。



〜 Fin 〜








かなり大昔に出したイニDの小説本「二人で出来るもん」からです。
今読み返すと、パロに走りすぎて赤面ものなのですが、これも一つの歴史ということで載せました。
正直、啓介はもっとカッコいいです。でも、この兄弟の小中学生時代を想像すると、
きっと啓介はお兄ちゃん子で、アニキは弟を猫かわいがりしていたに違いありません!(大妄想)。



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