「おい、如月」 「・・・何だ?」 「爪、切るぞ」 『爪砥ぎ』 右手に爪切りを持ち、神妙な面持ちで仙石が近づいてくる。 行はとっさに背を向けたが、すぐに襟首を掴まれて捕獲されてしまった。 「っおい!何で逃げるんだよ!」 「・・・何で爪切るんだ?」 「何でって・・・お前、これ見ろ!」 行の襟首を離し、仙石はおもむろにポロシャツを脱ぎ捨てる。 その下に着けていたランニングも、一緒に。 「・・・・あんた、また太ったのか?」 ふにふにと腹を突付く行の手を払い、仙石は背を向ける。 「腹じゃねぇ!背中だ背中!」 行の目の前に、仙石の広い背中が曝された。 ほどよく乗った筋肉が分かる、広い背中。 その背中には、しかし。 縦・横・斜めに走るみみず腫れが。 しかも、相当強く爪を立てられたらしく、所々血が固まっているのが見える。 「・・・・これが?」 「これが、じゃねぇ!お前が爪で引っ掻くから、こんなんなっちまっただろうが!」 「・・・・・・・・・・・・・」 「しかもなぁ、風呂に入ったらこれがまたすっげぇ沁みてだな・・・」 「だって・・・・あんたが・・・・・」 「・・・・あ?何だ?」 仙石の剣幕に、行は面白くなさそうにそっぽを向く。 まるで自分は悪くないとでも言うかのように。 「だって、あんたがいきそうな時に抜こうとするから」 「・・・・・・・・・・??」 『いきそうな時に抜こうとするから』 この言葉を反芻し、仙石は一瞬顔をしかめた。 そして、思い当たる。 2日前の夜を。 この、部屋で2人。 その日も『行為』に及んでいた。 胡座をかいた仙石の上へ行が座るような格好で繋がり、お互い快感を貪っていた。 行は仙石の手へ吐精し、仙石も内部からの刺激で達そうとしていた時。 仙石は行の腰へ手を回し、行の中から自身を抜こうとした。 それは行の身体を慮ってのこと。 女でないから避妊の意味は成さないが、慣れていない体内に欲望を吐き出すのはかわいそうだと、そう思っての行為だった。 しかし、それは仙石の腰にしっかりと巻きつけられた両足と、背中に回された腕によって阻止された。 しきりに抜こうとする仙石を止め、『中に出してくれ』と懇願する行。 結局、我慢できなくなった仙石が押し切られる形で射精した。 その時。 行の指先が闇雲に仙石の背を掻き毟り、いくつもの傷を作っていた。 しかも、随分長いこと爪を切っていなかったらしく、それは『みみず腫れ』という生易しいものではなく。 すでに『切り傷』に近い。 「ぬ、抜こうとするからって・・・おま、お前、そりゃ・・・」 ようやく行の言わんとしていたことに思い当たり、仙石は顔を赤らめる。 あの時の行が、フラッシュバックする。 「俺は、あんたの全部が中に欲しい」 「っそんなの、お前が辛くなるだろうが」 「辛くなんか無い。・・・・・あんたを最後まで感じれない方が辛い」 「・・・・っおい」 甘えるように仙石の手を取り、その掌に口づけた。 ぺろりと舐められて、ちりりと焼け付くような快感が走る。 「わ、分かった。分かったから、取り合えず爪を切らせろ」 「・・・もう、爪は立てないようにする」 「それだけのためじゃねぇんだ。爪が長すぎると、ばい菌が入ったりして危ねぇだろ?・・・・ほら、切ってやるから、手ぇ出せ」 ふいに走った快感を打ち消すように、仙石はその場に座って行を手招きした。 「ほら、俺の前に座って・・・・って、おい!」 「何・・・ちゃんと座ったぞ」 「そ、そうじゃなくて、向かい合ってだな・・・」 行は仙石の胸へ背中を預けるようにして座り込んだ。 猫を思わせる仕草で、頭を仙石の肩口へ擦り付ける。 「・・・・ったく・・・・・」 仙石は一度、行の頭をぐりぐりと撫で、その手を取った。 ぱちりぱちりと。 きれいに切りそろえてやる。 もう、背中で爪砥ぎをされないように。 おわり |