木枯らし吹くある冬の日。


 行の住むアパートの一室に。



 日本古来から伝わる暖房器具が持ち込まれた。











『イタズラ』










「・・・何だ、これ」


 行は仙石の持ち込んだそれを見下ろして、一言、呆れたような声を出した。
 その目の前には、これまでの生活で一度も使ったことのないものが置かれている。

 『これ』



「何だって、コタツだろが。コタツ、見たことねぇのか?」

「・・・」


 『見たことが無い』と言えば、嘘になるのかもしれない。
 何の気なしにつけたテレビや、デパートの家具売り場で、見たことはあった。
 けれども、それを実際に使ったことは、これまでの人生において一度も無い。


「ここ、床が板張りだろ?いくらエアコンつけても寒ぃからよ、コタツ、買ってきたんだ」


 ウキウキと、仙石はそれを組み立て、布団をかぶせる。


「仙・・・」

「あー、コタツ、いいよなぁ・・・ミカンとか食いながらよぉ、テレビを見るあの一瞬がなんとも幸せなんだぜ」

「・・・」


 にこっと、仙石が眩しいばかりの笑みを浮かべる。


「・・・・」





 正直。

 この暖房器具には何の魅力も感じない行であったが。


「ほら、ほらほら!ここで飯も食えるようになっただろが!」

「・・・」


 なんて。

 そんな風にはしゃぐ可愛い人を見て。

 行は溜息交じりの笑みを零した。























 『せっかくコタツを買ったんだから、今日は絶対に鍋にする!』と言い張る仙石に連れられ、2人で近くのスーパーへ買い出しに行った。
 既に鍋の中身は『すき焼き』と決められているらしく、仙石はぽいぽいとすき焼き用の肉を買い込み、卵や白ねぎをかごへ入れてゆく。

 とりあえず今日はゴーヤメニューは無さそうだと、行は内心ほっとしていた。
 仙石は、何かにつけて最近ゴーヤを食べさせようとする。
 それは無理をさせた翌日だったり、意地悪した朝だったり、野外でオイタした後だったりするのだけれども。

 『絶対、食べない』

 最近、口に運んだと見せかけて、こっそり仙石の皿に戻すのが上手くなった行であった。


「あー、と・・・あとは、何だ?」

「焼き豆腐。忘れてる」

「お!そうだった!」


 ウキウキと豆腐売り場に走る仙石の後ろ姿は、既に50歳が近いとは思えないほど軽やかで。


 『子供みたい』


 と。

 行はひっそりと思うのだけれども。


 きっとそれを声に出してしまえば


 『お前の方が、よっぽどガキだろが』


 なんて、返ってくることは分かってる。



 『この世界で俺のこと子供扱いするの、あんただけだよ』



 それが、ちっとも、嫌じゃないのも。



「あんただけ」

「あ?何か言ったか?」

「・・・いや?・・・砂糖って、グラニュー糖でいいのか?」

「は!?ば、お前、俺が料理にんな素っ頓狂なモノ使ったことがあったか!?」

「・・・」


 そうか。

 グラニュー糖は料理には『素っ頓狂』なモノなのかと。

 今日も一つ、仙石から学んだ行であった。



























 グツグツと鍋の中で色とりどりの具材が、食欲をそそる匂いを奏でる。
 コタツの上に卓上コンロを置き、周りにはビールと炊飯ジャーをはべらせて。
 まさしく『準備万端』な状態になってから、仙石はようやくコタツの中へ足を入れた。


「ほら、卵、器に入れとけよ。それに絡めて食うと美味いんだからよ」

「ふーん・・・」

「ふーん、て、お前。すき焼き食べたことねぇのか?」

「・・・あるかもしれないけど、覚えてない」

「・・・・・んじゃ、今日がデビューじゃねぇか!たくさん食えよ!」


 仙石は卵の入った行の器へ、程よく煮えた牛肉を入れる。
 それからしめじやしらたきを入れ、春菊も入れる。

 行はそれらを成す術も無く黙って受け取っていたが、最後に入れられた春菊は再び鍋に戻しておいた。


「・・・食え」

「・・・」

「戻すな!」

「・・・」


 しぶしぶといった態で行はそれを受け取り、器の一番下へと押し込んだ。


「ったく・・・ゴーヤだけじゃなかったのかよ」

「・・・こういう臭いの草、昔演習中に食べたことがある。凄い不味かった」

「・・・これは草じゃなくて春菊だ」

「・・・」


 今だ納得のいかないような表情を浮かべている行に溜息をつきつつ、仙石は缶ビールを開けた。
 行にも一本開けて渡し、二人で『いただきます』を言う。


 互いにビールを呑みながら鍋をつついて。
 テレビを見ながらゆっくりと食事をすすめる。
 とりとめのない会話が途切れることなく続き、仙石は上機嫌ですき焼きを頬張った。

 いつもよりも会話が弾んだのは、きっとコタツのおかげだと、仙石は思う。

 足元に広がる温かさが、二人を包んでいた。

























「・・・もー・・・食えねぇ、な」

「・・・あんた、食い過ぎ」

「うるせ」


 あんなに買い込んだ食材は、全て鍋の中に放り込まれ、しかもその鍋の中身もほとんど無くなっていた。
 すき焼きと共に自然とご飯も進み、二人とも満腹になって息をつく。


 仙石は欲望の赴くまま、後ろに倒れこんだ。


 お腹はいっぱい。
 お酒も入ってほろ酔い。
 しかも足元はぽかぽかのコタツ。


 これほどの幸せがあっていいのだろうかという程の心地良さ。





「あー・・・・・コタツには鬼をも眠らせる効果があるってーのはホントだな、おい」

「・・・何で鬼を眠らせられるんだ?」

「何でって、気持ちいいからだろ」

「・・・ふーん・・・」



 気持ちいい。

 そう言われれば、確かに気持ちいいのかもしれないけれど。

 行としては、ちょっぴりコタツには不満が募る。





 『距離が、少し遠い』





 そう。


 コタツは普通、二人で使用する場合、向かい合って座る。

 すると、必然的に仙石とはテーブルを挟んでの距離が出来上がる。


 それが、行には少し不満だった。

 その距離を埋めようと、いつもより多く話していないと落ち着かないくらいに。






 いつもならば横に並んで。

 寒いからとくっついても何も言われないのに。



 行にとっては、ほんの少し、この利器がうらめしい。



「お前も寝転んでみろって。そしたらこの気持ち良さが分かるからよ・・・」

「・・・」


 仙石の語尾は、まるで寝言のように曖昧なものになっていた。

 行はその言葉に促されるようにして後ろに寝転ぶ。


 仙石の体温が遠いな、と思いつつ。





 すると。



 コツン、と。




 足に、何かが当たる。




「んあ・・・悪ぃ・・・俺、こっち側に足寄せてっから・・・」

「・・・」



 足の先端に当たったのは、仙石のふくらはぎだった。


「・・・」


 仙石の体温。

 行は端に逃げている仙石の足を追いかけた。
 

 つま先でほんの少し、ふくらはぎを辿る。



「・・・」


 仙石は無言で。

 『スー』っと、寝入りばなの吐息が聞こえた。




 行は舌で唇を舐めた。




 つま先をふくらはぎから膝の裏へ滑らせる。
 くすぐるように指を動かすと、むずがるように仙石のそれが逃げた。

 逃がすものかと膝の裏から更に足を伸ばし、閉じられた太腿を割り開くように差し入れる。


「っ!?」


 仙石の身体が、コタツを跳ね上げるようにして動いた。



「んな!?何だ!?」

「・・・足指運動・・・」

「あ、アホかっ!お前・・・っ!」


 仙石は身を翻してコタツから抜け出そうとする。




 しかし。





 元・ダイス工作員の身のこなしには敵わなかった。



 行は更にコタツの中へと身を沈めると、両足を使って仙石の下半身をがっちりと挟み込んだ。
 その引きの強さに、仙石は下に敷かれていた薄い毛布の上に突っ伏するような形で倒れ込む。


「っぶ!いって!!」

「ああ、ごめん」


 少しも悪いと思っていないような口ぶりで、行はコタツから頭だけ出るような形で詫びた。


「お、ま・・・っぐっお、あ、あっははははは・・・っ!!」


 行の足が、シャツを掻い潜って仙石の腹回りに忍び込む。

 足の指の癖に、行のそれは酷く器用で。
 臍の窪みや脇腹のラインを絶妙な指使いで辿る。

 しかも挟み込んだ足で、仙石の身体をコタツの中へ引きずり込もうとしていた。


「あっは、も、やめ・・・っあははは・・・っ」


 まるでコタツに食われていくような。
 そんな錯覚にさえ陥りそうになる。


「こ、の・・・いい加減に・・っいってーーっ!!」


 どうにかこの状況を打破しようと。

 仙石は背筋を使って身体を起こした。


 だがしかし、仙石は大切なことを忘れていたのだ。


 今、自分が入っているのは、コタツだということを。





 仙石は、背中及び腰を、思い切りコタツの天井にぶつけていた。

 今だテーブルの上に乗っかっていた夕食の残骸が、派手な音を立てて跳ねる。




「い・・っい・・・って〜〜〜っ」

「・・・大丈夫か?」

「っおわっ!!?」



 思わず痛みに悶絶する仙石の目の前が、行の顔でいっぱいになる。
 いつの間にコタツから脱出したのか。

 行は仙石の目の前にしゃがみ込んでいた。



「っく、このガキっ!」


 仙石の手が行の頭をはたく。
 ぺし、とまぬけな音を立てて行の髪が跳ねた。


「・・・」

「折角人がいい気分で寝てるところを・・・お前は・・・」
「だって」
「って、ああ?」


 仙石が顔を上げる。

 そこには。



 完全に、拗ねた行の顔。

























「コタツはあんたが遠い」

























 今にも地面の石ころを蹴りそうな。

 今にも口を尖らせそうな。

 拗ねた子供がそこにいた。




「〜〜〜〜〜〜・・・・・あー・・・・もう、お前は・・・・っ」




 仙石はがしがしと頭を掻く。


 そして。





 右隣の布団を捲り上げた。







「こっち側に移動すりゃいいだろが!」

「・・・」






 流石に一つの隙間に男二人は入れない。

 けれども隣側は空いていて。



 足を重ね合わせれば。


 充分に入れる。







 行は照れたように俯きながら、捲り上げられたコタツの中へ足を踏み入れた。









「・・・・・・・・・・あったかい」

































「・・・・・・・・・もう悪さすんなよっ!?」


「・・・出来るだけ」






 その後行がイタズラしなかったかと言えば、嘘になる。














おわり






行仙の神様、『TUTU』の井筒様に、キリ番リクエストをさせて頂きました。『足指悪戯行』
そしてそして、こーんなに素敵で温かくて幸せな二人を書いて頂きました…!!
こたつで鍋…こたつで…こたつプレイ…ひえぇ〜(大喜)
ていうか、野外でオイタって?(そこかよ)
この後のイタズラが一体どういうものなのか、その辺具体的にお聞きしたいものです。ええ。
井筒様、本当にありがとうございました!私は幸せ者です!
(05/10/22)



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