雨が降ると思い出す。 あの日の事を。 『アマオトメモリィズ』 あの日のことは思い出したくない。 ふとした自分の失言が、深い後悔を呼んだ日のことを。 『おれ無しでも平気って、・・・本気で言ってるの?』 そう言って、押し倒された。 薄暗い寝室。 柔らかいクッション。 響く雨音。 『雨なんかより、あんたの方がよっぽど濡れてる』 イヤラシイ言葉を掛けられて。 熱い吐息が耳を掠める。 何度も何度も執拗に愛撫され、懇願しても許されなかった。 『刻みつけてやる。あんたの体に』 もうしたくない、と言って涙を流しても無駄だった。 自ら放ったものを擦り付けられ、赤く腫れあがったそこに再び楔が埋め込まれると、否応なしに体が反応する。 『雨音聞いただけで、思い出すくらい』 さあさあ。 ぽつぽつ。 しとしと。 今日は、雨が降っていた。 昼頃は晴れていたのに、夕方から雲行きがあやしくなり、今はすっかり雨模様になっている。 食事も風呂も済ませ、仙石は布団に潜り込んだが、雨音を聞いてしまってからすっかり目が冴えてしまった。 「・・・くそ・・・っ」 雨音を聞くと思い出す。 思い出さされてしまう。 無理矢理に。 恥ずかしい記憶。 できれば思い出したくなんかないのに。 熱い吐息。 ひんやりする掌。 執拗に向けられる眼差し。 全てが。 「・・・・・」 じん、とよく知った感触が下半身を襲い、仙石は自己嫌悪に陥った。 布団を捲らなくとも分かる。 雨音を聞いただけで、身体は熱くなり、行を思い出してしまっている。 嫌、だった。 行の思い通りになっている自分。体。 雨音なんて聞いただけでこんなになる体。 腹が立って仕方ないのに。 「・・・っ」 服の上からそっと手を当ててみる。 すっかりそこは熱くなり、固くなっていた。 「畜生・・・」 憎々しげに一つうめき声を上げ、仙石は毛布を被る。 こうなったら出して、スッキリして、さっさと寝てしまいたかった。 寝てしまえば何もかも忘れてしまえるだろう。 そう思い、仙石は自らに手を伸ばした。 「・・・っ・・・ん・・・・・っ」 久しく忘れていた自分の手。 自らの熱。 誰に支配されるでもなく、自分の思い通りに手を動かす。 しかし。 「っ・・・・くそ・・・・」 もう既に身体は充分過ぎるほどに熱い。 握り締めたものは雫を滲ませ、解放の時を今か今かと待ち構えているのに。 「ぁ・・・んん・・・っ」 今、一つ。 何か足りなくて。 物理的な刺激ではなくて。 包み込むような、全てを攫ってしまうような激しさが。 仙石は熱を持て余し、それでもここまできたからにはどうにか出してしまいたい欲求が高く、懸命に両手を動かした。 ピピピピ・・・ピピピピ・・・ピピピピ・・・ 「っっ!!」 心臓が口から出るのではないかと思うほど驚いた。 枕元に置いている携帯が、機械音を鳴らしている。 時刻は午後11時。 仙石は相手を確かめることもせずに、携帯電話に齧り付いた。 「もっもしもしっ?」 心持ち小声で話す。 そのまま布団を再び頭から被った。 妻も娘も別室にいるが、聞こえないとは限らなかった。 「もしもし?」 返事が無い。 もう一度話し、着信を確認しようとしたところで、声がした。 今、一番聞きたくない声が。 『・・・雨、降ってる』 男の背後から、濃密な雨の気配がした。 雨音が近い。 「き、如月・・・っ」 『思い出した?』 「な、何をっ」 『あの日のことを』 ズキリと、下肢が疼く。 行の手。 唇。 指先。 匂い。 眼差し。 全てが一瞬にしてフラッシュバックする。 「・・・っぁ」 じんわりと先端から雫が溢れるのが分かる。 『1人でしてたのか?』 まるで今の自分を見ているかのようなセリフに、思わず仙石は身をすくめた。 「しっしてないっ」 『嘘つき』 「う、嘘じゃねぇっ」 『じゃあ、どうしてそんなに濡らしてるんだ?』 「えっ!?あ、こ、これは、・・・違うっそんなんじゃ・・・・っ」 『やっぱり、1人でしてたのか?・・・雨音聞いて?』 「ち、違・・・」 『あの日を思い出した?・・・何回もイって、俺のを銜え込んで離さなかったことも?』 「やめろっ・・・そんなんじゃねぇっ」 『・・・俺は思い出してた。あんたのこと。あの日、泣いて喘いで腰振ってた、あんたを思い出して』 「っ!やめろっ!」 自分の嬌態を口に出されるのがいたたまれなくなり、仙石は思わず大きな声を出す。 その電話の向こう側で、行が震えるような声を出した。 『あんたに、会いたくなって仕方なくなった』 雨音は更に強くなる。 電話口のその音と、仙石の背後の雨音が重なって聞こえた。 『会いたい』 はっきりとそう告げてくる。 時刻は午後11時10分。 もう、バスも止まっている時刻だった。 「・・・・こんな時間からそっちに行けるわけないだろ」 もっと時間が早かったなら、自分はきっと行っていただろうと思う。 そう思ったら、更に恥ずかしくなった。 自分の生活は、いつからこの男が中心になったのだろうかと。 『すぐ近くなら?』 「ああ?」 『あんたの家から歩いて10分のホテルにいる』 「っお、おまっ」 『待ってる』 「おいっ!」 ブツ。 ツーツーツーツー・・・ こんな夜更けに。 しかも緊急な用事とか、人の命に関わるようなことでもなくて。 ただ単に『会いたいから』。 来い、と。 待ってる、と。 誰が行くか、と悪態ついてやりたい気分になった時、メールが入った。 『506号室』 たったそれだけの文字列。 「〜〜〜っあー、っくそ!」 仙石は布団を跳ね除けた。 髪の毛はもう寝癖で跳ねていたが、どうでもよかった。 とりあえずポロシャツとズボンを履き替えて、携帯と財布だけ持った。 隣室の妻を起こさないように静かに部屋を出ると、傘も差さずに夜の道を走った。 土砂降りでないにしろ、雨は容赦なく降りつづけていた。 徒歩10分の道のりを5分で走って、仙石は足早に506号室を目指す。 廊下が濡れ、雫が滴り落ちても構っていられなかった。 ドアの前に立ち、一つ深呼吸する。 ドアノブに手をかけようとした。 瞬間。 ドアが開き、仙石は言葉を発することも出来ないまま、中へ引きずり込まれていた。 バタン、とドアが閉まる音と、唇が重ねられたのはほぼ同時。 「んっ・・・っぅぁ・・・っな、に・・・っん・・・」 冷たくなった唇を温めるように行のそれが重ねられる。 舌を絡め取られ、歯列をなぞられる。 口腔にお互いの唾液が流し込まされ、何をされているのかも分からないまま、仙石は喉を鳴らしてそれを飲み下した。 「・・・やっぱり濡れてる」 「っそれは、雨で・・・っ」 「嘘つき」 「ぅあっ」 荷物のように肩に抱えられ、そのままベッドへ放られる。 スプリングのきき過ぎるベッドに、仙石は溺れそうな感触に襲われた。 「如月・・・っちょ・・・」 濡れたシャツを引き千切らんばかりの勢いで脱がされる。 ズボンのボタンをいとも簡単に外され、下着ごと遠くへ転がされた。 「やっぱり、自分でしてたのか」 「し、してねぇって言ってんだろっ!?」 「こんなに濡れて、いやらしい匂いがしてるのに?」 「あっ!?」 行の指先が先端をなぞる。 雨、だけではない。 粘り気を帯びた雫が、行の指先を濡らした。 「ほら」 「っやめっ」 濡れた指先を仙石の目の前で纏わりつかせる。 糸を引く指先があまりにも淫猥で、仙石は思わず顔を伏せた。 「1人でしてた、だろ?」 「・・・・ぅ・・・・っ」 諭すような口調で聞かれ、仙石はいたたまれなくなって小さく頷いた。 「・・・見たい」 「あ?」 間の抜けた声が部屋に響く。 「見せて」 行は仙石の耳元に顔を寄せ、睦言を呟くような甘い声で囁いた。 「あんたが、1人でしてるとこ」 「っ!?」 雨で冷えた体温が、一気に上昇したような気がした。 『嫌だ』と、言った。 『そんな恥ずかしいことは出来ない』と、何度も言った。 けれど、無言の笑顔を向けられると、行が一歩も引かないということが分かる。 更には、この脅迫じみた『お願い』を断れば、更に酷い仕打ちが待っているであろうことは、仙石にでも容易に想像できた。 「・・・・っ」 「・・・足、もっと開いて」 「っの・・・変態クソガキ・・・っ」 「そんな目で凄んでも、逆効果だけど」 ベッドの上で、仙石は行に向かって足を僅かに広げた。 身体の中心で既に熱くなっているそれを相手の眼下に曝し、仙石はおずおずと手を伸ばす。 片手で茎を握り締めると、痺れるような快感が背筋を走った。 自分で感じる部分を扱く。 鈴口から溢れる雫を塗り込めるように手を動かし、括れを辿る。 「ぅ・・・っく・・・・」 直接的な快感よりも、目の前から送られる視線に身体が反応する。 まるでいつもの、アノ時に向けられる眼差しのようで。 「っあ、・・・あんま、見るな・・・っ」 「恥ずかしい?」 「・・・・変、だから・・・っ」 「何が?」 「お前に・・・触られてるわけでも、ない、のに・・・」 自らを弄る手の動きが早くなる。 足を開いて。 強請るように腰を出して。 まるで淫らな女のように自慰強要されて。 それでも身体は驚く程に行を欲していて。 「お前に・・・されてる、みたいな気になって・・・っ・・・・気持ちよすぎる、から・・・っ」 恍惚とした表情を浮かべて、まるでうわ言のように呟く。 その仕草。 その表情。 その全て。 「・・・・っ」 感情全てを焼き切られるような熱を感じ、行は衝動的に仙石の手を取った。 「ぁ・・・・、き、きさらぎ・・・・っ?」 「あんた、それ、無意識なのか?」 「何、がっ」 「・・・タチが悪い」 「っあ!あぁっい、痛・・っ」 開いた足の狭間に、行の指が潜り込む。 何を、と思う間もなく、そのしなやかな指が後孔へ挿入された。 何の潤いも施されていないそこは細い指1本でも侵入を拒み、押し出すように収縮する。 「痛、・・・っ如月っちょ・・・っんんっ」 『待て』のセリフを言わせまいと、唇を奪う。 差し入れた指を前後に動かし、ぐるりと内壁を掻き回す。 そこでびくりと仙石の身体が揺れ、痛がって引いていた腰を緩ませた。 「んっ・・・ふぅ・・・っ・・・・ん・・・」 後ろの動きに合わせて、中途半端に放られていた前に手を伸ばす。 痛みのために萎縮していたそれを激しく扱き立てると、仙石は膝立ちになって先を強請るように腰を揺らめかせた。 「ふぁ・・・っはぁ・・・・うぁ・・・あっ」 「1人でする時も、ここ、弄ってるのか?」 示唆するように指先を内部で折り曲げる。 「なっあっ・・・する、わけねぇだろっあっ」 「本当に?」 「あっ当たり前・・・っぅああっ」 指を2本に増やされ、奥を抉るように動かされる。 身体を支えている膝が震え、仙石は行の肩に縋りつくようにもたれ掛かった。 その重さに任せるように、行が後ろに身体を倒す。 「ぅわっあっ!?」 行を押し倒す形で倒れ込み、今だ指を銜え込んでいる部分が震えるように収縮する。 その感触を指先で楽しみながら、行はゆっくりと口を開いた。 「このまま」 「ぁ・・・な、に」 「このまま、上に乗って」 「い、っ嫌だっ」 「あんたが上で腰振る姿が見たい」 「っ嫌だっ・・・ひっぅあっ」 断固として拒否する仙石の後孔に、3本目の指が挿入される。 ぎりぎりまで襞が引き攣り、切れてしまうのではないかという恐怖が仙石を襲う。 「やっやめっ・・・ああぁっ嫌だっ」 「乗って」 「ぅ・・・嫌・・・だっ・・・」 せがむ行に、仙石は頑なに首を横に振る。 その頬に、思わず零れたような涙を見つけ、行は溜息をついた。 「・・・・泣くな」 「な、泣いてねぇ・・・っ」 「悪かった」 「・・・っ・・・・あっ・・・ふ・・・んんぅっ」 行が身体を起こし、仙石を組み敷く。 深く口付けながら足を開くと、たっぷりと慣らされたそこが誘うようにひくついた。 熱くなった自身をそこにあてがい、ゆっくりと身を沈める。 「んんー・・・っふ・・・っんっ」 唇を塞がれたまま、楔が体内に押し込まれる。 酸欠を起こしそうな感覚に仙石は首を振るが、行は顎をきつく掴んで離さない。 「っ・・・っ・・・・ん・・・・んんっんーっ・・・ぷはっ・・・はぁっ、お前・・・っ苦し・・・っ」 「ふ・・・我慢が、足りないんじゃ、ないのか?」 「なん、だっあっ!ぅあっあっ」 憎まれ口はここまでとでも言うように、行が動き始める。 腰骨が痛いくらいに当たると、信じられないくらい奥までそれが突き入れられる。 ぐちゅぐちゅと聞こえる水音が更に仙石を煽った。 「やっあっあぁっ・・・あぅ・・・きさらぎ・・・っ」 「・・・っ・・・仙石さん」 両足を肩に担ぎ上げられ、隠すものは何一つ無い屈辱的な格好を強いられて尚、仙石は快感に身を震わせた。 自慰では到底追いつかない。 苦痛に近い程の快感。 「あっいっ、いっちまう・・・っ如月・・・っあぁっ」 何度も最奥を突かれ、熱い楔で内壁を擦られる。 先走りを滴らせる前を掌で包まれると、もう熱を解放することしか考えられなかった。 「仙石さん・・・っ」 「っあ・・・あ・・・っく」 「・・・恒史さ・・・っ」 「あぁあっ・・・あー・・・っ」 一際強く突き上げられ、耳元で熱く名前を呼ばれた瞬間、仙石は行の手へ全てを放出した。 僅かに残る意識の中で、行も自らの中で放ったのを感じ、そのまま意識を手放した。 「・・・なぁ」 「・・・・何だよ」 「パブロフの犬って知ってるか?」 「ってめぇっ!何が言いてぇんだよっ!?」 「・・・別に」 おわり |