玄関開けたら2分で〜というキャッチフレーズのコマーシャルが、昔あったけれど。
仙石の頭には、今まさにそのフレーズが流れていた。
『アーリー・ワンディ』
「きさ、らぎ・・・?」
寒い夜だった。
火の気の無い行の部屋の玄関で。 その廊下は、指先がかじかむほどに寒々としている。 けれど、そんな廊下にいても尚、行の掌はいつもよりも熱かった。
仙石は、自分を見下ろす男を目の前に幾度も目を瞬かせる。
今、自分の置かれている状況を把握しようとして。
今日は日曜日で、仙石はいつものように電車に乗って千葉までやってきた。
仕事の都合で夜になってしまったが、それでも行からの電話の中、切なそうな声で『会いたい』と言われれば行かないわけにはいかなかった。
そして降り立った駅で、仙石は少なからず驚かされる。
駅の改札口に、行が来ていた。
勿論、いつもはこんな風に迎えに来ていたりしない。 だからこそ仙石は驚き、戸惑いながら手を上げた。
そして、挨拶しようとした仙石の手を取り、行は唐突に歩き始めた。
「お、おい?手・・・」
「・・・ダメ?」
「だ、だめってか、おま、ちょ・・・」
始めはその手を振り払おうとしていた仙石であったが、頑なに手を離そうとしない行に折れ、結局そのままついて歩いた。
まぁ夜だし、と。
前回の訪問からしばらく間が開いてしまったし、と。
甘やかすつもりは無いけれど、甘えられるのは嫌いでなくて。
いつも以上に無口な行を前に、仙石はいつも以上によく口を開いた。
今日は寒かったなとか、ちゃんと飯食ってたかとか、また少し痩せたのか、とか。
その全てに、行は頷いたり返事をしたりと、いつものように応答した。
そう、いつものように。
だから、正直。
仙石は油断していたと言える。
だから玄関開けて2秒で押し倒された時、事態がきちんと飲み込めなかったのだ。
怒りよりも困惑で。
そして行の、切羽詰まったその顔を見てしまい、怒りは一向に沸き上がって来なかった。
「・・・き、如月?」
「・・・ごめん」
「何・・・っちょ、おい!?」
口づけすらしていない。 何の前触れも無く、仙石のベルトへ行が手をかけた。
「んな、ちょ、おい?如月・・・っ」
「仙石、さん・・・」
「っ」
暗い部屋の中で、行の両目が光ったように見えた。 濡れているのか、酷く艶かしい色で。 いつもは感じられることの無い、荒い息が仙石の首筋を撫でた。
静かな玄関に、カチャカチャというベルトを外す音が響く。
「なん、ちょ、だからっ何でいきなりなんだよ・・・っ」
ずり下げられそうになるズボンを、仙石は必死に掴んでいた。 行の手は、ズボンどころかトランクスまで一緒に下げている。 汗ばんだ尻が、半分ほど床に落ちていた。
「・・・ごめん・・・仙石さん・・・」
「だから、何で急に・・・っんん・・っ」
そこで初めて、仙石の唇を行が塞いだ。 乾いた唇。 余裕の無い口づけ。 愛撫というよりも、捕食に近いそれは仙石に少なからず苦痛を与えた。 舌がぴりりと痛む。
「んっは・・・っぁ・・・っちょ、きさらぎ・・・っ」
首を振って口づけから逃れると、行がぺろりと自身の唇を舐めるのが見えた。 仄かな月明かりの下で、それは酷く淫猥に映る。 仙石は上へ逃れようと僅かに尻を動かしたが、それすらもすぐに行の手によって引き戻されてしまった。 そのまま、再び頭を廊下の床へ下ろされる。
耳元へ、行が唇を寄せた。
「我慢、できなくて・・・ごめん・・・」
「っ我慢って・・・っぅわっ!?」
囁かれたその言葉を理解することが出来ず、首を傾げる仙石の隙をついて一気にズボンが下ろされる。 勿論、トランクスも一緒に。 隠す物の無くなった素肌が、床を暖めてゆく。
「ちょ、ちょ、待て!待てって!!」
「待てが、今は出来ない」
「だから、何でだよ!?」
「・・・仙石さん・・・っ」
「っ」
切羽詰ったような声と共に、行の吐息が耳元をくすぐる。 丸裸にされた下肢に、行の熱を感じて思わず仙石は腰を引いた。
「お、ま・・・っ」
それは思わず絶句するほど。
何でお前そんなに張り切ってんだと、ツッコミを入れたくなるほど。
既に臨戦態勢どころか、発射態勢に近くなっていた。
「ごめん・・・」
「っや、待て・・・っ」
行が自らの前を寛げるのが分かった。 凶器にも近いそれを目の端に捕え、仙石は思わず背を向けて部屋の方向へ這い上がる。
しかしそれは最も間違った行動であった。
行の眼下に晒されたのは、食ってくれと言わんばかりの丸っとした尻。
バタバタと上へ逃れるために身体を捩る仙石の、その尻を。 行は両手で掴んだ。
「っなっ!!」
強く引っつかまれ、仙石は首を捩って後ろを仰ぎ見る。
そこには、あからさまな興奮を隠そうともしない行の姿が。
頬を紅潮させ、息を荒くして。
視線は仙石の後ろへ、一点集中。
まさか、と。
仙石は緩く首を振った。
「き、きさ・・・っ」
まさか、そんな無茶なことしないよな、と。 まさか、何も準備していないそこに突っ込むとかしないよな、と。 祈るような気持ちで見つめた一瞬の後。
行の昂ぶりが。
尻の狭間へつけられた。
「っ!?」
瞬間、仙石の身体が強張った。 まだ閉ざされたままのそこを無理矢理開かれる痛みを知っている。 だから、それがどれだけ苦しいのか、痛いのかも。
「きさ・・・っ」
「・・っ」
押し当てられた熱に、仙石はぎゅう、とそこへ力を込めた。
その、僅かな感覚。
尻の狭間に先端を挟まれた行は。
「・・・っぁ・・・っ」
「っ!?」
ぶるりと行が身体を震わせたのが分かった。 そして、その直後に。
熱いものが、尻にぶっかけられたのも。
「え?え、も、もうか!?まだ何も・・・」
あまりの出来事に、仙石はオロオロした声を出してしまう。
だって、まだ、何もしていない。 まだ、挿入どころか、ほんのちょっと触れただけなのに。 何でいきなり射精なんだと。 いつもはしつこいくらい中にいて、中々いかないくせに。
どうして今日は。
こんなにも。
「・・・き、如月・・・?」
「・・・っ・・・せんごくさ、ん・・・」
「ど、どうしたんだよ・・・お前・・・」
仙石が後ろを振り返る。 濡れた尻が廊下についてしまったが、それは今どうでもいいことのように思えた。 一度射精したことで、少し落ち着きを取り戻したのか、行はその顔を泣きそうに歪める。 先ほどまでの獣じみた雰囲気が薄らぎ、今度は子供のような表情が浮かべられていた。
「如月・・・?」
「・・・しばらく会ってなかったから・・・」
「・・・だからって・・・おま・・・」
恥じらうような、情けない顔をした行がそこにいた。 それでも、行は仙石へ手を伸ばし、縋り付くようにその肩を抱き締める。
「・・・もう、全然我慢出来なくて・・・迎えに行く前にも、ちゃんとしたんだけど・・・」
「何をだ、何を」
「マス」 「待った。言うな。言わなくていい。分かったから」
予想を裏切らないセリフを吐き出そうとした行の口を仙石の手が塞ぐ。 その頬は、やはりいつもよりも火照っていた。 体温の低い行が、冬場にこれだけ熱くなっているのは珍しい。
本当に。
これは、相当我慢していたんだと。
「・・・だからってなぁ、お前・・・」
当てただけでいくなんて早過ぎるだろとか。 玄関に入った途端押し倒すなよとか。 そう言おうとした仙石の口を、今度は行の手が塞いだ。 両手で、ぱふ、と。
「・・・恥ずかしいから言わないで」
暗い廊下でも分かるほど。
行の顔は、真っ赤だった。
それを見た仙石は。
思わず。
「・・・っぶ・・・っくくくくくく・・っ」
行の掌の中、思い切り噴き出していた。
口を塞がれても尚、肩まで揺らして笑う仙石へ行は眉を顰める。
「・・・何で笑うんだ」
「くっくくく・・・っだ、だってお前・・・何だよ・・・その可愛い顔・・・っ!」
「・・・」
口を塞いでいた行の手を退かせ、仙石は火照ったような頬を撫でた。 思ったとおりそこは温かく、まるで春になったような気分になる。
「何だよ。すぐいっちまったから恥ずかしかったのか?ん?」
「・・・」
「そんなもん、若い内は当たり前だから気にすんなって!お前、むしろいつもはしつこくて遅すぎなんだから、よ・・・?」
「・・・」
とん、と。
仙石の身体が、ゆっくりと押し倒された。
玄関の扉の向こうが、月明かりに照らされているのが分かる。 行の長い睫毛が、シルエットになっているのが見えた。
そして、その目が。
いつものように、冴え渡るほど煌めいているのも。
「き、如月・・・?」
「・・・あんたの方がずっと可愛いくせに」
「え?あ、ちょっおい!!」
行の手が、するりと剥き出しの仙石を撫で上げた。 寒さと驚きに萎縮していたそれがふるりと震える。 行はそれを育てるように、何度も先端を擦った。 じんわりと熱がそこへ下りるのを感じ、仙石は慌てたような声を出す。
「や、ちょ、待てって・・・!」
「・・・仙石さんはいつも俺より早いから、可愛い」
「てめっそりゃどういう意味だ!?」
「そのままの意味。早くて可愛い」
「なんっおま・・・っんぅ・・・っ」
大きく口を開いて反論しようとした仙石の口を、行がかぷりと塞いだ。 開ききった口腔へ入り込んだ舌は悠々と仙石のそれを絡め取る。 先ほどの可愛らしさは一体どこへ消えてしまったのか。 唇を離される頃には、仙石の息は切れていた。
「は・・・っぁ・・・おま・・・人の話を・・・っ」
「うん、後で聞く。・・・後で幾らでも聞いてあげるから、今は大人しくして?」
「っ今可愛いこぶったって全然可愛くねぇんだよ・・・っ」
そう毒づく仙石へ、行はとびきりの笑みを返した。
「やっぱり仙石さんの方がずっと可愛い」
そんなセリフと共に天使の微笑みを浮かべられ。
仙石はただその頭を緩く小突くことしか出来なかった。
そして、その、2時間後。
「・・・っあっ・・・こ、行・・・っ」
「・・・何?仙石さん・・・」
仙石の両足を大きく割り開き、その体内へ深く自身を挿入している行は、額に汗を滲ませつつも余裕のある笑みを浮かべた。 一方、仙石は下腹を白い体液で汚し、更に溢れ出る自らの先走りと共に涙を浮かべた。
「っ・・・も、いい加減、・・・いけって・・・っ!」
「・・・まだ、我慢出来る、から・・・」
「っんあっあ・・っ」
ぐり、と内部に埋められた行が動かされる。 もう、繋がってどれだけ時間が経つのかも分からない。 けれど、行をくわえ込んでいる中は熱を持ち、疼くような痺れるような感覚で仙石を苛んでいた。
明らかな『復讐』。
「・・・っも、我慢、すんなって・・・っあっ」
「・・・まだまだ、我慢出来る、よ?・・・仙石さんが、側にいてくれるなら」
「っ・・・ばかやろ・・・っ」
ごく近くでそう囁く行へ、涙の浮かんだ目で仙石は睨み付けた。
けれどそれすら行は涼やかに受け止めて。
また一つ、睦言を吹き込む。
「・・・あんたが挿れたまま、上手にいけたら俺もいくから」
「〜〜〜〜っ」
『ふざけんな』という仙石の叫びは、行の唇に吸い取られた。
おわり
|