最近、一つ、仙石は悩んでいることがあった。 40代後半。妻子持ち。男性。 そんな彼が悩むのは。 21歳。独身。男性。 職業画家。 如月行とのことで。 『ギャクテンキボウ』 「最近、何か悩んでいることがある」 「・・・・・・へ? 「って、顔してる」 柔らかな日差しの中、仙石はスケッチブック片手に窓から見える海へ向かっていた。 傍らには小さなパレットと水差し。 しかし、スケッチブックは一向に彩色されることは無く、輝かしく白い画面をさらしているばかりだった。 「何を悩んでるんだ?」 「いや・・・・別に・・・・」 「隠し事しても、あんたはどうせ最後まで隠せないんだ。話しておいたほうがいいぞ」 「お前なぁ・・・はぁ・・・・・」 いつもなら、ここまで言えば自然と話し出すか、少し怒るかのどちらかなのに、今日の仙石はどちらにも当てはまらない。 行は益々何かあることを察し、隣に座った。 「・・・・・で、何だ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ん?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱ、何でもない」 行が顔を向けた途端、仙石は顔を俯けて視線を反らした。 その耳が、赤く染まっているのを、行が見逃すはずも無い。 「耳、赤い」 「へ?」 「恥ずかしい悩みか?」 「っち、違っ」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・っ」 否定しようと顔を上げた途端、行の視線に捕まってしまった。 何もかも見透かされてしまいそうな深い深い闇色の両眼。 覗きこむように顔を見られ、仙石は観念したように息を吐いた。 「・・・・俺たちの、か、関係、なんだけどよ」 「関係?」 「その、・・・・よ、夜の・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そこまで言った仙石を、行はそのまま抱き上げて寝室に連れ込みたい衝動に駆られた。 この仙石という男は、妙なところで妙に清純派だったりする。 きっと、同僚同士の猥談であれば、下品な言葉も発するのだろうが、こと真面目な場面になると『セックス』という言葉を言うのすら憚るのだ。 それがこの外見とは妙にミスマッチで、そしてそれがたまらなく愛しい。 それでも行は何とかその衝動を押さえ込んで、そんな考えはおくびにも出さず、話しを続けさせる。 「・・・それが、どうかしたのか?」 「・・・・い、いつの間に・・・・じょ・・・上下が決まったんだ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・上下?」 上下。 上と下。 並大抵の頭の良さでない行も、しばらくその言葉が何を指すのか分からなかった。 が、『夜の関係』の『上下』と聞いて、ようやく全ての回路が繋がる。 「あー、その、わかんねぇかな・・・・あれだ、めしべとおしべの関係がだな・・・」 呆然とした行の反応に、仙石が指を使ってあまりにも貧弱な補足説明をしようとする。 「いや、分かった。・・・・で、それを聞いてくるってことは、嫌、だったのか?」 一応、笑ってはいけないのだろうと思い、行は出来るだけ声を震わせないように尋ねる。 「い、嫌とかそんなんじゃねぇよ。ただ、その、お前の方が細いし若いし、こう、いい男なんだから・・・俺はおっさんだし・・・・逆のほうが・・・・」 ごにょごにょとまだ指先でめしべとおしべを模している仙石に苦笑して、ようやくその意図を掴んだ。 つまりは逆の立場が望ましかったということか。 まぁ、正常な男であれば当たり前の反応だろうが。 行は、仙石に見えないように笑みを浮かべて立ち上がり、部屋の奥へ歩き出した。 「お、おい?如月・・・?」 心配そうに仙石も立ち上がって行の後を追う。 キィと寝室のドアが開けられた。 「逆でしよう」 「は?」 行は仙石の手を誘うように引く。 その後ろはすぐベッドがある。 仙石はその妙な色気に吸い寄せられるように、寝室へ入った。 『できるもんならな』 そんな、行の呟きは、頭に血の上った仙石には聞こえるはずがなかった。 外はまだ昼間だったが、陽光はカーテンに遮られ、ほとんど入ってこない。 薄暗い部屋で、仙石は内心焦っていた。 『逆で』と、言ってみたのは確かに自分だったが、それは行が受け入れるわけが無いと思ってのことだった。 しかし、今現在、確かに行は自分の下で横になっている。 男同士の知識は、行に教えられた分しかない。 ひたすら気持ちよくされて、最後は何が何だか分からないようにされてしまう。 自分にそこまでの技術は無いと分かっているが、今はそんなことに構っている暇は無かった。 「・・・・しないのか?」 「い、いや、する、ぞ」 横になっている行のシャツを脱がせる。 薄暗い部屋でもはっきりと分かるほど、行の身体は美しく鍛えられていた。 無駄な筋肉や贅肉は全く無い。 鞭のようにしなやかで無駄の無い身体だった。 その、薄い色の突起を指先で触ってみる。 そして、思い切って唇を寄せ、舌で転がすように舐める。 自分がされて気持ち良かったことを思い出しながら。 「・・・っ」 息を詰める気配がして仙石が顔を上げると、行は片腕で顔を隠すように、片手で口を塞ぐようにしていた。 その様子を見て、幾分ほっとする。 行も、自分と同じようにここが感じるのかと思うと、嬉しくすらあった。 そう分かると少々度胸がついたのか、仙石は行の下肢へ手を伸ばす。 硬いジーンズに包まれたそこは、まだ何の反応も示していなかった。 『・・・気持ち良さそうな割には、身体はあんまり反応しねぇもんなんだなぁ・・・』 少し残念に思いつつボタンを外し、ジッパーを下ろした。 「脱がす、ぞ。・・・・嫌だったら、ちゃんと言えよ」 「・・・・・・っぁ」 ジーパンと下着を脱がせると、裸になった行がそこに横たわっていた。 今まで、こんな風に相手の身体を見ることは無かった。 そんな余裕は無かった。 じっとその身体を見ていると、僅かに、ほんのかすかに行が震えているのが分かった。 さすがに、幾多の困難を乗り越えてきたとはいえ、こんな状況に陥ったのは初めてなんだろうか。 いつもは憎たらしいくらいに冷静な行の、初々しい部分に触れて、仙石は胸を衝かれるような感情に浸った。 「如月?・・・こわ、怖がらなくていいんだぞ?俺は、ちゃんとするから」 「わ、分かってる・・・っ」 そう言う声すら掠れていて、仙石は愛しくてたまらない男の腹筋に手を伸ばし、下へ移動させる。 今だ静かなままのそれを指先で軽く触り、たどたどしい動きで扱き始めた。 「ん・・・っ」 僅かにそれが反応し始め、嬉しくなった仙石は思い切って顔を寄せた。 目をぎゅっと閉じ、先端に舌をつける。 ちゅちゅと音を立ててしまう、子供のキスを髣髴させる動きで、一生懸命愛撫した。 「っく・・・・」 「気持ち・・・いい、か?」 「もう、駄目だ・・・・・」 「え、も、もういきそうなのか?」 まだちょっと大きくなっただけなのに?と、仙石が不思議そうな視線を送った途端。 行は口を覆っていた手を外した。 「違う・・・・っく・・・くくく・・・・あっははははははっ!」 「っ!!??」 初めて聞く行の『爆笑』と言っても過言でない笑い声。 ただし、それはこんな場面い似つかわしくないもので。 「あー、もう、笑っちゃいけない訓練、しておけば良かった」 「なん・・・な・・・・・何が・・・・」 『どうなっているのか』 仙石には何も分からない。 「あんた、本当に可愛い。勿体無くて、逆なんてできない」 「なっ!おま、もしかして、ずっと・・・」 「ずっと、笑うの、堪えてた。堪えすぎて腹筋がよじれるかと思った」 「んなっ!てめっ」 「乳首吸うの、可愛すぎ。赤ん坊みたいだった」 「あかっ!?」 「脱がすのに、いちいち許可取るの、可愛すぎ」 「いちいちっ!?」 「相手の反応に、一喜一憂してて可愛すぎ」 「あっ!?」 「口でするの下手で、可愛すぎ」 「おまっ、ずっと、初めっから、笑い堪えてて震えてたのか!口塞いでたのは、笑い声出さねぇためだったのか!!」 「当たり」 爽やかな口調で、暗黒の笑みを浮かべるその姿に眩暈を感じる。 喘ぎ声じゃなくて笑い声を我慢してて。 怖さに震えてたわけじゃなくて笑うの堪えてて震えてたわけで。 「〜〜〜〜〜帰るっ!!お前とは、もうしねぇ!!」 仙石はベッドの上ですっくと立ち上がり、そう高らかに宣言するとドアへ向かった。 しかし、腕を強い力で引かれ、そのまま後ろに倒れこんでしまう。 「っあ、ぶねーだろうがっこの野郎っ・・・んんっ!?」 怒鳴ってやろうと顔を上げた途端、顎を掴まれ、口付けられる。 初めから深く。舌を強引に入れられ、抗う術もなくそれを受け入れさせられる。 「んっは・・・・てめ・・・・っんぅ・・・」 後ろから抱き締められる格好のキス。 そして、冷たい指先が仙石のシャツの中へ入ってくる。 「ほら、あんたのほうが、よっぽど感じ易い」 「ち、違うっ」 否定しても無駄だった。 ほんの少し、引っ掻く程度の愛撫で仙石の乳首はぷっくりと立ち上がり、その存在を主張する。 「違わない」 「ぅあっ・・・・っん」 両の乳首を一気に摘み上げられると、むず痒いような快感が背中を駆ける。 その反応を見て、行は仙石の前へ手を伸ばした。 硬い布を押し上げるように、それは自己主張を始めていた。 「少し、乳首触っただけなのに。あんたのここ、こんなに固くなってる」 「っ・・・なってない・・・・っ」 「嘘つき」 意地の悪そうな笑みを浮かべ、行は焦らすように服の上からそこを撫でる。 じんわりと先走りが下着を汚す感触が伝わり、仙石は眉をしかめた。 「っや、やめ・・・」 制止の声は当然のように無視され、行の指はあっという間にジッパーを下ろし、その中に潜り込んだ。 「ん・・・んっぁ・・・・っ」 長く、ひんやりとした指先は、それでも直に仙石へ触れようとはせず、下着の上から先走りを広げるように先端を撫でる。 すっかり勃ち上がり、溜まった熱を解放したくても出来ない状態が耐えられず、仙石は自らの前へ手を伸ばした。 「駄目、だろ?」 「あっや、あぁっ」 その行為を許さず、行は仙石の両腕を後ろへ一まとめにして回す。 更に執拗にうなじを舌で舐め上げ、獲物を味わうように甘噛みする。 それだけで、仙石は堪らなさそうに腰を捩らせた。 「き、如月・・・っ」 「何」 「な、に、じゃなく・・・っあっ」 耳朶を噛まれ、耳の奥まで舌を入れられて、仙石は思わず声を上げた。 下肢に与えられる刺激は、まるでぬるま湯のようなもので、最後の瞬間を迎えるには至らない。 かといって、自ら達することもできず、出口を失った快感は仙石の身体を苛んだ。 「きさ、きさらぎ・・・っも、やばい・・・からっぁ」 「やばいから、何」 「ぅっく・・・出、出る・・・・」 「出るから?」 「ぁ、あっあぁっやっ」 必死で言葉を紡ごうとする仙石へ、行はわざと激しく愛撫を加えた。 ぬるぬると滑る下着の上から扱くように手を動かす。 「どうして欲しいんだ?」 「ぅ・・ぅ・・・・あっ・・・・っく・・・・出させて・・・くれっ」 「このまま?」 「だ、だめだっ・・・」 「何で」 「よ、・・・ごれる・・・っから・・・ぁっ」 「じゃあ、腰上げて」 促すと、仙石は素直に腰を浮かせる。 その隙間から一気にズボンと下着を引き抜き、行は腕を放した。 両腕の自由を取り戻した仙石は、くるりと身体の向きを変え、行と向き合う格好を取る。 「この、野郎っ」 「ふっ・・・あんたがどんな風にするのか、見たかったんだよ」 「よけいなっお世話っんんっ・・・んーっ」 文句の一つも言ってやろうとした仙石の唇は行のそれによって塞がれた。 掻き回すように舌を入れられ、歯列を舐められる。 吐息すら奪われそうな口付けの合間に、行は仙石の前へ手を伸ばす。 「んっっく・・・ん」 ゆるゆると扱かれて、それに合わせるように仙石が腰を揺らめかせた。 くちゅくちゅと先走りが滴るほどに行の指を濡らし、仙石の限界を知らせる。 「ん・・・きさ・・・っあっぁ・・・い、く・・・・あぁっ・・・・あっ」 一瞬仙石の身体が硬直し、先端から白濁したものが勢い良く漏れる。 「あっ・・・ぁ・・・っ」 「・・・・っ」 射精の余韻に震えている仙石の身体を、行は我慢出来なくなったようにベッドへ押し倒した。 頭を枕に押し付けるように伏せさせ、獣のように四つん這いにさせる。 尻を高く上げさせ、その中心へ指を這わせる。 「んぁっ!?やっあっ」 まだ射精も終わりきっていない身体を開かれ、仙石は戸惑いの声を上げる。 「ま、待てっ・・・・きさっあっあぁっ・・・あーっ」 自らの放ったもので滑りけを帯びた指先を後孔へ入れられ、異物感に身体が強張る。 きつい内部を広げるように2本の指をバラバラに動かされ、仙石は縋りつくように枕を握り締めた。 「きさ、きさら・・・ぎぃ・・・っ」 「・・・名前で呼んで」 ちゅ、ちゅと震える背中に唇を落とし、掠れた甘い声で囁く。 仙石はその声に導かれるように口を開いた。 「っあ・・・こ・・・・行・・・・行・・・・っ」 「可愛い・・・」 必死になって名前を呼ぶ仙石を愛しそうに抱き締めて、ずるりと指を引き抜く。 そこへ熱く猛った自身をあてがい、ゆっくりと進める。 「っああっ、あぅっ・・・んんーっあ、あぅ」 「・・・っく・・・・」 最奥を抉られるように突かれ、内臓を押し出されるような恐怖に、生理的な涙が仙石の頬を濡らした。 ぐちぐちという水音が、行の動きによって早まり、仙石は逃げるように手を前へ伸ばす。 助けを求めたその手すら、行によって握り締められ、逃げようとすることすら許されない。 「や、あっあ・・・っんん・・・ぁっ行・・・っ」 「仙石、さん・・・」 より一層、深く身体を繋げられ、仙石は喘ぐことしかできない。 先程達したばかりのペニスからは透明な雫が滴り、シーツを仙石を繋いでいる。 「あ、あっ、も・・・っ・・・行っ」 「・・・っ」 行の指が仙石のそれに絡みつき、後ろの動きに合わせて扱かれる。 どっと押し寄せる射精感に、仙石はわけもわからず行の手を握り締めた。 「行・・・っ」 体内にいる行が放つ瞬間と、自身の達する感触が重なる。 気の遠くなるような快感に埋もれたまま、仙石はシーツへ顔を埋めた。 「別に、あんたが逆がいいって言うなら、逆でもいい」 「っじゃあ、何で素直にやらせねぇんだよ!?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「そ、その沈黙は何だよ!?」 「・・・あんたに任せたら、力任せに突っ込まれそうで嫌だ」 「うっ!?」 「しかも下手そう」 「んな!?」 逆転希望。 それが受理される日は、今だ見えてこない。 |