『触れられる』
その行為が苦手だと気づいたのは、いつのことだったのか。
別に他人を厭うわけではなく、むしろ近くに人が居るのはどこか安心すらするのに。
その手が触れそうになったり、その肩が触れ合ったり。
そんな些細な触れ合いが、苦手だと気づいたのは。
例えばそれが苦楽を共にした仲間であっても変わらないと気づいたのは。
そしてその、例外が居ることに気づいたのは。
一体いつのことだったのか。
『feels』
「…ジャック」
「っ」
名前を呼ばれ、ジャックは自然と身体を強張らせた。
低い、染み入るような声。
駄目だと分かっているのに、縋り付いてしまいたくなるような安心感。
目を閉じても分かる。
その熱と存在。
「ジャック?」
「…っぅ…」
どこか遠く、仲間が酒場で楽しんでいる声が聞こえた。
町の外れの路地裏で、二人は顔を寄せ合った。
どちらからもほんのりと酒の匂いがする。
さっきまで呑んでいた酒が今頃頭の中へ回り始めたのか。
くらくらと眩暈すら起こしてしまいそうな感覚の中、ジャックはゲドの服を掴んだ。
見上げればそこに、あの揺ぎ無い両眼がある。
「…隊長…」
「…」
声を出すと、ふいにゲドがジャックの頭を撫でた。
大きく、無骨な掌なのになぜかそれは酷く優しくて。
ジャックは甘えるようにその掌へ頭を寄せる。
「……まるで猫だな」
「…っぁ…」
揶揄するように言われ、顔を上げると首筋へ熱を感じた。
ちゅう、と音を立てて吸われると、それだけで背筋が震えるような感覚が走る。
他人に触れられるのは苦手で、それを心地良いと思う日が来るなんて思いもしなかった。
この手の温もりを知るまでは。
「た、い…っう…ん…」
開いたジャックの唇をゲドが奪う。
酒の匂いのする吐息すら奪い去るような口づけ。
酩酊するよりも甘いそれは、更にジャックを酔わせていった。
舌を吸われ、柔らかく噛まれ、口腔をくるりと舐められる。
近くで音のするものは無く、2人の舌が絡まる音だけが路地裏に響いていた。
「…は…っぁ…隊長…っ」
「…熱いのか?」
「……」
何と答えていいのか分からず、逡巡しているジャックの胸元へゲドの手が滑り込む。
硬く、厚手の生地の上から胸を撫でられ、乳首の辺りを揉まれると痺れるような快感が走った。
「っう…隊長…っ」
布越しの愛撫は緩やかで、もどかしさをジャックに与えた。
直に触れて欲しい。
けれどそれを口にすることは出来ずにいるジャックを察したのか、ゲドはするりと上着をたくし上げた。
ひやりと夜風が火照った身体を通り過ぎる。
「持ってろ」
「…っぅ…っん…」
ゲドに上着の裾を渡され、ジャックは素直にそれを両手で持った。
露になった白い肌に目を細め、ゲドはそこへ顔を近づける。
すぐに愛撫を始めるのではなく、始めはその肌を味わうように鼻先を近づけた。
ゲドの密やかな息遣いを感じ、ジャックは裾を強く握り締める。
まだ触れられてもいない乳首が硬く立ち上がっているのが、上からでも分かった。
それが恥ずかしくて、いたたまれない。
「っ隊長…っぅぁ…っ」
思わずそう呼んだ瞬間、ゲドの舌が胸の突起を舐め上げた。
そしてそのまま唇で柔らかく食んで吸い上げる。
いやらしい音が、そのままジャックの耳を犯していった。
「ぁ…っう…たいちょ…っ」
「…今日は噛むな」
「…え…?」
「声。…今日は宿じゃないからな…声を、噛まなくていい」
「っ」
ゲドの言わんとしていることが分かり、ジャックの顔が赤らんだ。
この間のことを言っているのだと。
ゲドとジャックは2人で行動しているわけではない。
他の傭兵仲間も居る。
当然、宿に泊まる時は同じ部屋に泊まることになっていた。
けれど困ったことに、そんな時でも2人はお互いを求めることを止められなくて。
全員が寝静まった後、どちらかのベッドで過ごすことも珍しく無かった。
そんな時は必ず、ゲドがジャックの口を塞いでいた。
ジャックも必死で声を噛もうとするのだが、やはり堪え切れなかった声が漏れることも多い。
その時のために、ゲドは自らの手を噛ませたり、衣服を口に当てたりして声を漏らさないようにとしてやった。
今日は、それをしなくてもいいと。
つまりはその声を聞かせろという意味も含まれていて。
「…っ」
その事実に、ジャックはかえって恥ずかしくなり唇を噛んだ。
いつものように塞いでくれるゲドの手は無い。
ならば、あの声が出てしまう。
聞かれたくない、あの甲高い声。
「…ジャック」
「っぅあ…っ」
きゅう、とゲドが乳首を緩く噛む。
痛みと快感が押し寄せ、ジャックは思わず声を上げた。
反対側の乳首は痛いほどの強さで摘まれ、こね回されて尚強請るように立ち上がっている。
「っあ…っ、隊長…っ待っ、てくださ…っ」
「…どうした?」
「っ」
胸元に唇をつけたまま囁かれ、ジャックはどうしていいのか分からないまま口を噤ませてしまった。
気持ちいい。
声が、我慢できないほど。
潤んだ鷹の目がそう語っていることに気付いたのか気付いていないのか、ゲドは僅かに笑みを浮かべて顔を下へ滑らせた。
程よく鍛えられた腹筋と辿り、臍のくぼみを通って更にその下へ。
ゲドのしようとしていることに気づいたジャックは、とっさに止めようとその頭へ手を伸ばした。
「隊長…っ」
「裾、持ってろと言っただろう?」
「っ」
思わず離してしまった上着の裾を再び渡され、ジャックはそれを握り締めた。
その間にゲドは手を伸ばし、ベルトを外すと下肢を露にさせる。
日に焼けていない肌。
髪と同じ色素の薄い体毛の中、それが頭をもたげ始めていた。
浅ましい自らの反応を恥じるようにジャックは目を背け、ただぎゅう、と裾を握り締める。
やめて欲しいけれど、続けて欲しい。
その両方の感情がない交ぜになる。
「…た、いちょう…っ」
「…泣くな、ジャック」
「…泣いてません」
「そうか」
強がるジャックのセリフに苦笑して、ゲドはするりと勃ち上がったものを撫でた。
泣いているのはこちらも同じで、触れられるのを今か今かと待ち望んでいるかのように透明の雫を溢れさせている。
ゲドはジャックを驚かせないようにゆっくりとした手つきで幹を緩く握り締めた。
その感覚でびくりとジャックが身体を震わせる。
同じように、ゲドの手の中にあるものも。
「ぅぁ…っく…」
「声を、噛むなと言っただろう、ジャック」
「っ…っ…」
諌めるように囁かれるが、ジャックは首を振ってそれを拒んだ。
普段から声を出すことなんてほとんど無い。
それなのに、こんな時だけ饒舌になる自分が嫌で仕方がなかった。
唇を噛み締め、懸命に漏れそうになる声を抑えつける。
しかしそんなジャックの努力は、ゲドの行為によってあえなく中断されてしまった。
「っあ…っ!?…っあ、…やっ…ぅ」
くぷ、とそれを含む音。
口づけされた時よりも尚酷い濡れた音。
さらりとあの掌が太腿を擦り、熱い吐息が陰毛を撫でた。
「ぅあっ…っあ、たい、ちょ…っやめ…っ」
驚き、目を開いてしまったジャックが見たのは自身を深く口腔へ含んでいるゲドの姿だった。
愛撫というには激しすぎるその行為に、ジャックは思わず後ろへ腰を引こうとする。
しかしゲドの手はそれを許さない。
ジャックの腰を両手で支え、逃げることなど出来ないように力を込めると更に強くそれを吸った。
「あ…っあ…っ隊長…っぅあ…」
ふるふるとジャックが首を振る。
離れたいのに離してくれなくて。
抗いきれない熱が無理矢理与えられる。
先端をきつく吸われ、幹の部分を丁寧に舐め上げられれば若いジャックに我慢など出来るはずも無かった。
「も、やめ…っぁ…出る…っ」
「…出せ」
「っ」
そのセリフと共に一気にそれを咥えられ、ジャックは言葉を失った。
与えられた快感はそのまま奔流となってゲドの口腔へ放たれる。
勢い良く放出されたそれを、ゲドが受け止める様をジャックは呆然と見つめていた。
こくりと、ゲドの喉が鳴る。
「っ…は……はぁ…っぅ…」
「…泣くな」
「………泣いて、ません」
「…そうか」
ゲドはジャックの頬に零れ落ちた涙を指先で拭ってやり、また一つ苦笑した。
まだ強がっているジャックの頬や額に口づけを落とすと、ゲドはするりと指先をその背中へ伸ばした。
汗ばんだ尾てい骨を辿り、その下へ。
まだ何の愛撫も受けていないそこは、ゲドの指先を感じるときゅう、と拒むように震えた。
「…ジャック」
「……」
間近でゲドがジャックを見つめる。
いつもは鋭いジャックの鷹の目は、真っ赤に泣きはらした兎のようになっていた。
慰めるようにその瞼へ口づけを落とすと、ゆっくりとジャックは息を吐いた。
ジャック自身からあふれ出たもので濡れたゲドの指先は、その隙をついて中へ潜り込む。
「ん…っう…ぁ…」
「力を抜け」
「…た、いちょ…っぁ…」
「?」
ジャックが、何か言いたげに顔を上げる。
ゲドはその顔を覗きこんだ。
「…どうした?」
「…手、を…」
「?」
「……手を、…隊長に、回しても…」
おずおずとゲドを見上げながらジャックが問う。
『手を、隊長の身体に回してもいいですか』と。
そう。
ジャックの手は、未だゲドの言いつけを守って上着の裾を持ったままだった。
ゲドの言いつけ。
だからジャックはまだその裾を離せずにいる。
ゲドはほんの少し驚いたように眉を動かし、ジャックの手へ触れた。
爪の先が白くなるほど強く握り締めていた手を開かせ、自らの首へ回させる。
すると、ほっとしたようにジャックが息を吐いた。
安心した子どものように。
「そのまましがみ付いていろ」
頭を撫でると、柔らかな髪がふわりと揺れた。
頷き、ジャックは更に強くゲドにしがみ付いた。
ゲドの指先がくちくちといやらしい音を立てて入り口を慣らし、内壁を撫でる。
無骨な指。
けれど優しくて温かなそれが、ジャックは何より愛しいと思っていた。
他人に触れられるのが怖くて、慣れることなど出来なくて。
自分はきっと、そういう生き物だと思っていたのに。
いつの間に、こんな風になってしまったのだろうか。
『触れられたい』と、切に願うようになったのは。
「…ジャック」
「っんぁ…っ」
片足を上げ、背中を壁に押し付けられ、充分に慣らされた後孔へゲドの熱を押し当てられる。
傷つかないように、ゆっくりとした仕草で入り込んだ熱は苦痛よりも快感をジャックへ与えた。
何より安心するゲドの熱。
「た、いちょ…っあ…っあっ…」
「ジャック…」
奥まで入り込んだそれが律動を始める。
誰もいない路地裏。
2人分の吐息。
濡れた音。
肌が触れ合う気配。
どこか遠くに聞こえる仲間の声に。
首筋へ回した手に力を込め。
ジャックはただ、ゲドの身体にしがみ付いていた。
「おー、ジャック、どこ行ってたんだよ。お前ふらーっと居なくなるから心配したじゃねぇか」
「…………ちょっと外に」
「あ?外?…なんだ、お前…怪我したのか?」
「…?」
「歩き方、変だぞ?何か、こう、ヒョッコヒョッコ足引きずってるみてぇな…」
「………腰が…」
「へ?」
「……………………エース」
「おわ!?」
ジャックを問い詰めるエースの襟首が、唐突に強い力で引き上げられる。
首が締まり、顔を上げるとそこには不機嫌そうなゲドの姿があった。
「な、何…」
「……詮索は…」
「ん?あれ?大将、首んトコどうしたんスか?」
「……」
「引っかかれたみたいな傷が…」
「もういいからアンタこっち来なさい!!!」
2人そろってさも『たった今終えてきました、セックスを』みたいな顔をしているにも関わらず、気づかないエースをクイーンが強引に引きずってゆく。
そして立ち去り際。
振り返り、ゲドへ一言。
「やりすぎ」
「…………………すまん」
鋭い目で睨まれ、パーティの隊長もおとなしく頭を下げることしか出来なかった。
おわり
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