この男の目に映る自分は。
酷く滑稽で。
酷くいやらしく。
酷く馬鹿面で。
そして、酷く甘い。
自分でも、嫌になるほどに。
『浮寝鳥の囁き』
外から子供のはしゃぐ声が絶え間なく聞こえていた。
昨夜降った雪が積もり、今日は町を白く染め上げている。
朝はまだ雲っていたものの、昼前から太陽が顔を見せ始め窓の外では雪がきらきらと光りながら水へ変わってゆくのが見えた。
しかしそれらの情緒ある景色も、子供の声も。
今の木場には見えず、聞こえず。
ただ翻弄される熱に理性を無くさないようにと、必死に声を噛み殺していた。
「っ…ぐ…っぁ…っ」
ぎゅう、と目を閉じる。
目を開けてこの行為に臨むことなど、木場には到底無理な出来事だった。
にも関わらず、この耐え難い苦痛と快感を与える目の前の男は、無理矢理にでも顔を上げさせ、顔を寄せてくる。
顎を掴まれて顔を覗き込まれそうになり、木場は頭を振ってそれを逃れた。
「…っや、めろっ」
「なんだ、…まだ慣れないのか?」
「っるせぇ…っあ…っぅ…っ」
真正面から足を大きく開かれ、身体の中に男の熱を咥え込まされている。
それがゆっくりと中を抉り、深く浅く抜き差しされ、すっかり身体に覚えさせられた快感を否応なしに引きずり出されていく。
木場はその全てに抗うように顔を背け、唇を噛み、ぺったりとした敷布団を力の限り掴んで耐えていた。
「唇を噛むなと、何回言ったら分かるんだこの馬鹿」
「んぅぁ…っぐ、やめ…っぅあ…っ」
男のしなやかな指先が木場の唇を割り、食いしばっている歯列をこじ開けた。
声が出ないようにと噛み締めた唇からは血が滲み、指先がそれを拭う。
声を抑える術を失った木場は思わずといったような声を上げ、今度は手で自らの口を塞ごうとしたが、その手は別の手によって取り押さえられてしまった。
男が笑う。
「声を聞かせろ、馬鹿修」
「っ礼二郎…っ」
にぃ、と笑う。
榎木津礼二郎。
その人形のように整った顔は、情欲に濡れた笑みを浮かべて尚、人を惹きつける魅力を持っていた。
搾るような声で榎木津の名を呼び、何とか手を動かそうとするがその途端、濡れた音を立てて奥を抉られる。
「んぁ…っ」
耳を塞ぎたくなるような酷い音と共に、先に中へ吐き出された榎木津の精液がとろりと僅かな隙間から漏れた。
男として一生経験することは無いだろうと思っていた感覚。
ましてや相手は幼馴染で。
子供の頃から知っている。
自分よりも細い体躯の持ち主で。
「やめ、…っあ…っく…っあ」
「…っ」
立て続けに最奥を突かれ、堪らず木場は声を上げた。
ざりざりと音を立てて畳の上を布団が滑り、木場の大きな身体が揺れる。
両足を抱えられるよう開かれ、何もかも曝け出すような格好で弱い部分を擦られた。
何か縋りつくものを求めて、木場は自らの手を押さえつけている榎木津のそれを強く握り締める。
榎木津もまたそれに力を込め、木場へ顔を寄せた。
「…修…っ」
「ぅあ…っぅ…んん…っ」
唇を求められ、木場はそれを素直に受け入れた。
律動で互いの歯が当たり、かつりと音を立てたがそれでも尚深く互いを求め合う。
「っんぅ…っぅ…っん」
唇を合わせたまま一層深くを抉られ、榎木津の身体が震えた。
一瞬木場の四肢が硬直し、すぐに榎木津の肩を叩く。
口づけから逃れるために頭を振り、木場は大きく息を吸い込んだ。
「っは…っぁ…は…の、野郎…っ」
「……ふ……また泣いたのか?」
「っ誰がだ…っぁ…っ」
木場の首筋に顔を埋めていた榎木津が顔を上げる。
揶揄するようにその指先が木場の眦を撫で、雫を拭った。
木場はそれを嫌がり、身体を捩らせたがすぐにその動作をやめた。
「っ」
ひくりと木場の発達した喉が動く。
榎木津は舌なめずりするような表情を浮かべ、その喉仏へ口づけた。
「っぁ…や、め…っ」
「…どうした?…僕はもう何もしていないぞ?」
「ってめ…この、…っぅあ…」
す、と榎木津が上半身を起こす。
すると、未だ繋がったままの部分から卑猥な音が上がる。
中で吐き出されたそれが漏れ出すような感覚に、木場は思わず力を込めた。
「…っ…なんだ?まだ足りないのか?」
「っ違…っ、馬鹿やろ…っあ」
人の悪い笑みを浮かべて榎木津はまた少し腰を引いた。
狭いそこからぬるりと半身が吐き出される感覚に、木場は榎木津の二の腕を掴む。
歯を食いしばり、細い目を更にすがめて榎木津を睨みつけた。
「ってめぇ…っ」
「…ん?どうした?…木場修」
「どうした、っ…じゃ、ねぇ…っ」
悠々と自分を見下ろす榎木津を忌々しげに木場は見上げた。
榎木津がほんの少し動く度、繋がった部分から残滓が溢れる。
これまでの榎木津との行為で、こんな風に何度も中に吐き出されたことなど無かった。
お互い、いい年をした大人である。
盛りの付いた子供でもあるまいし、そんな追い込まれるような行為はしたことが無かったのに。
今日の榎木津は、いつもと違っていた。
行為そのものは乱暴でないくせに、どこまでも執拗に追い立てるような。
ふざけるなと怒鳴ってもやめず、睨みつければこんな風ににやりと笑みを浮かべて。
何だかんだと一度も後ろへ埋め込んだ自身を抜かずに行為を続けた。
それもこれも。
この瞬間を見たかったからなのだと気づいた時には、既に遅く。
木場は力の入らなくなった下肢を捩らせた。
その途端、再び中から溢れる感覚がし、木場はそれ以上動けなくなる。
眉を寄せて耐える表情を浮かべた木場に、榎木津は濡れた笑みを浮かべた。
「…そんな顔するな、馬鹿修」
「っだ、れが…っ」
「孕ませたくなるだろう?」
「てめっ…っあ、っ」
ずるりと榎木津の腰が引かれる。
中を酷く刺激しながらそれがゆっくりと引き抜かれる感覚に、木場は榎木津の腕に縋りついた。
屈辱と羞恥に指先へ力を込めると、陶器のような榎木津の肌に赤い跡が幾つも残る。
榎木津はそれを甘んじて受け止め、更にゆっくりと身を引いた。
ぎゅう、と締め付ける内部を味わうようにしながらそれを引き抜くと、木場は殊更大きな声を上げた。
今まで味わったことの無い感覚に戸惑い、羞恥に目元を染める姿はやはりどこか可愛らしい。
あとほんの少し動かしただけで全て抜けてしまうところで、榎木津は動きを止めた。
「っぁ…っ…れ、いじろ…っ」
「…ふ…抜いて欲しいのか?それとも挿れて欲しいのか?どっちなんだ?」
「何…っあ…く…っ」
嫌と言うほど吐き出された残滓が潤滑油の役目を果たし、ぬるぬるとそれが浅い部分を刺激する。
犯人を追い詰めることに慣れていても、追い詰められることに慣れていない木場は窮鼠のように牙を立てることも出来ず、短く切りそろえられた爪先でその二の腕を闇雲に引っ掻いた。
「…僕相手に黙秘は通じないぞ、修」
「っ…礼二郎…っ」
鳶色の目が木場を覗き込む。
そこにある自分の姿を見ていられなくて、木場は目を逸らした。
何もかも見透かしたようなこの目を見返せるのは、何も後ろ暗いところが無い人間だけ。
けれどこの世の中に、そんな人間がいるだろうか。
誰もが陰の部分を持ち、誰もが見られたくない内面がある。
自分でも目を背けたくなるものを、この男は逃げることなく見つめてきた。
ただ、真実を口にして。
「…馬鹿修。こんな時に、そんな顔をするんじゃない」
「…っ」
また見透かされ、目元を赤く染める木場の瞼へ榎木津は唇を落とした。
「何も考えず、もっといい顔をしてみせろ」
「れ、いじろ…っ」
笑みを浮かべ、木場の中で硬さを取り戻したそれが押し込まれる。
酷い音を出しながら中を掻き回され、木場は更に声を上げた。
拷問よりも酷い快感で追い立てるように責められ、それでもどこかこの熱に救われる。
細められた榎木津の目に映る自らの滑稽な姿も、この男にだけなら許せる気がした。
「礼二郎…っ」
名前を呼ぶと、耳元で何かを囁かれる。
けれどそれが何だったのか確認することも出来ず、木場は意識を手放した。
聞き慣れた笑い声に木場は目を覚ました。
ただし、目が開いたというだけで身体は動かず、特に腰から下は疼くような熱と痛みを伴っている。
「…っ…」
ぎゅう、と敷布団を掴んで顔だけ上げる。
そこにあまりこの部屋では見慣れないものと、あまりにも見慣れたものを見つけ、木場は目を瞬かせた。
「…あ?」
「ん?ようやく起きたのか、この寝ぼすけめ。いつまでもぐうたらしているから猿達が来てしまったじゃないか」
「…さ、る…?」
寝起きの耳には優しくない、朗々とした大きな声が響く。
しかし、その声に不快さを感じるよりも、その物言いに腹を立てるよりも、木場は驚きのあまり上半身を起こした状態で凍りついた。
「…や、やぁ…」
「…お邪魔、してます…」
ほぼそこは玄関だろうというほど部屋の隅っこで、ちょこんと2人の男が正座している。
吹けば飛んでしまいそうなほど貧弱な体躯に、剃ったのか剃っていないのか分からないような情けない髭面。
一言で言えば情けない猿のような男が1人。
そしてその隣に、童顔でまだ学生のような雰囲気すらかもし出している部下が1人。
「2人ともお前に用があって来たらしいぞ?約束でもしてたのか?」
「…何…っぅ…」
いたたまれない雰囲気で正座している2人の前で、榎木津は下穿きに木場のシャツを引っ掛けているだけの格好である。
男が2人いたこの部屋で。
1人はほぼ裸で。
1人は全裸である。
その上部屋のそこかしこには脱ぎ散らかされた服があり、乱れた布団が一組ある。
例えば木場と榎木津をあまり知らない人間であれば、だらしのない男が2人で飲み明かしたのかと思うのかもしれない。
しかし、関口と青木。
この2人にとって、この光景は思い当たる節が多すぎた。
木場はようやく部屋の片隅に座っているのがあの2人だと分かり、慌てて身体を起こそうとする。
しかし、肩から掛け布団が落ちた段階でその身体は硬直した。
「っぁ…」
昨夜、嫌と言うほど吐き出された榎木津の残滓がそのまま身体の中に残っている。
それが身体を動かしたせいでとろりと内股を伝った。
その感覚に木場は眉を寄せ、耐えるような表情を浮かべる。
「せ、せんぱい…?」
いつもは到底見ることのできない木場の顔に、青木は当惑したように声を掛けた。
すると、間髪入れずにその頭へぽかりと拳が落とされる。
「いっ!?え、榎木津さん…?」
「馬鹿者!!ジロジロ見るな!!」
「…は?」
呆然と木場へ視線を注いでいた青木の目の前に、榎木津が仁王立ちになる。
関口もあんぐりと口を開けて榎木津を見上げた。
木場も榎木津の突飛な行動に何の反応も出来ず、ただその場で硬直するばかりだった。
「僕が今日こんな顔を見るためにどれだけ頑張ったと思うんだ!猿や鳥に見せるためじゃないぞ!」
「…」
「…」
「…」
いい声で朗々と。
呆然としている2人にぴしゃりと榎木津はそう言い放った。
どこか遠く、さくりと静かに雪が落ちる音がして。
直後、部屋の窓から湯呑みが飛び出し、木場の怒声が響いた。
おわり
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