春の足音が聞こえる。 雪解けの小川のせせらぎや土手の菜の花。 原っぱにまばらに立ち始めた土筆たち。 まだ上手に鳴けない鶯の声。 一年で一番ウキウキする季節。 「サスケ、弁当作ってくれよ」 朝、起きたとたん言い出したナルトに、サスケの朝食を作る手が止まった。 久しぶりに二人揃っての休日。 いつもは起こしてもなかなか起きない寝ぼすけが、どういった風の吹き回しだろう。 「熱でもあるのか?」 速攻で着替えているナルトの額につい手をあてて確かめようとすると、「何わけのわかんねぇこと言ってんだよ」と、返された。 「俺先に行ってるから、出来たら森の入り口まで来てくれよ」 言うより早く身を翻して駆けていく。 「おい、いったい何しに行くんだよ!?」 慌てて尋ねると、戸口を飛び出すナルトが言い放つ。 「春を見つけに!」 三月春まだ浅き頃。 木の葉の里はこの季節、まだ時折名残雪に見舞われる。 暦の上では春でも、体感温度は真冬並。 「春なんて、どこにあるんだよ」 ナルトの愛らしい笑顔に負けて弁当まで拵えたサスケは、吹き付ける風の冷たさにブツクサ文句を言った。 手には豪華三段弁当。ナルトの好きなものばかり詰めてある。 肝心のナルトの姿を探して森の方角へ歩いていくと、しばらくして頭上で変な鳥の鳴き声が聞こえてきた。 「なんだ、あれ。鳥にも音痴なヤツがいるのか?」 音程が微妙にズレた掠れ声。 鳥は本来求愛するために鳴くと言われているというのに、あれでは相手も逃げ出すだろう。 「あんな声した鳥なんかいたっけ?」 サスケが首を傾げていると、 「あれってば鶯だってばよ」 と、いつの間にやって来たのかナルトが答えた。 「鶯って、鳴き声から春しかいないように思われてるけど、それはあの声で鳴くのが春だけだからなんだ」 「じゃあ、一年中いるのか?」 「もちろん。春が近づいたらだんだん綺麗な声で鳴けるように練習するんだぜ」 そんなこと初めて知ったサスケだった。 「な? 春ってけっこう見つかるだろ?」 ナルトはそう言うと、サスケの手を引いて、良い処に連れて行ってやると歩き出した。 森を抜け、演習の林を抜け、その度にナルトはそこここで芽吹いた春の匂いを楽しそうに教えてくれる。 途中喉が渇いたからと飲んだ清水は、思ったよりも冷たくなくて、二人して見つけた岸辺の蕗のとうを摘んだ。 活き活きと動き回るナルトを見ていると、サスケも楽しくなってくるから不思議だ。 日頃は大雑把な性格に見えるのに、誰も気づかない自然の小さな変化に心を寄せる繊細なナルト。こんなナルトを知っているのはきっと自分だけだ。 皆にも教えてやりたい反面、独り占めしておきたい気もして、サスケは真剣に悩む自分を笑った。 「着いたってばよ」 手を引かれて森や林を抜けた先には、一面黄色の世界があった。 「菜の花畑?」 広々と開けた視界いっぱいに、暖かな太陽の光をいっぱいに浴びた花畑が広がっている。どこまでも広がる黄色の絨毯のような花の間には、モンシロチョウが飛び交い、まるで別世界のようだ。 里の片隅にこんな場所があるなんて知らなかった。 「ここってば山の南側で陽がよく当たるから、どこよりも早く花が咲くんだ。ずっと前に見つけた処でオレの秘密の場所だってばよ」 ナルトが満面の笑顔で得意そうに言う。 「いつかサスケに見せたかったんだ。一緒に、この景色を見て欲しかったんだってばよ。一人で見ても変わらないけど、こんな綺麗な景色、誰かと一緒に見たらどんなに嬉しいかなぁって、ずっと想像してたんだ」 「……そうか」 ナルトの告白に、サスケの胸は喜びでいっぱいになった。 孤独だったナルトの心を慰めてきた場所。それを、サスケと分かち合いたいというナルトの気持ちが嬉しかった。 「ナルト、せっかくだから、弁当ここで食べようか」 「うん!」 弁当を包んでいた風呂敷を敷物代わりに敷いて座った。 「すっげーってばよ!」 蓋を開けると、季節の野菜を使った惣菜が色よく並んだ弁当に、ナルトが歓声を上げる。 「ここにも小さな春発見だ」 天ぷらにした多良の芽やゼンマイ、味噌和えの筍など、ナルトの喜ぶ顔が見たくて数日前に裏山から採ってきたものだった。 「サスケの料理、やっぱ最高だってばよ」 「まだまだあるからいっぱい食えよ」 「うん」 太陽の下、幸せの黄色い花々に囲まれて、一番好きな人と過ごす幸せ。 そんな小さな幸せをナルトはサスケに気づかせてくれた。 かつて、一族を亡くしたサスケよりも孤独で寂しい思いをしていたナルト。もしその頃に戻れるのなら、今すぐその小さな心を抱き締めて、寂しさを癒してやりたい。 けれど、現実は当時のサスケにはそんな余裕はなかったし、何よりその孤独が、今のナルトを創ったのだとわかっている。 どんな辛いことにも負けなかった強い心は、誰よりも優しさ知り、何が大切なのかをわかっているのだろう。 一緒にいると、目に見えるものだけが本当の姿ではないことに気づかされる。 今まで気にも留めなかった一人で取る食事の味気ないこと。 寒いと感じるのが身体だけではないこと。 ほんのちょっとの笑顔で幸せになれること。 そして、誰かを好きになること。 兄を憎み、厭世的な生き方しかできなかったサスケにとって、それは思いがけない感情の発露だった。 好きな人と生きていくことが、こんなにも自分を変えていくなんて。 「春っていいな」 食べ終わって満足したのか、ナルトは隣で金色の褥に横たわっている。 かすかな寝息を耳に、サスケはその柔らかな髪を確かめるように何度も鋤いた。 「ナルト、オレにとっては、おまえこそ『春』そのものだよ」 風はまだ冷たくても、春はもうすぐそこまで確かに来ていた。 fin |