うみのイルカにとって、うずまきナルトは他の生徒とはちょっと違う位置付けにある。 中忍になって、その後ほとんどをアカデミーの教師として過ごしてきたイルカには、その年月だけ受け持った生徒がいて、それなりに慕われている。 けれど、それでもやはりナルトは特別な生徒だった。 九尾の狐を宿しているからというのもあるが、もっと深いところで、自分はナルトと繋がっているんだなぁと感じることがあるからだ。 「なぁなぁ、先生。ちょっと相談に乗って欲しいんだけど・・・」 久しぶりに連れ立って暖簾をくぐったラーメン屋のカウンターで、ナルトはそう言って遠慮がちに切り出した。 見れば半分も食べていないのに箸が止まっている。 「どうしたんだ。なんか心配事でもあるのか?」 そういえば、今日はアカデミーの外で自分を待っていたときから元気がなかったな、と思い出す。 「うん・・・。あのさ、先生はさ、カカシ先生と仲良いよな?」 「え!? あ、ああ・・・」 その仲がどういう仲かはとても口に出来ないと思いながらも、イルカはここで否定したらナルトが相談しにくくなると思い、とりあえず頷いておく。 「先生はさ、意地悪されたことってある?」 「意地悪?…って、どんな?」 Hな意味での意地悪なら、さんざんされているイルカである。まさかそんな意地悪じゃないよな、と思いつつ、ナルトはまだ子どもじゃないか! と心の中でブルブルと首を振った。 「もしかして、アカデミーんときみたいな意地悪か?」 「いや、そういうんじゃないってばよ。そりゃまだ里の中にはオレのこと嫌な目で見るヤツはいるけど」 「そうか…」 ナルトが受けてきた理不尽な仕打ちを思うと、胸が痛む。いくら化狐が封印されているとは言え、ナルトはナルトなのに…。 「先生、そんな顔しなくていいってばよ。オレ、みんなにどんな風に言われても、先生が信じてくれてるの知ってるから大丈夫だってばよ」 ニカッと笑う笑顔のあまりの可愛らしさに、思わず抱き締めたくなってしまう。健気で前向きで一生懸命で。生い立ちのわりに、なんて素直に育ったのだろう。 逆に慰められて、イルカはナルトの確かな成長を感じて嬉しくなった。 「そ、そうか。で? 意地悪って、誰がするんだ? カカシ先生か? だったらオレから一言…」 「いや、カカシ先生じゃなくって…。あのさ、サスケがすごく意地悪するんだ」 「は? サスケが? 意地悪って・・・、サスケがお前にちょっかい出すのか?」 コクンと頷くナルト。 なんだかちょっと想像できない。アカデミーの頃は、仲が良い悪いという以前に、ライバル視するナルトに対しひたすら無視を決め込んでいたサスケだ。それが意地悪とはいえナルトに自分からかまうとは・・・。 「で、具体的にどんな意地悪をするんだ?」 「ええと、オレとサクラちゃんがしゃべってると必ず邪魔したり、シカマルと一緒に修行してるといつの間にかオレが修行するところに割り込んで来たり…。あと、オレってば野菜好きくないのに無理やり食べさせようとするし。しかも絶対自分の箸で食べさせようとするんだってばよ。恥ずかしいからやめろって言うのにやめねーしよ。とにかくめちゃめちゃ意地悪い! な、先生もそう思うだろ?」 は? とイルカは首を傾げた。 それが意地悪ですと? 意地悪とは、気に入らない誰かに対する嫌がらせのことを言うのではなかったのか? これではまるで、カカシ先生のような…。 「……なぁ、ナルト。ひとつ聞くが、おまえとサスケって、ただの忍仲間だよなぁ?」 「え…?」 とたんにポッと赤くなったナルトに、イルカの方がうろたえた。 「ナルト、まさか…」 「…ごめん先生。ほんとはもっと早く言うつもりだったんだけど、オレとサスケはその…」 それ以上は恥ずかしくて口にできないナルトの気持ちが、イルカには悲しいほどよくわかっていた。つまりナルトは、いつの間にかサスケのお手つきになっていたというわけなのだ。 (まったく、誰かさんに似て手ぇ出すのが早いヤツだ) 心のなかでこっそり溜息を吐きつつ、師匠と同じ要素を多分に含んだヤツに見込まれたナルトに同情してしまうイルカだった。 「そうだったのか…。それで、ナルト、おまえはどうしたいんだ?」 「う〜ん、とりあえず、人前で恥ずかしいコトをしないこと。それと、オレが誰と喋ってても邪魔しないことかな」 「なるほどなぁ…」 日々似たようなことを願っているイルカとしても同じような気持ちだ。そこまで話して、だいぶ落ち着いたのか、いつもの調子を取り戻したナルトが、ふいに思いついたことを口にした。 「なぁ、先生。サスケはどうしてあんな意地悪すんのかわかる?」 「へ? どうしてって…。ナルト、おまえそれは知ってるんじゃなかったのか?」 そりゃ嫉妬以外のナニモノでもないだろうに。 すると今まで、ナルトはマジでサスケの行為をただの苛めか嫌がらせだと思っていたのだろうか。らしいと言うか何と言うか…。 「あのな、ナルト。それはな…」 「嫉妬だよん」 あらためて説明しようとしたイルカの脇から、ヒョイと現れたのは…。 「カカシ先生!」 「サスケはナルトが目を向けるヤツすべてに嫉妬してるのさ」 そう言って、カカシはすばやくイルカの隣に腰を下ろすと、『味噌一杯』と注文した。 「カカシ先生、なぜここに?」 「それはこちらが聞きたいですねぁ。どこに行ったかと思えば、ナルトと二人でこんなところで道草食ってるんだから。ねぇ、イルカ先生?」 にーっこりと微笑む目尻が、引きつっているように見えるのはイルカだけだろうか。 「なぁなぁ先生、嫉妬って? どうしてサスケがそんなもんすんのさ」 イルカの動揺をよそに、ナルトがしきりにカカシに質問する。 「そりゃあいつがおまえを好きだからに決まってるだろ。誰だって、好きな相手には自分が一番でありたい、他のヤツなんか視界の隅にも入れてほしくないって思ってるんだからな。ねぇイルカ先生? 私の言ってること間違ってます?」 「い、いいえ…っ」 違うなんて言おうものなら何をされるかわかったものではない。身の危険を感じて、イルカは慌てて首を縦に振った。 「でも、あんまり極端なのもどうかと…」 「イルカ先生の言うとおりだってばよ。オレだってサスケのことはす、好き…だけど、恥かしいこととかされんのはヤだ」 「じゃあサスケはなんでそんな意地悪するか考えたことはあるか?」 「なんでって…」 うーん、と腕をくんで考えるナルトだが、思い浮ばないらしい。 「答えは、おまえの愛が足りないからだ」 「へ? あ、あい?」 「ま、正確には、サスケがそう思ってるってことだな。つまり、自分が想ってるほどには想われてないって不安になってるのさ」 だから、それをいちいち確かめようとして嫉妬する…――― 「バカだなサスケ…。オレだってちゃんとあいつのとす…、好きだったばよ…」 「じゃあ、ちゃんと伝えなきゃな。さっきおまえの家の辺りをうろついていたぞ」 カカシに軽く小突かれたナルトは、「オレ、もう帰る」と慌てて席を立った。 「ごめん、イルカ先生。また今度ラーメン奢って」 「はいはい」 羽根があったら本当に飛んで帰りかねない様子のナルトを笑って見送る。 「さーて、じゃ、私達も帰りますか?」 「え? 帰るってどこへ?」 「もちろん、私達の家へですよ」 当たり前のようにカカシはイルカの家をそう呼ぶ。 「帰ったら、人が寂しく家の前に待ってたのにこんなところでラーメン食ってた言い訳も聞かせてくれるんでしょ?」 「ちょっ、ちょっと、カカシ先生!?」 「だって、待ってるなんて思ってなかったって顔ですね」 そのとおりである。それにカカシはもう半年もイルカの家に居座って、合鍵だって持っているのだ。 「ナルトがあなたにとってどんな存在かはわかっているつもりですが、たまには私もあんな笑顔で『おかえりなさい』と迎えて欲しいんですけどねぇ」 同じ嫉妬深さでも、自覚があるだけこっちの方が手に負えない。 とりあえずイルカは先に精一杯の予防線を張ることにした。 「わ、私だって、あなたのことちゃんと好きですからね…っ」 「う〜ん、それも嬉しいけど、やっぱ大人ですから、愛の行為で確かめないとね。確かイルカ先生は明日お休みでしたよね。さ、さくさく帰りますよv」 明日は、昼まで布団に懐くことになりそうだと、溜息を吐くイルカだった。 fin |