「今夜はかぼちゃ料理を作るぞ」 任務を終えて帰る途中、サスケはそう言ってオレの手を引いて市へ向かった。 一緒に住むようになって、オレ達はよくこうしてふたりで買い物をする。サスケに言わせると、ラーメン好きなオレの偏った食生活と食知識を改善するためとかだが、オレは別にサスケが一緒ならどんなことでも楽しいので黙って手を引かれている。 市は、冬支度のためか、いつもよりずっと混んでいて、人の波に流されないように、オレ達はつないだ手をさらに固く握りあった。 あちこちでいろいろな物売りの威勢のいい声がする。 衣類、乾物、薬、食材……。 あ、あっちは総菜屋さんかな。いい匂いがする。 肉まんもいいな、すっげーうまそう。 「何やってんだ、このウスラトンカチ」 匂いにつられてフラフラしてると、渋い顔したサスケに怒られた。 「まったく、これだからおまえは目が離せないんだ」 「だって、旨そーなんだもん」 けど、そんなサスケがブツブツ文句を言いながらも、小さい声で後で買ってやるから、 と呟くのはしっかり聞こえていた。 やっぱ、サスケ大好きだ。 しばらく人波を歩いていると、ようやく八百屋に着いた。 この市の中で最も威勢がいいと自負してるおやっさんが,サスケノ顔を見るなりでっかい声で 「へい、いらっしゃい!」 と叫ぶ。 店先には、冬の根菜類が所狭しと並んでいて、サスケはその中から一番重そうなかぼちゃを選んだ。 「なぁなぁ、なんで今日はかぼちゃ料理なんだ?」 サスケの作るものは何でも美味しくて、別に文句はないのだが、なぜ今日はかぼちゃ料理に決まっているのか気になってしまう。 そのことをサスケに尋ねると、今日が冬至だからだと答えが返ってきた。 「一年で一番陽が短くなるこの日に、栄養価の高いかぼちゃを食べると冬の間風邪を引かないと言われてるんだ」 「そうそう、ついでに風呂にはこの柚子を入れて温まるともっといいぞ」 オヤッサンはそう言って、小降りの柚子を二・三個、かぼちゃの袋におまけしてくれた。 サスケとの同居は、新しい発見ばかりの日々だ。 たとえば、こんな寒い日、一人で暮らしていた頃は、ただ部屋を暖めて過ごすだけだったのに、サスケは身体の芯から温まるような料理や飲み物で、心まで暖めてくれる。 今では、サスケと暮らす前どんな生活してたか思い出すこともできないくらい居心地がいい。 誰かと一緒に暮らすって、こんなにあったかいもんなんだなぁ。 かぼちゃは、丸ごとオーブンで焼かれてシチューになった。中身を刳り抜いて肉や野菜を煮込んで入れたもので、かぼちゃの土手を崩していっしょに食べる。 もちろん俺は初めてだ。 サスケの作る料理は同じものがほとんどない。 ときどき、俺がたくさんお代わりしたメニューをまた作ってくれたりするけど。 それは、家庭料理とかに縁がなかった俺へのサスケなりの気遣いなんだと思う。 「あー、もう入んねぇ」 いっぱいになったおなかを抱えてゴロリと横になると、 「たしかに、これだけ食べりゃもう入んねぇだろうよ」 と、サスケが呆れた顔してお茶を出してくれた。 テーブルいっぱいに並んでいた料理の、十のうち七割は俺のお腹に収まった形だ。 「残してよかったんだぞ。無理して食って、腹を壊したら大変なのに」 と心配そうなサスケに、「だって、すっげー美味かったんだもん」と言うと、一瞬目を見開いて、照れくさそうにサンキュと頭を撫でてくれた。 雪見障子から見える外は、いつの間にか雪が降り出している。 「今夜は冷えるぞ。風呂を沸かすからとっとと入って早く寝よう」 サスケはさっさと片付けると、お湯を張りに風呂場へ行った。 サスケの家は、屋敷も広いので当然風呂場も広い。まるで旅館の温泉みたいだ。 「なぁなぁ、せっかくだから一緒に入ろうぜ」 お湯を張っているサスケの背中で、ポイポイッと服を脱ぎ捨てると、勢い良くドボンと湯船に飛び込んだ。 当然、盛大にお湯が跳ねて、サスケは頭からそれを被る。 「って、てめぇ! このウスラトンカチ!! なんてことしやがるっ!?」 「いいじゃん。濡れついでに入っちゃえよ」 跳ねたお湯でずぶ濡れになって怒るサスケの腕を、構わず引いて湯船に誘う。 「しょーがねぇな」 サスケは大袈裟に肩をすくめて、濡れた服を脱いだ。 「ほら、背中流してやるからさっさと出ろ」 「うんっ」 ヘチマのタワシで丸洗いされて、ザバッと勢いよくお湯をかけられる。お返しに今度はオレがサスケの背中を流してやった。 「あれ、おまえってばこんなとこにこんな傷あったっけ?」 「ああ…、この前の任務だろう。ほら、結構強い他国の忍とやりあっただろ」 「ふうん…」 その任務は、確かAランクだったものだ。この時のものに限らず、サスケの身体には今まで生き残ってきた勲章のようにあちこちにこうした傷があった。どんなに醜く引き連れた傷も、オレにとってはサスケがこれまで生きてきた証のようで愛しい。そしてそれは、オレには決して持ち得ない証でもあった。 「まーた難しいこと考えてんだろ」 黙りこくってしまったのを気配で察したのか、サスケが背中越しに振り返る。 「おまえが何を気にしているかわかってるさ。どんな傷もすぐに治ってしまうのが他の奴等と違うってんだろ」 「サスケ…」 「ま、気にするなって言う方が無理なんだろうけど、でもオレはその方が良いって言ったら怒るか? 正直、大事なおまえの身体にどんな小さな傷も残したくないってのが本音なんだ」 心の狭い男だろ?とサスケが笑う。 自分が一番欲しい時に、欲しい言葉をくれるサスケ。まるで大事なプレゼントのように、その言葉はオレの心に刺さった小さな棘を解かしていく。 ありのままのオレを好きでいてくれるサスケ。おまえがそれでいいと言うのなら、オレはたぶん胸を張って生きていけるだろう。 だから気にするな、と言うサスケに、「うん!」大きく頷いて、それからオレたちは二人仲良く並んで湯船に浸かった。 プカプカ浮んだ柚子の匂いに包まれて、なんだかすごくあったかい。 お湯に入ってるんだから当たり前なんだけど、そんなんじゃなくて、なんて言うか、心までほんわかするっていうか。 おいしいものを食べて、熱いお湯に浸かって。 もちろん傍には大好きなサスケがいて。 「こういうのを幸せって言うのかな」 声にすると、サスケが 「おまえの幸せはお手軽だな」 と言って笑った。 「実はオレもそう思ってたんだ」 外はしんしんと雪が降る。 オレたちは茹でタコのようになるまで幸せの中に浸かっていた。 来年も、いい年でありますように。 fin |