「次元大介だな」 冬のニューヨーク。 大都会の片隅。 いつものように、古い馴染みのバーのカウンターで一杯やっていると、隣に座った見知らぬ男が声をかけてきた。 まだ若い。オレからすれば、ケツにカラをつけたヒヨコのような若造だ。 「オレはジョニー。ここに来れば、あんたに会えるって聞いて来たんだ」 「……」 「なぁ、あんた、この暗黒街じゃけっこう有名なんだな。凄腕の早撃ちガンマンっていやぁ知らないヤツはまずいない。死神なんて恐れてる奴等もいるって言うじゃないか」 よく喋る男だ。 「…何の用だ」 「あんたさ、あのルパン三世の相棒なんだってな」 男はやっと本題に入るつもりらしい。 「もったいないなぁ、あんたほどの腕の男が。いくら天才的な頭脳を持った男でもしょせん泥棒だろ? どうだい、そんなヤツの下で働くより、オレと手を組んで一山当ててみないか?」 「………」 饒舌な男は頼みもしないのにオレの空のグラスに酒を満たすと、自分も安酒を舐めながら猫撫で声で囁いた。 「悪いようにはしないぜ」 「……断る」 オレは短く言い放ってスツールを下りた。 断られるとは思っていなかったのだろう。男は狼狽して追いすがる。 「ちょ、ちょっと待てよ。なんでだよ!? あんただっていつまでも誰かの下にいるつもりはないんだろ!?」 「悪いがそういう話なら他を当たってくれ」 罵倒は無視して、振り返らずに店を出た。 雪がちらつき始めたせいか、ウォッカで温まっていた身体が急激に冷えていく。 懐から吸い刺しを取り出して火を点けると、オレは闇の中を当てもなく歩き出した。 今日のような誘いを受けるのは、別にめずらしいことではなかった。 ルパンとコンビを組むようになってから、あの手の若造やらチンピラは頻繁にオレの周りにたむろする。 昔、まだ正式にルパンと仕事を始める前も、何度か誘われたが、状況が違う。 あの頃は、単純にオレを仕留めれば名が挙がるというくだらない理由だった。 では、今はどうなのだろう。 オレに声をかける奴等は、みんなオレのことを凄腕のガンマンだと言う。 暗黒街一の早撃ち。 ルパンを陰で支える名パートナー。 そう言われるようになって、どれだけの時が経ったのか。 他の奴等は、まるでオレがいないとルパンは何もできないようなことを言う。 笑っちまう話だが、ここ数年、オレは自分でさえもう一つのあだ名を忘れてしまうくらいそれは定着していた。 オレ自身は何も変わっていないというのに……イメージだけが一人歩きしている。 だが、オレはそこまで自惚れちゃいない。 オレがそう言われるのもまた、ルパンの存在があるからこそだと知っているからだ。 死神と呼ばれていた昔はそう遠いことではない。 ルパンがいて、ヤツを中心に全てが進む毎日の中で、少しずつ変わっていったというなら、それはヤツという存在を介しての次元大介だ。 凄いのは、だからルパンの方なのだ。 そして、オレに声をかけてくる奴等は、オレを誘いながらも思いっきりルパンを意識しているのさ。口ではただの泥棒と言いながら、オレを口説くことでそのルパンに張り合おうとしている。 奴等も無意識にわかっているのだろう。ルパンの本当の凄さを。 ヤツは本物の天才だ。 綿密に練られたヤツの計画の中では、凄腕のガンマンもただの道具にすぎない。 人殺しをする代わりに、盗む過程でこの銃を使う役目を貰っている。 不満に思うことはないのかって? いいや全然思わないね。 オレはそれが妙に気に入っているのさ。 ヤツを気に入っているのと同じくらいにな。 どうもオレの気持ちは当の昔にヤツに盗まれてしまったらしい。 路地を曲がると、さっきの男が待ち伏せていた。 「待てよ。まだ話はおわっちゃいないぜ」 断られた腹いせか、男はオレを始末するつもりで銃を構えていた。 「そいつでオレを殺ろうってぇのかい。やめときな。ガキのオモチャじゃないんだぜ」 「うるせぇっ! つべこべ言わずに勝負しろ!」 聞く耳は持たないらしい。 ヤツが撃鉄をおこすと同時に、腰から銃を抜いてブッ放なした。 銃声の余韻の中、男がゆっくりと倒れこむ。 薄く降り積もった白い雪に血が染み込んでいく。 「…オレも甘くなったもんだ」 男は死んではいなかった。 銃弾は、ナイフを持った男の肩を撃ち抜いただけ。 「安心しな。死にはしない」 そう言って、今度こそアジトに戻ろうとして、ふいに頬が緩んだ。 「なんだ、オレも変わったじゃねぇか」 死神の頃には、完全に仕留めていたというのに。 オレが人を殺すのを良しとしないあいつの方針に、いつの間にか馴らされている。 傷が治れば、男はリベンジしに来るだろう。だが、それも悪くない。あいつといれば、そんなスリルは日常茶飯事だ。 「今夜は久しぶりに飲み明かすか」 夢の中のあいつをどう叩き起こそうかと思案しながら、オレはまっすぐにアジトへの道を歩いた。 |