MY PRECIOUS 本当に大切なものは、ギリギリの状態にならないとわからない。 フロドにとって、それは、長い苦難の旅だった。 途中、別れや死に悲しみ、それでもこの使命だけは果たさなければと、歯を食いしばってここまで来た。 「旦那、もう少しです。お辛いでしょうが、頑張ってください」 「ああ、わかっているよサム…」 でももう、足は今にも根が生えそうだし、目も霞む。 フロドは半ばサムに抱えられるようにして歩を進めた。 サム ――― この愛すべき庭師の存在に、どれだけ勇気づけられたことか…。 滅びの山を目前にして、もはや体力も尽き、精神は指輪に侵されてまともな思考も保つことができない状況で、唯一の救いがサムだった。 代々バギンズ家に庭師として仕える家系として、自分に付き従ってきたこの人の良いホビットのことを思うと、フロドはただただ申し訳ないとしか言えない。 サムは、フロドの知るホビットの中で、もっとも良心的で健全なホビットだ。 彼の手は緑の手で、ホビット庄のバギンズ家の庭は、いつもきれいな花に溢れていた。 その手を、血に染めたのは自分だ。 こんな辛い旅に誘い、指輪のせいで刻一刻とおかしくなる自分を負わせ、それでも離れないでくれと願う。 私のサムや 足を引き摺り、懸命に山頂を目指し歩きながら、フロドは自分の手を引くサムに心の中で語り掛けた。 大切なサム、どうか、おまえだけでもこの呪われた旅から無事に帰してあげたい。 たとえ自分は二度とあの庭を見ることが叶わなくとも、おまえのくれた春の日差しのように暖かさはきっと忘れないから… 目を閉じると、さっきまで見えなかった庭の風景がまざまざと広がった。 そこにいるサムの笑顔も。 最後の力を振り絞って、フロドは火口目指して一直線に駆け出す。 すべてはこの時のためにあった。 今、ようやく旅が終わる。 |