Lion Heart (4) 明日も仕事があると言った小夜子の言葉にお開きをして店を出たのは、もう十二時を回った時間だった。 都会の夜の時間は曖昧で、感覚的にはまだ宵の口のようにも感じられた。 「送っていかなくてよかったのか?」 酔っ払った小夜子をタクシーに押し込んだ後、心配そうにそのタクシーの行方を見送るアリスに、火村が後ろから声をかけた。 「大丈夫やろ。ああ見えて朝井センセは二日酔いしたことないの自慢してたくらいやし」 「いや、そうじゃなくて・・・」 火村は言葉を濁すと、それならいいんだ、と向きをかえて歩き出した。 「・・・・・・?」 なんだかはっきりしない火村をいぶかしみながら、アリスも後につづく。 無言のまま繁華街を通り抜け、近道のためにいくつかの路地を行くと、いつのまにかあたりは木立に囲まれた遊歩道だった。 その人気のない道を、ゆっくりとだが火村はひとり先になって歩いていく。 けして速いペースではないはずなのに、酔いの回ったアリスの足ではなかなか追いつけない。 ほんの数メートル先の広い背中に拒まれているような気がするのは、酔いからくる被害妄想だろうか。 「なぁ、寒いな」 焦れて沈黙に負けたのは、アリスの方が先だった。 「なぁってば」 止まらない男の歩みにムッとして、今度はもう少し大きな声で呼びかける。 「聞こえてるんやろ、無視すんなや」 「ああ、聞こえてるから大きな声を出すなよ、アリス」 張り上げた声に、男がようやくこちらを振り向く。そのいかにも面倒臭そうな態度に、アリスはここにきて急激に腹が立った。 「まったく、さっきから何一人で黄昏てるんや。一緒におるモン無視しやがって」 一発かませて反省させなきゃ気がすまない。 店での不満もあってプリプリと怒ったアリスは、立ち止まった男に近づこうと駆け出した。だが、本人の意に反してかなり足取りは危うい。 「おい、そんなに走るな。おまえ酔ってるんだから危ないぞ」 「うるさい! 俺は酔ってなんかおらへん…て、わったっ!」 言ったそばから躓くアリス。とたんに膝の力が抜けて カクリと地べたに座り込んでしまった。 一度力が抜けてしまうと頭の方までクラクラし始めて、もう一人では立ち上がれそうにない。 「うう…、なんでこうなるんや」 情けなさに怒りも消沈してしまう。 「そら見ろ、言わんこっちゃない。急に動くから酔いが回ったんだ」 動けないアリスを見下ろして、火村が盛大なため息をついた。 「火村ぁ。立てないよぉ」 甘えた声を出して、アリスは男のコートの裾を握り締める。すぐに「この馬鹿」と頭を一つ叩れた。それから、火村はアリスの前にしゃがみこむと、ボケっとしているアリスに向かってその広い背中を差し出した。 「ほら、さっさとおぶされよ」 「え?」 「いいから。早くしないとマジで置いていくぞ」 「う、うんっ」 言葉はそっけないが、不器用なやさしさを見せる火村に気持ちが暖かくなる。素直に負ぶさると、男はアリスが落ちないようにゆっくりと立ち上がった。 「暴れるんじゃないぞ、酔っ払い」 それでも憎まれ口を叩くのを忘れないのが火村らしくて、アリスは凭れかかった背中でこっそり忍び笑いを漏らした。 「なぁ、火村」 「なんだよ」 背中越し、感じる体温に安心する。 「ごめんな」 「なんだよ、いきなり」 突然謝りだすアリスを、火村が肩越しに覗き込む。 「うん、俺さ、このとおり鈍いやろ。自分でもわかってるけど、こればっかりは性分やし。せやから、もしなんか、知らんうちに気に触ったことして君のこと怒らせてたらイヤやから、今のうちに謝っとこう思て」 「・・・・・・」 火村の機嫌の悪さを、アリスは心の中でずっと気にしていた。もしかしたら、気づかないところで自分に腹を立てているのでは、とまで考えて、その理由を聞くに聞けなかったのだ。 だが、酒のおかげで気が緩んだせいか、思いのほか今は素直に口にすることができた。 「なあ…火村。俺のこと、もっと叱ってくれていいから…。俺…おまえのこと…」 「アリス?」 背中から聞こえる声が、だんだん掠れて小さくなる。 最後はとうとう沈黙してしまったのをいぶかしんで背中を伺うと、すでにアリスは夢の中だった。安らかな寝息が聞こえてくる。 「なんだよ、おい。まったく、泣く子とアリスにゃ勝てねえな」 しかたないなと呆れた口調を、口元に浮かんだ苦笑が裏切っていた。 「無邪気な顔して寝やがって。俺がここに捨てていったらどうする気だよ」 そう言いながら、力の抜けた身体がずり落ちないよう抱え直す。 背中に感じる重みをこんなにいとおしく感じることはなかった。 だが… 「あんまり人のこと信用するんじゃねえよ、アリス…」 火村の胸はなかなか晴れなかった。 呟きは、夜の闇に静かに溶けて、誰も聞いた者はいなかった。 親友と恋人の関係がどう違うのか。 火村は、それはお互いの相違の折り合いの付け方にあると思う。 前者は反発しながらも妥協点を見つけてその違いを相手の一部として受け入れるのに対し、後者は思い込みでもってお互いの都合の悪い部分から無意識に目を逸らす。 学生時代から、アリスとの関係はこの典型的な親友の関係だった。アリスは火村の厭世的な思考と斜に構えた態度を反発しながらも認め、火村もアリスの無邪気さと世間知らずな子ども部分を下らないと言いながらも愛した。 それは、卒業しても変わることなく、ずっと続くはずの関係だった。 火村が、自らの禁を破ってアリスを変えてしまうまでは…。 「ほら、着いたぞアリス、アリス?」 「う、う〜ん…」 結局、人の背中で気持ち良さそうに眠ってしまったアリスを、火村はホテルまで背負ったまま帰るはめになった。 ぐずぐずと崩れるアリスをベッドへ放り出して、冷蔵庫から缶ビールを取り出し一気に煽る。 正直、今夜はちっとも酔えなかった。 事件のせいばかりでなく消耗が激しい。 「無理をしているのかもな・・・」 原因は、嫌というほど分かっている。アリスと身体の関係を持ってからだ。 本人は自覚がなくても、側にいる火村にはその変化を手に取るように感じていた。 これまでだってアリスは、親友として火村に絶対的な信頼を置き、他の誰の言葉よりも火村のそれに重きを置いてきた。今だってそれは見た目には変わらないだろう。 だが、火村のことを恋人と認識しつつある今のアリスは、盲目的に信じ込もうとするためにかえって火村の態度に一喜一憂し疑心暗鬼に駆られ、それが火村の目には痛々しくて見ていられないほどだった。 いつも火村のことを考え、気遣い、火村のことでいっぱいのアリス。 こうなることをずっと望んでいたのに、いざ願いが叶うと本当にこれで良かったのかと躊躇いが生じてしまう。 自分から仕掛けたこの関係で、変わってしまったアリスに不安を覚えるなんて。 「まるでガキだな…」 自嘲しつつ視線を巡らせると、ベッドの上で、アリスが寝返りを打つ姿が目に入った。 昔から、アリスは酒に弱かった。学生時代、酔いつぶれるアリスを安アパートの自分の部屋へ連れ帰っていたことを思い出す。 あのころから、火村はこのウサギのような友人に、邪な感情を抱いていた。 それは恋愛感情とは違う、狂おしい独占欲のようなもの。 大学に入った頃の火村は、それまでの人間不信から、簡単に心を開くことはなかった。それでも別にかまわなかったし、かえってわずらわしさに悩まされずに済むとさえ思っていた。 だから、アリスに出会い、いつのまにか一緒にいる時間が増えるにつれ、火村は自然と気持ちが満たされていく感じに戸惑った。 誰かといて、楽しかったり嬉しかったりする自分がまだいたことにも驚いた。 友情だと、思っていたのだ。最初は・・・。 けれど、それが永遠に続くと信じるには、火村は汚れすぎていた。 永遠なんて信じられない。いつか、日常に埋没して離れてしまう日が来るかもしれない。 それ以上に、自分以外の誰かを、アリスが選んでしまう日が来たら・・・。 己の考えに愕然となりながら、そして、火村は知ったのだ。己が飢えていたということに・・・。 気が付いたら、もう知らない頃には戻れない。 他の誰でもない。アリスという存在を欲する獣のような自分を、火村は自覚するしかなかった。 こんな自分を、親友と信じてつきあっていたおまえは、なんて馬鹿なんだろう。 火村は窓際に立って、夜のガラス越しに映るアリスに目を向けた。 無防備にのけぞった首筋から、はだけたシャツの胸元まで、酒のせいでほんのり染まった肌が悩ましい。 「これで挑発してないなんて、だれが信じるかよ」 酔いもしない酒が今ごろ効いてきたのか、火村は不意に沸きあがる欲望を感じた。 学生時代、妄想の中でアリスを想ったことは何度もあった。 だが、実際肌を合わせた後では、所詮それも想像でしかなかった。 坂道を転がるように理性を無くしていく。 火村はゆっくりとベッドに近づき、横たわるアリスの脇に腰を下ろした。 「アリス・・・」 囁くように名前を呼んでも答えはない。 「アリス、起きろ。でないとこのまま犯すぞ」 ゆっくりと覆い被さるように顔を近づけると、微かに瞼を震わせてアリスの目が開いた。 「ん…、なんや火村…、ここ、どこ?」 「ホテルだよ。まったく、すっかり人の背中で寝こけやがって」 「う…ん。なんか良い夢見てた気がする…」 まだ夢心地のまま、寝ぼけてとろけそうな鳶色の瞳が火村を映す。 火村は、手にしたビールを一口含むと、アリスの頤を掴んでそのまま無理やり口付けた。 「う…っ、んんっ!」 抵抗する間もなく突然唇を奪われたアリスは、喉を流れ落ちる冷たいビールに一気にむせた。 「ゴッ・・・ゴホゴホッ・・・なっ・・・! い、いきなり何てことするんや・・・っ」 「先に断っただろ? 起きなきゃ犯すって」 いつ言ったんだ、と叫びたくてもまだ呼吸が整わないアリスの上に、ゆっくりと男の身体が覆い被さる。 「だからって、こんな・・・」 「黙れ。しばらくしてなかったから溜まってんだ。させろよ」 抵抗するアリスの腕をまとめて頭の上に押さえつけると、火村の唇がきつく首筋に押し当てられた。 「あ・・・っ・・・火村っ」 目元が潤むのは、いまだ抜けない酒のせいばかりではなかった。 布越しに感じる男の体温が、アリスの意識を鈍らせる。 強引な火村に流されてしまうのはいつものことだ。 だが、いつになく悪ぶった男の言い方に、いつもと少し違う雰囲気を感じて、アリスは覆い被さる男の胸を必死に肩で押し返した。 「なぁ、どうしたんや、なんかあったんか? こんなん君らしくない…」 性急な男の様子にアリスの声が微妙に震える。薄茶の大きな瞳が、じっと心配そうに男を見上げた。 「別に…。いつもどおりだろ?」 こんな時だけ妙に敏感なアリスに、火村は苛立ちを覚えて、わざと感じやすい胸に舌を這わせた。 「あ・・・んっ、やっ」 アリスはここが弱くて、ちょっと弄られただけで腰が砕けてしまう。 それをわかっていて火村は、獲物を追い詰める肉食獣の声で、アリスを耳から犯した。 「しようぜ、アリス」 「・・・っ」 それだけで、アリスは堕ちた。 背後から抱き込むような格好で小さな突起の周囲を円を描くように触れると、それだけでアリスは、何度もビクッ、ビクッと背を震わせた。 直接触れられてもいないのに、すでに突起の中心は硬くなっている。 「火村・・・火村、そこはもう・・・っ」 ようやく尖った先に触れてやると、途端にひゅっと息を呑んで華奢な身体が仰け反った。 「おいおい、あっけねぇな。まだ肝心なところには手も触れてないってのに」 火村はわざと揶揄するように言って、ヒクヒクと震える喉元を熱い舌先で舐め上げた。 「今度はもう少し我慢しろ」 ぐったりと凭れかかったアリスの身体を抱えなおし、大きく脚を開かせる。 「や・・・」 恥ずかしさに脚を閉じようとするのを許さず抑えると、かわりに火村はアリスに指を差し出して言った。 「舐めろよ」 「な、なんで?」 「濡れた指で触ると気持ちいいの知ってるだろ? ここと・・・」 「あっん・・・っ」 さっきまで執拗に愛撫していた乳首を軽く弾きく。それから股間の果実に手を伸ばした。 「ここが・・・」 もう一度目の前に指を差し出すと、アリスはおずおずと口を開き、言われるままに火村の節太く長い指を含んだ。 「いい子だ」 求められるままに、アリスは一心に男の指を舐め濡らす。 ベッドの中のアリスはどこまでも従順で、男の要求に応じようと必死だった。 これから貪られるとも知らずに。 「さぁ、力を抜いて」 火村はことさらやさしくアリスの緊張をほぐすように囁いた。 だが、濡らされた指は、アリス自信には与えられず、その奥の秘めた蕾を弄った。 「あっ、そん・・・な、やだぁっ」 驚いたアリスがとっさに腰を捻る。 「暴れるとますます痛いぞ。傷つきたくなかったら力を抜け」 脅かして細い身体を押さえ込み、火村は柔らかい耳朶に歯を立てて言った。 潜り込ませた指を用心深く動かす。 時折キスを散らしながら続けていると、しばらくしてアリスの快感の泉に行き着いた。 「い、嫌! そんな・・・あっ、ああっ」 二本に増えた指の刺激に慄いたアリスは、自分の下腹部を見下ろして、狼狽したように手で隠した。 「気持ちよかったのか?」 敏感な反応に火村がほくそえむ。 恥ずかしさにふるふると頭を振るアリスのそこが、どうなっているかは見なくてもわかっていた。 「かわいいぜ、アリス。もっと感じて見せろよ」 「んっ、んんっ、あ・・・」 もうさほど抵抗のなくなった蕾を指で蹂躙し続けながら、火村はアリスの手の上からその果実を握り締め、絞りように揉みしだいた。 「あっ、あっ、ひむ・・・らっ」 強く扱かれたアリスが悲鳴のような声を上げて、火村の腕に爪を立てる。 理性とは裏腹に、愛撫に慣れた身体は呑み込んだ指を締め付け、自ら悦楽に啜り泣く。 もはや完全にアリスの快感は火村に支配されていた。 「いけよ。全部見ててやるから、思いっきり出しちまえ」 卑猥な言葉にすら感じてアリスは鳴く。 ひくひくと震える先端に軽く爪を食い込ませただけで、アリスは再び欲望の雫を弾けさせた。 「ひどい・・・。こんなん嫌やて知ってるくせに・・・」 「けど燃えただろ?」 一方的に快感を与えられる行為を、アリスはことさら嫌がった。女のように扱われるのが嫌なのだろう。 だが、アリスのプライドを快感でねじ伏せ、あられもなく鳴かせるやり方は、男の征服欲をひどく満足させた。 とろりと流れた悦楽の残骸が、火村の手だけではなくアリスの白い内股を伝ってシーツを濡らしていく。 度の過ぎた快感に嗚咽を漏らす本人をよそに、しどけなく開かれた股間はそれは淫らな眺めだった。 そのギャップが、いつも火村にアリスを自分の欲望で汚してしまいたい衝動を抱かせる。 もっと、泣かせてやりたい。 火村はアリスが辛いことを承知で、再び指を蠢かせた。 「や、火村・・・も、やだ・・・ぁ」 慄いたアリスは身を捩って男の腕から逃れようした。だが、力の入らない四肢はすぐに崩れて、四つん這いの格好で蹲ってしまった。 「いい格好だな。さそってんのか?」 「ち、ちが・・・」 腹の下に腕が差し込まれ、腰だけ浮くように持ち上げられ、アリスはさらにうろたえた。 その隙に、男の指が蕩けたようになっている蕾の中に潜り込む。 「う・・・っく」 衝撃に、アリスは手がシーツを握り締めて耐えた。 「も、しないで・・・しないでぇ・・・」 だが、やがてそこを嬲られて生まれる甘い愉悦に、アリスは怯えてすすり泣く。 充分に蕩かせ泣かせたあとで、火村は己の熱い楔で押し入った。 拓かれる痛みよりも痺れるほどの快感があるのか、アリスははしたなくも濡れた甘い声を上げていた。 「もうここだけでいけそうだな」 背中から伸し掛かり、獣の姿勢で犯しながら、火村は熱い締め付けに息を詰める。 柔らかな肉締め付けが絶妙だった。 きつい中に無理やり押し入っていく感覚がたまらない喜悦をもたらす。 火村は、両手で腰を抱え込んで、ゆっくりと熟れた肉の筒を抉った。小刻みに入り口のあたりをつついたり、ぐるりと腰を回したりもした。 やがて、ゆるゆると動く腰にアリスが付いて来るようになると、男はつながったまま細い腰を抱え上げて自分の上に落とした。 「ああ―――っ」 アリスが悲鳴を上げて頭を激しく振る。 無視して何度かゆすり上げると、それはすぐに喘ぎにかわった。 「ほら、自分でも動いてみろよ」 「で、できな・・・」 慄く唇を甘く噛んでやる。 「ほら・・・」 そそのかす男の声に操られるように、アリスの腰がうねりだすまで、そう時間はかからなかった。 「火村、火村・・・」 うわごとのように男の名前を繰り返して、腰を淫らに上下させる。 苦しそうな表情が、まるで男に奉仕する女のように見えて、火村の征服欲を満たした。 このまま、犯り殺してやりたいほどいとおしい。 「いいか、アリス。いいのか?」 腹に擦れるアリスのものを掌全体を使って扱き上げ、同時に深く深く貫くと、アリスは白い喉を仰け反らせて全身を硬直させた。 「火村・・・っ」 「―――っ」 一瞬遅れて火村もアリスの中に弾ける。 このいとおしい人間を己の欲望で汚したのかと思うと、たまらなく背徳的な気分だった。 「俺のものだ・・・」 気を失ったアリスを抱きしめて、火村は誰にともなく宣言した。 その行為の一部始終を、覗き見る者の存在をまだ知る由もなく・・・。 to be continued… |