月の砂漠の果て




丘陵を一人歩く。
サクリサクリと砂の崩れる音だけが響く世界。
暗く冷たい空間には、どこまでも闇が広がっていた。
遥か上空でゆらゆらと波のようにたゆたう月が、僅かに足元を照らしている。
夢とも現実とも知れない世界にひとり、オビ=ワンは彷徨い続けていた。
時折、砂漠を渡る風が、ヒタヒタと誰かの悲しみを運んでくるのを、そっと心で汲み取る。
それは馴染み深い気配だった。
とても近しい良く知る誰かの…。
ここがどこかは知らないが、自分は呼ばれたのだとオビ=ワンは感じていた。
その証拠に、目の前の空間がゆらりと揺れて、人の姿を象っていく。

「マスター…」

現れたのは、スラリとした青年だった。
黒いチェニックを纏い、腰にジェダイの象徴を帯びた若者。
オビ=ワンは、懐かしい弟子の姿に目を細めた。
成りは大きくても、いつまでも師を困らせてばかりいた彼のパダワン。
卒業してひとり立ちした後もずっと、心配ばかりかけられていた気がする。
でもそれ以上に、彼の存在に助けられ、勇気付けられてきたことも事実だ。

だから、その最愛の弟子が、ダークサイドに堕ちたと知ったとき、オビ=ワンの世界は反転した。
信じていたものが、粉々になってしまう瞬間、ジェダイとしてのオビ=ワン・ケノービも死んだ。

何が悪く、何が足りなかったのか、今となっては考えても詮無いことなのだろう。
けれど、オビ=ワンは思わずにはいられない。
あの子を見出したのは師クワイ・ガンでも、育てたのはオビ=ワンなのだ。
自分に未熟さがなかったとは言わない。

「アナキン」

呼びかけられた弟子は、俯いたまま静かに涙を流していた。

「なぜ泣いているんだ?」
自分と対峙した時の荒々しい怒りに満ちたフォースは微塵もない弟子に、オビ=ワンはそっと近づいていった。
アナキンの輪郭は、闇に透けるように頼りない。
「マスター…」
打ちひしがれた子供のように自分を見つめる瞳が、縋りつくようにオビ=ワンに訴えていた。
「ごめんなさい…。ごめんなさい、マスター…」
必死に謝る姿は、幼い頃のパダワン時代を思い出させた。

現実のアナキンは、既に暗黒卿として宇宙を制圧しつつある。
「これは夢か?」
オビ=ワンは、目の前の弟子の姿が消え去ることを恐れるように囁いた。
「ええ。ある意味そうかもしれません」
アナキンは言った。
「僕はもう暗黒の世界にいる。こうしてあなたの目の前にいる僕は、アナキン・スカイウォーカーの欠片にすぎない」

では、目の前にいる以前のままのアナキンは幻なのか?
こうして触れる指先には、確かにおまえの体温を感じるのに…。

「違う。おまえは確かに私のアナキンだ」
「マスター…」
小さな子どものように泣き続ける元弟子を、オビ=ワンはしっかりと抱きしめた。
自分よりずっと大きい身体のくせに、アナキンは必死に師をかき抱く。
そして、その薄い唇にそっと口づけた。
「…」
「…驚かないんですね」
「…アナキン」
「愛しています」
アナキンはもう一度、オビ=ワンにキスをした。
「僕は、ずっとあなたが欲しかった」
耳に触れるくらいに唇を寄せ、アナキンは囁く。
「師であり、父であり、最も近しい友であるだけでは、我慢できなかった。あなたのすべてを手に入れたくて、認めてもらいたくて、僕はいつも焦っていた。あなたにとっては、ずいぶん扱い難い弟子だったでしょうね」
「そんなことはない」
「うそ…。それとも、気がついていたんですか?」
「いや…。でも、本当は知っていたのかもしれない」
思春期を過ぎたあたりから、アナキンの瞳はいつも自分を真っ直ぐに捉えていた。その意味を、オビ=ワンは敢えて追求することはしなかったけれど。
「でも、おまえはパドメを選んだ」
「そうです。どちらにしてもオーダーを外れることにかわりはないけど、あなたに告げる勇気はなかった。あなたに軽蔑されるのが怖くて。あなたはジェダイそのものだったから…」
「アナキン…」
「パドメを愛したことは、後悔していません。ただ、あなたを想う気持ちは、パドメを愛してもなくならなかった。どんなに諦めようとしても、最後にあなたへ還ってしまう。こうしてあなたを想う心だけが残ってしまうくらいに」

だからこの世界は、誰かを求めて彷徨う寂しい気持ちに満ちているのか―――。
オビ=ワンは悟った。
荒涼とした砂漠は、アナキンの心の乾きなのだ。
光の届かない闇もまた、諦めと悲しみに満ちた水底のようだ。

「でも、もう何もかも遅い」

アナキンは、口付けを唇から首筋に沿わせて言った。
せわしなくかき抱く腕が、明確な意図でオビ=ワンの衣服を剥ぎ取る。
「あなたを抱いても、世界は変わらない。でも、せめて今だけでも、あなたを僕に下さい」
大いなるフォースの世界では、肉体の繋がりはそれほど意味を持たない。
けれど、時にはそれですべてを分かり合えることがあることも、オビ=ワンは理解していた。
愛しい弟子に、言葉で伝えられない気持ちを、この身体を通じて伝えることができるなら、オビ=ワンは進んで受け入れようと思った。
「なぜ抵抗しないのです?」
いぶかしみながら、せわしなく肌を弄る弟子の頬に、オビ=ワンはそっと両手を添える。
「本当にバカだな、おまえは。私がどんな気持ちでいたか、ちっともわからないなんて」
そう言って、オビ=ワンは微かに笑った。
「愛しているよ、アニー」
胸の奥に架けた鍵を、オビ=ワンは開放する。
現実でないなら尚更、もう誤魔化したくはなかった。
「おまえに告げることは、一生ないと思っていたんだ。こんな気持ち、ジェダイには必要なかったし、おまえに会うまで、誰も教えてはくれなかった。だからずいぶん悩んだんだよ」
「オビ=ワン?」
「本当は、誰にもおまえを渡したくなかった。パドメのことを知ったときの私の気持ちを聞かせてあげようか?」
「まさか…そんな……」
オビ=ワンの告白に、アナキンは信じられないと目を見開いた。
執着は罪だ。失うことを恐れるあまり暗黒面に繋がる。
けれど、自分と同じ気持ちを師が持っていたことを、アナキンは驚き、そして喜んだ。
「おまえのために、私はジェダイであり続けなければならなかったんだ。おまえの気持ちを無視して、自分の気持ちを誤魔化して…。その結果がこれか。すべては私のせいだな」
「オビ=ワン…。それは違う」
自嘲するオビ=ワンに、アナキンは小さく首を振った。
「すべては、あなたを信じられなかった僕がいけなかったんだ。あなたはいつだって僕だけを見ていてくれたのに」
小さな子どものように求めるばかりで、結局何も学ばなかった。
教えの道はちゃんと示されていたのに気づくこともなく、力ばかりに頼って傲慢になっていた。
「反省したか、マイパダワン?」
「十分に。けれど、多くのものを失いました」
「それもまたフォースの宿命だったのだ。ずいぶん回り道をしたけどな」
「ええ、本当に」

マスター・ジンを失い、聖堂に辿り着いた時から、オビ=ワンとアナキンにはお互いしかなかったのに。
頼るものも、信じるものも、そして愛するものも。
何もかもが、最初から世界は二人だけで閉じていたのだ。

「愛しています」
「あ、んん、私も…、は…っ、アナキ…ン」
身の内に、己の弟子の熱い楔を受け入れながら、オビ=ワンは幸せだった。
フォースが交じり合い、統合され、穏やかに変化する感覚に酔う。
たとえ現実ではなくても、絆は確かに結ばれたのだ。
これから先、どんなことがあっても、それは支えになるに違いない。

「…いつかきっと、おまえを取り戻してみせる」

何度も交わすキスに、オビ=ワンは誓う。
小さな希望も、抱き続ければいつかはきっと叶うだろう。
それを信じて、今はじっと耐えるのだ。
いつの間にか、砂漠は一面緑の生い茂る褥に変わり、優しい木漏れ日がアナキンの微笑みを照らしていた。

「待っていてくれ。必ずそこに辿り着くから」
「イエス、マスター。あなたを信じます。それまでは、ここであなたを想い続けるでしょう。あなたがいる限り、アナキン・スカイウォーカーは死んだりしない」

たとえどんな姿であろうと、オビ=ワンはもう愛する弟子の真の姿を見失うことはない。
やがてフォースは安定するだろう。
予言は成就され、自分たちもまた、フォースに還る。
それまで少しだけ、夢を見よう。
緑深い楽園で、約束の地を想いながら…。



Fin.





夏に出した無料コピー本です。
SWに嵌まりたてで、勢いで書いたので、
設定なんかは無理やり無視です。(汗)


さくら瑞樹著



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