地中海の星砂








地中海の空はどこまでも高く澄んで海と同じ色に輝いている。


エリック・バナは映画トロイの撮影のために、その地中海の小さな島に滞在していた。
マルタ島は、トロイの撮影がなければ訪れなかった場所だった。
眩しい太陽と強い風にはもうだいぶ慣れた。
最初の頃、緩やかに波打つ砂浜を鞍を着けない馬で走る練習をしていたのが懐かしい。
エリックがヘクトルという助演の役を貰った時の条件が、まず鞍のない裸馬を乗りこなすことだった。
トロイの時代の男達は、剣や槍を使うが、基本的に己の肉体を武器に戦う戦士が最も勇ましいとされていたという。
トロイの王子ヘクトルは、アキレスに並ぶ勇者である。馬に乗れることはもとより、立ち居振る舞いの一つ一つに男らしさと気品を思わせる動きが出るよう気を使った。
けっこう必死だったと思う。
それなのに、もうひとりの王子役であるオーランドは、それらを皆涼しげな顔でやり遂げていた。
以前共演した時もそうだったが、オーリはたいした役者だと思う。
撮影が進んで、出演者達が互いに気の合う仲間と休日を過ごすようになると、エリックは役どころが兄弟ということもあって、自然にオーリと一緒に過ごすようになっていた。
エリックも長年俳優業をやってきたおかげで、演技を見ればどれだけ価値のある役者か見抜く目に自信はある。
オーランド・ブルームは、若いわりにそのエリックをして舌を巻くほどイイ役者だった。
ややもすれば若さで押し切ってしまいがちな演技の中にも、ちゃんと繊細な表現を出す技術を持っている。
情けない顔、愛を語る時の顔、そして弓を構えて射抜く時の顔。
俳優の顔だとわかっていても、どれもエリックを魅了してやまない。
エリックはオーリに惹かれている自分を自覚していた。
兄弟役で衣の薄い格好で触れ合うたびに、何度胸が高鳴ったことか。
細いがほどよくしっかりと筋肉の乗った体、瑞々しい肌、そしてしなやかな仕草。それらが皆エリックの理性を刺激する。
休日の度にいろいろ都合をつけては、オーリの許を訪れるのも、誰も彼に近づけたくないという涙ぐましい努力だった。
もちろんそんなことエリックはお首にも出さなかったが。
だが、どんなにエリックが自分をアピールしても、オーリ自ら迎え入れる人間は防ぎようがなかった。
ことにショーン・ビーン。今回オデッセウス役で撮影に参加している英国の俳優は、はっきり言って目障りだった。
だいたいロード・オブ・ザ・リングの出演で皆仲が良いとは聞いていたが、オーリの懐きっぷりは異常だと思う。
彼はギリシャ側なので、ブラッドとも演技の打ち合わせをしたりする。呼吸を掴むためには必要なことだ。
それなのにオーリと来たら休憩に入るとすぐ彼をつれてこちらに戻ってくるのだ。結果三人でランチというのもよくあった。
もしかして、自分の気持ちを知ってて試しているのかと思いたくなる。
せめて二人きりにはさせたくなくて、今夜も昼間の戦闘シーンで興奮して眠れないのを言い訳に、オーリのところを訪れるつもりだった。







「オーリ、いるかい?」

オーリのヴィラは海岸沿いのコテージ郡から少し離れたところにあった。
地中海の空は夜でも澄んでいて、星が降るように輝いている。
波の音だけが静かに響いている浜辺の家は、月明かりのせいか幻想的な雰囲気に包まれていた。
返事がないので勝手知ったる玄関を開け、明かりのついたリビングへ向かう。

「オーリ」

だが、オーリの姿はなかった。
どこへいったのだろう。
確か今日はどこにも行かないと言っていたのに。
しばらくうろうろと歩き回ったエリックは、奥の方から呻くような声がして振り向いた。

「オーリ いるのか?」

あっちは入ったことはなかったが、確か寝室だったと思う。
具合が悪くて寝ているのだろうか。
もしそうなら大変だと思ったエリックは、急いでドアを開け、そして次の瞬間固まってしまった。
薄暗い部屋の中、リビングからの明かりで浮かび上がる部屋の中に、二人の男がいた。
しかもその二人は薄暗い照明の中で、いかがわしい行為の最中であることがはっきりと見て取れた。
オーリと、もう一人はなんとショーンだった。
エリックが声もなく固まっていると、

「やぁエリック、我が兄上殿。やっぱり来たね」

と、オーリがこちらを見て笑った。

「オーリ、何をしているんだ」
「なにって、見てわかるだろう?」

エリックはオーリが男と寝ているというのにも驚いたが、その相手がショーンだということにもっと驚いていた。
しかも、どうみてもオーリの方が主導権を握っているように見える。

「何驚いてるんだい 僕がこんな趣味だったってこと?」

悪びれることなく言うオーリは、映画の中のパリス王子そのままに奔放だった。

「オーリ…」
「でも今更だよね。むしろエリックにとっては都合がいいんじゃない? あなたが僕をどういう目で見てたかなんてとっくに気づいていたよ。それとも相手がショーンだったことに驚いているのかな」

エリックはどう答えていいかわからなかった。自分の気持ちがバレていたのはやはりそうかと納得したが、始末の悪いことに、オーリの小悪魔的な顔が、今までになく魅力的に見えてしまうのは困った。
それに、問題はオーリの腕に裸のまま上体を抱かれているショーンだった。
さんざんオーリに虐められたのだろう。頬はうっすらと上気し、グリーンの瞳が潤んでいる。
金色の髪に地中海の太陽に焼かれた肌と腰のあたりの白いままの肌のコントラストが悩ましい。
その身体は、40歳をとうに超えているとはとても思えないほど引き締まって美しいラインを保っていた。
その逞しい身体を歳若いオーリに、まるでアドニスに悪戯されるアポロンのように弄ばれていたのかと思うと、エリックは身体の芯がカッと燃えるような気がした。
オーリの手が、わざと首筋から胸に滑り、小さな胸の蕾をキュッと擦る。

「あっ…、よ、よせ」

ショーンはエリックに見られてしまったのに驚いて息を詰めていたが、突然再開された愛撫に思わず声を上げた。
目があって羞恥に慌てて逸らす仕種に妙にそそられ、正直エリックは目のやり場に困る。
だが、いかがわしい光景なはずのそれを、エリックはもっと見たいと望んでいた。
そう、エリックは欲情していたのだ。
恋をしているはずのオーリではなく、彼に弄ばれて喘ぐ目の前のショーンに。
その事実にエリックが内心激しく葛藤していると、オーリが見透かしたように言った。

「おいでよエリック。彼に触れたいんだろう」
「な…っ、オーリ、バカなことはよせ…っ」
「いいじゃないか、ビーンボーイ。君だってもっと愛して欲しいだろう? ここは君を慰めてくれる君の王様がいないのだから。変わりに僕らがね、愛してあげるよ」
「あ……、だ、だめ…だ…んむ…っ」

エリックを手招くオーリに対する抗議は、胸を嬲る指と口付けに封じられた。
コクリとエリックの喉が鳴る。
そうして、手を伸ばすオーリに逆らえるはずはなく、エリックはフラフラと歩みでたのだった。





















to be continued





とうとうやってしまった…。RPS、しかもTROY…。
ヘクトルの男っぷりと豆の良いとこ取りに萌えてこんな関係を妄想・捏造しちゃいました。
初めは可憐な弟を愛する役に共感してオーリに目がいっていたはずのバナなのに…。
でも花はとっても子悪魔で、とてもお兄ちゃんの手には負えないのでした。
そしてそして、豆もまた人妻(?)というのがポイントなのです。
だってパリスなんだもん(笑)。しかも続きます。突っ込みは無しでよろしく。


さくら瑞樹著



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