深夜、ふと目が覚めることがある。 理由は知らない。 喉が渇いたわけでもなく、ただ、なんとなく目が覚める。 だが、そんな時、スピードルの傍らに横たわる彼は、きまっていつも悪夢にうなされていた。 ほの暗い闇の中のわずかな明かりにさえ青白く映える喉元を反らせ、眉間に皺をよたホレイショが、微かに呻く。 「エイチ…、大丈夫かエイチ…? ホレイショ?」 「う……あ…、あぁ、スピード…」 軽く肩を揺すると、喘ぐような息を吐いて、ホレイショが目を開けた。何度か瞬きを繰り返し、潤んだ蒼い目がこちらを見る。 スピードルを見つけると、その瞳に頼りない光がよぎったような気がしたが、それはほんの一瞬ののことで、すぐにいつもの蒼い深みを取り戻した。 額に浮かんだ汗を、スピードルが拭う。 「……すまない。起したか?」 「いや。ちょうど目が冴えたんだ。そしたらあんた魘されてて…。起してよかったか?」 「ああ。助かった」 ホレイショは、わずかに口角を上げて笑みを浮かべた。 こういう時、ホレイショは自分に非はないのに、もどかしいくらい相手を気遣う。 無理をしなくてもいいのに、とスピードルは心の中で思った。 ホレイショが魘されるのは、今夜が初めてのことではない。 付き合い始めた頃、一緒に眠りたがらないホレイショに理由を聞くと、悪い夢を見るから、おまえを起してしまうという答えが返ってきた。 寝つきの良さなら自信があるスピードルは、そんなこと気にするなと軽く笑い飛ばしたのだが。 何度目かの夜、魘されるホレイショに気づいた時、スピードルは驚きよりも悲しみを感じた。 現実でも、彼は正義感や義務でがんじがらめなのに、夢の中でも苦しい思いをしなければならないなんて。 一度だけどんな夢を見るんだと聞いたスピードルに、ホレイショはただ黙って俯き、「もう忘れた」と答えた。 以来、夢の内容を語りたがらないホレイショに、スピードルも聞くことはしない。ただそっと寄り添って、一緒に眠るだけだった。 「私は秘密が多い男だ。そして、その秘密は誰にも言うことができない。それでも、側にいてくれるか?」 どんなに知りたいと願う秘密でも、本人を苦しめてまで知る必要はない。 ただ側にいて、彼の慰めになることだけをスピードルは願った。 だからかなのか。ホレイショは困ったような顔で笑みを浮かべて、すまないとだけ口にする。 ――― それでも、明かせない秘密を抱えて苦しむ恋人を心配しない男はいないんだよ。 「水を持ってくるよ」 胸の苦しさを誤魔化すように、スピードルはキッチンへ向かった。 こうして、ベッドを共にするようになって、どれくらい過ぎたのだろう。 ホレイショは、いい加減な付き合いはできない人だ。 だから、部下を相手の恋愛もよほどの覚悟があるとスピードルにはわかっている。 本音を言えば、もっと頼ってもらいたい。 少しでも秘密を打ち明けて、心を軽くして欲しい。 だけど……。 「ほら、飲んで」 「ありがとう」 渡したグラスを一気に煽るホレイショの喉元を眺めながら、スピードルは、不器用な上司の仮面の分厚さに溜息を吐いた。 きっともう、自覚すらできないくらい身に染み付いたものなのだろう。 ホレイショは、誰かを頼らないんじゃなく、頼れないのだと、スピードルは知っている。 夢もまた現実の投影だ。 誰にも言えない分だけ、彼は夢でも苦しめられる。 スピードルにできることは…… 「ホレイショ。今夜はこうしていていいか?」 横になったホレイショを、スピードルは覆いかぶさるように両腕で抱きしめた。 「いいけど、腕が痺れるぞ」 「いいんだ。あんたにくっついていたいだけ」 「……ばか…」 スピードルの腕に、ホレイショの胸の鼓動がゆったり響く。 互いの胸の鼓動のように、このせつない気持ちが届くことを願って、スピードルはゆっくりと目蓋を閉じた。 FIN |