犠牲







ライアン・ウルフがしくじったとを聞いたとき、リックは上司である男の蒼い瞳がどんな風に曇ったか想像できた。
ホレイショ・ケインは、一度懐に入れた者への思い入れは強い。
敵に回せば恐ろしいとマフィアからも恐れられているが、反対にそれが弱みでもあるとリックは踏んでいた。
おそらく、家族の縁が薄いことが原因かもしれない。
実質的に敵認識されているリックとしては、多少哀れみは感じるが、この機会を逃す気はなかった。

「いつものホテルに8時だ」

すれ違いざま、彼にだけ聞こえるよう囁く。
一瞬動きを止めたものの、ホレイショは顔色も変えずにやり過ごした。
聞こえなかったとは思えないし、奴がこの要求を無視するとも思わなかった。
獲物を追いかけるだけが狩りじゃない。奴は必ず来るだろう。
リックはただ待っていればかかる上等な獲物を想って、ラボをゆったりと後にした。




時間きっかりにホレイショは部屋のドアを叩いた。
サングラスを架けて表情が読みにくい顔でも、意に添わないことをするためか硬くなっていることはわかる。
反対にリックは悠然と彼を迎え入れた。
部屋に入るなりホレイショが言う。

「条件は何だ?」
「無粋な奴だな。まずは楽しめよ」

余裕のない彼の状況を楽しみながらリックは言った。
ホレイショを呼び出す時は、リックは必ずホテル最上階の角部屋を取るようにしている。
これは、最初この部屋に通された時、ホレイショが、強要しながらホストのようにもてなすリックに悔しそうな顔をしたからだ。
もちろん、最初からリックにもホレイショを揶揄する意図があった。
上等な部屋に上等なワイン。
そんな作られた雰囲気に包まれるのは、睦まじい恋人同士ではなく、支配者と被虐者のような関係の二人とは、なんという皮肉だろう。
それをわかっているから、ホレイショはできるだけ滞在時間を短くしようとするのだろうが、あいにく主導権を握るのはリックだ。

「まずは乾杯しよう」

カリフォルニア産の赤ワインを掲げ、テーブルに座るよう促す。
だがホレイショは、無言で拒否し同じことを聞いた。

「条件は?」
「……」

リックのこめかみがピクリと引き攣る。

「なるほど、よほど時間がないと見える」

皮肉に口元を歪ませながら、リックは静かにボトルを置いた。
入り口で立ち尽くすホレイショへ歩み寄ったリックは、サングラスを毟り取って言った。

「だったらこちらもそれなりに扱ってやろう。脱げ」

冷たい命令に、一瞬ホレイショは怯んだが、気丈にも蒼い瞳は逸らさない。相手を睨みつけながら、冷静にスーツを上着を脱いだ。
続いてシャツのボタンを外すそうとすると、ホレイショのわき腹に、リックはなぞるように手を這わしてきた。

「触るな…っ」

身をよじって拒絶するホレイショ。
布越しに動く肉の動きを楽しみながら、リックは切り札を突きつけた。

「そんなことが言える立場か? ん? 大人しくすれば、奴の復帰の道を残してやる」
「……それが条件か?」
「ああ、悪くないだろ?」
「……わかった」

観念したように目を閉じたホレイショに、リックはほくそ笑み、肌蹴たシャツを纏う身体をベッドに誘った。
白いリネンに横たわるホレイショは、無体な王の寵愛を受ける囚われ人のようだ。
リックはそれに満足し、ボトルから直接ワインを含むと、ホレイショの顎を掴んで口移しに注ぎ込んでやった。

「ン…ふ…っ」

反射的に逃れようとする身体を押さえつけ、嚥下されるまで深く口付ける。苦しさにもがく腕が、リックの身体に絡まる。
何度かそうして口移しにワインを飲ませているうちに、ホレイショの身体はぐったりと力を失い、シャツから覗く肌がしっとりと艶めいてきた。
獲物が弱ってきたところを見て、リックは、半分ボタンが外れたシャツの中に手をいれ、直に肌をまさぐり始める。
指先に小さな突起がかかると、ホレイショの喉がヒクリと震えた。
感じるところはわかっている。
リックは容赦するつもりはない。
指にかかった突起を押しつぶしながら、リックはその白い喉元に食らいついた。

「あ…うぅっ!」

跳ね上がる上体を体重で捻じ伏せ、引き裂くようにシャツの前を開き、スラックスを引き抜く。
更に、馬乗りになってホレイショの両腕を吊り上げ、頭上で縛り上げた。
滑らかな肌の下に、筋肉の筋が張りつめ、リックは一瞬目を奪われる。
刺激を受けて赤くなった乳首をきつく吸い上げて、ホレイショの声を絞り上げた。
膝を割った足で、股間のモノを刺激してやると、反射的に逃れようと腰が揺れる。
自由を奪われ、捕食者に身体を差し出すように開かれた状態では、大した抵抗もできず、ホレイショは刺激されるまま高ぶっていく。
その間、リックは背けられたホレイショの顔をじっと視姦していた。
十分に煽ったところで、手のひらで直に股間を弄ってやると、白い内腿がビクリと痙攣する。
額に浮き出る汗や、食いしばった唇、時折刺激に寄せられる眉根。そのすべてがリックの目にはエロチックに映っていた。

「本当におまえは征服し甲斐があるよ」

だからこそ追い詰め甲斐がある。
リックは、日頃から隙あらば付け入るぞという姿勢を、ホレイショに隠すこともなかった。
今までも、彼の部下の些細なミスをあげつらい、強引に抱いたことが何度もある。
他人に気を配り、優しすぎるホレイショには、付け入る隙はいくらでもあった。
与えられる快感を絶えているホレイショの耳元で囁き、手の中のモノをきつく扱く。

「う…く、ア、アアッ!」

一瞬息を詰めた後、堪えきれずホレイショは吐精していた。
荒い息に胸が激しく上下している。
追い詰められた苦しさに、生理的な涙が滲んでいた。

「まだ終わりじゃないぞ」

弱った獲物で遊ぶ時間はこれからだ。
リックは力なく投げ出されたホレイショの脚を抱え、これから自分を銜え込む後口をゆっくりと愛撫し始めた。
最初は、湿らせた指を一本。入り口はきついが、中に入れればすぐに弾力のある媚肉が絡みつく。
慣れたところでもう一本指を増やし、さらに奥を開拓する。
ホレイショは、じっと息を詰めて目を閉じ、ひたすら嵐が過ぎるのを待っているようだった。
だがリックは知っている。
彼はすでに、ここで悦びを感じるようになっていることを。
ここを弄られると、彼はペニスを扱かれるより早く追い詰められるのだ。
ホレイショは、それを知られたくなくて、身体を硬く緊張させ、なんとか快感をやりすごそうとしているが、もう遅い。
ほら、ここだ。
リックの長い指が、中をきつく掻いたとたん、ホレイショの背が反射的に反り返った。

「んんっ…!」

股間を支配される感覚を振りほどこうと脚を閉じかけるが、二、三度同じ箇所を弄ってやると、反対に卑猥なくらいビクビクと痙攣して跳ね上がった。
リックは、その脚を抱えなおし、何度も執拗にそこを弄り続けた。

「っひ、……あ、ぁあ・・・っ、あ、うぅぅ……っ」

複雑な指の動きに、ホレイショは翻弄される。
リックは、中を掻き回しつつ、ヒクヒクとヒクつく入り口に吸い寄せられるように口付けた。
指で開いた内部を舌先で犯す。
まるでキスに答えるように収縮する中を、夢中になって舐めしゃぶった。
クチュリと淫猥な音が響き、そこから生まれる快感は、ホレイショの思考を焼き切る。
このままでは、尻だけでイかされてしまう。
それだけは嫌だとホレイショが訴えようとしたとたん、それを見透かしていたリックがぐるりと大きく指を回転させた。

「やめ……っ、っや……あ、ぁああああっ……!」

深い部分と浅い部分を弄られ、ホレイショは無意識に腰を振りながら達していた。
後ろだけで導かれた射精は、ひどく長くホレイショを苛み、その間リックは、内部が自分の指と舌を締め付ける感覚を楽しんだ。

「気持ちよかったか?」

ようやく指の動きを止めて、リックが顔を上げた。
自分の指先ひとつであっけなく白い腹に零れた蜜を掬い上げ、見せ付けるように舐める。
いたたまれなくなったホレイショが、掠れる声で抗議した。

「あ、は…っ、も、いい加減に、しろ…っ」

潤んだ蒼い目が、リックを睨みつける。
目元がほんのり赤くなって、乱れた前髪と相まって年より若く見えた。

「そんなに待ちきれないのか?」

クスリと笑って、リックは十分に蕩けた蕾から指を抜いた。
待ちきれなかったのは、リックの方も同じだった。
抵抗する力を失ったと判断し、縛り上げた腕を解放する。
すぐに自分をあてがい、狭隘な肉を掻き分けるように押し入った。
羞恥を煽るため、わざと大きく開脚させ覆いかぶさる。
そのまま一気に奥まで侵略した。

「や、あ、ああっ、ふか…いっ」

ホレイショが苦しげに首を振る。
それを無視して、リックは押し込んだ肉の凶器で絡みつく花筒を掻き回してやった。
腹に当たったホレイショのモノが反応して、またとろりと蜜を滲ませたのがわかる。
リックは、ホレイショが自分で弄れないように、その両腕を彼の膝裏から伸ばした腕でシーツに押さえつけ、腰だけで律動しはじめた。
こうしてやると、どんなに嫌がっても、後ろだけで達かされることになり、ホレイショはよけいに乱れるのだ。
一突きごとに、喉から掠れ洩れるように声が上がる。

「ア、…アアッ、ア、ウ…ッ」
「ほら、さっきみたいにまたこっちだけで達ってみせな」

舌なめずりをして腰を揺すり、リックはひとときの征服感に酔いしれた。




数日後、ライアン・ウルフの復職が通達された。
そのことで内部調査室に呼び出されたウルフは、調査官であるリックに説明を受けながら対峙していた。

「いろいろ言いたいことはあるが、君の復職は上司であるケイン警部補の強い希望だからな。今回は特例だと思いたまえ」

相変わらず嫌味を忘れない奴だと、ウルフは心の中で舌打ちする。
だが、思ったより機嫌は良いらしい。

「チーフは特別扱いはしません。ただ、平等なんです」

ウルフは憮然と言い返した。
リックの肩眉がピクリと動く。

「君が、そう思うならそれでもいいさ」

リックは肩を竦め、次の瞬間には興味を失ったように退室を促した。
意味ありげな言葉に、眉を潜めながら、ウルフはチーフの部屋へ足を向けた。
ホレイショは、自室の窓からマイアミの夕日を眺めていた。
ひとつの事件が終わると、こうして窓辺に佇むホレイショを時々目にする。ウルフがノックしても、ホレイショは窓を向いたままだった。
ほっそりとした背中に向かって、ウルフは礼を述べた。

「口添えしてくださったそうで、ありがとうございます」
「……ああ」

ホレイショは、何も責めない。この窮地に陥る原因を知った時も、ただ残念そうな顔をしただけだった。

「CSIは君の天職だ。それを忘れるな」

ホレイショの言葉は、ウルフの心に深く沁みた。
取り上げられて初めて、この仕事が本当に自分にとって大事だったのだと自覚したとこも多い。

「ええ」

素直に頷き、きすびを返しかけたウルフは、そこでふと、視界に入ったホレイショの首筋に目を惹かれ立ち止まった。
あの痣はなんだ?
うっすら赤い、一見虫刺されにも見える痣。
おもわず「チーフ」と呼びかけて、ウルフはハッと思い留まった。
どう見ても、それはキスマークだった。
今のホレイショに恋人がいるとは聞いていない。
では誰が?
そう思った瞬間、ウルフの頭をなぜかリック・ステイトーの余裕に満ちた顔がよぎった。

(まさか、あいつが……)

疑いは、すぐに確信に変わる。
おそらく、自分のことをネタに、リックはホレイショに迫ったのだ。
ウルフの胸に、どす黒い感情が渦巻いた。
情けなさと屈辱。そして、喪失感。
だが、そのどれも、ホレイショを責めることはできなかった。
結局、自分は守られたのだから。
それでも、もう二度とあいつに付け入らせるようなヘマはしない。
背中を向けたまま振り向かないホレイショに、ウルフは無言で誓いを立てた。








FIN









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