ホレイショのストーカーサイトの報告は、すでに署内に広がっていた。 良くも悪くもモテる男だ。 内部調査室の者として、CSIラボに向かいながら、リックは肩頬を引きつらせるように苦笑を浮かべた。 犯罪者は、自分を捕まえてブチ込んだ刑事の顔を忘れない。 まして、あれほど強烈な印象を持つ男だ。 これまでも、そういう連中の暗殺計画はいくつもあった。 脱獄してまで執念でホレイショを追いかけた男の記憶もまだ新しい。 マフィアを相手にする時は、ホレイショもそれなりに警戒する。 だが今回は、父親の復讐という三文芝居のような展開に同情心を誘われて、油断していないとも限らない。 状況は、本人が思っている以上に危険なのだ。 それを知らせる為に、わざわざリックは足を運ぶ。 どうせホレイショは聞く耳を持たないだろうとわかっているが。 廊下で対面したホレイショは、案の定、リックの登場に大げさだという顔をしていた。 「まさか君が心配してくれるとはね」 余裕の表情でホレイショは言った。 こちらが対面上で向いたことを揶揄しているのだ。 どうせ取り繕っても時間の無駄だと、リックは率直に回答する。 「警察が困るから来たのさ。犠牲を出したときの世間体を考えろ」 「そう言ったほうがわかりやすい」 「警護は」 「必要ない」 「だが油断はするな」 「わかっている」 遠慮のない物言いに、どちらともなく苦笑を浮かべた。 お互い、建前など今更だった。 それでも、リックはホレイショの態度を容認するつもりはない。 だから敢えて挑発するのだ。 「本当に、おまえは状況をわかっていない」 サングラスを弄ぶ腕を掴み、リックはホレイショを壁際に押し付けた。 ガラス張りのラボでも、誰にも見えない死角はある。 力負けして押さえつけられ、さらに細身の身体に添うように自身の身体を重ねようとするリックをなんとか阻止しながら、ホレイショが低く唸った。 「何のつもりだ」 僅かな身長差で見下ろすリックを、くっと顎を逸らすようにしが睨む。 その剣呑な視線を受け止めながら、リックはわざと嘲笑を浮かべた。 「こんなに簡単に捕まるくせに、ガードはいらないと?」 「……調子に乗るな。犯罪者に容赦するつもりはない。おまえもその仲間入りをしたいならいつでもいいぞ。とにかく放せ」 毛を逆立てた猫のようにホレイショが唸る。 だが、リックはそんな簡単に解放してやるつもりはなかった。 力に訴える趣味はないが、こちらが優位に立ててホレイショの顔を悔しさに歪ませることができるなら話は別だ。 リックは、押し付けた身体全体で拘束しながら、強引にホレイショの耳朶に唇を付けて囁いた。 「だったら賭けるか?」 「な…んだと?」 覆いかぶさるリックの身体を押しのけようともがいていたホレイショが、目を瞬かせる。 「おまえが疵一つ負うことなく解決するれば、俺は何も言わない。もし疵を負うようなら、その疵一つにつき一回おまえからキスを貰おう。こんな風にな」 リックはホレイショの後ろ首を掴み上向かせて、うっすら開いた唇を奪った。 「…ん、んんぅっ…!」 逃げる舌先を追いかけ、思う存分蹂躙する。 死角になって見えないとはいえ、すぐ傍には人の気配があり、いつ見つかるかというスリルにかえって興奮する。 抵抗が弱まる頃、やっと開放すると、蒼い瞳が潤んでいた。 「貴様…っ」 「これで本気だってわかっただろう?」 手の甲で唇を拭う相手に向かって、リックはニヤリと笑った。 「……それじゃ罰ゲームじゃないか」 「お前にとってはそうかもな。どうする? 自信がないならやめるか?」 どうせ無理だろうと暗に匂わせると、押さえつけられた悔しさも相まって、ホレイショはムキになって応じた。 「……乗ってやろうじゃないか」 内心驚いたリックの隙を突いて、ホレイショはスルリと抜け出し、慎重に距離を取る。 そして思いついたように言った。 「不公平だから条件を加えよう。もし疵一つ負わなかったら、俺の好きな高級ワインを用意してもらう。ディール?」 「ディール」 了承したリックに向かって不適に笑い、ホレイショがきすびを返す。 その背中を見送りながら、リックは、どっちに転んでも自分に分がある条件だとほくそ笑んだ。 FIN |