事件の一報が届いたのは突然だった。 「爆発物処理班の人間が死んだらしい」 緊迫した雰囲気の中、事件の概要が漣のように広がっていく。 今朝早く、高級住宅街に爆弾が仕掛けられたという報道はラボのテレビで知っていた。先に来ていたホレイショが珍しく熱心にテレビを見ているものだから、何だろうと皆で見たのが今朝のことだった。 ホレイショは、それから仲間の顔を見に現場へ行っていたらしい。 「スピードル、すぐに出発できる?」 カリーに声を掛けられて、我に返ったスピードルは急いで頷く。 バックシートには、もうデルコが座っていた。 スピードルも急いで運転席へ飛び乗り、エンジンをかける。 「被害者は、ホレイショの恩人らしいの」 車に乗り込みながら、カリーは辛そうな顔で言った。 ホレイショが、どういう経緯で爆発物処理班にいたのかは不明だが、その時彼を育て、公私共にサポートしてきた仲間が犠牲になったのだという。 「エイチ、動揺してないかな」 デルコも心配そうな顔だ。 「……」 スピードルは、ホレイショが感情的になったところを見たことがない。 どんな凶悪犯に対しても、悲惨な被害者に対しても、冷静さを失わなかった彼が、この悲しみにどう対応するのか、スピードルには想像できなかった。 「大丈夫さ。メーガンがいる」 「…そうね。彼女がストッパーになってくれるわね」 三人とも、それっきり現場に着くまで沈黙した。 高級住宅街の一角は、警察車両や救急車両、それにマスコミの車でごった返していた。 「ホレイショ」 「こっちだ」 黄色のテープをくぐると、ホレイショは爆発でめちゃめちゃになった部屋の中にひとり佇んでいた。 「いつものように取り掛かってくれ」 そう言ったホレイショの表情は、サングラスに隠れて見えない。 隣でメーガンが心配そうにホレイショを見ている。 被害者の血が飛び散った部屋は、悲惨としか言いようがなかった。 「爆弾の部品は、すべてこの部屋にある。ひとつ残らず集めてくれ」 「わかった」 事務的な指示を出すホレイショは、チーフの顔を崩さない。 だからスピードルも、それ以上何も言わなかった。 黙々と作業を続け、証拠品を集めることに集中する。 そういている間に、いつの間にかホレイショの姿は消えていた。 「エイチは?」 「ラボへ戻ったわ」 集めた証拠品の整理をしているメーガンが、溜息を吐きながら答えた。 「大丈夫かな?」 「さぁ…。でも、人は自分で思っているほど強くないものよ」 かつての自分を見ているようで、メーガンには辛いのかもしれない。 大切な人を亡くした痛みを、メーガンは知っている。そして、そこから立ち直るのも、自分の力だけだということも。 「フォローしてあげて」 私の分も、と言葉にしない気持ちに、スピードルは黙って頷いた。 ラボに帰ると、ホレイショはレイアウトルームにいた。皆で集まって証拠品から事件を検討したりする部屋だ。 「ヘイ、エイチ」 声を掛けると、ホレイショはハッと我に返ったように振り向いた。 「スピードルか…」 声に張りがない。 さすがのホレイショも、やはりショックを受けているのだ。 「大丈夫か?」 「……ああ。さっきメーガンに叱られた。俺は少し冷静さを欠いていたらしい」 焦って思い込みから捜査しようとしたことを恥じているらしい。 だが、指摘されてすぐに自分を振り返ることができたのは、ホレイショの強さだ。 ホレイショをチーフと仰いで仕事をしているうちに、スピードルはそうした彼の美徳を素直に認めるようになっていた。 そして、人一倍被害者に感情移入する彼が、冷静でいられるはずがないこともわかっていた。 案の定、現場で強がっていた顔が、今はもう痛みを堪えるように歪んでいる。 「ホレイショ…」 スピードルは、そんな彼の隣に寄り添い、優しく囁いた。 「誰だって動揺するさ。その……あんたの恩人だって聞いた」 「アルか? ああ、いろんな意味で恩師だった。彼が死んだなんてまだ信じられない。目の前で遺体も見てるのにな」 デスクに置かれた手が、震えていた。 「ホレイショ…」 俯いた顔を覗き込むと、蒼い瞳が少し潤んでいる。 スピードルは、デスクの上で白くなった指先を包み込むように手を重ね、そっと彼の肩を抱いた。 「大丈夫だ。あんたはまだやれる」 「スピードル…」 「オレが付いてるから」 こんな姿はあんたらしくない。 て言うか、自分以外に今のあんたを見られたくない。 だから早くいつもの自信に溢れた行動的なあんたに戻ってくれ。 スピードルは、そんな気持ちを込めて、彼の手を握り締めた。 「ありがとう、スピードル」 まだ涙の滲む目を細めて、ホレイショは微笑した。 「犯人は必ず見つける」 胸ポケットから取り出したサングラスをかけながら、宣言するように彼は言った。 「協力してくれ」 「ああ」 あんたのために、俺は働こう。 スピードルはそう密かに決意した。 FIN |