かつてメーガン専用だった部屋に、新しいチーフがいる。 警部補の肩書きを持った彼、ホレイショ・ケインは、爆弾処理班のエースだったと聞いた。 「神業だったそうよ」 カリーが、長い髪を揺らしてそう言った。 さらさらと流れる髪の向こうに見える瞳は、机の上の証拠から片時も離れない。 二人で被害者の遺留品を検証している間に、新任のチーフの話になった。 「向こうも手放したくはなかったでしょうね。優秀な人材はどこでも貴重だわ」 そう言う彼女も、弾丸ガールの異名をとるほど弾道解析能力が高い。 「だったら何でCSに?」 「私たちにも優秀な上司は必要だわ」 「それは…」 確かにそうだ。 だが、じゃあメーガンはどうなるんだ? スピードルは、新人の頃から自分を育ててくれた彼女に恩義があるし、彼女の実力も認めている。証拠を積み重ねて事実を見つける仕事のやりがいを教えてくれたのも彼女だ。 その彼女の休暇の理由を知っている人は少ない。 警官だった夫が、犯人逮捕の際、巻き沿いを食って死んだ。 そのことに、どれだけ彼女が傷ついたか。 それだけに、戻ってきたとき席がなくなっていることに、彼女がショックを受けるようなことはあってほしくなかった。 「うかない顔ね」 「別に…」 感情が顔に出やすいスピードルに、カリーが苦笑を浮かべた。 今説明するのは容易いが、きっとスピードルは納得しまい。 自分たちは科学者だ。 証拠を見抜く能力を持って、ホレイショの実力を納得するまで確認すればいい。 「彼のことは、あなたが自分で見て、判断するといいわ」 彼を知れば、きっとスピードルは受け入れてくれるはず。 カリーはそう思って、スピードルの肩を叩いた。 「……わかった」 意固地になっている自分を批判することなくアドバイスをくれるカリーに、スピードルは素直に頷いた。 たぶん、ホレイショは自分が思っているよりずっと優秀なのだろう。 それは、彼の事件に対する態度や、先日の血痕の指摘からもわかる。 スピードルは、いつも仕立ての良い服に身を包んだ彼の優雅な姿を思い浮かべた。 印象的な蒼い瞳は、犯人に対してはどこまでも厳しく冷酷だが、仲間や子どもに接する時は驚くほど甘くなる。 あの瞳に捉えられたら、きっと誰も抵抗できない。 彼のことを考えると、感情が暴走してしまいそうになるのを、スピードルは気のせいだと思いたかった。 その理由を、今は敢えて考えまいと、脳裏に浮かぶ彼の姿を閉じるように、思考を閉じた。 FIN |