楽園の果実3









あの夜ことは、心の奥底に澱のように残って、エリックをどこまでも甘く苦しめていた。


思い出すのは、指先ひとつに翻弄されるショーンのことだった。
しなやかに軋む背筋と、喘ぐたびに引き連れる下腹部。
言葉では嫌だと拒絶しながら、オーリの指が秘腔で蠢くたびに、悦びの蜜を滴らせて嬌声を上げたショーン。

そのすべてが、一度口にしたら忘れられない禁断の美酒のようにエリックを酔わせ、夢にまで見たくらいだ。

ああいうのを、タガが外れたというのだろう。
流されるまま同じようにショーンを陵辱した苦さだけが、エリックの中に残った。
たぶん、もう一度その夢に触れれば、二度と帰れない深みに嵌まる。
常識や平凡を愛する堅実なエリックは、努めてあの夜のことを忘れようとした。




それが、こんな風にしっぺ返しを受けるとは…。











「うっ…ううっ、……っ」

潜り込んだ指が、ゆるく蠢くたびに、低い呻き声が漏れた。
無理やり開かれた内側には、妖しげなローションがたっぷり注がれ、果てしない興奮と肉の喜びを強いる。
エリックは、それらに耐えようと、顔を背けてシーツを噛んだが、意地悪な指先ひとつであっさりと挫かれていた。

「だめだよエリック。素直にならなきゃ。君のここなんか、こんなに僕の指を食い締めて喜んでいるのに」

妖しげな薬によって蕩けた器官は、もうエリックの意志とは無関係だった。
内部に挿入された指で、奥の盛り上がった部分を弄られると、一瞬意識が飛びそうなほど電流が走る。
前は触られもしないのに先走りで濡れていた。
オーリは何度もそれを繰り返して、指で、言葉で、エリックの羞恥を煽るのだ。

「ここ? ここがいいのかい?」
「ん・んっ・・うぅ・・あうぅんっ・・・ひっうっ!」

ペニスならまだしも、後ろを探られて感じてしまうなんて思ってもみなかった。
エリックはけして女性と間違われるような容姿ではない。
それどころか、胸囲はあるし、筋肉だって脱げば肉体派俳優かと思うくらい逞しい。
一般的には、間違っても性欲の対象になるような見掛けではないのだろう。
だが、そんな男らしいエリックが、身動きがとれないよう縛られ、無理やり身体を開かされ、快感に喘ぐ様は、背徳と背中合わせの淫靡な視覚的効果があって、オーリは欲情をますます掻き立てられていた。

熱く締め付ける内部の指を動かすたびに引きつる腰に、オーリは自分の欲望の形を押し付ける。
とたんに、エリックが怯えたように身体を強張らせた。

「……っ!」
「どうしたの? もしかして怖いの?」
「…やめてくれ…。こんな…いやだ…」

オーリの本気を察して、エリックは耐えられずに懇願した。
きゅうっと眉を寄せて哀れみを請う仕草は、かえって嗜虐心を誘う。
本気で逃げようとする腰を抑えて、オーリはわざと指を緩やかに見つけ出したスポットを撫でてやった。

「んっあ・・・ぁ・あ・あっ!」
「すごいね、絡み付いてくるよ。そんなに感じる? ここで感じるようになるとね、もう前だけじゃイけなくなるんだってさ」
「そ…んな…っ、あ、あああ…っ」

イく一歩手前に似た快感が、連続で襲い掛かる。
男のシンボルにあった快楽の主導権は、オーリの言うとおり恥ずかしい肉筒の奥に移りつつあった。
拒否する心とは裏腹に、身体は決定打を欲しがって理性を掻き毟る。
中を、爛れるように熱く疼く中を、思いっきり掻いて欲しい。
いつしか、その思いだけに囚われて、エリックは無意識に腰をうねらせていた。

「イきたい?」

悪魔のように甘い声が、誘惑する。
限界に意識が乱れて正常な判断も危ういエリックは、何度も頷いていた。

「だったら素直にならなきゃね。ちゃんとおねだりできたらイかせてあげるよ」

この先に何が起きるのかを思い知らせるように、オーリが再び欲望を押し付ける。
エリックはビクッと身体を強張らせた。
太ももに触れる熱の塊を感じる。

「…ああ…」

あの熱で奥まで灼かれたら、どんなに風に感じるのだろう。
さっきまで未知の恐怖だけしか感じなかったのに、どこかで期待している自分に、エリックは戸惑う。

「ほら、本当は欲しいんだろう?」

そうして煽られ、オーリの意図を察して、エリックは泣きそうになった。

「欲しいって言えばすぐにイかせてあげるよ」

悪魔が、天使のような優しい声で囁く。
限界はとうに超えていた。

「ほら、エリック…」
「……」
「エリック?」
「………い、入れてくれ…」




―――――エリックが堕ちた瞬間だった。


涙に暮れて、しかし肉の欲望に負けて自分を求めたエリックを、オーリは優しく抱きしめる。
満足そうに細められた眼が、一瞬だけ部屋の壁にかかった鏡を掠めた。










「なかなか良い腕だ」

マジッミラーの向こうで繰り広げられる狂宴を、男は満足げに眺めて笑った。
誰もいないとオーリが告げたのはもちろん嘘で、島には先客がいたのだ。

「オーリもなかなかやる。そう思わないか? ショーン?」
「……」
「どうした、返事もできないほど酷くしたかな」

男が語りかけた先には、ソファにぐったりと凭れかかった青年の姿があった。
時折、ヒクリと喉を喘がせる彼の身体には、男の仕掛けが施されている。

「さぁ、見ているだけではつまらないからね。僕達も愛し合おう」
「……ヴィゴ…」

掠れた甘い声を吸い取るように、男の唇がショーンのそれを啄ばんだ。









fin





一先ずエリック調教編は終了です。
快楽に流されて堕ちていく色っぽい男が書きたかったのですが
ちゃんと書けているのやら・・・。時間ばかりがかかりました。


さくら瑞樹著



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