楽園の果実




どこか懐かしい楽園のようだ…

それが最初の感想だった。





世界が注目するスターは、それぞれ自分のプライベートを守るために秘密の城を持つという。
そういう話はよく耳にしたし、実際都会の高級マンションやペントハウスでくつろぐ友人達も知っていたが、エリックがこれから訪れようとしている処はそのどことも違っていた。
眼下には、どこまでも広がるエメラルドの海。その中に浮かぶ珊瑚礁の島々。
それらをエリックはセスナに乗って空の上から見下ろしていた。

「どう? 気に入った?」

隣に座ったオーリが、にこやかに笑いながら聞いてきた。

「ああ、すごいな。すごく…綺麗だ。海があんなにいろんな色をしているなんて知らなかったよ」

深いブルーから淡いグリーンまで、微妙なグラデーションに彩られた海原に目を奪われる。





オーリに南の島へバカンスに行かないかと誘われたのは、撮影が終わって一ヶ月ほど経った頃だった。
友人以上の関係になったものの、撮影中は人目が多すぎてそれ以上の進展がないままに離れることになったエリックは、その誘いにすぐさま応じた。
少しやんちゃな感じはするがオーリは魅力的な俳優で、エリックから見ても女性によくモテる。
ゲイだと聞いていなかったし、自分だってそれまで付き合っていたのは女性ばかりだったから、エリックはまさか彼と両思いになるなんて思ってもいなかった。
どちらも忙しい俳優業だ。次の約束なんて充てにはならない。
けれど、撮影の終わりにオーリが、「こんどゆっくり時間を作ろう」と言った言葉は、不思議と信じてみたいと思った。
そして一ヶ月後、その約束の日が訪れたのだ。

「ありがとうオーリ。こんな綺麗な景色を見れるのも君のおかげだ」
「何言ってんだ、これから行くところはもっと綺麗だよ。波も穏やかで風も気持ちよくて、もちろん海でも泳げるけどプールだってある。きっと楽しいバカンスになるよ」
「そうか、それは楽しみだな。君の友人にもお礼を言わないと。それにしてもこんな良いところに別荘を持っているなんてうらやましいよ」
「まぁね…」

無邪気に喜ぶエリックに、オーリは言葉を濁す。
なぜなら、彼にはエリックには秘密の目的があったからだ。


――――― ごめんねエリック。君が好きだからこうするしかないんだ…


やがてセスナは島々の中でもわりと大きな島へ着陸した。
目の前には白い砂浜の広がる海岸。そして、それを見下ろす高台に、西洋風の別荘が建っていた。

「疲れただろ? 海には後でも行けるから、少し休んでお茶にしよう」
「ああ」

促されて、エリックはオーリの後に続いて別荘に入った。
西洋風と言っても、どこかオリエンタルな雰囲気を持った内装が、異国にいるような気にさせる。
お茶の前に汗を流してきたらどうかという言葉に甘えて、エリックはシャワーを浴びた。
浴室は広く、外側の壁は全面ガラス張りで、都会では考えられないような景色と開放感を味わうことができる。
さっぱりして出て来ると、いつの間にか着替えが用意されていた。
これまたオリエンタルな雰囲気の服だ。トロイの撮影で来た前を合わせて腰帯を締めるあたりが、少し東洋の着物に似ているとエリックは思った。
実際は胸開きが広く、エリックの逞しい胸元から腹筋の辺りまでが大胆に見えるようになっている。
手早く着替えてテラスに出ると、すぐにオーリがお茶を入れてきた。

「悪い。先にシャワーを使わせてもらったよ」
「かまわないよ。旅の疲れはできるだけ取らないとね。ここには僕達しかいないから、食事とか少し不自由させてしまうかもしれないけど」
「なんの。返って人の目を気にせずリラックスできる」
「そのかわり他でサービスするから許してね」
「ばか…」

軽く頬にキスするオーリに照れながら、エリックは誰にも邪魔されないことを単純に喜んだ。

「飯ならオレも大抵のものは作れるから安心しろ」
「へぇ、じゃあ期待しちゃおうかな。さ、お茶が入ったよ。召し上がれ」

そう言って、オーリは手ずから入れたお茶をエリックの前に差し出した。

「ああ、ありがとう」

ふくよかな香りがするお茶を、エリックはゆっくりと含んで楽しんだ。何ひとつ疑うことなく…
そして、

「エリック、好きだよ。本当に、君が…だから……」
「え…?」

何をオーリは謝っているのかわからない。
だが、次の瞬間、ふいに意識が吸い込まれるように薄れて、エリックはテーブルの上に突っ伏して気を失った。
ほんの少ししか口にしなかったエリックのお茶には、もちろん細工がしてあったのだ。

「あーあ、少しは疑ったりしないのかな」

そう言いながら、すぐに無理だとオーリは思った。
誰からも慕われるエリックは、人を信じやすく疑うことをしない真っ直ぐな人間なのだ。まして恋人を疑うなんて考えも及ばないだろう。

「でも、これから僕がすることを、君は許してくれるだろうか」




深く昏睡したエリックのうなじに指を滑らせながら、オーリはどこか悲しそうに、しかし暗い喜びに満ちた瞳をすっと細めて笑った。









to be continued



RPS第2弾連載開始です。
始まりは、この二人ですが、
もちろん豆とそのご主人様も出てくる予定です。
テーマは『調教』ってか…(←オイ!)
苦手な方は避けて下さいね〜〜(^^;


さくら瑞樹著



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