出会いは最悪だったと思う。 普通に出会っていれば、馬が合うとはとても思えない相手だった。 花形部署の捜一から、思いもしない吹き溜まりへ異動になったばかりだった自分の態度も問題だったかもしれない。 だが、彼には相手を思いやるという気遣いがまったくなかったのだ。 人質になった間抜けな捜査官と笑われるのは仕方がないにしても、その人質である自分より犯人の方をを心配するとは。 硬質で人の感情を解しない――― それが、新しく自分の上司となった杉下右京の第一印象だった。 「それがこんな関係になるなんて、誰が想像できるかよ…」 一人なら決して泊まらないクラスのホテルの部屋で、亀山はタバコを手にひとりごちた。 窓枠に切り取られた空の下、東京タワーが小さく見える。 肩越しに背中に方を見れば、まだシーツに包まった上司の姿があった。 静かな寝息を立て、深い眠りを貪っている。 眼鏡やスーツといった「鎧」のない彼は、普段きっちり撫で付けられた髪が乱れて額にかかっているのも相まって、別人のように見えた。 この人のこんな姿を見る日が来るなんて、亀山は今でも信じられない気持ちだ。 硬質な肌は、触れれば熱く血が通い、普段冷静な眼差しも丁寧な愛撫で愉悦に潤む。 ふとしたしぐさや眼差しに惹かれて、半ば強引に関係を持ったのは自分の方だが、今ではすっかり翻弄される側だ。 深みに嵌ったのは、職場での彼とあまりにギャップが大きかったせいでもある。 もっと頑なな反応を予想していた亀山は、その奔放な姿に魅せられ、同時に彼をここまで仕込んだ相手に嫉妬した。 杉下右京を抱いているのは自分だけではない。 独占したい気持ちと、共有さえできていない現実の板ばさみ。 好きなだけじゃどうにもならないことを思い知る。 そもそも勝負の土俵に上がる権利さえあるのかどうか…。 たぶんそれは、もう一人の彼の相手も同じ思いだろう。 重ねた年齢とポーカーフェイスで隠しているが、あの男の執着も、きっと理性ではどうしようもない代物なのだ。 ―――主導権は、今は深い眠りについている彼だけが持っている。 いつかそれが、お互いの同意で共有できることを願ってやまない。 亀山は大きく伸びをして、愛しい人が目覚める前にシャワーへ向かった。 FIN |