欲情のススメ





「別に私は風呂が嫌いなわけではないのだが…」

王宮の広い浴室で、主である王が困った顔で苦笑した。
それを見て、ボロミアは憮然とした顔になった。

「でしたら、傍仕えの者達が困らないようにきちんとなさってください」

大理石の広い浴槽には、彼一人のためだけにたっぷりと湯が張られている。
 



『王が、私達の手伝いを拒まれるのです。何かご不興を買うようなことをいたしましたでしょうか』

そう言って、湯殿の係が訴えてきたのは、長い戦に終止符が打たれ、老朽化した王宮の補強工事と改修が終ったばかりの頃だった。
長い間不在だった王が、闇の力を跳ね除けて凱旋した知らせは、瞬く間に国中に広がり、ボロミアを含めたゴンドールの民衆は、待ち望んだ王の帰還に胸を躍らせたというのに。

『我々は万事王のお心のまま勤めさせていただく所存ですのに、王は何かと理由を付けられては我々に湯浴みの手伝いをさせてくださいませぬ』

当の王であるアラゴルンは、よく言えば悪く言えば世俗に慣れすぎたのか、王なら当たり前の数々の身の回りの世話役達をあまり使おうとはしなかった。その最たるものが、湯殿係の者達だ。

『どうかボロミア様、王の真意を聞き出してくださいませ』

そう言われても、ボロミアも自分にに任せておけとは言いがたい。
一緒に旅をしているときから、お世辞にも小奇麗とは言いがたい風貌をしていたアラゴルンが、人の手を借りると言う方が不自然に思えるから困る。

「しかし、今はもう野武士ではなく王なのだ。このゴンドールにふさわしい王になっていただくためにも、多少のことは我慢していただかなくては」

そう思って意見しようとボロミアが湯殿に来て見れば、案の定、王は傍仕えを皆下がらせて、一人湯を使おうとしているところだった。

「どうして傍仕えの者達を拒まれるのです」
「ボロミア、どうしてここへ?」
「皆が私に訴えてきたのです。王が何もお世話をさせてくださらないと。これはあの者達の仕事でもあるのですよ」
「それはわかっているのだが…」

アラゴルンは叱られた犬のような瞳で哀れみを請う。
人に構われることになれていないアラゴルンは、困惑しているのだろう。皆が浮かれて、競うように王の世話をしたがるのも原因かもしれない。
しかしボロミアとて、言いたいことはある。

「ただでさえ、あなたは旅の途中であまり身だしなみに気を使われていなかったのだ。せめて王となった今こそ身綺麗にしていただきたい」
造りは悪くないのに、あのように貧相に見えていたのはわざと目立たないためにそうしていたからだとは知っているが、今はその必要はない。だったら是非小奇麗にしてもらって、王として皆に貫禄ある美丈夫であるところを見せてほしかった。
この方こそ我がゴンドールの王だと自慢したい気持ちだってある。
そう思うせいか、ボロミアの口調はついつい強くなった。

「だが、人に身体を洗われるというのはどうも気恥ずかしくて……な」

困ったように訴える王に『慣れてください』と言葉で言うのは簡単だったが、それでは今までと同じままだろう。ここは王の心情も考慮して、ボロミアは譲歩することにした。

「わかりました。他人にお世話されるのが嫌なら、まず私で慣れていただきましょう」
「ボロミア?」

戸惑う王をよそにタオルを手にしたボロミアは、さっさと石けんを泡立てて王の背中を擦りだした。

「ボロミア、なんだかくすぐったいのだが…」
「贅沢言わないでください」

自慢じゃないが、小さい頃は弟の世話をよくしていたのだ。下手ということはないと思う。

「しかし、なんだが私が知っている洗い方とは違う」
「あなたが知っている洗い方? そんなものがあるのですか?」
身体の洗い方など皆同じだと思っていたのでボロミアは戸惑った。
「ああそうだ。ここの者はみんな同じやり方なのだが、あまり我が儘を言うのも気が引けて、なかなか言い出せなかったのだ」
「そうだったのですか」

長く野に居た王には、皆の知らない知識がたくさんある。もしかしたら、これもそのひとつかもしれない。そう解釈して、できれば王の気に沿ってあげたいボロミアは、王にやり方を尋ねることにした。

「では、あなたの言うとおりにしますから、教えてください」

そう言うと、アラゴルンはなぜか一瞬固まって、それからもう一度いいのか?と確認してきた。
もちろんだと答えると、さっそく指示を出す。
だが、それが間違いだったと、ボロミアは後に後悔するのだ。





それからはカルチャーショックの連続だった。

「では、私の言うとおりにしてもらおう。まず、これは必要ない」

アラゴルンはボロミアの手からタオルを取り上げた。

「タオルがないと洗えないのですが…」
「いや、そなたの身体を使うのだ」
「は?」

―――――今、何と言われたのだろう?

ボロミアは首を傾げた。

―――――身体? 私の身体を使う?

「まず、この石けんをしっかりと泡立てる。それをそなたの胸にたっぷりと付けて、私の背中を擦るのだ。…どうされた、ボロミア? 何か分からないことがあるか?」
「………王よ…」

ボロミアは何と言って良いのかわからず沈黙した。
もしかして王はからかっているのだろうか?
いやいや、自分が世間知らずなだけかもしれない。
頭の隅で危険信号が点滅するがどう判断すればいいのかわからず、ボロミアはとりあえず言われたとおり、石けんを泡立てて胸に付けてみた。
それから、おずおずと王の背後に回り、その広い背中に胸をくっつける。
なんだかくすぐったい。

「さぁ、ゆっくり動いて」

促されて、ぴったりと付けたまま、前身を上下させた。

「ア…ッ」
「どうした?」
「い、いえ………っ」

とたんに出た声は、自分でも思いがけず卑猥に響いて、慌てて両手で口を押さえる。
胸の乳首が、上下に動かした時に擦れて、言い難い痺れが背中を走ったのだ。
思いもよらないことだった。膝の力まで抜けそうな、そんな痺れだった。
乳首がこんなに敏感だなんて知らなかった。
だが、そんなことははしたない声を上げた言い訳にもならないし、第一、王にも言えない。

「ボロミア?」

もう一度促されて、仕方なく続ける。
だが、一度擦れて敏感になったそこは、少しの刺激でも感じ取ってしまい、ボロミアは今にも崩れそうな腰を支えるのがやっとだった。
白い泡にまみれた小さな乳首は、自分で見るのも恥ずかしいくらい赤く染まって卑猥だ。
それを自分から王に擦り付けるなんて、まるでそこで自慰をしているようで、激しい羞恥に襲われた。

「…ふ…っ」

零れそうになる声を、噛み締める。でも、それも長くは続かなかった。

(どうしよう……)

ボロミアは困り果てた。
乳首はもう完全に立ってしまっている。
股間のモノも、今まで刺激で半立ち状態だ。
後ろめたさに駆られても、身体は刺激に正直だった。
ボロミアは何とかこれが王に知られないように、必死に唇を噛んで耐えた。
だが、それにも限界があった。

「ボロミア?」

背中越しに振動となって伝わる王の声にまで反応して、とうとうボロミアの膝はくず折れてしまった。

「どうした、具合が悪いのか?」
「い、いえ…ちが…」

心配そうに王が振り向く。だが、今こちらを向かれるのは非常にまずかった。
なにしろ今のボロミアの身体は、完全に欲情している状態だったからだ。
図らずもそうなってしまった自分を、王の目にさらすなど耐えられない。
しかし、王はやはり気がついてしまった。

「ボロミア。そんなに硬くならずともよい」
「し、しかし、私は王の望むことも満足にできず…」

それどころか、こんなことで反応してしまうとは、情けなくて涙が出る。

「そんなに泣くな。無理に頼んだ私の責任だ。お詫びに私がそなたを洗ってあげよう」
「そ、それは…っ」

遠慮をする間もなく、王はボロミアの後ろに回ると、さっきボロミアがしたように、いや、それとは少し違うやり方でその身体を洗い始めた。

「あ、ん、…んんっ、ア…ラゴルン…ッ」

背中にぴったりと張り付いた王が、後ろから回した両手で、ゆっくりと前身を擦る。
さっきまで王の背中に擦り付けられて立ち上がった乳首を、ことさら指でくるくると撫でられた。

「だめ、だめです、そこは…っ!」
「どうして? 敏感な場所は人間にとって大事なところだから、ちゃんと清潔にしなくてはいけない」
「でも…っ」

キュッと摘まれて反射的にビクビクと撓る身体が、消え入りたいくらい恥ずかしいのだ。
それに、そこを触られると、意識していないのに下腹に痺れが走って股間のモノまで反応してしまう。
それを見て、王がどう思っているのか想像するだけで、ボロミアは憤死する思いだった。

「も、やめ、やめてください…。お願いです…」
「だめだ。私のいうとおりにすると言ったのは嘘だったのか?」
「それは…っ」

嘘ではないが、こんなことになるとは思っていなかったのだというのは、言い訳だろうか。
やがて王の手は、完全に立ち上がった股間のモノにまで伸びてきた。

「おや、もしかして感じてしまったのかな? 私は洗っていただけなのにボロミアは本当に敏感だ」

ワザと卑猥な言葉で煽られているなど考えも及ばないボロミアは、自分の身体のことを言われることで勢いを増す自信にますますうろたえる。
洗っているだけで反応する身体だと言われ、事実そのとおりの状態に、ボロミアは羞恥で消え入る思いだった。

「そら、ここもしっかり洗ってあげよう」

王はどこか楽しそうな声で囁いて、ボロミアのモノを泡塗れにした。
そして、ゆっくりと全体を扱くように撫でまわす。

「あっ、く、くうう…んっ!」
 
もはやそれは完全に愛撫だった。
しかし、世間知らずなボロミアは、それでも王の思惑に気づかない。
それをいいことに、だんだんエスカレートした王の指は、やがてボロミアの後ろまでも侵略しようとした。
思ってもみないところに触れられて、羞恥心から拒絶するが、間に合わなかった。

「王…王よ、アラゴルン…、そこは、ああ……っ」

泡にまみれた指が触れる感触に、ボロミアの背中が悩ましく反る。
入り口を柔らかく撫でてほぐした後、指が一本奥まで侵入してきた。
そして、その指で中をうねるように弄りながら、王はボロミアの反応を楽しんだ。

「ボロミア、そんなに力を入れては洗えないではないか。ほら、食い閉めてはダメだ」
「や、あ、ああ・・・ん…っ」
「ボロミアの中は柔らかいな。そのくせ奥は私の指を絞るように締め付けてくるぞ」
「いや、ああ…言…うな…!」

やがて、指が一点を捕らえてぐるりと回転した。

「ア、アア…ッ!」

一瞬意識が飛ぶほどの強烈な感覚に襲われる。気がつくとボロミアの前は達してしまっていた。

「おやおや、もう一度一から洗い直しだな。こっちも、もっと奥まで洗ってあげよう」
「も、もう…赦して…」

後ろを弄られて射精までしてしまった事実に、ボロミアは打ちのめされた。
あまりの衝撃に息も絶え絶えに懇願するが、王はまだ放すつもりはないようだ。
力の抜けたボロミアの身体を抱えて湯船に入ると、もう一度後ろから抱きかかえる形で座り、さっき指を含ませた後穴に今度は自分自身を捻じ込んだ。

「あうっ、はっ、ああ…、あ―――……っ」

すっかり翻弄されたボロミアが解放されたのは、それから一時間後だった。
恥ずかしさと途方もない快感にさらされたボロミアに、王は満足げに告げた。

「これからは、ずっとそなたに湯浴みを手伝ってもらうとしよう。もちろん、私のやり方でな」
「そんな…」


ボロミアが王のやり方が、巷ではどういう風なものかを知ったのは、それから一ヵ月後のことだったとか…。









Fin.





えーと、欲情ではなくて浴場ですね(笑)。
いえ、わかってて付けたタイトルです。
けしてボケたわけではありませんよ。ご安心を。
野武士の王様ってば、ボロミアの世間知らずをいいことに
もうやりたい放題です。いい加減途中で気づけよ執政殿!
でもそんな鈍いボロミアが好きなので病は重いです。


さくら瑞樹著



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