たから湯


【2008.5.13】 
内部の写真へ続く
たから湯
埼玉県秩父市道生町6−17
0494-22-3079
14:00-20:00、月曜休、番台。

アクセス:西武池袋線の終点、西武秩父駅で降りたら駅の北側を秩父鉄道の御花畑駅のほうに進んで線路を渡る。駅の方には行かずに直進して信号を右折する。そのまま北上していくと秩父神社の参道に移行して秩父神社に行き着く。信号を左折、次の信号を右折して今度は国道を北上。次の路地を左折して坂を下った角の左側にある。駅から歩いたら15−20分ぐらい。最寄の駅は秩父鉄道の秩父駅で、ここからなら5分ぐらいか。

コメント:今日は仕事休みの日。というわけで
埼玉の銭湯巡り続行。遠い銭湯からということで残っていた秩父の銭湯を回る。どうせなら立ち寄り湯も一軒、と思ってリサーチ書けたら、西武秩父駅から2分のところにある鼓美音旅館(野坂町2−2−12)が立ち寄り湯OKとのことで行く気まんまんだったが、調べただけで行けなかった(今度は是非と思うが、しかし、温泉じゃないと思われるし値段も分からない)。

街巡りは憧憬が深くないけど
、秩父神社の参道は昔の建物の宝庫だった。特に小池煙草店の建物はかなりぐっときて、何枚も写真を撮ってしまった。 次に秩父札所めぐり13番の慈眼寺近傍のクラブ湯の建物を確認して撮影。秩父神社の参道に戻って、秩父神社をお参り。ここの彫刻って左甚五郎作だったんだ(日光東照宮の・・・)。定番の龍だの虎だの猿(見ざる言わざる聞かざる)に混じって、鯉の滝登りの彫刻が左右の側面にあるのに惹かれた(銭湯タイル絵のモチーフなだけに)。なんとその鯉の滝登りが描かれたお守りがあって、思わず購入(寄進?)。

その後は先にちょっと北上して
桜木町のさくら湯を見に行ってみたが、残念ながら取り壊されて更地になっていた。 古い酒屋の建物などを見ながら南に戻って、早速たから湯へ。つかささんのレポートで予習して気になっていたのが、看板の文字。どうしてもたから湯の「ら」しか読めない。で、結論を先に言うと万葉文字を使っているとの事。全部だと読めないから「ら」だけひらがなにしたと。「ら」は万葉文字では良と書くらしい。皆に聞かれてめんどくさいから全部ひらがなに書き換えようと思っているとも・・・。

たから湯の外観だが、ファザードは
看板建築のような四角いビル風の風情だが、後ろはしっかり木造のレトロ銭湯。天井の風穴がユニークで、外から見ると川越の火の見櫓のよう。玄関周りは緑と白のビニール庇がかかっているのだが、これが今となっては昭和レトロで妙にしっくりとマッチしている感じ。玄関を入るといきなり浴室まで見渡せて、裸のおじちゃんのお尻が見える(玄関のドア開けただけで)。男湯と女湯を間違えていたら大変なことになっているよ。左手に背の低い番台があっておばちゃんが鎮座している。秩父銭湯料金350円(埼玉は410円のはずだが・・・)を払って中へ。下足錠付きの下駄箱はわずかしかなく、玄関スペースに靴は残して中に入る。脱衣場には辛うじて右側にロッカーがあるのでそちらを使うことに(常連は乱れ籠)。男女境は鏡壁。アナログ体重計は壊れて外に出されていて、真新しいデジタル体重計あり。天井は低く、こじんまりとしたスペースで、東京の銭湯とはえらく雰囲気が違う。

洗い場へ。ここもえらい小さくてかわいらしい感じ。島カランが1列あるが、カランは3個(両脇壁も3個)。シャワーなどは壁際のみ。カラン周りや浴槽のタイルは昔ながらのもので、
かわいらしい四角い豆タイル。男女境は噂の摺りガラスで、女湯が透けそうかというとぜんぜんそんな感じではないな。そして、正面には嬉しいことに富士山のペンキ絵。エハラ尚栄堂、平成14年6月10日、伊豆と書いてある。ほっそりした繊細な感じの富士山で、なかなかいい。もちろん東京の絵師のタッチとは全然違う。西伊豆から遠くに富士山を望む風景だろうか。ヨットなども浮かんでいる。あと、天井がアリ地獄のようにすぼんで行く煙突状の風穴(これ呼び名があるのだろうね:付記、唐傘天井)。よく見ると細かい板を張り合わせてあって職人の巧みを感じる。とにかくほっとくつろげるようないい銭湯だ。

上がってから女将さんにいろいろ話を聞く。「さいたま湯めぐり2」を見て来た事をはなすと、「そんな本があるのですか、見せてください」と・・・。文章を読んで
昭和11年創業と書いてあるけど、昭和10年創業とのこと。昭和のだいぶ前に火事になって、洗い場あたりから後ろは脱衣場と比べると新しい建物らしい。火事でもペンキ絵は焼けなかったとの事で、そのときのペンキ絵の写真(今の前の前のものらしい)が飾ってある。 そういえば銭湯遺産とかいう写真集に出ているようで、知らなかったけれども本屋さんが教えてくれたと。

女将さん曰く、羊山の芝桜、今年はもう終ってしまったがきれいだから、来年もまた来てくださいねとおっしゃってくださった。そう言われると芝桜のときにまた来たくなった。 銭湯遺産見なおしたら、ペンキ絵は今と同じ、中も全然変わっていない。あの天井は唐傘天井というらしい。さくら湯と同じ建築様式と書いてあるが、残念ながらさくら湯はもうない 。

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