花キューピット 不動産融資
日経モバイル誕生号掲載(1997年)
1964年、東京・六本木で生まれる。家業は寿司屋。子供のころはよく出前を手伝った。「近くに円谷プロがあり、ここに行くのは好きでした」。ネットワーク上のトレードマーク「(V)o\o(V)」はバルタン星人から。
 モバイル・コンピューティング【注1】を実践するビジネスパーソンを「モバイラー」と呼ぼう。TVのコマーシャルには、ノートパソコンと携帯電話をつないで最新情報をゴリゴリ使って活躍をするビジネスパーソンが登場する。でも実際にそんなビジネスパーソンがいるんだろうか?
モバイルグッズはいろいろでているが、実際に使っているシーンを目にすることはあまりない。
この連載では、「こう使えたらいいな」ではなく、「本当に必要だから使っている」というビジネスパーソンの生の姿を描いていく。
ノートパソコンは、まだ重い。バッテリーのもちも悪いし、使い勝手もいいとは言えない。しかし多くのハンディがあっても、モバイルでパソコンを使うメリットがそれを上回れば、人はパソコンを持ち歩く。
では、そのメリットとはなんなのか?  なぜひとはモバイラーになるのか?

【注1】 モバイル・コンピューティング ここでは、移動しながらコンピューターを使うことと定義する。携帯電話とつないでリアルタイム情報を取る、といったことはモバイル・コンピューティングの一つの形にすぎず、移動型のコンピューターの使い方をしている人を広くモバイラーと呼ぶことにする。
文: わたなべぱこ
1960年、東京生まれ。フリーライター、コミュニケーションデザイナー。著書に「LANの本質」(BNN発売)、「図解&キーワードで読み解く通信業界」(かんき出版)などがある。paco@suizockanbunko.com
 写真: 鈴木理策

プレゼンテーション終了後にパソコンが生きる
 今回登場するのは、広告代理店 に勤める沼田洋一。33歳
(1997年当時)
仕事は「メディアプランナー」。沼田は営業とともに行動し、クライアントが真に求める広告効果を聞き出し、最適な媒体を提案することが仕事だ。
顧客へのプレゼンテーションは、通常はペーパーで行う。 「ひと口に女性誌といっても、雑誌によって読者がこれほど違う」 「公称発行部数は○○万部だが、実売はこれくらい」 「この雑誌は20代より30代が読者」 こういった情報を詰め込んだ提案書をつくり、 「それ故に御社の広告には、A誌とB誌に○○ページ分を出稿するのが最適です」 とプレゼンするわけだ。この資料をつくるには、会社のデスクにあるパソコンで、ExcelとPowerPointを使えばいい。しかしプレゼンは通常は紙の提案書を使うので特にノートパソコンを客先に持っていく必要はない。しかし彼のノートパソコンの出番はこの先にある。
いつもプレゼンの通り顧客が納得してくれるわけではない。 「B誌の代わりにC誌にしたらどうなるのか?」 そこで彼はバッグからパソコンを取り出すのだ。 「C誌の読者はB誌よりやや年齢が高く、首都圏より地方に強い媒体ですね。発行部数は同じですが、地域別の配本率を見てください。C誌の方が地方に厚く配本されています」 「御社の販売網は首都圏中心ですから、B誌の方がおすすめできます」 これが彼のやり方だ。
彼にとって、ノートパソコンは仕事の主役ではない。外出先で使わないですめばそれでいい。でももし用意した資料だけで足りなければ、顧客の質問に答えるには「持ち帰って、折り返し電話」になってしまうだろう。その場で的確に質問に答えられればそのぶん結論が早い。
「僕にとってはノートパソコンは持ち歩ける『脳の外部記憶装置』です。メディアプランニングに必要な膨大なデータをすべて覚えておくわけにはいかない。もちろん資料に全部入れても仕方がない。でもいざ必要になったとき、いつでも呼び出せる。だから僕はモバイルをやるんです」(沼田)。

雑誌の仕分け作業からパソコンを使いだした
 沼田は大学では社会学を学んだ。考古学にも興味があり発掘にも熱中した。社会学で広告を研究対象にしたこともあって、広告代理店に就職。特にパソコンに強いことをうかがわせる経歴ではない。
しかしもし彼の経歴から「パソコン」につながる部分を取り出すとすれば考古学だ。「考古学は説得の学問」と彼はいう。出土するのは過去のほんの断片。それを、出土した場所、ほかの遺跡から出た類似の出土品との比較など、膨大なデータを使って自分なりの仮説をつくる。そしてデータが仮説を裏付けるものとして説得力を持てば、学説として認められるのだ。データによる説得という方法を、彼は発掘から学んだ。  就職して最初の配属先は雑誌部。とはいえ仕事は「雑誌の荷ほどきと仕分け」だった。広告代理店には出版社から大量の雑誌が届く。広告を掲載した企業に届けてもらうためだ。沼田の仕事は雑誌の束をほどき、自社で営業した広告リストにあわせて雑誌を営業担当者別に分け、届けることだった。
リストは営業担当者がクライアント別に書いたもの。雑誌の束は出版社別。これではA誌が10冊送られてきても、だれとだれに渡せばいいのかを調べるのに伝票を何枚もめくらなければならない。そこで彼はこの情報を整理することを思いついた。当時の道具はワープロ専用機。広告契約ができたものから順に、出版社、雑誌名、営業担当者名、クライアント名を入れていく。このデータをカット&ペーストで整理すれば(当時はまだ表計算ソフトではなく、データの並べ替えも自分でやった)、雑誌ごとにどの営業担当者に配ればいいか、一目瞭然だからだ。ついでに、雑誌がいつ発売になるかのデータも追加した。これで今日はどの雑誌の束が届くか、あらかじめ知ることができ、作業の段取りがつけやすいのだ。
これが彼の情報化との取り組みのはじめだった。
後に、彼は「データベースソフト」の存在を知る。今やっていることはデータベースを使えばもっと簡単にできるじゃないか。そこで、沼田は上司に相談して申請を出し、PC-9801とデータベースソフトの「桐」を買ってもらって、独学で覚えていった。昼間は仕分けに追われ、夜はパソコンを覚えるという日々が続いた。このころ彼が作り上げた雑誌についての基礎データは、今はExcelにコンバートされ、雑誌部で使われているという。しかし彼にとって大事なことは、この期間に覚えたことがいまの彼の情報リテラシー【注2】に大きく貢献しているという事実だ。
仕分けという単純作業を楽にするために、沼田はパソコンを使いだした。情報化によって仕事を楽にしようと考えた。しかし、実際にはワープロやパソコンを覚えるのにかえって必要以上の時間がかかってしまったに違いない。だがその結果、彼は単純作業の中から、広告代理店ビジネスの基本的な構造を学び、またそれを明確なデータとして知ることができた。単純作業をそれだけで終わらせなかった。

【注2】

情報リテラシー リテラシーは「識字率」のこと。転じて文字を理解する能力という意味。現在では、情報を扱う新しいメディアとしてコンピューターが前面にでてきたことから、「情報リテラシー」はコンピューターで情報を扱う能力の意味で使われる。

データを生かす能力がモバイルの必然性を生む
 今、彼はより高度な仕事に就く年齢になった。
広告はナマモノだ。広告の効果は、出してみるまでわからない。たとえば「この番組は視聴率15%はとれるでしょう」(当然ながら、彼がプランニングするメディアにはテレビもラジオも新聞も含まれる)、とプレゼンしたとする。でも番組が終了してみれば、視聴率は5%かもしれないのだ。そんなとき、彼はクライアントから怒られる。「違ったじゃないか!!」。
あなたなら、なんと答えますか?「やってみないとわからないのが視聴率ですから……」という?
彼は基本的に、いいわけはしない。まずきちんと謝る。そしてなぜデータがずれたのかを分析する。たとえばビデオリサーチのデータを使う。裏番組が視聴率を取ったのなら、その理由は何か。全世帯視聴率で平均で5%だったとしても、クライアントがメインターゲットにしている20代の女性に限ってみれば、目標に近い13%の視聴率であることがわかるかもしれない。そしてその分析を次のプレゼンテーションに応用する。
「これまでの平均視聴率は10%でも、裏に野球があるときは8%になる。6月の放送では野球がつぶれる確率は40%だから……。40代男性では野球中継を選ぶ層は……。」 こうして、彼のハードディスクはExcelファイルで埋まっていく【注3】。そしてプレゼンには直接必要はないが、「いざ」というとき役に立つデータを持って、今日も彼はクライアントを訪問する。
彼にとって、ノートパソコンは、自分の論理を説明するためのデータの倉庫であり、自分の説明に自信を持つための「お守り」でもある。(本文中敬称略)

【注3】

Excelファイル 沼田さんのつくったExcelファイルで最大のものはなんと40MB。CMが流された時の放送局・時間・視聴率などが記録されたデータだ。元のデータはビデオリサーチから。CM1本で1行なので、ブランド数と期間によっては、何万行にもなるうえ、自分で計算式を入れたり、ピボットテーブルを使うのでこの大きさになる。ただ、このファイルはデスクトップだけにしか入れていない。


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