「和がらし」のお話



 皆さんは、日頃おでんや納豆に付けて食べている「黄色いからし」は、タダで付いてくる サービス品と思ってはいません
か?。 「タダでないのなら、なくても良いや!」という声も聞こえてきそうな商品です が、「からし」で生活している人
も居るし、「からし」って、そうなの知らなかった、という声も聞こえてきそうな、そんな 「からし」のお話を致します。
 「からし」は英名でマスタード(Mustard)といいます。 「からし」は菜の花と同じア ブラナ科の植物で、種子は1ミリ
ほどの球形のものです。 この種子を昔は芥子(ガイシ)と言って、これを医薬品に分類して おり、リュウマチや神経痛の治
療薬としていたのです。

 現在のわが国では、この種子を「粉のからし」にするか、または、「ペースト状の練りか らし」に加工して食用として使
用しており、主におでんや納豆に付けて食べるか、あるいは、からし味噌の原料などにして います。

 からし菜の種子には、約40%もの油分が含まれて居ますので、種子をつぶしただけでは からし菜類は粉末にはならない
のです。種子をつぶした後で油分を搾り取り、油分15%くらいのケーキ状に加工して、そ の後製粉してから粉末にします。
日本ではこの絞った実の方を食用に使いますが、バングラデシュでは絞った油分の方を食用 にします。

 「粉からし」は使用直前に水で溶いて使うので、必要量だけ溶くようにすれば、揮発性で 消失しやすい辛味成分が新鮮な
うちに使えて、辛味も風味も良いし美味しく食べられます。 しかし「粉末からし」は水に 溶く手間がかかることや、溶い
てから数分待たないと辛味が発揮されないなど、使用上の不便さがあります。

 「練りからし」は、すりつぶした種子や「粉からし」に水を加えて練ったものです。 練 ると辛味成分が消失しやすいの
で、「練りからし」には食塩と食酢を加えて、植物油で辛味成分の飛散を抑えており、チュ ーブ入りの商品になったものが
大半です。 辛味と美味しさにやや難点がありますが、手軽に使える便利さがあります。


 マスタードは、「からし菜の種子」の仲間で大きく分けると、オリエンタルマスタード (和からし)、ブラックマスター
ド(黒からし)、イエローマスタード(白からし)に分類されます。 オリエンタルマスタード は辛味が強く、日本では昔からお
でんや納豆やとんかつなどの和食料理や中華料理に使われてきたからしです。 イエローマ スタードはマイルドな辛味の品
種で、ヨーロッパで肉料理のソースに溶いて使われることが多く、日本ではサンドイッチ、 ドレッシング、ホットドックな
ど主に洋食系の隠し味に使われている品種です。 ブラックマスタードやブラウンマスター ドは日本ではほとんど使われて
いません。
   

   

 
 オリエンタルマスタードは「和からし」と呼ばれている通り、かつては日本人が日本国内 で栽培し、昔から日本人が使っ
ていた「からし菜の種子」なのです。 この「和からし」の種子は、昔は当然国内で栽培さ れていましたが、現在では日本
の生産コストの上昇面などから、そのほぼ総てがカナダで栽培されているのが現状です。  したがって、最近はカナダから
の輸入品が100%となり、国内生産はほぼゼロとなっています。
 
 わが国の「からし種子」の年間必要量は種子で11,000トンほどです。 全量をカナ ダから輸入しており、その内、
辛味の強いオリエンタルマスタードと呼ばれている「和からしの種子」が75%くらいで す。後年外国から渡来して来た
「白からし」と呼んでいるイエローマスタードが20%くらいです。ブラウンマスタードが わずかに輸入されています。

 カナダの国土は、99,847万ha、(日本は3,779万ha) で、カナダ国の面積は日本の26倍あ ります。 農用地は、2007
年の統計で6,770万haあり、日本の465万haの15倍はあります。 しかし、農業人口は35 万人ですから、日本の346万人に
対し、10%位しか居りません。 農業従事者一人当たりの農用地はカナダの193haに対し日 本は1.3haです。 ですから
農民一人当たり約150倍の農用地がカナダにはあることになります。 このカナダでの主 要農産物は、年間収穫量が小麦
2,700万トン、大麦1,200万トン、トウモロコシ1,000万トン、なたね900万トン、馬鈴薯500 万トン、大豆350万トンなどです。     (2008年度統計)

 このカナダでの、農産物年間収穫量約7,000万トンのうち、なたねは900万トンですか ら、なたねは13%ほど作られて
おりほとんどが菜種油ことになります。 しかし、なたねの一部であるからし菜の種子の全 収穫量は、年間わずかに16万
トンですから、からし菜の種はカナダの農産物の0.23%の収量でしかないと言えます。 だ からからし菜の種はほんの一部
の農家が耕作している農産物といえるのです。 

 さらに言えば、カナダの、このからし菜の種子の全収穫量16万トンの内の、日本人が必 要としているオリエンタルマス
タード(和からし)は、日本への8,000トンとバングラデシュへの10,000トンの合計1万8,000 トンがあれば、他の国ではほとん
ど使われていない種子なので、2万トンで世界の需要を満たしている品種なのです。 カナ ダの農作物7,000万トンのうちの
2万トンがあれば「和がらし」は市場を満たすのです。 日本はマスタード種子から油を除 いたケーキの部分を使い、バング
ラデシュではケーキ部分は使わないで、辛い油の部分を食用油として使用すると言うことは 先にも述べました。 他の国の人
々はこんな辛味の強いオリエンタルマスタードは好まず、マイルドな辛味の品種を好んでい るのです。

 カナダで収穫するからし種子16万トン(イエロー種が殆ど)の輸出先は、南北アメリカ 58,000トン(41%)、ヨーロッパ
51,000トン(36%)、中東・アフリカ14,000トン(10%)、アジア13,000トン(9%)、その 他4,000トンです。 カナダ国内
での消費量が20,000トンほどです。 日本のからし種子(和がらしが殆ど)の必要量は年間 11,000トンですから、カナダのか
らしの生産量の6%があれば、日本人への需要は満たされているのです。

 日本へのからし種子輸入11,000トンのうち、オリエンタルマスタードが75%、8,000トン くらいであると書きました。その
生産の総てをカナダに依存しているのですが、カナダから見ればバングラデシュと日本のた めにのみオリエンタルマスタード
は作っているようなものであり、トウモロコシや大豆のように、いつでも誰にでも自由に売 買できる市場は無い、作りたくな
い農産物と言うことになります。日本とバングラデシュ向けの和からしは、カナダでのなた ね種子の生産量900万トンの0.2
%位の量ですから、農家にしてみれば ”前金をもらって契約栽培とするのでなければ、売 りたいときに売れない作物を作る
のは嫌だ。” という話になるのです。 作ってくださいとお願いしても、マスタードは種 子が小さく1haあたりの収穫量は
なたね種子の半分くらいですから、トン当たり単価は当然、なたねの2倍欲しいということ にもなります。 秋10月に収穫
するからし菜の種まきは5月です。 農家の人たちは2月には、今年何を作るかを考えま す。 その人たちに、オリエンタル
マスタードの作付けを頼まなければ誰も作ろうとはしません。 商社の人が収穫品を全量引 き取ることや、前金で代金を支払
うことなどを約束して契約をするのが2月です。 この農家と交渉をする商社がカナダで1 社になってしまいました。 日本
のからし製造業者は、組合を作り(組合加入は現在17社)、組合が取りまとめたからし種 の総必要量を、このカナダの商社に
発注しています。 したがって、国内のすべてのからし会社が同じような価格で種子を購入 する結果になります。 しかも、
10月の収穫品を、作付け前の2月に購入契約するということになるのです。

 2007年夏から原油価格の高騰が始まり、バイオ燃料に使うトウモロコシが高騰。つれて 大豆・小麦・なたね等の穀物価格
が高騰したことはご承知の通りです。 2007年3月の契約時には大豆、小麦などの穀物価 格はまだ高騰していなくて、から
し種子の価格は650ドルくらいでした。(日本で引き取るまでの船運賃・国内商社手数料・ 倉庫保管料。国内運賃等が別に
掛かります)
 2008年春には原油価格は2倍以上になっていました。穀物価格も連れて2倍以上に高騰 していました。 農家の人たちは
年間を通じていつでも売買できる市場性のある小麦やなたねを作ったほうが良いと思うし、 穀物市場で高騰しているトウモ
ロコシなどの穀物価格等を参考にして、秋の収穫の頃には、穀物価格がもっと上がるかも知 れないと思う人もいたでしょう。

 年産900万トンのなたね農家に、日本のからし業者が商社の窓口を1本化して、全量を一 括発注しましたが8,000トン(な
たねの0.1%)しかありません。 日本向とバングラデシュにしか売れない、オリエンタル マスタードを作ってくれと頼むの
ですから価格は高騰します。 オリエンタルマスタードの種子はなたね種子の半分くらいの 大きさですから、オリエンタル
マスタードを作れば反収は半分になります。 だから価格はなたねの予想価格の倍額でない と作りたくありません。 そん
な思惑も含めて、2008年3月の契約時にはオリエンタルマスタードの契約価格は1,550ドル に跳ね上がりました。 1年で
2倍半になりました。 農家の人の耕作原価がそんなに上がったわけではなくて、なたねを 作ったらなんぼになると言う話
です。 だから、「和がらし」はいくらで無いと作るのは嫌だという計算ですから、カナダ の農家は丸儲けです。

 2009年2月の原油価格は30%下降しており、穀物価格も3割ほど下がりました。 で すが、カナダの農家は小麦やトウ
モロコシの増産をしたので、マスタードの収穫は11万トンに減ってしまいました。 当然 マスタード価格は品薄で高値です。
2009年10月に収穫するオリエンタルマスタードの、2009年2月に行った契約価格は1,030ド ルに落ち着きました。

 もともと日本にあった和がらし(オリエンタルマスタード)は、日本とバングラデシュで しか必要がなくて、そのすべて
を外国で作ってもらい、それを日本中の業者が窓口を1本化して、一括発注しても、それで も和がらしの種子は、先方の言
い値で買わされて居る時代なのです。 国内で作るとなると、もっともっと高くなります。
 和がらしの原料の種が3倍の価格になっても、国内のからし業者は製品の売価の値上げが 出来なくて、それを食べている
人はタダでついてくる添付品と考えている。 こんな食品がほかにありますでしょうか?。  
カナダの農家が種子を作るのを辞めるといえば、日本人は「和がらし」が食べられないので すが、だったらマスタードなん
か要らない、という声も聞こえて来そうな話しなのです。
 「和がらし」の値上げをすると言えば、納豆屋さんは価格への吸収が出来ないでしょう し、このままだと「からし製造業
者」は無くなります。「和がらし」も「昔の人が食べていたらしいよ」と言われるスパイス になるのでしょうか?。 



   参考文献
       日本からし協同組合編    「からしQ&A」
       農林水産省2009/05発表  「カナダの農林水産業概況」   



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