中国の香辛料視察・その2

                                             { 写真は私のカメラで撮影した プライベート写真です }     河野 善福


   訪問地   中国  青島(QINGDAO) 臨沂(LINYI) こう州(JIAOZHOU) (こうは月へんに 交と書く、昔は膠州と書いた)
   日 時   平成20年10月8日(水)〜11日(土)


【10月8日】
 成田JAL783 9時35分発  青島流亭机場 11時50分着(日本時間:12時50分)
   
                   青島流亭空港                                          北京オリンピック・モニュメント
 青島は、中国東部の山東省の一部で、山東半島の南端に位置します。東は黄海に面し、西 は膠州湾に面する経済活力のある湾岸貿易都市です。人口731万人、総面積は東京都2.187k uの約5倍、11.026kuもある大きな市です。青島市は7つの区に分かれており、この市街 に272万人が住んでいます。他に青島市は膠州市や膠南市など5つの市を直轄しています。
 青島市は2008年の第29回オリンピックのヨット競技開催の海浜都市でもあります。風光 明媚で四季がはっきりしている気候も良い街です。韓国からは一時間で来られますので、韓 国のお金持ちはこの青島に別荘を持ちます。海水浴場も綺麗な砂浜がたくさんありますの で、夏はハワイより手軽で美味しいものが安く食べられると、韓国人は言います。
 青島は、道教の発祥地と言われており、歴史文化的にも優れた町です。 清朝末期には青 島は既に繁栄した町になっており、膠澳とよばれていたようです。19世紀の終わり頃には ヨーロッパの各国が競ってアジアを植民地化していましたが、1891年にドイツが宣教師の 暗殺事件を口実に、軍隊を派兵し青島を占領しました。
 1914年に第1次世界大戦が始まり、日本が日独戦争に勝ってここを占領し軍事殖民統治 を行いました。 中国は1922年にここを取り返し北洋政府の直属として青島市に改称した のです。 1938年に日本の大陸侵攻で再び日本軍が占領しますが、1945年日本の敗戦で国 民党政府が青島を接収解放したのです。
 ドイツ人の占領時代は、旧市街と呼ばれる半島の先端方面が市街でしたので、この旧市街 にはヨーロッパ風の建物や遺跡が残っています。中山公園、動物園、海水浴場などが有りま すが交通は不便なところです。
 新しい町の中心は、香港中路と呼ばれるオフイス街で、銀行などのビルが立ち並んでいま す。マイカル、ジャスコなどもここにあります。すぐそばが今回のオリンピック会場となっ た海です。近くに龍山地下商業街と言うところがあります。昔の地下防空壕を利用して、お もに、衣料品や土産物を扱う商店が300軒余り有ります。ここでは必ず値切って買い物をす ることといわれました。 その東側に香港花園と呼ばれる飲食街があります。 日本料理の 店も多いのですが、生きたままの魚を自分で選んで料理してもらい、その場で食べる海鮮料 理が青島の一番美味しい料理でしょう。

 青島空港は青島流亭机場と言い、2007年12月に拡張して2倍になったところです。これ までは、国内線と国際線が1つターミナルに同居していましたが、とても広い空港になりま した。
 山東省物産迸出口公司で、物博食品有限公司の臧(ZANG)貫章氏が迎えに来てくださ り、以降の案内、通訳をしていただいた。

 直ちに臨沂市に向かった。 13時10分出発、
    
               高速道路から見える畑と山                                          一般道路(国道) とポプラの並木
臨沂市は人口1.008万人。 山東省の東南部に位置し、青島からは南西部に約300kmのとこ ろに ある。3つの区と9つの県に分けられていて、山東省内では最大の行政区画街です。  臨沂(リンイ ー)の臨は臨むという意味で、沂は河という意味です。河のそばにあると いう意味になります。大き い河が有り黄海までつながっています。100dクラスの船が5〜6 艘河岸に停泊していました。日照 (リーチャオ)・嵐山・連雲(リエンユン)という大き い港町まで100km程という恵まれた位置にありま す。 この街は2.400年の歴史のある古 い町で、政治家、軍事家として有名な諸葛孔明の故郷で す。 また、書聖の王羲之、唐代 の書道の革新者顔真卿の生誕地でもあります。韓代の墓竹簡「孫 子兵法」もここで出土し たものです。それらを記念した書法の彫刻や石碑が街のいたるところに有り ます。


 
          書聖・王羲之の住居だったものを現在は公園にしているそうです                      写真提供: 臧 貫章氏

  現在の臨沂は中国で一番大きな卸売り市場を持っており、農産物としてはニンニク、生 姜、唐辛子、銀杏、栗、牛蒡、大根、落花生の生産地として有名です。
 臨沂に行く高速道路はかなり整備されていて、殆どの高速道路は広軌道の片側4車線で速 度制限は110kmの表示がありました。 車は右側通行で有るから、追い越しをする時は左端 のセンターライン側の高速路を通行するのですが、ここを直進する時は、右隣の普通速度の レーンを走る車に近づくと、右側の車が真っ直ぐ走っているのに、左に来ないように誰もが 合図のクラクションを必ず2〜3度は鳴らすのです。(高速道路にクラクション禁止の標識 があるのを見た) だから高速で走ると、120km位の速度で走るので殆ど鳴らしっぱなし の状態で直進の追い越しをする。 前が混んでいると、いきなり4車線の右端車線まで行っ て追い越しもする。
途中は広大な農地に農家がたまに見えるだけ。 中国の高速道路は片側4車線の両方で8車 線ですが、何処で見てもセンターラインにはコンクリート製のブロックが置いてあるだけ、 聞くところによると戦争になったときブロックを片付けて、ここを飛行機の滑走路に使える ようにしているのだそうだ。したがって高速道路のあたりには電線が横切っているなんてと ころは一つも無い。
 青島から270kmの高速道路を約二時間半走って、降りたのが15時40分頃。
 ここからホテルまで一般道路(殆んど信号の無い3車線道路)を70km程、約一時間走っ た。 3車線の一般道路は、何処までも続くような直線道路で15mおき位にポプラの木が 植えられている。 道路もポプラも真っ直ぐだから気持ちが良い。 2km位の間隔でポプ ラ並木が直角に真横に並んでいるところがある。 その2km位先には高速道路と平行して ポプラ並木が見える。 ポプラ並木に沿って横に入れる道がある場合もあるが、道がない場 合も有るので、防風林か畑の境界を示す植樹のようにも見える。 信号機は2・3あっただ け。交差する道路も少なく耕運機もトラクターも収穫物の荷物を満載して、人も乗せてノロ ノロ運転をしている。たまに前から来る車がセンターラインを越えて迫ってくるが、遠くに 見える時はセンターラインを超えているというのが分からない。お互いにスピードを出して いるのであっという間に直前まで来て驚くが、越えているほうがラインの内側に戻ることを 確信して運転している。
市の中心部にある陶然居大酒店(ホテル)に午後5時前に入った。
 臨沂市は大きい川の流域で水に恵まれ、農産物の産地として、古くから栄えた街である。 市内に入ると街は大きな町で人口も多いが、自転車やバイクは昔のようには見られない。 人々は道幅60m位の信号機の無い道路を悠然と歩いて横切る。決して走らない。しかし車は 古いものが多く、小型の三輪車を改造した乗り合いタクシーや、農産物を満載した廃車寸前 の三輪貨物車とかトラクターが郊外だけでなく街の中も行き来している。
    

    
                    市の中心部にある駅前の交差点も、三輪タクシーが広場の前でのんび り人待ちしている


   陶然居大酒店ホテルでの夜食は、やや辛いものが多かった。
                                                                ( すべて自分たちのグループが 食べ私が撮影した料理です )
    
            参加者と夕食                                  キムチ                                   ピータン
    
              揚げピーナッツ                              ホタテ貝                              エビ入り木クラゲ
     
             エリンギ煮                                アスパラガス                              豚肉 煮物



【10月9日】
 朝9時、ホテルを出て訪問した工場は臨沂市にある食品会社で、ガーリック(大蒜)、シ ョーガ(生姜)、カットわかめ、千切大根、などを主に加工している工場。従業員は350 人、内女性200人。
加工量は年間で、ガーリック=日本向け500t・他国向け700t。わかめ=200t、千切大根 =300t、ショーガ=150t位、
   
               工場                                臧氏、同行者                                工場長ほか

    [ ガーリックに関して ]
*ガーリックは乾燥するとすべて白くなる。収穫後日数が経って青い芽が出たものも白くな る。 しかし、粉末にしたものを水で戻すと青くなるので不良品となる。
*ガーリックは今、旧物を乾燥・選別をして居るが、フレークにするのは冬場の乾燥期に行 う。
*ガーリックの生産地はアンキョウが多く、加工は臨沂で行っている。
*ガーリックのスライス品のサイズは、ほぼ例年通りである。
*日本は品質要求が厳しい、品質の悪いものは欧米に出しているので、欧米向け出荷が多く なった。米国が一番厳しくない。
*昨年はガーリックの作付けが少なかった。加工する工場も排水処理が厳しくなり少なくな ったので、価格はアップする。作柄は良く、収穫はまもなく始まる。 ここのガーリックフ レークは、農家から登録基地で栽培した物を生で買って、加工を行うのでトレーサビリティ ーも完全に行えるし、CIQ許可も下りる。
*この地域にCIQ工場が22〜3ある。排水処理装置の新設には120万元位かかるので、小さい 業者は一つの水槽に何軒かが集まって共同で排水処理設備を作っている。郷(田舎)に小さ い業者は300位ある。臨沂にも50位の小さい加工メーカーがある。
*現在は昨年物の塩蔵わかめの加工中であるが、これが終わり次第ガーリック新物の加工に 入る。
*臨沂あたりの農地に、ガーリックフレークの作付けは2万トンある。加工工場も多いが日 本向けの物は小工場では数値クリアーが出来ない。
*日本向けの物(スライス品)は、検査が厳しいし。今年は雨が多かったのでホールで出せ るものが少なく、スライス向けが多くなる。選別は人工作業で二回行うので良品である。 
    
               製品、わかめ・ガーリック                         選別作業                              不良品の選別
    
             塩蔵わかめの戻し                          乾燥ガーリック                          中東向けガーリック詰合


*わかめは、大連から生の塩蔵品で入荷する、水洗い後にサイズカットをし、乾燥機で約6 時間乾燥して製品にする。米国向けはカール品が多く、値段も高い。
乾燥後小袋にしてL=15×15、M=10×10、S=5×5、で出荷している。


 臨沂の唐辛子は、天鷹に似て少し長い、辛味も強い品種で山東省の人は良く食べる。四川 のものとは少し違う。
最近の中国は就職難で、大学を出ても就職できないものが多く、しばらく無料勤務をしてか ら採用されるケースが多々見られる。現在大卒の月額給与は2500元(日本円:38.000円 位)。

  昼食には近くにある民族レストランに行った。             ( すべて自分たち のグループが食べ私が撮影した料理です )
    
          店内のセンター広場                          地鶏の唐辛子炒め                        さつまイモ・栗・里芋・トーモロコシ
    
               肉団子のスープ                           豚の腎臓                                      白菜の炒め物
    
            トーモロコシ・アワの煎餅                          肉と白菜の炒め物     

 13時.30分出発して、青島の宿に向かった。 この臨沂の近くには温泉があり、中国人も 湯に浸かると言う。一般の家庭には湯に浸かる風呂は無いが、銭湯的な共同浴場があるのだ と臧氏が言っていた。
中国はガソリン価格を据え置いて、今もハイオクでリットル90元である。その代わり一般道 路でも有料のところを作った。高速道路は安く300km走って100元(1500円)。中国人は 暗くなっても車のライトを点けない。前車のナンバープレートが読めなくなってもまだ点け ない。もちろん街灯は無い、車が居ることははっきり分かるから別に困ら無いみたい。住宅 も昼間は絶対に室内電気を点けない。人の顔が20m先で判別できない位になってやっと電気 が点いた。どこの道路もセンターラインは引いてあるが、前から平気で反対車線を飛ばして くるし、人は自由に横断する。
    
              田舎の道と民家                           収穫物満載の車                            まだ三輪車が多い
    
         こんな車もまだ健在                          商店は道路から離れて並 ぶ                   農村の住宅

青島の海鮮レストラン  (夜食)                   ( すべて自分たちのグ ループが食べ私が撮影した料理です )
    

    

   
  
   青島 麗晶大酒店 (GRAND REGENCY HOTEL) 宿泊



【10月10日】
 朝、10時ホテルで、食品会社の薫事長と商談。
    
              ホテルの窓から見た青島市街                                           食品会社の皆さんと
[ 薫事長の話 ]
 中国の毒ミルク事件以降、食品管理局から輸出許可が下りなくなった。 グルタミンソー ダーが韓国で使用禁止になっているのは、身体に悪いということが各国で証明されたため で、韓国では、現地の食品会社が、数種類の天然食品を組み合わせた調味料を作っている。  高級品として売られているので人気もある。消費者は高くても良いものを食べるようにな った。 (高級アミノ酸)

 通訳の鄭氏は"男性は女性のショッピングをして、女性は本物のショッピングをする"と言 って笑わせた。


 青島こう州市(JIAOZHOU)にある、食品会社に向かった。膠州市は青島直轄5市の一つで人 口78万人。東京都の半分くらいの面積の農村地帯です。膠州湾の北西に位置し、湾の東側に ある青島市からは、高速道路で北上した後で西に向かうことになる。 途中に大河を渡る永 い橋があり、そのあたりの低地にはエビの養殖池が何処までも続いて創られている。 この 方面には山はいくら走っても見えないで、どこまでも平野にトーモロコシ畑が続く。ポプラ 並木で仕切られた広大な農地に何処まで走っても一面トウモロコシだけ、いったいこれだけ あるトウモロコシは何に使われるのか?。飼料か?、人間の食用か?。とにかく果てしなく 植えている。収穫が終わった後の畑には、実を取った後の枯れた茎や葉が整然と、北海道の 牧草のように山積みされている。 これは肥料か?、と思って聞いたら、冬の暖房用だそう だ。考えてみると、木はポプラのほかには殆ど無い。家もレンガを積み上げて屋根にはセメ ント瓦を載せるだけ、ポプラはベニヤ板に加工されるそうだ。
 午後2時頃こう州の工場に着いた。 今年は唐辛子の色もカプサイシン値も良いと言う。 商談の後畑に行く事になったが、唐辛子畑まではさらに40分くらい走った。
   
                   益都                                                      新彊
 新彊物は安い労働力を狙った韓国の資本家と、民主化を図ろうとしたが金の無いウズベキ スタン政府が手を組んで始めた、ウズベキスタンでの唐辛子栽培が思わしくなく、撤退した 後に新たに栽培地として取り組んだ地域です。新彊の金塔地区は寒いから虫は居ない。消毒 がいらないから有機栽培が出来る。したがって、トレースも取れる。辛味が強くなく韓国フ レーバーのような品である。価格もそんなに高くない。と言うことでした。


 
                     農村風景                                               農村風景  犬は放し飼い
      
                唐辛 子畑の全景                            唐辛子の花                                益都の収穫前
     
           道路でトウモロコシを乾燥                          3車線の一般道路                     トウモロコシの乾燥
 
 こう州市猪城区のこの辺りは、会社から50kmほど離れたところで、収穫したものは路 上に干しているし、犬が遊んでいるが首輪のあるものは1匹も居ない。鶏も20羽ほどが勝 手に道路で遊んでいる。牛も親子の放し飼いが道路にも畑にも居た。 3車線の一般道路に 出ると運転手が無茶苦茶の走行で、反対車線も平気で走るし、右に左に車線変更をして走っ て追い越し・割り込みを繰り返した。6時過ぎに青島市内に着いたが、今度は街の中が大渋 滞で動かなくなった。市内には電車も地下鉄もなく、市民の足はバスで、市内は3車線の外 側に緑地帯を作って、バスの専用通路としているが、その道のバスも動かない状態です。自 転車やバイクはこの街では殆ど見ることが出来なかった。



 夕食を新しく出来た海鮮料理点で、ご馳走になった。        ( すべて自分たちのグループ が食べ私が撮影した料理です )
   
                                                                  生姜で作った飾り物  
  
                      エビの刺身                             上海蟹
  

  【10月11日】
 中国の沿岸部と農村の生活は、一つの国とは思えないほどの生活格差があります。農村部 では広大な土地を何処までも開墾し、人々は何処に住んでいて、どうやってこの畑に来るの だろうか、と考え込むほど広い土地を畑にしています。トウモロコシ畑もポプラの並木が区 切り線を見せなかったら、どこまで行っても切れ目無く続きます。本当にトウモロコシっ て、こんなにたくさん必要なのだろうか、と思います。 人家など何処にも見えない国道の バス停に、老人が何時来るかも分からない客を待って、三輪タクシーでタバコを吸っていま す。畑で使う耕運機に、2tトラックにも乗らないほどの収穫物を載せて、その上に人が乗 ってすれ違います。
  
                                                                         発展する市街
   
                                                                自転車やバイクはこのあたりでは見られない
 
                 北京オリンピックの広告・モニュメント (中国のオリンピック・パラリンピックはま だ終わっていない?)

 13時出発予定の飛行機が、着陸時にエンジンに鳥を吸い込んだということで整備し、1 4時30分の登乗予定時間もさらに遅れて、15時登乗開始。成田着が遅れました。