HakuTouGin

年來自分が考へた叉自分が多少實行し來りたる處世の方針は何處へ行つた。前後を切斷せよ、妄りに過去に執着する勿れ、徒らに將來に望を屬する勿れ、滿身の力を込めて現在に働けというのが乃公の主義なのである。                      「倫敦消息」

2007/11/28

雑記

今深夜1230で明日午後二時までにルイスの1968とカプランのエアラインと生徒のレポート少なくとも4つ読まなければならないのでもうむりぽ?なので?ちょっと逃避で.
新しい雑誌できたらしい.
http://semantics-online.org/2007/11/sp-open-for-submissions

あと最新のmind の巻頭の
john collins の論文.変り種で言語哲学の人は必読だと思います.10年後に読まれるような傑作ではぜんぜんないですが,僕の予想ではほぼ言ってることは正しいです.
統語論に頼ることがどれほど経験的なことか僕がどれほど卒論で口をすっぱく(ry

あとしかしなんだか無駄な統語論の知識のひけらかしがあるように思いました.コリンズが言う結論を導く
ために不必要な事柄が散々のべられているような...

2007/11/19

日記

課プラン,クリプキ,キングなど.課プランのオパシティは激むずい. 明日の授業を頼ることにする.

すたんりーの言語哲学サーベイ論文を見直していたが,あれは,大学院一年生が「最低限」しっておくように,というつもりらしい.誰がしってるかい,と思ったが,しらないに越したことはない.僕は特にconditionalsに関してほとんど何もしりませんでした.

見返してやる,目に物見せてやる,といった邪悪な動機がものをいうときもあると思います.勝ち負けでものごとを語ったりね.ダークサイドに落ちすぎないように気をつけつつ,力がほしいか,じゃばうぉっく,とは懐かしいでしょう僕の同世代の人は.
もう今年でコースワークも全部終わらしてやろうかと.できない気がしない.脅威の四年博士も夢ではない.
正月は実家に帰らないで博論を書き出したいと思います.
俺のドリルはまだ折れないのです.

2007/11/14

昔話02

ちまちまと,ランダムに,書いていきたい.読み返すとひどい文章に面くらい,これでも小説家になりたいと思ったのか,ふざけてはいけないと教えてくれる.

何を読んだのか,実家のノートを繰れば書いてあるような気がする.村上龍を足がかりに,現代日本人作家のものをとりあえず読めるだけ読んだ.バブル時代の村上龍のエッセイなどなど,おそらく今では牛乳をふきださずにはいられないだろう.そのとき読んでおいてよかったのだと思う.日本人は狩猟型民族ではなく農耕民族だとか,今,コートダジュールにいる,ほにゃららのワインは云々.とりあえず彼は『53歳のハローワーク』を出版するべきだと思う.さておき,知らない言葉がたくさんあったし,辞書を手繰りながらひたすら読んだ.広辞苑とか大辞泉のほかに三省堂のカタカナ語辞典を持っていたと.それを繰ればいいのだ,別に誰に教わらなくとも,わからないカタカナがあればそれを引けばよかった.

少しまたさかのぼる.ずっこけ三人組が好きだったが,世の中その他に本があるのかないのか,いまいちわかってもいなかったと思う.ドラゴンボールの八巻だけ家に二冊あった.あとは不二子不二夫.また漫画の話もしたい.さておき,家にそれほど本があったりしたわけではない.しかしたまたま目に届くところに吉川英治三国志の豪華本がおいてあった.それを読んだのが時代・歴史小説をよむきっかけとなった.図書館にいって本を借りる,という発想があったのかなかったのかとにかく,行動力もなかったので,吉川三国志ばかり二三回読んでいた(そこそこ長いので二三回でも結構時間がかかるのだ).高学年になると,陳瞬しんやら宮城谷昌光を図書館で借り出すようになったのだと思う.それはまだ,現代小説を読む前のことである.というのも,現代小説というのはおおむねわくわくするような読み物ではないから,当然わざわざ読む気にはならない.

今は小説をほぼ読まない.語学のため,などという不純な動機で年に数冊程度である.この世ではもうたくさん本を読むのは無理かもしれない.というのは冗談ですが.睡眠を削って小説を読む気はしない.アニメをその時間があれば見ますよ.

2007/11/11

昔話01

小学生くらいの頃,地域の少年野球チームに属していたが,どういうわけだか甲子園に行ったり,プロ野球選手になるものだと思いこんでいた.どう贔屓目にみても,実力はせいぜい人並み以下にもかかわらず.まあ子供なので,まわりも自身もよく見えていない,ということができるかもしれない.当然それはいくつになっても変わらないのかもしれない.眼球は大体外を向いているので,おおよそ自身はよく見えないものである.

僕のルームメイトは学部こそ哲学科だったものの,服飾の専門学校へ行き,就職もした後になって僕と同期で大学院へやってきたらしい.理由はとくになく,どうもなんだか学校が楽しそうな気がしたらしい.案の定,ぎりぎりまで追い込まれている.競争が非常に激しいということは,少し落ち着いた目には明らかだが,まあ,わかんないときも多い.

中学校に上がる頃は時代小説をよく読んでいた.おじさんが電車でよく読んでいるようなやつである.中国春秋ものを気に入って読んでいたと思う.田辺の中央図書館に自転車で何度も何度も通ったはずだ.ハードカバーの本を買うようなお金はもちろん持っていないかった.そういう類の本の主人公はもちろん果てしなく出世していく(皇帝になってしまうんだから).遠くに行きたいとその頃に思っただろうか,それとも単に物語の主人公のようになりたい,と思ったのだろうか.気は小さく臆病であったが,田舎の中学生らしく,どうにかしてひとかどにならんものか,と妄想していたのかもしれない.

中一だったか中二だったか,中央図書館で,いつものように時代小説を借りるつもりが,どういうわけだか村上龍の短編集を借りていた.なぜだろう.どこかで名前を耳にしていたからだろうか,本当にランダムだったかもしれない.もちろん,本棚の大きなスペースを村上龍が占めていたので,なんとなく取り出してみたのかもしれない.時代小説作家の宮城谷昌光は「み」であるので「む」の近くではないか.『スワン』という短編集ではなかったろうか,と今思ってぐぐって見たらwikiに『白鳥』というのがあったからひょっとしたらそれを読んだのかもしれない.内容は何も思えていないが,たいへん刺激が大きかったように思える.後から推論しているだけでそのときは何もおもしろいと思わなかったかもしれないが,性描写や暴力描写,あるいはよくわからない大人の生態や都市の生活などに興味を覚えたのではないかと今は考える.

2007/11/10

連続講演

フォーダー来たる.進化論について.マッシモ何とか(長い名前の人)といま本を書いているらしい.進化心理学なんてくそくらえ,ピンカーやべえよピンカー,という感じのようだ.何はなくとも,進化生物学者を怒らせてはいけないと思った.途中でさっていった進化生物学者もいたらしい.

いまいち細かいところがよくわからない.基本は,進化論は外延的なので内包的なものは説明できない,とかなんとか.あとスキナーとダーウィンの比較.mind and language にもうすぐでてくるらしいからそれで確認します.基本反デネット反ソーバーで,意味が適応からいかにして生じるのか,進化論は使えない,というような感じ.

あんだけ賢い人間が言ってるんだから何かあるに違いない,とは総意のようだが誰もがなんだか納得いっていないよう.フォーダーといえば,なんでこんな明らかなことがわからないんだ,というような勢い.

にしても疲れてます.あんま寝てないので今日は寝ます,でも祭典をしないと...